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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第二幕 辺境の街
23/220

第22話 覚悟

2016/3/30:本文修正しました。

 

 嫌な気配がしたから振り返ってみると、そこに居たのは全長8mはあろうかという緋色の巨大蜘蛛だった。八つの深紅の複眼が妖しく僕を見下ろしていたーーーー。


 『ひぃぃぃぃっ!!!』


 『ル…………ルイ…………私…………です』


 『へっ!? これが本体!? 嘘だろーー。世の中にこんなにでっかい蜘蛛がいるなんてーー。あ~え~っと、どこまで自分の意思で動けるの?』


 『この…………地下…………なら。ルイ…………美味しそう…………』


 『待て! 早まるな! 僕を食べてもお腹を壊すだけだぞ!』


 『うう……あのキモ男に……ここな……ら、好き……な…………だけ、……食べて……いい』


 『言われててもダメだ!』


 う~む。この押し問答だと埓があかないな。(けしか)けて2階に上がるか!? それならそれでもいいよね?


 『なぁ、ディー?』


 『な……に?』


 『糸と魔法なしで僕を捕まえたら片腕食べさせてあげるって言ったら、やってみたい?』


 『食べて……い……いの?』


 『捕まえたらね? その代わり、案内もしてくれなきゃダメだよ? そういう約束でしょ?』


 『う……ん。案内……も……する。ルイ…………も食べる』


 いや、捕まえてないでしょ! さて、死ぬわけじゃないけど、死なないという部分に慣れるとしっぺ返し食う時が来るだろうから今のうちに甘えは治しておかなきゃね。


 僕は屈伸を始める。【影縛り(シャドーバインド)


 『僕は先に上に上がるから、追いかけてきてね。もう少ししたら動けるようになるから、それが始めの合図! 分かった?』


 『分かっ……た。私……必……ず、食べ……る』


 そこは捕まえるでしょ! ったく。


 こうして僕と強大な緋色の蜘蛛、ディーとの追いかけっこが始まった。あとで気がついたことだが、この追いかけっこをしたせいで随分怪我人が出たそうだ。




             ◇




 その頃、一頭のツインテールフォックスが山麓を駆け下ていた。仲間たちは随分離れた位置で並行移動してもらっている。


 先程の得体の知れない男について思い出していた。


 『この砦の中の兵士たちは粗方倒したから、すぐに外へ出れるはず。外にレアさんが人間と一緒に待ってるはずだからだれか連絡を取ってもらえないかな?』


 我々と同じ目線になるように膝を就いて話しかけてきたあの男だ。今思えば人間なのに、我らの言葉を話していた。レアもサーシャについても親しいようだ。


 我々は人に襲われ家族を奪われた。帰るべき里もない。それなのにレアはあの人間と共に我らの救出を選んだ。なにか訳があるのだろう。


 まずは逢って無事を知らせないと!


 すんすん


 レアの匂いだわ! 眼の前に幻術で作った壁が立ちはだかっていた。


 『レア!』


 『シェイラ姉さん! 無事だったのね!!』


 幻術の壁向こう側から人の姿をしたレアが現れる。今は元に戻れないということね。


 『名前も聞かなかったけど、変な男に助けられたわ! 後でしっかり教えなさい!』


 『あぁ! ルイ様ありがとうございます!』


 妹が胸の前で手を組んで砦に向かって叫んでいる。あのレアが!? 何があったの?


 『姉さん、皆でこのまま待っててもらえますか! ここにいくらか食料があります。これを皆に!』


 はっと我に帰ったレアが荷馬車に乗っていた布袋を私の方に投げてよこす。


 すんすん


 干し肉だわ! じゅわっと口の中に唾液が広がる。


 『砦を制圧してここに戻ってきます。皆とここで待っててください。詳しいことはベスやロロに聞いてください! では!』


 レアはそう言って踵を返し幻術を解く。


 「ルイ様が制圧してくだったようです! 参りましょう!」


 そう人の言葉で人間たちに声をかけて、馬上の人になっていた。だが、その中にもう一人人ではない女が混ざていた。彼女は優しげに微笑んで会釈して、レアを追っていった。レアの友なのだろうか。


 キャァァァンン!


 皆を呼ぶ。まずは空腹を満たさなければ! 私たちは布袋を食い破り、中に入っていた干し肉で飢えを癒すのだった。




             ◇




 追いかけっこは壮絶だった。


 言わなきゃよかった。


 ごめんよ、熊さん。


 僕と追いかけっとしようとした矢先に、卒倒してるツヴァイホーンベアが10頭居たのだけど。ディーに食べられちゃった。頭と内臓。美味しいらしいよ?僕には分からないけど。また埋めに来てあげるからね。


 で、僕は今何をしてるかっていうと、砦の2階を爆走してます。


 『おわっ! こらディー! ちょっ! 糸! 糸使うなって!!』


 『無理……ルイ……すば……しっこい……から……糸……ないと……捕まえれない』


 『さっき熊食べてたじゃん! あれだけ食べたら十分でしょ!? おわっと!』


 『あれ…………前菜……メイ……ン……は……ルイ』


 『どんな胃袋してるんだ!!』


 眼の前に大きな扉がある!


 バーンッ!!


 蹴破って転がり込む、ゆっくり開けてるとディーの脚で串刺しだ。


 「ひぃぃぃぃっ!!」


 小太りのおっさんがそこに居た。奥にギゼラとサーシャの姿もある。結果的にディーに案内してもらってのか? 自分で見つけた気もするーー。


 「カンゼムさん、お痛が過ぎたようですね」


 『ルイ……見つけた……』


 そこに緋色の巨大な蜘蛛が乱入してくる。その八つの眼が見つめているのは僕だけだ。といっても複眼だからね、部屋の状況は勝手に認識してるだろう。


 「おお! いいところに来た、ディードよ! この若造を血祭りにあげよ!」


 『ルイ……ごめん……逆らえ……ない』


 まぁそうなるよね。今は命令と目的が同じ方向に向いてるんだから。おっと。


 緋色の足が槍のように上から突き立てられてくるが、難なく交わす。揺らっとなにかしら動いた気配がした次の瞬間、ディーの巨体が吹き飛ばされて壁に減り込んだ!


 ギゼラの尾の一撃だった。ひぇ、おっそろしい威力だな。ひょっとして守ってくれたのか?


 ギチギチギチギチ


  壁に減り込んだ緋色の蜘蛛の口当たりから奇怪な音が漏れ出始めた。興奮してるのか、な? まずいな。理性が【調教(ティム)】で効きにくくなってるから大事になるぞ!?


 こうなれば先におっさんを。


 「ぐわっ!」


 ギゼラの尾撃が僕にもやってきた!? 瞬間的に飛ぶことはできたけど、この苦しさは数本肋にヒビが入ったかな?


 「いいぞ! ギゼラよワシを守るんだ!」


 くそ、殴られたことよりも、その一言の方がきつい。でも、終わらせてやる!


 【槍影(スティングシェイド)】【黒珠(ダークボール)


 「ぐはっ!?」


 小太りのおっさんの足元から10本近い影の氷柱のように尖ったものが天井に向かって飛び出し、男を貫く!と同時に精神を削り取り、拉致監禁の首謀者の意識を刈り取る。影の氷柱が消え去ると支えを失った体がゆっくりと石畳の床に転がるのだった。


 体から流れでた血が水溜りのように溜まり始めている。命が切れる前にもらえるものはもらっておいてやるか。3種類のドレインで吸えるものは吸っておく事にした。【鑑定】で見る限りではかなり早い勢いでHpが減ってき来てるが、ギゼラやサーシャ、ディーのステータスの職業欄にまだ【隷属】がある。


 この世界に来て魔法というかスキルで命を吸ったことはあったけど、この手で絶つということはした事がなかった。一線を越える事への恐怖が決意を鈍らせていたのだ。


 ギチギチギチギチ


 背後で蜘蛛の口から漏れていた音がする。いつの間に!? 剣を抜こうとしていた時に緋色の蜘蛛の足が槍のように頭上から落ちてくる。


 「くっ!」


 慌てて避けるが、どうやら【調教(ティム)】された者は、主の危機を守るようになっているらしい……。ギゼラの方も魔法の発現準備に入っているようだ。サーシャは!?


 周囲を見渡すが姿が見えない。ん?おっさんの姿も消えた!? いや幻術か。自分に掛からないのであれば、精神異常の耐性も関係ないということか。


 このままだと魔法を避けてもディーに当たる可能性が高いが、確かディーには風耐性があったな。どうする?


 対象状態が見えなければ魔法も発動できない。かと言って瀕死であっても逃げ伸びられれば面倒な事この上ないし。魔法を無作為に使ってサーシャを巻き込んだら本末転倒だ!


 ディーの脚槍の攻撃を躱しながら、ギゼラの魔法にも気を配る。足止めしても魔法は使える。【影縛り(シャドーバインド)】するより別の一手だそ?


 「ちっ」


 僕は舌打ちして蹴り破った扉の処に移動した。この部屋から移動できる場所は窓か、隠し扉のどれか、いま瀕死の状態でそれもままならない。となれば危険因子(ぼく)の排除の一択だよね。


 じゃあ、手っ取り早く削りますか。逃げられて取り戻せないのはもっと嫌だ。


 【黒珠(ダークボール)


 ディーとギゼラが居ない左側の空間に向けて【黒珠(ダークボール)】を投げつける。動かない。


 【黒珠(ダークボール)


 今度は右側だ! ギゼラは動かずにディーだけ動いた!? もう一発! 【黒珠(ダークボール)


 いくら闇に耐性があっても、精神を削る作用までは相殺できないだろう? と思っていたら正解だった。もう3回ほど、合計4回間髪を入れずディーに【黒珠(ダークボール)】をぶつけると緋色の蜘蛛は糸が切れたように床に崩れ落ちる。


 「さて、そろそろ僕の(・・)ギゼラと(・・・・)サーシャを(・・・・・)返してもらおうか」


 それを確認して、静かに言い放つ。


 「ひっ」


 何もない空間で引き攣ったサーシャの声がした。そこか。


 ゆっくりと声が聞こえた方に歩を進めていく。ギゼラが静かに回り込もうとしている気配が分かる。緩やかに息を吸い込み、佇まいを正す。


 「下がれ!」


 「「「!!!!」」」


 一喝した。師匠が昔教えてくれた気勢で相手の出鼻を挫く方法を真似てみたのだけど、上手くいったのかどうか。


 いったようだ。幻が解け、サーシャがいやいやをしながら突っ伏した小太りの男の前に立っているのが見えた。虫の息とはこのことだろう。それでも、ケジメは付けなければ。


 そう自分に言い聞かせて僕はサーシャの前に歩を進めた。サーシャは何が何だか分からない錯乱状態のようだ。完全に【調教(ティム)】されていな所為で、自分の感情と主を守らねばという偽りの感情とが鬩ぎ合っているのだろう。よく頑張ったね。ギゼラもそうだ。


 「サーシャ」


 僕の言葉にびくっとサーシャの体が揺れる。そして僕を見上げてきた。双眸に涙をいっぱい溜めて。


 あぁ~僕はなんて莫迦(ばか)な事をしたんだろう。こんなに苦しまなくてもいい方法もあったはずなのに。それより僕が油断しなければこんなことには。


 ぎりっ


 奥歯を噛み締める。そしてサーシャを僕の体に押し付けるように抱締めるのだった。それに合わせて剣を抜く。サーシャにその瞬間を見せないためだ。


 他の人の命を奪うというのは向こうの世界では忌避されるものだったが、ここではそれは普通に起こり得る。その甘さを戒めるために、僕は魔法ではなく自分の手で責任を背負うことを決めたんだ。


 思ったよりも頭は冷静だった。ゆっくりと首筋に突き立てられてゆく剣の刃。ぶつりぶつりと切れてゆく靭帯や筋肉の感触。ごつっという骨に当たる感触。気道を潰し押し切った時に男の口から漏れた絶命の瞬間の一声。カツンと刃の先端に帰ってきた石畳の響きが、僕の心を現実に引き戻してくれるのだった。


 「ううっ」


 「サーシャ遅くなってごめんね。怖かったでしょ?ーーよく頑張ったね」


 「うわぁぁぁぁぁん!! ルイ様ごめんなさいぃぃぃぃ!!!」


 ぽふぽふと頭を撫でながらサーシャに声を掛けると、彼女はそのまま感情を爆発させた。うん、それが大事。泣きじゃくるサーシャをしっかりと抱き締めて上げながらふとギゼラの方に視線を向ける。


 僕と視線があった瞬間にびくっと体が揺れた。近づいて来ようとしないーー。自分がした事のいくらかは記憶しているのだろう。


 『ふぅ。ギゼラ』


 名前を呼ばれて大蛇が再びびくっと水色の鱗で覆われた巨体を揺らす。


 『あ、主殿。わ、わたしは』


 『遅くなってごめん。怖かったね。嫌な思いもいっぱいしたね。僕が油断したせいで』


 『それは違います! 主殿は悪くない! 悪いのは!!』


 『覚えてるんだね?』


 僕の質問に大蛇の頭が動く。サーシャは酷く取乱たりはしていないが、まだ嗚咽の声が聞こえるからこのまま抱いたままギゼラをケアすることにする。


 『後ろめたさを感じてしまう?』


 また大蛇の頭が上下に動く。


 『分かった。じゃあ今サーシャ抱いてて動けないからこっち来て』


 『…………』


 僕の求めに応じてギゼラが近寄って来てくれる。良かった♪ そこまで嫌われてはないらしい。でも、これがPTSD(心的外傷後ストレス障害)で残らないためにも今すぐのケアが必要なんだ。


 『ギゼラが考えてるようなダメージは体にはないよ? でも、僕を傷つけたってことが許せないんだよね?』


 『…………』


 その確認に頷く。まぁそうだよね。


 『じゃあ、一発殴らせて。こんなことになってしまったのは僕にも責任があるけど、【捕獲(ティム)】される隙を作ってしまったギゼラにも責任があるもんね』


 『主殿。主殿はそれで良いのですか?』


 『ん? どうするつもりだったの?』


 『斬り捨てて』


 『そんなの僕が許さない!』


 『!!』


 僕の言葉にギゼラの動揺が伝わって来る。


 『誰がなんといってもギゼラは僕のものだ! それは譲れない! だから命を取ることはしないし、これからもするつもりはない! ギゼラが僕を嫌いになってしまったら、苦しいけどそれは』


 『そんなことはありません! こんな感情、今までなかった。無かった方がどれだけ楽だったことか』


 僕はギゼラの言葉を聞いて嬉しくなった。魔物だろうが人だろうが意思が通わせれば思いは通じ育つのだと。くすっと笑って改めてギゼラにお願いする。


 『じゃあ、ギゼラ一発殴らせて。それで帳消しだよ?』


 『はい』


 『じゃあしっかり歯を食いしばって! こんな優腕でも力はあるからね♪』


 『…………』


 サーシャが聞き耳を立ててるのが分かる。落ち着いてきたのかな? うん、分かってる。そんなに酷くはしないよ。でも軽いと納得してもらえないだろうからね。安心させるようにサーシャの頭をぽふぽふと撫でてあげる。


 ギゼラが口を閉じた状態で顔を差し出してきたので、右手で握り拳を作り、ギゼラの横面を殴りつけた。少し強めに。


 どぉぉぉぉぉん!!!


 「へっ!?」


 「ルイ様!? 酷い!」


 「い、いや、そんなに強く殴ってないよ?」


 サーシャが聞いてたのと違う! 的な反応をしてくれた。ありがとう、そのツッコミ嬉しいよ。でも、本当にそんなに力入れてなかったんだけど、ギゼラの巨体を部屋の奥の壁まで殴り飛ばしてしまったのです。はい。


 『ギ、ギゼラ大丈夫?』


 『さすが、主殿。今のはかなり堪えました』


 『ははは、これで帳消しだからね。もう今日のことを持ち出して変なこと言い出さないようにね?』


 『はい』


 『うん、じゃあおいで♪』


 のろのろと起き上がる大蛇の声には安堵の色が含まれていた。手を抜かれたらどうしよう?と思っていたのだろう。結果的には丸く収まったのだが、次からは殴る時も加減しよう。【隷属】の表示も消えていた。


 そんな風に考えているところにギゼラが顔を寄せきた。空いてる右腕を広げてもっと寄るように促す。恐る恐る近づいてきたギゼラを右腕でがしっと抱き抱えると彼女にだけ聞こえるように。


 『おかえりギゼラ。寂しい思いをさせてごめん。これからもよろしくね』


 『~~~~~~~~♪』


 その言葉を聞いてギゼラの尾がすごい勢いで振り回されていた。


 実はその様子を少し前から見えていた二人が居たことに後で気がついたんだ。それどころじゃなかったんだけどね。


 「ジル」


 「なんでしょう?」


 捕縛の仕事を騎士たちに任せて駆け上がってきた二人が部屋の外からこちらを眺めていたのである。


 「我が妹ながら、強敵だぞ?」


 「ええ、元よりそのつもりです。それにレア」


 「ん?」


 「ギゼラさんも、ですわ」


 「…………」


 自分たちが置かれている状況は甘くないという認識ができたのか、二人は顔を見合わせて大きくため息をつくのだったーーーー。


 「「はぁ~〜〜……」」







最後まで読んで下さりありがとうございました。

ブックマークやユニークをありがとうございます! 励みになります♪


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