第177話 悪食再び
お待たして申し訳ありません。
まったりお楽しみ下さい。
時は少し遡る。
黒死病に関係する最後の聚落を【浄化】し、世界樹の麓に向けて飛び立った黒竜に抱えられて遊覧飛行を楽しむルイたちを他所に、シムレムより南下した蒼天は風雲急を告げていた。
ーー南天を覆う黒い雨雲。
否。
眼を凝らすと、それが羽撃く大小様々な飛竜の群れであることに瞠目する。
ワイバーンが群れて飛ぶと言っても精々《せいぜい》十数頭だ。
だがーー。
だが、陽の光を遮るように一塊の編隊を組み飛行するその様は、一言、異様であった。
全てのワイバーンに大型の魔族が武装して騎乗している。草色の肌で、下牙が口の外にはみ出しているその風貌は、何処となくゴブリンを連想させた。だが、彼らはゴブリンではなく、大きく進化したホブゴブリンだ。
知能も高くないゴブリンの上位種が天空でワイバーンを駆っている。彼らを侮るものが居れば口を揃えて言ったに違いない。「何かの見間違いだ」とーー。
しかし彼らの出で立ちは、物見遊山の格好ではない。戦支度が整った姿だ。その多くは背に屶を思わせる分厚い剣を背負っている。鞍に跨がり、手綱を握り、厚手の革鎧で身を覆った益荒男たちのその瞳は……黒く濁っていたーー。
飛竜。
竜族と混同されがちな種であるが、爬虫類綱、有翼鱗目、亜竜亜目、飛竜科、飛竜属、飛竜となる。
実際の竜は、竜亜目なので、この時点で生物分類としての根が違う。
ナハトアの従者となっている黒竜を例に上げれば、爬虫類綱、有翼鱗目、竜亜目、竜科、黒竜属、黒竜となる。故に、竜たちよりも体が小さいのも自然の摂理といえよう。
小さいと言っても、翼を広げた幅が凡そ12間《22m》、頭の先から尾の先まで凡そ5間《9m》もある。個体によっては竜に並ぶほど大きく成長するものもいるのだ。現に、群れの中にも大型のワイバーンの姿が無数に見受けられる。平均だが、大型のワイバーンは翼を広げた幅が凡そ19間《35m》、頭の先から尾の先まで凡そ10間《18m》もある姿を見ると、慄かずにはいられまい。
竜族もそうだが、ワイバーンの中には鱗の色が異なる個体も見受けられる。赤、青、黒、緑と様々だ。
そうした個体はどれも大型であり、竜を思わせる風格を漂わせる。だが、その個体をワイバーンたらしめているのはその蛇に似たお尾の存在であろう。ワイバーンの尾の先には例外なく、猛毒の毒袋を持つ反しの付いた鏃のような棘があるのだ。
更に、どのワイバーンも鰐のように顔が平たく、いずれの個体も眼が無かったーー。
あるのは一角獣を思わせる、額から突き出た1本の角だ。
その姿はーーそう、西テイルヘナ大陸北部にあるサフィーロ王国の王都に襲来した、あの眼無しと名付けられたワイバーンの変亜種ではないか。またの名を悪食ーー。
御し得ないと思われていた存在に、ホブゴブリンが跨るという異様な組み合わせは明らかに不自然であり、何者かが作為的にこの群れを送り込んできたと考えるのが妥当であろう。
その仮説を裏付ける証拠だが、群れの近くにあった。
一際大きな眼無しに跨る白銀の全身鎧に身を包んだ騎士が、群れの上でただ1騎飛んでいたのだ。そのオクルスは明らかに他のワイバーンたちよりも巨躯であり、ワイバーンらしからぬ姿をしていたのである。
まず、尾の先に棘がない。
全身が紫黒色の鱗に覆われている。
前足が翼と一体化しておらず、四肢がある。
そして翼が2対、4翼ーー。
これは天竜の特徴だ。そう、嘗てルイたちが砂漠の地下遺跡で遭った、シンシアとヴィルヘルムの叔母のドロテアがこの天竜であったはず。だが、天球を悠然と飛ぶこの天竜に眼は無く、あるのは眉間の位置から大きく太く尖った1本の角だけだ。
「ふ〜ん……あれがシムレムね。全く、人使いが荒い連中だよ。折角玩具が壊れるまで遊ぼうと思ってたのに……。まあ、いいか。新しい玩具も今回連れて帰った中から優先的に貰えるし。怒られない程度にやろっかな」
フルプレートアーマーの兜の奥から男声とも女声とも判断がつかない独り言が零れる。兜の両側頭部から水牛を思わせる横に伸びる形の良い角が印象的だが、重量はかなりのものになるだろう。それを支えることが出来る首の力を思うと男なだろうか……。
鎧の胸甲部分は女性のラインを模ったものではなく、古来よりある緩やかな曲線を描いたものだ。故に、体型から判断もつかない。ただ、言葉の端々から幼さを感じることからも、騎士はまだ若者なのだろうと思う外はなかった。
騎士の視線の先には、沈みゆく太陽と太陽を背にした巨大な世界樹の輪郭。そして豊かな森を有する大地が広がってる。
「ふふふ。さて、強力な結界で守られているって聞いたけど、何処までメテオモドキの豪雨に耐えれるかな? 陽が落ちるまでにシムレムの上空に移動するよ!」
騎士の声が天空に響き渡ると眼無しの群れは速度を増し、沈みゆく太陽目掛けて羽撃くのであったーー。
◇
四半刻後、とっぷり日が暮れ夜の帳が天空に張り伸ばされた頃、眼下にシムレムの広大な森林を望みながら雲の上を眼無しの群れが飛来していた。
先頭を飛ぶ一際大きい四翼のオクルスに跨る白銀の騎士が右腕を掲げると、月光を反射して装甲がキラリと光る。
「アイテムバックに入れて持って来た岩を全部落とせ! 落とし終えた奴から降下して捕獲を始めるよ! 擬態を忘れないように! 檻に入れて良いのは、女と子どもだけだよ! 一杯になったら東の湾を目指すように! 悪食どもは男を喰らえ!」
ウゴォォォォォ――ッ!! グガアアァァァァ――――ッ!!
一斉に吼えたホブゴブリンたちとオクルスたちの雄叫びが空を震えす。
半月を映し出すホブゴブリンたちの眼に狂気が宿るように濁りが消え失せた。
「散開ッ!」
白銀の騎士の腕が振り下ろされると、密集していた群体が扇状にシムレム上空に広がって行くではないか。
次の瞬間!
幾十ものオクルスたちの脇から燃え盛る巨大な岩が、幾条もの尾を引きながら眼下に墜ちていったのだーー。
◇
「これは、侵略だ!!」
赤く燃え盛る魔法の炎を纏った巨石群がシムレムの夜空を一変させる。宛ら火の雨のように幾十も降り注いできたんだ。つい叫んでしまう。
「「「「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」」」」
僕の声に皆も身構えたけど、どうしようもない。見上げて事態を推移を見守るだけだ。いや、あの燃える岩だけじゃないぞ。
「ドラゴン? ワイバーン? 判らないけど、翼がある大型の生き物が来る! まだ【鑑定】できる距離にないんだ。今は、この隕石モドキをどうにかしないと死人が出れだけ出るかーーは? 弾いたっ!? 嘘でしょ!?」
注意を促した瞬間だった。半円形のドーム状の結界に阻まれた燃える岩がドガンっと派手な音を立てながら砕け散り、結界の縁を滑り落ちていくじゃないか。1つや2つじゃない。幾十もだ。その1つ1つが異常な大きさの岩とくれば、その結界の強度がどれ程かが判るってものさ。
「「「「「「「「「「えっーー」」」」」」」」」」
実際に、この結界の存在を知らなかった僕らは眼を瞠るしかない。結界なんかあると思ってないから、そのまま地面に突き刺さるって思ってたんだ。
この結界があれば、凌げーー
「ウグッ」
「えっ!?」
そう思った矢先だった。僕に似た半透明の梢さんが急に胸を抑えて苦しみだしたじゃないか。
どうした? 何があった?
「コズエ様! 如何なさいましたか!?」
慌ててリューディアが駆け寄る。うん、只事じゃないらしい。まだ、空から火の雨が降ってるんだ。気なんか抜けるわけがない。今出来ることをしておく。
「リューディアとジル、アピス、セシリアさんはここで皆の安全を図って貰えるかい?」
「「「畏まりました」」」「は、はい!」
「シンシアとディーは空へ遊撃だ。僕も背中に乗って行く」
「「承知しました」わ」
「カティナとリーゼ、ギゼラとコレットは2人1人組でここ以外の敵襲に対応してくれるかい?」
「うん、分かった」「分かったわ」「「承知しました」」
「梢さん、大丈夫?」
苦しそうな梢さんを見ても何もすることは出来ない。というのもこっそり【鑑定】で見たけど状態異常じゃないんだ。傷もない。Hpも減ってない。なのに苦しんでるってどういうこと?
それに心做し体の透け具合が強くなってるんじゃ……?
その間にも、燃える岩の雨は続いてる。それが見えるのはここだけじゃなく、シムレム全域だろうから皆が不安になるよな。
「九さん、こんな時に虫の良い話もなんですが……同郷の好で助けて頂けませんか? このシムレムの結界はわたしと世界樹の力なんです。なので、攻撃を受ければ受けるほど力が消費されてーー」
「最後には梢さんが消えてしまうってこと?」
「ーー」
コクリと無言で肯く梢さんを見て思わず天を仰いでしまった。マジかよ。都合よく万能な結界じゃなかったってことか。
チラッとナハトアやカリナ、ゾフィーを見ると両手を胸の前で組んでお願いポーズだ。いや、お祈りポーズというのか?
はぁ。そもそも祭りのために連れて戻ったんだから、祭りが出来なきゃここまで来た意味がないだろうに。自主的にするのは苦にならないんだけど、こう、お願いされてっていうのがな。我ながら面倒臭い性格だよ。ほんと。
「はぁ……。折角のお祭り気分に水を差されたんだ。報いは受けてもらわないとな。ヴィル、ルル。出てこれるかい?」
「無論」「御傍に」「え、ちょっ、何勝手に出てきてーー」
本来は従者契約してるナハトアが上位者なんだろう。良く分からないけど、彼からは勝手に召喚具から出入りしているから、呼んでみた。問題なく、漆黒の甲冑に身を包んだ美丈夫と、癖のない濡羽色の髪を腰まで伸ばした妖艶な美女が現れる。美女の下半身は蛇のような、竜のような尾だ。
「2人はナハトアを連れて、ルルとゾフィーの郷に向かってもらえるかい? そっちの防衛というか撃退を任せたいんだ」
「承知」「願っても無いことでございます」「えっ、わたしに選択権はーー」「ルイ様、わたしも行きたいです!」
ヴィルとルルは快諾。ナハトアは従者と離れると色々まずそうだから有無を言わさず。ゾフィーは仕方ないかな。
「そうだね。ゾフィーは郷に戻って皆を安心させて上げると良い。何が起きるか分からないから、ナハトアもゾフィーと一緒に動くこと」
「はい!」「わ、分かりました」「わたしは……」
肯くゾフィーとナハトア。カリナは後。薄くなっている梢さんに向き直って提案してみる事にした。
「梢さん」
「は、はい!」
結界を張るということは簡単じゃないはず。それを島全体に広げるってことは何かしらカラクリがあることは判る。世界樹が関係してるんだろうけど、そこは知ったからと言ってどうにかなる問題じゃないだろうから棚上げだ。問題はーー。
「このまま結界を維持してると不味いですよね? 無しにするのも怖いけど……。森はこの際諦めるとして、町や村だけでも結界を張るくらいはできそうですか?」
縮小できるかどうか。飛行体が燃える火の岩を抱えたまま飛ぶなんて自殺行為は、100%あり得ない。それに乗ってる者の仕業だ。岩を落とした後、「はい、さよなら!」ってこともある訳がない。
「ーーそれくらいならいけるわ。一度全体を解除して張り直すから、少し時間が要るけど……」
「どれくらいですか?」
「……2時間?」
時間がかかり過ぎる。
「じゃあ、このドーム状の結界を平べったく出来ますか? 森の高さくらいまで」
「無理ね。この結界は世界樹を中心に張るものだから、どうしても山なりになるの。山の高さを低くはできるけど、それをすると結界で守られるのはここだけになるわ」
ーーそういうことか。世界樹を中心にした結界。張り直すということは、町や村の下に伸びてる根を起点にするってことだ。それなら小規模な結界が張れる。
「それにしても、どれだけ岩に加工して持って来たんだよ……」
止むことのない燃える火の岩の雨を見ながら思わず呻いてしまった。結界が消えるってことはこの岩がもろ頭の上に降ってくるってことだ。死者の数が跳ね上がる。けど、このままだとジリ貧で、結局、梢さんや世界樹へのダメージも計り知れない……。
どのタイミングで結界を解く!?
「どの道、敵の弾が切れるまで待ってると梢さんが消えてしまいいます。多少とは言いませんが、それなりの被害を覚悟の上で結界を解かなければ、これまで守ってきたものまで意味をなくしてしまいます。どのタイミングで解くかはお任せしますが、エルフたちも守られてばかりではダメだと気付くはずです」
「ーーーー」
少し説教じみた事を言ったけど仕方ない。綺麗な眉を顰める梢さん。誰かがしなきゃいけない決定だけど、それが出来るのは梢さんだよな。シムレムの政がどんな形態なのかは知らないけど、世界樹の意思には逆らわないでしょ。背に腹は変えられないし……。と思っていると横合いからーー。
「ルイ様、郷に向かいます!」「行って参ります」
黒竜の背に乗ったゾフィーとルルから声が掛かる。ナハトアは渋々と言った感じだ。頑張れ。ヴィルとルルが居れば少々のことは力技で解決できる。
「頼んだ!」
僕の言葉を待っていた訳じゃなかったようで、返事を返したタイミングで羽撃きで起きた風と砂埃に皆の悲鳴が呑まれた。やれやれ。相変わらず空気を読まない男だな。もう少し離れて飛べば違ったんだろうに。なんて考えてるとーー。
キィィィイィィイィィィ――――ン
「「「「「「「「「「「キャアッ!?」」」」」」」」」」」
高周波のような音波が幾重にも地面に反射して空へ戻っていったんだ。何だ!?
あまりの高音で耳をやられたのか、皆が耳を抑えている。ヴィルたちは飛び立った後だ。音響航法 《ソナー》みたいなものか?
ーーいや、待て。何で空からソナーが降ってくるだ?
「【治癒の雨】。皆大丈夫? 何か嫌な感じがするんだけど……」
一先ず、耳をやられていたらいけないのでここに居る皆を癒やしておく。ふと厳しい表情になったシンシアと眼が合った。何か知ってそうな表情だな。
「ルイ様、最悪だ」
「シンシア?」
こっちから聞く前にシンシアが口を開いた。知ってるらしい。それも悪い情報で間違いなさそうだぞ。
「これは悪食の常套手段だ」
あくじき? 何でも喰う意味の悪食かな?
「常套手段てことは、シンシアは今の音を出した奴と戦ったことがあるってこと?」
「うむ。正しい名前は知らん。我々の間ではヤツのことを悪食と呼んでいるのだ。飛竜の変亜種だと思えばいいが、奴らには眼がない」
「天敵?」
「いや、奴らが存在する周辺は根こそぎ生在る者が喰われるのだ。生きるための狩りは我らとて行うが奴らは際限がない。被害が広がる前に駆逐するのが竜種としての我らの責務なのだ」
へぇ。竜の矜持というか、責務というか初めて聞いたな。それにしても厄介な奴だって事は判る。でもーー。
「今回はそいつらに乗ってる奴が居る。そういう性格のワイバーンなのに誰かを乗せれるものなの?」
「いや、奴らに騎乗するなどあり得ない。そもそも飼い慣らされるはずがないのだ」
「……現実は直視しないといけなさそうだな。誰かに操られてるかどうかは別として、その悪食に乗って燃える岩を落としてる奴が居る。岩がなくなれば間違いなく別の行動に出るはず。結界が解けてから迎撃するのは完全に後手だからこっちから手を出したいところだけど……」
そう思って再度梢さんに視線を向ける。色々と考えることもあるんだろけど、僕の視線に気付いて顔を上げてくれた。
「……何か?」
「結界のことはもう梢さんに丸投げするけど、結界から外に向けて攻撃を打つことは可能なのかな?」
「はい、問題ありません。自衛の性質の強い結界なので、外からの攻撃は弾き、内側からの攻撃は避けるようになってますから」
流石剣と魔法の世界! 何でもありなんだな! 思わず感心してしまった。
……いや、そうでもないのか?
でも球状の結界がシャボン膜みたいなものだと仮定すれば、膜を引っ張る力のおかげで球の内部の圧力が若干、大気圧より高くなる。つまり、面が曲がることで張力が圧力差を生み出すから、中で押し返す力が強くなり弾ける。逆に中の圧が高いから低い方に力を逃がすことが可能になるってことか?
ラプラスの法則が当て嵌まる?
ま、物理はそんなに得意じゃ中なったからな。概ねそんな感じでって納得しておくか。
「よし、じゃあ、さっき言った通りに動くよ。但し、悪いけど見知らぬエルフたちよりも皆の方が大事だ。無茶はしないで欲しい」
「あ、あの! ルイさん、あたしは?」
皆が肯く中、堪り兼ねてカリナが身を乗り出して来た。言ってることは結構辛辣な内容だから、そこに突っ込んできたかと思ったけど違うらしい。
う〜ん……そういうけどカリナの立場は微妙なんだよな。仕事でヘマをして辞めさせられた訳じゃないから、ここに籍があるはずなんだ。だから、僕がどうこう命令するのも違う気がするし……。
かと言って外の人がなにか言う素振りも見せないからーー。
「カリナはまだここの巫女なんだから、ここに残ってアピスたちの助けになって欲しい。傍に勝手が判る者が居てくれると助かるんだ」
「わ、分かりました!」
「皆さんが発たれたら直ぐに結界を張り直します! 張り直すまでわたしは何も出来ませんし、世界樹も無防備になります。どうかお守り下さい!」
2時間か。やるだけやってみるか。気が付くと梢さんの姿はそこになかった。何処かに籠もったってことだな。
「そういうことだから、皆宜しく頼むね。行こう!」
皆の声を背中に受けながら僕とディーは、既に離れた所で黒竜の姿に戻っているシンシアの背に上がる。既に攻めこまれている段階での迎撃だから、多少の無理は仕方ないか。そんなことを考えた瞬間ーー。
キィィィイィィイィィィ――――ン
「きゃあっ!」
またソナーのような高音が降って来た。ディーが耳を抑えているのを見ると、とてもじゃないけど戦闘が出来るとは思えない。これを何とかしないと。音……。そうか音がどうにかなればいいんだ。
『ラク、来れるかい?』
『はい、此処に!』
僕の呼び掛けに、大人の腕ぐらいのサイズに縮んだシロナガスクジラが空中で波紋を造って現れた。上昇していく黒竜の羽撃きに置いて行かれること無く、涼し気な表情で並んで飛ぶ姿はなんとも愛くるしくいんだな、これが。
『来て早々だけど、一仕事頼みたい』
『なんなりと!』
『この高音が邪魔なんだ。眷属仲間とその回りに居る人たちだけでも何とかならないものかな?』
緊迫してる状況なんだけど、この姿を見てるとつい和んでしまう。そんなことを考えてると、何か膜のようなものを抜けた感じがした。結界の外に出たってことか。上からまだ燃える巨岩の雨が降り続いてる。
『お任せ下さい! では行って参ります!』
シロナガスクジラの口から波紋のような者が僕らに吐き掛けられると、背面跳びで弧を描きながら空中に消えていった。何がどう変わったか実感が湧かないけど、ラクを信じるか。さてーー。
「シンシアとディーでこの岩の雨を何とかして。ここで分かれる。すぐに加わるから! 【常闇の皇帝】。【深淵の女帝】」
グルルッ 「任されましたわ!」
黒竜の背から降りて空中で止まる。生霊だからこれくらは朝飯前だ。僕の前には同じように空中で跪く真っ黒な輪郭だけの男女が現れていた。背後でゴウッっと突風が吹く音が聞こえ、岩が降ってこない間が出来る。風魔法を使ったってことかな?
「主よ。久しいな」「主様、此処に」
「ダークはしばらく呼ばなかったからね、アビスと一緒に仕事だ。この燃える火の岩を降らせてる奴とワイバーンの変亜種を始末して欲しい。但し、そいつらを使った受肉は許さない。器は僕が用意する」
「「御意」」
「ああ、それと、僕の前方になるだけ入らないようにね? 殲滅するから」
「「ーー」」
そう言ってニヤリと笑顔を作ると2人がビクッと小さく体を震わせるのが見えた。おいおい、何をそんなに驚く必要があるんだよ。取って喰うわけでも……いや、アビスは美味しく頂いたけども……。おほん。
「じゃ、行くよ。久し振りに解放するかな。遠慮は無しだ」
地上から随分離れた位置だから、僕だと特定できないだろう。今まで魔力を中に抑え込んで気付かれないように消すのもまだストレスがある。ま、そこは終わってから考えればいいさ。
『ルイ様、終わりました!』
枷を外そうと思った瞬間、顔の右横にシロナガスクジラが戻って来た。僕の注意がラクに向くのが判ったのか、2人が1度頭を垂れてから空中に溶け込んで行く。
逃げ足が早い。いや、そうじゃないな。空気を読むのが巧い、と言った方が良いな。このままラクを連れて動くか。あ、そうだーー。
『お帰り。助かったよ。じゃあさ、あいつらがやってたみたいにラクが音を出してこっちに注意を引くことできるかな?』
『はい、簡単です! 見てて下さい!』
ィィィイィィイィィィ――――ン
明らかにさっきの高音とは比べ物にならない程の高音が放たれたのが分かる。「ラク、凄いな」と、感心した時だったーー。
ドォォォ――ン ドゴォォォ――ン ドドドォォォォ――ン
地上から爆音と地鳴りのような轟音が大気を震わせたんだ。
今まで燃える火の岩を弾いていた結界が消えた事が判った。
時間だけじゃない。人的被害を最小限に押さえるにも躊躇してちゃダメだ。
『ラクは付いて来るなり戦うなり好きにしていいからね』
改めて魔力を抑えてた意識の枷を外す。今までエレクトラの姉女神に言われたように、自分の魔力とあのオピーオーンの神魔力を混ぜ合わせるように意識してきたつもりだ。初めて全力で使う事になるけど、試運転には持って来いか。
僕はニヤリと笑い、魔力を開放したーー。
「こっから本気モードだ」
後まで読んで下さりありがとうございました!
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“感想が書かれました”って出ると未だにドキッとなってビックリしてしまいますが、力になります!
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