第50話 森への帰路
僕たちは温泉から上がって上気した顔でベッドの上に横になっていた。ディーとリンは俯せになっている。体の構造上それしか選択しがないのだ。
「あ〜気持よかったね〜」
誰に言うこともなく思わず言葉が漏れる。みんな分かっているようで身動ぎだけで応じてくれた。時間は、ここに案内されてから1時間は経ってる。この人数で温泉に入って1時間で出てこれたのなら御の字だ。
5人とも同じワンピースを着てもらった。コートはそれぞれのアイテムバッグに納めてもらってる。うん、これ胸の部分が可愛らしく意匠が施されてるから大事な蕾が上手い具合に隠れるけど。このままマシュマロを保護しないという選択肢はないよね……。寝る時はしなくてもいけど日中はしてて欲しいな。
婦人科の研修を受けていた時の記憶が朧げながらある。女性の乳房はクーパー靭帯と皮膚で形を保っていて、その靭帯が切れてしまうと垂れてくるとか。ブラはうっかり母とか妹のを見たことがるが、あれを一から作り出すのは至難の業だぞ? 僕たちの居た世界では普通に使われていた物だけど、異世界ではオーバーテクノロジーに該当する物も数多くあるはず。でも、ブラは彼女たちのためにも欲しいよなぁ〜。
そんな事をぼんやり考えていたらどうやら寝てしまったようだ。
こんこん
「あ、はい、どうぞ!」
寝室の扉をノックする音がして意識が戻る。メニューをちらっと開くと更に1時間経っていた。午後5時か――。
ガチャリ
扉が開いてガレットさんが長い金髪を揺蕩せながら部屋の中に入ってくる。
『最初のお部屋にお訪ねしても反応が御座いませんでしたので、こちらまで失礼しました。お食事の準備が整いましたのでご案内致します』
部屋の中の様子を見て少し悲しげな表情をしたが流石侍女さん。すぐにそれを隠してお辞儀をするのだった。まぁ、仕事柄仕方ないのかも知れないね。感謝は伝えておきますか。温泉に入って気持ちが楽になったのでガレットさんの要望に答えることにする。
『ありがとう、ガレット。皆を起こしたら廊下に出るから外で待っててくれるかな?』
『はい♪ルイ様♪』
頬を赤らめて満面の笑顔で返事を返してくれた。勘違いしちゃうよね。本当。ガレットさんが部屋を出たのを確認して5人を揺り起こす。あのまま一緒に寝ちゃったみたい。
「ほら、ご飯だよ。皆起きて!」
のそのそと身動ぎして起きだす5人。初めての温泉で湯疲れもあったのかな? 体が重そうだ。
「あ、主殿、部屋の中なら分かるのだが、このすうすうするものを着て皆の前に出るのか?」
「うん、そうだよ。皆お揃いで可愛いよ♪」
「「「「「〜〜〜〜〜〜♪」」」」」
ぱんぱん
5人が5様に照れているのを見続けるのも良かったんだけど、時間も決まってるみたいだから柏手を打って皆を急かせることにした。水色、黒色、真紅色、灰褐色、金色の髪や羽毛に白色のワンピースは見ていて萌えますね。鼻の下が伸びるのがよく分かります。だって男の子だもん。僕だけ黒尽くめだから逆に浮いてる……。
再び10分の道程を歩き、喧嘩別れした晩餐会場に案内される。既に王様、王妃様、アンジェラさん夫婦も来て席に着いていた。ありゃ……待たせちゃったみたいだね。
『ルイ様、ギゼラ様、ディード様、アピス様、リン様、シンシア様をご案内致しました』
『うむ。ガレットよご苦労だった』
『お待たせしまったようで申し訳ありません』
『よい。さあ、席についてくれ。ディード殿の席は椅子を下げるように』
『は』
王様の労いに無言でお辞儀をしてさがるガレットさん。一応遅れた事は間違いないので謝っておいたんだけど別に要らなかったみたいだ。さてと、じゃあ座る席を指定しなきゃね。
「ギゼラは右角、ディーは左角、ディーの隣にアピス、ギゼラの隣にリン、シンシアの順番で座ってね」
「「「「「はい、ルイ様」マスター」主殿」ご主人様」わかりましてよ」
言われた通りに席について行く5人。今は仕方ないけどテーブルマナー講座必要だね。ジル辺りが詳しかな。帰ったら聞いてみよう。ディー以外は普通に椅子に座るのだったが、ディーは椅子を外してそのまま絨毯の上に蜘蛛の腹を据えて座るとちょうど上半身がテーブルの上に出るくらいの高さになった。前脚の2本を皿を持ち上げる時の補助としてる使うつもりのようだ。ま、ダメなら食べさせてあげるけどね。
あの時のような険悪な雰囲気になることもなく食事を楽しむことが出来た。ナイフとフォークの使い方に四苦八苦してる者が3名居たが、後半にはそれなりに形になっていたからまぁ良しとしよう。
デザートのフルーツをリンが梟の口に頬張ってる時に王様が柏手を二度打った。それに応じて二振りの剣が赤布の敷かれた盆の様なものの上に載せられて運んでこられる。会場の入り口でそれを受け取って僕のところまで運んできたのはガレットさんだった。
『長剣と短刀?王様これは?』
『お詫びの品だ。受け取って貰いたい。短剣の方に我が国の家紋を彫ってある。ある程度の外交効力はあるはずだ』
『はぁ』【鑑定】
気のない返事を返しておいて【鑑定】してみる。
◆ステータス◆
【アイテム名】フェザーソード
【種類】片手用長剣
【Str】+480
【Agi】+410
【備考】ウイングブルグ王国に伝わる宝剣。500年前にドワーフの鍛冶師ヴェンガルによって鍛えられた一振り。風の力を宿す魔法剣。斬撃補正中。
◆ステータス◆
【アイテム名】フェザーダガー
【種類】片手用短刀
【Str】+280
【Agi】+210
【備考】ウイングブルグ王国に伝わる宝剣。500年前にドワーフの鍛冶師ヴェンガルによって鍛えられた一振り。風の力を宿す魔法剣。斬撃補正小。ウイングブルグの家紋の意匠が施してある。大蛇を掴む大鷲の彫り物。
『大蛇を掴む大鷲。何処かで』
思い出した! エリザベスさんの屋敷に掛かっていたつづれ織りと同じ構図だ。繋がりがあるのかな?
『気に入ってもらえただろうか?』
『こんなに由緒ある剣を頂いても宜しいのでしょうか?』
『誠意と受け取って貰えるとありがたい』
なるほど。これで水に流して欲しいという事かな。まぁ、ディーは無傷だったしアンジェラさんやヴァルバロッサさんに胃の痛い思いをさせ続けるのも悪いからね。
『分かりました。そういうお話でしたら謹んでお受け致します。それと、一つ確認が』
『なんだ?』
『この貴重な剣、売る事は勿論考えておりませんが、頂いた以上どう扱うかは一任していただけますか?』
『無論。そのような了見の狭い事は申さぬ。ルイ殿に差し上げるのだ、一番良いやり方で使ってくれるなら剣も本望だろう』
『感謝致します』
そう言って席を立ち王に一礼する。それからガレットさんの持っている盆から2本を受け取るのだった。再び椅子に腰を下ろし膝の上に二振りの剣を載せる。シンシアさん、そんな興味津々な眼で僕を見ない。この剣は行き先をもう決めてるんだからダメだよ。シンシアと視線を合わせてから首を振る。少しがっかりした表情で俯くシンシアも可愛いね。
う〜ん、竜は基本収集癖があるのかもしれないな〜。大概ドラゴンの居る処には財宝があるしね。その癖を見極めるのもこれからか。今アイテムボックスを使うのは得策じゃないね。後にしよう。
『父上』
『なんだ?』
『明日、わたしたちがルイ様たちをお送りしたいのですが宜しいですか?』
『だがシンシア殿が居ろう』
『はい、ですがシンシア様はルイ様の里をご存知ありません。元々こちらにお連れしたのがわたしたちですから、お送りするまでさせて頂きたく思います』
ありがたい。それは渡りに船だね。
『僕からもお願いします。そうして頂いた方が僕の家族に要らぬ心配をさせなくて済みますから』
「主殿、我はー」
シンシアが抗議しようとするのを眼で制す。どうやら何かあると酌んでくれたようだ。
『分かった、許す』
『『ありがとうございます』』
王様の言葉にアンジェラさんとヴァルバロッサさんが頭を下げる。これで帰る準備が出来たね。王様も何か言いたそうだったけど、前回の事があるから強く言えないんだろうね。それはそれで好都合だけど。
こうして滞りなく晩餐会は終わり、歓談しながら部屋に戻った僕たちは一夜を明かす。特に何か起きることもなくというか、女性陣に組み拉がれた状態で眼醒めることになった。両手両足に抱き着かれてるんだ。お腹の上にはリンがいるし。
「み、みんなおはよう。重いから動いてくれると嬉しいんだけど?」
「「「「「おはようございます」ざいます」ざいます」ざいますわ」てください」
ん? 「てください?」なんだまだ寝るつもりか? 誰? あ〜リンか。カティナみたいだね、君は。森で待ってる大兎のカティナの寝起きを思い出して思わず微笑んでしまう。
「ほら、リン起きて、リンは今日初めて外の国に行くんだよ? ワクワクしないの?」
「ふぇっ? あ、おはようございます、ご主人様」
「涎ヨダレ!」
リンの嘴の端からつぅーっと糸が垂れて僕の服の上に落ちる。もぅ、こんな所でカティナを思い出すとはね。いい友だちになれると良いね。ゴソゴソと起きだす女性陣たちを眺めながら誰がどっちの背中に乗るかを考えてみた。
風魔法が仕えるのは、ギゼラとディーとリン。でもリンのレベルはそんなに高くないからギゼラとディーで分ける。来る時はギゼラと一緒だったから、帰りは僕とディーとあと一人、リンがヴァルさんかな。残りの3人でアンジェラさんの方に乗ってもらう。
「みんな聞いて。帰りの組み分けだけど。まずヴァルバロッサさんの方に僕とディー、リンの順で乗る。アンジェラさんの方にはシンシア、ギゼラ、アピスの順で乗ってくれるかい?」
「主殿、そう組み分けた理由を教えて欲しい」
「うん。まず、風魔法が仕えるかどうかで分けたんだ。ギゼラもディーもそこそこの魔法が仕える。次に来る時僕はギセラと一緒だったから、帰りはディーと一緒にした。ヴァルさんは襲われても機敏に動けるけどアンジェラさんはそこまで早くない。だからシンシアが居てくれると安心だ。後は重さ。ディーの体がどうしても大きいからもう一人はなるだけ軽い娘が良い。となるとリンが僕の方に来て、アピスがそっち側になったという訳。どうだろう?」
「うむ。共に乗れないのは残念だがそれならば仕方あるまい。ギゼラ、アピス宜しく頼む」
「「ええ、こちらこそ」」
「ディー、リン、宜しくね」
「ええ」「よ、よろしくお願いします、ご主人様!」
こうして僕たちは巨大な鷲の姿に戻ったアンジェラさんとヴァルバロッサさんの背中に乗って一路森に帰ることになった。シンシアは鎧姿でアンジェラさんの背中に跨り、その後ろにギゼラ、アピスと続く。ヴァルバロッサさんの方に僕が乗るわけだけど、見送りに来たガレットさんが『わたしも連れて行ってください』と大泣きして宥めるのに時間がかかった。
勿論連れていけるはずもない。家族もこちらにいて、帰ってこれる当てすらもないのに……。でもリンにと翼人用で翼の位置まで深くサイドスリットが入ったコートを用意してくれたのはありがたかった。騎乗し上からではあるがもう一度礼を述べてから僕たちは空の人になった。
シンシアは自ら飛ぶのではなく人に乗せてもらうこと自体初めてだったようで、最初は緊張した面持ちだったがそれも時と主に薄れ空の旅を楽しむようになっていた。度胸が良いのだろう。リンやアピスは初めて見る景色が楽しくて仕方ないという感じだ。
行きは大まかな進路で言えば東から西だったが、帰りは西から東になり追い風がかなり強く吹き付けてくる感じを受けていた。予定では12時間という飛行時間だが、このままの調子で行けば2〜3時間は短くなりそうな速度だ。おまけに追い風の御蔭かシンシアの御蔭か分からないが飛竜に遭遇しなかったのも大きい。余分な体力を消耗することが抑えられればそれだけ飛行も楽に出来るというものだろう。
「ねぇ、ルイ」
「ん?」
「わたくし姿が変わってしまいましたけど、皆さんわたしだと気付いてもらえるかしら?」
「あ〜確かに変わっちゃったね。でも綺麗な緋色も声も変わってないから大丈夫だよ。僕が説明してあげるし」
「そ、そうですわよね。感謝しますわ、ルイ」
「うん、リンはどうしてる?」
「リンはわたしの背中で寝てますわ。本当、こんな所で落ちてしまうかと思うはずなのに寝れるなんて肝が座った娘ですわ」
「はは、確かにね。この娘によく似た娘が“森”に居てね。ここ数日よく思い出してたんだ」
「そうですの? それは楽しみですわ」
「みんな元気にしてるかな〜」
「心配ですの?」
「心配してないといえば嘘になるけど、喧嘩せずに仲良くしてくれてればと思ってね」
「“森”で?」
「そう“森”でね。一方は犬科のツインテールフォックス。片や兎科のデミグレイジャイアント……敵対関係にないとはいっても種が違うからね。仲良くしてくれてればいいなって思うわけさ」
「確かにそうですわね。でも信頼してるのでしょう?」
「ん? まぁね。僕に出来ることはそれくらいだから」
僕の後ろにいるディーがゆっくり僕の肩に手を回してきた。頬にさらっと真紅の髪が当たる。彼女の切れ長で大きな目が僕の横顔を見詰めているのが分かる。こう出来るのもディーの風魔法で直接風が当たることがないように防御壁を作ってもらってる御蔭だ。
「じゃあ、大丈夫ですわ。ルイが信じてるのですもの」
背中にマシュマロが当たって形を変えていくのが分かる。いま真面目な話してるのに。
「ありがとう、ディー。少し元気でたよ」
「まぁ、少しですの?」
「いっぱい出たよ♪」
「よろしい! ふふふ」
真横から頬を膨らませて問い質されるとそう言うしか無いよね。でも元気はもらえた。今は出来ることをするしかないね。笑ってる笑顔が可愛い。僕は彼女たちを信じてもいいと思い始めてるんだろうな、きっと。ハプニングではあったけど、それが良かったのかも知れない。
「ねぇ、ディー」
「何ですの?」
「また斬糸出してくれないかな? ストックを今のうちに作っておきたいから」
「分かりましたわ。用意ができたら仰ってくださいな。たちどころに斬って差し上げます」
いや、それ危なく聞こえるって。シンシアに出会う前に王宮の一室でしていた腕切り&即座に回復&アイテムボックスへ回収作業を移動中にすることに決めた。切り離してしまえばそれはアイテムとして認知される事が分かっただけでも大きな収穫だ。もう一つこれに関して試してみたいことがあるのだけど、それは帰ってからにすることにした。
眼下に雲が流れ、陽の光を反射して海が煌めく。太陽は中天にあり風に乗って旅路を急ぐ旅人たちの気持ちを表すかのように、二羽の巨鷲の背を焦がしていた。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
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