第29話 巨鷲の王
2016/3/13:本文戦闘シーンを加筆修正しました。
2016/3/30:本文修正しました。
2017/9/23:本文魔法名を変更しました。「ウォール」→「シールド」
旭が清々しい。
冬ではないものの、蒼穹にどっしりと腰を下ろす大気の層は人の温もりを良しとせず、只々己を戒めるかのように凛としていた。
あぁ、朝の空気が美味しい。
僕はゆっくりと上半身だけで伸びをする。巨鷲のアンジェラさんの背中に跨って一晩を明かしたんだけど、うん、悪くなかった。ギゼラも落ちないように羽毛布団の中に潜って寝れてるみたいだしね。
まだ早い時間だから起き出してくるのは無理かな。
アンジェラさんの旦那さんであるヴァルバロッサさんがディーを背中に乗せて斜め前を翔んでいる。こっちは見えづらいだろうから、今のうちに実体化しなおすかな。飛んで行かないようにゆっくり【解除】できるか挑戦だ!
頭の上からさらさらさらと風に乗せて運んでもらうイメージで。【解除♪】
おぉ~♪ なんかこれ気持良ぃ~♪
日光に当たって「ぎゃぁ~~~っ」て消滅していく感覚ってこんな感じなんだろうな~。良かった神様に光耐性付けてもらえてて。
翔んでることもあり、実体化の残骸は風に上手く運ばれて空気中の塵になりました。あとは雨にくっついて地面か海に落としてもらってね♪
うん、久し振りの生霊姿だな。風が感じられないのはやっぱりつまらない。それに生霊という存在は討伐対象にされるくらいの存在だと神様も言ってたしね。こんな空の上で「実は」というオチで落とされたんじゃ堪ったもんじゃない。よし、重さがなくなってアンジェラさんが心配するといけないから、【実体化】っと。
『ルイ殿? いらっしゃいますか?』
『あ、はい。ちゃんといますよ?』
『良かった。急に軽くなったので振り落とされてしまったのかと慌てました』
『あ、ごめんなさい。気分転換に少し宙に浮いて遊んでたのです。驚かせてしまいましたね』
『宙に? ふふっ、本当にルイ殿は面白いお方ですね。ヴァルに逢う前に貴方に出逢っていたら、わたしも蛇殿や蜘蛛殿のようになっていたかもしれません』
『ははは。それは買い被りです。でも、そろそろ目的地でしょうか?』
アンジェラさんの問い掛けを軽くはぐらかしてみる。気にはなってた事だからね。
『あ、はい。ルイ殿にはまだ難しかもしれませんが、もうこの先に目的地の霊峰白山が見えていますので、もう直ぐです』
『あ、そうなんですね!』
それにしても霊峰白山って日本にもあったよ? まぁ、異世界でも高い山に万年雪が積もってたら似たような名前になるよね。
しかし、鷲の視力は人間の8倍って聞いたことがあるけど、8倍どころの視力じゃないよな? これ。なぁ~んも見えないぞ! 遠くに見えるのは空だけ。どこに山が?
1時間後、確かにアンジェラさんの言った通りだと密かに頭を下げておいた。その頃にはギゼラも羽毛布団から這い出してきており、僕にギュッと抱きついてる。うん、嬉しいんだけどね。健全な男の子にはきつい状態なのだよ? ギゼラ?
リセットしたつもりの被ダメージがまた蓄積されていく。ディーがこっちを睨んでるような気もするんだけど。あの目だからだと視線が分り難い。着いたらケアしてあげなきゃね。
「ギゼラ?」
「はい」
「僕たちの上に風の防護壁張って維持できる?」
「お任せ下さい。風よ、我らを核に球の盾となれ!【風盾】!」
「下まで!? 助かる、ありがとうギゼラ!」『アンジェラさん! 上から来ますよ!』
僕の礼にギゼラはギュッと体を抱き締めてくるけど、今はその方が良い。戦闘中は離れないようにしなきゃ。
『!? あ、はい! もう防御魔法まで!? ルイ殿は見えてるのですか?』
『まさか!? 気配です! こんなに殺気立ってたら嫌でも気がつきますよ』
キャンキャンキャン
ヴァルさんが鳴いて横に錐揉み回転を始める。ディーなら大丈夫だろう。きっともう糸で固定させてるはずだ。僕の方はアンジェラさんのサポートだね。恐らくヴァルさんに比べると実戦経験は少ないはず。乗馬スキルがどう役立つか。上空を見ていると黒い点が大きくなって来てるのが分かる。あれだ。
やっぱり僕がフラグ立てたみたい、だな。
『アンジェラさんは僕の脚の圧力を感じてください。圧を感じた方にヴァルさんのように錐揉み回転して下さい。できますか?』
『はい!』
『あとは僕たちでサポートします。回避行動を取らない時は全速で山に飛んでください。恐らくヴァルさんもそうされるでしょうから!』
『分かりました!』
「ギゼラ!」
「はい!」
「壁の強度の調節はできる?」
「できます!」
「じゃあ、今の倍くらいの強さでお願い! それと僕から絶対に手を離さないように!」
「はい♪」
あれ? 最後の返事はなんだか嬉しそうだったよね? 【黒珠】定番の攻撃と防御を兼ねる事のできる魔法を発動させる。1分後、20頭はいるであろう飛竜の一団が攻撃を仕掛けてきた。巨鷲と飛竜の制空権の縄張り争いというところか。
彼らに恨みはないがアンジェラさんを救った都合上、敵対行動を取ることになるね。遠慮なく吸い取りたいとこだけど、絡まれるとこっちが不利になるから今回は諦めよう。
「ギゼラは僕が見てない方向の確認をお願い!」『アンジェラさんは前方と下からの攻撃に注意してください!』
「『はい!』」
案の定、飛竜の攻撃は接近してからの爪と尾の毒針攻撃で、すれ違い際に噛み付こうとするのがたまにあった。それらは【黒珠】の格好の餌食になり、進行方向上に設置しておけば簡単に打ち落とすことができたのは嬉しい誤算だ。
ゴウッ
飛竜が吠える。本来であれば人一人で対峙すればかなりの圧力だろうし、敵わないと思わせる存在なのだろう。だが大きな鷲の背中に乗っている所為か気が大きくなってるようだ。
『【黒珠】! アンジェラさん左へ!』
『はい!』
『【盲目】!』
ギィエェェェェッ!! ゴフン
飛竜同士がぶつかり合いお互いの進路と飛翔を邪魔する。ぶつかり合う肉の音が鈍く鼓膜を刺激した。
アンジェラさんも病み上がりとは言え、僕の脚の合図に機敏に応じてくれ、掠りもさせなかったのは流石に空に君臨する種族だけはある。ギゼラの防御壁もかなり役立った。特攻覚悟で襲いかかってくる飛竜を近づけさせなかったのだ。
ギィン ゴゥッ!
飛竜の尾がギゼラの張ってくれた防御壁に弾かれる。すれ違う時に生じる風が髪や服を靡かせた。
『下へ!』
左手でアンジェラさんの首を押す。ぐっと体が持ち上がりそうになるが太ももに力を入れて堪える。
「【黒嘴弾!】」
試しに使ってみた。今の段階では30羽程度しか出せないがそれでも驚異的な攻撃力だ。魔法で創り出された小型の鴉が飛竜の翼や体を貫いていくのである。正直怖い魔法だな。と言う思いが過った。
密集してくる輩には堪らない魔法だろう。しかし機動力が高く密集しない飛竜たちに対しては決め手を欠く魔法だった気がする。
ガァァァァァッ!
気が付くと飛竜たちは襲撃を諦め僕たちから離れていた。ヴァルさんとディーのペアも大丈夫そうだ。糸に絡まって落ちていく飛竜を見た時には思わず笑ってしまったが、考えてみると羽撃けないことがどれだけ恐ろしい事か分かり、ゾッとしたものである。
『ふぅ、大勝利といっていいですね♪』
『はい! 産まれて初めて騎乗者と共に戦ったのですが、こんなに高揚するものとは思いませんでした。自分じゃないような動きがたくさん出来てた気がします。あのルイ様』
『ん?』
あれ? 殿じゃなかったっけ?
『ありがとうございました。ヴァルにも自慢できます』
『いえいえ、皆怪我せずに辿り着けたんですから、それで十分ですよ♪ ギゼラの防御壁の御蔭で助かった部分も沢山ありますしね』
『本当に。わたしだけではきっと切り抜けられなかったと思います』
「ギゼラもありがとう。御蔭で怪我せずに済んだよ」
「お役に立ててなによりです。ルイ様と一緒だと空中だろうと不安になることはありませんから♪」
そうギゼラが肩越しに顔を覗かせて来た。空中戦なんてすることないから、ギゼラも昂ぶってるのだろう。しかし、落ち着いてくるとそのマシュマロが気になって仕方ないのですよ、ギゼラさん? これ、ジルが見たら。いや、今は考えないようにしよう。服をどうにか調達しなきゃね。
20分後、白山とアンジェラさんが言っていた山に着いた。
見渡す限りの銀世界。切立った山肌。人を寄せ付けない厳しい自然環境が織り成す情景は秘境という言葉でしか表せないものだった。そして凍てつく風。これはディーもギゼラもきついな。
山腹に大きく口を開けた洞窟に2羽の巨鷲が滑るように飲み込まれていく。しかし横風が凄い。もはや突風だ。彼らの体でなければ風に煽られて洞窟へすら近づくことはできないだろう。
自然の要害に守られた場所。確かに巨鷲たちのコミュニティがあるというのも頷けるね。
洞窟の中はとても広い空間が存在していた。巨鷲が翼を広げた状態で10羽は飛べそうな大きさなのだ。驚かなはずがない。空間の中央には高さが異なる止まり木のような3つの岩山が聳えていた。その一番高いところにアンジェラさんが止まり、その次に高い所へヴァルバロッサさんが止まった。
『アンジェラ、唯今帰参いたしました!』
『ヴァルバロッサ、同じく帰参いたしました!』
2羽の挨拶に周囲がざわめき始めた。他の巨鷲は見えないが、キャンキャン声はする。どこだ?
「ルイ様、洞窟に沢山の穴があいてます。そこで動く熱源が」
「穴? 横穴か。ということは思った以上に鷲さんたちが生活しているということだね」
『誠にアンジェラか!?』
『はい、父上! アンジェラに御座います!』
ん? 父上? ー―あ、このパターンは厄介なパターンだ。姫さんを助けた、御礼にこれを。いや本当にこの者か信頼できぬ。ならば魔物を倒して来い、というお決まりの流れが僕を飲み込もうとしてる。ううっ。
「ルイ様? なぜ泣いておられるのですか?」
「ごめん。この後の流れが読めちゃったから。厄介事に巻き込まれるって」
「まぁ♪ それくらいでしたらルイ様ならすぐに解決できます! それにルイ様と一緒に旅ができるのなら嬉しいです!」
こらギゼラ、自分の欲望を僕の絶望に重ねるな。でも確かに威厳があるね。ヴァルさんの威圧も凄かったけど、こちらはその上をいく。下手に【鑑定】を使わないほうが良さそうだね。
『ふむ……確かに我が娘アンジェラに相違ない。だが頭の病はどうしたのだ?』
『わたしの背に居ります、人族のルイ様が取り除き治療をしてくださいました。また、先程飛龍の襲撃からも守って頂いた次第です』
『ほぉ、人族とな……』
うっ。本当は生霊なんですけど~!
『ヴァルバロッサよ。娘の言うことは誠か?』
『は。確かにルイ殿に病を癒していただき、アンジェラ様の窮地も救っていただきました。先程の動きは未だかつて見たことのない華麗な戦舞でございました』
『ー―そなたが其れ程までに言うことは珍しいな。面白い……。客人たちをこれへ! アンジェラよ、久し振りにその顔を母上に見せてやってくれ』
『『はい!』』
ばさっ ばさっ
アンジェラたちが翼を羽撃かせ始め、空中に身を投げ出す。いやほとんど浮力生まれてなかったでしょ!? 慌てて首筋の羽を捕まえるのだったが、ふわっと臍が浮くような感覚に襲われる。落ち着いて周りを見てみると空洞内を2羽が旋回していた。
どういう仕組みなのか、この洞窟内で上昇気流が生まれているようである。本当に鷲だけの国なのだろうか? 横穴の存在を考えるととても鷲の嘴や爪で削ったとは思えない作りなのだ。
その疑問はすぐに解決されることとなる。
アンジェラさんのお父上が現れた穴にアンジェラ夫婦が着地して器用に歩いて中へ進んでいったのだが、僕たちは眼を疑った。先程までの自然の岩肌に囲まれたものとは明らかに違う石畳の敷き詰められた石の宮殿がそこに現れたのだ。
そして巨鷲たちが行き交う中、彼らとともに翼を持った人間が宮殿内を闊歩していたのである。あまりに驚いたため、僕は不用意にも思わず一言漏らしてしまったのだった。
『鳥人……』
最後まで読んで下さりありがとうございました。
ブックマークやユニークをありがとうございます!励みになります♪
誤字脱字をご指摘ください。
レイスになり過ぎるというご指摘を頂きました。確かにご指摘の通りです。それで大幅に改筆すると以後の流れが全く違った方向に行きますので、気持ちの揺らぎを加えてみました。
引き続きご意見やご感想を頂けると嬉しいです。
宜しくお願い致します♪