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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第五幕 妖精郷
191/220

第175話 予感

何とか11時台に間に合いましたので放流します。

お待たせしました。

まったりお楽しみ下さい。


※2017/12/26:本文場面転換時のインフォ追加しました。

 

 ▼ ???? ▼


 早朝、男は当初の計画が思い通りに勧めれないことで焦心していた。


 気を落ち着かせようと、酒をいつもより多めに飲んだが寝れなかったのだ。昨日の1件で心が乱されていたのである。


 着の身着のままだったこともあり、身を起こして1度ベッドから出ると、おもむろに腰のポーチから瓶を次々と取り出しては蓋を開け中を確認し、空き瓶をベッドに放り投げ始めた男。


 「これも……、これもかーー」


 7本瓶を取り出すがどれも男を満足させることが出来なかったようで、「ふぅ」と大きく溜息ためいきいた男は、ベッドの端に腰を下ろすのだった。


 ベッドの端に腰をけ、無造作に伸ばしている紫黒色しこくいろの頭髪に指を差し込んでガシガシと頭をきながら呻く。男の褐色の肌に汗が浮いているが気にしたようでない。視線を床に向けたまま口元を右手で隠して物思いに老けていたのだ。


 褐色の肌は、このシムレムにおいては珍しい部類に入る。周りの白い肌をしたエルフばかりの町の中では特に目立つ。とは言うものの、黒肌のダークエルフ族や、自分よりも幾分色が薄まった蜂蜜色はちみついろの肌のドワーフ族、それにもう少し薄い肌色のホビット族もシムレムの町に居るので自分だけが悪目立ちするようなこともない。


 遠目に、そっと姿を追いかけられるくらいだ。


 「くっそっ。どうなってやがる」


 男の向こう側、窓側のベッドの上には蓋の開いた数本のガラス瓶が無造作に転がっている。


 「部屋の中がキラキラしたと思ったら、瓶の中身が全滅かよ」


 男の顔はお世辞にも整端な顔立ちではない。眉目秀麗という言葉が当てはまるならば、男よりもエルフたちであろう。勿論、エルフが皆目鼻の整った顔立ちをしてるわけではない。中には無骨な顔の人物も居る。だが、総じてエルフの男女は美しいと言えるだろう。


 男の顔はこれと言って特徴もなく、肌の色さえ気にしなければ何処にでも居るような人に紛れることができる。それ故に男が今回選ばれた(・・・・・)のだ。疫病の大流行を人為的に引き起こすために。


 だが、成功しているように見えていた計画がいきなり頓挫とんざした。それも、根本から綺麗にぽきりと折られたと言ってもいいくらいの妨害具合だ。町民からすれば安堵するところだが、男の場合は歯噛はがみしたのである。まさか、アイテムバッグの中に入れている物まで使い物にならなくなってるとは思っても見なかったのだ。


 「はぁ、仕方ない。完全にお手上げだ。指示を仰ぐか……」


 そう独りつぶやくと腰のポーチから、掌に収まるくらいの水晶球のような物を取り出した。明らかにポーチとの大きさが合わない。そのポーチもアイテムバック形のものなのだろう。


 「【接続フックアップ】」


 その一言で水晶球らしい球状の透き通った鉱石の中心で紫色の雲が湧く。


 「軽々に連絡を取るな、と申し付けたはずだぞ」


 くぐもった声が水晶球らしきものから漏れ出て来た。辛うじて男の声だとわかる程度だ。だがそれも明瞭さはない。


 「申し訳ありません。緊急事態です。菌が全滅しました」


 「な、に?」


 「我らの行動を読んだ訳ではなく、偶然居合わせた者によって、浄化と滅菌が広範囲になされたんです」


 「何者だ?」


 「分かりません。1つ言えることはバケモノです」


 バケモノ(それ)が聖魔法を使える生霊レイスであるということを男は伏せた。確証がないというのもある。脅威ではあるが、このままやり過ごせる可能性も捨てきれない。報告すべきか、情報が集まるまで待つか……。男の葛藤を他所に声は短く聞き返してきた。


 「それ程か?」


 「はい。町全体を浄化できるほどの力を持つといえば、御理解いただけるかと」


 「ーーっ」


 紫の雲の向こうで息を呑むのが分かった。


 「指示を」


 男の方も、その反応が返って来ることは想定済みだったようで、短く催促する。どちらかといえば背後を気にしていると言ったほうが良いだろう。ここは宿屋の1室なのだ。いつ誰が訪れるか分からない。


 しかも朝だ。もう直、宿の看板娘が朝食の準備が出来たことを告げに来る頃だだろう。


 「都へ迎え。ただし、星降る日には気を付け」


 コンコン


 「ブラウンさん、朝ご飯出来ましたよ」


 くぐもった声が言い終える前に扉がノックされる。慌ててポーチに球を収めて男は返事を返すのだった。


 「ああ、ありがとう、直ぐ行く」


 男はなるだけ爽やかに返事を返すと、立ち上がって扉に歩み寄る。再度ポーチらか球を取り出してみるが、既に紫の雲のようなものは消えている。無言でポーチに収めると扉の前で耳を澄ます。気配は、ない。


 扉の向こうから階段を機嫌良さそうに降りてゆく看板娘の鼻歌と足音が響いていた。


 確か、ヤナとか言ったな。と娘の名前を思い浮かべる男。


 ブラウンとは偽名だ。ただ肌の色から取ったに過ぎない。


 男は扉を開けながら、看板娘のことを思う。あのままいけば死んでたであろうあの娘も幸運にも一命を取り留め、さらに病まで癒やされたのは昨日のことだ。情が移った訳じゃないが、長居は無用だな、と誰に聞かせるともなくつぶやいた男はゆっくりと下階の食堂へ続く階段に足を踏み出していたーー。




             ◇




 ▼ 猿魔族の魔王(ガウディーノ) / ドーラ / フェナ / エルフの妻たち ▼


 同刻。


 港の船着場。大きなガレオン船の甲板で美丈夫と6人のエルフの美女、それに2人の獣人の少女たちが車座になり、運ばれてくる朝食を食べていた。獣人は1人が猫系、もう1人が犬系だ。エルフの女性ほどではないものの、十分に可愛らしい少女たちだ。


 「それで、ガウディーノ様。これからの予定なのですが……」


 「…………」


 短く刈った金糸雀色かなりやいろの髪を甲板を擦り抜ける潮風に晒しながら、呼びかけられた美丈夫は黙々と料理を口に運んでいた。その風貌は精悍せいかんで女性たちの眼を惹きつけて止まないであろう甘い顔をしている。ただ、男の深緋色(こひきいろ)の瞳には決意の色が浮かんでいた。


 「陛下?」


 「…………」


 男の様子に戸惑うエルフの美女たちが心配そうに呼び掛けるが、反応を返してもらえないでいた。その為か、エルフたちの食が進まないようだ。しかし、獣人の2人の少女たちは、何も気にしていないかのように、料理を口いっぱいに頬張って、モキュモキュと口を動かしていたのである。


 「ドーラもフェナも食べ過ぎじゃないかしら?」


 「ほぉ〜ふぇすふぁ?」「ふぉれふぉいしいふぇすよ?」


 「「口の中に物を入れたまま話さない」」


 並んで食べている2人は左右から同時にしかられるのだったが、ペコリと頭を下げただけで再び食事に意識を集中させるのだった。


 「はぁ。全くの赤の他人なのにどうしてミア様と毎回毎回全く同じことをするのかしら?」


 その様子を猿魔王ガウディーノの右隣りに座るエルフが溜息混ためいきまじりにつぶやくと、揃って頬を膨らませたまま首を同じ方向にコテッと倒すのでった。


 「「??」」


 「「「ぷっ」」」


 その様子を正面から見ることになった3人のエルフたちが堪え切れずに吹き出す。いつしか和やかな雰囲気が食卓にあふれていた。エルフたちにとって新たに入ってきた獣人の2人は、妹のような存在なのだ。つい世話を焼いてしまうのだろう。


 一頻ひとしきり食べてから、ガウディーノが口を開く。


 「馬たちは長く船に居るといざという時に動けぬのは困る。馬と馬車はいつでも出発できるように準備をしておけ」


 「畏まりました」


 彼の右隣りに座るエルフが再び応じる。この中で一番年長なのか、あるいは責任を委ねられているのだろう。


 「だが、俺らはまだ動かん」


 「理由をお聞きしても?」


 と左隣りのエルフが尋ねる。


 「ーー勘だ」


 「勘、でございますか?」


 誰かがそう返すものの。ガウディーノは気にした様子もなく。ジョッキに注がれたエールを喉を鳴らして飲み干す。それからニヤリと笑みをこぼしながら更に思いを吐き出したのであった。


 「そうだ。ま、直ぐ動いた処でルイ殿が浄化を済ませてなければ先には進めぬ。それにな、胸騒ぎがするというのもある」


 「「「「「「「「ーーーー」」」」」」」」


 彼の妻たちはただ黙って夫の言葉にうなずき返す。


 「ま、7日程ここで逗留した処で祭りに遅れることはない。そう気に病むな」


 それを見たガウディーノは、そう言い聞かせてから妻たちの真剣な眼差しを笑い飛ばすのだった。


 満潮の訪れを告げる潮騒が船と波止場に打ち寄せ始める。潮の香りを運ぶ微風そよかぜに乗って、海猫ウミネコたちが今日も港の上空をにぎやかしていたーー。




             ◇




 ▼ リューディア ▼


 同刻。


 世界樹のふもとに位置する巫女聚みこしゅうたちの職場。


 斎院さいいんともおくいんとも呼ばれる建物群の1室で、あたしは規則正しく寝息を立てているジルの傍に腰を下ろし、ハーブティーを味わっている。


 「ふぅ。なかなか良い葉を使ってるじゃないかい」


 ティーカップから口を離しジルに視線を落とす。あれから気を失ったまま。さて、どうしたもんかね。


 ルイ様から指輪を下賜された1人であるジルの髪と瞳は鮮やかなオレンジ色をしており、はにかむ様な笑みを浮かべる仕草が印象的なだ。アイーダとジルは手の掛かる娘たちのような気持ちになる。可怪しいね、あたしは子を産んだことがないっていうのに。


 ルイ様の寵愛ちょうあいを受けた娘たちが数多く居る中で、この2人だけ特に気に掛かるんだよ。2人の生い立ちを詳しく聴いてる訳じゃない。もっと言えば同情もしてないさ。


 だってそうだろう? あたしと知り合う前の話さ。ま、あたしもシムレム(ここ)魔女(ヘクセ)って呼ばれてる女だ。若い時はあらゆるものを見下して生きてたからね。慣れ合いは嫌いだとか、下等生物に興味はないとか……。はぁ、思い出したくもない。そのあたしが他人の事を気に掛けるなんて……。


 あたしも耄碌もうろくしたってことかね。


 「……いて言えば、似たところがあるんだろうさ」


 「ん……」


 あたしの独り言に反応してか、ジルの意識が戻り始めたようだね。


 「ジル、眼が覚めたかい?」


 「……ん。ーーここは?」


 ゆっくりと眼を開けて辺りを見回す視線とぶつかる。まだ状況をみ込めてないようだね。それは仕方ない。問題はーー。


 「ここはシムレムだよ。あたしの故郷さ」


 「しむれむ。……あいつを殺してから……ぼんやり……」


 「ジル。何処まで覚えてるんだい?」


 この娘が寄生・・・されてるってことなのさ。アイーダ(あの莫迦)に薬を持たせたのにこのざまだよ。舌打ちしたくなるのを抑えて状態を確認する。


 「……しむれむ。ああ、シムレムに来て、あの半透明なエルフに触られて気を失ったんですよね?」


 「そうさ。何を言われたのか思えてるのかい?」


 寄生されてても、記憶は残る……か。厄介だね。


 「寄生されてるというのが聞こえましたが、後は覚えていません」


 「そうかい。その前はどうだい? 王都に行き、エレクタニアに戻って、あたしを連れてここに来ただろ? 何処まで覚えてるんだい?」


 ジルはあたしの言葉を受けて眼をつむる。


 「……ぜんぶ……全部覚えています。でも、わたしは深い所に閉じ込められてて、わたしじゃないわたし(・・・・・・・・・・)が全部対応してるんです。出たくても、透明でスライムのような柔らかい壁が邪魔で声も届かない。そんな状態でした」


 別人格が生まれるってのかい? ますます厄介だね。しかも、元の人格が残ったまま封じられて……。単なる寄生として片付けるには危険だね。


 「その壁はどうやっても壊れなかったのかい?」


 「……」


 あたしの問い掛けに黙ったままうなずくジルを見ながら、思わず眉をひそめてしまったよ。


 寄生されれば、寄生主が寄生した体を乗っ取ってしまうのが普通だ。それが別人格を生み出して、本人と同じように振る舞わせる事が出来る。しかも、ジルが話している感じだと、いつ寄生されたのか分かってない。冗談じゃないよ。


 そんなものが世の中に出回ったら国なんてあっという間に傀儡化かいらいかされちまうじゃないかい。


 幸い、ジルはコズエ様のお蔭で症状が落ち着いてる。今の内に対策を考えないと……ね。


 「ルイ様もシムレムに着いたそうだよ」


 「ーーっ!?」


 あたしの言葉にビクッと肩を震わせるジル。そうだろうね。どの面下つらさげげ「寄生されましたって」て言えるかい。そうならないためのスキルまで貰ってるんだから。あたしだったら無理だね。


 「あたしの口から言うつもりはないよ。ま、どの道ルイ様もすぐにはここに来れないから、その間にどう言うか考えておくんだね」


 「……分かりました」


 「さてと、あんたも眼が覚めたことだし、あたしはコズエ様の処であんたの症状がどうやれば改善できるか相談に乗ってもらってくるよ」


 といっても、スキルを今更どうこうできないしね。薬の調合も……。


 「分かりました」


 腰を上げてふと見下ろすと、がっくりと項垂うなだれているジルの姿があった。ま、好きで寄生された訳でもないんだから、あたしも言い過ぎたかね。


 あ〜こういう時はどうすりゃいいのさ?


 そう瞬時に思いを巡らすと、カティナの義姉(ヘルマ)カティナの姉(クラム)に生まれた子どもたちが浮かんできた。まだ赤子あかごだけど、不安になるとよくグズる。アニタやエドガーも面倒を見てるようだけど、何故かあたしに押し付けるんだよね。ふふふ。


 「今はしっかり寝て、体力をつけるんだよ」


 「えーー」


 不安になった赤子は肌にしっかりと抱き寄せれば自然と落ち着く。母親には負けるけどね。それを思い出したあたしはジルを抱き締めていた。


 「大丈夫。あんた独りじゃないんだよ。もっと皆に頼りな」


 「ーー」


 肩に乗ったジルの顎が小さく動く。うなずいてくれたんだろう。2、3度背中を軽く叩いてあやしす。あんまり長く抱き締めてるとこっちが照れるから、すぐに離れる。


 柄にもないことをするもんじゃないね。


 「あたしも含めてだよ?」


 扉を開けて振り返り短く告げると、ジルは指の背で涙を拭きながら「はい」と微笑わらったーー。




             ◇




 ▼ ジル ▼


 「……いて言えば、似たところがあるんだろうさ」


 誰かがわたしの傍にいる。誰かと話してるのかしら? まぶしい……。


 「ん……」


 窓から差し込んでくる陽射ひざしが眼に刺さる。ぼんやりとした意識と視野が少しずつはっきりしてきた。


 「ジル、眼が覚めたかい?」


 「……ん。ーーここは?」


 ゆっくりと眼を開けて辺りを見回すとベッドの横にある椅子に腰掛けたリューディアの視線とぶつかる。テーブルに置いてるのはお茶? ハーブティーかしら。爽やかな匂いがする。それに知らない部屋。


 「ここはシムレムだよ。あたしの故郷さ」


 わたしの独り言を拾ってくれたようで、リューディアが教えてくれた。え、何処? しむれむ?


 自分の行動を振り返る。この処ずっと意識がよどんでいた。ゴールドバーグ候爵の屋敷で父親(あの男)を殺して母さんの仇を討てたことまではハッキリ覚えてるわ。その後からよ。わたしじゃないわたしが体を乗っ取り始めたのは……。


 「しむれむ。……あいつを殺してから……ぼんやり……」


 「ジル。何処まで覚えてるんだい?」


 リューディアの顔を見るとわたしの状態を知っているという顔だわ。記憶。ここに来て何があったかしら。そう、エレクタニアからシンシアの運ぶ馬車に乗って来てーー。


 「……しむれむ。ああ、シムレムに来て、あの半透明なエルフに触られて気を失ったんですよね?」


 「そうさ。何を言われたのか思えてるのかい?」


 意識が遠のいていく中であの言葉だけは妙にハッキリと聞こえていた。そうーー。


 「寄生されてるというのが聞こえましたが、後は覚えていません」


 「そうかい。その前はどうだい? 王都に行き、エレクタニアに戻って、あたしを連れてここに来ただろ? 何処まで覚えてるんだい?」


 その問い掛けに少しだけ眼をつむり思い出してみる。


 エレクタニアからコレットの出した2頭の吸血馬ダンピールホースかれた馬車で出発し、野盗を殲滅したらあの男にい、エトの結婚を王都で聞き、冒険者となり、氾濫スタンピードを抑え、ゴールドバーグ候爵令嬢の依頼を受け、よく屋敷で食事をするようになり、あの男を殺したーー。


 「……ぜんぶ……全部覚えています。でも、わたしは深い所に閉じ込められてて、わたしじゃないわたし(・・・・・・・・・・)が全部対応してるんです。出たくても、透明でスライムのような柔らかい壁が邪魔で声も届かない。そんな状態でした」


 わたしじゃないわたし。その言葉が一番しっくり来る。でも、そいつとは完全に交わらない。交わるのを拒絶するようなあの壁ーー。


 「その壁はどうやっても壊れなかったのかい?」


 「……」


 わたしは自分の奥深くのおりの中にいるんだ。ううん。居た、ね。今そいつは居ないんだから。わたしは黙ったままリューディアの質問にうなずく。チラッとリューディアが眉をひそめたのが見えた。あまり楽観視出来ない状況ってことかしら。


 寄生ーー。わたしがルイ様の眷属になった時に頂いた、【状態異常耐性】というスキルは既に上限でこれなら何も気にすることないと思ってたーー。


 でも、現に寄生されてる。ルイ様になって言えば……。


 「ルイ様もシムレムに着いたそうだよ」


 「ーーっ!?」


 リューディアの言葉に思いを読まれたのかと思いビックリする。体がビクッて動いたから、わたしが驚いたこともバレてるんだろうな。内心恥ずかしく思いながら顔を向けると、優しげに微笑んでるリューディアの顔がそこにあった。


 「あたしの口から言うつもりはないよ。ま、どの道ルイ様もすぐにはここに来れないから、その間にどう言うか考えておくんだね」


 「……分かりました」


 「さてと、あんたも眼が覚めたことだし、あたしはコズエ様の処であんたの症状がどうやれば改善できるか相談に乗ってもらってくるよ」


 こずえ……様。ああ、わたしに触れてくれたあの半透明のエルフね。様付けで呼んでいるということは、リューディアよりも長く生きてたエルフってことかしら。ん? そう言えばルイ様みたいに異世界から来たみたいなことを言ってた気が……。あ〜なんてルイ様に説明すればーー。


 「分かりました」


 寄生されたのは自分の不注意。相手が何枚も上手だったってこと。なんて愚かなのかしら、わたし。自分が情けなくてリューディアの顔も見れないわ。


 リューディアが腰を上げた気配がする。……そう、独りで考えろってことね。


 「今はしっかり寝て、体力をつけるんだよ」


 「えーー」


 リューディアが抱き締めて(そんなことをして)くるとは思ってなかった。だっていつも冷静で感情を表に出さない。口を開けば悪態あくたいばかり。アーデルハイドよりもたちが悪いって思ってたわ。何だろう、温かいものが広がって来る気がする。


 「大丈夫。あんた独りじゃないんだよ。もっと皆に頼りな」


 リューディアの温もりを感じていたら、不意に心が揺さぶられた。


 「ーー」


 卑怯よ。そんな事言われたら何も言えないじゃない。リューディアの肩に顎を載せてるからうなずくだけで精一杯。2、3度背中を軽く叩いてくれた。ううっ、これ下向いたら泣いてるのがバレちゃう。


 そう思ったら、ふっと体を離してくれた。わたしのかを見ること無くすぐに背中を向けて扉を開ける。良かった、顔見られなくて。


 「あたしも含めてだよ?」


 っ!?


 扉を開けて振り返り優しく微笑わらうその顔を見たら、視界がボヤけた。


 ーー莫迦ばか。リューディアのくせに。


 こぼれる涙を指の背で拭きながら、わたしは「はい」と言うしかなかった。わたしの言葉に眼を細めて出て行くその後ろ姿を見送るとぱたんっと扉が乾いた音を立てて閉まる。静まり返ったその部屋で、独り残されたわたしの口から自然と言葉がこぼれていた。


 ありがとう、とーー。




             ◇




 チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえる。閉じた窓の隙間から陽射しが見えた。結構陽が高く昇ってるのか?


 ここは? 知らない天井だ。あれ? 体が動か……。


 ぼんやりとした意識がハッキリしてくると、状況が呑み込めてくる。


 まだ生身の感触があるけど、その体にまとわり付く柔らかい感触。むわっと充満する、昨夜の残り香ーー。


 あ、はい。昨夜は楽しめました。ええ、そりゃもう。無理をさせたという自覚はあります。


 ーー皆ごめん。


 気配を探すと、もう何人かはゴソゴソと動いてる。あれ? 残ってるの誰だ?


 頭は固定されてないので、首を伸ばすように持ち上げてみる。


 右腕をホールドしてるのはシンシア。左腕はアピス。胴はゾフィーの尾。おい、これ力入れたらダメなやつじゃないか。


 右脚にリーゼ。リーゼに抱き着いてるゾフィー。おい、ゾフィー、リーゼが苦しそうだぞ?


 左脚にカティナ……あとは、居ない?


 動いてる気配も4つ。ん? 4つ? 誰が居ない?


 【気配察知】と【魔力感知】を強める。ここに居る面々の魔力の感触は覚えたから特定も出来るんだ。ああ、ディーがいないのか。ディーなら心配ないか。何処に行ったのか知らないけど。


 そう思いながらメニュー画面を呼び出して時間を確認すると9:23だった。のんびりした朝だ。【実体化】のリミットもあと2、3時間ってところだろう。昨日の昼頃にシムレムに着いて【実体化】を使ったからね。でも、その時に時間を確認してないという、初歩的なミスをしてるという。ははは……。


 「さ、皆朝だ。起きてまず体を拭こう」


 気を取り直して体を起こす。ぬるっとした感触はあるが、今更どうこう言うつもりはない。まあ、僕の場合【実体化】を解けば綺麗になるんだけどね。


 けど今は時間ギリギリまでこの感触を味わいたいという気持ちが強い。


 「ん……」「んん〜〜」


 「まったく」


 苦笑しながら未だに寝ようとするシンシアとアピスの頭を撫でると。気持ち良さそうに眼を細めていた。足元の2人は眼が覚めたようだけど、リーゼは身動きが取れないようだ。


 「ちょ、放しなさいよ」「ん〜〜わたし朝が弱いんです〜〜」


 蛇の体だからな。変温動物の性質も色濃いんだろう。それを思えばシンシアもそうなのか? ギゼラは居ないけど。


 「ん〜〜? ルイ様〜〜っ!」「「ッ!?」」


 意識を取り戻したカティナが飛び付いて来たけど、僕の胴をまたぐように抱き着く訳で……。そうなると、カティナの両膝がそれぞれ左右のお姉様がたの頬にーー。


 「「カ テ ィ ナ?」」「え、あ、や、だな、シンシア姉、アピス姉も、おはよう? わたし体拭いてくるね!」


 底冷えするような冷たく感情の押し殺された声が左右から同時に聞こえる。思わずお尻がキュッとなった。


 ガシッ


 「ふえっ!?」


 瞬時に逃げようとしたカティナの両腿りょうももがガッチリ押さえつけられた。ああ、これは動けないな。褐色の張りのある肌に白い指が食い込んでる。爪は立ててないようだけど……朝から激おこだね、これ。


 「遠慮しなくていいぞ」


 「そうよ、わたしたちが」


 「「拭いてやろう」あげるわ」


 むくりと起き上がるシンシアとアピス。うん、マシュマロがふるんと揺れるのは癒やされるね。眼福眼福。


 「え、ちょっ、ごめんなさい! シンシア姉、アピス姉も! ルイ様!」


 眼が笑っていない素敵な2人の笑顔に僕が割って入れる訳がない。ここは心を鬼にして送り出すのが親心ってもんだ。なんて訳の分からないことを自分に言い聞かせながら、出来るだけ爽やかに笑て手を振ることにした。


 「うん、綺麗にしておいで」


 「ルイ様〜〜〜〜っ!」


 カティナの声が聚落と森に響き渡る。


 何だろう。今日は良い日になりそうな気がするな。


 クスリと笑いながら自由になった僕はベッドを降り、窓の降ろし板を押し上げる。きらめく太陽を眼を細めて見上げながら、そんな予感めいたものを思い大きく伸びをしたーー。







後まで読んで下さりありがとうございました!


ブックマークやユニークをありがとうございます!


誤字脱字をご指摘ください。


ご意見ご感想もありがとうございます!

“感想が書かれました”って出ると未だにドキッとなってビックリしてしまいますが、力になります!

引き続きご意見やご感想を頂けると嬉しいです!


これからもよろしくお願いします♪

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