第185話 地底樹の実り
お待たせして申し訳ありません。
まったりお楽しみ下さい。
「そうでございましたか……」
ティーテーブルを挟んで僕の前に座る、高齢のエルフ婦人がティーカップを受け皿に下ろす様子を眼で追っていた。いつ見ても優雅な動きだ。僕とは品が違うといつ見ても思ってしまう。
と言っても僕の方はソファーに座っているように見せかけて浮いているんだけどね。
生霊だし。
今僕が、もとい僕たちが居る部屋は応接室ような大部屋だ。世界樹の麓にある、奥の院の一角に建つ屋敷を間借りしてる、といえばいいかな。
本当は、話に聞いてた“妖精郷”というシムレム唯一の都という場所で泊まろうと思ったんだけど、却下された。初め、シムレム全体のことを別名エルフェイムと呼んでるのかと思ってたら、都の名前らしいと言うことが判った。どうやら僕の思い込み違いらしい。ははは……。
まあ、「事が済んだら、世界樹の麓で集合ね」と言った僕も悪いんだけど、何故かギゼラとコレットは特に嫌そうだったから、ね。何か都で目立つことをしたんだろうな、と言うことくらいしか思い浮かばないけど、悪い方じゃないことを願うばかりだ。
あと、ここまでの旅で観光気分を味わえたことが正直なかった分、ウズウズするのは仕方ないと思うんだ。
「ルイ様?」
「あ、ごめん」
1トーン下がったリューディアの声に意識が引っ張り戻される。あ、話を聞いてないのがバレたか。
この部屋に居るのは僕とリューディアの2人だ。後は騒動の後だから、今の内にのんびりするように伝えてある。だから、気が漫ろになってる事に気付かれない方が可怪しいんだけどな。
「はぁ。蛇女族の隠れ里の件ですが、御受けしてみては如何ですか?」
「え?」
思わず耳を疑った。てっきり断れと言うものとばかり思ってたよ。
「どの道、ナハトアと従者契約を結んでいるイルムヒルデ殿と、ルイ様の御情を受けたゾフィーはエレクタニアにお連れするのでございましょう?」
「ま、まあね」
痛い所を突かれた。
「聞けば2人も隠れ里の長というではありませんか。長を2人も引き抜いておいて後は野となれ山となれでは、虫が良すぎるのではありませんか?」
「うぐっ」
ごもっとも。
「あと、カリナも連れて行くおつもりですよね?」
「え、あ〜」
「今さら悩まれるのですか?」
「ぐっ」
「連 れ て 行 く の で す ね?」
「――はい。よろしくお願いします」
ここで、歯切れ悪く言葉を濁しても、結果連れて行っていれば弄られるのは眼に見えてる。認めた方が無難だ。
「それは良うございました。ちょうど手元が欲しいと思っていたのですよ」
「え? 手元? お手伝いさん? 誰を?」
思わず、下げた頭を上げて、リューディアの顔を見詰める。その表情には、してやったりという満足気な微笑みが浮かんでいた。
「カリナとゾフィーです。カリナは奥の院の、ゾフィーは蛇女族の隠れ里に伝わる秘伝薬の調合を知っているそうですから丁度良うございました」
そんなこと知らないぞ。いつの間に訊き出したんだ?
ついでに確認しておこう。
「そ、そうなんだ。でも、手元が必要なら屋敷の水色の乙女騎士団たちも居るんじゃない?」
「あのニンフたちはダメです」
溜めもなくダメ出し。バッサリだな。
「――ダメとは?」
「――。屋敷の中の雑事をアーデルハイドに習ったとおりに熟せても、薬の調合、いえ繊細な仕事には向かないということです。元々ニンフは移り気な性格、長のエレオノーラかルイ様でなければ手綱は引けないのですよ」
「ははは……」
紅茶を口に含んでから、リューディアが答えてくれた。
可怪しい。1年は屋敷で一緒に生活していたはずだし、ニンフたちの素行も見てきたつもりだっけど、何も見えてなかったってことか?
乾いた笑いしか出ない。
それにしても、と思う。リューディアの口調は僕と他のメンバーの時はかなり違う。僕も砕けた方が好きなんだけど、そこは未だに頑として受け入れてもらえないというね。
「それと」
「ん?」
「可能でしたら、蛇女族の隠れ里に離れ領地を創っていただきたいのですが?」
「え?」
今なんて言った?
「ですから、可能でしたら、蛇女族の隠れ里に離れ領地を創っていただきたいのです。わたくしもエルフの端くれ、世界樹の麓でそれを求めるのは気が引けるというものです」
いやいや、求めている事自体かなり突飛な内容だからね?
「それ、かなり無茶なことを言ってる気がするんだけど?」
「無茶? ふふふっ。ルイ様から無茶などと言われるとは思いませんでした」
心外な。これでも自重してるつもり――。
「これでも自重してるとお思いですか?」
「あぐっ」
「何処に空一面、闇魔法で覆える魔力を使ってケロッとしている方が居るというのですか?」
ここに……。
「それに、エレクタニアを眷属地にしているのですから、わたくしの家一軒分は造作もない事と思いますが?」
「わたしの家?」
「はい。ルイ様にお越しいただいた、サフィーロ王国の王都であの家でございます。イルムヒルデ殿にもゾフィーにも許可は得ておりますので」
随分用意周到じゃないか。でも――。
「それじゃあ、リューディアはエレクタニアには戻らないってこと?」
「いえ、一緒には帰らないということです」
「ん? 帰らないって便がないでしょ?」
「ご心配無く。ナハトアも置いて行ってもらいますから」
あ〜……ヴィルか。
「な、なる程」
カチャリと受け皿ごとカップをテーブルの上に置くと、徐ろに立ち上がったリューディアが、深々とお辞儀をした。
「わたくし、ナハトア、カリナ、ゾフィーが蛇女族の隠れ里で暫く薬の研究をしたいのですが、お許し頂けますか?」
遊び半分なことを言う筈はないと信じてるけど、そうまでしたい理由が気になる。
「理由を聞いても?」
「ジルから何か聞かれましたか?」
「ジル? ……いや、何も」
僕の答えに、顔を上げて尋ねるリューディアの眉がハの字になる。
「そう、ですか……」
急に歯切れが悪いな。ジル絡みって事、かな。シムレムで逢ってから元気がないのは何となく分かる。
一言二言話を振ってみるけど、長く会話できないんだよね。
もともと、僕も話を聞いてもらいたいというよりも、話を聴く側になることが多かったからな。研修医時代もそうだ。問診に時間を掛け過ぎるってよく怒られてたのが懐かしいよ。
だからって何もせずに放っておくツモリはない。
「判った。リューディアの好きにすると良いよ」「え?」
許可が貰えるとは思ってなかっただろうな。鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしたリューディアを見て笑いが込み上げて来た。
「あはは。何をそんなに驚いた顔してるのさ。リューディアが必要だって思うことをすればいいよ。ジルの事は僕も気に掛けおくから」
「ありがとうございます」
「それで、いつ行く?」
何となくだけど、早いほうが良い気がしたから確認してみると――。
「ナハトアが今コズエ様と面会しておりますので、帰り次第で如何でございますか?」
と言われた。別に僕の方に急ぎの用事がある訳じゃないし、問題ない。
そういえば、結界を復活させた後は梢さんの顔見てないな。刀とか気になるけど、まあ隠れ里から帰って来てでいいか。
「うん、それで良いよ。行くのはその4人と僕とシンシア……。ジルの3人で良い?」
「はい、それで――」 コンコン
リューディアの言葉が全部出る前に扉がノックされる。この気配は、ナハトアかな。
「はい」
リューディアの返事に扉の向こう側から、予想通りの声が聞こえて来た。
「ナハトアです。こちらにルイ様がおられますか?」
「入りなさい」
ガチャリと扉が開き、ナハトアが緊張した面持ちで入って来た。余程リューディアに苦手意識があるんだろうね。居残り組になるって聞いたら何て言い出すかな……。
「失礼します。ルイ様、コズエ様が聚落で回収したダークエルフたちの遺体についてお願いがあるので、来て欲しい所があると仰られています」
「分かった。じゃあ、リューディア、僕が戻って来た時点で、そのまま出るか明日の朝にするか決めようか。どちらでも良いように、声を掛けておいてもらえる?」
「畏まりました」
小さく肯くリューディア。
「じゃあ、ナハトア、案内お願い」
「あ、はい、こちらです!」
「リューディア、後は宜しく。行ってくるね」
「いってらっしゃいませ」
リューディアの声を聞きながら部屋を出ると、パタンとナハトアが扉を締めた音が僕の背中に当たった――。
◇
▼ リューディア ▼
「わたくし、ナハトア、カリナ、ゾフィーが蛇女族の隠れ里で暫く薬の研究をしたいのですが、お許し頂けますか?」
わたしがそう尋ねたら、一瞬だけルイ様の表情が曇った。どうしてそうしたいのか、ということがお聞きになりたいのだろう。この方は思いが直ぐ顔に出るので判りやすい。
「理由を聞いても?」
予想通りの問い掛けだった。理由は簡単だ。ジルとアイーダから得た情報では、クベルカの三姉妹たちも寄生されている。シェイラたちは離れていてどうしようもないけど、ジルだけでもどうにか出来る術があるのなら、それを試してみようと思ったのさ。
でもお答えする前に、確認しないとね。ジルと約束したんだから。
「ジルから何か聞かれましたか?」
「ジル? ……いや、何も」
はぁ、全く何やってるんだい、あの娘は……。ルイ様の答えにクラっと来たよ。
「そう、ですか……」
このやり取りでルイ様も気付いただろうね。でも、「わたしから言うつもりはない」と約束したんだからここで言う訳にはいかないよ。
さて、何と言ったら、ルイ様は納得してくださるか考えないとね。
「判った。リューディアの好きにすると良いよ」「え?」
まさか、すんなり了承してもらえるとは思ってなかったから、聞き返してしまったじゃないかい。恥ずかしいったら。
「あはは。何をそんなに驚いた顔してるのさ。リューディアが必要だって思うことをすればいいよ。ジルの事は僕も気に掛けおくから」
「ありがとうございます」
頬が熱くなったのを隠すように、わたしは小さくお辞儀した。
「それで、いつ行く?」
本当、この方は……。無自覚なのかね。ルイ様は事の重大さを分かったかのように動いてくださろうとする。普通はまずあり得ないよ。理由を聞いて、判断した上でだろうからね。莫迦みたいに頭から信頼してもらえると、応えたくなるじゃないかい。
「ナハトアが今コズエ様と面会しておりますので、帰り次第で如何でございますか?」
一応、流れを伝えておこうかしらね。
「うん、それで良いよ。行くのはその4人と僕とシンシア……。ジルの3人で良い?」
ジルも連れて行くなら好都合だね。用心棒ついでに残してもらうのも有りだろうさ。
「はい、それで――」 コンコン
ったく誰だい?
「はい」
「ナハトアです。こちらにルイ様がおられますか?」
ナハトアね。あの小さかった娘が、わたしよりも先にルイ様の眷属になってたなんて驚きだよ。人生分からないもんだね。
「入りなさい」
「失礼します。ルイ様、コズエ様が聚落で回収したダークエルフたちの遺体についてお願いがあるので、来て欲しい所があると仰られています」
おや、随分緊張してるじゃないかい。これはエレクタニアに連れて帰ったらハイジに教育を頼まないといけないね。ふふふ。楽しくなりそうじゃないかい。
あ、コズエ様が呼んでる?
――あそこかしらね。
「分かった。じゃあ、リューディア、僕が戻って来た時点で、そのまま出るか明日の朝にするか決めようか。どちらでも良いように、声を掛けておいてもらえる?」
ルイ様の依頼にお辞儀して承る。ナハトアへはルイ様が声を掛けてくださるだろうから、わたしは他の面々を呼んでくるかね。
「畏まりました」
「じゃあ、ナハトア、案内お願い」
「あ、はい、こちらです!」
後の事はナハトアに任せて準備を初めないといけないね。まずは、ここであるだけ薬草を貰っておかないといけないよ。だけどその前に……、ジルのケツを引っ叩かなきゃ気が済まないねぇ。全く、アイーダと真逆っていうのも手が焼けるよ。
「リューディア、後は宜しく。行ってくるね」
「いってらっしゃいませ」
パタンと閉まる扉をの音が部屋の中に響いたのを合図に、わたしは顔を上げた。
「さあて、“聖樹祭”までには結果を出さないといけないからね。もたもたしてられやしないよ。コレット、聞いてたね? 今名前が出た面々を呼んでくれるかい?」
「……気付かれていないものとばかり思っていましたが。意外です。リューディア様」
わたしの呼び掛けにぬるっと影から姿を表すコレット。この娘も、普通の吸血鬼の枠からは離れつつあるようだね。それにしても、ルイ様にも気配を読ませないなんて、何て娘だい。
背筋をつぅっと汗が走ったのが分かった。
「わたしの影は特別さ。魔女の名を冠してるのは伊達じゃないんだよ?」
「失礼いたしました。それでは、皆様をお呼びしてまいります。暫しお待ちくださいませ。時に、リューディア様」
「なんだい?」
「お茶のお代わりはいかがですか?」「――」
どっと疲れたわたしは手を振ってコレットを追い出すと、窓から天高く聳え立つ世界樹を見上げて、肩を小さく震わせる。
「ふふふ。全く。これじゃどっちが魔女だかわからしないじゃないかい」
わたしの零した独り言は窓ガラスに弾かれ、床に吸い込まれていった――。
◇
ナハトアに案内されて移動すること四半刻《30分》。
ひたすら螺旋階段を下がってる。世界樹の根元に降りる階段でもあるかと思えば、案内されたのは奥の院の端にある入り母屋作りの大きな社殿だったよ。ん〜、なんて言えばいいかな。
あれだ、出雲大社みたいな社殿って言えばいいか。良く似てるし。
あ〜さっきまで居た屋敷の正反対と言っても良いくらいの位置だな。その社殿の奥に地下へ通じる入り口が口を開けてたって訳。
階段の幅は大人の女性が5人横に並んで歩ける程度の幅だ。男なら4人くらいだろう。
しかも急勾配じゃなく、なだらかな階段勾配だから結構な距離を移動してる、と思う。
僕は浮いてるけど、ナハトアはずっと歩き詰めだ。
向かってる先は何となく「世界樹の下だろうな」と思うけど、ナハトアは行けば分かると一点張りだから、しつこく訊かないことにした。
正確な円じゃなく、楕円の螺旋だから、少しずつ木の真下に近づいてるんだろうな。
「ホノカとナディアはどうしたの? 隠れ里から帰って以来見てないけど?」
「コズエ様と話し込んでます。ナディアは違うけど、ホノカとコズエ様が居た世界が同じだったようですから話が弾むんだと思います」
そんなこともあるのか。全員が全員、僕と同じ日本から来た訳じゃ無さそうだしね。何て言うんだっけ……。平行世界(?)みたいなものがあるんだろうな、って思うよ。
現に僕は異世界に居るんだ。それが在ったとしてももう驚かないさ。
「へぇ。ということは、僕が思っている以上に異世界から流れてくる人や転生する人が多いんだな。ナハトアは? 僕やホノカ……後、梢さんもか。その3人意外に異世界から来たって言う人物に遭ったことがる?」
「……そうですね。サフィーロ王国で占いを生業にしてた時に数人見かけたことはあります。実際に話した事はありませんが」
見かけた? 見かけただけで分かる? ああ、そうか。
「ナハトアも【鑑定】持ちだったね。それで通りかかる人たちを観てたって訳だ」
「はい。わたしの場合は、偶然ですが」
「でも【鑑定】使ってたんだよね?」
「はい。【鑑定】を使ってたのは、人の中に紛れ込んでる不死者を見付けるためでしたから、手当り次第じゃなく、目星をつけた人物だけ観てたというのが正しいですね」
そうだった。確か、使役するためのアンデッドを探して回ってたんだったな。その流れで僕の噂を聞いて、眷属になっちゃったんだっけ。
「目星?」
「飽くまでわたしの勘です。挙動が可怪しかったり、雰囲気が周りと違ったり、人を見る眼付きが違ったりする人物を【鑑定】していました。ルイ様みたいに魔力が沢山ある訳じゃなかったので……」
ナハトアの左手に持たれた松明が揺れる。
風が吹いてるってこと? 地下なのに?
いや、地下でも、入り口が別にあれば風も抜けるか。
「なるほどね。でも、そんなに異世界人をこっちの世界に呼び寄せて何をしよって言うんだろうね? ああ、勇者だっけ? 彼らに魔王を倒してもらうのかな?」
「勇者ですか? 正直、勇者は要らないと思います」
ナハトアが嫌そうに言葉を濁す。
あれ? 何かあった?
「勇者を見たことがあるの?」
「――はい。危うく奴隷にされかけました」
へぇ、そりゃ穏やかじゃないな。
――僕の心も、穏やかじゃない。というか、勇者という存在に対してヘ憎悪値が増えた。あのユウトという白銀の鎧を着た奴も似たようなもんだろう。
「あの隠れ里の近くに着けた帆船に乗ってたのも、勇者だったよ。随分勘違いしてた奴だったから、ナハトアに絡んだ勇者もそのタイプだった?」
決めつけるのは危険なんだけど、どうしてもマイナス補正の掛かった色眼鏡で見てしまうのは北川の所為だろう。そう思うことにした。
「はい。厭らしい眼付きで舐めるように体を見られました。見た感じ人族の年若い男でしたが、勇者と名乗って、自分に仕えろと捲し立てましたね。一緒に居た娘たちの首には【隷属の首輪】がありましたから、彼女たちを買ったのだと思います」
――よし、そいつは殺そう。
いや、待て待て、いつからそんなに短絡的になった?
空いた腕を体に巻きつけ身震いをするナハトアを見て、殺意が湧いて来た。
落ち着こう。もう少し聞いてからでも遅くはないぞ。
「そいつの名前は? よく逃げれたね?」
「……マサユキ? ……マサキ? ……マサアキ? 確かそんな名前だったと思います」
転移組か。全く。どんだけオツムがライトノベルなんだよ。碌なもんじゃないな。
「その手の名前は覚え難いだろうからね。仕方ないよ」
「すみません。あ、逃げれたのは、自前の占い小屋だったので、占う振りをして【漆黒】を掛けて、【影縛り】で縛り、【誘眠】で静かにさせたんですよ。後は逃げるだけです」
阿呆な勇者で助かった。そんなにレベルも高くなかったんだろうな。
けど、初めからそんな調子なら、今も変わってない可能性が高いな。
「なるほどね。色んな奴が居るもんだ。話を聴く限り、僕も勇者は要らないな。まあ、男しか勇者が居ない訳じゃないだろうから、今の時点で男に限ってだけど」
「……ルイ様?」
ジト眼で見られてるな。
「うん、まだ1度も女の勇者に遭ってないからね。先入観だけじゃ何も言えないよ」
「はぁ。そういうことにしておきます」
う〜む。またハーレム要員を増やそうと思ってると捉えられたのか?
溜息と一緒に肩を落とすナハトアを見ながら僕は首を傾げた。――解せぬ。
そんなつもりはサラサラないんだけどな。
贅沢な話、今だけで十分満足してる……なんて思ってたら、眼の前が開けてきた。どうやら目的地に着いたようだぞ。
螺旋階段の終わりに差し掛かると、段々と間口が扇型に広がって、その先に広間と、半透明な女の子が3人浮いてるのが見える。床は……石畳みたいだね。
その奥に木の幹に見えるものがある……な。太い枝が何本も見えるし……。
世界樹の下にもう1本世界樹がある?
いや、地中だから地底樹?
「やっと来たわね」
ー そうね。でも、その間にいっぱい話せたから構わないわ。 わたしは全然ついていけない話だったけど〜 ー
ナディアの面白く無さそうな反応を見て思わず笑みが溢れてしまった。同じ顔なのに、膨れ面をするナディアが違って見えたのも新鮮だな。
「コズエ様。ルイ様をご案内しました」
「ありがとう、ナハトア。貴女は九さんの眷属なのだから、わたしにそこまで気を遣わなくても良いのよ?」
半透明なエルフが眼の前で頭を下げるナハトアにそう声を掛けてくれた。いつもはもっと砕けてて小気味が良いんだけど……。まあ、言葉遣いからしても硬さが伝わって来るね。
仕方ないか。コズエさんはシムレムで特別な存在のようだし、エルフという枠の中では意識せざるを得ないんだろうな。
「……はい」
ー はい、挨拶はそれくらいにして本題があるんでしょう? そうよ〜。目的を忘れちゃダメでしょ〜 ー
ホノカが柏手を打つ仕草をしたけど、音は出ない。まあそうだよな。出たら逆にこっちが驚くよ。
「あははは。そうだったわね。2人もありがとう。九さん、こちらにどうぞ。あ、ナハトアも一緒にね」
ホノカとナディアに促されて、梢さんが朗らかに咲う。地下の空間が華やぐ笑い声だ。姿だけ見れば年齢差を感じるけど、根底にある向こうの世界の記憶は同年代ってことかな。
ナハトアにではなく、梢さんに纏わり付いている2人の姿を見て、素直にそんな感想が浮かんで来た。
「あ、はいはい。まだ先があるのね。ナハトア、行こうか」
「はい、ルイ様」
3人を先頭に、僕ら2人が後を付いて移動する。当然、歩いてるのはナハトアだけだ。奇妙な状況だな、と我ながら思ってしまう。本来はナハトアの方が正常なのに、仲間はずれ感が半端無い。
ま、それを気にするのも可怪しいだろうと自分に言い聞かせて、周囲を観察することにした。
人の気配はある。
その証拠に、所々松明が固定器具に差し込まれて燃えているんだ。梢さんだけではそうするのは無理な話だろう。それに、結構な時間燃えたように勢いが弱くなってるものもある。
「……それにしても、地下にこんな空間があるとはね」
「ふふふ。そうでしょう? 根元に行けばもっと驚くわ」
梢さんも根元って言ったな。やっぱり地底樹ってことでいいのか?
階段を降り切って梢さんたちと合流し、巨大な木の幹の根元に到着するまでかかった時間は5分くらいだろうか。
大きな広間を突っ切ってそのまま一直線に動いただけだからね。それだけもかなり広い空間だと判ってもらえると思う。400m近いドーム状の地下空間で、1番遠い場所に巨木があるってこと。
巨木に近づくに連れて見えたのは、巨木から生え出る大小様々な枝に、これまた大小様々で半透明な実が生っている姿だった。大木の根元に数人のエルフ巫女が居て畏まっている様子も見える。
けど、近づくに連れて僕の認識が甘かったことが明らかになった。
答えを聞くまでもなく、眼の前の巨木は断じて地底樹でもなく、それに生る実でもない。
世界樹の根だ。
そして枝だと思っていたのは、太い根、つまり主根から伸びる側根であり、根毛だったということになる。
半透明な実だと思っていたモノは、前日僕らが屠った飛竜の変亜種やエルフモドキだったのだ。それに加えて、エルフやダークエルフの遺体も見受けられる。それを見てピンときた。
「まさか、ね」
「あら、説明が省けたかしら? 驚かそうと思ったんだけどな。残念」
本当に残念な表情で溜息を吐く梢さん。この際、人の感覚をここに持ち込むのは止めておこうと思った。何となくだけど、長い時間それをしてきたからこそ、世界樹があるということに気付いたんだ。
果樹に定期的な追肥が必要なようにね。でも、疑問も湧いてくる。
「死骸を栄養にしてるってことだよね。でも、あれだけ広範囲に墜ちた死骸をどうやって?」
「あら、そんなの簡単よ。世界樹の根はシムレム全体に張り巡らされてるんだから、地表に根を出して掴んでくれば問題ないわ」
つまり、梢さんが根を操れるってことだ。僕が保管している村人の遺体がどうなるかも簡単に想像できた。
「で、僕が保管している遺体もここに出せばいいのかな?」
「この辺りに、お願いできるかしら?」
「分かりました」
そう応え、梢さんが指差した根の近くにアイテムボックス体した遺体で3つの山を作っていった時だった。
「ルイ様上をっ!!」
ナハトアの声に反応して顎を上げる。そこで僕の眼に映ったのは、天井から僕らに向かって亡者の手のように伸びてくる無数の根だった――。
最後まで読んで下さりありがとうございました!
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“感想が書かれました”って出ると未だにドキッとなってビックリしてしまいますが、力になります!
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