第19話 出立
2016/3/29:本文修正しました。
2018/7/3:本文加筆修正しました。
本当はその夜のうちに出発したかったんだけど、騒がしくなってしまい夜が明けてから動くということになった。焦って2人を取り戻したいという気持ちが空回りして状況を更に悪くしてしまうと本末転倒なので、まずは冷静になることに務めた、といえば聞こえは良いでしょ。
レアさんとジルさんから止められたと、言うのもある。
そんな余裕すらないんだけどね。
正直、心を病んだ経験のある僕は完全に復調出来てる訳じゃない。情緒不安手になって、周りからすれば「なんで?」というタイミングで泣いてしまったりするんだ。
2人が連れさ去られた時だってそうさ。気持ちの整理と、後悔が上手く処理できないせいで涙が止まらなかった。レアさんとジルさんには見られてみたいだたけどね。
その間何もしてなかった訳ではないよ?
まず、レアさんたちとこそり集まってこれからのことを話し合った。
僕とレアさんはこのままカンゼムを追うんだけど、試験管に入っていた6匹は残ってもらって同行してもらうことにする。もし【技量の血晶石】を取り戻せたら、試してみたいことがあるからだ。
他の二尾の狐たちには、“帰らずの森”に向かってもらうことにした。このまま辺境の街に留まっててとしても人と生活することはできないだろうし、いつまた狩りの対象になるか知れない。ならばと提案してみたんだけど、すんなり受け入れてくれた。
ちょっとほっとした……かな。
僕の名前を出せば大丈夫だからと伝えて、その日のうちに出発してもらったんだ。仲良くやってくれると良いんだけどね。
何となく慕ってくれている感が出てきたのが嬉しかったりもする。
問題はジルさんの方だ。完全に何かに眼醒めてしまったらしい。僕の腕が欲しいというので、嫌々渡してあげたんだけど。何を思ったのか薪割り用の鉈で肉団子にし始める始末。慌てて皆が居ない処でね、と念を押すとどこかへ走り去ってしまった。
まだ実体化のタイムリミットは来てないからこのままで構わないのだけど、一抹の不安を覚えたのも事実だ。レアさんも引き攣った笑顔で見送っていたね。
ジルさんハーフといったけど魔族も色々と種類があるはずだろうから何のハーフなのかまた聞いてみよう。 何となくあの肉団子化してたのが本能だとしたら、と思ってしまったけどブルブルと頭を振って考えないことにした。
「ルイ殿」
レアさんが近づいてくる。6匹は街の外で待機らしい。
「ん? なぁに、レアさん」
「盗賊のアジトで仲間がどうなっているかに関わりなく、我らも森での生活に加えては頂けないだろうか?」
突飛なお願いに思わず聞き返す。
「え? ええっ!? それ本気?」
「あぁ。我らが住んでいた里はもう焼き払われていて住める状態ではないのだ。新たに住む場所を探さなければならない状態だったのだが、一時的にとは言え森で生活できるのは嬉しい。可能ならばそのまま森の中に居を構えたいのです」
じぃっとレアさんの眼を見ながら彼女の話を聞いてると、話終わる頃になって言葉使いが柔らかくなった。あれ?
「うん、僕は歓迎するよ! けど、相性の問題もあるだろうから一度皆が揃った段階で感触を話し合ってからでも遅くないんじゃないかな」
「そ、そうですよね」
「ところで、サーシャは変化に時間の縛りがあったけどレアさんはないの?」
「はい。変化のレベルが100を超えると、変化に時間の制約がなくなるのです。わたしは100を超えてるから」
「へぇ~レアさん凄いんですね! 僕は覚えられるアクティブスキルに制限があるからあんまり多様性がないんですよ」
「そうなのですか?」
「うん、神様の意地悪で」
「え?」
「あ、いや冗談です。 神様ももっとスキルを思えさせてくれるように才能を伸ばしてくれてたらなぁって言う意味ですよ」
「いやだな~♪」と笑うと、「そうですよね~♪」とレアさんが返してくれた。でもどこまで本気にしたか。うん、この件も口を慎むようにしよう。
朝、街の西門前で待ち合わせることにしてレアさんと分かれる。夜が更けていくが。
「あ、どこで泊まろうかな? お金もないし。薪小屋はまだ騎士さんたちが沢山居るしね」
「そ、それでしたら、私の部屋においでくださいませんか?」
「おわっ!? ジ、ジルさんいつの間に!?」
レアさんを見送って振り向いたらそこに居た。こ、こんなキャラだったか?
でも、まあ他に行く当てもないのと、あと数時間で西門に集合することを考えたらその選択肢もありかなと思ったわけです。床にでも寝れれば御の字だと。
だが……。
ーーーーどうしてこうなった!?
僕は案内されるままにジルさんの部屋に入ったのだが、ジルさんの膝枕でベッドの上に横になってた。愛おしそうに髪を撫でてくれるのは男としてすごく嬉しいシチュエーションなのだが、状況が状況だけにそんな気分になる訳もなくただただ固まっていた。
でも、このままだと精神的に死んでしまうと思った僕は敢えて意識を手放したのだった。南無三。
小鳥の囀る声が窓から聞こえてくる。
あれ? 半身が重いんだけど? おぉっ!?
気が付いた僕は愕然とする。お互い服は着たままだが、ジルさんが膝枕から進化して抱き枕もといい添い寝状態になっていたのだ。柔らかい膨らみが脇腹に当たってる。あ、実体化のリミットそろそろだぞ?
「ジ、ジルさん、ちょっとごめん、トイレに」
「ん~~~~♪」
あぅ、可愛い。いかんいかん、ここに土の山を作るわけにはいかないでしょ。
何とかしがみついてくるジルさんを引っペがして部屋を出る。と言うか、そもそもこの屋敷は辺境伯の邸宅では?
…………。
窓から出よう。
どうやらジルさんの部屋は1階だったらしく、まどから飛び出した瞬間に土の山が窓の外に出来上がっていた。転けたふりをして、俯せになってる状態で実体化する。
前後左右、クリア!
上下、クリア!
視線を確認して、服についた埃はを払う。ジルさんには悪いかなとは思ったんだけど、身支度もあるだろうし変な噂が立ってもいけないからそのまま西門へ向かうことにした。
途中街並みの家々から朝食の香りが漂ってき、幸せな気分になった。森の中じゃ味わえない感覚だよね。お金があればどこかで朝食という選択肢もあったのだが、流石に無銭飲食はできない。
キョロキョロしながら歩くこと20分、漸く西門へ辿り着いた。
「ルイ殿! 早いですね!」
「レアさんこそ!」
「わたしは皆に食料を持ってきたのです。夜のうち何か獲物を獲れてばいいのですが、確証はないので準備してきたんです」
「あぁ、なるほど。干し肉ですか、美味しそうですね♪」
「あ、良ければ食べられますか?」
「あ、良いの!? 嬉しいなぁ。僕お金ないからね、ご飯食べてみたくても指くわえてるしかなかったんだ。だから食べれるとは思ってなかったんだよ」
「大したものではありませんが」
そう言ってレアさんは手際よく干し肉を葉物野菜と一緒にパンに挟んで僕に渡してくれた。ソースはという概念はないらしい。まともな人としての食事は2年振りという事になる。
もっとも生霊などという特異な体の所為で、三大欲求は愚か五感さえも働かなくて良くなってたのだから仕方ない。神様のプレゼントの実体化が無ければ今もこうして食事に与れないのだから、そこは感謝してもしきれない。
「う~~~~ん♪」
「御口にあいませんでしたか!?」
あむっと頬張ると何とも言えない味わいが口の中に広がる。久々の味覚に幸せを感じで悶えたのだが、レアさんは逆だったみたい。と言うか、食べる瞬間まで凝視してたよ?
「んん!」
慌てて手を振る。口の中いっぱいに頬張りすぎて声が出せないのだ。
「もひひぃも」
「え? もひひいも?」
誤解を招きそうだったからそれ以上話さないように手で制して待ってもらう。
「ぷはぁ~♪ 干し肉自体の塩味が効いててすっごく美味しいよ!」
「そうですか♪ それは良かったです」
ぱぁっと表情が明るくなる、のだったが慌てて冷静さを装おうとする。そのままでいいのに。やっぱり美人さんには笑顔が一番似合うよね。それにしても美人率高くないですか?
異世界って美男美女の国がいっぱいなるのかな? 僕は平均レベルより下のランクだと自負してるから、美人さんと仲良くしてもらえるのは正直嬉しい。見た目で特をしてるのは背が高いくらいじゃないかな。会社の健康測定で測った数字が186cmだった気がする。
後ろ姿だけならイケメンで通るけど、正面に回ればダサメンさ♪ 痛い人だしね。
「ところで、荷物は纏まったの?」
ふと気がついたのでレアさんに尋ねてみる。盗賊のアジトにいくのだ。前回みたいに捕虜にするつもりなら、それなりの捕縛アイテムが必要になるだろうから。
「はい。10mのロープを10巻き用意しました。あとは3人計算で1週間分の食料ですね」
「ふむふむ」
「ここから3日ほど南下した処に山岳地帯が広がっています。その山を越えると魔王領だと言われていますが、アジトはその中腹辺りのようです」
待てまて待て!!! 今さらっと危険なワードが出たよ!? 魔王領!? こんな目と鼻の先に!? “帰らずの森”から山まで1週間かからない距離じゃない。かぁ~それならギゼラの勧誘の話も辻褄が合う。
そんなに近くにいれば勧誘合戦だわ。これは大人しくしておくに限る。
「それで、帰りの分も計算して1週間という訳だ」
「はい。ただあの奇妙な装置といい、魔王領が近くあることといい我々が狙われたのも魔王絡みでは? と考えてしまうのです」
その線も否定できないよね。あるいは、そちらの魔王に責任をなすりつけて漁夫の利を得ようとする別の魔王、とか。ギゼラの話では魔王は沢山いるというし、ピンキリなんだろうな~。
自分大好きのアホな魔王とだけは関わりたくないものだね。
「深読みしても証拠が少なすぎるよ。最悪その線があるという意識だけで、今は仲間の救出が最優先だからね♪」
「そうですよね!」
そう言ってにこっと笑ってあげると、レアさんもはにかんだ笑顔を見せてくれた。うん、その顔がいいね! そうこうしてると向こうの方に荷車型の馬車に乗って来るジルさんの姿が見えた。
「ルイ様!」
「はひぃ!」
思わず怒られた感じになって声が裏返ってしまう。なんだ? なぜ不機嫌なんだ?
「どうして起こしてくださらなかったのですか!?」
「え? ちゃんと起こしたけど、二度寝したのはジルさんだよ?」
「えっ!?」
「ほら、トイレ行きたいからって、覚えてない?」
「あ……」
「おほん! 貴方たちは何の話をしているのだ」
「いや、昨晩ね、お金もないし泊まるとこないなぁ~って呟いてるのをジルさんに聞かれちゃってね」
「そ、そ、それで一つ屋根の下で寝たというのですか!?」
「あ、いや、その」
何だその食いつき方。朝から大声で話す内容ではないのでは?
「そうなのですわ! 昨夜は私の部屋にお越しいただき膝枕と抱き枕の具合を味わって頂いたのです」
ふふん♪ とジルさんが胸を張る。うん、やっぱり大きいね。
「な……な……何とふしだらな! 一言仰って下されば、そんなむさ苦しい処に止まらなくてもご用意しましたのに!」
「む……むさなんて言ったのかしら!? 女狐に騙されてはダメです! きっと化かして原っぱで寝させるつもりなのですわ!」
あ……昔何かのアニメでこう言うやり取り見たことがある。こういう場合、口を挟むと板挟みになって僕が悪者になるパターンだ。うん、ご飯食べかけだったし、見えないふりをしよう。
「「ルイ様!! 何とかこの女に言ってやってくださいっ!!!」」
あぁ~何もしなくてもダメなパターンだった。
「えっと、ジルさんの所ではよく寝れたし、レアさんの朝ごはんは美味しですよ♪」
「「~~~~~~♪」」
二人共背を向けてにやけながらガッツポーズしてる。何やってるんだろ。
「其の方等は朝っぱらから何をしておるのだ」
その向こうから落ち着いた渋めの声が呆れた感じで聞こええてきた。二人が急に真顔になって一礼する。あれ? ひょっとして辺境伯?騎士の服装じゃないものね。ナイスミドルの紳士がそこに立っていた。
「「これは御見苦しい所をお見せして申し訳ございません」」
「えっと」
二人は知っていても僕は面識ゼロだ。何となくは分かるけど、敢えて分からないふりをしたほうがいい場合もある。
「こちらが」
「左用でございます。今回ご助力を賜ります。ルイ・イチジク様でございます」
ナイスミドルの紳士の視線にジルが恭しく紹介してくれる。職業とは言え洗練されたものだな~って感心してたら。レアさんが小声で、名乗って下さいませと言われたので急いで立ち上がる。
「初めまして、ルイ・イチジクです。田舎者のゆえ作法に疎く、失礼がありましたらお許し下さい」
と頭を下げてみた。ジルさんがにっこりしてたので対応としては間違ってなかったのだろう。
「デューオ・フェン・アッカーソン辺境伯である。聞けば、先だっての襲撃の際も助力いただいたとか、御蔭で命拾いをした。礼を言わせてくれ」
「「閣下っ!」」
慌ててお付の騎士が止めに入ろうとするのだったが、手で制す。
「ここは辺境の街だ、王都のように四六時中見張られていることもない。堅苦しせねばならぬ時にそうすればいいのだ。堅苦しい形の礼だが部下の手前これで許してもらいたい」
僕はこの辺境伯が好きになった。ラブではなくライクの方だよ?
権威を持つ人がこういう人物であればこの街は安心だ。なのに何故あの家令が暴挙に出たのか。
「いえ、それだけで十分です。得体の知れない平民に近づくと騎士様たちの苦労が増しますよ? 閣下」
「ははは、違いない! だがうちの綺麗どころを二人も篭絡されて、主としては威厳を示さねばな」
と言って辺境伯は悪戯っぽくにやりと笑ったのだった。冷や汗がたらりと背中を流れた気がする。
籠絡とは人聞きが悪い。
「ははははは……一体何の話をしておられるのか、皆目」
「見当がつかぬわけがあるまい? 二人からは昨晩と今朝、暇乞いをされたのだぞ?」
「はいっ!?」
慌てて二人を見るが、さっと視線を逸らされる。うあ~~~……やってくれたね。
「二人の暇乞いを許す代わりに、貴殿に折り入って頼みがある」
「……話によります」
「さもあらん。頼みというのはな、家令の首を獲ってきて欲しいのだ。ついでに根城も潰してな」
このおっさん眼が笑ってないよ。
「生きて連れて帰って話を聞いて無罪放免という訳にもゆかぬ。と言って、燃える炭火を懐に持ち続ける訳にもゆかぬし、そんな趣味もない」
黙って辺境伯の眼を見る。
「ほんの少し貴殿と接しただけでその人となりは分かる。この頑固者たちが慕うのも無理はあるまい」
「「……!?」」
二人が赤面している。いや、僕何もしてないんですけど? 少しは御近付きになった気はしますが。まぁ、家令の死刑は確定だったんだけどね。公認がもらえて何よりだ。
「分かりました。お受けします」
「流石だな」
「え?」
「わたしも若い時は腕に物を言わせたものだが、このわたしを前に動じぬとは。其の方らもこの胆力を身に付けよ」
と言って後ろに控えている騎士たちを諭している。いや~僕の感覚が可笑しいのか? 全く何も感じないのだけど。でも、大事なことは聞いて置かないとね。
「2つ確認させてください」
「うむ。申してみよ」
「1つ目。わたしが依頼を果たした証拠をどう確かめるおつもりでしたか?」
「そこは大事無い。其の方らに加えて10名ほど騎士を付ける。彼らに首印と捕らえた盗賊を預けてくれ」
「承知しました。2つ目。盗賊のアジトでわたしが見つけた金品、奴隷、魔物の扱い方はどこまで承知していただけますか?」
僕の質問に辺境伯の双眸が細くなる。まぁそうだよね。普通はそんな聞き方しないよね。ジルさんもレアさんも表情が硬くなってる。
「ふむ。恐ろしいな。いや何でもない。今言ったものが全くない場合も、また逆の場合もあると考えるのは妥当だな。金品についてはこうしよう」
そう言って、辺境伯はそれぞれの項目別に条件を提示した。お金は片手に持てるだけではなく収まるだけ、アイテムは残った片手に持てるだけ、奴隷は捕虜と同じ扱いで全員騎士に預けること、魔物は全て僕に任せるという言質を取った。
こういう場合、後腐れが無いようにする為にも本書と写しを作て貰えると嬉しいといったところ、すんなり書いてもらえた。この方法を知ってる者は王都でもそういないと伯爵は言ってたのだが、適当に笑って誤魔化しておいた。
ジルさんとレアさんのキラキラした視線が何故か眩しかった。う~ん、日本では結構普通なんだけど、異世界ではスタンダードではないってことなのね。あんまり知識をひけらかすのも止めた方が良いってことか。
こうして朝の慌ただしい準備と交渉が終わり、漸く街を出たのは日が大分昇った頃だったーーーー。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
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