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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第五幕 妖精郷
194/220

第178話 擬態

遅くなり申し訳ありません。

お待たせしました。

まったりお楽しみください。


※2017/10/24:本文区切り表示の調整をしました。

 2018/1/6:本文魔法の詳細について書き換え修正しました。

 

 「こっから本気モードだ」


 漫画やアニメならここで超○イ○人みたいに効果音とエフェクトが出るんだろうけど、流石にそれを求めるのは痛い人だよな。自嘲気味に【魔力感知】の網を広げる。何となくいつもより発光具合が強い気もするけど、まぁいいか。


 【魔力感知】の網に色々と掛かる。居るは居るは、うじゃうじゃと。


 シンシアとディーが右。


 ダークとアビスが左だな。


 「じゃ、中央の美味しいとこをもらうか。む。【漆黒の槍(ジェットランス)】」


 いまだに降り止まない燃える巨岩の1つが頭上で影を作ったから、暗黒魔法で創りだした黒い騎乗槍ランスで粉砕する。ガラガラと降ってくると頭から砕けた岩をかぶったけど、岩の魔法陣が消えてるから実害はない。素通りさ。


 「さてーー」


 僕はこれを機に暖めていた事を実行に移すことにした。


 一般に生霊レイス亡霊レヴナントなど、生身を持たない不死族アンデッドはどの種でも霊体アストラルボディーという体を持つ。それに代表されるユニークスキルが“冥府(めいふ)の手”と呼ばれる生気を吸い取る強制発動スキルだ。


 どういう訳か、僕の場合それがスキルとして細分化され、発動は任意で自由に使える。だったら一度に3種類を使えないにしても、左右の手で1つずつ別個にスキルを発動できるんじゃないか(?)というのが着眼点だ。


 今回は生気エナジーよりも、経験値エクスペリエンスとスキルを吸う。


 どう吸うか。


 「ふむ。デカブツの中に入って両方吸うか……」


 遠くで何頭かバラバラと降下を始めている飛竜ワイバーンも見えた。討ち漏らしは下に任せる。


 空を飛んでいると、轟音と火煙かえんが眼下で上がっているのが見えた。頭上の火の岩も、楽にかわせる程度まで数が減ってきた気がする。


 「よし、やるか」


 見渡すと、変亜種のワイバーンにゴブリンを大きくしたような者がまたがっていた。


 これは……ホブゴブリン?


 ダイアウルフにゴブリンが乗る例は聞いたことあるけど、ホブゴブリンがワイバーンに乗れるのか?


 完全に食物連鎖に逆行してるだろ。


 人間みたいに知能がないと捕まえてらすことなんて出来るはずがない。ゴブリンはダイアウルフの子どもをさらって飼いならすって聞いた記憶がる。というか、そこは後だ。地上に逃がすつもりはないよ。


 「【闇の湖海(ダークレイク)】。【搦め捕る者(アプリヘンダ―)】」


 ここまで時間はあったからね、暗黒魔法も予習済みだ。この2つの魔法は物凄く相性が良い。どちらか1つだけだと大した効果は期待できないけど、コンボで使うとあらビックリ。見渡す限り、黒い擬似水面上で黒い縄に縛り上げられて身動きが取れないって算段だ。


 さて、なるだけ時間を掛けずに吸わせてもらうかな。


 ん? ああ、使った魔法ね、こんなやつさ。


 ◆【搦め捕る者(アプリヘンダ―)】◆

 【分類】暗黒魔法

 【使用可能レベル】99

 【消費Mp】999

 【範囲】術者から半径50m以内。

 【効果】術者が敵意を向ける対象物に、黒い蛇に似た拘束縄が絡みつき、行動を制限する。状態異常は引き起こさない。拘束ホールド判定が発生する。単独召喚の場合、持続時間は10分39秒。 (消費Mp999毎に、拘束縄の数が1本増加する。増加の上限はない。但し、【闇の湖海(ダークレイク)】上で使用した場合に限り、範囲がダークレイクの敷設された範囲に適用される。拘束縄の最伸張距離は50m。範囲内であれば何処からでも発生可能。ダークレイク上で召喚した場合。持続時間は【闇の湖海(ダークレイク)】と同調する)


◆【闇の湖海(ダークレイク)】◆

 【分類】暗黒魔法

 【使用可能レベル】100

 【消費Mp】1000

 【範囲】術者を中心にした半径10mの黒い擬似水面の円

 【効果】敷設範囲内で闇属性の効果・威力の上昇。その上に上がっていたとしても状態異常が引き起こされることはない。潜り抜けることが可能だが、その際盲目判定が発生する。術者よりも強者であれば、光魔法・聖魔法で破壊可能。暗黒属性の魔法で拘束された場合、潜り抜け不可。持続時間は10分(消費Mp1000毎に、効果半径が1mずつ広り、持続時間が9分伸びる。加算し続ければ無限に広げることも可能。但し、上限持続時間100分)


 ガアアアァァァァ――――――ッ!! グギャ! ゲギャギャッ!!


 突っ込んだMpはダークレイク1㎞分で50万、アプリヘンダ―1万本分で1000万。締めて1050万だね。Mpの総量が6400万超えてるからまだ余裕だ。


 まあ、見事に飛んで火に入る夏の虫状態。これ、光魔法か聖魔法じゃないと破壊できないから、燃える岩は波紋を立ててり抜けてるので問題ない。しっかり目標物が拘束できたから遠慮なく吸い尽くす。


 ああ、4人の獲物も横取りしてしまったかな?


 まあそこはご愛嬌だ。


 其処彼処そこかしこで鳴きわめく変亜種のワイバーンとホブゴブリンの声が響き渡っている。


 「【汝の研鑽を我に賜えよエクスペリエンスドレイン】。【汝の力倆を我に賜えよ(スキルドレイン)】」


 手始めに身近な場所で拘束されているワイバーンとホブゴブリンに近づき、吸い取ることにする。明らかに恐怖に彩られた眼を見開き威嚇いかくの声を上げる2頭に手を伸ばしながら、僕は口角を釣り上げていたーー。




             ◇




▼ ギゼラ/コレット ▼


 同刻。


 森の(・・)を滑空するギゼラとコレットの眼には恐ろしいまでの威圧が降り注いでいた。


 「コレット大丈夫?」


 背中から蝙蝠こうもりに似た翼を生え出させたコレットに脇を抱えられるギゼラが、見上げながら問い掛けた。かなりの速度で飛んでいるのか、ギゼラの長い髪が下がること無く波のようになびいている。


 「は、はい。ルイ様の血を頂いてなければ耐えれなかったかもしれません」


 「分かるわ。この数カ月、ルイ様も研鑽けんさんを怠らなかったということね」


 「既に、かなう者も居ないのでは?」


 「そう思いたいけど、ルイ様があそこまでの力を持たれるに至ったということには何かあったんだと思うの……」


 「ーー」


 ギゼラの言葉にコレットは言葉に詰まる。自分たちも人外であり、自惚うぬぼれでなければ魔族の中でも上位に居ると自負している。吸血鬼ヴァンパイアという種はそもそもが上位種なのだから。


 それが、ルイの血を得て眷属になることで更なる高みに到達し、更に次の階段を上がろうとしている。それは、吸血鬼ヴァンパイアの社会において貴族級の力を持つことを意味した。


 ーー“青い血”。


 これは人間の貴族社会にも言えることだが、貴族は基本的に室内を好む。ゆえに一般大衆より肌が白くより血管の青さ(・・・)が際立つようになる。悪く言えば生活習慣の弊害だ。しかし貴族はそこを履き違え、その青さを誇らしげに換喩かんゆして、貴族=“青い血(ブルーブラッド)”と称すようになったという。


 ヴァンパイア社会もまたしかり。


 元々不死族特有の青白い肌を有するヴァンパイアたちも、自分たちの餌として人族の知識も有する。


 それもそのはず。おのが魔術の研鑽で不死に至る道に辿たどり着き、血を分け与えられること無く吸血鬼へと至った者は“真祖しんそ”と呼ばれ、特別な力を有するようになるのだ。当然、人族の貴族でありながら爪弾つまはじきされて魔術に生涯を費やした者も存在する。


 そうしたやからから、“青い血(ブルーブラッド)”という考えが“真祖”たちの間に広まるのも無理からぬことだろう。上位種としての倨傲心きょごうしんくすぐられたのだ。


 くして彼らは自分たちを“青い血をもつ吸血鬼貴族ブルーヴァンパイア”と、称するようになる。


 このブルーヴァンパイアと呼ばれる貴族階級が、彼らの社会で影響力を持つまでさして時間はかからなかった。力が全ての社会構成で、力を認められた者が力の大きさの基準(ものさし)として爵位を賜るのだから。「誰から?」と言う問いには「恐らく(・・・・)王が居るのだろう」と曖昧な答えしか得ることが出来ない。裏返せば、自ら王と称せる程に力を持つ者が居るということか……。いずれにせよ、秘匿ひとくされ閉鎖された社会なのだろう。


 そして、エリザベス(リーゼ)の家は零落おちぶれたとは言え、ブラッドベリ伯爵家(・・・・・)。その使用人であるコレットは当然伯爵家に連なる血を持っている。弱かろうはずがないのだ。


 そこから高みが目指せるということは、多くを語らなくても察することが出来るだろう。


 その自分が遥か遠くに居るルイの威圧におののいた、とコレットは言ったのだ。ルイの力がどれ程のものに至っているのがよく分かる。


 その思いを察したのか、ギゼラはコレットを諭すと微笑むのであった。


 「でも今はルイ様の命に集中しましょう。ほら、何騎か降りて来てるのが居るわ。【浮遊フロート】だけじゃダメね。コレットの負担になるわ。【飛翔フライ】。これで行きましょう」


 ギゼラの全身が淡く発光する。と同時にコレットは自分の手に伝わってくる重さが更に軽減されたことに気付くのだった。


 「そうですね。ギゼラ様。旦那様の為に(・・・・・・・・・)


 「ふふふ。そうね、旦那様の為に。それと、いい加減“様”を外してくれてもいいのよ?」


 速度を上げるコレットを見上げて嬉しそうに微笑ほほえむギゼラ。かなり離れた場所へ燃える火の岩が降って来、轟音と爆炎を上げ始める。


 コズエと名乗った半透明のエルフが結界を解いたのだろう。


 「申し訳ありません。こればかりはもうしばらく時間を頂きませんと……」


 「そう言い出してから随分時間が経ってる気きゃあっ!?」


 コレットの言い訳に不平を口にするのだったが、急に進む方向が変わったために短く悲鳴を上げる。


 「少し飛ばします!」「もうっ!」


 速度を上げると言う前に、そうなってる状態をギゼラは頬を膨らませて抗議するのだったが、それも一瞬で、顔に張り付く自分の髪を払いながら何故か嬉しそうに遥か上空へ視線を向けているのであったーー。




             ◇




▼ セシリア ▼


 同刻。


 世界樹のふもとで、セシリアは震える己の身体を両腕で抱き締めて立っているのがやっとだった。


 「な、な、な、何なのですか、あの魔力はーー」


 自分が何を口走っているのかも分からないまま、その双眸そうぼうは夜空の一角を凝視しているのだ。その場にリューディアやアピスたちが居なければ恐慌状態に陥っていたかもしれない、とセシリアは己を冷静に分析している自分自身にも驚いていた。


 「あれがルイ様さ。あたしも本気になった処を見たのは初めてだけどね」


 「そんな……そんな……」


 セリシアの口からはうなされているかのように同じ言葉しか出ていない。チラッと横目で見たリューディアだったが、何も言わず肩をすくめるのだった。


 実の所、セシリアはエレクタニアにて滞在している際、侍女たちや屋敷の周りに住む使用人とおぼしき面々からルイの事を色々と聞き出していたのだ。彼女たち、また彼らが口を揃えて言うには、変な気を起こすなの1点張り。


 本人は魔王を避けて事勿ことなかれ主義を貫こうとしているが、実は魔王よりも凶悪だとのたまうのだ。


 しかし、話に聞くだけではそこまで想像できるはずもなく、実際に本人を眼の前にしても初対面という範囲での緊張を感じたくらいで終わってたのである。何処にそんなおそれなければならない力があるのか、といぶかしがったのだが、自分の見立が如何いかにに甘かったかを突付けられてしまったのだ。


 セシリアは絶望が口から出そうになるのを何とか堪える。


 「ーー」


 只、天空で繰り広げられている闇魔法が蹂躙する魔法の気配におののくことしか出来ないで居る自分を、歯痒はがゆくも思い、知らずに下唇をんでいたーー。




             ◇




▼ シンシア/ディード(ディー)


 同刻。


 「ふふふ。これが本気のルイ様の威圧。ゾクゾクしますわ」


 宮廷楽師たちの演奏を指揮する者のように、黒竜シンシアの背に立って優雅に手を振るうディードは込み上げる歓喜に打ち震えていた。


 グルルル


 ディードの言葉に呼応するように黒竜シンシアも喉を鳴らす。


 優雅に天空を舞う彼女たちの姿とは対象的に、悪食あくじきと呼ばれるワイバーンの変亜種と、それにまたがるホブゴブリンたちは、彼女たちと擦れ違う度に輪切りにされ、肉塊にくかいと化していたのだ。


 ーー斬糸ざんし


 緋蜘蛛スカーレットシュピンネであったディードはルイの眷属になった時、人の姿を強く望んだ。結果として、己の願望を叶える姿を手に入れたディード。しかし、元々の能力を失った訳ではなく、糸を生成する能力も有するに至る。これによって、貴重な素材“蜘蛛の絹糸(スパイダーシルク)”がエレクタニアにもたらされたのであるが、彼女が秘匿していた武器がこれだ。


 ルイはラノベの知識から、その存在を出逢ってさほど時間が立ってない時に言い当てたのだが、ディードの武器は彼女がルイの眷属になって更に強度と鋭さを増すことになる。魔力を糸にまとわせることで、切れないモノは無いのではないかと思わせる程だ。


 彼女より下位のワイバーンやホブゴブリンが抗し得るはずがない。


 それだけでなく、黒竜シンシアの身体から染み出すように放たれる闇魔法によって、身体に穴を穿うがたれ屠られていたのである。まさに、ルイの望む殲滅せんめつがそこにあった。


 「あら、面白いことするのですわね?」


 ディードと黒竜シンシアの眼に、ワイバーンの背から次々と飛び降りるホブゴブリンたちの姿が映る。


 ーー自殺?


 すべもなく切り刻まれ、命を散らすよりは少しでもという希望にすがったのだろうか。だが、高度はとても飛び降りて助かると安易に言えるものではない。世界樹の麓で燃える松明の光など全く見えない高さなのだ。ゆえに、彼らの行動は奇異に見え、違和感を彼女たちに与えた。そこへーー。


 「「!?」」


 黒い波打つ水面のような存在が広がり、水面上空で滑空するワイバーンや飛び降りたホブゴブリンたちを蛇のような姿をした黒い縄がからめ取り始めたではないか。


 眼下で広がる不自然な光景を眼にした2人はすぐに察する。


 ああ、急がなければ獲物がなくなるな、とーー。


 ガァァァァァァァ――ッ!


 まるで合図のように黒竜シンシアが大きく吼えたかと思うと、夜空に黒竜の息吹(ブレス)が吐き出される。黒竜ブラックドラゴンよりも1つ格が高い、漆黒竜ジェットブラックドラゴンのブレスだ。その一吹ひとふきで、数騎が消し炭になり眼下へ落ちていく。


 「「!?」」


 降って来るしかばねと燃える岩を避け、直ちに上空のワイバーンたちを追うべく身をひるがえした黒竜シンシアたちの視界の片隅でそれは起きた。


 上昇する自分たちを尻目に、落下するホブゴブリンと視線が合ったのだ。2人の視線に気付いたホブゴブリンがニヤリと口角をゆがめる。黒竜シンシアとディードにしてみれば、ホブゴブリンなど取るに足らぬ存在、1個体に気を留める必要など感じないのだが……。


 次の瞬間、2人は今が戦闘中であることを一時忘れるほど驚き、その変化に瞠目どうもくする。


 ブレスを避ける為に自ら飛び降りたホブゴブリンの姿がしぼんでいき、エルフへと姿を変えたのだ。暗がりで肌の色までは確認できないが、あり得ない変化であった。


 と同時に、今しがた感じていた違和感の正体に気が付く。


 あれは自殺ではなく、森へ紛れるための擬態だったのだとーー。




             ◇




魔猿の魔王(ガウディーノ)/妻たち ▼


 同刻。


 さざなみの打ち寄せる音がガレオン船の甲板かんぱんで仁王立ちになる美丈夫びじょうふ耳朶じだを打つ。その瞳には遠くに降り注ぐ火の雨が映し出されていた。


 この光景をにらむように眉間にしわを寄せる美丈夫の元へ、エルフの美女たちが駆け寄ってくるではないか。


 「陛下。あれは……?」


 「都は無事でしょうか?」


 「これはっ!? 旦那様、結界が消えてます!?」


 「旦那様! 海の方から何か来ます!」


 美丈夫へすがり付くように、4人のエルフの美女たちが異変を口にする。彼女たちを一瞥いちべつすると、美丈夫はきびすを返し、船内へ入る階段へ向かって歩き始めるのだった。


 「ちっ。どうやらここに居座っておいて正解だったようだな。戦支度いくさじたくをする。の方らも迂闊うかつに甲板の際に寄らぬようにな。海にも何が居るか分からんぞ」


 己の後ろに控える4人に肩越しに振り返って告げると美丈夫は船室へと姿を消す。


 「「「「承知いたしました」」」」


 その姿を見送った4人は顔を見合わせてうなずくと、そろって船尾に向けて駆け出すのだった。船首は港町側に向いており、船尾が海の方に向いて無防備なのだ。


 「船尾楼せんびろうへ! エミー、フレイチェ、イダは着いたらすぐに【風盾ウインドシールド】を重ねがけで展開!」


 「「「分かりました! マリアネ姉様!」」」


 「わたしは檣楼しょうろうへ上がります!」


 一番年長であろうエルフの美女が、背まである癖のない金髪をなびかせて船尾に一番近いマストに手を掛ける。3人が船尾に向かうのを確認して、マリアネと呼ばれたエルフは、マストの中程にある半円板の見張り台に向かうのだった。


 「「「風よ、我らを核に半円の盾となれ! 【風盾ウインドシールド】!」」」


 マリアネが檣楼に上がった時に、船尾の向こう側に3重の障壁が展開されるのが判った。間に合った、と胸を撫で下ろしつつも、自らもやるべき事に集中する。


 「風よ、集いて渦巻け。渦巻いて、襲い来る悪意を弾け! 【風壁ウインドウォール】!」


 敵意が船尾から来るのであれば、マストを守らなければならない。それがマリアネの出した結論だった。魔道船であるこのガレオン船も所詮は船の域からはでない構造体だ。普通の船より少し強度があるくらいで、何でも弾き返すような魔法障壁があるわけでもない。


 魔法を展開したマリアネは檣楼に備えてあるロープで己の腰を縛る。衝撃で転落しないためだ。


 「姉様!」


 「あなたたちは船尾楼から降りなさい! マストの下で左右を見てちょうだい!」


 「「「はい!」」」


 3人の返事と時を同じくして、海から飛来する影が視界に入ってくる。


 「あれは……飛竜ワイバーン? 何か乗ってる? 嘘……」


 エルフたちの間でもワイバーンは知能のない亜竜ありゅうとして知られていた。つまり、飼いならすことなど出来ない魔獣という認識だ。ゆえに、ワイバーンに騎乗する者が居るなどと露程つゆほども思わなかったのである。


 しかし現実は違う。そのワイバーンに騎乗した何者かがこちらに向かって来ているのだ。


 「敵襲ッ! ぶつかって来るかもしれないから海に落とされないように!」


 「「「はい!」」」


 飛竜と呼ばれるだけあって、ワイバーンの飛行速度は早い。遠目に輪郭が見えていたそれが、気が付くと頭上にまで来たではないか。通り過ぎる3騎のワイバーンから人影が1つ船に飛び降りるのが見えた。


 「「「「っ!!」」」」


 アリアナは慌ててロープを解き、マストから飛び降りる。甲板に発つ存在が信じられなかったのだ。


 「嘘でしょ」「何でエルフが……」「嘘ッ」「でも肌が……?」


 甲板に悠然と立つその姿は、まごうことなきエルフの男であった。月光に照らし出されるその姿に息をむ4人。同族だと安心して安易に近づかないで居れたのは、湧き上がる違和感が警鐘けいしょうを鳴らしていたからだ。


 「ーー」


 エルフの男はキョロキョロと辺りを見回し、4人の姿を認めるとニィッと口角を上げる。そしておもむろに腰に手を回して何かを探すと頭上にそれを放り投げたのだ。


 ーーおり


 現れたのは1本の鎖を床下から垂らす、宙に浮く大きな檻であった。


 ゾワリと肌が粟立つのを4人は感じる。


 「あいつは危険よ。正面には絶対に回らないように」


 「「「ーー」」」


 だが、そのまま何もせずに危険なやからを放置するという選択肢は彼女たちにはない。自分たちの夫が来るまでの間、被害を最小限に抑え、足止めする。それが自分たちの役割だと理解しているのだ。しかしーー。


 「ーー」


 「「「「えっ!? きゃあっ!?」」」」


 一瞬にして間を詰められた4人は、軽く手をひねられただけで宙に舞ったのだ。まさに手も足も出ない、とはこのことだろう。


 ガシャンッ


 同時に耳障りな金属音が4人の耳朶じだを打つ。てのひらから伝わる鉄の冷たさで、自分たちがさっきまで浮いていた折の中に囚われているのだと気が付くのであった。


 「「「「っ!?」」」」「ーー」


 その様子をエルフの男はニィッと口角をゆがめ、声もなく笑うのだった。ひどく淀んだ眼が4人を舐めるように見詰める。そして何も告げること無く、ジャラリと鎖を引いて甲板を物色し始めたではないか。


 「お前は何者だ? エルフが何故同族をかどわかすのです!?」


 「……」


 アリアナの問いに答えること無く男は船室へと続く階段に足を掛けるのだったがーー。


 「ガッヒュッ」


 胸を背中から貫く巨大な鎌のような刃に瞠若どうじゃくし、喀血かっけつする。


 貫く時に切られたのであろう左腕が床に転がり、鉄錆てつさびの様な香りが周囲を満たした。


 痛みよりも前に、恐怖が男の足をその場に縛り付ける。恐る恐る向ける視線の先に闇が揺らめいているかのように錯覚させる程の殺気をまとった美丈夫が、鎌剣ハルパーを握って立っているではないか。その口から恐ろしく冷めた声が紡ぎ出されたーー。


 「おい、俺の嫁に何しやがった」




             ◇




眼無し(オクルス)を駆る白銀の騎士 ▼


 同刻。


 紫黒色しこくいろの鱗に覆われた一際大きな眼無し(オクルス)に跨る白銀の全身鎧フルプレートアーマーに身を包んだ騎士は、怒りと恐れで身を震わせていた。


 「なんなんだよ……。なんなんだよ、あいつは! 聞いてない! あんな出鱈目でたらめな奴が居るなんて聞いてないぞ! クソクソクソッ! これじゃ、このままじゃ玩具おもちゃが手に入らないじゃないか!」


 男声とも女声とも取れるくぐもった声が面覆い(フェイスガード)の奥から吐き出される。


 眼下では闇属性の範囲魔法が展開され、引き連れてきた多くの眼無し(オクルス)エルフモドキ(・・・・・・)と共に行動不能にされ、止めを刺されていたのだ。


 騎士の視線の先に居るのは、銀色の残光で後ろに筋を引く正体不明の存在。


 ゾクリッ


 だが、突然の悪寒に騎士の思考が止まる。


 ーー眼が合った。こちらを見上げたバケモノと眼が合ってしまったのだ。


 「不味まずい、不味いまずい不味いっ! 撤退だ! ジジイどもに何を言われても構うもんか! 命あっての物種ものだねだ! 逃げるぞ! 帰るぞっ!! 行けっ! 飛べっ! 早くっ!!!」


 そう思った瞬間、騎士の行動は早かった。恥も外聞もなく、逃げの一手を打ったのだ。己の駆るオクルスの腹を乱暴に蹴り上げ、手綱を引く白銀の騎士。


 グルルルルルルル


 オクルスも下からの圧力に気付いたのか、その動きに慌ただしく呼応して旋回を始めるのだった。その背後から掛けられた、その場には居ないはずの男声が1頭と1人の心臓を鷲掴わしづかみにする。いな、本人たちからすればそう感じたということだ。


 「何処へ行くつもりだい?」


 「ひぃっっっ!!」




            ◇




 3分の1くらいは吸い取っただろうか。


 そんなことを考えながら、今や作業と化したドレインを続ける。


 「【汝の研鑽を我に賜えよエクスペリエンスドレイン】。【汝の力倆を我に賜えよ(スキルドレイン)】。ん?」


 周りで威嚇いかくや怒りのえ声が上がる中、ふと視線に気付いた。


 【気配察知】や【魔力感知】の枠よりかなり離れた所からのものだね。範囲内の気配は全て押さえてるから、そこに居ないモノには逆に敏感になるよな。それが上から来たんだ。


 見上げると、視線が合ったのが判った。


 ーーへえ。


 思わず笑みがこぼれてしまう。


 「【影遁の門(シャドウ・ゲート)】」


 日中であれば使いどころが難しいこの闇魔法。洞窟内や夜は抜群に相性が良い。


 目視は出来た。あの辺りの影を探せば問題ない。


 僕はとぷんっと黒い擬似水面に沈み込み、出口を探す。


 案の定、あの付近にある影は1つだけだ。


 影から出ると、一際大きな眼無し(オクルス)に跨る白銀の全身鎧フルプレートアーマーに身を包んだ騎士が背中を見せているところだった。問答無用で手を下せば良いものの、何を思ったのか声を掛けていた。


 「何処へ行くつもりだい?」


 「ひぃっっっ!!」


 「色々と聞きたいからね。そう簡単には逃がすつもりはないよ。【闇しば(ダークネスバ)】」「【極光ライトノヴァ】!!」


 その瞬間、僕の周りが白色に染められたーー。







後まで読んで下さりありがとうございました!


ブックマークやユニークをありがとうございます!


誤字脱字をご指摘ください。


ご意見ご感想もありがとうございます!

“感想が書かれました”って出ると未だにドキッとなってビックリしてしまいますが、力になります!

引き続きご意見やご感想を頂けると嬉しいです!


これからもよろしくお願いします♪

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