第41話 死霊
2016/3/23:文字サイズ調整しました。
2016/3/30:本文修正しました。
2016/12/3:本文加筆修正しました。
クライさんたちに襲われ、北の魔王の配下を自称する死霊と出逢ってから4日後。
時折襲いかかってくる魔物を美味しく頂き、【実体化】を掛け直し、女性陣の機嫌を取持ちつつ洞窟の前に辿り着いていた。
リンが襲われた場所はたまたまそこで出食わしたと見た方がいい状況だったから、そのまま旅を続け洞窟まで足を伸ばしたんだ。あの死霊に出逢わなければここまで来ることもなかったかもしれないな。それでも予定より1日以上速いペースで到着できたのは皆の頑張りに他ならない。
「それにしても大きいな。ん? どうしたのギゼラ?」
ふと視線を移すとギゼラが震えていた。ギゼラのレベルだと並の魔物では歯が立たないはず。あの天敵の巨鷲ならいざ知らずそうも天敵は居ないと思いたんだけど。
「……」
ギゼラが何も言わずにギュッと僕の袖を掴んできた。只事ではないのはその様子から否応にも伝わって来る。顔色も悪い。熱があるわけでもなさそうだ。とすれば今のこの状況でギゼラにプレッシャーを与えてるものがあるってことになるな。
「ここで待っててもいいよ?」
「!!」
僕の提案にギゼラはびっくりした顔でイヤイヤと首を振る本当に怯えているようだ。チラッとアピスの方に視線を向けてみるけど、アピスも原因が分からないらしく眉間に皺を寄せて小さく首を振っていた。
「リンは? なんともない?」
「はい、わたしは大丈夫です! ただ」
「ん? ただ何?」
「あ、はい、ただ襲われた時に感じた息苦しさが少しあるような気がします」
「息苦しさ、ね」
リンの言葉に威圧スキルの存在を思い出す。だけどギゼラも威圧耐性を身に着けたのだから、耐性レベルが低いとは言え耐えてるだけでレベルが上がるはずだよね? 同種だからこそ感じれるもの? ギゼラは大蛇でしょ? 蛇。……爬虫類。あっ!?
「ギゼラ、確認させて。ジャイアントバイパー族の様な大蛇種の上位種って、竜族なの?」
「……」
僕の質問に黙って肯くギゼラ。これは重症だね。トラウマというより本能的な刷り込みに近いものがあるな。
「大丈夫、一緒に行こう。但し、危なくなったら僕の指示をちゃんと聞くんだよ?」
ギゼラをギュッと抱き締めて耳元で囁いて上げると、こくりと頷いてくれた。背中に回された手がコートをギュッと握り締めてるからしばらく動けなかったけど、2,3分経ったら落ち着いたようで放てくれた。あとはエスコートだね。
「じゃあ、中に入ってみようか。みんな僕の後ろに、あ~ギゼラは腕にしがみついてていいからね」
「……」
「ずるいです! わたしも腕がいいです!」
「あ!」
そう言うが早いかギゼラが右腕をマシュマロでホールドした。危機感がすごい勢いて減少していくのは気のせいだろうか。それどころか、ギゼラの行動にアピスが反射的に反対の腕をマシュマロでホールドする。それを見たリンが物欲しげに短く声を上げた。あのね。
「リンはコートのどこかを掴んでたら良いよ。流石におんぶはできないから」
「はい!」
あ、それでもいいのね。と言うか君たちこの状況、僕が動き辛いとは思わないのかな? 流石に無理やり引き離すわけにもいかないので、この状態のまま洞窟の中に入ることにした。いざとなれば僕が攻撃を受ければいいわけだし。
個人的には歩き辛いまま洞窟の中に入っていく。ギゼラやリンが感じている息苦しさや圧迫感というのもは正直今の僕には感じられない。動物的な感覚があってこそなのかな?
眼が暗闇に慣れてくるまでは、リンの【夜目】やギゼラの【温度感知】、アピスの【聴覚感知】に頼るしかないという。惰性で使ってるせいも在って闇魔法を完全に使いこなせてるわけじゃない。使いやすいものばかり使ってる感は拭えないか。時間を取って魔法と効果を覚えないとな……。このままじゃなんとも情けない状態だ。
ん? 僕は生霊なんだから闇の中が見えないってことはないんじゃ?
【実体化】してる時は肉体の枠内で制限がかかるのかな? 使えてるスキルもあるけど。よく解らない。そんなことを考えていたんだけど、しばらくしてその心配もなくなった。洞窟内の足元がうっすらと緑色に発色してるのだ。
「これは、ヒカリゴケ? こんなに奥まで光が届いてるってことか」
「はい、マスターは博識なのですね。暖かい地には生息していない苔なのに」
とアピスが僕の顔を見上げてくる。そうか、異世界にも知識として通用するものもあるって事だけど、逆に言えば怪しまれる原因にもなるってことか。
「うん、昔に本で見た記憶があるんだ」
「本ですか? 本とはどういうものなのでしょう?」
「え? 本ないの!?」
アピスの言葉に思わず声が裏返ってしまう。しまったぁ~っ! 墓穴を掘ったぞ! 確かに異世界に来て幾らか人がいるところに行ったけど本は見た記憶がない。巻物までしか存在しないのか?
「本はね、紙を糸で束ねて厚手の革で表紙を作った物でそこに色んな情報を書き残せる物なんだけど、知らない?」
恐る恐る本について説明してみた。どんな反応するかな?
「紙?」
ぶ~っ! そこから!? そこからなの!? な……何とか誤魔化さないと――!
「えっとね、また王都に行った時にでも探してみようか♪ 現物見ないと説明できないからね!」
「はい、マスター♪」
ふ~っ! これから竜や死霊とご対面だというのに精神的なダメージが凄い……。迂闊に知識をひけらかせないな。そんな僕の内心など露知らず、アピスは愛くるしい笑顔を返してくれるのだった。
◇
……20分は歩いただろうか。
奥から風が流れてくる。つまり奥は外と繋がっているという事だ。と同時に風に乗って腐臭も漂って来た。憑依は出来ても肉体を維持できないということだろう。あるいは腐肉を纏った他の何かが居るか。
「みんな気を引き締めて。何時何処から攻撃されるかわからないからね。【聖光付与】」
試しにギゼラに意識を向けて聖魔法を掛けてみる。淡く優しい光がギゼラを包み込む。
「ギゼラ大丈夫? なんともない?」
「はい、ルイ様」
どうやら付与魔法は無機質な物だけじゃなくて、生命がある有機物でも大丈夫そうだ。死霊対策にはなりそうだね。但し闇属性以外に限る、だけど。
「【聖光付与】」
左側のアピスに意識を向ける。同じように淡く優しい光がアピスを包み込む。よし。
「リン、どっちでもいいから僕の手を握ってくれるかな?」
「はい、ルイ様!」
背中から声がしてアピスがホールドしている方の左手をリンが握ってきた。
「【聖光付与】」
握られたリンの手に意識を向ける。背後に居るリンを淡く優しい光が包み込む。
「さて、どんな竜が出てくるかな」
「やれやれ、先に人質をと思ったら抜け目ない。ますます欲しくなりましたよ」
「「「「!!」」」」
そう呟いた瞬間、足元からクライさんの声が響く。なんと無造作に寝転がっていたのだ。光がない中だからこそ地味に有効な方法だった。影の隆起は分かってもそれが人だとまでは識別しにくいのである。
「――何寝てるんですか? 昼寝にはまだ時間がありますよ? 成仏しておきますか?」
「【闇の外套】!」「【浄化】!チッ」
僕の【浄化】魔法が発動するより一瞬だけ早く、死霊の防御魔法が早く発現する。それが分かったので思わず舌打ちをしてしまった。
「フフフフ、いいですねぇ。このゾクゾクする感じ。態々この地に来た甲斐があったと言うものです」
ばさっ
翼をはためかせる音が暗闇に響き、死霊の気配が遠ざかっていくのが分かる。失敗した。ドサクサに紛れて【鑑定】しておくんだった。洞窟の奥から奴の声が届く。くそっ。
「騙し討がダメなら正攻法です。奥でお待ちしていますよ」
「油断も隙もないとはこの事だね。危うく憑依されるとこだった。でも」
先程までは感じなかった押し潰そうとするかのような息苦しさが、洞窟の奥から放たれる圧力の存在を教えてくれる。竜だ。ギゼラの震えもまた振り返した。
「この奥に竜が居る。正直帰りたいけど、それだとディーがどうなるかわからないから行くしかない。でも皆は違う。ここで待ってても良いんだよ? 勿論、保護魔法は掛けておくから」
「「「嫌です!!」」」
「えっ」
3人から同時にハモられるとは思わなかったので面食らってしまう。
「ディーのために来たのはわたしも一緒です! 怖いですけど、逃げません!」
「わたしもです! これで帰ってはディードさんに顔向けできませんもの!」
「わたしは皆の仇を打ちたいです!」
どうやら女性陣は僕が考えてたより勇敢だ。背中を押されてどうする? 皆を守れるくらいじゃなきゃ。
「分かった。でも直接戦うのは僕がするから、皆はサポートをお願いできるかな?」
「「「はい!」」」
今まで遭遇した魔物たちには属性があった。属性というエッセンスが異世界の特色であるならこの奥に居る竜にも属性があるはず。奥から熱風が吹き付けてこないところを見ると、マグマの様な高熱源はない。火属性の可能性は限りなく低くなるよね。それ以外の属性なら、それぞれの属性魔法で何とか対応できるかも。
もっとも竜のレベル次第だけどね。
そんな事を考えながら奥に向かって進んでいくと次第に光が差し込んで来始めた。外に通じる……と言うか天井がない空間がこの先にあるということか?
ギゼラたちに掛けた付与魔法の光が弱くなってきたので更にMpを消費させて持続時間を長くした【聖光付与】を3人に掛け直す。やっぱり今は使い慣れた闇魔法より聖魔法がベターだよね。
「う~ん、普段使い慣れてないしレベルが低いから聖魔法使い辛いな」
「マスターは闇と聖以外の魔法は使えないのですか?」
「うん、体質でね、これ以上の魔法は覚えられないんだ。抜け道を探してる最中かな。だからそれ以外の魔法防御はできないからみんなが頼りなんだ。よろしくね♪」
ポツリと漏れた呟きにアピスが顔を見上げてくる。それに答えながらアピス、ギゼラ、リンの順に顔を向けて頼んでおく。
スキルがないわけじゃない。吸収していても検証する暇がないのだから、使えないんだ。宝の持ち腐れだよ、ほんと。“森”に帰ったらじっくり時間を取りたいな。
「「「はい♪」」」
3人の返事を耳に響かせながら更に歩を進める。遠くでグルグルと何かが唸っているかのような音がしてる気がする。
「ねぇ、アピス。何か感じる? あの唸り声聞こえてる?」
「はい。距離は300mです。そこに、大きなものがいます」
「ギゼラ、熱源は他にない?」
「はい。不死者は分かりませんがアピスの言う大きなもの1つだけです。恐らくそれが竜だと思います」
ギゼラはそう言ってさらにギュッと腕を抱き締めてくるのだった。
異世界に来て巨大生物にあってきたけど、巨鷲が一番大きかった。でも凶暴さから言うとこれから相対する竜は比じゃないはず。だけど、巨鷲の天敵が竜とはね。空中戦ではいい勝負ということかな?空に逃げられると厄介だけど、今の時点ではその心配はなさそうだ。
300m。まだ先に洞窟が続いているということか、それとも大きな空間があるか。
「どっちだ?」
「「え?」」
思わず出た言葉にギゼラとアピスが見上げてくる。
「あ、ごめんごめん。この先の空間が広いのかどうかと思ったんだ。アピスは分かる?」
取り敢えず彼女たちに関係がない事だと謝っておく。今の僕の能力だとそんな高等な調査はできないから、アピスに振ってみたのだったが、徐にアピスが足元をガツガツとブーツの踵で蹴り始めた。しばらくして何かを思い出したらしくリンに声を掛ける。
「リン、刃毀れしちゃうかもしれないけど腰の剣でこの洞窟の壁を思いっきり叩いてくれない?」
「え、あ、はい分かりました!」
アピスの依頼にリンが慌てて腰の鞘から鉄の短剣を抜き、思いっきり洞窟の壁に切りつける。
ガキィィイィイィィィン
岩肌と鉄のぶつかり合いに火花が散り、残響音が洞窟の中を駆け抜けていく。あぁ【聴覚感知】ってこういう事か。蝙蝠や潜水艦が使うソナーの様なスキルなんだ。音の反射を利用して地形や空間を認識するスキル。便利だね。
チラッとアピスを見ると左腕は僕の腕に絡ませたまま右の掌を耳に当てて収音していた。今は話しかけないほうがいいね。音が出ないように僕たちは立ち止まったままアピスの答えを待つことにした。
2分後。
「お待たせしました。この先は円筒形の空間があるようです。音のほとんどが空中に逃げていったので、恐くは外と繋がっていると考えたほうがいいと思います」
「ありがとう、アピス。すごいね」
「いえ、マスターの為にこの力が役立つなら嬉しい限りです♪」
そう嬉しそうに答えたアピスは再びマシュマロでホールドしてくるのだった。うん、今の顔は惚気けてるはず。薄暗くて良かった。
「フフフフ。いつまで惚気けているつもりです? 見てるほうが恥ずかしいですよ?」
あうっ! 突っ込まれた。クソ、一番言われたくないことを。と言うかどこで見てる?
「あっ! 壁に張り付いてやがった!!」
ばさっ
「フフフフ。不意をつくはずが思わず突っ込んでしまいたくなりました。まだまだですな」
「相変わらず姑息な手を!」
飛び去る影に向けてアピスを振りほどいた左腕を翳す!
「【闇の壁】!」「【聖光の槍】!チッ」
振りほどく一呼吸分の遅れで直径30cm程の光線が【闇の壁】に阻まれてしまう。壁を抜き破った時にはクライさんの体に憑依した死霊の姿はなかった。
「皆は後ろから付いて来て! ギゼラごめん、ちょっと離れるよ?」
ギゼラの腕を解くと、僕は駆け出す。追い打ちができるならそれに越したことはない。
だけどその機は失われていた。空高くを舞う鴉頭の鳥人が視界の端に映ったのだ。思ったよりまだ早く飛べるらしい。内臓は早くに腐り始めるが、鳥の死骸を見ても翼や羽根は最後まで残ってた記憶がある。それにそこまで腐臭がきつくないのはこの気候の恩恵もあるのだろう。
ざっ
大きな空間に飛び出して空を見上げると、燦々と陽の光が降り注いでいた。そこを死霊が鴉頭の鳥人の肉体で飛翔し、黒光する鱗に身を包んだ巨大な黒竜の背に降り立ったのである。
「そんな! 死霊が陽の下に出て平気だなんて嘘だろっ!?」
自分だけ特別と思っていたんだけど、どうやらそうでもないらしい。小さいけど出来始めてたプライドがへし折られた感じだ。まぁ、傷が浅く済んでよかったのかもしれないが落ち込むのは後だ!
「フフフフ。その疑問はこの攻撃に耐えれたらお答えしましょう。やりなさい!」
ガァァァァァァァッ!!
その言葉に黒竜が吼え、大きな顎をこちらに向けて開いた。息吹が来る! 昔やったRPGゲームの流れで何となく次の攻撃が予想できた。
「ちっ! みんな、僕の後ろに一列に並んで!! リンはしっかり翼を畳むんだよ!」
「「「はいっ!!」」」
黒竜の喉の奥に黒い炎のような光が煌めいた瞬間! 黒色の息吹が吐き出され僕たちを包み込んだ! 息吹を防ぐために突き出した両手が炭になり始める!?
「!!! この息吹、火属性も持ってるのか!? ちぃっ」
「マスター!?」「「ルイ様!?」」
-すまない……。すまない……。頼む。逃げて……-
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