第36話 鳥人
2016/3/30:本文修正しました。
「そしてここが、王国の底辺層なのです」
アピスの言葉に僕は言葉が詰まった。今まで居た場所がどれほど豊かで豪奢な場所だったかを知ってるからだ。そして僕人身が異世界に来て生活を送っていた場所が薄暗いところとはいえ、束縛れていなかった事を考えるとどれほど恵まれていたのか、と痛感させたれたのもある。
理智ある杖として多くの土地を見てくたであろうアピスの言葉の重みを感じていた。ここで僕が何かをしても変わらないということなのか?
『あの、ルイ様。案内役を仰せつかりました、クライと申します』
そう鴉の頭を持つ鳥人がおずおずと声を掛けてきた。鴉の嘴の奥から人の言葉が紡ぎ出されるというのは奇妙なのだが、今の状況を受け入れている自分もそこに居た。
『あ、ルイです。こっちはギゼラ。こっちがアピスどうぞよろしく』
『そんな、勿体無いお言葉!? むさ苦しい処でございますが、出口までご案内いたします』
そう言うと鳥人の男、鴉頭のクライさんが先導して扉の先を移動し始めた。部屋から出ると、そこは洞窟といっても良いほど整備されておらず、ゴツゴツとした岩肌が飛び出しているのが分かる。僕はある事に気がついた。
『よろしくお願いします。ところで』
『はい』
『竜に襲われたという話を聞きましたが、襲われたのは皆さんの仲間という理解であってますか?』
『……』
クライさんが振り返って物悲しそうな鳥の眼で僕を見詰めた。
『仲間……ではなく家族です』
あ、しまった。不用意な一言だった。考えれば分かる事だろう? 首輪で強制的に奴隷にされている頼るものない者たちが頼るのは自らの仲間。その仲間はいつしか家族の様な絆を育んでいるはず。そう僕たちのように。なぜ気付けなかったんだ!
『あ、そのごめんなさい。傷つけるつもりはなかったんだけど、浅はかな発言でした』
『そんな! ルイ様を責めているのではありません!』
『そうだとしても、僕が軽卒だったことにはかわりないですから。あ、怪我を負われた人たちは此処に居るのですか?』
せめてもの罪滅ぼしと言うのは烏滸がましいが、できることをしたい気持ちになっていた。
『はい。ご覧になられますか?』
『はい、是非!』
僕は迷うことなく返事をした。ギゼラやアピスは何か言いたそうだったけど、僕の決定は尊重してくれるらしい。黙って後ろに従ってくれた。
クライさんの案内で洞窟内を進んでいくのであったが、血の臭いがきつくなり始めた。救急救命室へ研修で入ってた頃を思い出させる匂いだ。勿論それに消毒液の匂いが混ざるのだが、ここにその様なものもなく明らかに衛生環境が悪い事を窺わせる。
やがて膿んだ臭いと呻き声がそれに加わってくるのだったが、馴れない状況にギゼラとアピスの表情が暗くなってきた。
『状況からすると、体が腐ちてたり、手足が無かったり、翼がもげてたり、酷い鈎傷で血が止まってなかったりする人たちがゴロゴロ居そうだ。ギゼラやアピスはここで待っててくれても良いんだよ?』
『――!? お分かりになられるのですか?』
ギゼラたちが答える前に、クライさんが驚いて振り返る。
『うん。飽くまで予想だけど強ち間違ってはいないようだね』
「わたしはご一緒したいです」
「わたしもです。マスターが何を成すのかこの眼に焼き付けます」
と2人は気丈に答えてくれたんだけど、あまり気乗りしないようで両腕が固定されてしまうことに。クライさんが呆れ顔で見てるでしょ。ごめんなさい。行きましょう。申し訳なさそうに微笑むと、クライさんは踵を返して案内を再開してくれるのだった。
5分は過ぎただろうか、外にも近い処なのだろう、腐臭に混じって新鮮な空気も流れ込んできている開けた処に通された。無造作に毛皮のシートのような物が岩場の上に敷かれ、その上に傷を負った鳥人たちが横たえられている様子が飛び込んでくる。50人は優に横たえられているようだ。殆どが翼があるために俯せなのだが、傷の状態によって横向きに寝かされている人もいるようだ。
「「うっ」」
2人が口と鼻を慌てて覆う。それほどの臭いだ。それよりも、劣悪な環境の中で最低限の止血さえ満足に施されていない。鳥人だろうが奴隷だろうが、人は人だ! 物ではない。厳しい表情にになっていた僕の顔を見て、2人が袖を引いてくれる。慌ててにこりと笑って2人を安心させるのだった。
『クライさん、ここで一番ひどい傷を負ってる人の処へ案内してください』
『こちらです』
クライさんが案内してくれたのは、梟頭の女性の所だった。どうやら一番最初に竜に遭遇して唯一生き残った者らしいのだが、無残にも右手足、右の翼が喰い千切られていた。生きているのが不思議な傷だ。翼が片側ないために横向きに寝かされている。そして敷物もその下の岩肌も血で大きな染みが出来ていた…。
「「酷い……」」
『クライさん』
『はい』
『僕が此処でする事は僕の気紛れです。こんな事をしても一時凌ぎにしかならないことは理解していますが、それでも何かをしなければ僕の気が収まらないのです』
『あの、ルイ様何を……?』
『あなたは何も見なかった。宜しいですね?』
『は、はい』
僕の有無を言わせぬ雰囲気を察してクライさんは押し黙る。そして僕が何をするつもりなのか動きを眼で追い始めた。2人の絡ませてる腕を解き、その重傷を負ってる梟頭の女性の横に跪き手を翳す。そして【静穏】と無言で念じる。
『じゃあ、次に行きましょう。彼女の次に酷い傷を負った人は誰ですか?』
『え?』
クライさんが聞き返す。僕が何をしたのか分からなかったのだろう。それでいい。まだ治癒の効果がゆっくりとしか現れてないのだから。
『次の人を診させてください』
『は、はい、こちらです』
どうやら、重傷患者と軽傷患者とを分けた状態で集めてないらしく真反対の方へ案内された。その間に聞いてみる。
『ここに寝かされている人は皆、さっきの梟の人みたいに重傷者ばかりではないんですよね?』
『え? ああ、リンの事ですね』
どうやら梟の彼女はリンという名前らしい。僕が黙って頷くと続けてくれた。横になっている人をチラチラ見てみるが、大きな傷の所為で呻っている人は数えるくらいしかいない。
『はい。リンのような重傷者で動けない者は10名程いますが、後の者は何とか自力で立てなくはないです』
『……いまクライさん以外でここに来て手伝ってくれる人は何人いますか?』
『今ですか? そうですね。2人でしょうか』
『それで十分です。ここで横になってる人で比較的軽傷な人にその人たちを呼びに行ってもらえませんか?』
『――? 分かりました。ルイ様がそう仰るのなら』
怪訝な顔をしているのかは分からないが、軽く首をかしげたので恐らくそんな反応をしたのだろう。よく分からないにも関わらず、クライさんは近くで座っていた同じ鴉頭の男に話しかけてくれた。頼まれた男はチラッと僕を見たがすぐに走り去っていく。きっと呼びに行ってくれたのだろう。そうこうしてると、次の重傷者の処に辿り着いた。さっきの場所から5分といったところか。
『この者です』
そうクライさんが紹介してくれた瞬間、さっき居た場所からどよめきが起こった。あぁ、漸く効果が現れたみたいだね。
『これも酷い傷ですね』
リアクションの原因は分かっていたので、気にせずに診察を始める。ギゼラは幾度も観てきてるのでしらっとしてるが、アピスは何があったのか気になるようだ。まぁ、そうだろうね。でもそのうち解るさ。
重傷者の男は逞しい体格をした鸚鵡頭の鳥人だった。その筋肉の御蔭で致命傷にもなりかねない深い傷を負っても辛うじて生きていられたのだ。しかし、この状況だと、死んでたほうが良かったと思える程の手当なのである。薬草であろう葉っぱが傷口に貼り付けられていた。三爪の鈎傷は肉を断ち骨を断っているのだ。生きている方が奇跡だよ!? と思わずにはいられない。
『大変だ! クライ!!』
軽傷を負ってる別の鳥人がクライさんに駆け寄ってくる。同じ鴉頭だから見分けが。そう思いながらこっそり鸚鵡頭の人に触れて【静穏】と念じて立ち上がった。ギゼラとアピスににこっと笑いかけてあげる。
慣れない臭いで正直きついだろうに、よく我慢してくれてる。
『どうした!?』
『リンが、リンがっ!!』
『落ち着け! あの傷だ、もう時間がないくらい俺だって分かる。まだ若かったのに』
『違うんだ!! 治っちまったんだよ!! 腕も足も、翼も全部生えてきたんだよっ!!!』
「『!!!!!』」
クライさんとアピスがリンという女の子が身を起こすのを確認し、振り返って驚愕の表情で僕を見詰めた。何をしたのかを理解したのだ。うん、その反応は仕方ないね。
「『皆、ここでは何も見なかった。僕は居なかったんだ。い・い・ね?』」
最後の言葉だけゆっくりと言い聞かせるように僕を見詰める者たちに確認を取る。2人は物凄い勢いで頭を上下に振って頷いていた。思わず笑ってしまうくらいに。
『お前は何者だ?』
鸚鵡頭の男の人が意識を取り戻したみたいで、僕を鋭い眼つきで見上げていた。きっと貼り付けられた薬草の下ではものすごい勢いで傷が塞がってるのだろう……。
『自己満足のお節介焼きですよ。彼女たちからは人が良すぎるといつも怒られてますけどね』
そう言って肩を竦めてみせた。「まぁ!」って顔になる2人だったけど、笑える状況が生まれるならそれでもいいと思えたんだ。
『――そんなことをしても何も変わらん。どうせ見世物を見に来たのだろう?』
『まぁ、そんな所です。置かれた環境は僕にはどうしようもないですが、束の間だけでも悲しむ人を減らせるかな? と思っただけです。勝手にうろちょろして気が済んだらサヨナラしますのでお構いなく』
そう言ってにっこり笑っておいた。クライさんの眼が何だかキラキラしてる気がする。
『さっき呼びに行ってもらった人たちが来たら、軽傷の人は立たせて一列に並ばせてください。中程度の傷を負ってる人は敷物の上に座れるようなら身を起こしてもらえるように手分けして声を掛けてもらえますか?』
『も、勿論です! ルイ様!! おいっドエク! お前も手伝ってくれ! ルイ様が言われるように傷の軽いものは一列に並ぶようにしてくれ』
『わ、わかった!』
クライさんの処に走ってきた同じ鴉頭の男ドエクも慌てて走り去っていく。慌ただしくなってきたな…あんまり長いはできないぞ?
『き――傷が治ってるだとっ!?』
『!!! ブラムス!! お前も治ったのか!! ルイ様、ありがとうございます!!』
鸚鵡頭の男がむくりと身を起こし薬草を剥がしながら絶句していた。うん、良かったね。面倒だから先行こう! 鸚鵡頭の人はブラムスというのね。う~ん、次見ても分かんないだろうな。
『クライさん、次の重傷者の処に案内してください』
『は、はい!!』
『あなた!!』『お父さん!!』
クライさんが興奮気味に返事をして案内を始めた時、背後で2人の女声が聞こえてきた。チラッと見ると奥さんと娘だろう、鸚鵡頭の親子ががしっと抱き合って泣いていた。それを見てたギゼラとアピスがそっと寄って来て僕の腕にしがみついたのは自分たちの泣き顔を見られたくなかったからかな? とふと過ったけど、そのままにさせてクライさんの後を追う。
いつしかクライさんが呼んでくれた人と、この場で動ける人たちが連携して僕が依頼したことが完了していた。それはブラムスさんの次に重傷を負ってる人の処に辿り着くまでに終わっていた。うん?なんだろこのむず痒い雰囲気は。
僕の後ろには、クライさんとギゼラとアピス、それに最初に治したリンという梟頭の女の子に、鸚鵡頭のブラムスさん親子。ギゼラとアピスは立ったままだったんだけど、鳥人たちは跪いていた。
『えっと、そんな仰々しい態度はやめてくれないかな。ただでさえ人の頭で目立ってるのに。これだと余計に……』
『何を仰るのですか! わたしたちは貴方様を勘違いしておりました。きっと翼人たちと同じように我らを扱うために来たのだと!』
『いや、多分その理解で合ってると思いますよ? だから、そんなに敬われても』「ねぇ? ギゼラ? アピス?」
「ルイ様はそれだけの事をここでもなさったのですから当然での結果です!」
「そうです! マスターはわたしの理解を超えています! 今までこのような事を成し遂げた所有者は居なかったのですから、誇ってください!」
僕が聞いた相手が悪かった。そんなに眼をキラキラさせてわたしたちは嬉しんです! 的な反応されると引き攣った笑いしか出ないよ。おっと、その前にちゃんと治さなきゃね。【静穏】。
『それから、僕がここに来たのは気紛れでいつまでも居る訳じゃないんです。ここでやった事もこれからやる事も僕の自己満足です。だから、皆さんは忘れでください。僕はここに来なかったし、皆さんは僕を見なかった。そいう事にしてください。お願いします』
おもむろに立ち上がって僕は鳥人の皆に頭を下げた。と言うのもいつしかあれだけ喧騒の中で呻き声や泣き声が渦巻いていたのに、今や成される事を見逃すまいとシーンと静まり返っていたのだ。御蔭で僕の声はこの広い空間によく響いた。
『分かりました。ルイ様がそう仰られるのでしたら深い理由がお有りだからなのでしょう。ですが、この親切、いえ大恩は我らの中に語り継ぎます。決して貴方様のことを忘れないために!』
とクライさん。どうやら彼がここでの一番のようだ。コミュニティーはあるんだろうけどよく解らないからね。
『は、はぁ、できれば忘れて頂きたいんですが、無理そうですね。まぁそこは好きにしてください。僕も好きにしますから』
そう言って、僕は彼らを癒して回るのだった。
底辺層に降りてから1時間が過ぎた頃、今回の竜騒ぎで傷を負った者たちは完全に癒えていた。祭り上げられるのは面倒なのでそそくさとその場を去ろうとしたんだけど、是非村で御礼を!と袖を掴まれて放してもらえなかったので渋々応じることになっちゃったという。
だって折角もらったコートが破れそうな勢いだったんだ。
こうして僕たちは無事地上に出ることに成功したんだけど、初端から寄り道することになったのだった。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
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