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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第五幕 妖精郷
197/220

第181話 静かな怒り

大変長らくお待たせして申し訳ありません。

秋のイベントも終わりましたので、何とか書き上げることが出来ました。

まったりお楽しみ下さい。


※残虐な描写があります。


※2017/10/24:本文区切り表示の調整をしました。

 

 月下の林を抜けて魔人ジルダークエルフ(カリナ)青鬼セシリアが巫女たちをさらったエルフモドキたちに追い付く。エルフモドキたちが引くおりは浮いているとは言え、たこのように風を受け止めるのだ。速度が出るはずもないだろう。


 小枝や鋭利な葉先に肌をかれても、彼女たちの視線が獲物から逸れることはない。


 あっという間に誘拐犯たちの距離を縮めたジルの姿がかすみ、彼女の振るう長槍パルチザンの逆三角形の刃が月光を反射してきらめいた――。


 「「「ギャッ!」」」ギィンン!「「「「キャアアッ!!」」」」「ゲヒャッ」「ガヒャヒャッ」


 エルフモドキの叫び声が上がると鉄錆てつさびの様な匂いが夜風に乗ってぷんと香る。ジャラジャラと鳴る鎖の音や檻の中に居る巫女たちの悲鳴も上がるが、状況は変わっていない。


 ジルも手応えを感じたが、距離を取り追い付いたカリナとセシリアの前で槍を下段に構えて様子を(うかが)う。ジル自身今の状況を打開できる決め手を持っていないことに焦っていた。舌打ちしたくなる気持ちを抑えて周囲にも眼を凝らす。


 「あの檻。斬れませんでした」


 「えっ!?」「あの一瞬で!?」


 ジルの言葉にカリナとセシリアは耳を疑う。ジルがあのエルフモドキたちに斬り掛かったのは、月光を反射した槍の穂先の動きが見えたことと、血の匂いが辺りに立ち込めていることで判ったのだが、檻にまで槍を振るっているとは思わなかったのだ。


 斬り掛かった衝撃で巫女たちが悲鳴を上げたのだろう。


 「不味まずいですね」


 「あ、檻が!」「知能があるということですか」


 ジルの一言で事態に気付く2人。完全には追い切れないが、怪我を負ったエルフモドキたちが仲間の殿しんがりを持つ陣形になったのだ。


 「わたしが道を開きます。2人は可能な範囲で追って下さい。くれぐれも伏兵にご注意を」


 「わ、分かったわ!」「承知しました!」


 「きます。【風の潰圧(ウインドプレス)】」


 「「「グヒェッ」」」


 吹き下ろす突風が木の葉と砂塵と呻き声を巻き上げる。圧しつぶされないまでも、膝を付くエルフモドキたちに眼をみはりながらカリナとセシリアはその横を抜けて行くのだったが――。


 眼の前が開けていることに気付いたセシリアが、立ち止まって巨大戦斧バトルアックスを横に振り被ったのだ。


 「ちぃっ! セシリアさん、それは悪手です!!」「「「ゲヒャアッ!」」」


 ジルが声を上げながら槍を振る。瞬く間に手負いのエルフモドキを斬り伏せたが、止めを刺すよりもセシリアの下に駆け込むその姿は、何かに気がついている証拠だ。


 「いっけえぇ――っ! きゃあっ!」「ジルさんっ!?」


 バトルアックスが旋回しながら、セシリアの手を放れて水平に飛んでいく。その放った姿で己の武器の成果に眼を凝らすセシリアをジルが突き飛ばしたのだ。余りの事にカリナもジルを咎めようとしたのだったが、突風が視界を遮りる。予期せぬ突風に眼をつむってしまった2人を責めることは出来まい。


 だが、2人が眼を開けたときそこにジルの姿は無かった――。


 「カリナさん、上っ!」


 「っ!?」


 セシリアの言葉に視線を上げると、月に照らされた飛竜ワイバーン輪郭シルエットと、その片足にあの檻が握られているではないか。そこへキラリと何かが煌めき、ざんっと2人から少し離れた場所に突き刺さる。


 それはジルが握っていたあの長槍パルチザンであった――。




             ◇




▼ ゾフィー/ナハトア/ヴィルヘルム ▼


 同刻。


 「ゾフィーよ、郷の結界が消えておる。急ぎ其処そこなナハトアと郷へ行くのじゃ。対応はの方らに任せる」


 「は? ちょっ、何言ってるの!?」「分かりました! 義兄にいさん、お願いします!」


 グルッ


 身をひるがえ黒竜ヴィルヘルムの勢いに耐えながら、2人は黒竜のたてがみをシッカリと握り締めていた。


 ゾフィーの中で、イルムヒルデ()ちぎりを結んでいるこの黒竜は家族という認識で落ち着いている。躊躇ためらうこと無く義兄あにと呼べたのも、そういう部分があるのだろう。


 ただ、蛇女ラミアは基本女社会だ。ラミアから生まれてくる子どもは確実に女、それも蛇女ラミア蛇王女ナーガなので、姉妹しかいない。今まで存在もしなかった兄という概念を受け入れることの出来た彼女は、おおらかな気質だと言える。ナハトアに言わせれば何も考えてないだけなのだが……。


 そのナハトアは有無を言えずに付き添うことになったのが不本意ではあったものの、ゾフィーやイルムヒルデの事を憎からずに思っていた手前、言葉尻を強めてしまっていた。照れ隠しだ。ルイが見れば思わず苦笑するところだろうが、今は居ない。


 ゾフィーや黒竜ヴィルヘルムに至っては、そんな機微きびみ取れるほど感受性は強くないのだからえて触れる必要もないだろう。


 元々眼と鼻の先にゾフィーたちの郷が在ったこともあり、イルムヒルデと別れて直ぐにその上空に到着する。しかし制空権は既に飛竜ワイバーンの変亜種たちに抑えられていた。


 「5匹もいる」


 「ゾフィー、落ち着きなさい。空のことはわたしたちじゃ手に負えないのは判ってたことでしょ。ヴィルに任せてわたしたちは降りるわよ! ヴィル、森のギリギリ上を飛んで! 飛び降りるからッ!」


 グルッ


 ナハトアの声に黒竜の首が上下する。それを見たナハトアは、ゾフィーの腰に腕を巻くのだった。


 ナハトアの風魔法の修練度は未だ他の眷属妻たちに遠く及ばない。彼女たちであれば、森すれすれに降りなくとも風魔法で落下速度を調整したり、自由に飛行したりして目的地に向かうであろうことは容易に想像できた。得意な死霊魔術ネクロマンシーであればとは思うものの、今必要なのは風魔法なのだ。かぶりを振って、ナハトアは飛び降りる契機けいきを見計る事にした。


 「いい、ゾフィー。わたしが言う拍子ひょうしで一緒に飛び降りるわよ!」


 「わ、分かった!」


 ぐっと黒竜ヴィルヘルムの体が下に傾き、浮き上がるような感覚を下腹で感じながら、ナハトアは飛び降りる瞬間に備える。


 勿論、黒竜の勝手をワイバーンたちが放っておくはずもなく、自分たちの優位な上空から鋭い鈎爪かぎつめを開いて、黒竜ヴィルヘルムに乗り掛かって来る。翼を傷つけ落とし、その肉を喰らおうと言うのだ。


 「【烈風刃ゲイルスラッシュ】ッ! 行くわよ!」「え、あ、わっ!?」


 ナハトアが頭上に鎌鼬かまいたちのような風の刃を数枚作り出して放つと、そのまま飛び降りたのだ。ゾフィーも慌てて蛇の尾で黒竜の背を蹴る。それを合図に、黒竜は瞬時に翼を畳んで錐揉きりもみするかのように半回転して腹を出すと、竜の吐息(ブレス)を空に向かって吐き出したのだった。


 ギシャアアアアアァ――――――ッ!!!!!


 風の刃とブレスをまともに受けたワイバーンたちのもだえる咆哮が木々を震わせる。


 ガアアアァ――――ッ!!


 その間隙かんげき黒竜ヴィルヘルムが見逃す筈もなく、漆黒の翼を羽撃はばたかせてワイバーンに肉薄すると、彼らよりも数倍太い尾で数匹を打ち据える。たまらず距離を取ろうとするワイバーンたちだったが、振るわれる爪や尾による傷が体の機能を奪う所為か、徐々に優位性を失い始めていた。


 その様子を尻目に、ナハトアは着地点に集中する。


 今は黒竜ひとの事を気に掛けている余裕がないのだ。


 「【風壁ウインドウォール】。着地するからしっかり掴まっときなさい!」「う、うん!」


 ゾフィーの反応に思わず溜め息をきそうになる。外見は見目麗しい大人の女なのだが、言動が何処か子どもじみているのだ。そこに癒やされる部分もあれば、時として苛々させられる時もある。そう、この瞬間のように。


 それを抑えて、ナハトアは自分たちの足元に魔法で作った障壁が形成されたのを確認すると、更に魔法を唱える。視線の先には逃げ惑う蛇女ラミアたちの姿があった。


 「【骸ノ手(コープスアーム)】。わたしたちを受け止めなさい」


 逃げ惑うラミアたちの悲鳴が上がる。それもそのはず。彼女たちの逃げる先で大きな二重の円が幾何学模様と共に浮かび上がり、数え切れないほどの骨で出来た巨大な左腕が現れたのだ。


 ラミアたちの悲鳴を他所よそに、巨大な骨のかいなが手を開いてナハトアとゾフィーを受け止め、ゆっくりと地表に下ろす。事前に張っていた魔法障壁の効果もあるのか、受け止めた手がボロボロと崩れているが、崩れきる前に2人を地上に下ろすことが出来き、同時に崩れ去る。常軌じょうきを逸した光景に郷全体が固唾かたずを呑む中、ナハトアとゾフィーの声が静寂せいじゃくを切り裂くのだった――。


 「【召喚・骸骨小隊サモン・スケルトンプラトーン】。ラミアたちを守りなさい!」


 「皆、落ち着いて! ゾフィー・ド・ガドゥル―の名にいて命じます! ダークエルフとそれに従うスケルトンは味方です! 手を出してはなりません! 子どもたちを安全場所へ! 戦士はわたしの後に従いなさい!」




             ◇




▼ イルムヒルデ ▼


 同刻。


 「あの火は世界樹の周りに落ちただけのようじゃが、その機に乗じた不埒ふらちやからるということか。ふん。小賢こざかしい」


 吹き付ける風に潮の香りを感じながら、イルムヒルデは夜空を滑るように進む。青白い鬼火をまとわせ、引き連れながら進むその姿は、さながおごそかに謁見の座へと歩を進める女王のように見えた――。


 しばらく進んだ所で、鬼火の1つがゆらりとイルムヒルデの足元で揺れる。


 「む。気配を抑えておったとはの。ようやった。褒めてつかわす」


 鬼火の動きに視線を森へ落とすと、妖しく微笑ほほえみ鬼火をねぎらうイルムヒルデ。褒められた鬼火は、その場でフルフルとその場で青白いほむらを揺らしていた。


 イルムヒルデの方は鬼火に対する興味も失せたようで、漆黒の瞳がとらえた一団の前に音もなく舞い降りる。


 「正直、エルフがどうなろうとわらわには関係のない話なのじゃが。ナハトアが悲しむ顔は妾の望むモノではないからの。の方らナハトアの為に死んでくれ。【百手ノ石礫《ハンドレッド・ストーンア―ムド》】」


 「グギャ」「ゲギャ」「グゲゲッ」「ガヒャッ」「――【――】」


 「むっ。小癪こしゃくな。【石礫の盾(ストーンシールド)】。ふん。その程度かえ。【嵒石の投槍(ストーンジャベリン)】」


 浮かんだ檻から伸びる鎖を手にした4人のエルフモドキは、突如足元から現れた小石で形成された無機質な無数の手によってその場に拘束されてしまう。だが、その内の1人がイルムヒルデに向けて魔法を放ったのだ。


 目に見えない刃が襲い来るも、右手に小石が密集して盾のような形になったもので受けると、その返しで盾を投槍のように魔法で形成し、投げつける。


 ぼっ


 呻きも断末魔もなく、ただ何かに穴が開いて、空気を大きく吸い込んだような音が辺りに響く。


 「ふむ。しもうたな。魔法が使えるということは会話も出来たかもしれぬが、頭を飛ばしてしもうてはそれも無理な話よな」


 そう、魔法に込められた魔力の大きさゆえに、石の槍が丸太のような太さの魔力をまとってエルフモドキの頭部に命中したのだ。首から上が消え失せたとしても不思議はない。むしろ、檻の中に刺さらなかったことが僥倖ぎょうこうと言えるだろう。


 鉄錆てつさびに似た匂いが森の中に立ち込め始めるも、暴虐の手は緩められることはなかった。


 何故なら、頭を吹き飛ばしたエルフモドキの体からにじみ出るように現れた青白い鬼火がイルムヒルデに近づくと、妖艶ようえんな微笑みを浮かべていた顔から一切の表情が消えたのだ。それに合わせてか、周囲の気温がぐっと下がったかのような錯覚に襲われる。


 「何とも反吐へどが出る。ナハトアの為とは言わぬ。今よりうぬらを造り出した帝国(・・・・)は妾の敵じゃ。じゃが、妾はうぬら救う手立てを持たぬ。出来ることは今ある生を終わらせることだけじゃ。安らかに眠るが良い」


 そう告げるとイルムヒルデは動けなくなったエルフモドキに近づき、次々にその手で首をねたのだった。あまりの光景に、檻の中で胃の物を吐く女たちも居たが、イルムヒルデに至っては気にも留めていない。むしろ、エルフの女たちにとっては心に傷を負うのではなかろうかと思える程によこしまに見える笑みを浮かべ、断れぬ提案を彼女たちにチラつかせるのであった――。


 「良いかエルフども。今ここで見聞きしたことは他言無用じゃ。命は大事にせねばのぅ? それを守れるのであれば、このおりから出してやろうぞ?」




             ◇




▼ カティナ ▼


 同刻。


 「分かったわ。ルイ様の言ったこと覚えてる!?」


 「無茶はしないっ!」


 「よろしいっ! 放すわよ!」


 「うんっ!」


 脇から手を放されると、吸い込まれるように森の影に消えていく人兎族の少女(カティナ)。その後を追ってふくろうが滑空する。


 本来であれば薄暗い森の中での移動は梟に軍配が上がるのだが、人兎族じんとぞくは夜目が利く。更に、人族よりはるかに優れた脚力で森の中を跳ねるように進むのだから、梟といえど置き去りにされないようにするのが精一杯のようだ。


 「ふふふっ。オーサ凄いね! ちゃんと付いて来れてる! でも、そろそろかな」


 高速で森の中を移動するカティナは己の斜め後ろを飛ぶ梟の姿に眼を細めると、両手を腰に回す。シャランと金属の音がして、カティナの両手首にそれぞれ鎖が着いた太めの腕輪バングルが1環ずつ踊ている。鎖を気にする訳でもなく、そのまま腰にある鞘から短刀を逆手で抜き、カティナは開けた場所に飛び出すのだった。


 月夜に舞うカティナの姿に何人かのエルフが注意を逸らされるが、すんすんと何かをぐカティナの鼻腔びこうには、血の匂いが微かに届いていた。風の流れに教えられて、匂いがする方へ視線を移すと……。


 「っ!? 大変だっ! エルフさんたちが捕まってる!?」


 カティナの見ている所で、ちょうどエルフの女児が檻の中に投げ込まれるのが見えた。扉を開ける訳でもなく、ただ放り投げただけで、女児の体は檻の格子を擦り抜けたのだ。


 ――理不尽さに怒りがき上がる。


 「むむっ。あれは魔道具だね! あのエルフさんみたいな人が変なことをしてるのか。1、2、3、4、5。見える限りでは5人。オーサ、巻き込まれないように気を付けてね!」


 ギャアア――ッ


 カティナ応えるようにオーサが警戒する時の声で鳴くの聞いて、カティナは着地と同時に駆け出す。広場では家族と強引に引き裂かれた男たちが、エルフモドキに追いすがるも、物理的に叩きのめされ、檻の中から悲痛な叫びが街に響き渡っていた。


 「行っくよ――っ」


 誰に告げる訳でもないが、カティナは己を鼓舞こぶするように独り気を吐くと、その場から消えた――。


 そう、消えたのだ。


 彼女の灰色の髪や兎の毛は月光に照らされると銀色のように光を反射して眼に留まる。それが認識できない(・・・・・・・・)のだ。


 ――ユニークスキル【隠形おんぎょう】。


 カティナが獣人へと進化する前。大兎ジャイアントラビット種として生来受け継いでいたスキルだ。これにより大きな体を持つ弱者であっても厳しい自然を生き延びることが出来た。そのスキルを彼女は獣人の姿で使ったのだ。


 この瞬間、【隠形】は息を潜めるためのスキルでは無くなった。


 まさに暗殺スキル――。


 暗殺者ではないカティナだが、彼女に襲われたエルフモドキたちは抵抗する間もなく、その姿を捉えきる前に四肢を切り断たれて行く。しかしカティナはえて止めを刺さなかった。


 殺しを恐れていたわけではない。


 ――怒っていたのだ。


 そして住民たちの怒りも理解できた。だから敢えて四肢の切断で済ませたのだ。息のあるエルフモドキたちは、当然住民の怒りにさらされることになる。怒りのはけけ口を得た住民たちの手に掛かり、生暖かい肉塊と化すまでそう時間は掛からなかった――。




             ◇




エリザベス(リーゼ)


 同刻。


 「オーサ、カティナから離れないこと。カティナの死角を守って上げて」


 クルルッ バサッ


 その後を追うように呼び寄せた梟に命じると、短い鳴き声と共に森の闇の中へ梟も消えて行くのだった。カティナは兎の獣人であり、呼び寄せた眷属は梟。どちらも夜目が利く。チラッと森を一瞥いちべつしたリーゼだったが、鋭い視線を飛び交うワイバーンへ向けて、おのが翼を力強く羽撃はばたかせるのだった――。


 「ふふふ。カティナもやるわね」


 カティナに付かせた使い魔()の眼を通して彼女の動きが伝わって来る。それを見ながら、自分も負けてられない、と奮起したエリザベス(リーゼ)は自分に気が付き、喰らわんと巨大なあぎとを開けて襲い掛かってくる飛竜ワイバーンの変亜種たちを両手を広げ無防備にその身をさらすのであった。


 凶悪な顎に噛み砕かれようかというその瞬間、リーゼの口が動く。


 ――【変身メタモーフォシス】、と。


 だが、魔法が発現する前にリーゼは悪食あくじきに一呑みにされしてしまった――。


 ように見えた――。


 ギッ ガッ 


 だが、呑み込んだはずのワイバーン《悪食》の巨大な体が、一瞬にしぼみ、枯骸ミイラのように干乾びてしまったではないか。そのまま力を失い、落下を始める口から黒っぽい霧が溢れ出すとリーゼの姿を形作るのだった。そして彼女は嬉しそうに腹を抱えて笑い出す。


 「うふふふ。あはははは! 良いわね。こうじゃなきゃ。こっちに来てルイ様の血を飲んでからウズウズしてしかなかったの! でも、この血はダメね。飲めたもんじゃないわ」


 そう言って左の掌(てのひら)に巨大な黒い液体の塊を作り出すと、ぽいっと投げ捨てたのだった。吸血鬼ヴァンパイアである彼女が血に対して酷評するということは、余程の味なのだろう。


 実際、味見程度には舐めてみたのだが、雑味、苦味が酷く、およそ生物の血とは名ばかりの別物という印象を受けたのだ。状態異常耐性が最大でなければ、何かしら状態異常を引き越していただろうシロモノなのである。吸血スキルを持つ者にとって毒液(・・・・)。それが、リーゼの出した結論だった。


 明らかに吸血鬼を念頭に置いて創り出されたと言っても過言じゃない。そう考察しつつも愁眉しゅうびを開くリーゼ。彼女の出来る解決策は1つ。


 「こんな不味まずい血液を体に流して生きながらえてるお前たちはさぞかし辛いでしょうね。今楽にしてあげるわね。うふふふ。どれくらい力が上がったのかついでに試せさせてもらうわ。【漆黒の万華鏡レイヴン・カレイドスコープ】」


 ――殲滅せんめつである。


 魔法の完成と共に、槍の穂先の1種である千鳥十文字型の漆黒の刃物が幾重にもリーゼの背後で万華型に咲き、大輪の黒花こっかを咲かせた。月の光を受けたそのからすにも似た無数の穂先が、主の号令を待ちびるかのように妖しく照り光る。


 「きなさい」


 そして大輪の花は一斉に散華さんげした――。




             ◇




 「ケルベロス……」


 その結論に至った時、優しい月の光に照らされ満天の星空の下で浮かぶ僕の周りの音が消えた――。


 沸々《ふつふつ》と怒りがいてくるのがわかる。


 その様子を何処か離れた場所で見ている自分が居るような感覚だ。


 怒りが蓄積されていくのにもかかわらず、何処か冷静で居られるといのは変な感覚だと思う。


 ふと気が付くと、アビスとディー、ハクが僕の体を叩いていた。あれ?


 口が動いているけど、何を言ってるのか聞こえない。ダークとラクの姿はない。黒竜シンシアは……ああ、あそこか。


 視線を動かすと、僕の足元で黒竜シンシアが大きく旋回しているのが見えた。


 「何?」


 「――――ッ!」「――――っ!」『――――!』


 「ダメだ。何も聞こえない」


 何でだ?


 何で聞こえないんだ?


 聞こえなくなった原因を考えろ。


 ――ああ、そうか。


 ケルベロスの事を考えて頭に血が上ったんだ。怒りで周りに変なことが起きてるから、3人が必死に止めようとしてるということか?


 ――だったら尚更なおさら落ち着かないと。


 そう思い至った僕は1度眼をつむってからゆっくりと深呼吸する事にした。


 「ルイ、落ち着いてッ!」「主様ぬしさま、気を確かにっ!」『ルイ様、その怒りはダメだにゃー!』


 「ああ、ごめん。心配掛けたみたいだね。もう大丈夫。『ハクもありがとう。落ち着いたから』」


 「ルイッ!」「主様っ!」『ルイ様、良かったにゃーっ!』


 さっきまで感じていた怒りは幾分収まったみたいだ。怒りで我を忘れるって言うけど、実際あるもんだな。首や腰、頬に抱き付いてくる彼女たちの背中をさすりながら、落ち着いて行く心の移り変わりを心地良く感じていた。


 グルルルッ


 そこへ黒竜シンシアが戻って頬を寄せてくる。


 「ああ、シンシアにも心配掛けたね。もう大丈夫」


 軽く喉の下を掻いてから、3人を抱いたままシンシアの背中に乗る。ゆっくりでもその場に留まるように羽撃はばたくのは負担が大きいだろうと思ったからだ。


 それと、怒ったことで思わぬ収穫もある。


 一時的にでも感覚が鋭くなったお蔭で、飛竜らしき魔力の塊が何個か東に向かっているのを感じ取れたんだ。東にいけば何かあるということだろう。


 何もなければ、自由に飛び去れば良いだけだ。雁首揃えて向かう理由を説明できない。それも行ってみればはっきりする。


 「シンシア、このまま東へ向かってくれるかい? 『ハクも手伝ってくれるよね?』」


 グルッ


 『勿論だにゃーっ! ナハトアたちみたいにシュッと行ってパッと到着にゃっ!』


 その反応に嫌な予感がした。まさか……ねぇ。


 「アビス、ダークは何処行ったの? 『ハク、ラクは?』」


 「彼奴きゃつ主様ぬしさまの殺気に当てられて帰還いたしました」


 へ、へえぇ……そうなんだ。


 『ラクはね〜。ルイ様の殺気に眼を回してたんだにゃ〜。だらしにゃいにゃ〜』


 ほ、ほぉ〜……。


 要するに居ないのは僕の所為せいってことだ。まだまだ甘いな。合氣道の師匠(せんせい)に話したら鼻で笑われそうだ。『己を律せずして呼氣を律せるはずがない』とか言いそうだぞ。ははは……。


 そんなことを考えてたら久し振りに、道着を身につけて道場の奥で正座する、仙人みたいな髭を蓄えた師匠せんせいの姿が浮かんできた。そんなことを考えてる余裕もないくらいだったのか、と改めて思ってしまう。肉におぼれてたというのもあるけど……おほん。


 というか、確認しないといけないよな。


 「ディー」


 「何ですの?」


 「僕も含めて皆の体を糸でシンシアに固定してくれる?」


 「? 言ってる意味がよく分かりませんが、お安い御用ですわ」


 「アビス」


 「は、主様」


 「振り落とされないようにね?」


 「? はい! それでしたら主様にしっかり抱き着いております!」「ちょっ、アビス抜け駆けですわ!」「んふふふ。役得というのです」


 僕に頼まれたように糸を出してくれるディー。ここぞとばかりに抱きついてくるアビス。あ、うん、ここでは揉めないように。一応ディーにも注意を促しておく。もしもって事があるからね。


 「ディーも固定を忘れないでね?」


 「? シンシアに乗ってる時点でその対策は出来ておりますわ」


 「あ、そうなんだ。じゃ、大丈夫か。『ハク、じゃあナハトアたちの時みたいにやってみてくれる?』」


 問題なしっと。あとはこの娘(ハク)だ。ラクとは違う真面目さなんだけど、ヤル気がセーブできないんだよな。それをナハトアたちが受けてたらと思うと、ちょっと頭が痛い。まあ、検証はすぐ出来る。


 『了解ですにゃ、ルイ様! よっと、じゃあ、行っくにゃ――――っ!!』


 僕のお願いに八重歯が見えるキラキラした笑顔でシンシアの鼻先にぴょぴょんっと移動するハク。ふーっと鼻息も荒く僕の方をちらっと見たハクが東の方を指差して宣言すると――。


 ドンッ!!!


 音速の壁を超えた――。


 『限度ってものがあるだろ―――――っ!!!』







後まで読んで下さりありがとうございました!


ブックマークやユニークをありがとうございます!


誤字脱字をご指摘ください。


ご意見ご感想もありがとうございます!

“感想が書かれました”って出ると未だにドキッとなってビックリしてしまいますが、力になります!

引き続きご意見やご感想を頂けると嬉しいです!


これからもよろしくお願いします♪

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