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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第五幕 妖精郷
188/220

第172話 浄化と懐かしい香り

お待たせして申し訳ありません。

まったりお楽しみ下さい。


※2017/8/25:本文記号脱字修正しました。

 

 「こっちです!!」


 その時、ナハトアが目的地に着いたことに気付く。一旦思考を止め、僕も慌ててそこの後に続き、中に入る。建物の中は、憔悴しょうすいしきった罹患者りかんしゃが発する悲傷ひしょうの呻きで満たされていたーー。


 「こ、これはーー」


 …… 思ってたより酷いわね。 これがペストなのね〜。心が弱い人はすぐに折れちゃうわね〜 ……


 ナハトアだけじゃなく、ホノカとナディアも続ける言葉を失ってた。分かる。大流行パンデミックの現場はこんな感じだろう。必死に力づけたり、意識が朦朧もうろうとなっている身内に声を掛けたり、いたたまれない。生霊レイスになってそういう部分が鈍くなったかと思ったけど、どうやら少しは残っているみたいでホッとした。


 と言っても、僕自身そんな緊急事態に直面したこともない。知識としてあるのは、パンデミックを起こした街一つが新型ウイルスによって壊滅しそうになったことを題材にした映画を借りて見たくらいだ。“感染症の集団発生”という意味の英語名だったと記憶してる。まあ、それやいいや。


 今すべきことは、一先ひとまず治療だ。


 「ナハトア。さっきと同じようにキュアシャワーって言ってくれるかい?」


 「わ、分かりました。キュアシャワー!「【治療の雨(キュア・シャワー)】」」


 船着場の広場で起きたのと同じ現象が患者でひしめき合っている広間で起きた。キラキラと小雨のように降り注ぐ癒やしの雨が、付き添いや看病のために走り回る人、治療師、そして罹患者を包み込む。間に合ったようだな。


 患者の露出している肌の血行も良くなり始めているようにも見えるが、壊死えししているのはそうはいかないか。もう1発だな。


 「ナハトア、今度はヒールレインだ」


 「分かりました。ヒールレイン!「【治癒の雨(ヒール・レイン)】」」


 ナハトアの声に合わせて、僕の方が小さな声で魔法を発動させる。先程のキラキラよりも更に細かい霧雨きりさめのような光が広間全体を覆うのが見えた。これで細菌ウイルスが原因で引き起こされてた病変のあとは消えるはず。


 「あざが消えたわ!」「息が、しやすい……?」「熱が下がった?」「ヤナッ!?」「お母ちゃんっ! こぶが消えたよ!?」「お、おいっ!?」「ああ、呪いじゃないんだな」「治っ……た!?」「あなたっ!」「助かっ……た、のか?」「今の治癒魔法?」「範囲魔法、だったぞ……」「あ、ネクロマンサー」


 「次は死体安置所へ頼めるだろうか?」


 自分の身が落ち着くと、人は周囲に眼が向くようになる。当然、治癒魔法を範囲で使ったように見えたナハトアに注目が集まる訳だけど、そこはわきまえてたみたいで、直ぐに次の行き先を口にしてくれた。流石だな。甘えてない時は……とただし書きが付くけど。


 「あ、ああ、その前に、ありがとう。助かった」


 「我々はダークエルフを穿うがった眼で見ていなかったようだ。この通り、すまなかった」


 広間を出ようとした処で2人の男が近づき頭を下げる。さっき案内してくれたイケメンエルフたちだ。エルフってラノベとかだと気位が高い種族っていう設定が多かったけど、そうでもないんだな。でもそんな様子を見て、孔子こうし論語ろんごにそんな言葉が在ったな、と思いだした。


 『子曰しいわく、忠信ちゅうしんしゅとし、己にかざる者を友とすることかれ、あやまちてはすなわあらたむるにはばかることなかれ』、だったか。


 『忠実に信義を一番大事なものとして全ての言動を貫きなさい。安易に自分より知徳の劣った人と交わって、いい気になってはいけません。誰でも過失はあるものです。でも大事なのは、その過失を直ちに躊躇ためらわずに改めることです』って感じの意味だったはず。僕の好きな言葉だ。特に最後の1文がね。


 そんなことをぼんやり考えていると、エルフと相対しているナハトアがはにかみながら両手を胸の前で振っていた。可愛いな、とつい思ってしまう。ホノカとナディアの冷めた視線に気付き、頬が緩まないように気を引き締めた。やれやれ。


 「いや、疫病は平等に被害を出してるのだ。皆が冷静になれなかったからと言ってとがめるつもりはない。疑いも晴れたことだしな。では、頼む」


 「「ああ、任せてくれ!」」


 男たちの案内で直ぐに死体安置所へ移動できた。


 死体にすがってむせび泣く姿。号泣する姿。嗚咽おえつこらえ、直立不動で留めなく流れる涙を拭おうとしない幾十もの姿がそこにはあふれていた。エルフも、ダークエルフも、ドワーフも、ホビットも人間もない。平等な死がそこにあった。


 ーーだけど、生きてる家族のそうした行動は、医学的に見れば自殺行為というだけでなく、危険な伝染病媒介体キャリアーを製造してる事に他ならない。


 医者の立場からすれば、直ちに殺菌して死体を隔離しないといけないんだけど……。僕にはそんな冷たいことは出来ないんだよな。「患者に入れ込み過ぎるな!」、とよく研修医時代に怒られていたのを思い出す。


 けど別れは、させてあげたい……よな。


 「ルイ様。この状態で遺体を回収するのは……」


 ナハトアも現実を突き付けられて、難しさを感じ取ったみたいだ。そうなんだよな。


 RPGのように、ゲームの中にある蘇生魔法というものは存在しない。あるのは死者を操る死霊魔術ネクロマンシーか、聖属性の回復魔法だけだ。聖魔法のレベルがカウンターストップ(カンスト)してたから探してみたけども、該当するものは1つもなかった。つまり、死んだらおしまい。


 まあ死者蘇生なんて、あるとしてもそれは本当に神の御業みわざだ。軽々に使って良いものじゃない、と思う。


 滅びにくい体になった僕が言うのも烏滸おこがましいけど、有限の時間を生きるからこその喜びや悲しみがあるんだと思うんだ。そんなこと言ったとしても、死に別れる予定のなかった人たちに掛けていい言葉とは思ってないよ。生きててくれればいい、と思ってるのに「神様が身元に欲しられたのです」とか「運命です」なんて阿呆あほな事も言いたくない。


 まあ哲学者でも宗教家でも何でもない僕の気持ちなんて、この際どうでも良いんだけどね。さて、どうしたもんかな……。


 …… ルイくんどうにかならないのかしら? いちいち死別に心を砕いてると大変よ〜 ……


 どうにかしたいし、ナディアの言いたいことも分かる。


 問題は、生きている人を癒やしたとしても、死体は病原細菌ウイルスでパンパンだ。先にこれをどうにかしなきゃ、治療キュアの魔法を使っても意味はない。むしろマイナスだ。


 考えろ。病死した死体はウイルスの温床おんしょうになってる。


 当然触ると、感染かんせんする。


 死体が接している服も、床もウイルスで汚染されてる。


 ん? 汚染?


 「ルイ様?」…… 何か分かった? 期待できそうね〜 ……


 そうか、汚染だ。ウイルスで汚染されてるなら、綺麗にすればいい。そんな魔法があるのか?


 「ちょっと待って。もしかするとどうにかできるかもしれない」


 ナハトアたちにそう告げて、僕はステータスの聖魔法を調べることにした。そしたら、在ったよ。Lv700で使えるようになる浄化魔法が。ん? こんな感じだ。


 「【鑑定アプリーズ】」


 ◆【浄化ディーカンタァマネイト】◆

 【分類】聖魔法

 【使用可能レベル】700

 【消費Mp】700〜

 【範囲】術者を中心にした半径1mの円 (※ 消費Mpを700ずつ加算していけば無限に広げることも可能。700Mp加算毎に効果半径が1mずつ広がる)

 【効果】毒・病原菌・瘴気しょうきなどに侵された土地・建物など無生物をきよめる。また不死族に限っては、けがれはらわれることになるので、抵抗できなければそのまま浄化され、消滅する。浄化作用は術者の【Mnd(精神力)】に比例する。呪いの解除は出来ない。頭の良さも関係ない。ただ、使えることがバレると聖者・聖女認定されること請負うけおいです。


 おい、最後の注釈はいらないよね!? え〜、あ〜……それにしてもこれはーー。


 「あるには在ったんだけど、ね」


 これは呪いを解く方じゃなく、完全に汚染を綺麗にする範囲魔法だ。


 「ルイ様?」…… 歯切れが悪いわね。 嫌な予感がするわ〜 ……


 ナディア、鋭いな。まあ、このたちで実験して消えてしまっては後味が悪いからな。一応避難してもらっておくか。


 「【浄化】っていう範囲魔法なんだけどね。もしかすると、アンデッドも【浄化】してしまう可能性があるんだわ」


 「……」…… 確認してくれてありがとう。 何も言わずに使われるところだったのね〜。ひどい話ね〜 ……


 3人のジト眼が痛い。


 「いやいや、ちゃんと今説明してるよね? ていうか使う前に確認取ってるでしょ? この魔法、術者を中心にした円形範囲魔法みたいだから、入り口まで戻ってもらえるかな? ヴィルやルルも出ないように。じゃ、いってくる」


 「え、あ、ちょっ!? ルイ様!?」…… はぁ。 なんて言うか、砂漠で別れてから何がったのかしらね〜 ……


 色々あったんだよ。本当、色々!


 背後で焦った声や呆れた声が聞こえたけど、気にせずに空中散歩と洒落こむことにした。何てことはない。入り口の天井近くまで上昇した所から、奥の壁まで歩くんだ。ほら、人の歩幅の目安は身長☓0.45っていうじゃないか。僕の身長は変わってなければ186㎝だ。これに0.45を掛ければ約84㎝の歩幅ってことになる。1mないのかーー。


 視線をしたぬ向けて泣き悲しんでいる人たちは、天井付近でしていることに当然気付くはずもない。


 1、2、3、4……………………77、78、79、80、81。ーー約68mってことか。


 奥まで行って41歩の位置まで戻ってからナハトアたちの立ち位置を確認する。避難は出来たみたいだな。すぅっと床に降りて立つと、さっさと浄化することにした。近くに半透明にぼんやり光る僕が現れたので、泣きながらぎょっとする人も居たが、気にせず半径分の34掛けのMpで魔法を使う。意識すると何となく出来た。便利だな。


 「【浄化ディーカンタァマネイト】」


 初めて使った魔法だったけど、足元から1mくらいの高さまでがホワっと暖かそうな光を発しただけですぐに霧散する。何事かと周りを見回し始める人たちの目を避けて、地中に潜り、適当な所から抜け出て建物の外から改めてナハトアたちに合流した。面倒だけど、色々と聞かれるのも面倒だからね。


 あとは、これまでと一緒だ。


 伝染病媒介体キャリアーになってしまってる悲嘆に暮れる家族を癒やし、僕たちは港に戻ることにした。勿論、ナハトアが治したかのような下手な芝居をして、だ。笑っちゃうけど、ダークエルフ排斥はいせきの方へ傾きかけた群集心理を動かすにはこれくらいが調度良いと思う。


 ーーでも。


 街全体に巣食っている病気を全て駆逐くちくできたわけじゃないんだよな……。さっきの【浄化】魔法くらいで今の僕のMpがどうこうなることはない。むしはしただ。


 船が見えてきた時、懐かしい感じが僕の中で湧き上がったーー。


 あれ? 今のは?


 「ルイ様?」…… 忘れ物? 抱きたくなったら言ってよね〜 ……


 まさかーー。


 (アピス。聞こえるかい?)


 (はい、マスター♪)


 おぉ! やっぱり。以前にリーゼたちの屋敷で皆を【眷属化】する前、アピスの持っているスキルを試したのを思い出したんだ。【手環転移(リターントゥハンド)】という彼女固有スキルだ。


 それと、何となくウチのたちが居るような懐かしさを感じたというのもある。


 (声が届くということはこの島に居るってことだね? 何となく、居そうな気がしたんだ。島の何処に居るか分からないけど、僕の所に転移できる?)


 (嬉しいです! マスターの所に行けば良いのでしょう?)


 姿は見えないが声が弾んでいるのが分かる。僕もそうだ。4ヶ月は顔も見ていないし、声も聞いてないんだから気持ちが高ぶるのは仕方ないだろう。それに、アピスが居れば色々と助かる。


 (そうそう、来れそう?)


 (はい、マスター♪ 問題ありません。すぐに伺えます! ただ――)


 (ただ?)


 (ただ、マスターの御許(おんもと)に戻る為にはお願いではなく、命令が必要です)


 ああ、そうだったな。魔法の発動条件と同じだ。魔法も最後の一言はどれも命令形だからね。


 (ちょっと待ってね。アピスが来るなら【実体化】して待ってるから)


 (嬉しいです、マスター! ふふふ。皆より先にいっぱい甘えますからね)


 「【実体化サブスタンティション】」


 「えっ!? ルイ様、何を急に!?」…… え? 何かあった? あら〜? 隠すつもり無くなったのかしら〜? ……


 「お、おい、見ろっ!」「生霊レイスが生身を着けた!?」「ええっ!? アンデッドじゃないのか!?」「嘘だろ!?」「何者だ!?」「ダークエルフの使役霊じゃないのか!?」「あんな事ってあるのかしら?」「少なくとも俺は聞いたことも見たこともない」「わたしもよ」


 周囲が急にざわめき始めた。ナハトアたち3人も訳が分からないと言った表情だ。仕方ない。公衆の面前で【実体化】したんだから。それよりも、大事なことがあるんだ。


 「ナハトア」


 「は、はい」


 「あの時チラッとしか見てなかったと思うけど、今から僕の眷属を1人紹介するよ」


 「えっ!?」


 (準備できたから呼ぶね。来い、アピス!)


 (はい、我が(マイ・)主よ(マスター)♪)


 「っ!?」…… っ!? えっ!? ……


 僕の傍に居る3人が突然僕の左隣に現れたアピスに驚き身構える。驚く飲む無理はないよな。僕の左手にアピスの左手が添えられ、アピスの嬉しそうな笑顔が僕の顔を見詰めていたのだから。それも一瞬で、アピスの細い腕が僕の首に巻きつき、柔らかい唇が僕の口に蓋をした。


 「アピス」「…………んっ、ぁふ」


 人目をはばからずに行われた愛情表現なんだけど、やってる本人たちより周りが恥ずかしさに耐え切れなくなるようで、唐突に中断させられた。


 「ちょ、ルイ様、いつまでしてるんでキスしてるんですか!? そもそもこの女は誰なんですか?」


 「む〜〜。貴女あなたこそマスターとの時間を邪魔しないで下さい。ああ〜、マスターの魔力がまた一段と美味しくなってます。もっとください。ん……」


 「ちょっ、何無視して!? この無駄に多い脂肪の塊がじゃまなのか!?」


 「ひゃんっ!? な、なにするんですか!? この胸は貴女にませるためのものではありません! 揉んでいいのはマスターだけです!」


 あ〜……なんだこれ。


 …… 説明を求めます。 誰なのかしら〜? ……


 気が付くと僕の後ろにホノカとナディアが居て抱き挟まれてた。主に頭が……。声に冷気を帯びてる気がするのは僕だけか?


 「あ〜、何で亡霊レヴナントが2体もマスターにくっついてるのですか!? 離れて下さい! 消滅させますよ!」


 おいおい、物騒な事になってきたぞ。雲行きが怪しい。


 「アピスもナハトアも待って」「ちょ、ルイ様っ!?」「ふあっ!?」


 「う、羨ましくなんてねえぞ」「ちくしょう」「爆ぜろっ」「何あの人族」「む、胸が」「ーー(たらっ)」「お、おい、鼻血っ」「何見てるのよ、行くわよ!」「いてててっ! ちょ、耳!! もげるっ!?」「お母ちゃんあれ」「子どもが見るもんじゃありません!」


 外野が騒がしいけど、ここで取っ組み合いが始まる前に終息させることが先だ。というのは建前で、何も考えずに2人を抱き締めてた。ホノカとナディアに挟まれたままという締まらない状態だけど、ね。


 「2人も良い匂い。アピス。こっちが僕がじいさんに送り込まれて助けた眷属のナハトアだよ。ナハトア。彼女は理性ある魔杖インテリジェンス・スタッフで眷属のアスクレピオスだ」


 「「ーーーーよ、宜しく」」


 …… 眷属。 眷属ねぇ〜。その左手の指輪は何なのかしら〜? ……


 「ーー」「えっ!?」「ふぇっ!?」


 気が付かれたか。舌打ちしたい気持ちを抑えて敢えて沈黙で答えた。僕の腕の中で照れながら挨拶したナハトアとアピスだったんだけど、ナディアの一言でがしりとナハトアに左手首を掴まれてしまうアピス。


 抱きしめた時、アピスが偶々《たまたま》両手を胸の前に出してたんだな。それで上から見える位置に居たナディアには見えたってことだ。


 「こ、これはマスターに頂いたのです」


 …… ルイくん? 向こうの習慣で贈ったのかしら〜? ……「ルイ様、何か意味があるのですか?」


 僕の記憶ではこちらでは結婚指輪を送る習慣はない。指輪を嵌めるのは主に貴族階級で、平民や自由民といった市井の人たちには馴染みがないんだ。どちらかといえば、腕輪ブレスレットや首飾り《ネックレス》、耳飾り《イヤリング》と言ったものが好まれる。


 ーーで、反応に困るのは、これを贈ってるのがアピス1人じゃないということなんだ。逆に、ナハトアには贈ってない。カリナやゾフィーにも勿論渡してない。嬉しそうに、指輪を見てうっとりするアピスを見てーー。


 「ルイ様、わたしも欲しいです!」


 というのは予想出来てた。参ったな。ハーレムに入ってもらいたいと僕自身は思ってるけど……。今普通にハーレムって思ってたな。馴染んできたのか、ただれてきたのか……。貞操感が変わったのは確かだなぁ。


 「ダメです」「貴女には聞いてない!」


 横のアピスが即答する。まあまあ。


 「あ〜。ナハトア、それは少し待ってもらえるかな」


 「えーー」


 そんなあからさまに泣きそうな顔にならなくてもーー。


 「むふふふ。マスター、約束を憶えてくださってたんですね! 嬉しいです!」


 逆にアピスの方はご機嫌だ。まあ、あの時の約束を覚えてるから、今困ったことになってるんだけどね。ほら、彼女たちの了承なしにハーレムに入れないって、やつ。


 「どうしてダメなんですか!?」


 ここでそれを説明しても、納得いかないだろうから皆の居る所で説明したほうが色々と省けるよな。


 「えっと、アピス。アピスが居るってことは皆来てるんだよね?」


 「いえ、ちょっと問題がありまして、アイーダとシェイラ、レア、サーシャ、それにリンも居ないんです」


 そう思って尋ねてみたら、アピスの表情が曇った。どういうこと?


 「問題?」


 「それは皆が来てから説明します」


 僕の鸚鵡返おうむがえしに視線を伏せてしまうアピス。これは結構大きな問題っぽいな。アピスの歯切れの悪さに僕は気を引き締めることにした。4ヶ月以上何も出来なかった事もあり、後ろめたさもあってこれ以上聞けなかったよ。だから、一先ひとまず目先の案件を片付けることにした。


 …… 女の人っぽい名前が5人。 あら〜。ルイくんハーレム持ちなのね〜。だったら混ぜてくれればいいのに〜 ……


 「……ルイ様」


 「ナハトア。ホノカにナディアも聞いて欲しい。気になってることは後でちゃんと説明するから、今は港に来た小舟に乗って、岸から離れてもらえるかな。これから、この街全体の【浄化】をする。アピスが来てくれたから制御が利くようになったんだ」


 「(じーーっ)」…… (じーーっ) (じーーっ) ……


 「頼むよ」


 3人からジト眼で迫られると対応に困るな。女性関係が潤ったと言っても、こういう部分の経験は浅いのは否めない。あのイケメン猿魔王にくのもしゃくだし。ここは正直に頭を下げるしかない。


 「はぁ。分かりました」…… 分かったわ。 女誑おんなったらしなのね〜 ……


 「うぐ。アピスもうなずかないでくれ。何気にへこむ」


 ナディアの言葉に僕の胸元でコクコクと縦に首を振るアピスをたしなめながら、やるべき事に集中することにした。けど、追撃が続く。


 「でも、そこは肯定しないと、マスターの周りに何人居ると思ってるんですか?」


 「ぐはっ。何も今ここでそれを言わなくてもーーはっ!?」


 「ルイ様?」…… ルイくん? ナハトアもホノカも本気みたいよ〜。間違わないようにね〜 ……


 納得しかけたとこへ来てこのアピスの爆弾だ。頼むから蒸し返さないでくれ〜。余計に話がややこしくなる。くそっ、ナディアめ人事だと思って楽しんでるな。このままだと堂々巡りで終わりが見えてこないぞ!?


 「それも含めて後でちゃんと説明するから、今は協力してもらえないかな?」


 「仕方ないですね。絶対ですよ?」


 …… はぁ。前途多難ね。 ふふふ。楽しくなってきたわね〜 ……


 半ば強引に納得してもらって小舟に押し込むことに成功した僕たちは、港町の中心部に向かっていた。


 歩きながら町を鑑定した処、この町の広さが30ha(ヘクタール)あると出たんだ。東京ドームが建ってる土地が約4.7haだから、およそ6.3倍くらいの広さってことな。町としてはかなり広い部類に入るんじゃないか?


 あ〜、30haじゃピンとこないか。30万㎡(3000m☓100mとか600m☓500m)の広さだね。でも、これから使う【浄化】の魔法は四角じゃなくて円形だ。だから、30万㎡をまかなえる広さを円で出す必要がある。要するに円の面積だ。ざっと計算すると、309.1m☓309.1m☓円周率でほぼカバーできる。つまり、町の中心点で消費Mp700に309.1倍を掛けて足したMpを使えば問題なしだ。ん〜約22万くらいか。全然問題ないな。


 「マスター、難しい顔してますね?」


 「ああ、ちょっと暗算をね」


 「暗算?」


 「頭の中で計算するって意味さ」


 「ーーっ!?」


 僕の腕をマシュマロで挟み込んで放さない少しタレ眼の美人顔が、驚きに彩られる。なかなか見ない顔だな。


 「あははは。何でそんなに驚いた顔するの?」


 「知らないです。そんな方法。と言うか、マスターの頭の中どうなってるんですか?」


 ん? もしかして四則演算が普及してないのか? いや、待てまて。そもそも向こうの算術の基礎レベルがこっちの世界水準より高過ぎるのか!? リューディアからも算術に関しては全く教えてもらってないし、話題にすら上らなかったな……。


 「四則演算って聞いたことがある?」


 「しそくえんざん、ですか?」


 無いらしい。


 「足したり引いたり、掛けたり、割ったりする計算のことさ」


 「ーーっ!?」


 再び驚き顔を堪能させてもらいました。そっか。アピスは造られた存在だけど、造った異世界人からそういう知識をもらってなかったということだな。それに思い出せば色々と計算で思い当る節がある。


 買い物だ。色々と買い物したけど、基本足し算だ。商品に対して値段をふっかける。それぞれがこれくらいというか、合わせてこれくらい、という計算が多かった。こりゃ、ちょっと教育する必要があるな。


 「また時間を取って皆に教えてあげるよ。この方法を知ってると色々と助からね」


 「はい、マスター♪」


 更に体を密着させてくるアピスの温かさと、彼女から香る花のような匂いが僕の鼻腔びこうくすぐって逃げていく。ああ、懐かしな、この匂い。懐かしく思うくらい離れてたから仕方ないか。


 アピスを伴って15分くらいは歩いただろうか。


 町の中心らしき広場に出た。噴水とまではいかないけど、直径3mくらいの泉がそこにあった。


 周りを見回しても、病気のことが正しく伝わっていない所為か、行き交う人もまばらだ。僕にとっては都合がいんだけど、問題は黒死病ペストが何処まで蔓延しているのかが気になる。島全体なんて事になったら、もうお手上げだ。


 「アピス。杖になってくれる?」


 「はい、我が(マイ・)主よ(マスター)。【解除リリース】」


 淡くアピスの体が光ったかと思うと、僕の左手に2m程の長さの杖が握られていた。白群色びゃくぐんいろのフライングジャイアントバイパーが黒褐色の柄に巻き付き、その口に宝珠を加えている意匠の杖だ。杖の下先端は槍みたいに尖ってるのも僕の好きなポイント。これがアピスの本来の姿だ。


 「さて、やるかな。サーポート宜しく。【浄化ディーカンタァマネイト】」


 大量の魔力を注いで港町を【浄化】する。


 まだ中天に陽があるというのに、僕の使った魔法で町の底が淡い光りに包まれると、次の瞬間、何が起きたのかわからないまま町が白色に塗りつぶされたーー。







後まで読んで下さりありがとうございました!


ブックマークやユニークをありがとうございます!


誤字脱字をご指摘ください。


ご意見ご感想もありがとうございます!

“感想が書かれました”って出ると未だにドキッとなってビックリしてしまいますが、力になります!

引き続きご意見やご感想を頂けると嬉しいです!


これからもよろしくお願いします♪

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