第51話 森への帰還
取り留めのない会話を楽しみ舟を漕ぎ、気がつくと見慣れた辺境の地が眼下に広がっている。風の御蔭でかなり時間を短縮できたみたいで時刻を見ると午後4時を少し回ったくらいだった。
『ヴァルさん、一度あの岩棚に寄ってくださいませんか?』
『分かった』
ヴァルさんにお願いしてギゼラが攫われた時に連れて来られた場所に寄ってもらうことにする。そこで済ませておきたい事があったからだ。ただヴァルさんの背中に乗って遊覧鷲飛行の旅を満喫していたわけじゃない。ディーも居たから例の斬糸を出してもらってせっせと右腕左腕のアイテムストックをかなり増やせたのである。暇だったというのもあるけどね。
ヴァルさんの進行方向が変わったのに気付いてアンさんがその後を追いかけてくれる。
ばさっ ばさっ ばさっ ばさっ
二羽の羽撃く音が耳に心地良い。無事に岩棚に着いた僕とギゼラとディーは少し感慨に浸っていた。ギゼラが鷲掴みにされてここに連れて来られてからまだ10日前後なのに、一ヶ月は経ったのではないか? と思えるほど濃厚な時間を過ごしていたのだと改めて思ったのである。
「何だかあっという間に日にちが過ぎちゃったね」
「そうですわね」
「でも、皆無事に帰ってこれました」
「そうだね。あ、これからちょっとアンさんとヴァルさんに伝えてこないといけないことがあるからみんな待っててくれる?」
5人が頷くのを見て二羽に近寄る。王宮にある魔法のアイテムがないと人化出来ない事は聞いてるからそのまま話し掛ける事にした。
『“森”まで後少しなんだけど、二人に話しておきたい事があって寄ってもらったんだ』
『なんでしょうか?』『……』
『僕たちのことで色々と気を配ってくれて本当に感謝してます。ありがとう』
『な、何を仰るんですか!?』『そうです、頭を上げてください!』
『アンさんやヴァルさんが思う所があるのは分かってるつもり。でも、僕は感謝したかったんだ。あ、僕が見るにアンさんは魔法の方が得意でヴァルさんは武器が得意……という観察であってるかな?』
『え?』『何を藪から棒に。まあ、その見方で概ね間違っていない。アンジェラは魔法のほうが得意だ』
一方的に礼を伝えた後に強引に話題を変える。しんみりするのは似合わないしね。僕の見方があってるのを確認してから、王様からもらったフェザーソードとシンシアの財宝の中に埋もれていた魔法付与の杖をアイテムボックスから取り出す。
『それは』
『うん、王様にもらった剣と僕が持ってた杖だよ。悪いけど二人共自分の羽根を数枚毟ってくれない?』
ヴァルさんの呟きに短く答えて二羽から羽根を提供してもらう。
『ちょっと体に傷をつけるけどちょっと血を取るだけだから、いいよね?』
二羽が頷くを見てそれぞれ順番に脚に短刀で傷を付けてもらった取り出した武器にその血を塗る。勿論、傷は【静穏】で塞いだよ? バイ菌が入るかも知れないのに放おって置くわけ無いでしょ。
【融合】【融合】
それぞれを【融合】させてみる。閃光と共に先程までとは形状が異なる杖と剣がそこに横たわっていた。杖の一番上の部分が翼だけを広げているかのようなデザインへと変わった杖。何の変哲もない長剣だった剣が鷲の片翼を伸ばしたのようなデザインになった剣がそこにあった。
どんな武器に変わったのか確認をしておく。
【鑑定】
◆ステータス◆
【アイテム名】フェザーソード(別名:片翼の剣)
【種類】片手用長剣
【Str】+1480
【Agi】+1410
【備考】ウイングブルグ王国に伝わる宝剣。500年前にドワーフの鍛冶師ヴェンガルによって鍛えられた一振り。風の力を宿す魔法剣。斬撃補正特大。ルイ・イチジクによってヴァルバロッサ・ロ・ウイングブルグ専用の剣として産まれ変わる。任意で体内に収納できる。鞘はない。
【鑑定】
◆ステータス◆
【アイテム名】フェザースタッフ(別名:鶴翼の杖)◆
【種類】片手両手兼用杖
【Dex】+1190
【Mnd】+1360
【備考】作者不明。火の力を宿す魔杖。魔力補正特大。ルイ・イチジクによってアンジェラ・ロ・ウイングブルグ専用の杖として産まれ変わる。任意で体内に収納できる。
作者不明ってそんなこともあるのね。というかそういうふうに出来るとしたらすごいね。
『これは』
『これは僕からの二人へのプレゼント。剣はヴァルさん。杖はアンさんだよ。体の一部を取って【融合】してるから多分、持てるはず。触ってみて』
ヴァルさんが何とか声を出すがアンさんは何がどうなったのかよく理解できてない感じだ。僕の勧めに二羽は恐る恐るそれぞれの武器に嘴を近づけ咥えたのだが、次の瞬間武器が消えてしまった!?
『ルイ様、これは? さっきの杖の存在をわたしの中に感じます』
『俺もだ。それにあの剣は宝剣だったはず……』
つくづくチートスキルだよね、この【融合】。便利ではあるけど。
『王様からは許可はもらってるから大丈夫。それに王家に列なるヴァンさんが持つんだから問題ないでしょ? もらった時からこうしようと思ってたしね。あそこでは出来なかったから。また後でゆっくり武器のステータスでも見てくださいね。出し入れ自由のはずだから』
『ルイ様はそんな事を考えて居られたのですか』
アンさんの言葉に僕はにこりと笑っておいた。じゃあ、送ってもらおうかな♪
『じゃあ、“森”の入り口まで送って頂けますか?』「みんな出発するよ!さぁ乗った乗った」
僕の言葉に離れた所で僕がゴソゴソするを見ていた5人が集まり、再び空の人になる。アンさんから岩棚の端に近づいて飛び立ち、その後をヴァルさんが追いかける形で飛び立つ。そこから“森”までは10分程で着いた。
背の高い巨木が寄り集まった巨大な森林。50−60mは地上からあろうかという所で枝葉が絡みあい、棚のような天井を作り出し、木漏れ日がほとんど入らないようになっている森。やっと帰ってきた。
「帰ってきた……」
「ルイ様帰ってきました!」
「そうだね」
「ここがルイの居た“森”」
「樹の力がすごいです」
「主殿の居場所なのだな」
「何だか薄暗いですね」
「ははは、そうだよ。ここが僕の家族が居る場所さ。ん?」
二羽の巨鷲を背に僕たち6人が横一列に並んで森を見て呟く。あれ?何か森の奥から蠢く気配がある。急速に近づいて来てるよね。シンシアやディーが身構え始めた。ダメだ!
「みんな、絶対に手を出しちゃダメだからね! ギゼラ、一緒に来て」
「はい、ルイ様!」
“森”奥にキラキラ光るものがどんどん増えそして近づいてくる。ハッハッハッと短く吐く息遣いも聞こえてきた。僕とギゼラだけ数m森に近づいて立ち止まる。
ざん ざん ざざん ざん ざざん ざざざん ざん
一度に十数個の影が茂みから僕に飛びかかってきた!
「「「「「「「ルイ様ーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」」」」」
「みんなただいま!!! おわっぷっ! わかった! わかったから!! わはははっ!!」
思いっきり飛び出してきたものに体当たりを受け転がる僕。そこに体当たりをした張本人たちである二尾や三尾の狐たちが一斉に群がって顔を舐めはじめたのだ。
「ディー、これは?」
「これはルイが助けたツインテールフォックスたちですわ。みんなルイが大好きなのです」
僕の代わりにディーがシンシアに答えてくれるのが聞こえた。その間に狐たちが一匹また一匹と増え40匹になって代わる代わる僕の顔を嘗めたり体を擦り付けたりしていたのだ。
「マスターって凄い方なのですね。ツインテールフォックスってかなり神経質な種だと聞いていたのに。え? ウサギ? うそ、デミグレイジャイアント!?」
ざざざん ざざざん ざざん ざん ざざん ざざざん ざん
「「「「「「「ルイ様ーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」」」」」
狐たちに遅れること5分、もう狐たちが十二分に嘗め尽くした処へグレイヘアの大きな兎たち12匹が寝転がったままのルイの上に群がりだしたのだ。
「みんな、待たせてごめん! 元気にしてたかい!? 仲良くしてる? あおわっ! 重いっ! 痛っ、誰だ噛んだの! わははははは! 耳はやめて、くすぐったいから! あたたたたた! だから誰!? 噛んでるの!?」
「信じられない。デミグレイジャイアントって言ったらツインテールフォックスよりも臆病な種なのに。ねぇ、ギゼラ、どういうことなの? マスターって何者なの?」
「「「ギゼラ!? ギゼラなの!?」」」
「うん、ルイ様の御蔭でおルイ様と同じ姿になっちゃったけど、わたしだよ」
「「「ギゼラ〜♪」」」
ギゼラの周りによってきた大きな兎がギゼラに飛びつく。それをしっかりと受け止めるギゼラは兎に嘗められながら泪を流すのだった。
いつしかルイを中心に大きな喜びの輪が出来ており、皆嬉しそうに走り回り、あるものは身体を摺り寄せ、あるものはただじっとその場に佇んで喜びをかみしめていたのだった。その様子を初めてみた者達はただただルイの底知れぬ惹き寄せる力に驚きいって居たのである。
ばさっ ばさっ
巨大な鷲が羽撃く。その羽撃きで産まれた風に皆が現実を思い出す。ルイは帰ってきたけど、危険なものがすぐ傍に居たのだ。
「みんな、大丈夫! 彼らは僕たちをここまで送ってきてくれたんだ。だから心配しないで!」
上半身を起こしながらルイが声を張る。そして土埃を払いながら立ち上がると巨鷲に語りかけるのだった。
『今日から10日後にこの“森”の奥で眷属化の儀式を行います。貴方達二人が僕の眷属になっても良いと思われるのでしたら歓迎致します。お越しにならなかったとしても立場がありますから、何とも思いません。ご自由になさってください』
『『……』』
『一先ずお別れです。色々とありがとうございました! どうか息災で』
ばさっ ばさっ ばさっ ばさっ
巨大な鷲が地表から立ち立つためには通常の3倍以上の力が必要になる。高低差を利用して飛び降りれば、上昇気流の中に飛び込めば事足りるからだ。しかし地表は訳が違う。身体が巨大になればなるほど翼柄の負担は大きく、下手をすると飛び立つ前に力尽きてしまうことさえあり得る。それ故に巨鷲は地に降りることがない。しかし、彼らはその禁を破ってまでルイたちを送り届け得たのだ。
「ギゼラ、ディー。お願いがあるんだ」
「分かってます。ルイ様」「わたしたちに任せておくのですわ」
「私の名前は呼んでくださらないのですか? ルイ様?」
「ジル!! 話は後、風を起こして欲しいんだ!」
「畏まりました!」
「「「風よ! 猛る息吹よ! 砂塵を纏て疾く来たれ! 来たりて彼の者を遥か天空に吹き飛ばせ! 疾風」」」
3人の詠唱が重なりあい羽撃く二羽の足元で砂埃が更に強く起き始める。次の瞬間、二羽は空高く舞っていたのだった。きっと単独では持ち上げることも叶わなかっただろう。しかし幸いにも同じ魔法が仕える術者が何の打ち合わせもなく同じ魔法を選択して放ったのだ。だからこそ効果は二乗三乗と高まったはず。舞い上がった鷲の巨躯から羽根が数本抜け落ちて降ってくるのを僕たちは見上げていた。
キャンキャンキャンキャン
上空で二羽の巨鷲が犬のような鳴き声を出しながら頭上を1周旋回して自分たちの国の方角へ羽撃いていくのだった。それを見送って振り返るとジルが飛び込むように抱きついて来た。
「良かった。ギゼラ、ディー、ジルありがとう! あとただいま♪ おわっ!」
「ルイ様ぁ〜〜〜! お待ち申し上げておりました! ジルは、ジルは!」
「うん、ごめんね、ジル。色々あってすぐに帰ってこれなかったんだ。でも待っててくれてありがとう。あ、シェイラやレアやサーシャはさっき嘗めに来てくれた子たちの中に居たのかな?」
一先ず情緒不安定になっていそうなので、抱きついて来たジルの身体をぎゅっと抱き締めて安心させてあげる。その間に3姉妹の姿を探す。視界の片隅で影が動くのが見えた。二尾の狐たちのなかでも三尾に匹敵する大きさの狐が2匹、仔狐が1匹ルイに近寄ってくる。
次の瞬間、見知った人の姿に変わる。一人見たことのない女性が居る。みんな向日葵色の髪の毛で茶褐色の瞳だ。レアは長髪をポニーテールにサーシャはツインテールに束ね、見知らぬ女性は普通に髪を伸ばしている。どうやら見知らぬ女性がシェイラのようだ。消去法だね。
3人とも眼に泪を溜めていた。ジルはこのまま離れそうにないので、仕方ない……ジルを付けたまま両手を広げてあげる。
「「「ルイ様〜〜〜〜〜〜!!!」」」
「3人ともただいま!おっとっと」
ジルと一緒に押し倒さんばかりに3人が抱きついて来た。うん、分かれ方がショッキングだったからね。心配かけたよね。
「みんな心配かけてごめん。傷はもう何とも無いからね。それより何も問題なかった? 皆と仲良く出来てるの? ちゃんと教えてくれなきゃ分からないよ? 後でちゃんと教えてね?」
泣きじゃくる4人を抱き締めて代わる代わる撫でながら話しかけると何とか頷いてくれた。う〜ん、僕が悪かったとは言え。これは流石に精神的な傷を与えてしまった感があるよな。ケアせずに2週間近く過ぎてるわけだから。依存症にならない程度にケアしなくっちゃね。
「ルイ様〜♪」
「カティナ?」
聞き覚えのある声が背後からした。ちらっと後ろに目を向けるとギゼラに抱きかかえられたデミグレイジャイアントの姿があった。ギゼラさん重くないのかい? その大きさだと僕の体重も超えてるはずだよ?
「お帰りなさい♪」
「あぁ、ただいま♪ 良くギゼラだって分かったね?」
「うん、あそこに居る人たちが話してるの聞こえたから」
ああ、アピスとディーとリンとシンシアがどうすれば良いのか分からず立つ尽くしているのね。うん? ちょっと落ち着いてきたかな?
「みんなちょっと聞いて欲しい。色々と言いたいことも聞いて欲しいことも沢山あると思うんだけど、これから一緒に生活する新しい家族を紹介するね」
僕の言葉を聞こうと49匹の狐と兎が集まってきた。うん、圧巻だね♪
「まず、ギゼラ! ちょっと傷を治したりしてたらこうなりました。改めてよろしく」
僕の紹介にギゼラが手を振る。
「次にディード、見ての通りアラクネーと言って蜘蛛と人間の体を持ってるけど、仲良くして欲しい」
「ディードですわ。ディーと呼んでくださって構いませんからね」
ディーが簡単に自己紹介する。
「アピス。本当の名前はアスクレピオスなんだけど、長いからアピスって呼んでる。本当は魔法の杖なんだけどこんな姿になってるのさ」
「アピスです。マスターを支えるのがわたしの役目だと思ってます。どうぞよろしく」
黒い長髪を払いながらアピスが挨拶を済ませる。
「次にリンだ。見ての通り鳥人族の女の子だ。天涯孤独だから家族になって欲しい」
「り、リンです。よろしくお願いします!」
僕の紹介にリンがバタバタと挨拶を済ませた。上がり症なのかな?
「最後に、シンシア。彼女は黒竜だ。と言っても僕たちを守ってくれる方の竜だから安心してね」
「シンシアだ。我も主殿を思う気持ちは貴公らと変わりない! これからよろしく頼む」
だから、それは人にものを頼む姿勢じゃないよ?
「「「「女誑し」」」」」
「は? いや違う、誤解だって!」
僕にくっついてる4人が一斉に指摘してきた。何を人聞きの悪いことを!
「ルイ、申し訳ないのだけどちょっと森の奥に行ってもいいかしら?」
「あ、良いよ。森から出ることはないから大丈夫、心配なら糸くっつけて行けば?」
「それもそうね。知り合いかも知れない魔力を感じたからちょっと行ってきますわ! では、みなさん御機嫌よう〜♪」
そう言うが早いかディーはあっという間に森の中の闇に溶け込んでいったのであった。まぁ、用事が済めば帰ってくるさ。
「さ、みんな家に帰ろう」
そう促してから、4人を身体から引き離す。そしてみんなと一緒に森の中へ戻って行くのだった。狐たちの尾が嬉しそうに揺らいぎ、兎が嬉しそうにジグザグに飛び跳ねてる。
漸く帰ってきた。ふとした好奇心でサーシャたちに出逢ってから色んな事があったよね。トラブルメーカー体質なのかどうかは置いておいて、ちょっとゆっくりしたいかも。
モフモフの上で寝たい。
僕はそう思いながら前を嬉しそうに跳ねるデミグレイジャイアントたちの姿を見て微笑むのだった。ギゼラたちはレアやサーシャと話が盛り上がっているみたい。僕の両腕はというと、ジルとシェイラに占領されていた。随分前からこうすると話し合いで決めていたらしく。僕は大人しく従うことにした。
まぁ、待たせていたという後ろめたさもあったからなんだけどね。これくらいで許してもらえるかは分からないけど、心のケアは必要だから。
森の樹々が優しくざわめく。気のせいかも知れないけど僕の帰りを歓迎してくれてるみたいだ。顔に当たる風はひんやりと心地良く、鼻腔を擽る森の空気は清々しかった。
「あ〜〜〜〜やっと帰ってきたよぉ〜〜〜〜〜♪」
思わず叫んだ僕の声が、僕の気持ちを代弁するかのように優しく森の奥に谺しやがて溶け込んでいく。
そんな声も何処吹く風で小鳥たちは枝を軽やかに渡り相変わらず楽しそうに囀っている。
何人の侵入を拒むかのように寡黙でそして力強く佇む森は、その表情とは裏腹にルイたちを己が懐へ、ちょうど長旅から帰ってきた我が子を母が我が家に迎え入れるかのように優しく招き入れるのだった。
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