第192話 聖樹祭
何とか11時台に間に合いましたので、放流します!
今年最後の投稿です。
まったりお楽しむ下さい。
「ジル様の姿が部屋に見当たりません。どうやら、自力で外に出られたかと思われます」
「「なっ!?」」
じゃあ、さっきの気配はジルだったってことか!?
コレットの言葉が頭の中で反響しているかのような錯覚に陥る。
落ち着け。コレットがここに来て報告してくれたということは、一応周囲の確認は済んでると思ったほうが良い。なら、無闇に探しまわるよりも原因を探さないと。
「寄生は僕が【鑑定】で確認しても見つけれなかった。ということは別の原因が考えられる。何でも良い、何か情報はない? ジルがこんなこと言ってたというのでも良い」
「――」
僕の問い掛けに、リューディアの表情がハッと何かを思い出したように眼を大きく開いたのが見えた。
「リューディア?」
「ジルが正気に戻った時の話ですが」
「うん」
「『深い所に閉じ込められてて、自分じゃない自分が全部対応してるんです。出たくても、透明でスライムのような柔らかい壁が邪魔で声も届かない。そんな状態でした』と教えてくれたのを思い出しました」
「……なる程ね」
ホノカとナディアのケースとは違うけど、魔道具という要素が加わったこの世界ならではの“解離性同一性障害”みたいなもの……か。
完全に他人格を対象物の中に埋め込み、その人格に行動させる。シンシアとヴィルの叔母だと言ってた小太りのおばちゃんから預かった“狂魔の角”も似たような性質なんだと思う。
いや、この場合どっちかが根源で、どっちかが派生したものだろう。
「「――――」」
じゃあ、寄生として表示されないのは何故?
ホノカが表に出ていなかった時は【鑑定】してもナディアの名前しか出てなかった……?
いや、ホノカの名前の表示はあったな。でも、ジルの場合はそうじゃなかった。別人格と言っても、ジルであることには変わりないということなのか?
体が人格を認めているから同一人物とという表示なのかも知れないな。
――だとしたら厄介だぞ。見分けがつかない。
「ああ、ごめん」
僕の思考を邪魔しないように静かに待ってくれている2人に気が付き、慌てて謝る。
「いえ。それでルイ様、何か目星が付きましたでしょうか?」
「ああ、リューディアにはこれも預けておくよ」
研究するなら、似たものが有ったほうが良い。
そう思った僕は、アイテムボックスからドロテ―アさんから預かった“狂魔の角”の入った小瓶をコトリとテーブルの上へ置く。瓶の形は多少違えど並んでるのを見ると、片や巻き貝のようなモノが沈んで、片やキャビアのようなモノが浮かんでる奇妙な絵面だ。
「手にとって見ても宜しいですか?」
「勿論。これは“狂魔の角”っていう、洗脳の魔道具だ」
「「!?」」
2人が息を呑むのが分かる。興味津々に小瓶を振ってた手が止まり、眼を瞠ってるからね。ま、僕らも最初聞いた時は同じような反応をしたから、気持ちは解る。
「これを着けられたものは、1ヶ月以内に剥がさないと、体に食い込み剥がせなくなるらしい。だから、自分の体や大きな魔獣などでは試さないように。試すときはネズミか虫でするようにね?」
「わ、分かりました」
病理検査みたいに染色液で判別できれば良いんだけど、生憎僕にはその手の知識はないし、染色液の作り方なんて知ってるはずがない。
「あと、これは僕の推測だけど、どっちも出処は同じ気がするんだ」
「「――」」
マジマジと2本の小瓶を見詰める2人。
「どっちかが元になって、それを改良したのがどちらか……。ははは……。言ってる方が意味が分からなくなるよ」
「いえ、何となくですが仰りたいことは分ります」
「そう? 助かるよ。今直ぐは難しいかも知れないけど、【鑑定】以外でこっちのキャビアみたいなモノの判別ができる薬を見つけて欲しい。それまでにはジルを捕まえてどうにかしないといけなんだけど……。明日の夜は祭りだっていうのに」
「明日は一同に奥の院の前にある広場が参拝のために開放されますから、見付け難くなりますね」
僕の気持ちを慮ってリューディアがフォローしてくれようとしたんだけど、バッサリ切ってしまった。
「いや、そうじゃない」
「は?」
呆気に取られるリューディアに追い打ちを掛ける。
「ジルも含めて皆で祭りを見ようと思ってたのに……」
「「ぷっ」」
緊張感が感じられない僕の言葉に、2人が顔を逸らせた。
口では明るく振る舞おうとしてるけど、本当は内心気が気じゃない。今直ぐにでも探しに行きたいくらいだ。
でもそれをすると、回りが混乱するのが目に見えてる。それに100年に1度の祭りを邪魔したくはない。
理由は後付しようと思えば幾らでもある。でも、大事なのはジルが、シムレムに来るまでは洗脳状態だったって事だ。それを、梢さんのお蔭で一時的にであれ解除出来たと聞いてる。ということは、ここに来る理由がジルにはあった。
僕の想像が間違ってなければ祭り絡みだろう。じゃなきゃ、洗脳した手駒を手元から離すはずがない。
だから、僕が今すべきことは皆が過剰な反応を示さないように抑えつつ、祭りまで、もしかすると祭りの最中も乱入者に気を配る必要があるということだ。
「だから、今無闇に探しまわらないように。もし、ジルがここに来る前の状態に戻ってたとしたら、祭りに絡んで事を起こすだろうから夜を待てばいい。それまでは、回りの人に気取らせないように普通に動くように皆にも伝えてもらえるかな?」
「「畏まりました」」
「あと、これはリューディアにお願いなんだけど」
「何でございましょう?」
「うん。僕の居た世界では薬学はこっちとは探求の仕方が違う分野があるんだ。黴や毒物を使って、病気や寄生虫だけが嫌がる薬を作るんだよ」
「カビや毒、ですか?」
僕の言葉は突拍子もないものだったみたいで、リューディアも戸惑っていた。まあ、そうだよな。現代医学の知識は実現できれば凄い効果が期待できるからね。
江戸時代にタイムスリップした現代医師が、ペニシリンを作ってたみたいに出来ればいうことないんだけど、僕には無理だ。薬学の知識がない。現場から離れていた期間が随分あるから、薬も大分忘れてきたんだよね。
――我ながら情けない話だ。
「どれも体には悪い物ですが……」
「まあ、そうだね。ここでは再現は難しいし、僕もその方法は知らないんだ。ごめん。ただ、そこに切っ掛けがあるかも知れないなって思ってね。薬の知識で言えば僕よりもリューディアの方が詳しい。新しい切り口の知識があれば、この2つに寄生された人間や魔物を見分ける、あるいは寄生されたモノだけが嫌がる薬を作れるかも知れないだろ?」
僕の一言で何かを感じたのか、押し黙ったリューディアに代わってコレットが言葉を繋ぐ。その顔に、戸惑いが色濃く出てるのが良く判る。
リューディアの思考をなるだけ邪魔しないように、コレットに考えを説明することにした。リューディアの耳にも届くだろうしね。
「そうなのですか」
コレットには専門外の話だから、少し難しかったかな。
「ま、これは飽く迄切っ掛けの話だからね。今すぐに何かを作れるという話じゃないんだよ。でも、こういったモノが出回ってるなら、今から準備してても遅くはないだろ? さて、ああは言ったけど、何もしないで夜を待つというのは柄じゃないから、少し散策してくる」
「お伴します」
間髪入れず、コレットがリューディアの座るサファーの横へ立ち位置をずらしてきた。相変わらずそつが無い動きだよな。断ろうかと思ったんだけど、ここはリューディアの部屋だし、特に警戒する必要もないか、と思い直す。
「あ〜……。うん、部屋の戸締まりだけキチンとして上げて。それから出掛けよう」
「畏まりました」
コレットに内鍵の状態を確認してもらい、僕らは夜の散策へ出掛けることにした。
散策とは体の良い言い訳だけど、コレットと2人で出歩くこともなかったなって気付いたんだ。ジルの事があるから今の状況を手放しで楽しむことは出来なかったけど、僕の真横ではなく、直ぐ斜め後ろを飛ぶコレットの奥ゆかしさに頬が緩むのを抑えることが出来なかった――。
◇
あれから夜通し僕らは月夜の散策を楽しんだ。
形だけね。
実質は【気配察知】、【魔力感知】の範囲を最大に広げて、ジルらしい気配を捜してたんだけど、それらしいモノにヒットする事はなかった。
判ってはいたよ。居たけど……、結果が出ないのは辛いものがある。
そのまま夜の祭りまでと思ったけど、流石に皆への説明が無いままだと心配するだろうからとコレットに窘められ、一度宿舎に割り当てられている屋敷へ戻ったのが朝の6:35。
食堂で皆で食事をするのはもう少し後だけど、それでもと思い食堂に行くと殆ど揃ってたよ。
――結論を言うと、バレてた。
というか、コレットが動いた時点でリーゼに一報が入ってたらしく、隠す以前の問題だったというね。
状況を説明するというか、説明はコレットたち吸血鬼一族の固有スキル、【遠隔感応】でリーゼを通して逐一してくれた様で、僕がすることといえば、頭を下げることだけだったよ。
他のヴァンパイアにこのスキルがあるのかどうか、僕には分からない。もしかすると、リーゼの家、ブラッドベリ家に伝わるスキルなのかも知れないな。
……よく考えてみれば他のヴァンパイアに遭った事がない。人口が少ないんだろうか……?
それはさておき、1人で動いてごめんなさいと、宜しくお願いします、という意味を込めて頭を下げてきたさ。
――今?
あ〜〜まあ、何だ。
コレットと謂わば、2人っきりでデートした! という認識にお嫁さんたちの間でなっているらしく、祭りまでの間に代わる代わる遊覧飛行をすることになった。いや、なってしまったと言った方が良いな。
何故だ?
勿論、ジルを捜すという名目で僕は【気配察知】と【魔力感知】を目一杯広げて飛んでいるんだけど、お姫様抱っこされた懐のギゼラは幸せそうだ。
ねぇ、捜してる?
遊覧飛行が終わった面々は、2人1組で夜までに戻ってこれる範囲を捜索しに動いてもらってるけど、見付からない可能性の方が大きそうだ。
考えてた場所を小一時間捜索し終え、屋敷に向かって降下していくと、次の順番を待つゾフィーが嬉しそうに手を振っているのが見えた――。
おいっ。
◇
時刻は17:23。
シムレムは緯度が高い地域にあるので、夏でも日没が早い。
ここに来て何度か「え、まだこんな時間!?」ってやったし、今もやってる。
今夜は特別な夜になる、そんな予感めいたものを僕は、いや僕たちは感じていた。
結局ジルは誰も見付けることが出来なかったよ。気配すら掴ませなかったのは、流石僕の奥さんと言いたいとこだけど、何かしら動向を抑えておきたいという願いは叶えられなかったね。
でも、この祭りには現れるはず。
自分の勘を信じて【気配察知】と【魔力感知】は全開だ。
そうやって気を張る一方で、祭りを楽しむつもりでも居るのは、……滑稽かな。
普段、僕は精霊の気配は感じることが出来ても、実際に見ることまでは出来ない。精霊魔法が使えない、あるいはエルフ族以外の面々もそうだ。ああ、僕の眷属精霊は別だよ?
眷属だから、見ることも触ることもできる。会話することもね。
そうじゃない、この島に息づく精霊たちは僕らの中では不確かな存在だったって話さ。今日この時まではね。
いや、違う。
初めてこの世界に来た森の中に居た精霊たちとは普通に会話してた記憶がある。いつから会話できなくなった?
それに、精霊も見えてたはず。いつから見えなくなった?
――ああ、眷属精霊が出来てからか。
つまり、僕は専属の精霊を得た代わりに、その他の精霊とは疎遠になってしまったって訳だ。ちょっと寂しい気がするけど、得たものも大きいからな。役得だと思おう。
日没と共に赤く染まっていた西の空に、段々夜の帳が降りてくると、ポッポッてテニスボール大に光る色とりどりの光球が空中に現れ始めたのに気付く。
「ルイ様凄いね!」
カティナが愛らしい灰色の毛で覆われた兎の耳を揺らしながら、左腕にしがみついてくる。【実体化】はしてないから、柔らかいマシュマロに挟まれてる腕からは何の報告もない……。
「そうだね。月も登って来るてるからもっと幻想的になるよ」
「げんそうてき?」
「現実とかけ離れた夢のような状態ですわ」
カティナの問いに、僕が口を開くよりも早く緋色のウェーブ掛かった髪を肩から払いながらディーが答えてくれた。今、僕の右腕は彼女に独占されてる。
嬉しい話だが、奥さん連盟ルールで何やら順番のくじ引きがあったらしい。
完全に僕の推測だけど、僕が暴走しないため……なのかも知れないな。誰かが傍にいればブレーキになるだろうからって配慮のような気がする。
努めて明るくしてくれてるのは、昼間の遊覧飛行の催促で伝わってきたよ。ありがたい話だ。だからこそ、大事にしたい、守りたいって思うのに、上手くいってない自分の不甲斐なさに腹が立つ。
「「――」」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してたんだ」
カティナとディーが左右から腕を下に引っ張るてることに気づき、慌てて微笑んだ。
心配させちゃダメだ、な。
「ん?」
そう思ったてたら、カティナとディーの腕が黒褐色の腕に引き剥がされ始める。
「え〜もうちょっと!」「は、早すぎますわ!」
「ダーメ! そういう約束じゃない。順番順番。えへへ」
「そう? これでも、わたしたち結構待ってあげたのよ?」
抗議は聞き入れてもらえないらしい。カティナの居た左腕にカリナが、右腕にナハトアが抱き着いてくる。昼とは違う順番なんだな。何て思いながら、上目遣いで照れた笑みを見せてくれる2人に軽く口付けして微笑み返す。
後ろで、「あれしてもらってない!」とか、「差別ですわ!」という声に内心「ごめん」と返しながら、一段と増えた精霊たちの光に目を向ける僕に、より密着してくる2人から、“聖樹祭”の見どころなどに耳を傾けるのだった。
何せ初めて参加する島規模の祭だ。
田舎の盆踊りとは訳が違う。
僕たちは、用意された貸切状態の物見櫓の上から、世界樹の下で行われている踊りや演奏、神事らしき催しを楽しみながら、時の移ろうのをただ待っていたのだった――。
◇
日没は早かったけど、満月が北中に来るまで結構な時間が過ぎた。
今深夜0時を回ったとこだ。
祭りとしてはここからが本番らしい。
いつの間にか準備された、ピクニックシートの上に広がる夜食に舌鼓を打つ奥さんたちを羨ましく思いながら、僕は空を見上げた。
流石コレット、いつの間にあんなに手の混んだ料理を準備したんだろ?
満天の星を散りばめた夜空に聳え立つ世界樹の頂に、満月が王冠のように重なった時、それは起きたんだ。月光を真上から浴びる形になった世界樹が根元から頂まで淡く発光し始めたんだよ。その光景に感嘆の声が自然と喉を衝いて出てきた。
リューディアは意外と冷静だ。
「おおおっ!」「――」
「「「「「「「「「「「わあっ!」」」」」」」」」」」
それに呼応するように無数のテニスボール大に光る精霊たちの動きが活発になり、縦横無尽に富回り始めたじゃないか。嬉しいってことかな。
そこでふと思い出す。
『皆も、出ておいで』
眷属精霊たちもこの輪に入りたいんじゃないだろかって思ったんだ。
『『『『『『『『『『やった―っ!!』』』』』』』』』』
直ぐそこで扉が開くのを今か今かと待ち構えていたかのような勢いで、バランスボール大の10色に光る球が夜空に放たれる。
大きさは違えど、僕の周りに来ることなく縦横無尽に夜空を飛び回るその姿に、笑みが溢れてしまった。
「ははは……。もっと早く呼んであげれば良かったな」
「十精霊の面々も喜んでいるのです。良いではありませんか」
小声で呟いたつもりだったけど、リューディアには聞こえていたようだ。優しい笑みを浮かべながらフォローしてくれる品の良い老婦人の佇まいに、僕はぽりぽりと頭を掻くことで応えた。照れ隠しさ。
しかし、眼の前に広がる幻想的な光景を、凄く綺麗としか言えない自分の表現力のなさにがっかりするな。
飛び交う精霊たちの光が箒星のように残光を残して弧を描く。
彼らが子どもたちであるなら賑やかな笑い声が響き渡っていそうな、そんな喜びや楽しさが伝わってくる雰囲気だ。
現に眷属精霊の10体の笑い声は僕に届いてるしね。
何て言えばいいかな……。
――ああ、あれだ。
何処かで見たような気がしてると思ったら、新潟の田舎で見た蛍の乱舞に似てるんだ。あの時は、五十公野公園まで連れて行ってもらったんだっけな。菖蒲が咲く中を蛍が飛び交うのが綺麗だったのを覚えてる。
優しく光る世界樹を中心に、精霊たちが蛍のように自由に飛び回ってるんだ。
その光が、世界樹の周りをぐるりと取り囲む様に広がる湖面に映し出されて、奥行きを感じさせるような、湖面に吸い込まれるかのような錯覚を僕たちに与えてた。
CG合成かと思うけど、そんな技術はこの世界にはないんだと、頭を左右に小さく振る。
そんな時だった――。
世界樹が今までより更に強い光を幹から放ち始めたんだ。
響きが後ろの広場から起こり、僕らの背中を押す。いよいよクライマックスなんだろう。
今や世界樹から発せられる光が湖面を埋め尽くし、反射光が柱のように夜空へ真っ直ぐ立ち上ってる。この光景はきっとシムレムの何処にいても、見えるんじゃないだろうかというくらい強い光だ。
不意に、何処からともなく美しいというには申し訳ないくらい、澄んだ歌声のような、賛美歌のような声が聞こえてきた。
「精霊讃歌です。ルイ様」
音の出処を探そうと視線を泳がせていると、背後からリューディアの声が届く。
「精霊さんか?」
「はい。精霊たちが世界樹を讃えているのです」
振り返ると、短く答えてから眼を瞑りリューディアも精霊の歌に耳を澄ませ始めた。皆も同じように心地良い音色に身を委ねてるのが判る。
「讃える。ああ、だから精霊讃歌、か。なる程。じゃあ、この今聞こえてる澄んだ歌のような音は精霊たちの歌声なんだね」
それを見渡しながら、僕はポツリと小さく呟くのだった。
あれこれ訊いて、100年に1度の瞬間を邪魔するのは無粋だと思い直し、視線を世界樹に戻す。
「ん?」
眼を凝らすと、世界樹の真ん中辺りから生え出てる太い枝の片隅で、一番星の様に強く光を放ち始めた箇所がある事に気付く。
【気配察知】や【魔力感知】でもそこに何かが現れようとしてることを教えていた。
それと、精霊讃歌の歌声にも魔力が宿っていて、その魔力も流れのように、現れた強い光の方へ吸い込まれ始めてる。不快な感じがないだけに、好奇心が先に出るのは仕方のないことだろう。
――何だ? 何が起きてる?
自問自答しても、答えはない。
答えてくれる者も、声に出してないから居るわけがない。
ただ、周りから伝わってくる雰囲気が、固唾を呑むような緊張が伝わってくるようなものなんだ。
だから、何か皆が期待する何かが出てこようとしてるというのくらいは判る。
それが何なのか……。
――待てよ?
当たり前の事に今更ながら気付く。
樹になるものは何だ?
世界樹の実、そのものじゃないか。
普通じゃない樹に生る実が、普通にできるわけないよな。
それに、“聖樹祭”は元々その実を収穫する祭だったって聞いた記憶がある。今の今まで忘れてたけど、ここ何百年は実が生ってないってナハトアだったか、誰かが言ってたな。
そりゃあ、結実の瞬間を待ち焦がれる気持ちも判る。
オオオオオオ――ッ!!
背後の広場から上がる響きが、歓声に変わった。歓声の気当たりでゾクゾクッと背筋に不思議な感触が生まれ、思わず身震いする。
見ると、世界樹の頂と根元から次第に光が消え始めてるじゃないか!?
――いや、違う。
実が生り始めた太い枝が同じように強い光を発している。
ということは、実が光を吸収しているってことか!?
その証拠に実であろうモノの発光が一段と強くなり、直視できないくらいだ。
気が付くと精霊たちの讃歌も止んでいた。精霊たちの乱舞は今も続いてるものの、実の周辺に一際精霊たちが集まってるのが良く判る。興味津々というとこなんだろうな。
十精霊《ウチの子たち》も、その近く居るのが見えた。
こう見ると、大きさは違えど精霊たちの性質は余り変わらないんだなと気付かされる。
“聖樹祭”。エルフ族だけでなく、世界樹の実を収穫するということは精霊たちにとっても一大イベントってことなんだと、改めて気付かされた。
正直意味も分からず、「祭りなら」と気軽に参加したんだけど、申し訳ない気持ちになる。
「おお、光が……」
思わず、幹の光が消え、枝の光も実に吸い込まれ瞬間、感動して言葉が続かなくなったよ。
――そして、実に吸い込まれた光もすぅっと実の中心に吸い込まれるように消えてゆき、辺りが傾き始めた月光の光に照らされた時、それは起きた。
ワアアアアアアアア――――ッ!!!!
割れるような歓声と共に、虹色の光が実から放たれだしたんだ!
「えっ!? どういう事!?」
「実が生りました」「「ううっ。良かった」」
振り返ると、リューディアとナハトア、カリナが泣いてた。
そうか。あれが実が生った瞬間だったんだ。
なら、今さっきの歓声も頷ける。
『九瑠一殿こちらへ』
と胸を撫で下ろしてる時に、梢さんの声が静かに響き渡った。
その声に、一瞬にして静まり返る奥の院と広場。
梢さんの姿を探していると、すぅっと世界樹の幹から十二単を纏った半透明な梢さんが現れたじゃないか。
うん、ウチの光の眷属精霊と被ってるね、それ。
なんて思ってたら、後ろから皆が背中を押し始める。
「ええっ!? 行かなきゃいけないの!?」
皆が声を出さないものの、「早く」とか「行きなさい」とか、「ほら」、「行って行って」と口パクやら身振りで急かすんだ。どうやら逃げ場はないらしい。
ま、黒死病を食い止めたお礼で“世界樹の実”をという約束だったから、ここで貰うのが1番後腐れないのかも知れないな。
そう思い直して、ふわふわと梢さんの前に移動することにした。
真正面に対峙する形を取ると、何となく不評を買いそうな予感がしたので、体半分下にずらし梢さんの3m手前に止まる。ちょっと見上げる形だ。
『皆に告げることがあります。先頃、このシムレムにおいて死をもたらす疫病が持ち込まれました。その所為で、ヴィレ、カンドム、コキの氏族が森に還りました。港町においても多数の者が命を落としたと聞いています。それを食い止めたのが、わたくしの眼の前にいる九瑠一殿です』
その紹介に、広場から歓声が上がる。
止めて。恥ずかしすぎる。
『加えて、邪な思いを宿した者たちの侵略も記憶に新しいでしょう。我が子の多くが森に還ることになったのは、残念でなりません。ですが、その際にもこちらにいる九殿を初め、その下に従う戦人たちにより被害は最小限に抑えられました。捕囚の身となっていた同胞をも救い出してくださったのもそうです』
更に上がる歓声に僕は泣きそうになった。
どんな苛めだよ。
『よって、その働きを讃え、言い尽くせぬ感謝を抱いていることを表すために、実を授けようと思いますが、皆はどうでしょう?』
その瞬間、今まで1番の歓声が僕らを包み込んだ。
「うひゃーっ」
感謝されるのは嫌じゃないけど、何と言うか晒者みたいな感じなのはどうも慣れない。
むず痒さというか、何と言うか良く判らない感情が湧き上がって体中がゾクゾクしたよ。
形式上仕方ないこととは言え、何度も経験したいものじゃないなって思ったね。
そう思った瞬間だった――。
僕の左右に、華座に座って緑色のドレスを着た樹の眷属精霊と、可愛らしい巫女装束に身を包んだ風の眷属精霊がスッと現れて、同じ言葉を口する。
「「ルイ様、ジルが来ましたわ」来たにゃ」
間髪入れず、僕の【気配察知】と【魔力感知】の天井部分を擦り抜ける大きな気配が感じ取れた。
――やっぱり、狙いはこれか。
「梢さん、緊急事態です。段取りとは違いますが、先に実を貰います!」
「えっ!? はっ!? ど、どういう!?」
状況が飲み込めてない梢さんだったが、急降下してくるジルに対応するんだったら、もたもたしてられない!
ハナとハクを連れ、満月の見下ろす太枝で虹色に輝きを放つ実に向かって僕は飛び立った――。
「王闘術・魔纏秘技・ 天翔っ!」
最後まで読んで下さりありがとうございました!
ブックマークやユニークをありがとうございます!
誤字脱字をご指摘ください。
宜しくお願いします。
年末年始は何かと気忙しくなりますので、皆様もご自愛下さいませ。
1年間ご愛顧くださりありがとうございました。
来年が皆さんにとっても良い年になりますように。
それでは皆様、良いお年を!




