第26話 好物
2016/3/30:本文加筆修正しました。
僕の違和感は正しかったのだと、その時気が付く。出てきたもう一羽の巨鷲の頭部の右半分は、その頭部と同じくらいの大きさの肉腫らしき瘤で覆い隠されていた。
にくしゅ――。
そう口から言葉が出そうになるのを抑えて、ゆっくりと口を開く。
『初めまして、空の王よ。お招きいただき光栄に存じます』
両手を挙げたままゆっくりと言葉を出す。出来るだけ笑顔で。
『――あの蛇に付いていたのか? 虫の様に』
『これは心外です。王が我らをここに連れ帰られたのに、付いて来たとは、これ如何に』
『ふん』
『お前は我らの言葉が解るというの?』
雄の背中越しに、肉腫らしき病を患った雌が声を掛けてくる。ギゼラたちが使っている共通語?のような魔物言葉とは違うようだ。はっきりとは解らないがそういう感覚がある。
神様に感謝しないとね。
『はい、幸いな事にこうしてご挨拶できるのは歓びです』
『人が我らの言葉を解するとは信じがたいわ……あなたは魔王なのですか?』
『いいえ、それは明確に否定させていただきます。人の枠から少し外れかかった者ではありますが、魔王ではありません。できれば魔王などとは煩わしいので関わり合いたくないと願っています』
『ぷっ、お前は変わり者なのね』
あれ? 雄が話さないぞ? どうして雌が優先的に話せてるの? ここで【鑑定】を使って失敗すれば交渉はぱぁだ。気になるけど、そんな危険は冒せない。
『御心を休んじることができれば幸いです』
『人間、お前は我の威圧を受けてなんともないのか?』
『まさか!? 今でも息苦しくて堪りません。できればこのまま蛇と一緒にお暇したいくらいです』
『ふん、よく喋る』
『ふふふっ。良いではありませぬか、ヴァルはそんなに話をしてくれないのだから』
『むぅ――』
どうやら夫婦の様でありながらも、上下関係が逆だぞ? これは逆玉の輿というか入婿なのか?
『申し訳ありませぬが、お前は見逃したとしてもあの蛇はそうはゆきません』
『何故でございますか?』
『何故だと? その蛇は我に狩られたのだ。生殺与奪は我にある。蛇には我らの血肉になってもらう』
うん、まあそうだよね。弱肉強食、異世界だろうが向こうの世界だろうが、生きていくためにはそういう摂理を納得しなきゃいけないのは解る。だけど、ギゼラはダメだ!
『申し訳ございません。当方と致しましても、その件で譲歩することはできかねます』
『何故です? お前は人間、あの者は蛇。どこに庇い立てする義理があるのです? 自らの命が許されただけでも僥倖だと思えないのですか?』
雌が雄の背中に詰め寄るように言葉を出す。興奮しているのか、翼を大きく広げている。というか、問答無用で魔法で弾き飛ばされれば終わりだったんだけどね。話が出来てるというだけでこっちの勝ちみたいなもんだ。
『種は違えど、彼女と僕は家族だからです』
『莫迦な。詭弁だ!』
雄鷲が吼える。一段と強い威圧が放たれるがなんとか耐えれた。でも、足震えてるね。こりゃ、医大の教授をぶん殴った時以上に緊張してるは。
『同じ種で暮らしている貴女方には理解して頂けないかもしれませんが、わたし個人の感覚では長い時間衣食住を共にするとは家族になることなのです。強要しているのではありません』
『――それを私たちに信じろと?』
尤もな話だ。いきなり現れて全く違う価値観を振り翳せば誰だった同じ反応になる。でもそれでいい。
『他意はありませんので、奇しいと疑われるのでしたら、彼女がわたしを信頼しているという証拠をお見せしても宜しいですか?』
『……』
雄鷲が雌鷲に視線を飛ばす。
『――宜しいでしょう。結果が変わるわけではありませんが、お前の言葉にも興味はあります』
『寛大な御心に感謝致します』
雌鷲はそう言って、持ち上げていた翼を下げるのだった。翼は開いたままだ。警戒しているということだろう。軽く会釈して、僕は手を挙げたまま踵を返しギゼラのもとに戻るのだった。視線を感じるね。
『ルイ様?』
『ギゼラ、体調はどうだい?』
心配そうに尋ねてくるギゼラには答えずに聞き返す。
『はい。今ならここから飛び降りることも可能です。でも、あの鷲からは逃げれませんが』
『うん、そこはまた頑張ってもらうつもりだから、その時は宜しくね♪』
そう言って頬の辺りを撫でてあげると、眼を細めるのだった。
『はい、お任せ下さい!』
嬉しそうに答えてくれる。この娘に代わるもの、か。要は食糧確保のために狩りをしてきたのだがら、食糧があれば良いだけだ。代わり、代わりになるもの……。あ! あるじゃないか!
『ねぇ、ギゼラ?』
『はい』
『あそこの鷲たちはさ、僕は見逃してもギゼラはダメだって言うんだ』
『やはり』
『でもね、ギゼラは家族だからそれは譲れないって言ったらさ、証拠を見せろだって?』
『家族――』
うん、思った通りしっぽが揺れだしたね♪
『僕とギゼラが家族って可笑しいかな?』
『可笑しくはありません! はっ』
そう聞くと思わず口を開けてギゼラが反応してくれた。照れるね♪ 尻尾の先が見えないよ? えっと、ディー大丈夫かな?
『すみません、嬉しくてつい。でもわたしが家族でいいのでしょうか?』
『え? 今更何言ってるの? 僕はとっくの昔にそのつもりだったけど?』
『~~~~~~~~~~♪』
はい、ギゼラ協力ありがとう♪ 仕上げに行ってくるね。
『もう少し鷲さんたちと話を煮詰めてくるから、ここで待っててね♪』
『はい、ルイ様♪』
うん、いい返事だね♪ 呆気に取られてるのが手に取るように分かるよ。まぁ、普通ではありえないことだろうからね。僕だってそう思う。恵まれてるって。
ギゼラの首筋をぽんぽんっと叩いてから離れると、再び巨鷲たちの前に戻るのだった。
『――信じられぬ』
『――生まれて初めて見ました。このような事があるのですか……? お前は何者なのです?』
思った通りのリアクションに感謝ですね。さてここからだ。ここからボタンの掛け違いをすると大変なことになる。
『先程も申しました通り、人の枠から少し外れかかった者でございます。ですから、世の中の全てでこうしたことが見られている訳ではありません』
『さもあらん。聞いた事もないは!』
『お前のような者ばかりいれば世の中も違っているはずでしょうからね』
『勿体無いお言葉に感謝致します。1つお食事の事で尋ねたいことがあります。宜しいでしょうか?』
『許します。言ってみなさい』
『……』
僕の問いに雌鷲が答えてくれる。雄鷲は鋭い眼光をこちらに向けたままだ。今度は何を言い出すつもりだ?と言わんばかりに。
『それは食事の質です』
『質ですか?』
『はい。王が狩った獲物はこちらに帰ってくるまでにかなり冷やされてしまっています。我らがここに来るまでに寒さを感じたのですから、狩った瞬間に命を失っていれば身も冷たく硬くなっているのでは? と思ったのです』
『それが普通です。我らが地上で食事をするなどありえません』
『その通りでございます。それで、冷たくなっていない死体であればまた味も格別では? と思ったのです』
『……』
僕と雌鷲の会話を怪訝そうに雄鷲が見ている。
『時に、熊などは食べられますか?』
『熊ですって!?』『熊だと!?』
おっと、喰い付き良すぎです! 思わず引き攣った笑顔になってしまったじゃありませんか。
『例えばツヴァイホーンジャイアントとか』
『『ツヴァイホーン!!??』』
顔が近いてす。お二人共。
『もしもの話ですが、わたしがまだ温かいツヴァイホーンの死体を持っていて、あの大蛇と僕と蜘蛛を見逃してもらえるのなら、差し上げますといったら』
『『見逃す! 出しなさい!!』出してくれ!!』
良かった。あの時ディーが喰べ残したやつ回収してて。
『では、交渉成立ということで』
『『早く!!』』
あ~さっきまでの威圧はどこに行ったのかな? 雛鳥のようにキャンキャンと嘴を鳴らすのは行儀が悪いですよ? なんて思いながら、アイテムボックスの表示からツヴァイホーンジャイアントを選ぶ。足りないだろうと思いつつ2頭分取り出し彼らの眼の前に置くのだった!
『おお! 何年ぶりだ!!』
『もう食べることはないだろうと思っていたのに、なんという幸運でしょう!!』
『えっと、あの?』
もう2羽とも人の話は聞いてなかった。一心不乱にツヴァイホーンの遺体を啄んでる。これはすごい勢いだな。ちょっと興奮が冷めるまでギゼラのところに避難だ!
『ルイ様! あれは一体?』
ギゼラの処に帰るとそう聞いてきた。うん、気になるよね。
『僕たち3人を見逃してもらう代わりに、砦で回収してた熊さんの死体を上げたんだけどね。どうやらギゼラ食べる以上に熊に眼がなかったみたい』
『――わたしたちは助かったのでしょうか?』
『そうだね♪ あとは、ディーが来るのを待つだけだよ』
そう言ってギゼラの首筋を撫でてあげるのだった。心做し鱗の色が濃い水色になってきてるような気もするけど? 僕が刺さった処を見ると、傷は癒えてるんだけど、なんだかぽこって膨らんでる物がある。なんだろ? 【鑑定】
【分類】人骨。人間の脊柱の第4胸椎。
おぅ。爪で抉られた時にそのままギゼラの体の中に押し込まれたのか。
『ねぇ、ギゼラ?』
『はい、なんでしょう?』
『あの雄鷲さんに鷲掴みにされた時にね、僕の背骨の一部がギゼラの中に押し込まれたみたい。ちょっと斬って取り出してもいい?』
『嫌です!』
『へ?』
『そのままにしておいてください! ダメですか?』
『いや、ダメというか。僕の骨はギゼラの体にとって異物だから抛っておくと命に関わるかもしれないんだよ?』
『それでもいいんです。ずっとルイ様が中にいるという事に変わりないのですから!』
僕は何処かの宗教の教祖にでもなったのか? と錯覚してしまった。気持ちは嬉しいけど、そんな危険なこと許すわけには。
あ――。あるね、危険なやつが――。
危険だけど、他に試す機会ない、よね?
【融合】の人体実験。
あぁ~僕って最低だ。この関係を利用して自分が知りたいことを優先させようとしてる。ギゼラが嫌だって言うはずないのに。
『ふぅ、ギゼラよく聞いて』
『……はい』
僕の雰囲気が変わったことに気がついたのか、神妙な面持ちになる。
『今から僕の骨を取り出すんじゃなくてギゼラの一部になるように試してみようと思う。特別なことだから上手くいかなかくて危険な状態になるかもしれない。……それでもいいかな?』
『はい、お願いします』
そう言うよな。本人が望んだ事であっても心苦しい。まぁ、どうなっても責任は僕が取る! 死ぬことはないはず!
『じゃ、やるよ』
『お願いします』
ギゼラの同意の言葉に頷いて、ぽこっと膨らんだ部分に手を添えゆっくり息を整える。
『【融合】! うわっ!!』
『きゃあっ! 熱いっ!!』
【融合】が発動した瞬間に僕たちは閃光に包まれる! その光の中でギゼラの短い叫び声がした。手を伸ばそうとしたのだけど、そこに居るはずのギゼラに触れない!? どうして!?
閃光は一瞬だけだったのに、僕の中では物凄く緩やかな時間が流れていた。
ギゼラ何処いったの!?
眩しさで奪われた視力が戻った時、僕は慌てて周辺を、ギゼラを探した!
『ギゼラっ!?』
鷲たちは嘴から熊の肉をぽとりと落として、口を開けたまま僕の方を見てる。
ん? 視線が僕に向いていない。どういう――?
ん?
…………。
…………。ゴシゴシ眼を擦る。
…………。
…………。もう一度ゴシゴシ眼を擦ってみる。
気がついたら叫んでいた。
『はぁぁぁぁぁぁぁっ!!??』
僕の眼に写っていたのは岩棚の端にペタンとアヒル座りをし、濃い水色の長髪を風に靡かせ水色の瞳を潤ませている全裸の美女の姿だった――。
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