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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第五幕 妖精郷
198/220

第182話 光り輝く巨人

遅くなり申し訳ありません。

何とか間に合いました。お待たせしてすみません。

まったりお楽しみ下さい。


※残虐な描写があります。


2018/10/2:誤字修正しました。

 

 あっという間に眼の前の光景が変わる。


 何て言うか、視野が狭まるってこういう事なんだな。


 ほら、高速道路でそれなりに速度を出すと、運転手の中心視野が狭まって集中して見れるポイントが狭くなるっていうあれさ。


 尤も、僕らは黒竜シンシアの背中に乗ってる訳で、十二分に周辺の様子も見ることが出来る。夜だけどね。ああ、月が出てるから輪郭りんかくはわかる、輪郭は……。


 これまでの人生で戦闘機に搭乗するってことなんて無かったけど、戦闘機の中から見る風景はこうなんだな、と思ったね。


 黒竜の鼻先に座る二の腕サイズの可愛らしい人虎巫女ハクのお蔭で、シムレムの中心付近に居た僕たちはあっという間に東端の海岸上に来ていたんだ。


 恐らくだけど、ナハトアたちの時は速度を緩めること無く「着いた! じゃあね!」って帰って来たんじゃなかろうか? ハクならやりそうな気がする。


 幸い、僕が居るからか徐々に速度を緩めてくれてるのが分かった。そわそわしてるから、きっと褒めてもらいたいんだろうな。うん、いっぱい撫で撫でしてあげよう。けどーー。


 「ルイ、あれ」


 「ああ、船だね」


 僕らの眼下には1隻の大きなガレオン船が停泊しているのが見えた。あの猿の魔王に乗せてもらった船よりも一回りは大きいサイズだ。ディーも気が付いて教えてくれたんだけど、僕には見覚えがある船だ。


 そこへ、森すれすれに飛びながら船に近づく1匹の飛竜ワイバーンが眼に入った。檻のような物を両足で掴んでいるのが分かる。その檻を船の甲板に落とすように離すとまた飛び上がった。ガシャンと金属音が響いてきたことからもそれなりの重量物であることは想像がつく。行かせないよ?


 「ディー」


 「任せてくださいな」


 大きく翼を羽撃はばたかせて上昇して来たワイバーンは、予想通り眼無し(オクルス)だった。上がってきた処で僕らの存在に気付き、咆哮をあげようとした時にはディーの糸で胴体と首が別れているのが見えたよ。


 仕事が早いね。


 「終わりましたわ」


 「ありがとう。ディーの糸は凄いね。僕が魔力纏まりょくてんで触れるようになってるとは言え、糸の方にも魔力が流れてないと意味ないのに、ちゃんとそれができてる」


 「こ、これくら大したことありませんわ。ルイがしてるのを見て真似をしてみただけですし」


 真似をして出来るってどんだけ天才肌なんだ!?


 ディー恐ろしい


 グルル


 黒竜シンシアから『どうするのか?』と催促が来た。さてどうしたもんかな。


 いや、殲滅せんめつは確定だけど、船ごと消しちゃうと今船の中に居る罪なき人も一緒に処理しちゃう訳で……。前の様(・・・・・・)に乗り込むか。


 前。


 そう、ナハトアを助けに行った後、一緒に寄った港街ラエティティア。あの街に襲来していたケルベロスが所有していたガレオン船の意匠にそっくりなんだ。あの時はナハトアとヴィルの3人で乗り込んだったな。


 当時、僕が居合わせた死傷者だけでも40-50人は下らなかった。それ以外の場所でも惨事が起きてた事を考えればもっと居たはずだ。あれだけの殺戮をしてまで、女子どもを更に大量にさらい、略奪をする必要があった事。加えて、港に停泊していた大型帆船3隻にはこれ以上乗れない程の奴隷が居たという事を考えた時に、導き出された答えがある。


 別の船が来る(・・・・・・・・)予定があった(・・・・・・・)


 答え合わせをしたわけじゃないけど、僕の勘が正解だと言ってる。


 ははっ。いい加減な勘だけどね。


 ゆっくり船の遥か上空を旋回する黒竜シンシアの首筋を叩く。


 『あの船に降りよう。僕らが降りたらシンシアとハクが甲板で乗組員を殲滅。オクルスが帰って来たら、オクルスの殺処分と檻の破壊。それに誘拐された者の解放を頼めるかな?』


 グルッ


 シンシアは精霊語も理解できるから、ハクに伝わるように精霊語で話し掛けておいた。


 『分かったにゃ――っ!』


 2人も問題無さそうだ。


 「僕ら3人は船内を制圧するよ。十中八九、ケルベロスという組織の物だろうから、まずは船長室を押さえる。船内の殲滅と船底で捕まっている人たちの解放をお願いできるかい? 隷属状態にあるなら、僕が解除するからその時は教えて」


 「解放するのですの?」


 「主様ぬしさまの下僕になされば宜しいのでは?」


 この世界では奴隷の身分はかなり厳しい。物扱いだ。所有者が居なくなれば、拾った者が次の所有者になる。正式に奴隷商で手続きをする者も居れば、非合法でそのまま所有するものも居るのが現実だ。けど、前回と同じようにこの船が奴隷を乗せているんだったら、構成は変わったものじゃないはず。


 ディーやアビスが暗にそのまま所有するように進めてきたけど、冗談じゃない。シムレムでエルフの奴隷を連れて歩いたら大変なことになるのが眼に見えてる。ただでさえトラブルを起こしやすいのにこれ以上はゴメンだ。


 「要らないよ。そんなトラブルの種」


 「「とらぶる?」」


 トラブルは通じない、か。ま、そうだよな。


 「ああ、騒動のこと。それに捕まってるのは妖精族や獣人、ラミアとかもいるかもしれないからね。人族はシムレムの法にのっとってエルフたちに扱ってもらう。お持ち帰りはしない! いいね?」


 エレオノーラ(エレン)が召喚した30人の水色の乙女騎士団(ハウスメイド)たちも隙を見てアピールしてくるのに、これ以上は無理だ。ドーラやフェナの時みたいにアヤフヤな対応はするつもりはない。時間を取ってお嫁さんたちをねぎらうというか、労ってもらうというか……。おほん。


 まずはやるべき事に集中だ。


 そう指示をしている間にもシンシアはゆっくりと大きな弧を描いて降下し、ガレオン船の方も慌ただしくなってきたのが見えた。松明たいまつ篝火かがりびの数が一気に倍増する。灯された火が甲板上を忙しく動き回っているのを見る限り、歓迎されてるようには見えない。オルクスが帰って来たとは見なさなかったってことだ。


 へぇ。敵を感知するそりなりの魔道具を持ってるってことかな?


 3本マストの先に当たりそうな辺りまで降下した時に、僕らは黒竜シンシアから飛び降りた。


 と言ってもディーが固定してた糸を解いただけだ。あとは僕が2人を首に抱き着かせてすぅーっと甲板に降りればいい。なるだけ横柄な口調で挑発しないとな。


 「こんばんはケルベロスの諸君。悪いけど、君たちには死んでもらう」


 「あ゛あ゛っ!? 何言ってやがる!」「死ぬのはてめえだ!」「真っ黒いやつは放っとけ! その赤髪はえれえべっぴんだ!」「傷付けるんじゃねえぞ!」「兄ちゃん、そういうことだからよ、死んでくれや! ぎょぱっ!?」


 あ〜……ご愁傷さま。相変わらず汚い言葉遣いに辟易へきえきしたけど、僕がキレる前に2人が周りを血祭りに上げていた。ディーは斬糸ざんし、アビスは爪を伸ばしてザクッと。それとカマを掛けてみたけど誰ひとり否定しなかったな。


 「汚らわしい。わたしに触れてよいのはルイだけですわ」


 「主様への不敬は万死に値する」


 え〜あ〜、始末してそう言っても……ねぇ?


 遠巻きに見てた奴も居るようだから無駄にはならないか。あとはシンシアとハクに任せるとしよう。【気配察知】を広げると、ハクと一緒に降りて来てるのが分かった。良し。さっきの檻は近くにはない、な。何処かにそのまま運び込んだか? 随分手際が良いな。


 「2人もそれくらいで。奥に行くよ?」


 「よろしくてよ」「畏まりました」


 淡く発光してるのと半透明なのはどうしようもないが、なるだけ自然に見せるように床のギリギリ上を歩く。まだ生身を着けるつもりはない。


 「この船、できれば(・・・・)鹵獲ろかくしておきたいから、壊すのも程々にね? 底板や底の真ん中で前後ろに長く伸びてる木は折ったりしないように」


 「分かりましたわ」「畏まりました」


 竜骨キールって専門用語使っても判ってもらえるか疑問だったから何となくの表現にしたけど、大丈夫かな? あからさまに竜骨りゅうこつっていって勘違いさせるのも面倒だしね。あ、シンシアとハクには鹵獲って事言ってなかったな。まあ何とかなるか……。マストとか折らずに入ったから、察してくれる、といいな。ははは……。


 後は殺戮さつりくの行進だ。


 僕が、というよりも出てくる瞬間にディーの斬糸であっという間にスライスだ。ディーの能力が今更ながらチート過ぎる。自分の出番がないと後ろでしょんぼりしているアビスのまぁるい頭をぽふぽふと撫でると、無言で腕を抱き締めてきた。まあ、このまま行けば僕もアビスも出番は当分無さそうだな。


 「何2人で良い雰囲気を出しているのかしら!? わたくしも交ぜて下さいませ!」


 僕らの様子を見咎みとがめたディーに空いてた腕を封じ込められてしまった。解せぬ……。


 殺伐とした雰囲気であるのに、僕の周りだけ妙に桃色っぽい何かが溢れてる気がする。緊張感の欠片かけらもないとはこのことだ。何もない我が家であればこのまま流されるのもありなんだけど、完全に敵地だから油断は禁物だ。僕は不死だけど滅びない訳じゃない事も忘れちゃいない。当然ダメージも蓄積される。


 さっきの光魔法は結構なダメージだったよ?


 ゴミ掃除はディーに任せて思いを彷徨さまよわせていたら、僕だけに威圧が向けられてきた。ディーは気が付いてるようだね。


 「ーーへぇ。誘ってるのかな? ディーとアビスはこのまま船の制圧をお願い。奴隷になってる人まで殺さないようにね?」


 「手を出してきたらどうしますの?」


 「ん〜その場の雰囲気でいいかな。無理やりやらされてる感があれば動けなくすれば良いかもだけど、その都度の判断は2人に任せる。」


 ディーとしては特に気にせずに手当り次第もできるだろうけど、僕の意思を確認してくれたのは嬉しいな。正直、何も考えない人形のような存在は嫌だから。おっと、研修医時代の古傷が顔を出したか、な。色んな人間が居るのは分かるけど、教授の顔色を窺う研修医仲間は僕にとって仮面を着けた人形にしか見えなかったんだ。


 それだけ僕が病んでいて、心が幼かったんだろうと思う。あまり思い出したくない歴史だな。


 「分かりましたわ。躾てどうにかなりそうなら捕まえておきますわ」「ーー」


 「あ、闇魔法で奴隷の書き換えはなしだからね、アビス? いや、そんなに驚かなくても……。」


 物思いにふけっているアビスに釘を差すと、ビクッと体が震えた。そうするつもりだったのか。通りで大人しいと思ったよ。


 「じゃ、2人とも任したよ。行ってくる」


 「ーーちゅっ。いってらっしゃい」「あっ!? ちゅっ。御武運を」


 と、ヤル気を出したらこれだ。悪戯が成功したというような可愛らしい笑みを浮かべてディーが腕を解放してくれる。慌ててアビスも反対の頬へキスをしてくれた。これがフラグじゃないことを祈ろう。


 2人と別れて僕はまっすぐ正面の船室へ向かう。


 あの時(・・・・)転生者ナディアが居た部屋と同じように、両開きの扉がある。船長室だろう。


 こんこん


 ノックしてみる。


 「開いてるぞ」


 低く重みのある声がが扉をすり抜けてきた。魔力の高まりはない。


 ガチャリ


 ドアノブを無造作に回し、ゆっくりと開く。視界がゆっくりと広がった先に居たのは背凭(せもた)れの高い王が座るような立派な椅子に体を預けた、黒髪の男がそこに居た。


 鋭い眼光が殺気をまとって僕を射抜く。


 転移してきた日本人……か?


 白髪交じりの黒髪を短く刈った筋肉質の男。鎧から見える素肌に刻まれた古傷が男の戦歴を僕に語り掛けているような錯覚さっかくになった。椅子に座っているせいで正確な身長は測りかねるが、僕と同じくらいかそれ以上かもしれない。


 「ほう。日本人か?」


 「ーー日本語」


 迂闊うかつにも日本語で語り掛けられたことで動揺してしまった。ほんの少しの動揺だったけど、男には十分だったようでニヤリと片側の口角が上がる。


 「見たところ、生身ではないようだが。同郷の者に会えるのは嬉しいものだな」


 「ーー」


 「どうした? 日本人の俺がこんなとこに居ることが不思議か?」


 「ーー」


 何も言わぬまま、男の背後に立たされている女たちに視線を向けた。


 ナディアの時のように、男の周りには鎖を首輪から垂れさせた人間や亜人の美女たちが、裸を強調するような布切れで身を隠して立たされていたのだから。その数10人。エルフ6人。兎の獣人1人。羊の獣人1人。人間1人。どの女性もスタイルがよく出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。


 日本人であれば間違いなく立ち止まって振り返るレベルだろう。だが彼女たちの眼には生気がない。現状を諦めて受け入れているということだ。眼の前の男もこの状況が、当然と言わんばかりに受け入れているのに腹立たしくなるが、出来るだけ無表情(ポーカーフェイス)を貫こうと決めた。


 今更だが……。


 「ああ、こいつらか? やるぞ?」


 「ーーな、に?」


 「替りは幾らでも居る。どうせ本国に帰るまでだ。帰ればこいつらのほとんどは苗床か、気狂きちがい共の玩具おもちゃだからな」


 男の言葉にビクッと体を震わせる女性たち。


 「ーーエルフモドキか」


 「おろ? 知ってやがったか。そうさ、本国の気狂いどもの研究の成果なんだと。ワイ―バーンの変亜種もそうだってほざいてやがったな」


 「悪食あくじきのことか?」


 「そう言うらしいな。奴らはオリジナルを捕まえてこさせて、自分たちで作っちまいやがった。今はユウトの奴が率いてるはずだがーー」


 確定だ。魔導帝国が両方を造ってる。命が軽い世界であることは判ってるつもりだし、自分の命を守るために命を奪うこともやってきた。けど、これは違うだろ。自分たちの知識の優越性を証明するために命をもてあそんでるとしか言いようがない。命を何だと思ってるんだ。


 「ユウト? ああ、あの嫌味な銀色の鎧を着けてた奴か?」


 怒りを抑えながら、そっけなくき返す。


 「そうだ。収穫物を今頃よりどりみどりの筈なのにおりが来ねえ。何か知ってるってつらだな」


 「あの銀色の騎士なら逃げ帰ったよ。乗ってたデッカイ悪食は死んだみたいだけどね?」


 「ほぉ。あのユウトが逃げ帰った? 何の冗談だ。冗談にしちゃ笑えねえな。テメエも勇者か?」


 「いや、勇者にし損ねたと嘆かれた口さ」


 「あ? 何だお前、勇者じゃねえのかよ? まあそんななりしてるからどうかとは思ったが、はん! 外れ組かよ。ご苦労なこったな」


 「外れ組?」


 「ああ、そうだぜ。この世界は勇者の為にあるってもんだ。魔王? んな弱っちい奴らはさっさとぶっ殺すか、いい女なら奴隷(ペット)にすればいいんだよ。エルフも獣人も、魔力のえ奴もな。それが許されるのは勇者だけだ。勇者じゃねえお前らは外れ組ってこった」


 魔導帝国は極度の人族至上主義だと聞いてる。つまり思想が誘導されたってことだろう。少しずつ分からないように。巧妙な洗脳だ。どこまで侵されてるのか、だけど……。


 「奴隷を持つことに、向こうの道徳倫理を持ち込むつもりはないけど、正気か?」


 「おいおい、こっちに来てまで青っちょろい正義を振りかざすのかよ。勘弁してくれ。俺らは選ばれたんだ。選ばれたからにはそれなりの報いがあってしかるべきだろ?」「きゃっ」


 そう言って男は傍に居るエルフを抱き寄せて、豊かな胸に指を食い込ませてみせた。そそられる人も居るんだろうが、今の僕は全く食指が動かない。むしろ、それは逆効果だ。


 「はぁ、判った」


 無理だ。僕とは相容れない。水と油じゃない。火と水だ。


 「あ?」


 「判ったからもうその臭い口を開けるな」


 「あ゛? 同郷だからって舐めた口きいてるんじゃねえぞ」


 一気に膨れ上がる殺気に、侍らせている女性たちが引き攣ったような悲鳴を上げてる。


 「勇者? 笑わせる。勘違いもここまで極まれば道化に見えてくるよ。そんな低俗な勇者と同列に扱われなくて済むって考えると清々(せいせい)するな」


 「テメエ……」


 「奴隷制度がある世の中なんだから奴隷をどうこう言うこともない。美人をはべらてハーレムを作ろうが好きにすればいいさ。だがな。力に溺れて命を物としか思わないやつを野放しにしておくほど、僕は人間ができちゃいない」


 曲りなりも医術を少し修めてきた僕にも譲れないものがある。


 《医はもって人を活かす心なり。ゆえに医は仁術じんじゅつという》


 この思いがあるから僕は、この男のように勇者なら自分以外の命は好きに使えて当然という考えに到底至らない。むし反吐へどがでそうだ。


 「面白おもしれえ。日本人同士でガチに殺り合ってみたかったんだよ。そんななりだ。どうせ人間辞めてんだろ?」


 「……」


 「どうした? ぶははははっ! 啖呵たんか切ったのにここに来てブルったのかよ?」


 「決めたよ。どうやら魔導帝国にはろくな勇者が居ないみたいだし、ケルベロスってチンケな組織を使って女子どもしかさらえないようだからな、吠え面かかせてやる。それと知ってるか?」


 「あ゛?」


 「他に3隻あったお前らの船を襲って荷を貰い受けたのは、ぼ く だ」


 「テメエだったのかよ!」「キャアアアッ!!」


 「っと!?」


 激昂した男が一番近くに居たエルフの鎖を握り僕に向けて鎖付き鉄球(モーニングスター)のように投げ付けてきた! それに合わせて男の動く気配がする。一緒に突き通すつもりなんだろう。むこうでは何か武術をやってたんだろうけど、こっちに来てスキルや魔法に頼ってばかりいたのがバレバレの動きだ。


 「死ねっ!」「莫迦ばかか。【槍影スティングシェイド】」「きゃっ」


 莫迦正直に正面から斬り掛かってくる男に向けて、闇魔法で造った槍を床から生え出させて脇腹を狙う。当然、その穂先を剣で切り落としに来る間に、女性を受け止めて床へ転がす。槍を生え出させた側に、だ。それから1歩扉の方へ下がって、剣の殺傷域がそのエルフに掛からないように間合いを取ることにした。


 「そんな魔法効くかよっ! おらあっ!!」


 「猪武者いのししむしゃか」


 魔法を斬れるってそこそこの武器を持ってるみたいだけど、動きが単調だ。長時間剣戟(けんげき)を繰り返すことが無い状態で勝ってきたんだろう。


 横薙ぎで【槍影スティングシェイド】の穂先が切り落とされ、その返しで左下から右肩へ斜めに斬り上げてくる。


 ――甘いね。


 「おうっ!?」


 左切り上の剣先より先に右へ回り込み、右手で男の右手首を掴むと同時に下に引き落とす。崩しだ。


 体勢を立て直そうとするのに合わせて奥襟おくえりを左手で掴む。鎧の襟部分だけど、今の僕のステータスなら金属だろうが布だろうが同じだ。奥襟を掴んだまま後ろに引き上げて、その場で後ろ歩きを1周させる。崩しの仕上げだ。


 頃合いを見計らって僕の懐へ抱き込むように迎えると同時に、右腕を男の右肩から左胴にかけて斬りつけるみたいにゆっくり振り下ろす。


 ――入り身投げ。


 「【黒珠ダークボール】」


 綺麗に投げ飛ばされ、二枚扉をぶち破って廊下に転がりでた男に追い打ちを掛ける。名前?


 知らないね。く気にもならない。


 「なっ!? があっ!?」


 BB弾くらいまで凝縮した闇魔法の弾が一斉に男に突き刺さる。ま、これくらは耐えれるだろう。


 「あれ? 随分トロいね。ぷっその分だと格下ばっかり相手にしてきて天狗になった口か?」


 「テッメェ!」


 「【黒珠ダークボール】、【黒珠ダークボール】、【黒珠ダークボール】、【黒珠ダークボール】、【黒珠ダークボール】、【黒珠ダークボール】」「ぶっ!? がっ!? くそっ!? 何だこれはあっ!?」「【漆黒の槍(ジェットランス)】」


 一度に作れる【黒珠ダークボール】は100たまだけど、それを間髪入れずに打ち出す。ほら、台風の時って風だけじゃなくって、小さな雨がいっぱい顔に当たると眼を開けてられなくなるだろう?


 あれと同じさ。


 鎧もそれなりに魔法防御が施されてるんだろうから、一先ず機先きせんを制して土手っ腹に1発デッカイの食らわせて外に連れ出すことにした。


 「うぼおおぉぉぉっ!!?」

 

 うん。結構硬いな。ダメージほとど入ってないんじゃないか?


 「硬いね。じゃ、もう一発。【漆黒の槍(ジェットランス)】」


 「舐めるがあああっ!?」


 剣で受け止めようとしてそのまま吹き飛ばされる。気持よく飛んでくれるね。


 「あのユウトって奴は逃げたけど、お前はどうかな?」「クソがあっ!」


 眼は死んでないね。まだ何か対抗策があるってことだ。さて、何が出てくる?


 「【獄嘴の弾幕(フロック・ヘルクロウ)】」「【六重の光翼セクスチュプルウイングス】ッ!!」


 通常のからすよりも2回りくらい大きな鷲を思わせる大きさをした、漆黒の魔法鴉を300羽喚び出して襲わせる。この通路だと闇が襲ってくる感じだろうな。ただ、僕の視界が魔法でさえぎられる前に、男の背中に3対6枚の翼が現れのが見えた。


 ああ、あの時遠くで光ってたのはこれか。さしずめ光の天使と言ったところかな。


 追撃が要る。直感に促されて更に手を振った。


 「【漆黒の槍衾(ラグ・ジェットランス)】」「ちぃっ!!」


 盛大な舌打ちと、遠ざかって行く気配と魔力。逃げたか。以外にあの3対の翼には機動力があるってことだ。


 「逃さないよ」


 男を追う。甲板から空に逃げたか。なら莫迦正直に入り口から出る必要ないな。壁を抜けて外に出た。ああ、しまったな。頭に血が上ってた所為せいでドレインを忘れてた。勿体無いことしたな。


 まあいい。次があるさ。


 「何でそこに居やがる!?」


 シムレムじゃなく、東の海側へ飛び出して見上げると光る槍を浮かべて出口を睨みつけていた男が叫んだ。逆に聞きたい。何故そこから出ると思った?


 「そりゃ出てきたからに決まってるだろ。【黒剣の万華鏡ソード・カレイドスコープ】」


 これは【漆黒の万華鏡レイヴン・カレイドスコープ】の上位相互版だ。レイヴン・カレイドスコープは槍の穂先の1種である千鳥十文字型の漆黒の刃物が無数に万華型に咲き、一斉に対象に襲いかかるま闇魔法だけど、これはそれが黒い長剣ロングソードに変わってる。殺傷力が格段に上昇した凶悪な暗黒魔法だ。


 「【騎乗輝槍の雨ブライトランス・レイン】ッ! 【光の甲冑(ライトアーマード)】ッ! 何だその出鱈目でたらめな魔法は! 本当に勇者じゃねえのかよっ!!」


 光る槍の雨と、夜空に混ざる漆黒の剣が交差する。追尾型ではないんだ。素直に受けてあげる必要もない。へえ、上手く魔法障壁を使ったね。でも、この後に及んでまだ勇者にこだわるんだな。


 「【影遁の門(シャドウ・ゲート)】。違うね。敢えて言えば一風変わった生霊レイスさ」


 「なっ!? 転移魔法だとっ!?」


 水飛沫を利用して影に潜み男の背後に出る。説明も面倒だから、そう思っておけばいい。


 「色々持っていそうだから、殺す前に貰っておくーー(ゾクリ)」


 男からドレインし損ねてたから吸ってやろうと手を伸ばした瞬間だった。背筋に悪寒が走ったので慌てて手を引くーー。


 「ちっ、これにも気付くかよ。【守護天使チュトラリーエンジェル】」


 3対の翼の間から光り輝く剣を握った腕が生えているのが僕の眼に見えた。それと海に落ちていく僕の右腕。


 そう、一瞬引くのが遅ければ僕は袈裟斬けさぎりにされてただろう。闇魔法の【常闇の皇帝(ダークエンペラー)】と同列の存在か。そこそこのレベルということなんだろうな。


 けど、僕とダークとじゃ勝負にならない。属性が違うとは言え大差はないはず。光や聖属性はダメージの入り方が他より多いけど、光は今無効だ。属性の追加ダメージじゃなく純粋に魔力としてのダメージだけ受ける。手はまだ治さない方が良いだろう。


 「面白いモノ連れてるじゃないか」


 「はん。強がりはそこまでだ。ユウトが逃げたっていうのもうなずけるぜ。こっからは遊び無しだ」


 こういう奴に限って既に限界まで力を出してる事が多いんだけどな。何かするんだろうから少し距離を取っておくことにした。見せてもらうか。その上で心も折らせてもらう。


 「で?」


 「全力で殺してやる! 【光り輝く巨人イファルジェントガルガンチュア】ッ!!!」


 あの銀色の騎士の時のように辺り一面が白く塗りつぶされる。巨大な魔力の塊が生まれたのが判った。何だ? 何が出た?


 そう眼を凝らすと見えてきたのは、20m近い身長に3対の翼を生え出させた光り輝く巨人だった――。  







後まで読んで下さりありがとうございました!


ブックマークやユニークをありがとうございます!


誤字脱字をご指摘ください。


ご意見ご感想もありがとうございます!

“感想が書かれました”って出ると未だにドキッとなってビックリしてしまいますが、力になります!

引き続きご意見やご感想を頂けると嬉しいです!


これからもよろしくお願いします♪

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