第48話 蜘蛛と竜と僕
光の反射具合によっては黄金色に見えるのではないか思うほど美しい毛艶の見事な茶褐色の髪を振り乱し、初老の男が三段高い所に置かれた長い背もたれ付の豪奢な椅子から立ち上がって声を荒げた。
『アラクネーといい、黒竜といい何故こうもタイミング悪く現れるのだ!!』
『父上、もしかしてルイ様かもしれません』
初老の男の右手側、男より一段下がった段に立つうら若い女性が初老の男に向き直る。その言葉に『まさか!?』という表情が現れるのだった。
『まだ出発して1週間と経ってないのだぞ?』
『あの方を我らの杓子定規で慮ることはできない事を十二分に味わわれたのに?』
『む……』
『貴方。アンジェラの言う通りですわ』
返答に窮した初老の男の左側、一段下がった段に居る麗しい女性が若い女性の援護に回る。頭にティアラを載せている所を見ると若い女性より身分が上であることが想像に難くない。
『申し上げます! ディード様が参られました!』
『ちっ、このような時に、誰か通訳は出来ぬのか!?』
突然の報告に初老の男はあからさまに舌打ちする。それを見た娘が男の正面に歩み出るのだった。
『この宮廷には誰も降りませぬ。父上、前回の轍を踏まぬためにもわたしに対応させて頂いて宜しいですか?』
『許す』
『ありがとうございます。ヴァル、一緒に来てちょうだい』
初老の男は願い出たアンジェラに許可を与え、左手で額を抑えて大きく溜息を吐くのだった。しかしそんな様子に興味はないとばかりに娘は踵を返して段を降りてゆく。その後にヴァルと呼ばれた男が続くのであったが、ちょうどその時にディードが広間の入り口に姿を表す。
上半身はアンジェラに勝るとも劣らない美女で、下半身が巨大な蜘蛛の姿をしているのが今のディードだ。キョロキョロと周囲を観察しながらゆっくりと広間の中心に進んで来る。誰かを探しているのだろうか?
『ディード様』
「あら? アンジェラさんにヴァルヴァロッサさんですわね」
ディードが徘徊というか宮中散策を始めて彼らはちょくちょく顔を合わせていたのだ。なので言葉は交わせないなでもお互いを認知できていたのだ。
「ということは、あそこに居られるのがお父上とお母上ですのね」
ディードの視界に初老の男と麗しい女性が入る。言葉が通じないのは承知の上だが、彼女はそう呟くのだった。ディードの視線に気が付いたアンジェラは微笑んで頷くき、エスコートするかのように手をディードに差し出す。
『ご紹介します。どうぞこちらへ』
「ご挨拶させて頂けるのかしら? では遠慮無く♪」
驚くべき事だが、意思の疎通が図れている訳ではないのに彼女たちの理解は合致していた。それはアンジェラの気遣い賜物とも言える。先日父親が失敗した事を自分も冒さないために色々と考えていたのだ。横柄な態度を取らない事、こちらが礼を尽くす事、自分だったらどう扱われたいか……など、夫のヴァルバロッサと話し合っていたのである。
「御初に御目にかかります。ディードと申します。言葉が分からないため簡単なご挨拶に代えさせて頂きますわ。どうぞよしなに」
真紅の蜘蛛の脚で初老の男の眼下に歩み出ると、ディードは最前列の2本の前脚を軽く曲げ前傾するように優雅にお辞儀をするのだった。その姿を見たアンジェラの視線が父親に刺さる。
『うむ。ディード殿よ。大儀である。不自由はないか?』
「御目通りも出来たことですし、またご飯を」
『申し上げます! 黒竜が結界を抜けもうじき宮中に現れる模様です!』
「!? び、びっくりしましたわ。何ですの?」
背後から慌ただしく翼人の衛士が広間に飛び込んで来、報告して去っていく。その第一声にディードはびくっと体を震わせるのだった。
『ルイ様が戻られたのかもしれません。どうぞこちらえ』
その場に留まったままだと不測の事態に巻き込まれる可能性を考えて、アンジェラが優しく腕を引く。巻き込まれて傷を負いでもすればルイは容赦しないであろうことも彼女は理解していたのだ。腕を引くアンジェラの笑顔を見てディードもそのエスコートに従い脇の方に移動し始める。
「今、アンジェラがさん“ルイ”って言いましたわね。さっきの衛士の慌てぶりといい、何か起きてるのかしら?」
『イーグルライダーたちは何をして居るのだ!?』
『それが到着する間に距離を開けられた模様です!』
初老の男の問いにそう別の衛士が答える。巨鷲に跨る翼人の騎士が居るにも関わらず防衛能力が機能していないということだ。その答えに焦りの色を濃くしていることからも容易に察することが出来た。
『報告します! 黒竜が中庭に降り立ちました!』
『報告します! ルイ様が戻られました!』
『報告します! 鳥人が宮中に居ます!』
慌ただしく報告が行われ、衛士たちが入れ替わり立ち代り忙しく謁見の間に現れては出て行くのだった。
『!? 待て! 今何と言うた!』
イライラしながら報告を聞き流していた初老の男が、何かに気づき驚いて立ち上がる。今確かに「ルイが戻って来た」と言った! 娘の言ってた事が的を射ていたのだ。慌ててアンジェラの顔を見るとにこりと頷き返されたのであった。ごくりと唾を飲み込む。
『貴方、落ち着いて!』
『わ、分かっておる!』
妻の言葉に上ずった声で応じるが、どうやら前回の時の恐怖心を拭いきれていないようだ。落ちきなく椅子に座る姿勢を幾度も直す。黒竜と同時にルイが現れたということは、最悪のケースを脳裏に描く。
10分後――。
ルイを先頭に全身黒ずくめのシンシア、リン、アピス、ギゼラが順に並んで謁見の間に入場して来たのだった。
「ルイ!!」
「えっ!? 誰? 緋色の蜘蛛の脚? はぁっ!? ディーなの!?」
ルイの姿にディードが飛びかかるかのような勢いで駆け寄っていく!ルイとしては蜘蛛の姿を想像していただけに対応が遅れてそのまま抱き締められ床に倒されることになる。
「主殿!?」「「ルイ様!?」」「マスター!?」
「何のつもりですの?」
「主殿から離れよ。アラクネーよ」
だが次の瞬間、制止する間もなくシンシアが握る黒剣の剣先がディーの喉元で光っていた。静かに殺気と魔力が凝縮し始める。お互い初対面なんだから仕方ないけど、いや、これはまずいって。
「二人共落ち着いて! シンシアも剣を引いて。ほら話してたでしょ? ここで待たせてる人が居るって」
「あ……」
「ディー、待たせてごめん。色々あってこのシンシアと後ろのリンも一緒に来ることになったんだ」
「はぁ〜……ルイ、貴方って人はどれだけ女誑しなのですの!?」
「う、い、いやそんな事をしてる自覚はないんだけどね……?ディー起こしてくれる? それにしてもこんなに変わってるとは思わなかったよ……」
僕に言われて思い出したシンシアが恥ずかしそうに剣を鞘に収めてくれた。簡単に二人を紹介する。あれ? アピスは知ってたっけ? まぁいいか。僕の後ろの女性たちを確認しながらディーが身を起こし呆れていた。そのまま手を引っ張って起こしてもらう。
チラリと左手側に立つ2人の人影に気付き視線を合わせた。アンジェラさんとヴァルバロッサさんだ。2人の元気な姿を見てにこりと微笑む。そして、ディーに改めて向き直るのだった。
「ディー、ただいま。待たせてごめんね」
「言葉が通じないのが困りましたけど、迎えに来てくれたのですから不問に付して差し上げますわきゃっ!」
蜘蛛の脚の高さの上に女の子の上半身が生えているディーを有無を言わせずに抱き締めるのだった。当然僕より身長があるのでちょうど胸の辺りに僕の頭が来ることになるのだったが、マシュマロの大きさを確認する、いやいや、兎に角抱きしめる。
「無事で良かった。怪我はない? 後遺症はない?」
抱き締めたまま問い掛けるのだったが、コートとマシュマロに邪魔をされて周りには聞こえにくい音になった。
「……」
僕の背中にディーの腕が回されて来るのが分かる。無言で頷いてくれた。良かった……。
「主殿、この得体の知れぬアラクネーが待ち人というのか? 緋色のアラクネーなど見たことも聞いたこともない」
「え? そうなの? でも、繭に入る前はスカーレットシュピンネだったからね〜。格が上がったというのかな?」
背後からシンシアが問い掛けてきたのでディーから体を離して答える。「あ……」というようなディーの表情が一瞬見えたから、腰の辺りに右腕を回したまま振り向くのだった。シンシアとリンが説明して欲しいという表情で僕を見詰めてる……。いや、何故変わったのかはっきり分からないんだけど、多分あれだよね?
「シュピンネからアラクネーに? 信じられぬ」
「貴女ね、先程から聞いていれば“主殿”と言ってる割にルイに何て言う口の聞き方ですの」
「何? これが我だ。初対面のお前にとやかく言われる筋合いはない」
「きぃーっ! 何て女ですの!」
「ちょ、ちょっと待って! ほら、ギゼラもアピスも手伝って!」
シンシアとディーがヒートアップしそうな気配になったので慌てて間に割り込み応援を要請するのだが、名前を呼ばれた2人は動こうとしなかった。え?
「ギゼラ? アピス?」
「「ちゃんとディーの説明をしていないルイ様が」マスターが悪い」
と切り返されてしまった。そ、それはないでしょ!?
『ごほんっ!』
背後で咳払いが聞こえて慌てて振り返る。あ……忘れてた――。
『只今戻りました、王様。ディーも無事で安心しました。ありがとうございます』
『良い。我も無理難題を押し付けたことを悔いておる。すまなかった』
『留守の間、何か問題を起こしませんでしたか?』
『結果的には良かったのだが、宮中が蜘蛛の巣だらけになった。くらいだな』
両手でディーの体を押しながら初老の男に挨拶をする。本来は巨鷲の王なのだが王家に伝わるマジックアイテムで人の姿になれるのだとか。便利なアイテムもあったもんだね。いや、それじゃなくて聞き捨てならないこと聞いたぞ? は? 蜘蛛の巣だらけ?
「ディー?」
「何ですの?」
「大広間以外でも繭作って寝てたの?」
「そうですの! 天井が高くて巣が張りやすくて助かりましたいったぁ〜いっ!!」
最後まで言わない内に飛び上がって頭にチョップ入れてやった。は? 何やってるの?
「ディー、蜘蛛の糸を張ってい場所といけない場所があってね、王宮はダメ! 皆に迷惑かけたんだよ? 謝りなさい」
「でも」
「あとで聞いてあげるからまず謝る!」
「うっ、申し訳ありませんでしたわ」
ディーがそう頭を下げると周りの翼人たちから『おぉー!』とどよめきがあがったのだった。え? 本当に傍若無人に振る舞ってたの? いや、蜘蛛だったから人と感覚が違うというのは理解できるけど。知能あるでしょ? いや、常識が欠落してるな。人の世界で生活してないんだから。ということは何か? この子たちは全員その可能性があるってことか?
『よ、良いのだ。結果として貴重な糸が手に入ったのだからな。それより黒竜がこの宮殿に現れたと騎士たちが騒いで居るのだが、ルイ殿は心当たりがあるか?』
『はい』
短く肯定する。心当たりがあるも何も眼の前に居ますよ?
「シンシア、まず剣を預かっておくよ」
「うむ。主殿宜しく頼む」
ガチャリ
と鞘ごと外してシンシアが黒剣を僕に差し出した。それを受け取っておいてから巨鷲の王に向き直る。
『今は人化していますが、彼女が黒竜です』
『『『『なっ!!』』』』
その一言に周囲がざわめき緊張感と殺気が入り混じり始めた。まぁ、そうなるよな。なにせ天敵なんだよね? でも、それだと話が進まないからなぁ――。
『落ち着いてください。彼女は敵対するためにここに来た訳ではないのです。王が僕に依頼したのは黒竜の討伐でしたね?』
『う、うむ。相違ない』
『確かに彼女は鳥人たちを襲って本来納められるはずだった物を損ない、王宮に少なからずダメージを与えました。でもそれだけです』
『それだけだと?』
『はい。ではお聞きしますが、巨鷲を始め翼人たちに仕えている底辺層の者は鳥人だけではないでしょう?でなければ、これほどの食料消費を賄える訳がない』
『……』
僕の指摘に周囲の者たちが一斉に視線を逸らす。王も例外ではない。あらら……図星って訳ね。だったら話しは早い。
『それと、彼女は北の魔王の配下と嘯く死霊に操られていました』
ざわっ
“北の魔王”というワードが出た瞬間に周囲がざわめく。有名な人物で間違いないようだね。関り合いは持ちたくないから放おって置くに限る。
『その死霊を退治したので竜に関して悩まされることはなくなりました。それに合わせて一言言いたいとお願いされたので、彼女を連れて来たという訳けです』
『そうであったか。それにしても北の魔王がここまで勢力を伸ばし始めているとは』
「シンシア」
「うむ。感謝する、主殿」
僕に促されてシンシアが王の前に歩み出た。手に武器は持っていないとは言え、相手は竜だ。周囲に緊迫した雰囲気が立ち込める。先程のような殺気が混ざった感じではないが最大限の警戒が払われるのは当然だろう。
「巨鷲の王よ。この度は操られていたとは言え、落ち度は我にある。故に我の謝罪を受けて欲しい。申し訳なかった」
と一礼するシンシア。いや、シンシアさん。それはごめんなさいの言葉ではないよ?
「はぁ、シンシアとか言われましたわね。貴女莫迦なのかしら? いえ、きっと頭めで筋肉の塊なのですね。それでは、自分が悪かったと認めたんだから許してくれるよな? と言ってるようなものですわよ?」
「ちょっ、ディー!?」
うん、ディーの言い分は正しい。だけど今ここで言わなくても!? ほらっ!?
「何だと? 蜘蛛の分際で我に楯突く気か?」
「はぁ、いくら上位種族種とは言え莫迦は居るということですわ。その言い方が違うとい言われただけで威を翳す。低能ですわ!」
「まぁまぁディーも落ち着いて。言いたいことは分かるから、ね? シンシアも! 武器になりそうなものを探さない!」
どうしてこうなった? と言うかお互いそんなにヒートアップしなくてもいいでしょうに。
『ごほんっ! で、何と言ったのだ?』
『あ、はい。操られていたとは言え迷惑を掛けて申し訳なかった、と言ったのです。彼女はこのまま僕が引き取るのでこれ以上問題が起きることはありません。それで不問に処していただけませんか?』
『何? ルイ殿が引き取る? 竜なのだぞ?』
『え、ああ、人の姿で力比べをして運良く勝てたのでこうなりました』
そう言って、はははと笑ってみる。周囲を見渡したが笑っているものは一人もなく、変なものでも見るかのように僕を見詰めていた。いや、本当なんですって!
『我の聞き間違いであればすまぬ。力比べで勝ったと聞こえたのだが?』
『ええ。そう言いました。逃げてばっかりでしたが運良く勝てました』
『竜に?』
『ええ』
『人間のルイ殿が?』
『少し人間の枠からはみ出している自覚は有りますが』
『ふはははははは!』
突然王が笑い始めた。え!? 何!? 何があった? 気が触れた? まさかね。そう想いながら皆に視線を向けるが首を振ったり肩を竦めたりよく分からないというニュアンスが伝わってきた。周りを見てもその意味を測りかねているという表情ばかりだ。王妃も、娘夫婦も同じ。
ひとしきり笑った後、王はシンシアではなく僕の方を見て言い放ったのだった。
『委細承知!』
最後までお読み下さりありがとうございました!
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