第37話 質素な宴
2016/3/30:本文修正しました。
洞窟から出て更に1時間は歩いただろうか。
白い息を吐きながら僕たちは鬱蒼とした森の中を歩いていた。標高が高いせいなのだろう、コートの存在がありがたい。生霊であるのに実体を着けていると、つい生身の感覚で物を考えてしまう自分が居る事に笑ってしまった。
もっとも常時生霊のままで居た方が個人的にストレスはないし気が楽なのだが、2年前に神様から聞いた「生霊は討伐対象だ」という一言がまだ尾を引いてるのだと思う。できれば無駄な騒ぎを起こしたくはない。でも柔らかさを味わいたい欲求は十二分にある。
まぁ、そうは言っても異世界に来るまでは実体があったのだから、その肉体の感覚の方が慣れているはずなのに可笑しなものだ。ギゼラもアピスもファーがありがたいらしく、首を竦めて風が首元に入らないようにしている。
というかアピス、お前は杖だろ?と突っ込むと「マスターと同じように動いて感じたいんです!」って言われたら、何というか甘いんだろうな僕は。
僕たちの前後には先程の洞窟の中で寝ていた怪我人だった者たちが一緒に歩いている。その広場は謂わばしたいの安置上のような処で長居はしたくない場所なのだとか。
それと気が付いた事がある。例の隷属の首輪をしてるのは男衆だけなのだ。女は縛らなくても良いと言う考えか? いずれにしても気に入らないな。でも、この世界に奴隷というシステムが根付いている以上割り切って接するのを覚えなきゃいけないということか。
そういえば以前のクーデターを起こしかけた盗賊たち一味は捕まって奴隷にされていたな。あの時はなんとも思わなかったけど何が違うんだろう。
『ルイ様! あそこに見えてきたのがわたしたちの村です!』
傷を癒してあげたリンという名の梟頭の女の子が嬉しそうに指差して教えてくれた。鳥人たちの年齢はよく分からないのだけど、体型や肌質を見てなんとなく判断するしかない。リンの場合、恐らく20歳前後ではないだろうか?
リンの指差す方に煙が立ち上る場所が見えてきた。
木の上の家とかを何となくイメージしていたけど、普通の荒屋だった。辺境の街で見た家はかなり豊かな生活をしている者たちが持つものだったようで、この村ではそのような家は一軒もない。質素な作りだ。雨風さえ凌げれば、と言ってもいいようなものだが、村人たちの顔色は違っていた。
半ば諦めかけていた者たちが村に帰ってきたのだ、しかも五体満足で! これが嬉しくないはずがなだろう。村人や家族は抱き合ってその無事を喜ぶのだった。ふと見るとさっきのリンが嬉しそうにその様子を眺めていることに気がついた。あれ? 出迎えてくれる家族がいない? もしかして天涯孤独なのかな?
『へへっ。わたし独りぼっちなんです。だけど、お父さんとお母さんが死んじゃった後も皆わたしを受け入れてくれたから、村の為に頑張りたくって』
僕の視線に気がついてリンが境遇を話してくれた。でも、それって頑張ってる矢先に竜に襲われたってことでしょ? 色々と聞いてみなきゃ解らない事が多そうだぞ?
思い込みは禁止! 柔軟に、広い目で。
『そう言えば竜に襲われ始めたのは、最近の事なの? それともずっと昔からあった話なの?』
リンの年齢なら、昔話と捉える部分もあるはず。竜との関わり合いがどれほど深いものかがわかる。
『えっと、竜に襲われ始めたのはここ1ヶ月の間です。竜の事は村の長から聞いて知っていましたが、それまで見たことなかったんです』
『そうなんだ。それはびっくりしたね。と言うか、よくあれだけの傷で生きてたね?』
『それはわたしもびっくりです。わたしは傷が治るまで意識がなかったので何がどうなったのか分からなかったんですけど。後で聞いたらクライさんたちが竜が去った後に急いで助け出してくれたんだとか』
そう言ってリンはぐっと何かを堪えるように黙ってしまった。きっと泣かないように気丈に振舞っているのだろう。今は皆が笑ってるから。
最近始まった竜の襲撃。何で? それまで普通に狩りや採集をしてきたはず。竜の領域を侵したのか? そこはまだわからないか。
「ギゼラ、アピス」
「「はい」」
「彼らの生活環境は変えれないけど、笑顔で暮らせるようになったらいいなって今思ってる。甘い考えだろうけど、ディーの事も含めて頑張らなきゃね。支えてね?」
僕の後ろに居る女性たちに声を掛ける。彼女たちのサポートがなければきっとこれからも好き勝手な事はできない、だからなるだけ僕の考えは伝えるように意識したいんだ。ギゼラとアピスは顔を見合わせてにこっと笑うとそれぞれが僕の腕に自らの腕を回してくるのだった。
「「お任せ下さい♪」」
うん、マシュマロのダブル攻撃は破壊力満点だね。生霊では味わえない感触だ。
ギゼラとアピスの攻撃に惚気けていると、視界の端の方で不具の鳥人が動くのに眼が止まった。2人を抱えたまま、リンに聞いてみる。
『ねぇ、リンあそこに足のない人がいるでしょ?』
『あ、ヘイザさんですね?』
『ヘイザさんって言うんだね。この村には他にも怪我で手や足のない人が居るのかな?』
『はい。今男衆の三分の一はそんな状態です』
リンの答え方に違和感を覚えた。「男衆の三分の一が」という言い方なら限定される言い方なのにそうは言わなかった。
『三分の一は? という事は女衆もそういう人が居るって事?』
『……』
リンが黙って僕を見返す。居るという事か。でも、試してみない事には解らない。過去に負った傷にも癒しの魔法が効くのかどうか。
『リン、悪いけどヘイザさんに僕を紹介してくれないか?試してみたいことがあるんだ』
『え?』
『頼むよ』
『分かりました』
リンの後に付いて不具の鳥人の処に行く。ギゼラとアピスには目隠しになってもらうためにその場に残っててもらい、僕はリンにヘイザさんを木の裏に連れてきてもらうように言って先に身を隠すことにした。
『ルイ様、ヘイザさんをお連れしました』
『おい、リン、何のつもりだ? おい人間、見世物じゃねんだぞ!』
『ヘイザさん、ダメだよ! わたしの大怪我もルイ様が治してくださったんだよ?』
『な』
不機嫌そうな鶏頭の男が太い枝を杖がわりに木陰にやってくる。そこに僕が居たものだから更に雰囲気が悪くなる。だけどリンの御蔭で落ち着いて話ができそうだ。
『初めましてヘイザさん。僕はルイといいます。身勝手でお節介焼きなのでこれからすることは僕の気紛れだと思ってください』
『な、おい、触るな!』
【静穏】
言いたいことだけ言って、僕はさっとしゃがんでヘイザさんの左太腿の傷口に触るのだった。効果があれば、他の人にも希望が湧いてくる。
『ヘイザさん何か感じる? わたしルイ様に触って頂いた後でね、かーって体が熱くなったんだよ? そしたらあんなに大怪我だったのに治っちゃんだ!』
『――傷口が熱いっ!ぐっ!』
リンがヘイザさんに近づいて自分の時の様子を熱く語ってる。僕はその様子を見守りながら、少し距離を置いて経過を観察するのだった。そうか、癒しの効果が現れる時ってそういう風に体で反応が起きてるんだね。
からん
ヘイザさんが持っていた杖代わりの枝が地面に転がって乾いた音を立てる。その拍子にヘイザさんも後ろに倒れて尻餅を搗くのだったが、無い方の太腿に手を当てて顔を歪めているのだ。でも、少しずつ足が生えてきたな。
心なしか、痩せてきてるような? あれ?
そうか、再生できるけど無いものを作り出すわけじゃなくって身体の細胞を寄せ集めてるという感じなのか? メカニズムはよく分からないけど。
それにかなり痛そう。強制的に成長痛を感じてるんだろうな、きっと。
う〜ん。【静穏】の用途は広がるけどまだまだ検証が必要という感じだね。
仮説1、時間が経った傷は癒せるけどその経過した歳月の分だけ再生する痛みが出るし、身体の既存の細胞を利用するから失った部位が大きいほど痩せ方が酷い、ということか?。
仮説2、いやいや【静穏】は万能だから、再生のために体の細胞を使う必要はない。生命エネルギーを変換して再生してる。
仮説3……他になにかある? ないか。まだ不具の人はいるってリンも言ってたし、今度はヘイザさんに口を聞いてもらえるだろうから1と2の仮説の証明にはなるね。
5分後。ヘイザさんの失われた左足がそこにあった。かなり痩せちゃったけどね。【静穏】なのに、痛みを感じるという。まぁいいんだけど。いずれにしても新たな歓喜が村に生じた瞬間でもあった。
その後は言うまでもなく村の不具の人たちを治し、ついでに自分の仮説の検証を済ませていくことができたのだった。仮説1通りであったことは言うまでもない。つまり、昔物理の授業で習った“質量保存の法則”がどういう訳か働いているということだな、と気が付けたって事。
ん? 質量保存の法則? 忘れた? 化学反応の前後で、それに関与する元素の種類と各々の物質量は変わらないというあれさ。だから魔法ってある意味化学反応の複雑なやつじゃないのかな? と一瞬だけ思ったんだけど、それどころじゃなかったから何処かに行っちゃったよ。
それはね、副産物もあったからなんだ。なんと病気への応用ができたんだよ。
【静穏】はなかなか優秀な魔法のようで、不具もある意味状態異常ではと思った僕は、村の罹患者に【静穏】を使ってみたのだ。状態異常からも回復するのならと考えた訳なんだけど、結果は良好。使える幅が広がった。
ギゼラは自分の事のように誇っていたが、アピスはもう驚きすぎてフラフラになってた。これからは大丈夫だろうから。でも口止めは忘れない。できれば静かに暮らしたいのだから。
こうして村は近年になく活気に満ち質素ながら宴が催されることになった。
村といっても200名以上で生活している村だ。収穫物を収めて上前をピンはねされている状態で多くの物があろうはずがない。
それぞれが家から豆類や根野菜類を持ち寄って大鍋を準備し始める。昔は目出度い事があるとこうしてよく大鍋を囲んで皆で騒いでいたのだと村長が教えてくれた。今は200名そこそこだが、昔は倍の数が居たと言う。暗い歴史がそこに横たわっているのだろうと思い敢えて聞かなかった。
『肉類がないのは分かりますが、皆さんは肉を食べる習慣があるのですか?いえ、僕は翼人も鳥人もこちらに来るまで全く知らなかったので、食生活や習慣に疎いのです。宜しければ教えていただけませんか?』
そう村長に話を振ってみた。それによって出せる食材があるかもしれないからだ。
『肉は昔は食べておりました。ヘイザや他の狩人が怪我を負って狩りができなると、それもまた難しくなり、今は細々と森で取れる猪や兎を食べるくらいです。それも滅多に口にすることはありません』
弱々しい老人の言葉に生活の苦しさがにじみ出ていた。ならば、と思い立つ。
『熊は食べられますか?』
『『『『『熊っ!!!!????』』』』』
『うおっ! びっくりした!――そんなに急に皆で反応しなくても』
村長と話をしていたのを皆が準備しながら聞き耳を立てていたようだ。鍋のメイン食材の肉がない事を気にしていた最中、熊というワードに喰いついたと言う所だろう。
『熊は滅多に手に入りません。この村でも昔ですら1年に1頭仕留めることができれば上々でした』
『そうですか……。魔物とかは食べられますか?』
『背に腹は変えられませぬ。恥ずかしい話ですが生きるために何でも食べています』
そうかぁ~純粋に熊じゃないけどアレなら。
『ツヴァイホーンとかは食べられますか?』
『『『『『ツヴァイホーンっ!!!!????』』』』』
『うおっ!びっくりした!――そんなに急に皆で反応しなくても』
ん? この件どっかであったぞ?どこでだ?
『ツヴァイホーンは王たちの好物です。わたしども下々の者が口に出来ようはずがありません。ただ、一度は食べて死にたいと言う鳥人は多くいます』
あ~思い出した。確かにアンジェラさんとヴァルバロッサさんの反応が尋常じゃなかったね。というか、肉食なんだ。鳥人も。
『じゃあ、熊とかもしあっても捌けないですね。食べる経験が少ないんじゃ』
『そんなことはありませんぞ、ルイ様! 我らは皮剥ぎから解体までなんでもしております。熊の1頭や2頭、がここに来ることはありませんが腕は確かです!』
鸚鵡頭のブラムスさんがずいっと人混みから抜け出てくる。後ろには奥さんと娘さんも一緒だ。うん、良かったね。近くに痩せこけたヘイザさんもいてうんうんと頷いている。任せろ、ということかな。
『分かった。じゃあ、死んでしばらく経つし、血抜きも上手くできてるとは言い難いけど食材を提供するよ』
『『『『『えっ!!??』』』』』
僕の言葉に皆が振り返る。どこにそんなものが? という疑念ともしかしたら?という期待が入り混じった視線を感じる。どんな反応するかな? 【アイテムボックス】そう念じて目の前の表示からツヴァイホーンジャイアントを選ぶ。4頭分。
『『『『『!!!!!!!』』』』』
どさっ
という音と共に砦で回収しておいたツヴァイホーンジャイアントが村人たちの前に現れる。
『僕は調理もできないし、捌き方も知らない。鮮度は悪いかもしれないけど、これでよければ皆で食べよう♪』
『『『『『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!!』』』』』
その日一番の歓声が村全体を包み込んだ。どうやら鮮度以前にありえない程のご馳走なのだという。全部出汁ガラで捨てるところがないくらい使いきれる食材なのだそうだ。君は本当に重宝されるね。とツヴァイホーンに対して思いを馳せるのだったが、すぐさま皆に連れ出され、ここはこう切るのだとか、ここはこんなに旨いのだとか、楽しそうにもみくちゃにされるのだった。
そんな様子をギゼラとアピスは嬉しそうに眺めていた。おぉ~い、見てないで助けて!!
解体するとき角は飾り以外には使わないと言われてたので、2組み4本だけ返してもらうことにした。遊び心が擽られて何かに使えるかも!? と思えたから。
生憎、酒までは手に入れてなかったから振る舞えなかったけど、でも宴を村の皆で楽しむことができた。その多くが生きているうちにツヴァイホーンの肉を食べれるとは思わなかったと涙していたのは驚きだ。喜んでもらえたのは何よりだったが、明日からはいつもの生活が彼らを待っていると考えただけでも心がチクリと痛んだ、のも事実である。
今日、美味しい物を食べたからといって明日が変わるわけではないのだから。
でも彼らの笑顔が今日のように戻るなら竜退治を頑張らないと。そう思えた瞬間でもあった。
夜が更け、宴が終わろうかという頃には空が白んできていた。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
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レイスになり過ぎるというご指摘を頂きました。確かにご指摘の通りです。それで大幅に改筆すると以後の流れが全く違った方向に行きますので、気持ちの揺らぎを加えてみました。
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