第189話 気懸かりとご褒美
遅くなって申し訳ありません。
お待たせしました。
まったりお楽しみ下さい。
降り注ぐ眩いばかりの陽の光。
木々の香りを纏った生ぬるい風が湿気とともに頬を撫でる。
いや、正確には撫でているはずだ。
僕は今生霊の半透明な体で、黒竜の頭の上に乗って過ぎていく風景をぼんやり眺めている。レイスだと五感がないから何も感じれないんだ。
その分、生身を着ける方法を僕が手に入れることが出来たのは、幸運だと思う。レイスになって結構時間が経ったけど、人並みに人生を楽しめてるんだからね。
そんな感慨に浸れてるのも、眷属化した子たちとなし崩し的に肉へ溺れてしまったからだろう。そのつもりで居たから問題ないんだけど……相変わらず僕は押しに弱い。ははは……。
とはいっても、ラミアの里の面々には引いてもらったよ?
眷属だからって誰かれ構わずに手を出してる訳じゃないんだ。現にエレクタニアに居る水色の乙女騎士団には、誰1人手を付けてない。食指が動かないわけじゃないけど、誰か1人でも手を付ければ30人が群がってくるのが想像できる。流石にそれは無理だ。
無理というのは、相手だけじゃなく、指輪を渡している奥さんたちの為の時間が取れなくなるって事。ああ、尻に敷かれてるのは何となく解ってる。ま、ギスギスするよりかそれで奥さんたちが上手く行くなら僕の方は問題ないさ。
ナハトアに指輪を渡したことが、結局発表する前にカリナとゾフィーにバレ。「あたしも!」「わたしも!」と縋られたら仕方ないよね。それぞれに時間を取って目出度く快諾を取り付け、後はお察しの通りさ。エレオノーラやシンシアも3人に混ざって……おほん。
問題はジルだ。
何か言いたそうにはしてたのは分かってたんだけど、こっちから訊くタイミングを逸してしまってそのままずるずると時間だけが過ぎてしまった。お風呂も、その後も交ざりに来なかったし……。結局、リューディアに「ここはお任せ下さい」と言われてしまえば、同性に任せるか、と僕が折れるだけさ。
……さてどうしたもんだろうね。
因みに、ヴィルヘルムとイルムヒルデは全く顔を見ていない。ナハトアの召喚具の中で宜しくやっているんだろう。どうなったかは、こっちで【眷属ステータス】を覧るしかない。
ラミアたちの【ステータス】を見るついでに彼らのも見ていたら、ヴィルは上位黒屍竜になってた。これは推測だけど、生きている黒竜がブラックとついて、死んだ黒竜にはダークと付くんだと思う。真偽は神様にでも訊いてみなきゃ分からないけどね。
ルルは変わらず屍ノ蛇竜王女のままだ。ゾフィーも変化なく蛇竜王女だったよ。嬉しい誤算は、郷長になったラミアと大婆様が蛇王女種に、他の12人が上位蛇女種になってたってことだ。
大婆様は若返らなかったけど、寿命は伸びたはず。何にせよ、郷のナーガを2人も引き抜いた後ろめたさがあったから、僕としてはこの結果に満足してる。満足してるんだけど、気になるものはやっぱり気になるんだよな……。
だから、いきなり核心は無理でも外堀の情報を少しずつ集めることにした。
『シンシア』
『何だ、主殿?』
黒竜の頭の上に居るからお互いの声が届きやすい。
『ジルの様子が可怪しいのはいつからなんだい?』
僕が居ない間、皆でサフィーロ王国の王都に行って活動していたのは聞いてる。人兎族の幼妻が色々と教えてくれたからね。でも、彼女以外からも意見を聞いて置きたいと思ったんだ。
特に、シンシアとアイーダは年長ということもあって色々と目を配ってくれてるのを知ってた。で、空の上なら2人きりだし「何か話してくれるかも」と期待して訊いてみたのさ。
『……』
『シンシア?』
直ぐに答えが帰ってくるかと思ったら、沈黙で返された。
思わず問い返す。
『主殿が言わんとすることは我にも分かる。だが、結論を軽々には申せぬ』
『そうだよね』
慎重であることは歓迎だ。海のものなのか山のものなのかがはっきりしない内は、特にそうだろう。
『それに、我はアピスのように言葉を上手く纏めることができぬ』
『そんなことはないと思うな』
フォローになってないと思いつつも、条件反射的に応じてしまった。
『だから、主殿。暫く我の回顧に付き合ってくれぬだろうか?』
『勿論さ。時間はたっぷりある。エレクタニアを出る辺りから話してくれるんだろう?』
『うむ。事の起こりはこうだーー』
僕は意見を言うことなく聞き役に徹することにした。訊いてくれば答えるけど、相槌を打つだけで止め、話を聞きながら考察することにしたんだ。
澄み渡る青空に積雲は流れ、雲間を抜ける黒竜の頭に座る僕は眼を瞑り、優しく語り掛けてくる黒竜の言葉にただただ耳を傾けていたーー。
◇
▼ アイーダ / リン / エト / サラ / シルヴィア / ロッサ / ヴェルデ ▼
同刻。
西テイルヘナ大陸の北に位置するサフィーロ王国。
テイルヘナ大陸を西と東に分断する背骨のようなエレボス山脈の裾野を領土として持つこの国は、他国よりも森が深く、それでいて肥えた土壌を有していることで知られている。一説には、西の大洋で生まれた雲がエレボスの峰々にぶつかって恵みの雨を西側に降らせているからだろうと言われていたが、そこで生活を営む者たちにとって小難しい学者の話に有難味はなかった。
天の恵みに感謝しつつ小麦や大麦を育て、家畜を放牧し、自分たちの食う野菜を育て、余ったものを街に売りに行くという生活を送っているのが常だ。
そうした生産物が税として収められ、ここ、サフィーロ王国が王都カエルレウスにも届けられていた。瓢箪型の城壁に囲われたこの王都は、青い屋根を基調とした造りになっていることで諸国に知れ渡っており、商人や旅人たちの間では“青き貴婦人”の名でも呼ばれる。その南区にある貧困街の孤児院の敷地内に建つ丸太長屋に7人の男女が集まっていた。
7人と言っても、男は1人だけだ。銀色と灰青色の髪が混ざった髪をオールバックにし、背中まで伸びた髪を首の付け根で束ねた紳士は、片眼鏡を持ち上げて定位置に眼鏡を戻すと徐ろに口を開く。
「以上が調べて来た内容です。アイーダ様」
「そうかい。本当、真祖は恐ろしいもんだね。エトがそこまで調べるとは思ってもみなかったよ」
初老の片眼鏡紳士の報告に、長テーブルの椅子に腰を掛けた金髪の美女が言葉を返す。胸まで伸びた緩やかな癖のある金髪が垂れて左眼を隠しているが、滅紫色の右眼から意思の強さを伺うことが出来た。
「御言葉ですが、わたしは真祖ではありません」
その視線を平然と受け流し、短く訂正を求めるエト。
「はん、吸血鬼も色々と面倒な系図のようだね」
「恐れいります」
金髪美女の皮肉も、エトの動じない顔の面に弾かれて床に吸い込まれていくかのようだった。
ここはログハウスの食堂だ。そこにある長テーブルを囲んで4人が席に付き、3人が立っている。1人はエト。もう2人は、エトの隣りの席に座る灰青色の髪の親子と思しき女性と幼女の背後にそれぞれ立つ若い侍女2人だ。2人とも母子と同じ灰青色の頭髪だが、母の背後に立つ侍女は髪を背中まで伸ばし切りそろえている。幼女の背後に居る侍女はといえば、短いものの強い巻き毛の所為で個性的な髪型になっていた。
残る1人は巻癖のある灰褐色の髪を、肩甲骨辺りまで伸ばした美少女だ。くりっとした二重の奥で光る金色の瞳が落ち着きなさそうに、エトとアイーダに焦点を合わせていた。
「あゔ〜」
そこへ、ちょこんとお人形のように椅子へ腰掛けていた幼女が振り返り、彼女の背後に立つ侍女に向けて両手を伸ばしたのである。
「あら、シルヴィア様、飽きてしまわれたのですか? では、少し外を散策してまいりましょう。旦那様、宜しいですか?」
幼女の動きを予測していたかのように掬い上げ、抱き抱えると、強い巻き毛の侍女はエトに確認を取るのだった。
「構いませんよ。シルヴィア、あまり遠くにいかないように。ロッサ、シルヴィアを頼みましたよ」
「うあ゛ぅあ」
ロッサの肩越しにエトへ手を振るシルヴィアへ、エトが微笑み返す。そのシルヴィアへ、エトの隣りに座る女性と向かいの席に居る灰褐色の巻き癖髪の美少女が小さく手を振り返していた。
そう、シルヴィアは言葉を上手く話せないのだ。先天的なのか、幼くして負った心の傷の所為なのか誰も分からないのだが、エトは眷属主であればどうにかなるのでは、という淡い希望も抱いていた。というのも、一瞬だけちゃんと言葉を出した事があると妻から聞いていたのだ。尤も、その希望を吹聴することなく己が胸の内に秘めいているのだが。
「畏まりました。さ、シルヴィア様、参りましょう」
ロッサは小さくお辞儀をして、シルヴィアと共に戸外へ消えて行く。パタンと乾いた扉の閉まる音が、皆の意識をこれまでの話題に引き戻すのだった。
「南区の冒険者ギルドには、アンネリーゼ様の動向は伝わっていません。もともと北区と南区は行き来が少ないので、依頼を余り受けずにダンジョンに潜るだけを繰り返している北区の小隊情報は期待できないんです。すみません」
「いや、サラ。あんたは良くやってくれてるよ。あんたが専属で付いてくれてるから【白磁の戦乙女】が持ってるようなもんさ」
「い、いえ、そんなことは……」
エトの横に座る若い女性が胸の前で手を振りながら恐縮していた。彼女の名はサラ。エトの妻だ。先程ロッサと共に外へ出て行ったシルヴィアが彼らの娘だが、正しくは養女という位置づけになる。
サラは元々、王都の南区と北区に点在する冒険者ギルドの職員であったのだが、エトに見初められ夫婦となっ後もそのまま籍を抜かずに在籍していたのだ。職場は南区の冒険者ギルドのまま。ギルド職員でありながら、クラン専属の受付嬢という肩書を持つサラが居るからこそアイーダたちが在籍するクランが大きな問題も起こさずに切り盛りできていると言っても過言ではない。
それを理解ってるからこそ、感謝こそすれ、アイーダもサラを責める気など毛頭ないのだ。
「奥様、わたくしもそう思います。どうぞ卑下なさらぬように」
サラの背後に立つ侍女もその言葉に同意して頭を垂れる。
「ヴェルデまで……」
この2人の侍女がクランに加わったお蔭で、サラの負担が激減したのは事実だ。クランの主要メンバーはエレクタニアで侍女の仕事を叩きこまれていたのではあるが、組織運営の訓練は受けてない。アイーダは基本、肉体言語を心掛けている節があるので論外だろう。
それに比べこの侍女の2人。ロッサとヴェルデは、とある事情からシルヴィアとサラの専属侍女なったのだが、自ら進んでサラの負担を減らすべく見事に事務処理を行うのだ。その働きぶりを見た南区の冒険者ギルド長から、内々に職員へと打診があったのだが2人は固辞したという。
「リンはどうだい?」
「は、はい! ゴルドバーグ候爵の御屋敷は地下1階までは皆普通に生活していました。それより下に行けるのはヨーゼフという城壁前でアンネリーゼさんを迎えに来た執事の人だけのようです。地下2階より下はまだ全て調べれた訳ではないんですが、大きな円筒型の水槽に浸かった変な女の人以外には誰にも遭ってないです。何か儀式を行うような広い空間とか魔法陣らしきものがありましたけど、わたしにはさっぱりでした」
アイーダの問い掛けに、彼女の隣りに座っていた灰褐色の癖毛の美少女がビクンと体を震わせて答え始める。この場に居る女性はどの女性も平均以上な綺麗所なのだが、ルイの寵愛を受けるアイーダとリンは別格であった。
いや、ここに居ないクランの主要メンバーもそうだと言えるだろう。それ《ゆえ》に、南区の冒険者ギルドでは高嶺の花と言われ、男女問わず多くの溜め息の花を待合室に咲かせているという。
「魔法陣? 厄介事の臭いしかしないね。こいつじゃ全部は分からないだろうし、魔法陣は後回しでいい。リンは他の所も探ってくれるかい?」
「分かりました」
顎に拳を当てて考えるような仕草をしたまま、アイーダが眼だけを動かしてリンに依頼すると、彼女は特に思った様子もなく快諾するのだった。アイーダの肩の上を1匹の鎧蜥蜴が暢気に歩いている。「こいつとはこの蜥蜴のことだろう」とリンは返事をしながらその動きを眼で追っていた。
それには構わず、正面に立つ初老の紳士の表情が幾分険しさを増したような気がしたアイーダが様子を伺う。
「エト?」
「アイーダ様。そのヨーゼフはわたしに一任して頂けますか?」
問われたエトが一重の眼でアイーダを見詰める。
「……浅からぬ縁があるんだろ? シンシアとも面識はあるようだけどね」
「然もありましょう。何せ奴めは角を折られた黒竜でありますからな」
「「「「黒竜!?」」」」
思わぬ情報にその場に居た4人が聞き返していた。
「はい。若かりし頃は“暴君”という二つ名で呼ばれていたようにございます」
「暴君か。名前だけは聞き覚えがあるよ。それとあんたがどんな関係があるんだい?」
「奴めの角を1本折ってやったのはわたくしめにございます」
「「「「は!?」」」」
吸血鬼と竜ではそもそも体格も魔力も違う。竜のほうが遥かに上だ。しかも相手は“二つ名”という本名意外の通名を得る程の力の持ち主だと分かる。何かの聞き間違いだろうと4人が思うのも無理からぬことだった。
「竜の角を折ったっていうのかい? 吸血鬼のあんたが? まだルイ様の眷属じゃ無い時の話だろ?」
「然様にございます。若気の至りでございました」
代表してアイーダがエトを問い質す。
「若気の至りで角は折れないと思います……」「「ーーっ!」」
その答えに思わずリンが小声で突っ込むと、サラとヴェルデはカクカクと首を縦に振るのだった。
「残った1本はシンシア様が叩き折ったと聞いております」
「シンシアがね。悪食の角も折ってたからね。あの娘ならやり兼ねないだろうさ」
「シンシア姉様怒らせないようにしなきゃ……」「「ーーっ!」」
再びリンが小声で不安を漏らすと、サラとヴェルデもカクカクと首を縦に振るっていた。実のところ、専属侍女であるロッサとヴェルデはアイーダとリン以外のメンバーに直接会ったことはない。それなのにメンバーのことを見知っているのにはちょっとしたカラクリがあった。
それは彼女たちの成り立ち関係する。2人は元々とある魔道具に封じ込められていたのだ。“守護者ノ装飾”という魔道具に封じ込められ、時さえ忘れるほどの長い時間その中に居たのである。それで、彼女たちが封印を解かれる前から魔道具を身に着けていたサラとシルヴィアを通して情報を得る事が出来ていたのだ。
「分かった。じゃあ、そのヨーゼフっていう執事はエトに任せる」
「ありがとうございます、アイーダ様」
その言葉に安堵したような息を吐き、静かにお辞儀をするエト。
「適材適所さ。礼を言われることはしちゃいないよ」
「それでもでございます。時にリン様」
アイーダに言葉を返しながらリンに問い掛けるエト。
「は、はい!」
「ヨーゼフですが、右腕はどうなっていましたか?」
「両腕ともありました。右腕は動かし辛そうでした」
「両腕があった?」とエトはリンの答えに首を傾げる。ヨーゼフの右腕は自分が切断した記憶があるのだ。ここには居ないが、シルヴィアの子守をしてくれているロッサもその時の様子をよく覚えているだろう。それなのに右腕があるという。
思い起こせば、自分がアイーダたちよりも先に王都に来た際、会いたくもないフェレーゴ子爵の腕を切った事を思い出していた。あの時も、後に魔物の氾濫騒ぎで遠目に見た彼の腕は生えていたのだ。偶然かも知れぬが、己が気付いた奇妙な共通点にエトは一抹の不安を覚えるのだった。
時に、彼女たちはエレクタニアから共に王都へ来た人狐族の、3姉妹の身を案じていたのだ。
主要メンバーがルイの要請でシムレムへ出向いている間に、アイーダが主体となってクベルカ3姉妹の様子と、彼女たちが盲従しているゴールドバーグ候爵令嬢アンネリーゼの動向を探っていたのである。アイーダとしては、この場に居ないジルの様子も気にはなっていたのだが、リューディアが側に居るということもありジルのことは任せることにしていた。
現時点ですべき事は、ルイたちが合流した時に直ちに行動できる下地を造っておくこと。可能であれば3姉妹を助け出すことだ。そのために彼女たちは使えるものを駆使して、陰ながら調査していたのである。
得たことといえばーー
・アンネリーゼ嬢はゴールドバーグ候爵家へ養女として引き取られていること
・クベルカ3姉妹がこのところ、蜜に動いていること
・王都北の迷宮に潜るだけで、依頼をこなしているわけではないこと
・ゴールドバーグ候爵家の王都屋敷の地下に不穏な気配を感じさせる施設が存在していること
・“ケルベロス”との連絡役がヨーゼフという執事であるということ
――だ。
この殆どをエトが仕入れた情報であっただけに、アイーダは舌を巻いていたのである。
朝陽を浴びている丸太長屋の食堂に、食欲を刺激する匂いが漂い始める。散策を終えたシルヴィアとロッサが朝食の準備を始めたのだ。シルヴィアはロッサの動きを監督するだけだが、ロッサにとって心地良く、何者にも代え難い時間となっていた。
そこへサラとヴェルデも合流し、いつしか賑やかな時間となる。フライパンで熱せられた少量の油膜の上に卵が人数分落とされ、白身の飛び上がる音が響く。横ではベーコンが油と肉汁を飛び散らしながらフライパンと戯れる。和やかな朝食の準備と女たちの快活な笑い声が、厨房から今日も溢れていたーー。
◇
長い空の旅を終えた僕らは、世界樹の麓にある奥の院に戻って来た。
今は、梢さんの案内で奥の院から少し離れた所にある多々良場に来ていた。中には入れないらしいけど、僕のイメージ通りどこぞのアニメで出ていた遣り方と同じらしい。梢さんが笑って教えてくれたから間違いないだろう。
尤も、梢さんとほぼ同時に転生した日本人がリアルにその時代の鍛冶師だったらしく。女人禁制なんだとか。だから奥の院から離れているんだな。そういう訳で、梢さんに案内されてるのは僕だけだ。
奥の院は謂わば女性だけの女人結界で、こっちは男性だけの女人禁制……。色々大変だろうな。
ここに連れて来られたのは、御礼というかご褒美というか、そういう名目で騒ぎの時に約束していた刀を貰うためだ。
カンカンとリズミカルな相槌の音が周りに響いていて、新潟の金物工場で働いていたのを懐かしく思ってしまった。ま、あっちはエアスタンプハンマーっていって、1人で機械を操作して鎚を落とすやつだったけどな。こっそり工場で使ってない小さなベルトハンマーで遊びのような鍛冶をやってて怒られた記憶がある。ははは……。
ま、こっちは勿論人力だろう。
「あそこに見えてるのが棟梁よ」
見ると、若いエルフと一緒に鎚を振るう、筋骨隆々な老エルフの姿が飛び込んで来た。
何歳?
爺さんっていう体じゃないよね、あれ。
それが第一印象だった。確かに、顔は年齢相応に深く皺が刻まれてるし、短いけど鼻の下と顎にある髭は白い。顔だけ見れば間違いなく老人なんだけど……。体は30代と言っても頷けるくらいの張りがあるんだよ。
「何て言うか……。鍛冶はドワーフというイメージが良い意味でぶち壊された気分だよ」
「ふふふ。ドワーフの鍛冶師も居るのよ? でも、ここの棟梁はそのドワーフも認めるハイエルフなの。名前はビガス・カナヤマビコ」
「カナヤマビコ!? 鍛冶の神様なの!?」
その紹介に思わず喰い付いてしまった。そりゃそうだろう。八百万の神の中で金山毘古といえば、鉱山を司どり、荒金を採る神、鉱業・鍛冶など、金属に関する技工を守護する神とされているんだ。工場に神棚があったくらいだからね、それくらいは知ってる。
気が付くと、鎚の音が止んでた。
「おい、そこのヘンテコな若えの」
「……僕?」
「おう、オメーだ。ちょっと来い」
「えっと……?」
「諦めて下さい、九さん。ああなったら誰も止めれないんです」
は? ああなったらって、ちょっと呼ばれただけだよ?
「え? は? どういう事ーー」
「良いから来いっつってんだろうがっ!」
「ーー」
無言で梢さんの手が矢印のようにハイエルフの親方の方へ差し出された。行けってことね……。
「は、はあ」
梢さんが視線を合わせてくれないので、溜息を吐いて言われるがまま親方の所へ移動すると。
「おおっ! よく来たな若えの! カナヤマビコを知ってるってこったぁ、オメーも日の本の者か?」
「ひのもと?」
「わたし歴史は苦手なんで、何がどうと言われても分からないんですよ。九さんなら分かるかと思いまして」
丸投げ!?
て言うか、日の本っていう言葉自体古いでしょうが。
「おうよ! オレは北条貞時様の御用達で鍛冶の棟梁をしてた者だ。昔の名前はもう忘れちまったがな! がははははっ! だからよ、鍛冶の神様の名前を代々受け継がせようと思ってよ」
ほうじょうさだとき、ねえ。聞き覚えはあるな。専攻は違うけど、受験勉強が役立つことがあるってことか? ははは……1回り以上前の話だっていうのにここまで来て何やってんだか。
「ほうじょうさだとき……。ほうじょうさだとき。北条貞時。鎌倉時代!?」
「おおっ!? オメーも鎌倉の者か!?」
ビンゴ! というか否定しないと不味い!
「いや、違います! もっと後世です!」
「けっ、何でぇ、嬢ちゃんと一緒かよ」
まあ、どのくらい梢さんと時代が重なってるのか分からないし、そもそも同じ《・・・》世界の日本なのかも怪しいからね。ホノカとはどうやら同じ出処のようだたけど……。
「ははは……。ご期待に添えなくてすみません」
取り敢えず謝っておいた。
「ま、そんなひょろっちい風貌見りゃ、鎌倉の者じゃねえって一目瞭然だがよ! がははははっ! おう、話は聞いてるぜ。付いて来な」
「ぶっ!?」
頭を下げた瞬間、背中にバシンっと平手の感触が伝わって来た。どうやら豪快な人物らしい。魔力纏を纏っているから僕に触れることは可能だろうけど、今少し痛み(?)のような感覚が叩かれたところから入って来たよ……。つまり、無意識なのか意識的なのかどっちか分からないけど、ビガスさんも魔力纏を使ってるってことだ。
並の鍛冶師じゃないってことか……。
そんな事を思いながら僕は親方の後に付いて行くと夢のような場所に出たんだ。
「おおおおっ!!」
一気にテンションが上がるのが分かった。紛れもない日本刀が白鞘と一緒に30本近く壁に飾られてるんだ。漆塗りの鞘や化粧が施された柄じゃなく、単なる木の鞘に収められている姿だよ。
「嬢ちゃんから話は聞いてる。好きなのを選びな。今は白鞘だがちゃんとした鞘と柄は祭りまでには仕上げてやらあな」
「え、良いんですか!? さ、3本欲しいんですけど!?」
「おう、問題ねえ。他に気になることがありゃ言ってくれや。同郷の好だ。ちっとは力になってやる……って聞いちゃあいねえな。けっ、餓鬼みてえに眼をギラギラさせやがってよ。はんっ」
ビガスさんが何か言ってるが、日本刀、分類的には打刀と言われると言われる太刀だと思う。どれも刃渡りが80㎝近くある業物だ。
た、楽しいーー。
「矢張り鎌倉時代の特徴が随所に出てる! 猪首切先に腰反りの刀身。刃文は大房丁子なんですね! ああ、これが蛤刃ですか。実際に見ると随分無骨に感じるなぁ。その分打ち合いには強いってことか……。じゃあ【鑑あたーっ!?」
刀身に鼻を擦り付けるくらいに近づいて凝視していた僕は、いきなり後頭部を叩かれ我に返る。
「莫迦か! 何【鑑定】しようとしてやがる! 【鑑定】を使うんなら1本もやらん。欲しいんなら、テメーの目利きで選べ、阿呆んだらぁっ!」
ビガスさんのキツイ1発を頂きました。
ははは……。参ったな。楽し過ぎて我を忘れてたみたいだ。
「す、すみません。じ、じっくり選ばせて下さい」
「おうっ! 決まったら声掛けな! 仕事してるからよ! ってもう聞いちゃいねのかよ。がははははっ! 面白えやつだぜ」
何か後ろで笑い声が聞こえたけど、何を言われたのかよく聞こえなかった。
聞こえる訳がない。こんな凄い太刀が眼の前に並んでるんだから。微妙に造りの違う日本刀に眼を凝らしながら僕は、1本1本貰い受ける刀をじっくり吟味する。どれも同じ顔が1つとしてない。
ああ、楽しいな。
時間を忘れて、僕は菖蒲の葉を思わせる冷艶とした刀身たちの前を、玩具を前にしてあれこれと考える子どものように、頬を緩ませながら行ったり来たりしていたーー。
最後まで読んで下さりありがとうございました!
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