第33話 巨鷲との晩餐
2016/3/30:本文修正しました。
『皆様、お食事の準備が整いましたのでお招きにあがりまし……』
ガレットさんの言葉が止まり視線が僕の左腕に動く。その視線に釣られて顔を動かすと。
『あ……』
アスクレピオスさんは全裸だった――。
ばしっ! ばしっ!
一瞬なんのことか分からなかったけど、扉を開けるために来ていた男たちが眼を抑えて蹲っていた。慌てて両腕を振り払って扉を支える! 挟まったら大変だよ!?
『ガ、ガレット何を急にっ!?』
『涙が出て目が開けれぬではないか!? お前が手伝えと呼んで来たのだろう!?』
『申し訳ありません。事情が変わりました。直ちに貴男方二人でリムとハンナを呼んで来てください。先程と同じ様に衣服が必要だと伝えてください』
『お、おぉ、それならばお客人失礼する』
ヨロヨロと立ち上がる翼人の男衆A。名前分からないし。
『こっちを向かない!』
翼人の男衆Bの方は部屋の中の方に顔を向けそうになって、ガレットさんに耳を引っ張られてAさんの方に強制移動させれられた。ガレットさん、姉御的な存在なのかな? でも助かる。
『す、すまぬ! まだ眼が』
Bさんはそう言いながらAさんと一緒に慌てて走り去って行かれました。ごめんね。
「アピスは僕の背中に隠れてて!」
ふと思い出して僕は全裸のアスクレピオスさんに声を掛けるが、誰のことかピンと来てないらしい。
「アピス?」
長い黒髪に黒い瞳、あぁ杖の雰囲気が残ってるね。肌が白いのは僕の好みなのかな? マシュマロはボリューム感満載でした!
「アスクレピオスは長いからアピス! それでいいでしょ?」
「はい、マスター! ありがとうございます♪」
そうアピスは嬉しそうに背中に回ったのだけど。ガレットさんとギゼラの視線が痛い。
『説明していただけますか? ルイ様?』
「説明していただけますか? ルイ様?」
あぅ、2人から違う言語で同じ質問が来るとは。冷や汗が止まらない。なんで僕がこんな目に。
『えっと、信じてもらえなかもしれませんが、彼女は先程僕が賜った杖です』
「えっと、信じてもらえないもしれないけど、彼女はさっきギゼラに預けてた杖だよ」
『「えっ!?」』
やっぱりそうなるよな。僕の口から説明しても今の状態だととても理解を得るのは難しい気がする。
「ねぇ、アピス。一回杖に戻る乗って大変なの?」
「いえ、もう具現化も人化もどちらも自由にできるようになりました」
「じゃあ、色々説明するのが面倒だから、まず杖に戻てくれる?」
「はい♪」
『「あ……」』
僕のお願いにアピスが杖の姿に戻ると、2人は呆気にとられていた。うん、僕もその反応が正常だと思うよ。そもそも杖は人に変わらない。これで僕への嫌疑が晴れたね!
『誤解が解けたようでなによりです』「ギゼラも驚かせてごめんね。僕自身もまだ整理できてないから」
そうしてると、奥の方からパタパタと足早に近づいてくる足音が聞こえてきた。見るとさっき、ギゼラに着付けをしてくれた女の翼人たちだ。毎度まいど申し訳ないです。
『ガレット様、お待たせしました』
『それで、この度はどなたを?』
『――こちらの杖に』
『『は?』』
ガレットさん、涙目で僕に訴えるのはやめて下さい。僕が悪いことしたみたいじゃないですか。
「アピス、人の姿になれる?」
「はい、マスター!」
『『えっ!?』』
『この娘に着付けをお願いいたします』
そう言って頭を下げておく。引ける時は引いて波風を立てない。これに限る。でもどこで着付けるかな?あ、この奥か。ついでに説明しておくかな?
『ガレットさん』
『はい』
『生糸の件ですが、多分大丈夫そうですよ?』
『え? 本当ですか!?』
『見て貰った方が早いかな』「ギゼラ、アピスの着付け手伝って貰える?ちょっと部屋の状況説明しておくから」
「分かりました」
ガレットさんに糸の話をするとぱっと花が咲いたように綺麗な笑顔になった。うん、美人さんの笑顔はいつ見てもいいものですね。背後で着付けが始まった雰囲気が伝わってくる。翼人の女衆たちが翼を広げて目隠しを作ってくれている。人が来ないうちにさっさと済ませてしまおうという魂胆らしい。まあ、今部屋の中に入ったらとんでもない事になるから仕方ないね。
『こ……これは――』
『奥に繭があるでしょ?ディーが今あそこに入って寝ています。なので、彼女が目覚めればこの糸は不要になります。言っている意味がわかります?』
『は、はい!』
部屋の奥に目を凝らしていたガレットさんがばっと振り向いて、顔を寄せてくる。いや、ガレットさん近いですって!
『ただし、糸を差し上げるにあたって条件があります』
『なんでございましょう! わたくし共できることでしたら何でも仰ってください!』
『もう何着か女性用の服と下着、あと履く物を何足か頂けませんか?』
『え? それだけで宜しいのですか? スカーレットシュピンネの糸との交換ですよ?』
僕の申し出はかなり破格だったらしく、目が点になってた。でも、高望みして寝首を掻かれるのも嫌なのでこれくらいが妥当でしょう。ディーがいればいつでも欲し時に糸出してくれるだろうしね。
精神支配を受ける心配がなくなったので、僕の方も気持ちに余裕が出たのかもしれない。ディーがどう変わるのか、どれくらいで変わるのかさっぱりわからないからな~。
「マスター、いかがですか?」
アピスの声が後ろからする。振り返ってみると。うん、いい。ギゼラと並ぶと暴力的な揺らぎが僕へのダメージを増し加えるね。
「ギセラもアピスもこう並んで見ると二人ともとっても綺麗だから、眼のやり場に困るね」
「「~~~~~~~~♪」」
『ルイ様は女誑しなのですか?』
とガレットさん。いえいえまさか!?
『すみません。その自覚はないのですが。それに似た事をよく言われます。やっぱりそうなのでしょうか?』
『はぁ、色仕掛けで篭絡しようにも、こちらが落とされそうですわ。お忘れください。でも、糸との交換の件感謝致します。晩餐の後に服と履物をお持ち致します』
『よ、よろしくお願いいたします。あと、此処へは誰も入らないほうがいいともいます。繭から孵ったディーの反応が予想できないので、僕が確認して大丈夫であればそのままお引渡しますね』
『畏まりました。もし、ルイ様ご不在の時に孵られた場合は、すぐにお呼びするという流れで宜しいですか?』
『それで結構です。勝手入って手傷を負うことがあっても責任は持てませんので、ご注意を』
なにげにガレットさんが聞き捨てならない事を言い含んでたけど、実行されないで済みそうなのかな? 眼醒めが悪くなることは避けたいので、最低限のお願いと注意はしておく。それ以上は見張ってるわけじゃないから仕方ないよね?と思うことにした。
着付けが終わったアピスが左腕に、対抗心を燃やすギゼラが右腕に絡まったままガレットさんについて晩餐の間に移動することになった。後ろから付いてくる着付けを手伝ってくれた女衆の翼人リムとハンナさんが温かい眼差しで後ろから見守ってくれている。どちらがリムさんでハンナさんなのか未だにわかってないんだけどね。
ゆっくりとした速度で5分は歩いただろうか。大きな食堂に案内された。謁見した広間に近いような感じがあるが同じ場所ではないことは言える。天井が低いのだ。だからこそ明らかに人サイズを想定して作られたものだと分かる。
『王様たちとは別なのですね』
思わずポツリと思ってることが口に出てしまった。それを聞いてガレットさんがくすりと笑う。
『いえ、既に皆様お待ちになっておられます。先程の件がなければ同じタイミングでお招きできたのですが』
『あぁ、すみませんでした。え? 待ってる?』
どういう事? 巨鷲ですよ? 胴回りがディーを載せも余裕が有る程の大きさのあの鷲がここに?
『遅かったではないか』
……。
……。ゴシゴシ。
1、2、3、4……。長テーブルの上座の正面にダンディーな男が座っている。その右側面の席に淑女が一人。向かい側の左側面に麗しい女性とイケメンが並んで座っている。どういう事?
『え、あの?』
『ルイ様とギゼラ様をお連れいたしました。ディード様は体調がすぐれないということで部屋でお休みになっておられます。代わりに、宝杖アスクレピオス様をお連れいたしました』
澱みなく僕たちのことを紹介してガレットは優雅に一礼する。
『ほぅ』
正面のダンディーな男の双眸が細くなる。皆、巨鷲の羽を彷彿とさせる見事な茶褐色の髪で、光の反射具合によっては黄金色に見えるのではないか思うほど美しい毛艶だ。
『ルイ様、さぁ、席にお付ください』
右側に座っている女性が僕を促す。その声には聞き覚えがあった。背中に乗せてもらた記憶もある。だけど、今目の前にいるのは20代の麗しい令嬢だ。彼女がアンジェラさんなら、彼女の隣に座っているイケメンはヴァルバロッサさんということになる。
給仕をしている翼人の男衆が僕たちの席を案内し椅子を引いてくれた。予想は出来たけど、長机の下座、ダンディーな男の正面の席が僕の席だ。ギゼラは僕の右側面の席に、アピスは左側面の席にそれぞれ座ることになった。
長テーブルの側面はそれぞれの側に10席ずつ座れるようになっているのだが、先客との距離が相当あるのは否めない。まぁ安全上仕方のない話だ。
『さぁ、はじめよう』
ダンディな男の合図に料理が運ばれてくる。ここで僕は思い出した。テーブルマナーを彼女たちは知ってるのか? と。それで、小声で彼女たちに指示を出すことにした。
「ギゼラ、アピス。僕が食べるのをまず観察して、僕と同じように食事の道具を使ってね? 道具が床に落ちても自分では決して拾わないこと、いいね?」
2人はやや緊張した面持ちで小さく頷いてくれた。それはそうだろう、片や大蛇、片や杖だもん。どうすればいいのこれ? 状態に違いない。マナーだけじゃない、毒見もしなきゃいけないからまず僕が食べるのが正解だね。運ばれて来た時点でガンガン【鑑定】していくけど、なにか?
うん、そうなれば何食べたっけ? ってなるだろうけど背に腹は代えられないよ。皆の安全が第一。
そんな僕の心配を余所に、晩餐は品があって美味なものばかりだった。ギゼラもアピスも問題なくナイフとフォークを使いこなせるようになったみたいで学習能力の高さに舌を巻いた。何も問題なく食べれたのは拍子抜けというか意外というか…まぁ、良かったんだけどね。
しかし食事中の会話は殆どなかった。お通夜を思い出してしまったくらいだ。肝心の何故人になってるのか聞けてないし。そもそも【鑑定】した時には人化のスキルはなかったんだよ?
運ばれて来たデザートとティーに【鑑定】を掛けながら、物思いに耽っていたら呼びかけられた。
『我らが人の姿をしていることが不思議なのであろう?』
あら、思考を読まれた?
『……はい。人化できるのであれば最初の謁見の時点でそのお姿でも問題なかったはずです。しかし、そうではなく今このお姿になられたと言うところに引っかかっていました』
『ふっ、さもあらん。アンジェラよ、そなたが申すように聡い男だな』
『はい、父上。わたしも初めてお会いした時には魔王かと思うほどでした』
やはり巨鷲親子で決定だけど。さっきより印象が柔らかくなってない? うん、このデザート美味しい! 流石に異世界でホイップクリームの乗ったケーキは食べれないだろうけど、フルーツは美味しいね。でも、こんな環境でフレッシュフルーツだなんてものすごく高価な食事なんじゃ。
フルーツを口に入れて悶える2人をちらちら見つつ、王様達の反応に注意する。
『我らは普段は鷲の姿だ。特別な時に限り王家に伝わる魔法で数時間、この姿を保つことが出来るのだ』
なる程、僕の実体化みたいなものか。スキルじゃないということはアイテムだろうね。ま、ここは突っ込まないほうが無難だ。
『そうだったんですね。初めは誰だか分からずに戸惑って食事も喉を通りませんでした』
『その割にはよく進んでいたようがな』
とダンディーな男改め王様がにやりと意地悪そうに笑う。こいつ。
『ははは。よく見ておられてお恥ずかしい。あまりの美味しさについ♪』
と頭を掻きながら受け流しておくことにした。王様改めこのおっさん、眼が笑ってない。どんだけ値踏みすれば気が済むんだ?
『ところで、そなた達の力を見込んで協力を願いたいことがあるのだが、聞いてもらえぬだろうか?』
ほら来た! こういう場合ってお決まりのパターンがあるよね? ちょっと不敬な態度取ってみるかな?
『僕の手に余る事はお引き受けできませんが、話を聞いてみない事にはその判断もできませんね』
『ふふ。貴方がそんなに楽しそうな顔をするのは久し振りね』
先程まで一言も口を開かなかったアンジェラのお母さんが楽しそうに口元を隠して笑ってる。これが楽しそう? いや、グルだね。お母さん改め、おばちゃんこの気配を隠そうとしたアシスト的な発言だぞ?
『謙遜も度が過ぎれば横柄に聞こえるぞ?』
『ご冗談を。少し人の枠から外れ掛けてるくらいでは、皆様からの殺気に戦々恐々ですよ』
『いつ気が付いた?』
『依頼を快諾しなかった瞬間気配が動きました。もう少し頭を冷やされた方が良いかと』
どうやらこのおっさん、腕節が判断基準のようだぞ?顔が怖い。凄みのある笑顔ってこういう顔の事を言うんだろうね。ダンディーなイケメンだけに余計に迫力があるな。おばちゃんの眼も怖い。扇子で顔を隠しても眼は隠れてませんから気をつけて!
うん、形は人だけど巨鷲の性質が変わるわけじゃないということがよく理解できた。きっとこの両親は武闘派だわ。抑も鷲の気質は強情で縛られるのが嫌と何かで読んだ記憶がある。だから鷹匠はいても鷲匠なんて聞かないだわ。いるのかもしれないけど、僕は知らない!
『だそうだぞ、グスタフ』
『あらあら、折角誤魔化してあげようとしたのに』
『申し訳ございません』
柱の影から筋肉ダルマの様なナイスガイの翼人が現れた。あの体格で飛べるの?と思えるほど翼とのアンバランス感を感じてしまう。きっと此処ではかなりの立場なのだろう。周りの翼人がびくびくして落ち着かない雰囲気を醸し出してる。
あ~王様王妃様大好き! な人なんだね。だから僕が快諾しなかったから切れちゃったと。一廉の剛の者なんでしょうけど、戦場では早死しそうなタイプだね。
『ふぅ。それでお願いというのは?』
『貴様、言葉使いに!』
『良い。余が許したのだ構うな』
『は』
眼が怖いよ、筋肉のおっちゃん! ぎりって歯ぎしりまで聞こえてきそうな勢いだよ? あ、うちの娘たちもちょっと険悪になりつつあるから抑えとかないと。
「二人とも落ち着いて」
「「はい」」
小声で注意すると小さく頷いてくれた。それを確認してか知らずか、おっさんがとんでもない事を言ってきたのだ。
『依頼というのはだな、竜を1頭倒してきてもらいたいのだ』
『はい?』
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