第197話 明かされた真実と受け継ぐモノ
中3日、頑張れました!
まったりお楽しみ下さい。
僕らは今、白山宮内の食堂で向かい合って座ってる。
もう、モヤモヤした気持ちはない。
向かい合うのは、さっきの今ということもあり若干恥しさはあるけど、心は安定した。
まさか自分が泣くとは思ってもみなかったよ。予想外の反応に僕もだけど、周りの奥さんたちをオロオロさせてしまった。ごめんよ。
前回、王と会食した時は短手の席に座って随分距離のある会食だったけど、今回は長手の方で母さんにそっくりな魔女さんと向い合って座ってる。王族は前回と同じ席だ。
きっと、座る場所が決まってるんだろう。あの、長男とかいう王子も同席してるんだけど、視線が僕ではなくアルマの方にずっと向いてるんだよな。
どうにかならない?
というか、僕の奥さんたちが相当警戒してるのは、その男のほうじゃなくて、母さんに似た魔女の方だ。魔女さんの右にリーゼ、左にディー、後ろにシンシアが立ってる。変なことしたら即座に首を刎ねそうな勢いだ。流石にそれは勘弁して欲しい。
いざとなれば止めないとね。
そして僕の右にはアピス、左にカティナ。後ろにギゼラという布陣だ。アルマは青鬼族の美人さんが隣りに座って様子を見てくれてるよ。今は美味しそうにクッキーをリスのようにかりかりと齧ってる。コレットはガレットさんと一緒に僕らの給仕だ。
「それで、事の興りというとこで話が切れてしまってたね。続きをお願いしても?」
「勿論です。荒唐無稽に聞こえるかも知れませんが、これからお話する事は、わたしの中に収められている記録を元にしたものです。ですから、実際に起きたのだとご理解ください」
「分かった」
「では。……加奈子様と一樹様がこの世界に転生されたのは、交通事故の直後だと聞いています。間違いありませんか?」
「恐らくそのはずだよ。事故車の焼け跡からは遺体も出なかったからね」
魔女さんの言葉に肯く。そうなんだ。交通事故に巻き込まれて炎上して、妹の季は骨折と大火傷で何とか助かったっていう状態だったんだよ。
「その時に、御2人は女神ヘラ様に祝福され、勇者と賢者という役目を授かって魔族として生を受けたそうです」
その言葉に周囲がざわめく。いや、僕も驚いた。
「魔族の勇者と賢者!? 普通魔王とか、巫女でしょ!?」
思わず、突っ込まずに入られないくらいにね。
「そもそもの認識が違います。瑠一様の世界の言葉に『知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず』という言葉があると記憶しています」
「あーそれ父さんが好きだった孔子の論語だね」
「はい。瑠一様も博学でいらっしゃるのですね」
「いや、僕のは美味しいとこを少し齧ってるだけの、付け焼き刃だよ」
「仰る通り、論語です。その言葉の意味を借りれば、知恵を備えた者は道理をわきまえているので事をなすにあたって迷うことがない。仁徳の備わった者はものの道理に従って行動するゆえに、何ひとつ心配することがない。勇気がある者は信念を持って行動しどのような事態にも臆さない、ということですから勇者は魔族にも当て嵌まるということです」
「確かにね」
「申し訳ありません、話が逸れました」
「いや、逸らしたのは僕だし。続けて」
「はい。御2人が生を受けたのは、今から3000と19年前の事です」
「3019年前!? 何だよそれ。僕の前から居なくなって10年しか経ってないんだぞ?」
「恐らくは、転生した時の時間軸の歪みかと思われます。それが偶然なのか、女神ヘラの御力なのか知りませんが。一樹様はヘーゼルバッハ家の嫡男として生まれ。加奈子様はギロー家の長女としてお生まれになりました。それぞれ、一樹様はリナルド。加奈子様はリュドミラというお名前を付けられたそうですが、前世の記憶をそのまま持っておられたお2人は、こちらでも結婚することが叶いました。それを可能にしたのは、女神ヘラの祝福もあったと思われます」
「あー。確か、女神ヘラは結婚と貞節を司る女神だったね。納得。父さん、母さん一途だったからな。女神との相性は良かったかも知れない」
女神ヘラねえ。随分上級神が絡んでるんだな。僕の時は違ったけど……。
「結婚されてから、お2人は才能を開花され魔道具を作る点で大きな恩恵を世界にもたらされました。マジックバッグの技法を残されたのも加奈子様です」
「おっと……意外なとこで名前が出たな。発想は父さんてこと?」
「そうです。当時は時空魔法が失伝していませんでしたので、お2人も自由に転移魔法を行使しておられました。その時に作られたのがわたしであり、今瑠一様の傍に居るアスクレピオスです」
いずれ制限されるか、使えなくなると当たりは付けてたって事か? まあ母さんはそういう変な勘は鋭かったからな。解る気がする。
「なる程ね。アピスの能力は使用者の力を増幅させる働きが強いけど、貴女にはどんな能力が?」
「はい。1つは他者を【人化】させる力が与えられました。と言いますもの、わたくしが作られたのは、狗鷲族が人としての食事を楽しめるようにという意図で作られましたので加奈子様がその力を付与してくださいました。もう1つは、記憶の譲渡です」
「譲渡?」
「正確には継承と言った方が良いかもしれません。いくら魔族とは言え、永遠に渡って生き続けることは不可能です。一部の古代エルフ族のように2000年近く生きたとしても、です。それで、瑠一様や季様が、自分たちのような事故に巻き込まれてこちらの世界に来る可能性を考えて居られたということです」
長生きする種もあるのか。古代エルフって、ハイ・エルフとは違うの?
「確かに、一生の内交通事故に遭う確率は2人に1人だっていう確率を聞いたことがあったけど……、異世界に飛ばされる可能性がどんだけあると思ってたんだよ」
「そこは加奈子様の先見の明か、母性のなせる業だと愚考します」
そこはもう、「母さんだから」と済ませたいレベルだな。
「はぁ。……母は強しということか。でも。役割は分かったけど、貴女がその姿になったことや、アルマを含めたここの王族の【人化】の時間が伸びた説明にはなってないよね?」
「仰る通りです。わたしがこの姿に成るためには、「加奈子様と一樹様の家名である九の姓を持つ者か、その姓に連なる者が触れること」という条件が、鍵として課されていました」
「そっか。アルマは僕の眷属だから、九姓に連なるという条件を満たしてたのか」
「然様でございます」
「そりゃ誰かれ構わずじゃ、意味ないもんな。その姿になるためにはそれなりの魔力も要るだろうし……。アピスの時みたいにアルマから一杯吸ったの?」
「旦那様……」
「ごめんごめん。母さんが作ったのはそういう仕様なのかと思っただけだよ。ん」
アピスがその言葉に俯くから、慌ててフォローした。機嫌を取ろうと軽く唇を奪ったのが拙かったんだ。我慢してた、カティナとギゼラがここぞとばかりに擦り寄ってくるじゃないか。
「むー。アピスとばっかり。わたしもして欲しい!」
「あの、旦那様わたしも……」
今大事な話をしてるっていうのに、これじゃ緊張感の欠片もないだろ!? でも、アピスを構ってるという自覚はあるから、円滑に話を戻すために2人にも口付けしておいた。
だから、向こう側から物欲しそうに睨むのは止めて。3人の後ろに一瞬「ゴゴゴゴゴ」とか陰と効果音が見えた気がしたよ。後で埋め合わせるから、ね? ねっ!? ああ、コレットもちゃんとするから!
「ふふふ。仲が宜しいのですね」
「ありがとうございます。自慢の嫁です。父さんと母さんに報告できないのは辛いけど、貴女に紹介できただけでも良いと思うことにしますよ。で、魔力必要なんですか?」
「「「「「「「嫁……」」」」」」」
その確認は取っておきたい。【人化】の魔法を使うにも魔力は使ってるだろうし。その姿がもう見れなくなると考えるのも嫌だ。
急にもじもじし始めた、奥さんたちには触れずに流すことに決めた。視線は魔女さんから切り離さないように、鋼の心で集中だ。
「【人化】は変身させる者の魔力を利用しているので、そこまで魔力を使う必要はありません。この姿を維持するには、必要ですが。それも微々たるものです」
「今までの【人化】と違って効果が長く続いてるのは何故なんですか?」
「ああ、それはこの姿になれたので、正しい【人化】の魔法陣を転写できるようになったからです」
『はあっ!?』
その場で聞き耳を立てていた者全てが、その言葉に耳を疑った。
今「魔法陣を転写できるようになった」って言ったよね!? は? 魔法を掛けるんじゃなくて、魔法陣の転写!? 意味がわからないんだけど!?
周りがザワつく中、何とか呼吸を整えて、問い質す。
「今、魔法を掛けるじゃなくて、「魔法陣を転写」って言ったように聞こえたんだけど?」
「はい。確かにそう申しました。今はそういう方法ではないのですか?」
Oh……。そう来たか。3000年前の魔法行使と、今とじゃ隔たりがあるということか。古代の技術の方が進んでいたとも言えるよね。
でも魔法陣の転写って、それこそ迷宮の罠みたいに、踏んだ瞬間魔法陣が発動して被害が出るという理屈と同じだよね?
――見てみたい。
好奇心が抑えられないじゃないか。
「それ、見てみたんだけど。誰か適当な人に【人化】の魔法を掛けてもらえない?」
「それは構いませんが……。もう王家の方は皆【人化】されてますし……」
そえもそうだな……。誰か居ないか? 都合よく実験しても文句言いそうにない誰か……。居た!! 近くに要るじゃないか。
僕の眼は、コレットの横でぼーっと話を聞いてるガレットさんに向いてた。思わず、にやりと笑みが零れる。
よし。実行の前に、言質を取っとかないとね。
「王様、今の話聞いてましたか?」
「う、うむ。驚くことばかりだな」
急に話を振られて、姿勢を正す王様。しっかりしてよ。気を抜いちゃダメだろ?
「それでですね、そこのガレットさんに【人化】の魔法を掛けてもらってどんな魔法なのか見てみたいんですが、良いでしょうか?」
「ふぇっ!? わ、わたしでございますか!?」
名指しされて、飛び上がるように姿勢を正すガレットさん。残念なことに絶壁だから揺れてる様子が見えないんだよね。
前にも思ったけど、飛翔した時に空気抵抗がない体になるよう種族特性が現れたんだと思いたい。他の翼人の女の人も似たりよったりだから。
「うむ。構わん」
「コレット、ガレットさんを連れて来て」
「畏まりました。さ、参りましょう」
「は、はぃ……」
コレットに左腕を掴まれて魔女さんの前に連れてこられるガレットさん。僕も間近で見るために、合わせて傍に移動した。一体どうやって転写するんだ?
「じゃあ、お願いできますか?」
「畏まりました」
椅子から立ち上がった魔女さんが、ガレットさんの胸の前で開いた掌を翳す。特に何か詠唱を口走る様子も見受けられないな。と思った瞬間だった。
ガレットさんと、魔女とさんの手間に、薄く引き伸ばされたような直径120㎝くらいの赤い三重円が現れたんだ。
「これが魔法陣!」「あわわわ……」
「心配ありませんよ。痛みも苦しみまりません。少し熱いくらいですから。少し触りますね? 【転写】」「あああ、体が熱いっ!」
恐れるガレットさんの腕を放さないコレットも流石だけど、興味深い。それがすぅっとガレットさんの体に吸い込まれると熱さのために悶え始めたんだ。
これが【転写】。
と、同時にガレットさんの体に変化が起こる!
背中から生え出ていた白く大きな翼がずるっずるっと彼女の体に吸い込まれていくじゃないか。下手なスプラッター映画よりも迫力あるな。
その変化も時間にすれば、ほんの数分だっただろう。僕の前には、翼のために切り込みを入れた古代ギリシャ風のキトンに似た服から綺麗な背中を晒すガレットさんの姿があった。
「ガレットさん、体調はどうですか?」
「え、あ、熱くない。背中も軽い? ええっ!? わたしの翼がない!?」
「無事に【人化】出来たようです、瑠一様」
「うん、凄いもんだね。ということはだ、【転写】してもらった人は自分の魔力を使ってこの姿を維持するか、解除するか選べれるようになったってこと?」
驚くガレットさんを尻目に、魔女さんに確認を取る。横では、嬉しさの余り僕に抱き付こうとしたガレットさんがコレットに引き戻されて火花を散らしている様子が見えた。何やってんだか。
「然様でございます。1度見ただけで理解されるとは、流石加奈子様の御令息」
微笑みながら小さく肯く魔女さんの言葉にむず痒くなる。
「いや、その顔で敬語とか……母さんに敬語使われてるようでさ、むず痒くなる。砕けてもらった方が僕としてはありがたいんだけど?」
「そうですか。ではそのように」
「あとは? 記憶の継承とか言ったけど、僕が何か貰えるものがあるの?」
「いえ、わたしからは言えることはあと1つだけ。ヘーゼルバッハ城の地下に行きなさい」
「ヘーゼルバッハ城の地下?」
「そうよ。余人が近づいても何も反応しないけど、わたしと同じ鍵が掛かっているから行けば解るわ」
「なる程、ね。で、肝心のヘーゼルバッハ城は何処に?」
「ルイ殿、良いだろうか?」
魔女さんに問い掛けた僕の言葉を遮るように、ヴァルバロッサさんから横槍が入る。
口調は、丁寧すぎて他人行儀にみえるから、普通に戻してもうように食堂に移動する最中に頼んだんだ。だから、それは良い。それは良いんだけど……。
「ヴァルさん、何でしょうか?」
正直、「え〜今!? 空気読んでよ」と思ってしまった。肝心の場所を教えてもらえる瞬間に割り込まれたんだ。イラッと来るのは仕方ないよね?
「ああ。すまない。その前に確認しておきたいことがあるのだ。話を聞くに、ルイ殿のご両親は転生者で、こちらの世界に来る前は、ルイ殿の姓と同じイチジクだったという理解でいいだろうか?」
「はい。その理解で間違いありませんね」
遠回しに外堀を埋めてくるような聞き方だ。何だろ?
「ならば、カズヤ・イチジクは、先程から話に出ているルイ殿の御父上ということに――」
「なりますね。その口調だと、ヴァルさんも何か知っているような口振りですが?」
「陛下。宝物庫の壁に刻まれた碑文についてお話しても?」
「構わぬ。寧ろ、今でなければいつ話すというのだ。よく思い出してくれた」
僕の問い掛けには答えずに、王様の方へ向き直って確認を取るヴァルさん。その言葉に眼を瞠った王様。ああ、何か忘れてた事があったんだな、というくらいしか見てて判らない。
「は。では、皆様。離しの腰を折ってしまい大変申し訳無いが、これから宝物庫へ御同行願いたい。先ほどの話もそこでした方が早かろうと思う」
席を立ってそう提案してくるヴァルさんに、皆の視線が集まる。奥さんたちも一度ヴァルさんを見て「どうするの?」的な視線を僕に向けてくるのが判った。そりゃあ、ねぇ?
父さんに関係する話ですよ? って匂わされたら気にならない訳がないだろうに。
「そういう事でしたら、案内をお願いします。皆はこのまま待ってくれててもいいよ?」
「「「「「「「「行きます!」」」」」」」」
即答だった。アルマも来るの? まあいいか。
「ああ、そうなのね。じゃあ、一緒に行こう。セシリアさんは」
「一緒に参ります」
「あ、はい」
こっちも即答。ま、不測の事態を考えたら傍に居た方が安全だわな。何も起きないとは思うけど、ね。
本当なら、セシリアさんの案内でエレクタニアから山脈を挟んだ反対の魔族領に行くだけだったのに、かなり遠回りしてるからな。
書簡をくれた魔王の病状も気にはなるけど、セシリアさんの話と合わせて推察しても、数日で激変するような感じは受けない。ただ、アルマを連れて帰るだけじゃなくて、両親に纏わる案件を処理しておかないと、僕もモヤモヤが晴れないんだ。
「ふふふ。瑠一様は本当に愛されているのですね?」
「お陰様で。僕にはもったない存在ですが、掛け替えのない家族だと思ってますよ。ん。んん!? ち、ちょっと、シンシア!?」
同じように席を立つ魔女さんの笑顔に僕も笑顔で返しておく。ヴァルさんたちも席を立ったのが見えたと思ったら、視界がシンシアの顔で遮られた。同時に唇を奪われる。
「アピスばかり狡いのだ」「あ゛ーっ! シンシア狡いのです!」「わたくしも我慢できませんわ!」「わ、わたしも!」「貴女はダメです」
それを放っておける程、リーゼとディーは心穏やかじゃないだろう。さっきお預けを食らってたわけだしね。
ドサクサに紛れてガレットさんが飛び込んでこようとしたのを、コレットに首根っこを掴まれてた。猫か!?
「あらあら。ご馳走様です」
少しばかり収拾がつかなくなったので、宮使えの翼人たちや騎士たちの感情のこもった視線を一心に受けながら、奥さんたちの機嫌を取って宝物庫に向かうことにしたーー。
◇
15分後。
僕らは、ヴァルさんの案内で宝物庫の前に来ていた。
やっぱり宮殿というのはだだっ広いから歩くと時間がかかるね。生身を着けてなければスゥーッと通り抜けて色々と物色できるんだけど、今は説明する時間も惜しいから止めておく。
ゴゴゴゴゴゴゴッ
重々しい振動と一緒に宝物庫の両開きの扉が開く。
宝物があるからって、無闇矢鱈に触らないようにアルマを含めて注意意してあるから大丈夫だろう。ありきたりだけど、金銀財宝が双璧となって堆く積まれている様子は圧巻だ。
アピスもここから持ちだされて僕の下に来たんだな。
そう思ってアピスをチラッと見ると。左腕の自由を奪われた。うん、まあこの際何も言わないでいいか。柔らかい幸せが腕に広がってるから。
そう思ってると、右腕がコレットに捕らわれた。うん。捕らわれたって感じだな。
「ルイ殿、ここだ……」
先を歩いていたヴァルさんが立ち止まって振り向くと、何とも言えないような表情をした。緊張感がなくてすみません。こればっかりは僕もどうしようもないんです。
「行ってみよう」
2人を振り払って行くのもどうかと思って、そのまま腕を自由にさせたままヴァルさんのとこへ移動する。魔女さんもそこに居て、にこにこと僕らを見ている。
違うと判ってても、母さんに見られてる感が半端ないな。
いかがわしい本を見つけられた時に出食わした時みたいな、そんな感じだ。
気を取り直して、指差された宝物庫の壁に視線を向ける。そこにはーー。
『“瑠一が見るだろうか? それとも季が見るだろうか? あるいはどちらかの子どもたちが見るのだろうか? それともわたしたちの子孫が見るだろうか? 九家に連なる者に警告を残す。オリオンを侮るな。オリオンを信じるな。オリオンは恐ろしい男だ。わたしは見付けれなかったが、蛇蝎の迷宮を探せ。だが、できるなら平穏に家族と暮らす日々を大事にしていることを願う”ーーカズヤ・イチジク』
そう書いてあった。カズヤ・イチジクはこちらの言葉で。それ以外のメッセージは日本語で、だ。オリオン。オリオンと父さんに何か因縁があったと見るべきか。それとも、裏切られたか……。
「ルイ殿。わたしたちがルイ殿にあった時の事を覚えてるだろうか?」
思考の沼へ沈む前に、ヴァルさんの声で我に返る。
「え、ああ。あのテーブルロックにギゼラが連れ去られた時でしょ?」
あの時はギゼラが九死に一生だったからね。アンジェリーぜさんを治療できてなかったら、今この瞬間は訪れなかったって事だ。「情けは人の為生らず」とは良く言ったもんだよ。
「ああ。あの時、ルイ・イチジクと名乗ったルイ殿の名前を何処かで聞いた気がしていたのだが思い出せなかったのだ。それが、今日話しを聞いている時に、漸く思い出せたのだ」
いや、本当、「グッジョブ!」だよヴァルさん!
「思い出してくださって、こっちこそありがとうございます。父の筆跡ですし、僕たち宛のメッセージで間違いありません」
これはこれで、また面倒事かというのが第一印象だけど……。
「それは良かった。それで何と書いてあったのだ?」
「ああ、この言葉は僕らが居た世界の言葉です。あ〜言いたいことを纏めると、オリオンという男に注意するようにと、蛇蝎の迷宮を探すようにと言うことでした。3000年近く前の言葉ですし。僕も要領をつかめていないというのが正直なとこです。何かこの2つでお聞きなった事はありませんか?」
ヴァルさんに答えてから、聞くだけ聞いてみた。
「いや、どちらも知らぬ。力になれず申し訳ない」
ヴァルさんが代表して答えてくれたけど、王家の人はダメそうだ。皆首を横に振ってる。ウチの奥さんたちもそれなりに長く生きてるけど、誰も思い当たる節は無さそうだ。残念。あと頼りになるのはリューディアくらいか。
帰って来るまではお預けだな。よし。棚上げだ。それよりもーー。
「いえ。これは僕にとって降って湧いたような情報ですから、今すぐどうこうなるとは思ってませんよ。それよりも、ヘーゼルバッハ城ですよ。何処にあるのか、知ってるんですよね?」
そう魔女さんに顔を向けて尋ねると、違うとこから声が聞こえた。
「旦那様、本気でそう仰ってるのですか?」
左腕をホールドしてるアピスだ。上目遣いで聞いて来た。ん?
「え? どういうこと?」
「旦那様は、少し前にわたしの姉上たちを【鑑定】したのではなかったか?」
後ろから届いたシンシアの声に、あの時の3頭の竜が出遇った光景がフラッシュバックする。【鑑定】? 何を? 角だ。そう、【狂魔の角】を【鑑定】したーー。
「ーー嘘だろ!?」
その事実に愕然とした。
魔女さんを見ても笑顔のまま。知ってたのかよ。
魔王の名は――。
狂魔の角の使用者の名は――。
ベルキューズ・ノイン・ヘーゼルバッハ。
父さんの家名を聞いた時点で繋がってなかったよ。
マジか。
しかも、粋な隠し名、使ってるじゃないか。
ノインはドイツ語で9という数字だ。9、九、九。
ということはだ――。
あまりの事に思考がついていかないが、さっき程じゃない。
一瞬クラッと眩暈がしたけど、まだ幾分落ち着いてる。
宝物庫の中の静けさがやけに気になった。そう、「しーん」って文字が出そうな静寂だ。
自分に言い聞かせるように、僕はゆっくりと口を開いた――。
「皆心して聞いて欲しい。どうやら、ベルキューズと僕は血が繋がった親族らしい――」
最後まで読んで下さりありがとうございました!
少しずつ伏線を回収できるようになってきました。
ブックマークやユニークをありがとうございます!
誤字脱字をご指摘ください。
宜しくお願いします。




