第184話 ラミアの隠れ里
お待たせして申し訳ありません。
まったりお楽しみ下さい。
※2017/11/17 本文段落調整しました。
▼ 魔猿の魔王 / 妻たち ▼
月光に照らされた森の上を飛ぶ2頭の飛竜。
時の移ろいと共に立ち上る霧が森の装いを変えてゆく。
だが、ワイバーンに騎乗した男に情緒を愛でるゆとりは無かった。
大柄な男から放たれて続けている怒気がその証拠だ。
男の射竦めるような鋭い眼光も、端正な顔立ちからは想像も出来ない迫力を醸し出している。男の視線が捉えて放さないのは、先を飛ぶワイバーンが掴む檻であり、その格子から見える4人の見目麗しいエルフの女たちだ。
天板で月光は遮られているが、四方から差し込む優しい光が彼女たちの姿を照らしていた。
男の名はガウディーノ・ド・リーラシュヴェーア。檻に囚われたエルフの女たちは彼の妻だ。囚われた妻たちを追った先に居たワイバーンを無理やり従わせ、追い縋るも未だに手を拱いていたのである。
というのも、ガウディーには魔力はあるものの、魔法の素養がない。故に、力こそ全てである魔族の国で頂点を極めた時、魔法以外の術で伸し上がったのだ。だが、この度はそこが枷になり、迂闊に手が出せずに居たは皮肉としか言えないだろう。
何らかの物を投擲して檻を放させることが出来たとしても、瞬時に空中を駆け受け止める術がないのだ。そんなことをすれば、妻たちの命を危険に曝すことになるのは火を見るよりも明らかであった。
「マリアネ、エミー、フレイチェ、イダ……」
妻たちの名前を何度呟いただだろうか。
「っ!?」
急に森が膨らむような錯覚をガウディーノは覚える。
己の眼には映らなくとも、気配は感じることが出来た。そう、遥か眼下で営みを感じさせる小さな光を幾百も灯す“妖精郷”。霧の薄布で光が暈され、幻想的な佇まいを見せているエルフたちの深林の都。その場所を中心にして何かが膨れ上がったのを感じたのだ。
その何度なく妻たちと訪れた都が、何かしらの結界に覆われたのだろう。
「なっ!?」
結界の発生に注意が逸らされたのは一瞬だった。それに【気配察知】を働かせていたはず。それなのにガウディーノは己の眼を疑った。
先を飛んでいる飛竜の首が刎ねられ、月に向かって弧を描いているではないか。力を失ったワイバーンの足から放された檻が宙に舞い、女たちの悲鳴が耳朶を打つ。
「いかんっ! ぬっ!?」 ゾクリッ
太腿の挟む力を跨るワイバーンに伝え、向かわせようとしたその瞬間だった。背筋を悪寒が走り抜ける。
気が付けば眼の前に黒い刀身が迫っていた。
ギィィィィィ――――ン
迷わず背負った鎌剣を抜いて弾く。
「(気配がない、だと!?)」
ガウディーノは胸の中で呻く。
「今のを防がれるとは思いませんでした。流石は一国を治める御方と讃えておきましょう」
「誰だ!? お前を相手にしている暇など無い!」
ワイバーンの頭の上に重さを感じさせずに立つ女の顔は、月を背にしているため見ることは出来ない。しかしその真紅の瞳と背にある蝙蝠に似た翼が、この女の正体が吸血鬼であることを物語っていた。
鎌剣を薙いで怒りを顕にするガウディーノ。だが、女は冷静であった。
「御心配無く。奥方様たちであれば、ギゼラ様がゆるりとお連れしてございます」
「な、に!?」
ヴァンパイアの女の持つ黒い剣先に示された場所に視線を移す。落下したとばかり思っていた檻がゆっくりと森へ向かって降下している輪郭が双眸に映しだされた。と同時に違和感を覚える。
「(――奥方様、だ、と?)」
「ルイ様から貴方様には触られぬようにと申し付かっております。今のはナハトア様に手を出された分とご承知下さい」
「ルイ様――。あの時にいたルイ殿の奥方か!?」
「末席を賜っていおります、コレットでございます。以後お見知りおきを。と申しましても、以後があるか与り知りませんが」
「な、に?」
「奥方様は責任を持って地上までお運びいたしますが、貴方様は別です。精々《せいぜい》怪我など召されませぬように」
「おい、何をっ!?」
コレットの言葉の意味を捉えかねている間に、すっとコレットの体が下に沈み込む。屈伸したのではなない。立ち姿のまますっと下がったのだ。直ぐにその理由を知ることになる。
飛竜の首が刎ねられていたのだ。斬った振動も無く、鮮血の臭いも漂わせずに、眼の前の女はそれをやってのけたのである。
ゾクリとまた悪寒とは違う何かが体を走るのが判った。
コレットの姿が眼下に移動して、切り口から勢い良く血が噴出し始め、墜落し始める。
「やれやれ。ルイ殿の眷属に手を出したことがここまで祟られようとはな。恐ろしい奥方よ。あれで末席? 魔王に成立ての者よりも危険だぞ」
ガウディーノはそうコレットを評した。どちらも本気を出していないとはいえ、己に届き得るという可能性を感じたのである。だが、自分は未だ落下を続けるワイバーンに跨ったままだ。落下の恐怖で体が強張っているわけではない。
――時を待っているだけだ。
これほどの上空から飛び降りて木の上に降りたとして無傷ではいられない。魔猿化したとしても、完全に剛毛で受け止めきれないだろうことは感覚で理解していた。ならば、このまま落下し、森に墜ちる直前で死体を踏み台に跳べば事足りる。鎌剣を背に戻し、腕組みしながらガウディーノはそう考えていたのだ。
視線の先で、妻たちの居る檻が霧の中に沈んでいくのが見えた。
「(――もうすぐ会える)」
急く心の手綱を引きつつガウディーノも飛び出す拍子を間違えぬように身構えるが、気が付くと先程の2人の女の姿も気配も消えているではないか。
「ふっ。妻を助けてもらい、首を刎ねられなくて済んだだけでも儲けものだな」
そう自嘲し、ガウディーノは霧の中に身を躍らせるのであった――。
◇
北川との闘いの後、僕はハクとディーにお願いしてケルベロスが使っていた大型帆船を、近くの入へに運んでもらった。
ハクには働いた分と称してかなり魔力を吸われたけど、まあそういう性格だと笑っておくことにしたよ。目くじら立てても、進化が僕の影響を受けてるんだとしたら、こうなってるのも……ねえ。ははは……。
それと、梢さんに付いて行ってたハナも合流したんだ。結界が張れた時点で仕事は終了ということだろう。勿論、ハナにも魔力の御礼をした。この子もしれっと大食いだ。いや、一段とその傾向が強くなったのかな、とも思う。まぁ、可愛いから良いんだけどね。2人をしっかり労ったら満足して還っていたよ。
――ん?
ああ、船ね。初めは素人でも動くかと思ったんだけど、無理だった。ははは……。船を操舵しようにも、乗組員は皆殺し。残ったのは捕まってた奴隷たちと死骸だからね。何にも出来ないって。だから、エルフたちに丸投げするつもりで入江に入れてもらったのさ。ここなら乗り込めるだろうし、潮風の影響も受け難いだろうから。
事が終わってから『ナハトアに死体を操ってもらえば良かったな』って気が付いたんだけど、まあ後の祭りだな。死骸の殆どは海の中だもん。捕まってた人たちも引いてたね。
そりゃ、床が血の海、壁が血塗れだもんな。ハクに頼んで綺麗に浮かせて、海へポイしてもらったから今は臭いが少し残ってるくらいだろう。
後は、檻を船まで運んで来るエルフモドキとワイバーンの変亜種をサクッと始末するだけの仕事だ。驚いたのは、その1つにジルが捕まってたことだな。
訊けば、青鬼さんが連れ去られそうになったので、自分が立ち位置を強制的に変わってそうなったらしい。結果として、無事だったから良しとしよう。
結局1晩徹夜して、奴らがガレオン船に帰投して来なくなったところで区切りをつけることにした。粗方始末できたと言って良いはずだ。
――ああ、そうそう。
……例のイケメン天使ね。あいつはダークたちと同じ魔法生物の1種だったらしい。
北川が死んだら存在が消えそうになって、消えるよりも首を刎ねて欲しいと漢っぷりを見せたんだと。これはダークから聞いた話だけど、納得できた。ダークももう還ったよ。
それから、捕虜になって【隷属の首輪】を嵌められてた囚人たち全員を【解呪】で自由にした。エルフの故郷でエルフ奴隷を連れ歩くって、どんだけ罰ゲームだよ。そんな厄介事はゴメンだ。他の種族の子どもや女の人たちもいたけど、男たちは居なかったな。人数は数えてないけど、シムレムだけの囚人じゃないらしい。
どの道そんな大世帯で移動するつもりがなかった僕は、近くの街から駆けつけたエルフたちに丸投げした。船も含めて良いようにしてくれるだろう。船倉にあった財宝とかは手を付けずに置いて来たから、少しは足しになるといいな。
そんな僕らは今何処に向かっているかというと、蛇女族の隠れ里らしい。
ナハトアたちは手が離せないからと、ホノカとナディアが迎えに来てくれたんだ。
考えてみて欲しい。朝霧の中から霊体を持つ不死族が音もなく現れるんだ。【気配察知】や【魔力感知】が出来なければさぞ驚くだろう。しかも霧と同化したような亡霊が2体も揃って現れるんだからね。
現に恐慌状態になったエルフたちが攻撃しそうになったのを何とか抑えて、僕らはその場を去ることが出来たって訳さ。レイスを初めて見たエルフたちも同じような反応だったから、長居すると面倒なことに巻き込まれそうな気がしてそそくさと立ち去ったよ。
だから今僕の回りに居るのは、ホノカとナディア、ジル、ディー、シンシア、アビスの6人だ。アビスは還らなくていいのかと確認したら、問題ないらしい。何かしら仕様が変わったのだとしたら、にゃんにゃんのお蔭だろう。おほん。
◇
移動すること四半刻《30分》。
― そろそろね。 ルイく〜ん、大変よ〜 ―
何が大変なんだか……。
大変ごとはここに来るまでの間かなり経験した。少しくらいじゃ驚かない、はずだ。
「それにしても蛇女族の隠れ里がこんなに海の近くにあるなんてね。そりゃ、眼を付けられるのも分かる」
キョロキョロしながら思ったことが口に上る。
「でも、それまではシムレム全体を結界で覆ってたのでしょう? さっきの入江から入って来たとしても、上陸は出来ないのではなくて?」
「結界とは言うが、島全体を覆うものだ。どうしても構造が荒くなる。足下に隙間くらいは出来るであろうよ」
それをディーが聞き、疑問をぶつけてきた。僕が答える前にシンシアが答えてくれる。そうなんだよな。
「僕もそう思うよ。今回の1件で島全体を覆うものが無くなったからこれからが大変だろうけどね」
― さあ着いたわ。 ナハトア〜。連れて来たわよ〜 ―
そうシンシアに合わせた時だった。気配が急に現れたんだ。
へえ。気配も魔力も感じさせない結界って相当優秀だね。隠れ里って言うだけはある。
「「ルイ様!」」
感心してる僕のところへナハトアとゾフィーが駆けて来た。いや、ゾフィーは這って来た、が正しいな。2人が首に飛び付いて来る。魔力纏を使ってないと素通りして大変なことになるから、ここはシッカリと受け止めることにした。
どむ。
ナハトアはそうでもないけど、ゾフィーの突進は凶器だ。向こうの世界で言う、軽自動車がぶつかったくらいの衝撃がると思う。案の定、後ろに逃げてたディーとシンシアは引き攣った笑みを浮かべてた。ぶつかった方の状態も気になるんだけど、本人はケロッとしてる。ぶつかった音が凄かったが……。
「あれ? シンシア、アビス見なかった?」
「ん? ああ、何やら調べることがあるとか行って還ったぞ? ジル、そんなに離れて居なくてもいいだろうに」
あ、還ったのね。一言言ってくれても、まあ直ぐ喚べば会えるし気にしなくてもいいか。
「い、いえ。ここで良いのです」
「ふむ。まあそう言うなら無理強いはせぬが……」「「……」」
シンシアに促されても固辞するジルの姿に僕は違和感を覚えた。いや、コレットとジルは奥手ではあるんだけど、何だかいつもと違う感じがする。アイコンタクトでシンシアとディーを見るけど、2人とも黙ったまま肩を竦めるだけだった。
……一先ず、眼の前に事に集中するか。
「「ルイ様?」」
「ああ、ごめん。結界が随分立派だからね。構造を考えたんだ」
「ルイ様、ヴィルとイルムヒルデが中で待ってるから行きましょう!」
「あ、そうなのです! 姉様たちが待ってるから行きましょう、ルイ様!」
このテンションは何だ?
「あ、ああ、そうだね。じゃあ案内してくれるかな」
ホノカとナディアが、『ふふふ』ととても良い笑顔でナハトアの腰にある召喚具の奇形剣へ戻って行くのが見えた。何かあるな。でもまあ、行ってみなきゃ判らない。
ナハトアとゾフィーに両腕をホールドされた状態で僕は結界を潜った――。
『『『『『御待ち申し上げておりました! 姫様たちを御救い下さり、感謝申し上げます!!』』』』』
そこに居たのは数え切れない程の蛇女たちだった。イルムヒルデ《ルル》やゾフィーがしてたように、胸の前で腕を交差させ指をピンと伸ばしたままお辞儀したのだ。90°の見事なお辞儀だね。大波のような声が結界を潜って姿を表した僕たちに打ち寄せる。
ナハトアとゾフィーは分かっていたようで、腕を絡めたまま自分たちの耳を抑えてたよ。やられた。
「うおっ!?」「「――♪」」
「何だ!?」「「きゃっ!」」
何も知らないシンシア、ディー、ジルも急な大音声に驚きを隠せないでいるようだ。
「ささ、ルイ様。此方へ。皆に改めて紹介させて頂きとうございます」
何やら祭壇のような高台を急遽造ったのか、ルルに案内され渋々上がる。
『大変よ〜』ってこれの事か。今更ながらナディアの声が頭に浮かんで来た。と言うか、何も知らない僕がこの状況に対応できる訳ないだろ。いや、そもそも知ってたら来なかったね。
蛇女という種は基本魔族寄りの種だ。ファンタジーなら幻獣とか言いそうだけど、詳しい分類は知らない。けど、ケルベロスに捕まっていたラミアたち服装は殆ど何も着けていないに等しい状態だったのを思い出す。
一緒に居た女性陣に諭されたのだろうが、胸の先を隠す程度の布と、腰回りを隠す布しか身に着けていなかった。だから、冒険者ギルドで鼻の下を伸ばした奴らにそういう眼で見られてしまったということだ。
で、ここはラミアの里。
余所者がそもそも居ない場所だ。そこで彼女たちが着る物に頓着するはずもなく、色んな果実がたわわに実って揺れている。
いや、ナハトアもディーも、そんな眼で見ないでくれ。
シンシア、鎧を脱がなくていい。
ジルは……ほっ、1人冷静だ。持つ者の余裕というやつかな? おほん。
仕方ないだろ。正常な男なんだから、揺れる部分に眼が行くのは当然だ。それも1人、2人じゃない。見渡す限りなんだぞ? いえ、いや、そんなに熱くなる必要もないな……。おほん。
「皆も知っての通り、多くの同胞が里から連れ去られた。忌まわしい人族どもにな。じゃが、ルイ様によって彼奴らの手から同胞だけに留まらず、ゾフィーをも救ってくだされたのじゃ。里は守られた」
うんうん、良かった良かった。あの時助けたラミアたちはダンジョンで住んでいるって言うし、あのまま行けば地下に村でも出来そうだな。
「妾は今、ルイ様に御仕えしておる。其処なゾフィーもルイ様の情けを賜っておる。よって今この時より、この里はルイ様に従うことで受けた恩をお返しすることとする」
「ぶっ」
はぁっ!? おいおい、ルルさんやあんた何言ってるの!? 思わず吹き出してしまったじゃないか。
「この決定は里の総意とする。異議ある者は申し出よ!」
誰か出てくれ!
そんなのは横暴だって。どこの馬の骨とも分からない、しかも生霊に従うなってまっ平ゴメンだって!
皆期待のこもった眼差しで僕を見てるよ。朝陽を受けて一段とキラキラと輝く純粋な視線が痛い。
Oh……。
――誰も出ない。
僕は一縷の希望を込めて、ゴシゴシと眼を擦ってみた。
――現実だった。
恐る恐るシンシアを見ると、『そうだろう、そうだろう!』と鷹揚に頷いている姿があった。ダメだ。
ディーも、右に同じ。
ジルは……。同じ視線で僕を見ないように。
ナハトアはふんすと胸を張っている。ダメだ。
ゾフィーは里側だから言うに及ばず。
ヴィルは……おい、その視線でラミアたちを見るな。2度死ぬ気か? あ、気づかれた。南無……。
「妾の旦那様は何処を見ておるのかのぉ?」
ズルリと長い尾に巻き取られて引い寄せられたヴィル。表情を変えないとは……やるな。
「うむ。皆、元気そうで良いものだな……うぐっ。る、ルルよ」
けど、ミシミシって音が聞こえてる気がする。
「何かえ?」
「き、今日はいつになく、き、窮屈な気が、す、するのだが?」
ヴィル、素直に謝ったほうがいいぞ。ルルの眼が笑ってない。この世界は一夫多妻が当たり前みたいだけど、ルルは相当独占欲が強いから、ハーレムは無いだろうな。あの嫉妬は耐えれないだろう。ヴィル以外。
まあ、痴話喧嘩は放っておいて一言言っておくか、な。
「あ〜、紹介にあったルイです。ルイ・イチジクという名前です。どうぞ宜しく。見ての通り陽に当たっても弱らない変わった生霊だから、ルル、あ〜イルムヒルデが言ったこともあんまり真面目に考えなくていいよ」
「ルイ様!?」
吃驚したような表情でルルがこちらに振り返る。それを手で制して話を続けることにした。
「というのも、僕の領地は隣のテイルヘナ大陸の北の方にある。そう言ってもぴんとこない人の方が多いとは思うけどね。何が言いたいかというと、そんな遠くまで君たちを連れて行くつもりはないし、付いて来てもらうつもりもないということさ。恩を返したいという気持ちは分かるけど、恩義を感じてもらうほどの事をしたという自覚がない」
「ですが!」「ウグッ」「「「「「……」」」」」
「なので、この話はもう少し考えさせて欲しい。……そうだね。“聖樹祭”が終わるまでには答えを出すよ。元々その祭りにナハトアを連れて来るのが目的だったからね。ま、悪いようにはならないと思うから」
「分かりました。ルイ様の良いようにしてくださいませ。妾たちの気持ちは変わりませんので」
ヴィルを尾で締め上げたままルルが頭を下げた。今直ぐ、軽々に返事をするよりもリューディアに相談してからの方が良い気がする。という思いが今回はブレーキを掛けてくれた。ふぅ、やれやれ。あ――。
「え、ああ、ありがとう。というか、ヴィル大丈夫? 泡吹いてるけど?」
「旦那様っ!? これはどうしたことじゃ!? 旦那様! しっかりしてたもうっ!」
いや、ルルさんや、それあんたがしたことでしょ。何と言うか、似た者夫婦なんだなと思ってしまった。何もせずに立っていれば絵になる美男美女なんだけど、な。ははは……。
「ルイ様、申し訳ございません」
「あ〜こっちは気にしないでいいから、早く解放してあげて」
申し訳無さそうに頭を下げてくるルルに全部言わせずに、言葉を被せる。そうしたら、乙女のように顔を輝かせてナハトアの腕に嵌っている召喚具に入っていった。あ〜、ヴィル、骨も拾えないけど頑張れ。
ふと視線に気になって集まっているラミアたちに向き直ると、尊敬の眼差しでキラキラしてたよ。勘弁してくれ。僕は崇拝されたい訳じゃないんだって。取り敢えず、ここから動かないことには話しにならない。
「ゾフィー」
「はい、ルイ様!」
「ここもあのエルフモドキや飛竜の変わった奴に襲われたんでしょ? 里の案内がてら怪我してる人のところへ連れて行ってくれないか?」
「分かりました! こっちです!」
「皆も一緒に来てくれる? 人手が要るかもしれないから」
「うむ」「分かりましたわ」「はい」「承知しました」
ゾフィーを先頭にラミアたちを掻き分けて里の奥に入ることにした。シンシア、ディー、ナハトア、ジルも一緒だ。
というのも、怪我を治して上げた時点で一度世界樹の麓へ戻ろうと思ってるんだよね。これからの事を話しておきたいし、ここの里についてもリューディアに相談したい。だから、バラバラに居たら都合が悪いのさ。
それにしても、何をどう話せばこんな恋する乙女のような表情で僕を見れるようになるんだ?
盛大に溜息を吐きたくなったけど、何とか我慢して朝霧の舞う隠れ里を散策する。隠れ里は外との繋がりが殆ど無い閉鎖的なコミュニティーだ。きっと怪我だけじゃなく、病に伏している者も居るだろうと思いを馳せながら……。
森の奥から来るひんやりとした微風が、まるで露払いをするかのように僕たちを追い越していた――。
◇
▼ ???? ▼
同刻。
豪奢に飾り付けられた大理石の広間に、大きな両開きの扉から奥の玉座に向けて帯のような赤い絨毯が伸びている。扉の左右に立つ衛視に見送られて、老いを感じさせる白髪交じりの男が足早に玉座に歩み寄るのだった。
「陛下」
「急な知らせがあると聞いたが、何があった?」
玉座に座す男は若くはない。それでも王冠を頂く頭髪に白いものは見られず、初老辺りであろうことが推察できる。入って来た男は中老と言ったところだろう。
「は。アロンダイトが保管庫に戻ってまいりました」
「な に?」
恐らく謁見の間であろうその広間に多くの人影はなく、王と思しき男と、何かしらの役職にある男の他に、玉座の回りに人は居ない。中老の男の言葉に、眼を瞠る玉座の男。
「どうやら死んだようです。ですから、船も失ったものと」
「――ユウトはこのことを知っているのか?」
「いえ、確か一刻ほど早く単身で戻って来たと聞いております。その後かなり荒れて生肉の掃除が面倒であったと」
「ユウトにはまだ話すな」
「は」
「で、誰が殺った?」
玉座の男の双眸がスッと細められる。男の放つ圧力に気圧されることもなく、中老の男は一度瞬きして答えるのだった。
「まだアロンダイトから情報を抜き取れておりませんので正確なことは申せませんが、ユウト様と相対した者と同一人物かと」
「ほぅ。トオルもユウトも勇者として高位の力を得ていたはずだ。あれらは人外と言っても良いのだぞ?」
「わたくしも陛下の御言葉に賛同致します。配下の者にユウト様の様子を見させておきましたら、不思議な事を申しいたと報告がありました」
「申せ」
「は。『あのレイス』と言う言葉を何度も口にしていたとのことでございます」
「レイス。――不死族の生霊か?」
「は。そう愚考致します」
「高位光魔法を使える勇者2人、エルフモドキも悪食も投入して、船も荷も総浚い奪われ、高がレイス相手に尻尾を巻いて逃げて来たと?」
玉座に座す男から殺気と怒気を乗せ、感情を抑えた声がゆっくり吐き出される。
「――――」
中老の男はその冷気さえ感じるような言葉に、胸を締め付けられるような感覚を覚えただ玉座の男の眼から視線を外すことが出来なかった。
「まあいい」
「――っ」
圧力が霧散したのを感じ、中老の男は慌てて息を吐く。呼吸すら忘れていたのだ。
「お主が悪い訳ではないのだからな。直ちにアロンダイトを隈なく調べよ。対策を練って持って参れ」
「は。では」
「ご苦労。下がって良い」
「――」
中老の男は右手を腹に、左手を腰に当てて深くお辞儀をして拝謁を終え、王の前を辞するのであった。
「ファロス」
中老の男が退出したのを見計らって、玉座の男がこの場に居ない者の名を呼ぶ。
カポッ カポッ カポッ カポッ カッ
するとどうであろうか、玉座の背後から馬が歩く時に聞こえる蹄の音が聞こえるではないか。その音が止まるが、姿は見えない。どうやら、王の背後に呼ばれた者が現れたということだろう。
「聞いていたな。一仕事頼みたい」
「いいとも。僕とアリオンの仲じゃないか。それに最近暇してたんだよね。何やら面白いことになっているみたいだし」
影からさも楽しそうに聞こえて来たのは若い男の声だ。玉座の男に対して敬意の欠片もなく答えるその声は、友人と話す声色であった。
「ふんっ。俺は面白くないがな。ベルキューズに言伝を頼む。可怪しな力を持った生霊に気をつけろ」
「……レイスねえ。アンデッドにそこまで警戒することないと思うんだよね」
「お前はそれで良い。頭を使うのは俺の仕事だ」
「あははは。それもそうだね! 久し振りにベルキューズに逢って来ることにするよ。お土産は何が良い?」
「要らん」
「あははは! だよね。まあ適当に見繕ってくるよ。じゃあね!」
「――行ったか」
場違いに朗らかな笑い声が謁見の間に吸い込まれるが、それも一時のことで、気が付くと気配も消え、玉座に初老の男を残すのみとなっていた。
「――――」
王は口元に手を当てると、眼を瞑り黙したまま背凭れに背中を預ける。今得た数少ない情報を元に思考の沼に沈み始めたのだろう。王の思考を邪魔せぬように謁見の間に静寂が満ちた。
衛視たちも息を潜め、余人が立ち入らぬように扉や広間の入り口で槍を交差させ、身を引き締める。無理もあるまい。思考を邪魔することが己の明日に直結しているのだから……。
……時は移ろいゆくが、王は微動だにしない。
ただ、沈思黙考しているのだ。
その玉座に座す王の体を、石造りである故の冷気と、広間を満たす微かな香の香りが、包み込むように優しく撫でていた――。
最後まで読んで下さりありがとうございました!
ブックマークやユニークをありがとうございます!
誤字脱字をご指摘ください。
ご意見ご感想もありがとうございます!
“感想が書かれました”って出ると未だにドキッとなってビックリしてしまいますが、力になります!
引き続きご意見やご感想を頂けると嬉しいです!
これからもよろしくお願いします♪
PS:【第4章 剣王】とルイと別れた獣人2人の【加護】について改稿・加筆しました。
本編の流れは変わりませんのでご安心下さい。