第40話 魔王の影
2016/3/30:本文修正しました。
2016/12/2:本文加筆修正しました。
『貴方は何処の魔王に騙されてるんですか?』
カカカカ
『騙されているとは人聞きの悪い。魔王様はわたしを正しく評価して下さっているのです』
『なるほど、わたしは間接的に魔王様にお仕えるる事になるのですね? ですが、御名前を知らない事でクレイさんにご迷惑がかかりはしませんか?』
腕が逆関節に極められると肋骨も固定されらしく上手く呼吸できない。苦しげにだか、クライさんの保身欲を弄っていてみる事にした。その間に僕に触ってる奴らからエナジー以外を吸っておく事を忘れない。すっからかんにしてやる。
カカカカ
『それも一理ありますね。ルイ様であればすぐにでも魔王様に御目通りが叶うでしょうから。我らがお仕えする方はベルキューズ卿。北の大陸を収める御方。多くの魔王を配下に置かれるこの方こそ王に相応しい。おっと喋り過ぎましたね。ではそろそろお別れです、ルイ様』
クライさんはそう言って足元に転がった【隷属の首輪】を僕の首に巻きつけるのだった。
「「「あっ!!」」」
後ろで3人の悲痛に満ちた声が聞こえた。
カカカカ
『これでわたしの地位は安泰です。さぁ、腕を離しなさい。ルイ様、わたしの足に口付けをしなさい』
黒装束の者たちが腕から手を離すと、僕はそのまま両手を地に着けて肘を曲げる。
「ルイ様……」「マスター……」「そんな、ルイ様……」
『見ておきなさい。貴女達も同じようになるのですよ? 愛するルイ様の手で』
カカカカ
顔がどんどんクライの爪先に近づいている様子を見て3人は言葉を詰まらせるのだった。その様子をさも楽しそうにイライラさせる笑い声が暗闇に響き渡っている。僕の唇がクライの爪先に着いた瞬間。
「【汝の研鑽を我に賜えよ】、【汝の力倆を我に賜えよ】、【汝の露命を我に賜えよ】」
『なぁっ!? 何が起きた!?』
クライさんが急にグラッとよろめき片膝を着く。僕はまだ爪先に口付けしたままだ。まだ状況が飲み込めてないのだろう。ただ、体に力が入らなくなって来てるのは確かだ。
『お前たち、女どもを捕まえろっ!!』
クライさんの命令に黒装束の者たちがギゼラたちに襲いかかるのだったが。
「ぎゃっ!」「ぐあっ!」
と短い叫び声を上げて失神してしまうのだった。闇の耐性があっても精神は削れると言うのは検証済みだ。
『な――な、何が起こってるんだ!? 何をした!!』
「わたしたちは何もしてないわ。すべてルイ様の掌の上で踊っていたのは貴男の方よ」
ギゼラはそうリンの肩を抱いたままふふんと胸を張るのだった。言葉通じてないのに雰囲気で話してるよね? リンは何の事だか事態が飲み込めてないようだ。アピスは何やら感動して胸の前で両拳を握り締め、わなわな腕を震わせてる。
『なっ!? 【隷属の首輪】をしてるのにだと!? そんな莫迦な事が!!』
『その【隷属の首輪】が効果を発揮できないことがあるとしたら?』
『ひぃっ!』
僕の声が足元からした為にクライさんはバランスを崩して後ろに尻餅を搗く。ドキドキしたけどこれで【精神支配耐性LvMax】があれば【奴隷】にされる心配はないって検証できた。将来眷属が出来た時にこのスキルがあれば離れたとしても奴隷化はされないからまずは安心だ。さて、どうしてくれよう。
『クライさん、狩猟班の他の人たちはどうなったんですか?』
『あ、あいつらなら翼を捥いで、そこに居るレッサーヴァンパイアの餌になったよ』
『え』
やっぱりね。利用価値があるとすれば翼くらいだもん。ただ、それをリンに聞かせるとは。
『酷いね。同族なのに、家族なんでしょ?』
僕は初めて会った時に見せた表情と言葉を思い出してクライさんに投げかけてみる。しかし彼は顔を背けただけで何も話そうとはしなかった。
『さて、このまま抛って置くとあの日が繰り返される事になる。けどクライさんは命の恩人。リンはどうしたい?』
僕たちは部外者だ。一番の被害者は信頼を裏切られたリンや村の者たちだろう。村に連れて帰るには距離がある。村での裁定に付き合うつもりもない。代表してリンの気持ちを聞いておこうと思ったんだ。
『いつからですか? クライさん、いつからこんな事を?』
リンの眼に涙が溜まっている。無理もない。だがその表情は険しかった。確かに命を助けてもらった。それはたまたまであって上手く状況を利用されたかもしれないとリンは感じてしまったのだろう。
『5年だ』
『そんなっ!? ヘイザさんが怪我を負ってしまったあの事故もそうだったのですか!?』
『……』
クライさんは黙って頷く。魔王に弱みを握られたとでも言うのかな? いや、そもそも魔王がこんな辺鄙なところに来るはずもない。やはり騙されたと見たほうが。
『――せない。いくら命の恩人でも、これは許せない!』
『ねぇクライさん。貴方は本当に北の魔王様にお逢いになられたのですか?』
今にも飛び掛ろうかという勢いで激昂したリンをギゼラに押さえ込んでもらいながら、改めて確認する。クライさんが何を見たのかを確認してからでも遅くはない。
『……』
しかしクライさんは黙ったままだ。自分の中で記憶を遡ってるのだろうか?
『これは僕の推測ですが、自分は魔王の側近だという何者かが貴方に接触してきませんでしたか?』
『!!?』
ビンゴ。図星のようだ。という事は完全に騙されてただ働きというか、仲間を売ってたことになる。僕の質問にびくっと体が動いたからだ。
『――何か見返りを確約されたと思いますが、その見返りはもう貰えてるのですか? 5年も働いているのに? 催促しようにもはぐらかされ上手に利用されて終わり、良くある事ですよ?』
『――そんな……莫迦な……』
『言葉巧みに騙されて、貴方は鳥人を餌としか思っていない連中にしたり顔で自分の家族を胡麻を摺りながら売ってたんです』
『!!!!』
『いくら弁解しようにもこれは、この事実は消せません。残念ですが貴方は良い捨て駒だった。貴方に部下として付けられたこのレッサーヴァンパイアは将来あなたを消すための刺客だったのでしょうね』
僕の言葉が一言一言胸に刺さるのか右手で胸元をギュッと握り締めている。人のような歯があればキッとぎりぎりと歯軋りしていることだろう。いずれにしてもこのレッサーヴァンパイアは邪魔なので処分することにする。
「【浄化】、【浄化】」
恐らくショックで逃げるどころじゃないだろうから、振り向いて寝転がっている黒装束の者たちに聖魔法を掛けておく。アピスは僕が聖魔法を使えることが驚きらしく、両手で開いた口を塞ぐようにしつつ見守ている。実際は塞げてない。
見る間にレッサーヴァンパイアは灰の山になって行くのだった。
『わたしに接触してきたのは……がぁっ!?』
クライさんが何か言い掛けた途端、仰け反って肺の空気が押し出されるような声が続く。
ぞわっ
総毛立つような感覚に襲われた僕は思わず飛び退り、背後の女性陣に注意を促す。
「何も言わずに僕の背中を掴んで!」
ざざっ
足元の落ち葉を蹴りながら彼女たちが後ろに来たことを確認し、防御魔法を発動させる。
「【聖柱】!」
ぼんやりと淡い光の円柱が僕たちを中心に顕れた。
「マスターこの寒気は」「わたしはこの感じを知ってます。“穢”です」「けがれ?」
“穢”僕にはないものだ。だからギゼラが言うことはよく分かる。これだけの“穢”を発する事ができる不死族が傍に来ているということだ。
「ギゼラの言うことが正解だね。危ないから決してこの光から出ないように」
「「「はい」」」
クライさんの体がびくんびくんと痙攣しているのが見える。恐らくもう生きてないだろう。何故なら腕の関節が痛みがあるなら曲がらない方に向かっており、首も180度に回っているのだ。リンの様な梟種の鳥人であればそれも可能かもしれないが、彼は鴉種の鳥人なのだから。
「ふふふふふ。帰りが遅いと来てみれば、いらぬことまで喋ろうとしてましたのでつい手が出てしまったは」
クライさんの声だが、明らかに中身が変わった。
「初めまして。嘸名のあるゴースト様とお見受けします」
「ゴーストだと!? 我をあのような下等な霊と間違えるとは失礼な奴だ」
はい、釣れた。
「ゴーストではない? 憑依できるのはゴーストだけだと思ってました。生霊には出来ない芸当ですから」
「生霊を知っていながら死霊を知らぬとは。まぁいい。その聖魔法の護りは厄介です。今日のところは見逃してあげましょう」
「それはどうも、寛大な処置に感謝致します。所でその遺体は知り合いなので出来れば焼却処分しておきたいのですが?」
死霊ね。霊の体を持つ不死族は吸命スキルがあった筈。迂闊には近づけない。今【鑑定】を使うのも得策じゃないから、会話で出来るだけ情報を引きださないと。
「ふふふふふ。面白い。我を前にして怖気付かぬとはな。どうだ? わたしに仕えませんか? そうすればあの竜やこの男のように甘い汁を吸わせてあげますよ?」
竜ね……。どうやらこの男の支配下にあるらしいな。厄介な。口が軽という事は僕らをかなり下に見ているということか。勝手に油断してくれててるなら上手く利用させてもらおう。
「北の魔王様に連なる方ですか?」
「――貴様、どこでそれを?」
「その体の持ち主に」
「ちっ、ベラベラと使えぬ男よ。まぁいい、死して我の体として使ってもらえるのだ光栄でしょう。まぁ良い。そういうことなら話は早いお主をスカウトするぞ?なんなら後ろにいる女たちも一緒でも構いません。しばらく時間を差し上げましょう。どの決定に未来があるのかをお考え下さい。くははははは!」
ばさっ ばさっ
クライさんの遺体に乗り移った何かはそう言い捨てると羽ばたき始め漆黒の夜空に飛び立つのだった。憑依した遺体はどれくらいで朽ちるんだろう? そんな事を考えながら僕はクライさんだった男が飛び去った夜空に視線を向けていた。
一陣の寒風が僕たちの頬をなでサラサラと灰の山と落ち葉を払い去っていく。
「ルイ様、あの男、今あの竜って言いませんでしたか?」
漸く落ち着いたリンが右の拳を左手で包むように胸の前に持ってきたまま僕に尋ねてきた。うん、思わぬ収穫だった。さっきも思ったけど、竜が死霊如きに操られる事があるのだろうか? 明らかに生物としての格が違いすぎるのだけど。
「言ってたね。竜を何らかの方法で動かしたのがあの男なら、リンたちを襲ったのはあの男という事になるね」
「マスター……」「ルイ様……」
「「寒いです」」
いや、ギゼラにアピスもそれは声を揃えていう事じゃないよ? でも、確かに冷えてきたね。僕は2人の訴えに苦笑してアイテムボックスから用意してもらった敷物や毛布を取り出してギゼラとアピスに渡す。
「もう少し燃やせる物を持ってきておくから寝る準備をしておいてね?」
そう言って森の中に入り【実体化】を更新しておく。しかし、竜って。そもそも勝てるのかな? ん~勝ち負けに拘らなくてもいいのなら、別の解決方法もあるかも知れないよな? まだ時間はあるし考えてみてもいいかもしれないぞ。
思いを巡らせながら薪になりそうな枝を集め、腕いっぱいに抱えて戻って3人を驚かせる事に成功したのだった。あんな事もあったので、3人は僕に寄り添う感じで寝てもらう事にした。
元々鳥人のリンは俯せで寝るか座った状態で寝るかしないので、必然的に僕に寄り掛る形になるのだが、後の2人が膝枕を要求してきたのだ。
いや、それ逆じゃない?
まぁ、睡眠は必要ないのでずっと火の番をすればいいから問題はないのだけど。。結局動けないまま朝を迎えたのだった。勿論ぼーっとしたまま火の番をしていた訳じゃなく、色々とこれからの行程を整理するのに丁度良い形で時間がもらえた、というのは格好い言い訳かな。
食事を済ませ、僕たちは一路リンたちが竜に襲われた場所を目指すことにする。恐らくもう妨害はないだろうけど、今度はあの死霊が絡んでくることは間違いあるまい。
「ねぇ、リンたちが襲われた場所って近くに洞窟があったりするの?」
この行程はウルティオ山の麓に広がる鳥人たちに起きた事件であり、彼らの支配階級である翼人の生活にも直結している。脅迫もあったけど、今回不本意ながら依頼を受けたんだ。そのウルティオ山が近くにある以上洞窟はあってもおかしくは無い。問題は竜が入るほどの大きな洞窟があるかどうかという点なんだよね。
「――わたしは見たことはないんですが、その場所からもう1日飛んだ処に大きな洞窟があったという話は聞いたことがあります」
ビンゴ! でも今飛んだ処って言ったよね? まだもう少し歩かなきゃダメってことかな。ただ本当に竜と戦うんだったら覚悟しなきゃいけないだろうね。出来れば無理はしたくないなぁ~。
旅支度を整え2日目の行程を踏み出す。今朝も旭が眩しくそれを浴びれる幸せを噛み締めながら深呼吸し、僕は大きく伸びをするのだった。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
ブックマークやユニークをありがとうございます! 励みになります♪
誤字脱字をご指摘ください。
ご意見やご感想を頂けると嬉しいです。
宜しくお願い致します♪