第180話 勘付く
遅くなり申し訳ありません。
もう少し早く放流できたのですが、11日に投稿したいという欲求に勝てず遅らせてしまいました。すみません。
まったりお楽しみ下さい。
※2017/10/24:本文区切り表示の調整をしました。
▼ ナハトア/ゾフィー/ヴィルヘルム/イルムヒルデ ▼
『ハク! あんた覚えてなさいよぉぉぉぉ――――――っ!!』
風の壁に弾かれ、無様にも腹を晒した黒竜だったが、弾かれたん反動を利用して首を反らし体位を空中で整えることに成功する。その視界に、ナハトアとゾフィーが落下する様子が映ると、直ちに身を翻したのだった。
もう1人、黒竜の伴侶となったイルムヒルデだが、落下すること無くその場に蜷局を巻き浮いているではないか。眼を凝らすと、蜷局の下に黒い雲のようなものが見える。覚えているだろうか。彼女が東テイルヘナ大陸の南、魔族の国にある王宮へ現れた時のことを。
彼女は“穢”を放つ黒雲に乗って来たのだ。
現在彼女の種族は不死族、それも屍ノ蛇竜王女というアンデッドの中でも最上位に近い部類だ。黒竜の竜骨をルイに融合されて、新たな種へと変貌したのであるが、そもそも成り立ちが特殊なのは否めない。
しかし考えてみて欲しい。屍ノ王いう存在は元来霊体を持ち、骸骨や枯骸に似た風貌ではなかっただろうか。そのどれにも当て嵌まらないにも拘わらず、リッチの名を冠している理由はこうだ。
従来であれば、長い年月を経て老いを重ねた魔道士が己の研鑽の集大成として不死者へと身を堕とす。しかし、その後に続けと皆が同じ方法を用いて屍ノ王になるではない。というもの、リッチへと至る方法は何故か1代限りで失伝してしまうのだ。それ故、不死を求めるものは求道者として歩まねばならないのである。加えて、術式に耐え切れずに肉体が破損してしまうことが多いのも、リッチが霊体や恐ろしげな容姿を持つに至る一因とも言えるだろう。
イルムヒルデの場合、自身が死ぬ前に“反魂の法”をその体に施し、肉体が朽ち果てる前に意識を覚醒させることが出来た。迷宮主であったことで膨大な魔力を有するようになったことも、術式に耐えることが出来た大きな要因だろう。特殊な偶然が重なった結果、彼女は肉体と霊体を併せ持つ類稀なリッチへと至ったのだ。
話は戻るが、そのリッチが移動する際に纏う闇があるという。リッチの外見的特徴である黒衣の一部とも、衣の中を満たしているとも囁かれているが、真偽は定かではない。その闇こそが、屍ノ王のユニークスキル。
――【滲み出る闇】。
尤も、イルムヒルデ自身が大仰な黒衣に身を包むわけでもなく、最小限の布切れで局部を隠し、あとは見事な曲線を惜しげもなく晒しているのだから、黒衣の一部というのは些か疑問が残る処だ。それでもその闇が彼女の足場となり、移動手段ともなっているのも事実である。
「……不味いのぅ」
腕組みのせいで豊かな双丘が押し上げられ、イルムヒルデの漏らした言葉から注意を逸らさせる。しかしその視線は鋭く、月光に照らされる黒い森の一角を見据えていた。そこへ――。
グルルッ
「姉さん!」
「相変わらず出鱈目ね」
黒竜の背に乗ったゾフィーとナハトアが現れる。
「ゾフィーよ、郷の結界が消えておる。急ぎ其処なナハトアと郷へ行くのじゃ。対応は其の方らに任せる」
「は? ちょっ、何言ってるの!?」「分かりました! 義兄さん、お願いします!」
グルッ
ゾフィーの声に黒竜の体が左に大きく傾く。
「さて。旦那様との睦事に夢中になり過ぎて試せなんだが、良い機会じゃ。これの使い具合も確かめねばな。【群がる怨念】」
己から離れていく黒竜たちを見送り、視線をやや南の方に向けるイルムヒルデ。月夜であるとは言え、昼間のように遠くまで見通せるはずもないが、視線の先に大きな気配が飛んでいることを彼女は感じ取っていたのだ。
徐ろに言葉を紡ぎ出すと、雲のような闇が厚みを変えずに渦を巻き始めたではないか。
ゆっくり深呼吸する程度の時が過ぎた頃、渦巻く闇から青白い人魂のような眼に見える魂魄が幾十も溢れ出す。
「ふむ。悪うはないの。妾の魔力を供物に魂魄を使役するということか。ナハトアとは違うが死霊魔術に通ずるものがあるの。【行け。羽虫を落とすのじゃ】」
イルムヒルデの言霊に反応してか、一斉に青白い人魂のようなものが彼女の見詰めていた方角へと飛び去るのであった。
これが屍ノ王のユニークスキルであり、魔術だけでなくリッチが畏れられる所以ともなった技だ。
【滲み出る闇】を起点に、負の感情を宿したまま死にきれず彷徨う魂魄を呼び寄せ、己が手先として使役する。それが【群がる怨念】であり、使役されることを認めた魂魄はリッチの命じるままに怨霊の弾となって生者の命を刈り取るのだ。
詰まるところ、リッチの周辺で魂魄が彷徨っているように見えることが多いのは、こうした背景に起因する。永続して使役する訳ではなく、一時の間という但し書きが付く。魔力を常時消費し続けるこの技を継続して使い続けるにはコストが見合わないということなのだろう。それでも、呼び寄せたリッチから漏れ出る魔力だけでもと居着く魂魄も存在するらしいが、確かめた者は誰も居ない。
遠くで青白い繭のような塊が空中に5つ現れたのにイルムヒルデが気付く。
「ふむ。差し詰め、鬼火と言ったところかの」
己が差し向けた怨念の仕業であることはすぐに分かったが、未だに腕組みを解かないイルムヒルデは微かに口角を引き上げるのだった。思っていたよりも成果が期待できるということだろう。
「じゃが、郷の結界が消えたことは気になるの。あのエルフの娘はシムレム全体の結界と言うたが、郷とは繋がりがなかったはず。そうは言うても現に消えてるのなら対応せねばなるまいの。ゾフィーよ、雪ぐのは今ぞ」
チラリと妹と夫たちが飛んで行った東に視線を向けて独り呟きを漏らすと、5つの鬼火が落下を始めた南東へむけて空を進み始めるのだった。
「あの火は世界樹の周りに落ちただけのようじゃが、その機に乗じた不埒な輩が居るということか。ふん。小賢しい」
吹き付ける風に潮の香りを感じながら、イルムヒルデは夜空を滑るように進む。青白い鬼火を纏わせ、引き連れながら進むその姿は、宛ら厳かに謁見の座へと歩を進める女王のように見えた――。
◇
▼ エリザベス/カティナ ▼
同刻。
森に呑み込まれたかのような街を北に見下ろすように、蝙蝠の翼を羽撃かせながら宙に浮く奇妙な塊があった。
眼を凝らすと、翼を持つ少女が、兎の耳を生え出させた獣人の少女を抱えて飛んでいるという姿だと気付く。
「ねぇリーゼ、ここ何処か分かる?」
「シムレムから出てないとは思うのよね……」
「う、うん、わたしもそう思う」
「はぁ、やっぱり【影遁の門】で片っ端から繋いでの移動は不味かったわね」
「え〜、リーゼだって賛成したじゃん!」
「そ、それはカティナに押されたから」
「む〜。リーゼそれは可怪しい。交互に【影遁の門】で穴を開けて潜ってってやってる時、リーゼも楽しんでたよ?」
「ゔっ……」
カティナの指摘にリーゼは言い淀む。自覚があるだけに反論し辛いのだ。そこへ――。
ガアァァァァ――――――ッ! キシャアアァァァァ――――――ッ!
飛竜のモノと思われる咆哮が、静まり返っていた夜空を引き裂く。
「「ッ!?」」
2人の目には飛び交ワイバーンの背から飛び降りる複数の影がしっかりと映っていた。2人もこのまま黙って指を加えているつもりは毛頭ない。直ちに行動に移る。
「カティナは街を任せていい? わたしはあの時の変なワイバーンをギッタンギッタンにするから」
「あはっ♪ うん、分かった! 街はわたしに任せて!」
「じゃあ。【召喚・梟】」
バサッ
「おおっ? リンちゃん!?」「違うから」
リーゼの呼び掛けに森から1羽の梟が飛んで来るのにカティナが気づく。シムレムには来ていない眷属仲間かと思ったのだが、被せ気味にリーゼから否定されてしまうののであった。飛んで来た梟は、器用にリーゼの頭に舞い降りる。
「この子はオーサ。わたしの眷属なの。この子と一緒に動いてくれる? この子の眼を通してわたしも様子が見れるから」
「うん、分かった! ヨロシクね、オーサ!」
クルルル
リーゼの頭の上でくるりと頭を回転させて応えるオーサに、カティナは眼を細めるのだった。その間にも、木に乗り移れるくらいに高度は下がる。
「リーゼ、放していいよ! 後は木の上を跳んで行くから!」
「分かったわ。ルイ様の言ったこと覚えてる!?」
「無茶はしないっ!」
「よろしいっ! 放すわよ!」
「うんっ!」
脇から手を放されると、吸い込まれるように森の影に消えていくカティナ。
「オーサ、カティナから離れないこと。カティナの死角を守って上げて」
クルルッ バサッ
その後を追うように呼び寄せた梟に命じると、短い鳴き声と共に森の闇の中へ梟も消えて行くのだった。カティナは兎の獣人であり、呼び寄せた眷属は梟。どちらも夜目が利く。チラッと森を一瞥したリーゼだったが、鋭い視線を飛び交うワイバーンへ向けて、己が翼を力強く羽撃かせるのだった――。
◇
『ルイ様ただい』『ルイ様帰ったにゃーっ!』
粗方刈り取り作業が終わった頃、ミニチュアサイズのシロナガスクジラと、可愛らしい巫女装束で着飾った小さな白虎の獣人娘が僕の周りに現れた。ラクとハクだ。ハクの方が喰い気味に飛び付いて来る。
『おかえり。首尾はどうだった?』
『はい、問題な』『ボクは頑張ったにゃ―っ! 風の壁を造って、びゅんって運んだんだにゃーっ!』
えっへんと胸を張る小さな生き物。思わず頬が緩む。いや、これ誰が見てもそうだろ?
『ああ、ラクもありがとう。色々サポートしてくれたんだよね。助かったよ。ハクもよく頑張ったね』
『『〜〜♪』』
僕の前で『聞いて聞いて!』アピールをしながらふわふわと浮く2人を労っておく。まあ、この組み合わせだ。大体の想像は付く。ラクがブレーキ役もしくは処理をして、ハクが暴走というパターンだろう。悪気が在るわけじゃないから質が悪いんだけど、可愛いから憎めないんだよな。
その間にも、足元に広がっていた漆黒の擬似湖が消え切り刻んだ死骸が森へ落下を始める。死骸というか、肉塊だな。アンデッド化しないように吸い取った後に切り刻んでるんだ。
それにしても、このホブゴブリンかと思っていた奴がエルフモドキっていう魔物だとは驚いた。
肌の色まではハッキリ確認できないけど、外見はエルフともダークエルフと言っても分からない。ただ、喋れないから、すぐにバレそうだけどな。
グルルルルッ
「ルイ、何ですの!? その姿は!?」
そこに黒竜とその背に乗ったディーが帰ってくる。ディーは昔から呼び方を変えないでいてくれる貴重な存在だ。アイーダもね。おっとっと。黒竜姿のまま戯れると周りが大変なんだぞ、シンシア。
黒竜の大きな顔を擦り寄せてくるシンシアの喉をカリカリと掻いて上げながら、どうすべきか考えることにした。その前にディーの質問に答えなきゃね。ラクはシンシアを避けて僕の頭に乗ってる。ハクは僕の右頬に張り付いた。
「ああ、これね。王闘術っていう体術の技の1つでさ。魔力を纏うんだ。イメージが大事でね。僕は竜の特徴が出るようにしてみたんだ。だからこんな姿なのさ。というか、どんな姿のなか見えてるの?」
ダークやアビスは見えてたようだけど、皆がそうとは限らないよな。そう思い確認してみる。
「ええ。わたくしには角と翼と尾が見えますわよ?」
おお、見えてるらしい。凄いな。っと、そう言えば。
「アビス、そろそろ落ち着いたかい? 下ろすよ?」
「あ、はい、主様申し訳ございません。主様の魔力に当てられて腰が抜けてしまいました。もう問題ございません」
僕の背後にさっきの事が嘘のようにスラリと立ってお辞儀するアビス。けど、そんなこと関係ないとばかりにグイグイ体を寄せてくるシンシア。
グルルルルッ
妙に積極的だよな。どうした?
そう思ったのが伝わったのか、背後からアビスの声がする。
「あ、主様。そろそろそれを解かれた方が宜しいかと具申致します」
「え?」
「シンシアが盛っているのは、主様の魔力に当てられてるからだと……」
「盛ってる!?」
「はい」
「シンシアが!?」
「はい」
「Oh……」
そう言えば、この神魔力が体に入った時に竜族に、何とかってアナウンスがあったな。肝腎なとこが抜けてるけど、このままだと不味いくらいは僕にも分かる。
【気配察知】にも【魔力感知】にもそれらしきモノは掛からない……な。うん、問題なし。じゃあ、解いちゃうか。
凝縮していた魔力を霧散させるように意識する。
元々体内に在る魔力を外に鎧として纏う訳だから、体内に戻ることはないよな。そんなことを思ってると、2箇所で魔力が吸い込まれていることに気付く。ラクとハクが吸ってるんだ。
『2人とも、それでいいの?』
『『いいのです!』にゃーっ!』
まあ2人が納得してるならそれで良いか。魔力を吸わせて上げるつもりだったし。
「ディーたちの方はどうだった? 何か変わったことは?」
「そうですわね。あのワイバーンの変亜種に乗っていたホブゴブリンが、エルフの姿になってワイバーンから飛び降りてたくらいですわね」
「飛び降りた? この高さから?」
「そうですわ」
「普通に考えれば、飛べなきゃ即死だよね?」
「ですわね」
「裏を返せば、地面に激突しないで済む何かを持っていると考えたほうが良さそうだね」
「何かですの?」
「うん。火の雨を降らせるだけなら飛び降りずに、ワイバーンを引き連れて帰れば済む。それなのに態々《わざわざ》危険を冒してまでここに残った。あるいは残るようにしてる……。何か在ると考えるのが普通だよね?」
「そう言わればそうですわね……」
「あと、あのエルフモドキっていう魔物だけど、自然発生の魔物じゃないからね。一応何があっても可笑しくなから気を抜かないように」
「自然発生じゃない?」
そうなんだ。ドレインで吸ってる最中に眼の前で変身した奴が居たから【鑑定】してみたら、人造魔獣って言う表記があった。
「そう。何処かで人の手で創り出されたってことだね」
「それってつまり……」「「――――」」
ディーの考えてる事は正解だ。ゼロから何かを造る事なんて神でもなきゃ無理だろう。素となる何かがなきゃ何も出来ない。どちらの容姿も取れるということは、恐らくそういう事なんだろうと僕は考えてた。
「どういう経緯で手に入れたのかは分からないけど、2種類の素体、体の深い所で基礎となるものがなきゃあいつらが存在することはないからね。エルフとホブゴブリンが使われてるってことだよ」
「主よ」「主様」
「ん?」
僕の説明を聞いて後ろに控えるダークとアビスから緊張した雰囲気が感じられた。顔がないから表情は分からないけど、真剣さは伝わって来る。
「何処で行われているか我らにも分からぬが、その技術は失われた世界の技術だ」
「その技術の因果で嘗ての世界は1度滅び、妾たちが生まれたのです」
Oh……。また大きなことになりそうな気配だぞ……。
「うむ。あの世界では魔法の力が全てであった。魔法が使えぬ者、魔力が少ない者、魔力がないも者は人として見られず、虐げられて居った。今はそうは呼ばぬのかもしれんが、エルフやドワーフといった妖精族や獣人、人型の魔族を引っ括めて亜人と称して魔力のない者より下位に置いていたのだ」
ダークの説明で想像するのは……。
「それって奴隷?」
「奴隷になれれば亜人は儲けものでございました、主様。多くは家畜と見なされて」
そこで手を上げてアビスの言葉を遮った。これ以上は胸が悪くなる、というか怒りがふつふつと湧いてくる。完全に狂った社会体制だぞ、それ。人族至上主義じゃ生ぬるい。魔道士、もしくは魔術師至上主義ってとこか。
――腐ってやがる。
魔術師以外に人権を認めないなら、他は何しても許されるってことかよ。
「ルイ?」「主様?」「――」
魔術師以外。亜人。人造技術。
何処で、誰が、材料となる亜人たちを調達するんだ?
「っ!?」
そこまで考えて、1つのピースがカチリと嵌った気がした。全体像はまだ見えてこないけど、結構大事なポイントかもしれない。
――僕はそれを知ってる。
大量にエルフたちやラミア、獣人たちを仕入れていた組織を。
「ケルベロス……」
その結論に至った時、優しい月の光に照らされ満天の星空の下で浮かぶ僕の周りの音が消えた――。
◇
▼ リューディア/アスクレピオス/カリナ/ジル/セシリア ▼
同刻。
世界樹の麓にある奥の院において、事態は最悪な状況へと舵を切っていた。
「ちっ。擦れてないが災いしたね。あたしはコズエ様を御守するから此処を動けない。アピスもここに残っておくれ」
「はい」
「カリナとジルとセシリアは攫われた娘たちを出来るだけ助けてくれるかい。奥の院から森の中へ逃げ込まれたらそれ以上追う必要はない。出払った娘たちに任せて帰ってくるんだ。良いね? 深追いをするんじゃないよ?」
「はい」「承知しました」「ぜ、善処しますっ!」
この状況に陥ってしまったのには夜空で繰り広げられていた蹂躙に原因が在る。
運悪く、シンシアとディーの攻撃を辛くも逃げ果せたエルフモドキたちが奥の院に降って来たのだ。エルフモドキからすれば運良く、であろうが……。
ある者は火の雨を掻い潜って、ある者は火の雨が止んだ頃、ある者は混乱に乗じ、浮かぶ檻を巧みに操りながら無防備なエルフの巫女たちに襲い掛かったのである。
一見すればエルフの男にしか見えない彼らは、『男子禁制の斎院に何故男が?』と訝しむ娘たちを手当り次第に己が乗る檻の中へ投げ込み始めたのだ。この檻、態々《わざわざ》檻の扉を開ける必要はない。捕獲を目的とした専用魔道具だけあって能力は秀逸で、檻の格子が外から中へは擦り抜けるのに、中から外へは擦り抜けられないのである。
ご丁寧に魔封じの処置まで施しある所為で檻の中では魔法が使えない。
加えて、エルフモドキたちは見た目はエルフの男のように華奢なのだが、膂力はエルフを遥かに凌駕していたのだ。それ故、瞬く間に檻はエルフの娘たちで溢れかえることになる。勿論、ただ手を拱いて見ていた訳ではないが、如何せん実践不足とこうした非常事態に備えていなかったことが裏目に出てしまったのだ。
もたもたしている間に目的を達成したエルフモドキたちは見事なまでに逃げを打つ。
それを助けるためか、生き残っていたワイバーンの変亜種が家屋を破壊したり、実際に喰い付いて来たりするのだ。それを見かねたエルフの老婦人が、自分にとルイが残していった面々に声を掛けたのである。
リューディアの言葉を受けて3人が弾かれたように駆け出す。
3人の手には何処からか取り出した武器が握られていた。
カリナの手には、彼女の胴幅くらいの大きさしか無い小妖精の弓が。
ジルの手には逆三角の幅広な対称刃を持った、彼女自身の背丈よりも長い長槍が。
セシリアの手には、左右非対称の、それも彼女よりも遥かに重い目方であることが判る巨大な両刃戦斧が握られ、重さを感じさせないかのように肩に乗せられていたのだ。
「【蔦の立像】ッ!」
彼女たちの背後からアピスの詠唱が響き渡る。
間髪入れず、地表に向けてその凶悪な顎を開いて降下して来たワ―バーンの変亜種の体を、何条もの蔦が絡み付き、その巨体を地面に縛り付けたのだった。
「ここは任せていいわよ?」
「「「――」」」
アピスの声は届かなかったが、肩の上でヒラヒラと手を振る彼女の言わんとしたことを察した3人は、駆けながら無言で小さくアピスに向けてお辞儀をし、視線を森の方に向ける。距離はあるものの、まだ何個かの檻が彼女たちの瞳に映っていた。
「先に行きます。【加速】」「えっ、ちょっと!?」「お任せしました!」
3人の中からジルがぐんっと飛び出す。
「ああっ、もう! 何でルイさんの周りにはこんなに出鱈目な女ばっかり居るのよ! 【風乗り】! 【風乗り】! セシリアさんて言ったっけ!? 置いてけぼり喰うよりマシです! 追いますよっ!」
「あ、はいっ! ありがとうございますっ!!」
今のカリナではジルの使った【加速】の魔法は使えない。それだけの実力差があるのだ。だが、カリナも本来は静止した姿勢で詠唱するはずの魔法を、移動しながら失敗もせずに自分とセシリアに掛るという離れ業をやってのけたのである。彼女の非凡さも窺えるというものだ。
「【戦乙女の祝福】」「ええっ!?」「ワルキューレッ!?」
「効果は四半刻です。少しだけ身体能力が底上げされますが、実力と勘違いしないようにお願いします」
「だ、か、ら! 一言多いんですって!」
「でも、カリナさん、ワルキューレですよ!」
ジルの説明にカリナが噛み付くが、ジルの方は意に介したような素振りはない。セシリアに至ってはジルの職業が高位職であることへの驚きで、言葉尻など全く気になっていなかった。
それもそのはず。高位職に至る為には実力と運の両方がないと無理だと言う認識が一般的なのだ。その両方を兼ね備えていて尚、血の滲むような努力の末に到れるのが高位職なのである。その1つがワルキューレという女性だけが就ける職だ。その職に就いている人物が眼の前に居る、気にならない方が可怪しいだろう。
因みに、人族よりも長寿である魔族だったとしても高位職に到れる者は僅からしい。
現にセシリアは戦士系の上位職である重戦士から伸び悩んでいたのである。意識するなと言う方が無理な話だ。
そうこうしている内にあっという間に誘拐犯たちの距離を縮めたジルの姿が霞み、彼女の振るう長槍の逆三角形の刃が月光を反射して煌めいた――。
後まで読んで下さりありがとうございました!
ブックマークやユニークをありがとうございます!
誤字脱字をご指摘ください。
ご意見ご感想もありがとうございます!
“感想が書かれました”って出ると未だにドキッとなってビックリしてしまいますが、力になります!
引き続きご意見やご感想を頂けると嬉しいです!
これからもよろしくお願いします♪