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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第五幕 妖精郷
192/220

第176話 星降る夜

お待たせして申し訳ありません。

まったりお楽しみください。

 

 僕は今空を飛んでいる。


 正確には空を飛ぶ黒竜シンシアに抱えられた馬車の中に居る、だな。


 時刻は17:19。晴れ。所により曇り。風速ーーさあ? 向かい風じゃないということは判る。陽が傾き始めてるが、まだ夕焼けが起きるほど沈んでない。


 あの後朝食を済ませ、聚落を出たのが11時少し前だった。


 夜を明かした聚落しゅうらくから北にある2つの聚落に午前中訪れたんだ。1つは壊滅。生存者なし。なので、森にむ精霊たちに裏を取りながら、浄化、殺菌して、死体を回収する。


 その聚落より更に北にある聚落は発症者は居ないかったものの、罹患者りかんしゃは居た。村全体に【透過】と【治療の雨(キュア・シャワー)】のコンボで終了。ハナ経由で周辺の以上を確認してもらったけど、問題ないということなので、南に戻って更に南上することになった。


 その頃には僕の【実体化】も完全に解けちゃってるんだけど、魔力纏(まりょくてん)を薄く纏えるようになってきたから、触われる状態が続いてるので問題ない。


 むしろ、不完全燃焼は僕の方だ。触れるんだけど、感触がわからないというチグハグさでせっかく抱き着いてくれても楽しめなんだよな。贅沢な悩みだってことは分かるけど、分かりたくない。何言ってるんだろうね、本当。


 昼食は出発点の聚落に戻る道中、馬車の中で済ませる。だって揺れないんだよ? 魔改造すごいは。


 ディーは朝食前に帰って来た。食糧の、特に肉の調達で森に入ってたらしい。大食いじゃないけど、皆それなりに食べる。僕は食べなくても平気だけど、生身を着けているときは皆と食べることにしてるんだ。変に気を遣われて、食べ辛くなるのも嫌だからね。でも、今回はお預け。


 まあ、来た道を帰って一度出発点の聚落から東にある聚落へ向かい、それから南だから二度、三度手間ではあるんだけど、それぞれの聚落は森の中にあるから大きな広場がない。だから黒竜(シンシア)での移動が無理なんだ。ハナやナハトア、カリナの案内で泊まった聚落より東に1つ、更に南にある聚落を2つ、北と同じように処理して完了さ。


 何でも、木々を折り倒せばいけるということなんだけど、ハナがそれはやめて欲しいって言うから……。うん、甘いのは自覚してる。おほん。


 思ってたよりも、狭い範囲で収まってくれたのが幸いだった。交通の不便さが今回に限り、拡大を防いだと言っていいと思う。でも、完全に聚落が3つ没してたのはナハトアやカリナにとってショックだったみたいだ。どの聚落もダークエルフの聚落だったから。


 死体の処理は斎院さいいんけば良いとカリナが言うから、そのままアイテムボックスに居れておくことにした。腐敗も今以上進まないし、一応聚落ごとに分類できるから……な。というか、斎院って何だ?


 世界樹の世話をしているエルフたちの聖域? ああ、奥の院ね。そう言ってもらえると、何となくイメージできる。


 で、最後に処理を済ませた聚落しゅうらくからシンシアに黒竜に戻ってもらい、空の旅って訳。向かう場所はその奥の院らしい。日が暮れる迄には着くだろうと言うので、僕たちはのんびり空の旅を楽しむことにしたーー。




             ◇




 19:08。


 遠くからも高くそびえ立つ巨木の姿が見えていたけど、近づくと改めてその大きさが分かった。


 「でかい、な」


 太陽は沈んでしまったけど、まだ空は赤い。世界樹とその後ろにそびえる山脈、それと夕焼け空が1つの絵のように見えた。


 「綺麗……」


 カティナがぽつりと感想を漏らす。


 「ああ、そうだな」


 チラリと彼女の横顔見ると、子どものように眼をキラキラとさせて光景に魅入みいってる表情だった。つい頬を緩めて頭を撫でてしまう。


 こういう時間ばかりだと良いんだけどな……。


 そんなことを考えてしまうが、こっちに来てこの方ゆっくり出来た時間は領地のゴタゴタが終わってから1年位だ。まあこの世界に来てからの1年は、試行錯誤でスキル上げとかでゆっくりしたという意識はない。だからゴタゴタ後の1年の内、皆のメイド修行が終わった正味半年くらいが一番のんびり出来てたんじゃないかな、と思う。


 のんびりを求めたがるのは、未だに研修医時代に抱えた人間不信というトラウマが癒えきってないということなんだろう、な。今僕の回りに居る面々に不信感を抱くことはない。だって家族だからね。


 甘い、と言われればそれまでだけど、元来の僕は自他ともに認めるお人好しだ。自分が心を許した人には甘くなる。何とかして上げたいと思う。それがトラウマで上手く出せなくなって、新潟の小さな金物工場で働く内に少しずつ癒やされ、こっちに来て大分癒やされてるんだと思うんだ。


 まあ、どういう形であれお嫁さんが沢山出来たし。ははは……。


 彼女たちのお蔭、だな。今までの甘さと迂闊うかつさで随分彼女たちを危険にさらしてきた。運良く事なきを得ているけど、次もそうだという保証はない。


 ラノベみたいに危険にギリギリ間に合うっていうパターンばかりじゃないってことだ。個人的な願望を言えば、これからもピンチの時は間に合って欲しいんだけどな。


 現に蘇生魔法がないんだから、予防に力を注ぐべきだ。とは言っても、僕には魔道具を作るスキルがないし、憶えられない。造られた物に魔力を流し込んで変質させることはできるけどね。リューディアと要相談だな。


 そもそもスキルを見ればラノベでいう“俺tueeee”なんだろうけど、万能じゃないんだよな。料理、裁縫、木工が出来ない。錬金スキルはあるものの薬作成チートはない。鍛冶経験もスキルもあるけど、なんて言うか、鉱石類に詳しい訳じゃないから、鍛冶チートでめちゃくちゃ高性能の武器や防具を作れるわけでもない。建築も、内政も、多分(いくさ)もダメ。


 ダメダメだ。ははは……。


 誇れるモノは自分の偏った力と医術、眷属を強く出来るスキル、くらいだな。それと僕には勿体無いくらい多芸な眷属たち。何でも解決できる万能主人公がうらやましいよ。


 「うわぁぁぁ〜〜! ルイ様見て! 湖の周りに火が灯してあるよ! きれぇ〜〜」


 そんなことを考えると、カティナの歓声で我に返る。


 その声に釣られて下をのぞくと、世界樹の後ろに広がる湖の湖畔で、建物群から世界樹の根本までぐるりと囲むように篝火かがりびを並べていている様子が見えた。幻想的な風景に一瞬言葉を失い魅入みいってしまう。夕焼けとはまた趣きが違うから新鮮だ。


 「これは……社殿建築しゃでんけんちく


 高度が下がり、建物が篝火の光で浮かんで来たのを見た時、思わず体を乗り出してしまった。


 世界樹に近い建物群は、明らかに日本の神社の境内にある建物にそっくりだったんだ。驚かない訳がない。しかも、完全に世界樹が御神体の祀られている本殿という配置だ。本殿がないけど。ああ、建築は詳しくないけど、神社は別さ。お参りにはよく行ってたんだ。ただし、家族が居た時は、と但し書きが付くけど……。


 だから父さんから色々教えてもらって、大まかな配置は判る。それに建物が土壁を使っていない。瓦屋根じゃなく、木の皮を使ってる。床が高いっていうのが決め手だ。他にも条件があった気がしたけど忘れた。


 本殿(世界樹)から拝殿、楼門、石で出来た大鳥居が離れた所に見える。間違いない。見間違えるはずがない。神苑しんえんだ。


 「「「ルイ様?」」」」


 僕の周りに居たギゼラとカティナ、アピスが心配そうに眉をひそめてる。


 「ああ、ごめん。心配無いよ。僕が居た世界にあった建物にそっくりなんだ。それでビックリしてね」


 「そうなのですか?」「へぇ〜そうなんだ!」「不思議な建て方だと思ってたのです」


 3人も建物の違いには気が付いてたって感じだな。


 「へぇ〜ルイさんあの建物判るんだ!?」


 そこにカリナが加わる。ここが職場なら知ってるのは当然か。


 「やしろは少しだけ知ってるよ」


 「びっくり! その呼び方を知ってるなんて! ねえっ、ナハトア!」「五月蝿うるさいっ」「あたぁっ」

 

 僕の答えが意外だったらしく、ナハトアの腕をつかんで興奮気味に揺らすカリナ。で、殴られる。学習しろ。


 「ナハトアもこの奥のことは詳しの?」


 頭を抱えるカリナを尻目しりめに、ナハトアへ話を振ってみた。


 「いえ。わたしは奥に入る資格を得るために諸国を回って使役霊を探していたのです。なので、カリナ程詳しくはありません」


 彼女もここが故郷だ。幾らかは知ってるかもと思ったんだけど……。餅は餅屋だったらしい。


 「へへへ。ルイさん、あたしに何でもいていいよ」


 「じゃあさ、カリナ、こっちとあっちの建物、壁が木で出来てるのと、白い土を塗ってるの何が違うの?」


 「何であんたが訊くの!?」


 黒竜シンシアがゆっくりと高度を下げている中、カティナが建物を指差しながらカリナに尋ねるを見て思わず吹き出しそうになる。社殿は基本木造りで、それ以外の建物には漆喰しっくいが塗ってあるんだ。その白さが離れた所で燃える篝火かがりの光でも映えるためによく眼に着く。


 「知ってるの?」


 「う……」


 カティナの追い打ちに言葉に詰まるカリナ。判らないだろうな。父さんが言ってた。特に意味はないって。神社よりさきに寺が漆喰を塗った建物を造ったから、真似をしたと言われないためなんだって。そんなことカリナが知るはずもない。


 「カティナ、この建物の造りは異世界から伝来してる技術だろうから、向こうであった由来の違いはここでは関係ないよ。だから答えは、見た目が違うから、だな」


 「そっか〜!」「る、ルイさん!」


 ま、この世界に寺があるかどうかも疑問だけど。ない、と断言できないのが居世界の醍醐味なんだろうな。そんなことを考えつつ、カティナに答えると、カリナが左腕にすがり付いてきた。ほら、ナハトアたちが呆れてるぞ?


 「そんなに良いところを見せよって張り切らなくても、ちゃんと見てるから」


 まったく。落ち着かせようと頭を撫でると、カティナが割り込んできた。


 「へへへ……」「む〜カリナ、なんか狡い!」


 「ほら、着いたみたいだぞ」


 お互いに撫でられようと頭を寄せてくるので、少し荒っぽく髪をくしゃくしゃっとするように2人の頭をなでて外の様子をうかがう。気配が集まりつつある。魔力はそこまで危険な大きさのものはない。ま、こっちが襲いかかることも襲われることもないだろう。


 聞いてた話だと、ここの一番偉い人から疫病をなんとかして欲しいと頼まれたんだからな。


 「ダーシャお婆様ーー」


 「げっ、婆ちゃんーー」


 馬車が着地した弾みで揺れる。御者席と中を仕切っている仕切り幕をまくって外をうかがうナハトアの言葉に駆け寄ってうめくカリナ。ああ、頭が上がらない身内が居るのか。


 何にせよ顔を合わせなきゃ始まらない。


 「僕とゾフィー以外は皆、顔を知られてるんだから焦ることもないだろ? さ、ずは降りよう」


 馬車を降りて薄暗くなった辺りを見回す。世界樹の存在感が凄いな。山よりも高くそびえ立つ大樹の前に居る僕たちを出迎えたのは、日本の(・・・・)巫女装束に身を包んだエルフやダークエルフの女性たちだった。


 日本からの転移者、もしくは日本人の転生者が居た証拠だ。いや、今も居るのか。依頼してきたの異世界と関係のあるエルフだって聞いてるし。


 シンシアが【人化】した頃には、馬車もコレットのアイテムバックの中へ納められていた、と思う。収めたのはコレットだという確証があるんだけど、鞄もポーチも持ってないんだよね……。どういうこと?


 ーーという視線をコレットに送ったらニコリと微笑まれた。はい、聞きません。


 これがメイドのたしなみ?


 漫画のようなアニメのような出来事に出喰でくわして若干ドキドキしたけど、その間にも出迎えのエルフさんたちが集まって来た。先頭に腰の曲がったお婆ちゃんダークエルフが居る。他に高齢の人は……リューディアくらいか。一緒に来てくれたんだ。あーー。


 「ーージル」


 「ルイ様ーー」


 リューディアの右隣りに立つ女性を見て思わず言葉に詰まったけど、絞り出すように名前を呼ぶことが出来た。ジルは僕の声にビクッてなったようだけど、直ぐに僕の胸に飛び込んでくれた。あれ? ちょっと距離あったよね?


 今は【実体化】してない。でも幸い魔力纏まりょくてんを薄く常時纏まとっているから、擦り抜けることはなかった。残念ながら感触がね……。


 「ルイ様、ご健勝で何よりでございます」


 「リューディアも留守を守ってくれてありがとう。馬車もすごく快適だったよ」


 「勿体無い御言葉でございます。これもルイ様から賜ったスキルのお蔭でございますから、褒められるべきはルイ様でございましょう」


 「ははは……。まぁそれも貰い物なんだけどね。有効利用できて何よりだよ。それで、リューディアの後ろに居るのが……」


 ジルを追うようにゆっくりと間を詰めてきたリューディアが僕の前で静かにお辞儀をする。うん、久し振りに見たけど相変わらず品の良いお婆ちゃんだ。見てるよホッとする。僕に対していつもこの口調だから皆と同じように砕けていいと言うんだけど、そこは頑として受け入れてくれないんだよな。「示しがつきません」って。


 巫女さんたちはまだ、僕たちの挨拶に気を遣ってか寄って来てないけど、一緒に付いて来た女性ひとが居る。黒肌……? ダークエルフかな? いや……違うな。額から角みたいなものが生えてる。


 「初めて御意を得ます。魔国ノーゼンシルトが王、リーゼロッテ・ド・シュヴァルツシルトよりルイ・イチジク様へ親書をお届けすべくまかり越しました、セシリア・ド・ベイレフェルトと申します」


 そんなことを思って観察していると、その女性がリューディアの横に並び、ひざまずいたんだ。急な挨拶に面食らう。一応、エレクタニアの主であるという認識はあるんだけど、こういう挨拶に馴れてないんだよな。


 ああ、親書、ね。


 眼の前で跪かれると眼のやり場に困るんだけど……。う、ジル。何故ジト眼で見るの?


 眼を逸らしたら傍に立つジルと見つめ合う形になったけど、視線が痛い。仕方ないだろ。暗くてハッキリは見えないけど、丈の短いスカートで跪いたらどうなるか、あんたも考えてしてくれ。


 「え、あ、ルイ様?」


 改めて非難めいた視線をセシリアと名乗った黒っぽい肌の女性に向けると、困ったような焦ったような表情になった。ああ、勘違いさせちゃったかな。


 「あ、すまない。その、その服装で跪かれると眼のやり場に困る。出来れば立ってもらえないかな」


 「ひゃっ、も、申し訳ありません。端ない真似を致しました!」


 え、そっち? そっちの方向で謝るの? よく分からん。でも、まあ親書は気になるから……。


 「リューディア、頼む」


 確か、直に受けっとっちゃいけないんだよね? て、リューディアから教えてもらったから、ここは任せることにした。


 「畏まりました。セシリア、親書を」


 「は、はい、こちらでございます!」


 アイテムポーチから取り出した羊皮紙の巻物をセシリアさんがリューディアに手渡すのを見ながら、紙が普及していないことを改めて感じていた。その点、シムレム(ここ)にはありそうな気がするな。


 セシリアさんから受け取った巻物を持って来てくれたリューディアだったが、視線が訴えてる。「次は分かってますね?」と言わんばかりだ。えっと、多分?


 「封を解いて、内容を確認してくれ」「ルイ様、それは!?」「畏まりました」


 セーフ! ってました!


 「申し訳ないが、僕とセシリアさんとは初対面だ。そして、貴女の仕える主には尚更面識がない。貴女をここに連れて来たということは、皆が問題ないと判断したからだろうが、親書の中までは確認できてない。セシリアさんも、僕たちもだ。用心するのは当然でしょう?」


 抗議の声が上がったけど、何喰わぬ顔でリューディアが巻物を開けて読み始める。魔法の(トラップ)とかは仕掛けてなさそうだ。切り替えて、興奮しているセシリアさんを諭す。


 「た、確かに仰る通りです」


 賢い人だな。クレームを付けようと思えば幾らでも、こっちの振る舞いに言い掛かりを付けれるだろうに。冷静で、良識があるから使者に選ばれたってことかな。彼女を送り出す王。名前を聞く限り女王っぽいけど、切れ者かもしれない。


 おっと、読み終わったかな。視線を巻物から上げたリューディアが怪訝けげんな表情でこちらを見てる。


 「問題ない?」


 「はい。ただ、最後の署名の文字がわたしには読めませんでした。それ以外はルイ様への嘆願かと思われます」


 「見せて」


 親書の内容を口頭で説明してもらうわけには行かないよな。そんなに大ぴらに出来る内容じゃない可能性もある。読み終わったら発動する罠もないみたいだし、問題ないな。何とか及第点がもらえるか? これ。


 リューディアから親書を受け取って文面に視線を落とす。


 内容は簡単に纏めるとこんな感じだ。


 【自分はエレボス山脈を隔てた場所にある魔国の女王だ。


 本来、魔族は力で王位を定めるものだが、何故か血縁でそのまま王位を委譲され“北の君”と担ぎ上げられている。


 力がない訳ではないが、小娘と侮られる始末。


 だが、それも支えてくれる者とおのが力で治めてきた。


 しかしながら、最近大病を患った事を悟ってしまった。


 信頼における者に診てもらったが思わしくない。薬も試したが聞かぬ。魔族には回復魔法がないからな。


 だが、秘密裏に家臣が情報を求めて各地を調べてくれた処、近頃サフィーロ王国で奇異な医術を使う者が、医者もさじを投げた病人を癒やしたと聞いた。


 どうかその医術で助けていただけないだろうか。


 来ていただけるならば、最大級のもてなしで迎える。莫迦ばかどもには指一本触れさせん。


 わたしが倒れれば、今落ち着いている国が莫迦どもにあおられて再び戦禍せんかに呑まれてしまう。


 それは避けたい。民の平安の為にもどうか助けて欲しい】


 うん、文面だけでは誠実そうな魔王さんだというのが伝わってくる。皆の為にということはなかなか言えることじゃない。そこまでなら、僕はこの願いを蹴っていただろう。魔王と関り合いを持ちたくないというスタンスだからね。


 と言いつつも、既に2人魔王と接点があったりするんだけど……どういうこと?


 「ルイ様?」「……」


 読み終えた羊皮紙をグシャリと握りしめた僕は、空いた右手で口を覆い隠して叫びたい衝動を必死に抑えていた。それ様子や僕の雰囲気が変わったことで、皆がそわそわし始めたのが判る。特にジルとリューディアは眼の前に居るんだから尚更だ。しまったな……。


 「ああ、大丈夫だよ、ジル。リューディアも。セシリアさん」


 「は、はい!」


 「この親書に寄ると、僕に国へ来て欲しいと書いてある。条件付きでだけど、魔王様のお願いに応えたいと思ってるよ」


 そこまで言って一拍間を開けると、セシリアさんの硬い表情がほころんだ。


 「それでは!」


 「喜んで行かせてもらうよ。但し。僕の家族も一緒に行って良いなら、という条件付きだ。国許くにもとへ確認を取ってもらえるかい?」


 「は、はい。はい! 確認いたします! あ、海を渡れないーー」


 「ははは。まあ、一緒に来たんだから、一緒に帰ればいいよ。帰ってから確認を取ってもらって一向に構わないから」


 案外抜けたところがあるんだな、と思いながら、皆にも意思を共有しておく事にした。


 「感謝致します! ルイ様!」


 「皆も、セシリアさんを無事に送り返せるように護衛対象として注意を払って欲しい。返事次第では“北の君”に会いに行く」


 「「「「「「「「「承知しました」」」」」」」」」


 「返事次第」と言ったけど、本当は行くつもりだ(・・・・・・)。皆も薄々は気づいているんだろうなと思いつつも、なるだけこの親書から受けた衝撃を表に出さないように必死に抑え込んでる。生身を着けてれば間違いなく、外にも聞こえるんじゃないかというくらいに鼓動の音が響いてると思うと、生霊レイスの体に感謝したね。


 正直、今直ぐにも行きたいと思うくらいの衝動はある。


 でも、冷静になって考えろという僕も居る。


 心が掻き乱されているのは間違いない。


 だってさ、最後の署名の下に書かれていた文字は、日本語だったんだから! それはーーっ!?。


 「御話は終わったかしら? シムレムにようこそ。イチジク ルイさん。わたしはこずえ。青木 梢と言います。青い木に小さい木という意味の漢字よ。イチジクさんはどんな字を書くのかしら? 果物の無花果いちじく?」


 唐突に思考が途切れた。いや、ぶった斬られたと言っても良い。


 半透明の巫女装束に身を包んだエルフの美女が、眼の前の足元からぬっと現れたんだ。驚かない訳がない。気配を感じ取れなかったんだ。【魔力感知】の網にもかからない。僕の存在も大概だという自覚はあるけど、彼女もその枠から外れないだろう。


 自然体で現れたその姿は、突然現れたというよりも、もともとそこに居た(・・・・・・・・・)という方がシックリ来る。


 何よりも、名前だ。日本人じゃん!


 は? 青木 梢? 疑いようのない証拠だな。それと、懐かしい質問をされた。


 「ははは……。その質問は久し振りだな。よく聞かれたけど、違う。僕の苗字は漢字の九、一文字ひともじだよ。その一文字でクと読むから、いちじくさ。名前は瑠璃るりの瑠に漢数字の一で瑠一るいだな。どっちも読みにくいとよくからかわれたよ」


 久し振りに名前の説明したな。


 「いちじく 瑠一るいさん。初めまして! 本当はもう1人同郷の宮大工の棟梁さんが居たんだけど、400年前に亡くなってしまったの」


 なるほど、だから精巧な日本の社殿造りが再現されてるのか。逢ってみたかったな。


 「それは残念」


 本音が漏れる。


 「でも、後1人は辛うじて生きてるから紹介するわね」


 「は? もう1人?」


 「そ、全部で3人、ほぼ同時にシムレムに転生したと言っても良いかもしれないわね。ま、1人はこんな体だし、1人は寿命で死んで、もう1人はしぶとく生きてるわ」


 何気に酷い言い方だな。


 「そ、そうなんだ」


 それくらいしか言いようがない。


 「でも、そいつ刀鍛冶かたなかじなんだよね。いちじくさんなら気に」「紹介して欲しいっ!」


 思わず半透明エルフ美女の両手を上から握っていた。何それ、刀鍛冶!? 逢いたいに決まってるじゃん!


 つい喰い気味に身を乗り出したんだけど、触れるな。お互いに半透明だからこそというのもあるのか? 原因が良く解らない。結果オーライか。僕にとっては渡りに船、だな。


 刀を手に入れて、後はガルムに任せる!


 でも自分用と、シェイラ用も欲しいから最低3本は手にーー。


 「それで、黒死病ペストの方ですが」


 「ああ、すみません。刀があると思うと気持ちが暴走してしまいました。自分じゃ作れないので」


 手を抜き出しながら梢さんが声を掛けてくれたので、妄想から戻ってくることが出来た。そうなんだ。町工場で作れたのは精々ナイフが精一杯。刀なんてまだまだな技術なんだよな。


 「いいえ、男の子はそういう処に惹かれるみたいですしね」


 「すみません。ペストですが、聚落の被害は食い止めました。新たに罹患者りかんしゃが出て聚落しゅうらくが全滅するようなことはないでしょう」


 「全滅ーー」


 言葉を失う梢さん。


 「聚落の事は部外者なので詳しく分かりませんが……。ナハトア」


 地理の説明は僕には無理だ。地元の人に説明してもらった方が早い。なのでナハトアに丸投げした。気が付くと完全に陽は沈み夜空に満天の星が姿を表していた。うん、いつ見ても夜空は綺麗だな。


 「はい。ルイ様とわたしたちが指定された聚落に着いた時には既に手遅れでした。コキ、ヴィレ、カンドムの氏族は全滅です。フィーレの港町でも死者が多数出始めていましたが、ルイ様のお蔭で事なきを得ました」


 僕の斜め後ろに立ったナハトアが簡潔に報告してくれた。デレてない時は賢いんだよな。この娘も……。


 「ーーーーそう、ですか。……悲しことですが、それくらいでこの病を留めることが出来たと喜ばねばなりませんね。いちじくさん、ありがとうございます。ナハトアとカリナもよく帰って来てくれました。貴女たちを“森人もりびと”として迎えることが出来るのは喜びです」


 森人?


 「ハイ・エルフやハイ・ダークエルフのことをそう呼ぶのです。ルイ様」


 何の事? みたいな表情をしてたら、リューディアが小声でフォローしてくれた。ありがたい。ん?


 不意に嫌な感覚に襲われる。


 「皆、臨戦態勢に。空から何か来る」


 ーーああ、この感覚思い出した。砂漠の時と同じだ。()を前にたかる魔物の群体とーー。


 「ルイ様! 赤い星が!」「まさか、星が落ちて来てるの!?」


 カティナとナハトアが声を上げる。カティナの言う通り、眼を凝らすと赤く発光する無数の星が距離を縮めているのが判った。自然に落ちてくる隕石にしては数が多すぎる。何より、あれは隕石じゃなくて魔力を発しているものだ。


 「違う! 皆落ち着いて! あれは岩に魔法陣を刻みこんで発火させてる燃える岩だ。直撃したら只じゃ済まないのは一緒だけど。天変地異じゃない。これはーー」


 赤く燃え盛る魔法の炎をまとった巨石群がシムレムの夜空を一変させる。


 人間であれば2,3人が一度に圧し潰されそうな大きさの岩が、さながら火の雨のように幾十も降り注いできたんだ、まともじゃない!


 親書も刀も後回しだ!


 今はそれどころじゃない!


 キッと空を睨みつけて、僕は声を張り上げたーー。


 「これは、侵略だ!!」






 

後まで読んで下さりありがとうございました!


ブックマークやユニークをありがとうございます!


誤字脱字をご指摘ください。


ご意見ご感想もありがとうございます!

“感想が書かれました”って出ると未だにドキッとなってビックリしてしまいますが、力になります!

引き続きご意見やご感想を頂けると嬉しいです!


これからもよろしくお願いします♪

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