第183話 蔑みの代償
珍しく早く書き上げれましたので、放流します。
まったりお楽しみ下さい。
※2017/11/9:本文魔法ルビ誤植修正しました。(レイブン→イーグル)
「全力で殺してやる! 【光り輝く巨人】ッ!!!」
あの銀色の騎士の時のように辺り一面が白く塗り潰される。巨大な魔力の塊が生まれたのが判った。何だ? 何が出た?
そう眼を凝らすと見えてきたのは、20m近い身長に3対の翼を生え出させた光り輝く巨人だった――。
「うおっ、巨人! ウ○ト○マンじゃないんだ」
ふむ。あいつがそのまま巨人化した感じだな。全裸で巨人、で3対の翼があるってどんな羞恥プレイだよ。あ〜下半身の――は無のか。つるっつるだ。スキルに感謝だな。他人のモノを見せつけられるというのは耐えられない。風呂場で出すのは気にならないけど、公衆の面前で恥ずかしげもなく出す奴のはちょん切りたくなる。
僻みじゃ無いぞ。
ありがたい事にこっちに来て……おほん。んな莫迦な事を考えてる場合じゃなかったな。シンシアたちも甲板でこちを見上げてるのが分かる。船の中にはディーとアビスも居るからこっちに注意を引いとかないと。
「ふはははははっ! 見たかっ! この姿を見て生き残った奴はいない。安心して死ね! 【騎乗輝槍の雨】ッ!!」
いや、見物人も居るだろ!?
「なっ!?」
冷静に突っ込んでたら、思わず眼を瞠ってしまった。さっきも使った光の槍の魔法だったものが、下の船のマストのような槍になって突っ込んでくるじゃないかっ!?
おっほっ!
巨大な丸太のような光槍が20本以上海に刺さり水柱を上げてる。そりゃ、これだけでかいんだ難なく躱せるさ。ざっと見た限り20本はあるだろうと思うけど、もしかするとそれ以上あるかもな。と思ったら――。
「遅い」
「がっ!?」
背後にあいつが現れて殴り落とされた。流石に魔法で巨大化してるだけあって、ダメージが入る。物凄い勢いで海中に突入したけど、物質透過系の体だからね。水飛沫も上がってないはず。
殴られてみて思ったのは随分力が上がってるってことだ。いや、力だけじゃない。恐らくステータス全体が底上げされてるんだろうな。けど、そんなブーストが長く続く訳ない。間違いなく反動も来るだろう。さて――。
「全身が光ってるって事は光属性持ちって事だ。殴られれば闇魔法も暗黒魔法も壊される。今出来ることはっと!」
そこへ光り輝く鷲が数十羽が海水を切り裂くように突入してきたかと思うと、僕目掛けて失速もせずに突っ込んでくる。しかも1羽1羽が莫迦でかい。普通の鷲よりも3倍くらい大きんじゃないのか!?
ゆっくりさせるつもりはないって事だな。奴さん、随分焦ってるようだぞ。ははっ。自分で『時間がありません』って言ってるようなものだとは思わないのかね?
「【舞い喰らう闇の盾】。さて、込められた魔力がどれくらいか見せてもらおうか」
海水の中に炎に揺らめく闇が現れ、僕の回りをぐるりと囲む円筒形の壁になる。見上げると水上でキラキラ太陽のように光ってる奴が見えた。完全に昼間向きの魔法だぞ。それ。
ドドドドドドドッ!!!
捕食型の魔法障壁に光属性の鷲が次々と突き刺さるが、どれも壁を突き抜けることが出来ないでいた。だが、最後の1羽で壁が消え失せてしまう。ダメージは受けていたってことだ。闇属性の魔法障壁を出さなくても、僕の回りにはパッシブスキルで魔法障壁がある。
ついでに言えば魔力纏も、ある。正直魔法障壁と魔力纏の違いが理解できてないんだ。魔法障壁は偶然手に入ったスキルで、気が付いたらいつの間にかレベルが上がってたスキルだからな。
この強度がどれくらいのものなのか試したこともないし、今試そうとも思わない。検証は落ち着いてからでも良いさ。そう言えば巨人になったけど、僕の腕を切り落としてくれた奴は何処だ?
今度はさっきのマストのような光の丸太槍が柱のように降って来る。
そんな数撃ちゃ当たるっていう撃ち方じゃ当たるわけ無いだろ。
上を見上げるとまだキラキラが見える。時間はまだあるってことか。守護者みたいな者が居るんだろうが、【気配察知】にも【魔力感知】にも引っ掛からない。だったら見えた瞬間に対応すればいいだけの話だ。なら、一泡吹かせてやるかな。
「【黒鍔】。【影遁の門】」
無事な方の左手に、ゴツイ籠手のような手甲を暗黒魔法で纏わせ、影に潜る。
「やったか?」「それをフラグっていうんだ、ろっ!」
海面を見下ろしながら呟く男の後頭部付近に現れた僕は、突っ込みながら左拳を振るう。完全に虚を突いた左ストレートが驚いて振り向いた男の鼻に減り込むかと思った瞬間、顔の奥から五角盾が突き出され、防がれてしまう。
「っ!?」「やっぱり居たな。【針鼠】んんっ!」
「づああっ!?」
僕はそのまま拳を振り抜いた。【黒鍔】は【影鍔】の上位相互版だ。ぶつかった瞬間に魔力の爆発を引き起こし相手にダメージを与える。その性質を引き継ぎながら、【ジェットナックル】は3つの特色を持つに至った。【針鼠】、【鈎爪】、【刃】だ。
【アーチン】は今僕が使った技だ。拳全体から針鼠のような鋭い棘を出してズタズタに切り裂き突き刺す技。【タロン】は甲板で船員を切り伏せるのにアビスが使った鈎爪の技。最後に拳の先から手甲と一体化した剣籠手のような刃になる技、【ブレイド】。
この場合、力で盾を押し切れば顔も殴れると思ったので【針鼠】1択だ。お蔭で、盾ごと吹き飛ばし、男の右頬に針を届かせることが出来た。痛そうだけど、血は出てないな。
「ふ〜ん。面白い体だな。こんだけ刺されば血が出るだろ?」
「クッソがっ! ゼルエル、何してやがる!」
〈申し訳ありません。我が君。思いの外力が強く、力負けしてしまいました〉
巨人の左肩の辺りに筋骨隆々の天使が居た。筋骨隆々なのにイケメンだと分かる顔立ち……何故だか無性に腹が立つ。僕よりも背があるって随分でっかいな。こいつも3対の翼か。こっちの世界の天使に位があるのかどうか知らないし、そもそもこいつ意外に天使が居るのかどうかも怪しい。力があるというのは事実だ。ここは異世界なんだから、今までの常識を当て嵌めても無駄だって!
「よそ見して良いのか? 魔纏技・手甲」
【黒鍔】の上から魔力纏の技を発動させる。イメージはゴリラの前腕だ。魔力が見えるなら、3倍以上に膨れ上がった僕の腕が見えただろう。『重ね掛け出来るんだな』、と何処か冷静に分析する自分を感じながらも腕を振る。
「ちいっ!」〈我が君!〉
そのまま眼を殴りに行ったら、左拳が迫って来た。巧く体を捻って力を伝えてきたな。力比べといこうじゃないか。
拳がぶつかり、ゴキンッと鈍く大きな音が夜空に吸い込まれた。
「ガアアアアアッ!!? う、腕がぁっ!」〈我が君!? 今治します! 【上級治癒】〉
骨折に【ハイヒール】? あれ? 【治癒】で四肢欠損まで出来るんじゃ……。
あらぬ方向に曲がった腕を抑えて叫ぶ男よりも、例の守護天使(?)が使った方の魔法に驚いたんだ。『あれくらいなら【ヒール】でしょ』、と思ってた自分の感覚がもしかして随分ぶっ飛んでたりすんじゃなかろうか……と気が付いてしまったんだ。
実際、僕は今まで【治癒】を使って自分の四肢欠損も治してきたんだけど……不味いな。今更ながら非常に不味い。そんなことを考えたら、折角のドレインチャンスを逃してしまう訳で。
「しまっ」
「遅えっ! 【聖剣】!」
アロンダイトとはまた渋いっ!?
「があああっ!?」
痛みがあるっ!? あの剣に斬られたら痛みを感じるのか!? 生霊ってそもそも痛覚というか5感ないだろ!? 巨人の体に比例した大きさの光剣で右袈裟斬りに分かたれた僕の体が、海に飲み込まれていく。残ったのは左上半身と胴が斜め半分。そして頭だ。
あれだけ油断しないようにって思ってこの体たらく。どれだけ自信過剰なんだ僕は。窮鼠、猫を噛むって言葉もある。この時点で上から目線だけど、あの剣は危険だ。魔法障壁も紙みたいに切り裂かれてた。LvMaxしてるはずなんだけどな。
「効いたかっ!?」〈はい、我が君!〉「【鑑定】。【漆黒】。【暗黒の壁】。【影遁の門】」
◆ステータス◆
【アイテム名】聖剣アロンダイト
【所有者】北川 徹(所有者認証有り)
【種類】片手用長剣
【Str】+5000
【Agi】+5000
【Mnd】+5000
【固有スキル】斬れれた者に激痛付与 / 召喚
【備考】異世界転移で勇者として召喚された際に授けられた固有武器。【光り輝く巨人】使用時には、光の粒子となって所有者に比例したサイズになる。所有者の死と共に保管庫に還る。
「畳み掛けるっ! 合わせろ」〈お任せを!〉「〈【白銀の万華鏡】! 【閃光斬】ッ!!〉」
幾十もの大小様々な光鷲が暗黒魔法で創りだした壁に激突し、間髪入れず、100枚はあるんじゃないかと思えるくらいの三日月型の光刃が乱舞すのを、巨人の踵の下から僕は見てた。何とも申し訳ない気分になる。
ああ、そうさ。2重の目隠しでさっさと影に潜んで移動して、現在ここで見てるって訳。【鑑定】も出来たからな。この後の手を考えたかったのもある。というか、【気配察知】や【魔力感知】も出来ないのか、あいつらは。
それと――。
「【汝の力倆を我に賜えよ】」
人差し指を巨人の踵に触れさせて全部吸い取ってやった。今この瞬間、意気揚々と聖剣を横薙ぎに振ってるが、これから先は絶望だろう。まあ、固有スキルはそもそもこのスキルじゃ吸えないって言われてるから、幾らかは魔法も使えるかもしれないが……。
あの天使(?)からも吸ってやらないとね。
「【影遁の門】」
「やったかっ!?」〈反応がありません、我が君!〉「良しっ!」
あの天使(?)の後ろに現れて後ろから首根っこを掴む。昼間だと出来ない作戦だ。陽が出てる時は【影遁の門】の移動に制限がかかるからね。幸い、今は眼の前に強い光源があるから背中に影が出来る。
「【汝の力倆を我に賜えよ】」〈うっ!?〉「テ、テメエッ!?」
「だから、それ、フラグだってユウト辺りから言われなかった?」
素早く吸い取ってから、すっと距離を取った。まだ半身のままだ。回復魔法は使ってない。使わずとも、チロチロと見た目だけ再生が始まってるからね。相手を油断させるならこのままの方が良い。
「何で生きてやがる!?」
「いや、そこから違うから」
「はあっ!?」
「僕は生霊だ。正真正銘の不死族さ。だからそもそも死んでる。だから殺してもしなないのさ」
「屁理屈をっ!?」〈我が君! ス、ステータスの確認を!! スキルがありません!?〉「なっ!?」
まだ巨人で居られるのか。随分長く居られるもんだな。驚く2人を尻目に僕は更に煽ることにした。
「ああ、ご馳走様。2人とも美味しく頂きました。大事に使わせてもらうね?」
その一言で男が眼を剥く。いや、怖いんですけど……。
「スキルテイカ―だとっ!?」〈我が君、時間がありません〉「ちっ」
スキルテイカ―? スキルを捕る者? ああ、そういうスキル持ちが居るのね。似たような者といえば似たようなものなのかもしれないな。おっと、そろそろか。
このままだとこの守護天使(?)兄さんの手で落下しないように守られるのが眼に見えてる。どうする?
「【舞い喰らう闇の盾】」
「うおっ!?」〈我が君!?〉
「それに触ると喰われるよ。生きた闇だと思ってもらったら良い。【常闇の皇帝】」
巨人と守護天使の間に闇魔法で壁を創って、すぐに手を伸ばせないようにした。それからダークを喚ぶ。従者なら従者に対応してもらおうと思ったんだ。
「〈ッ!?〉」
僕の後ろに跪いた姿勢で現れるダークに2人が眼を瞠る。まさか、召喚出来ないと思ってたとか? どれだけお目出度いんだ。
「主よ」
「あの天使をどうにかしてくれるかい? 殺しちゃってもいいけど、食べないようにね?」
一先ずこれで対応できるだろう。
「承知」〈くっ、貴様っ!〉
僕の頼みに一礼して天使兄さんとの間を詰めるダーク。どっちも似たような存在とは思うんだけど、詳しいことは判らないな。と思ってたら――。
「くそっ!」
「えっ!?」
あれだけ偉そうな口を効いてた勇者が逃げた。
まだ巨人であるメリットを利用したんだろうな。賢いといえば賢いが、さっきまでの威勢はどうした?
「おいおい。全力で殺すんじゃなかったのか? 【影遁の門】」
背中に向けて大きな声で問い掛ける。
「黙れっ!」
巨人だけでもステータス上がるのと合わさって、多分だがあの6枚の翼もステータスアップ効果があるんだろう。こっちの方はリスクは無さそうだけどな。でも――。
「遅い」
「追いつける、だ、とっ!?」
先回りすることは可能だ。今は夜だから闇魔法の親和性が高くなる。でも他の光属性の移動魔法を使われたら危なかったけどな。今は回収済みだから問題ない。
「その姿で居られるのも後どれくらいだ? もう時間がないんだろ?」
「ーー」
「いやいや、そんなに睨まないでくれよ。デメリットを承知で使ったのは僕じゃないだろ?」
何僕の所為で、みたいな眼つきで見るかな。どんだけ自分大好きなんだよ。喧嘩ふっかけておいて自分は悪くないって何処のボンボンだ。顔を顰めていた巨人が、突然何かに気が付いたように明るい表情へ一変する。
「――そうだ! あの船をやる。奴隷もだ! 好きにしていい! 頼むっ! 同郷の好だ。見逃してくれっ!」
――そう来たか。いや、やっぱりか、と言ったほうが良いな。
「へえ。随分気前が良いじゃないか。さっきまではこの世界は勇者のためにあるって息巻いてたのに?」
「あ、あれは、言葉の綾だ。チヤホヤされて俺もその気になってたんだよ。悪かった! この通りだっ! それに俺を助けておけば帝国に恩を売ることが出来る。帝国にも入りやすくなるぞ? 俺が案内しても良い。いや、させてくれっ!」
3対の翼を持った光の巨人が背中を曲げて必死に請い願う姿は非常にシュールだろう。その姿を引き出せたので、少しだけ腹の虫が収まった気がする。少しだけ、ね。見逃すという事とは別問題だ。
「はぁ、判った」
「っ!? そ、そうか!」
何を勘違いして大きな顔で嬉しそうに愛想笑いしてるのか……。
「判ったから、も う そ の 臭 い 口 を 開 け る な」「っ!?」
「あと、気付いてないようだけど、足とか手の先の方から消えてるぞ?」
「しまった!?」
「ついでだから手伝ってあげるよ。【解呪】」
「はっ!? レイスが聖属性魔法!? 嘘だろうわあああぁぁぁぁぁ――――っ!!!!」
うん。抵抗されるかと思ったけど、問題なかったな。
【解呪】は魔法付与されたモノの解除だ。だから、奴隷の首輪だろうが身体強化だろが魔法が関係していれば解除できる。勿論、眼の前の翼を持った巨人もな。
何で今まで使わなかったかって?
巨人化や光の翼を再使用されて逃げられたら面倒だろ?
心も折れないし。
でも、目的は果たした。あの『はっ!?』って言う表情が良かったね。そういう趣味はないけど、今まで自分がやってきた事をやり返されたんだ。こいつに殺された人も浮かばれるだろう。いや、これくらいじゃ無理か。気が楽になればいいな、くらいだな。
「さて、引っ張りあげてあの奴隷さんたちに止めを刺して――あっ」
「あがががががっ!!!?」
そこで眼を疑った。
元の鎧姿になった男、北川だったか。まあどうでも良い。が、ひゅんと海に落ちたと思ったら、巨大な鰐竜に下半身を噛み砕かれた状態で海上に飛びあがったじゃないか。
鰐竜は海蛇竜に連れられて海底の街に連れて行かれる時に見たけど、ここまででっかくなかったぞ。ここらへんの主か? まあ、船の上であれだけ血を撒き散らして肉片を海に捨ててたら、匂いに誘われて色んなのが来るよな。
あ〜これは助からないね。そう直感した。
奴隷になった人らの鬱憤を解消させようかと思ったけど、無理だな。と言ってもその為だけに助けて回復させてという気にもならない。身から出た錆だと思って不運を呪うんだね。人の命を蔑んできた報いだ。
そう思って、僕ははたと気付く。
《人を呪わば穴2つ》
昔の諺だ。人に害を与えようとすれば、やがて自分も害を受けるようになるって言う意味だったと思う。北川は結果論だけど、そうなった。僕もそうならないとは限らない。
《人の振り見て我が振り直せ》じゃないけど、力に溺れないようにしないとな。
そんな事を考えている間にも、北川はそのまま鰐竜に咥えられたまま海中に消えた。固有スキルしか残ってないから、回復して倒して逃げ出すのはもう無理だろう。同郷の好だ。手ぐらいは合わせてあげるよ。
北川が連れさ去られた方角に合掌して小さくお辞儀をした時、近くで半円形の虹色に光る魔力膜のドームが静かに生まれ、森の一部をすっぽりと覆ったのが見えた――。
◇
▼ ギゼラ / コレット ▼
同刻。
「ふう。これで一段落したかしら」
森に鎮座する大きな都をぐるりと囲む城壁を背に、頬に掛かる白群色の長髪を払うギゼラ。癖のあるその髪は、彼女の背で微風を受け小さく波打っている。
「そうですね。ギゼラ様の水魔法がなければ延焼の範囲ももっと広がっていたことでしょう」
そのギゼラの言葉を受けて恭しくお辞儀をするボブショートの侍女。彼女のお辞儀に合わせて、顎の辺りで切り揃えられた銀色の毛先がサラリと動く。彼女の名はコレット。
2人ともルイの妻だとルイが公言したので立場は同じなのだが、コレットは同じく妻仲間となったエリザベス付きの侍女でもあったので、言葉遣いが抜けないのだ。その言い方に何か言いたげな視線を向けるギゼラだったが、不毛な水掛け論になるのが眼に見えていたので「ふぅ」と小さく息を吐くことで切り替えるのだった。
漂ってくる微風に乗って、先程まで燃えていた木々や小動物の焼けた匂いが鼻を突く。
服にも臭いが付いているのは判っていたが、それどころではなかった。少し前まで降り注いでいた燃える岩の雨の所為で、かなりの範囲の森が延焼被害を受けていたのである。
魔法で作り出した火は魔力が消えるまで自然に消えることはない。燃え続けるのだ。炎を出すように組まれた魔法陣が壊れればその炎も消えるのだが、全ての岩がそうだった訳ではない。その証拠に、シムレム、それも世界樹周辺の都や街の近くで大きな森林火災が幾つも起きた。それによってかなりの部分を消失させてしまったのは、森に住むエルフたちにとって大きな痛手となったことだろう。
消火に携わったのは彼女たち2人だけではない。エルフたちも挙って火を消しに回った。そこへあの悪食がエルフモドキを伴って現れたのだ。
あの奇怪な檻に囚われたエルフたちも居たのだが、ギゼラとコレットのお蔭で事なきを得たようだった。
特にコレットの剣技で檻の格子を斬れたのが大きいだろう。
だが、2人は礼を言われるよりも早くその場を去り、他の場所で燃える森へと姿を消した。『何と謙虚な』と2人を讃える声が上がったのだが、2人に言わせれば『そんな恥ずかしい思いをして長居したくはない』と答えるだろう。
何れにしても、彼女たちの迅速な行動とその類稀な力でエルフの都、“妖精郷”は危機を脱したのであった。
「後の事はここのエルフたちに任せてわたしたちは帰ろうかしら? コレット?」
ん〜と伸びをして声をコレットに掛けたギゼラだったが、反応がないのに問い返す。腕を下ろした拍子に彼女の豊かな双丘が揺れる。ギゼラが訝しんだのは、コレットの視線が自分へ向いてないことに気付いたからだ。コレットの視線の先にあるものに己も視線を向けようとした、その時だった――。
“妖精郷”全体が虹色に光る薄い膜にすっぽりと覆われたではないか。
「障壁が戻ったのね」
ポツリとギゼラが声を漏らす。以前のギゼラたちであれば気付くことはなかっただろう。しかし、シムレムに来てからルイとまぐわった事が知らずに彼女たちに影響を及ぼしていた結果がこれだ。他の者たちも何かしら力を増しているのだが、皆無自覚で行動しているのは流石ルイの妻たちと言うべきところだろう。しかし、コレットの視線は都を守る障壁ではなく、もっと上に向けられていた。
「どうやら西にも眼無しは向かっていたようです」
「ふ〜ん……」
ギゼラはその答えに双眸を細める。コレットの言うように大きな熱源が2つ近づいているのが見えた。
これは、ギゼラの固有スキルである【温度感知】の働きが大きい。元々、飛び大蛇という魔物であったギゼラが保有していた蛇種独特の能力がスキル化したもので、温度差で獲物を見分けることが出来るのだ。
「どの道、見逃すつもりはないけどね。【飛翔】」
その水色の瞳には、別の熱源も眼無しの少し下側にあることを認めていた。それを確かめるために、ギゼラは風の魔法を纏う。
「クスッ。ギゼラ様に見付かるとは飛竜も不運ですね」
「コレット、貴女、どっちの味方なの?」
背後で聞こえた声へ冗談交じりにキツ目の視線を送るが、何喰わぬ顔で受け流されてしまう。
「勿論、ルイ様でございます」
「ふふふ。そうだったわね。じゃあ行きましょう」「ええ」
それを心地良さそうに笑うと、2人は空へ舞い上がるのだった。コレットは、身の丈以上の幅がある漆黒の蝙蝠に似た翼を羽撃かせて。
折しもシムレムの夜は北寄りの風で気温がぐっと下がる。冬ではないにしろ、その温度差が森の営みを守って来たと言っても過言ではないだろう。その気温差が大気を冷やし、霧を生む。霧は緩やかな空気の流れに乗って草木の隙間に入り込み、その葉に薄衣を纏わせる。朝陽に照らされて清々しく燦かせるために。
2人の脚を掴もうとするかのように、炭から立ち上る煙と、立ち込めた霧が緩やかに手を伸ばしていた――。
後まで読んで下さりありがとうございました!
ブックマークやユニークをありがとうございます!
誤字脱字をご指摘ください。
ご意見ご感想もありがとうございます!
“感想が書かれました”って出ると未だにドキッとなってビックリしてしまいますが、力になります!
引き続きご意見やご感想を頂けると嬉しいです!
これからもよろしくお願いします♪