第18話 引き裂かれる痛み
2016/3/29:本文修正しました。
2017/1/26:本文修正しました。
どぉぉぉぉぉん!!
突然の轟音と振動が薪小屋を揺らすーーーー。
慌てて外に飛び出すと、大蛇の頭の上に立つ小太りの男と、サーシャの姿があった。何があった!?
「ルイ様! 申し訳ありません! あの男がカンゼムです!」
「なんでそんな奴がギゼラの上にサーシャと乗ってるんだ!?」
「ルイ殿! 妹と話ができません!」
「ふはははははは! 貴様がルイか! 良い駒をワシに与えてくれたことに感謝するぞ!」
なに!? 何の話だ!?
「くくくっ……。無理に平静を装おうとしておるな。まぁ良い、どうせそこの地下にあるものも見たのであろう。そして心臓のない狐もな」
「……それで?」
なるだけ冷静な声で静かに聞き返す。その声にジルさんとレアさんがびくっとする。視線を小太りの男から離さないように、片手で自分から距離を取るように後ろ手で合図を送る。
「この【技量の血晶石】でお前の首を刎ねる幻を此奴らに見せてやったのよ。慌てぶりが滑稽であったわ! ふははははは!」
迂闊だった。自分でフラグ立ててたのかよ! って自分を殴りたくなるくらい悔しさでいっぱいだった! 感情のない二人がそこに居るのだから。
「何故お前がそこに居る?」
「だからな、心が折れた此奴らを【捕獲】してやったのよ! ありがたく思え!」
あ、ダメだ。久々にキレそうだは。
「誰の許しを得て僕のギゼラとサーシャを連れているのか、と言ってるんだ!!」
「「「ひぃっ!!」」」
小太りの男とジルさんとレアさんの引き攣った小さな声が周囲の闇に溶け込んでいく。あれ? なんだ? この静寂。
《【アクティブスキル】、威圧を獲得しました!》
《しかしながらスキル取得に制限が設けられているため、威圧スキルは体術スキルと融合し、武術のスキルレベルが1となりました》
こんな時にかよ! 今はそれどころじゃない! ギゼラとサーシャを取り戻さないと!
ザッ ザッ
静かに歩を進めてギゼラとの距離を縮めていく。
「くっ、な、なんだこいつは!? やれ! 小娘! お前の風魔法で切り刻め!」
小太りの男の命令に片手を突き出すサーシャ。だが、その顔は恐怖と悲しみに歪んでいた。【捕獲】されたのであればその命令は絶対であるはずなのに、完全な【捕獲】状態ではないということか。
だが時間がない。今の威圧が効いてるのなら利用するまでだ。【ステータス】
◆エクスぺリエンスドレインプールLvMAX❶◆
【分類】パッシブスキル。常時発動中。エクスぺリエンスドレインで吸った経験値を幾らか貯めておくことができる。得た経験値は任意の項目に振り分けることができる。スキルレベルのないもの、既にレベルが上限に達しているものには効果がない。現在1080レベル分の経験値の貯蓄があります。利用されますか? はい/いいえ。
はい!
どのレベルを上げますか?
武術Lv1!
何レベル分の経験値を移動しますか?
500レベル分!
500レベル分の経験値を 武術Lv1 に移動しました。これによって武術のレベルが250上がりLv251になります。
「くそっ! なぜだ!? 役に立たんやつめ!」
小太りの男がサーシャを打つ。絶対に許さん!
「やれ! お前の牙で噛み砕け!」
小太りの男がギゼラに命令を出す。ギゼラの方が幻のショック度が大きかったのか、深く【調教】が進んでいるようだ。くそっ。
だけど良い命令だ。近くを通るなら貴様にあれを使ってやる! 足元にチャラッと漆黒の鎖を垂らす。
ギゼラが顎を大きく開いて僕に襲いかかってくる。初めて出会った時のことを思い出す。いいさ、腕の1本くらいはお前にあげるよ。
「ルイ様っ!?」「ルイ殿っ!?」
二人を頭に乗せたまま凄いスピードでギゼラの顎が僕を噛み砕く。様に見えた二人から悲鳴が上がる! だが与えたのは左腕一本だ。顎が閉じられる瞬間に体をずらし敢えて噛ませてその反動で鎖を小太りの男の足に向けて打ち付けてやる! 絶望しろ!!
「【認可】!!!」
カシャーン!
「なぁっ!!!???」
その言葉とともに鎖の先についていた枷が小太りの男の足首に嵌り、じゃらりと鎖がギゼラの首筋に垂れ下がるのだった。
その瞬間ギゼラ動きがぴたりと止まり、僕の方に顔を動かそうとする。意識は完全に切れてないわけか。一種の状態異常だな。ギゼラの口からぽとりと左腕が落ちる。ジルの眼の前だ。
ジルが震えながらその腕を抱き上げているのが片隅に見える。それは後だ。
「【治癒】」
噛みちぎられた左腕が瞬く間に再生する。
「おい、いつまで僕のギゼラとサーシャを連れているつもりだ?」
小太りの男に向けて威圧を放つ。
「ひぃぃぃぃっ!! 何故だ!? なぜ魔法が使えん!? くそ蛇め! 役に立たん!!」
恐慌状態になった男が自分の足に着いた鎖を使ってギゼラを打つ。情状酌量もなしだ!
完全にブチ切れた僕は静かに殺気を纏ってギゼラに近づく。だが、本能的に危険を察したのかギゼラが後退りを始める。サーシャに至ってはガクガクとしゃがみこんで震えている。
「くそっ! 出直しだ! いくぞ! 飛べ!! 急げ!! あいつから離れろ!!」
その言葉に従ったギゼラが蜷局を巻き始める。飛び上がっても解除してもこの距離は無理だな。だけど、威圧で【調教】が揺らぐなら最大を放ってやるか。
「首を洗って待ってろ。直ぐに顔を見に行ってやる」
「ひぃぃぃぃっ!!! 早く飛べぇぇっっ!!!!」
絶叫を残して小太りの男は大蛇の頭にサーシャを押さえつけ覆いかぶさるように乗ったまま街壁の外に消えていったのだった。
くそっ! 僕がもう少ししっかりしてれば。
ギゼラ。サーシャ。これで心に傷を負わなければいいんだけどね。すぐ行くから!
あ~なんだろ、ぽっかり穴が開く感覚、久々だは。
親父たちが亡くなって、妹が亡くなってしばらくして感じたあの感覚。
もうないだろうと思ってたのに。高々1年そこらしか一緒に生活してない魔物たちにこんなにも情が移ってたんだな~。
それなのに、僕は守ってやれなかったんだぞ!? 違う! どれだけ不遜で傲慢なんだ!!
見張るんじゃなく、命令するんじゃなく、寄り添えなきゃ駄目だろ。
それを目指してきたじゃないか。
あ~情けない。ごめん、ギゼラ。ごめんね、サーシャ。
僕は込み上げてくるものに耐えようとして夜空を見上げた。だけど、流れ星が夜空に一瞬の煌きを飾るように、僕の頬にも一条の濡星が流れていたのだった。
◇
それは未だかつて味わったことのない威圧感だった。
サーシャが【捕獲】されてしまった事は直ぐにわかったが、ルイ殿があそこまで感情をあらわにするとは思っていなかったのだ。
「ひぃっ!!」
思わず悲鳴が出てしまった。全身の毛が総毛立つと言うのはこういうことをいうのだろう。後ろに目を向けると仲間たちも完全に怯えていた。
自分たちを助けてくれた人物がこれ程の存在だとは思っていなかったのだろう。それはわたしも同じだ。
サーシャがこの救出を手伝ってくれる変わった男を見つけたといった時から、わたしたちは彼の庇護のの下に居たのかもしれない。ただ、そう感じさせないようにしてくれていたというわけだ。
あのルイ殿に懐いていた大蛇も【捕獲】されていたようだ。
だが方法が卑劣極まりない。我らの固有スキルを呪具で取り出し、それで心を折る幻を見せられたのだ。きっと発狂するような内容だったのだろう。それだけルイ殿に寄り添っていたのだから。
だからこそ、あれ程までの怒りを顕にされた。しかも2回目の威圧も、3回目の威圧もどれも違うのだ。どれだけ底が見えないのだろう。我らの里はあの男の手の者に襲われ燃やされ残ってはいない。
であれば、ルイ殿の下で生活するという選択肢もあるのではないか? と思う。サーシャの話では既にデミグレイジャイアントの群れが生活しているという。ツインテールフォックスとは敵対していない種だ。
それにしても、サーシャが連れ去られたというのにわたしは何故これ程落ち着いているのだろう?
そうか。思い出してくすりと笑ってしまう。
「おい、いつまで僕のギゼラとサーシャを連れているつもりだ?」
もう既にあの娘はルイ殿のお気に入りなのだな。
だが心地よい安心感がある。そうか、守られるということはこういう事なのか。
ふと見るとルイ殿が空を仰いでいた。
口元が動いている。
あ~情けない。ごめん、ギゼラ。ごめんね、サーシャ。
「!?」
その頬に流れる涙を見てしまった。はっと眼を逸らすがその姿が焼きついて離れない。胸が熱くなる。
そして何故だか少し胸が苦しくなったーーーー。
◇
私はルイ様の大切な物を守れなかった。
ルイ様に頼まれて外に出た私が見たものは、呆然と立ち尽くす大蛇と少女だった。解ったのは、彼女たちが泣いていたという事。そしてカンゼムがそこに居るという事に気がつかなったという事だ。
私の視界が歪む。
それは先刻ルイ様と立ち合った時の様子だ。頭では可笑しいと思いつつも、ルイ様と対峙している。
そして、あの時のように自分の体が動く。
そしてルイ様が私を投げようとして私の胸を触り、恥ずかしさのあまり私が本気の一撃を顔にしれてしまう。
あたふたする私に、落ち着くようにと陰から出てきて私を宥めるサーシャ様。
そしてサーシャ様の勧めもあって、ルイ様に膝枕を差し上げた幸福感。
私のした事を責めもせずに笑って許してくださったあのお顔。指の温かさ。今まで殺伐として生きていた私にとってとても新鮮な、甘美な時間でした。
それは私が魔族と人のハーフという立場もあったのでしょう。受け入れられるために為さねばならない事が数多くあり、それは命を繋ぐ為の単なる仕事でした。言うなれば白と黒しかない世界で生きていたと言っても過言ではないでしょう。
それがあの時を境に鮮やかに色付き始めたのです。
ルイ様は不思議なお方でした。あの大蛇すら懐いているのです。そしてあの魔力。ハーフとは言え私も魔族、それなりに自信はありましたが見事に打ち砕かれました。
何より、闇魔法で癒しを行われたのです! 目を疑いました!こ れまで魔族も含め闇に息づくものたちには癒しはあり得なかったのです。自然に癒すだけ……。それをあの方は覆してしまわれました。
そしてそのルイ様に頼られてここに!?
今のは!? 幻!? そんな魔族が精神異常に蝕まれるとは。
気が付くと眼の前にあの大蛇の尾が迫っていました。
「くっ!? うあ゛っ!!」
反射的に弾かれる方に飛んで尾の攻撃を受けるのも束の間、眼の間に火炎の大玉が迫ってきたのです!
どぉぉぉぉぉん!!
地面に着弾して轟音と振動が辺りに響き渡ります。
この音を聞いて騎士たちも集まるでしょう。ただ、このままだとあの大蛇に全滅!? 大蛇の上にカンゼムとサーシャ様が!? さっきの魔法攻撃はサーシャ様!?
「くふふふ。ジル殿がわたしの幻術に浸ってくれたおかげで良い駒が手に入りましたよ。こんな上物を【捕獲】できるとは思いませんでしたなぁ!」
くっ! 私としたことが!!
悔やんだ瞬間に、ルイ様が地下室から飛び出してこられたのです。
「ルイ様! 申し訳ありません! (御二人を守れませんでした!)あの男がカンゼムです!」
その後のルイ様の立ち振る舞い……圧巻でした。あの威圧を浴びた時は思わず悲鳴を上げてしまったほどです。
「ひぃっ!! なんと鮮烈な殺気なのでしょう!)」
幼い時魔王様を遠くから拝見したことがありましたが、その時に感じた威圧以上だったかもしれません。
私は縁あって辺境伯のお屋敷で働く身ですが、ルイ様のような主を探していたのだと気付かされました。ルイ様にお仕えできるかどうかわかりませんし、叶わない望みであることも承知しております。
ただ、私は少女のようにルイ様の姿を目で追っていたのです。
「ルイ様っ!?」
【捕獲】されたギゼラさんに噛み砕かれたかと思いましたが、敢えて腕を獲らせて次の一手を打たれます。その食いちぎられた腕が私に前にぼとりと落ちてきました。
大蛇の顔がゆっくり動いているということは、完全に【捕獲】されていないということでしょう。瞬く間に聖魔法で腕を癒され、2度目の威圧を放たれました。先程と比べ物にならない程苛烈なものです。
威圧を受けていなくても、鳥肌が立って治まりません。そして私の腕の中にはルイ様の腕が。
あぁ、なんという魔力の豊かさ。血が薫り立つ中で私はそれを味わいたくて仕方なくなりました。でも、次の言葉ではっと我に返ります。
「おい、いつまで僕のギゼラとサーシャを連れているつもりだ?」
私がそこに含まれていないのは当然なのですが、胸が苦しくなりました。あぁ、御二人はこうまで思われているのだな、と。
そして3度目に威圧を放たれました。恐らくカンゼムはルイ様の姿ではなく影に怯えることになるでしょう。それ程までに圧倒的な恐怖を叩き込まれたのです。
ですが、私はそのあとふと見るとルイ様が空を仰いでいる様子を見てしまったのです。
口元が動いている。
あ~情けない。ごめん、ギゼラ。ごめんね、サーシャ。
何故だか涙が溢れてきました。胸も苦しい。
私は気づいてしまったのです。出逢って数十分で私はこの方に叶わぬ恋心を抱いてしまったのだと。そして、私も連れ去られた彼女たちのように愛おしんでもらいたいとーーーー。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
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