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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第五幕 妖精郷
186/220

第170話 胸中

大変長らくお待たしして申し訳ありません。

暑さと忙しさでペンが止まり、気分転換にでもと外部地図作成サイト[inkarnate.com]で、地図を作り始めたら時間を忘れていたのは内緒ですw


上手くいけば良いのですが、末尾に「シムレム」のイメージ地図を載せてみました。

何となくでも雰囲気が伝われば嬉しいです。


では、まったりお楽しみください。


※2017/7/29:本文誤植修正しました。

 2017/12/26:本文場面転換時のインフォ追加しました。


 

 「そこまでです!」


 老婆の言葉がその口から出終わらぬ内に、老婆の背後から童女どうじょの声が凛と響き渡るのだったーー。


 リューディアたち一行は相対しているので近づく童女の姿を認めていたものの、背を向けていた巫女たちはビクッと体を震わせ、視線を背後に送る。潮が引くように自然と巫女たちが左右に下がり、童女の姿が衆目しゅうもくさらされるのであった。


 「ーー大斎戒おおものいみ様」


 幼い容姿に巫女衣装をまとった姿はどことなく大人びて見える。ただ、異なっているのは、同じ意匠ではあるものの色が違うということだろう。大斎戒と呼ばれた童女は緑衣りょくい黒袴くろばかまという出で立ちなのだ。切り揃えられた前髪と長く垂れ下がった後ろ髪で隠れているものの、白い鉢巻紐を額に巻いているようにも見える。


 ダークエルフの老婆ダーシャの元に歩み寄った童女もエルフだ。見た目よりも年齢を重ねていると考えたほうが良いだろう。


 「ダーシャも、皆もほこを収めて引きなさい」


 「ですが、魔族を聖域になど持ってもほかですぞ」


 童女の言葉にダーシャは渋い表情を浮かべる。それほど、ここが彼女たちにとって尊いものであるということだろう。しかしそれも、童女の続く言葉で払拭されることになる。


 「承知しております。元来よりの作法であれば其方そなたたちが正しいでしょう。ただ、今回に限っては引きなさい。聖樹様・・・・・・の御言葉です。『の者らに手出し不要、疾く我下へ』と仰せです」


 “聖樹様”という言葉にダーシャを始め多くの者の眼が驚きでみはられた。


 「ははっ。なれど……」


 それでも食い下がるダーシャの姿は彼女のあずかる職と責任感のなせるものだろう。


 「『そうは申してもはくは是とせぬでしょう。共に連れて来なさい』と仰せです」


 「っ!? 畏れ入りまして御座います。作用に致します。皆も、騒ぎは仕舞じゃ。疾く持ち場へ戻り勤めを果たすように」


 童女の言葉に完全に頭を垂れ、命を受け入れると、ダーシャはその場で呆然と成り行きを見守る巫女たちに指示を出す。ダーシャの張りのある声で我に返った彼女たちは、そそくさと持ち場に戻るのであった。


 さて、“伯”とは爵位ではない。


 ここシムレムに置いてエルフの上位種は存在するものの、まつりごとに積極的に関わることはまれだ。重んじられる存在ではあるが、些事さじはエルフやダークエルフたちに任せている。それゆえ、貴族制度は存在しないのだ。


 あるのは世界樹をまつ神祇官じんぎかん、あるいは〈かんづかさ〉と呼ばれる役所と、太政官だいじょうかんと呼ばれる役所で運営されている。二官八省にかんはっしょうというエルフたちの組織がシムレムという島全体を治めていると言ってもいいだろう。エルフ以外の妖精族もいるのだが、ある意味、島全体が1つの国と言っても過言ではない。


 八省というのは、中務省なかつかさ式部省のりのつかさ民部省たみのつかさ治部省おさむるつかさ兵部省つわもののつかさ刑部省うたへただすつかさ大蔵省おおくらのつかさ宮内省みやのうちのつかさの事で、太政官の下、民の安寧あんねいを見守っている。神祇官は独立した役所であるため、政に関与しない。ただ、国全体が世界樹を祀っていることもあり、影響力が小さいとも言いがたい状況である。今までこの仕組みで軋轢あつれきが生じたことがないという歴史をかんがみれば、この統治形態がエルフや、他の種族たちにとって馴染んでいるということなのだろう。


 その神祇官の長が“はく”もしくは“神祇伯じんぎはく”と呼ばれる。


 そう、ダーシャはその長なのだ。それを踏まえて振り返れば、彼女の言動も頷ける。胸中も穏やかではいられまい。慌ただしく巫女たちへ指示を与えるダーシャを他所に、童女がリューディアの前に進み出てペコリとお辞儀をするのだった。


 「リューディア様、初めて御意を得ます。大斎戒おおものいみの職を賜っております、ウノと申す若輩者でございます」


 「そんなに畏まらなくても良いんだよ。沢山の小精霊があんたの周りを飛んでるってことは、ハイエルフなんだろう?」


 「はい。ですが、リューディア様は身共みどものように血を受け継いだだけの者とは違います。数百年壁を超える者が居なかったのにーーっ」


 孫を見るような視線でウノの仕草をでていたリューディアであったが、賛辞に耐え切れなくなりぽふっと自分の方に抱き寄せて言葉をさえぎるのだった。抱き寄せられたウノは嬉しさの余りほほを紅潮させ、キラキラとした眼差しでリューディアを見上げている。


 「しておくれ。むずかゆいったらありゃしないよ。さあ、聖樹様の所へ案内してくれるんだろう? 頼んだからね」


 その頭を優しく撫でながら優しく促すと、彼女は嬉々《きき》として案内を始めたのだ。


 「はいっ! 皆様、こちらでございます!」


 大人びた口調ではなく、年齢相応に見えるその振る舞いにリューディアたちは顔を見合わせて微笑ほほえみ、しずしずとその後に従うのであった。


 先程までの喧騒も影を潜め、聖なる場所に相応しい厳かな静けさを取り戻している。


 いつの間にか馬車の姿はなく、湖上を滑るように吹き抜ける一陣の涼風が、聖樹を背にして歩み去る一行の頬を撫でていたーー。




             ◇




▼ アイーダ / シェイラ / レア / サーシャ / リン ▼


 同刻。


 とある地下室で4人の美女たちが対峙していた。


 一方は格子で仕切られた窓のない独房のベッドに腰掛ける魔族の女。羊のような巻角が印象的だ。片や格子を隔てた通路に立つ3人の狐耳の獣人。年齢は違えど目鼻立ちがよく似ている。恐らく姉妹であろう。


 彼女たちの姿がはっきり視認できるのは通路に灯された魔法灯のお蔭だ。一般にはほとんど出回っていないが、王侯貴族の屋敷には存在する魔道具の1つである。それだけでも、ここが何処か凡その見当が付く。


 「アイーダ。考え直さないの?」


 格子越しに一番若い人狐族の美少女が口を開く。銀髪のツインテールが彼女の声に反応するかのように揺らいだ。彼女の両手には、金属製のお盆(トレンチ)があり湯気の立つスープとパンが乗せられている。


 「ーー何を考え直すんだい、サーシャ?」


 「え? アンネリーゼ様に仕えるかどうかだよ?」


 ベッドに腰を掛けたまま問い掛けた少女と視線を合わせて問い返す、魔族の女は帰ってきた答えを気怠そうに受け流す。


 「……はぁ。論外だね。あたしはルイを裏切るつもりはサラサラ無いよ」


 「裏切るんじゃないよ。ルイ様にも仕えたまま、アンネリーゼ様を手伝えばいいんだよ」


 心からそう思っていると言った口調で少女は真剣に訴えるが、アイーダの心を動かすには至らなかった。


 「そりゃ二心ふたごころってもんだろう? ま、今の(・・・)あんたたちに何を言っても無駄なんだろうね?」


 「どうしてそんなに難しく考えるのかしら? ルイ様は自由にするように仰ったわ? わたしたちが何処で何をしようとも自己責任でしょ?」


 妹に助け舟を出す形で、肩に掛かる長い向日葵色ひまわりいろの長い髪を払いながら姉が口を挟むのだった。その口調は何処か楽しんでいるようにも見て取れる。


 「その同じ言葉ルイに面と向かって言えるのかい、シェイラ?」


 「っ」


 だがアイーダの言葉は彼女にとって予想外に鋭く、言葉に窮するのだった。


 「少なくともあたしは無理だね。それにレア、今は騎士じゃないと言っても、昔は騎士だったっていうじゃないか。忠臣はニ君(にくん)に仕えず、じゃなかったのかい?」


 その様子に肩をすくめながらアイーダは向日葵色の髪をポニーテールに結わえている真ん中の女に話し掛ける。ここに来た時点で既に機嫌悪そうにどことなくイライラした雰囲気を醸し出していた女だ。


 「ーーニ君ではない。わたしがアンネリーゼ様の御傍に居るのは同族のよしみだ」


 「まあ、いいさ。大方懐柔するように言われたんだろうが、そんな気はないよ。戻って飼い主にそう報告するんだね」


 その答えは予想出来てたものだったのか、アイーダは鼻で笑うとレアをあおるのだった。


 「貴様っ」


 「おや、同じ眷属だっていうのにあたしに手を上げるのかい?」


 「ちっ。先に戻る」


 手玉に取られた事に気が付いたのか、腹立たしげに舌打ちすると、レアはきびすを返す。その様子に驚いたサーシャがカタンと金属製のトレンチが独房内に押し込むと、レアの後を慌てて追いかけるのであった。


 「あ、お姉ちゃん! ご飯ここに置いておくね! 待ってよ!」


 「はあ。どうもあの子は気が短くなったようで、困ったものね。時間はあるわ。じっくり考えてちょうだい」


 「……」


 シェイラは溜め息混じりに苦笑すると、別れを告げて背を向ける。沈黙で応えるアイーダの答えを待つつもりはないようだ。


 「じゃあね」


 「ーーシェイラ」


 歩き出したシェイラを呼び止める、アイーダ。


 「ん、何かしら?」


 「すまないね、あたしがもっと早くに気付いていればこんな事にならなかったのに……」


 「ふふふ。変なことを言うのね。わたしたちは何処も悪くないわよ?」


 「……」


 アイーダなりの謝罪だったのだが、シェイラには届かなかったようだ。再び眼をつむり、無言で遠ざかって行く足音に耳を澄ませるのだったが、ぴくりと左肩が動く。


 「ふえぇぇぇぇ。レア姉様が怒らなかったら危なかったです〜。」


 同時に、今まで聞かなかった声がその場に漏れ出るのだった。


 「まったく、ヒヤヒヤさせるんじゃないよ。あんたがここに来たってことは、あたしの言伝ことづてはヘクセの婆さんに伝わったってことだね、リン?」


 アイーダも大きく息を吐きながら部屋の片隅に視線を向ける。そこには、頭から角を生やした木菟みみずくが1羽、床の上に立っていたのだ。先程まで何も居なかった場所に、である。てこてこと体を左右に揺らしながら歩く姿は滑稽こっけいであり、思わず笑みが零れそうになるものの、その口から人の言葉が紡ぎ出されていることに驚く。


 「はい。ジルさんにもこっそり試していたようですが、全く効果がなかったので今の時点では手の施しようがないとのことでした」


 「そうかい……。あとはルイに任せるしか無いね。で、首尾はどうだい?」


 だが、アイーダはその木菟の正体を知っているようで、特に驚く素振りも見せずに淡々と会話を続けている。


 「あ、はい。色々と屋敷を調べてみましたが、真っ黒ですね。何かしら犯罪組織に関わっている匂いがします。可愛らしい顔をしてなかなかのやり手ですね。あと、この下の階で大きなガラス瓶に浸け込まれた植物と一体化したような女の人が居ましたが、何かの魔道具のようでした」


 「魔道具。それで、その女とは話が出来たのかい?」


 「話というか、一方的に殺して欲しいの一点張りでしたね。今それをすると色々と不味いので、ごめんなさいと謝って来ました」


 「そうかい。ジルには気付かれずに戻ってきたんだろうね?」


 角の生えた木菟がくるりと1回転して右側の翼だけ広げ、力説する。


 「そりゃ勿論! シンシア姉様たちが出てからアルマちゃんに近くまで運んでもらって来たんですから。バレようがありません。あと、エトさんにも事情はお伝えしてるので、脱出経路は完璧です」


 「あとは無事にここからぬけ出すってことだね。鍵は開けれるかい?」


 「そ、それが。この姿になると(・・・・・・・・・)服も装備も全部脱げちゃうので、手振てぶらなのです」


 その問い掛けに木菟リンはしょぼんと両肩を落とし翼を垂れ下げ視線を足元に落とす。吹き出しそうになるのをこらえながら、アイーダは上着の裾から小指の大きさと余り変わらないL字型の針金を取り出し、木菟リンに放るのだった。


 「はぁ。ホント大事なところが抜けてるんだよ、あんたは。ほら、これを使いな」


 「あわわ、ちょっ、アイーダ姉様、戻るまで待って!」


 角の生えた木菟みみずくが一瞬閃光に包まれたと思うと、そこに全裸の少女がぺたりと座り込んでいた。


 「ひゃんっ」


 石畳の冷たさに驚いて慌てて飛び上がる少女。健康的に育った形の良い双丘と果実のような臀部がたゆんと揺れる。そこに木菟が居ないということは、彼女がリンなのだろう。彼女の左手にはアイーダの投げた針金がしっかりと握られていた。


 「ふふふ。あんまり悠長にしてられないからね。サッサッと頼むよ」


 「もう、アイーダ姉様はいつもそうだ」


 肩甲骨辺りまで伸びた巻癖のある灰褐色の髪が頬に掛かるのを払いながら、リンは頬を膨らます。足を組み替えてその様子を愛おしそうに見つめるアイーダの頬には優しげな微笑みが浮かんでいた。


 カチッ


 鍵穴に針金を差し込んでゴソゴソしていたのも僅かな時間で、5つも数えないうちに独房の扉が解錠される。先程のサーシャとあまり変わらぬ年齢に見える彼女だが、解錠の腕前は恐るべきものだといえよう。扉を開いた状態にしたリンが針金をアイーダに手渡す。


 「姉様、ありがとう。途中までは一緒に行くね」


 「ああ、案内を頼むよ」


 「【梟化ホーンアウル】」


 立ち上がって独房を出てゆくアイーダの右肩に再び角を生やした木菟となったリンが止まる。アイーダの巻角をカリカリとくちばしで噛む仕草が愛らしい。その様子をチラリと横目で見たアイーダは、何も言わずに歩を進めるのであった。注意深く周囲を伺いながら進む姿は、彼女が戦闘経験の豊富な人物であることを雄弁に物語っている。


 「まずはあたしの装備だね。調べてきてくれたんだろう?」


 視線はまっすぐ進行方向に向けたままアイーダは小さい声で尋ねると、間髪入れず横から答えが帰って来た。


 「勿論! その通路を右に折れた最初の部屋に置いてありました」


 「ふふふ、ホント、良い子だよあんたは」


 笑みを零しながら、リンの喉元に人差し指を当てコリコリと優しく掻くと、リンは気持ち良さそうに眼を細めるのだった。油断できない状況に変わりはないが、この瞬間は心穏やかに要られるな、とアイーダはリンの仕草に心の中で微笑う。


 強くはないが、ツンとした地下室特有の匂いが鼻を刺す。原因は湿気だろう。重くまとわりつく空気を押し分けコツコツと石畳に響く足音が、誰も居ない地下室の闇に吸い込まれていたーー。




             ◇




 ▼ シェイラ / レア / サーシャ / アンネリーゼ ▼


 同刻。


 シェイラ、レア、サーシャの人孤族3姉妹は、屋敷の談話室サロンで食後の紅茶を楽しむ1人の少女の前に立っていた。


 「それで何か収穫はありましたか?」


 「いえ、特に何も」「……」


 少女の問に髪をポニーテールに結っているレアが短く応えた。その様子を黙ったままチラリとサーシャが見上げる。


 「シェイラ?」


 少女の視線が長女シェイラに向けられた。


 「はい。帰り際呼び止められて謝られました」


 彼女の答えに、興味を引かれて少女は口を付けかけたテーカップを受けソーサーに戻して問いただす。


 「なんて言ったのかしら?」


 「早く気付いてやれなくてすまない、と言った感じでした」


 「あなたは何か感じた?」


 何かを探るような少女の視線が自分に絡みつく感じをシェイラは感じていた。深く、奥底を覗きこむような視線に呑まれそうになるが、何とか声を出すことに成功する。


 「い、いえ、特に何も。逆に可怪しな事を言うものだと思ったくらいです」


 「そう。ーーそうなのね。良かった」


 シェイラの答えを聞いて再び紅茶を口に含む少女。そして、ゆっくりと嬉しさを噛み締めるように笑みを零す。


 「良かった?」


 話の流れで「良かった」という言葉が何故続くのか理解できず、シェイラが思わず聞き返すも、少女は優しく微笑んでかぶりを振るのであった。


 「いえ、こっちの話」


 「アンネリーゼ様、御訊おたずねしたいことがあるのですが」


 「何かしら、レア。わたしに答えられるのもなら良いのだけど」


 カチリと小さくテーカップがソーサーに当たる音がする。手にしたソーサーを一度テーブルの上に戻してから少女は、一歩前に進み出て自分に質問して来たポニーテールの美女に言葉を返すのだった。シェイラに向けたような視線はもう影を潜めているようだ。


 「何故、わたしたちではなく、ジルを行かせたのですか?」


 「ああ。ーー聞きたい?」


 レアの質問に何かを思い出したような少女アンネリーゼ。サラリと肩に掛かる金髪を払う仕草はとても7歳には見えず、随分大人びて見えた。


 「「「……」」」


 アンネリーゼの確認に3人が黙って肯首こうしゅするのを確認して、少女が再び口を開く。


 「ジルの能力を考慮した結果よ。あのなら、わたしたちの進化に必要なモノを確実に持ち帰れると思ったの。メイドの経験もあの娘の方が長いという話だし。貴女たちより感情を抑えられると思ったのもあるわね。そう思ったから、あと1つになった貴重な転移の巻物を預けたのよ? 成功してもらわないと困るわ」


 「「「……」」」


 ーー3人はジルに嫉妬した。


 自分たちよりも評価が高いのだ。それを言葉の端々に感じることが出来た。


 ーー自分たちでは確実に持ち帰れない。


 ーー感情が抑えられない。


 ーー貴重な巻物を預けても良いと思わせるに足る、信頼を勝ち得ている。


 確かに思い当る節が多過ぎた。仕方ないこと。そう自分に言い聞かせようとした矢先にアンネリーゼが再び口を開くのだった。


 「ーーふふふ。嫉妬したかしら? ならわたしの選択は正しかったということね。ジルにこれ以上は期待できないわ。無傷で帰ってこれるほどあそこ(・・・)の結界は甘くない。あとは貴女たちが頼りよ。同族でしか分かり合えない部分もあるでしょ」


 「「「アンネリーゼ様ーー」」」


 「さあ、難しい話はこれでお仕舞い。お茶にしましょう。冷めてしまったわ。ーー新しいお茶を入れてちょうだい。この3人にもね」


 小さくパンと柏手を打って話を切ると、アンネリーゼ傍に控える侍女メイドへ指示を与える。伏目がちだった3人も実は頼られていると言うことを知ってか表情が明るい。少女が付くテーブルの椅子を引いてそれぞれも席に着くのだったが、入れられる紅茶と、新たに持ってこられたタルトに眼を奪われていた。


 密かに去る者が居ることにも気付かぬまま、刻は移ろうーー。


 甘い物に対する女性たちの反応は年齢に関係なく高ぶる。嬉々とした表情と声が、香ばしい紅茶の香りやタルトの甘い香りとぜになって、談話室サロンを満たしていたーー。




             ◇




 「流石、魔道船というだけはあるな……」


 シムレム()が見えたと耳にして2時間近くが過ぎようとしてるんだが……、実はシムレム(目的地)の港に寄港しようとしていた。港町が眼の前に見えているから夢じゃない。


 ーーいやいやいや、高速艇じゃあるまいしありえんだろ!?


 と思わず突っ込みたくなるくらいに、帆を畳んだ魔道船(ガレオン船)が早かったんだ。そうだな。ホバークラフトって》言う船を知ってるだろうか?


 船の周りはゴムの浮き輪のようなクッションで覆われて、船の下から空気を勢い良く吹き出させて水面に浮かび前進するっていうあれだ。まさにあんな感じだったな。ホバークラフト見たいに船の下が水平になってるわけじゃないから、浮かぶと不安定になるかと思いきや、速度でバランスをカバーするという荒業を見たよ。


 こんな機能があるんなら最初から使えば、と思わずつぶやいてしまったのをイケメン猿魔王に聞きとがめられてしまった。いつでも使える便利道具ではなく、魔王やエルフの奥さんたちの魔力で動かすそうだ。そりゃいつでも使える訳じゃないわな。しかもその人数じゃないと動かないということは、アメ車並みに燃費が悪そうだ、と思わず納得しまった。


 で、思わず感心してしまったという訳さ。


 潮騒とカモメの鳴き声が湾内に反響しているかのように聞こえる。そんなに狭い湾ではないけど、独特な地形のせいかな。


 「森の中の港町か。良い風景だな」


 「そうですね……」


 「気が重い」


 「ああ、やっと帰ってこれた!」


 ははは……。3者3様である。僕の後ろで明らかに憂鬱ゆううつそうにしているナハトアとカリナ。ゾフィーは連れ去られた手前、戻ってこれないと思ってたんだろう。何にせよ帰れてよかったな。でもーー。


 「なあ、ゾフィーはその姿のままで上陸して大丈夫なのか?」


 そこが気になったんだ。


 確か、ゾフィーたちの住んでいる場所は隠れ里だったはず。つまり、一般には周知されていない。そこに蛇女ラミアの姿で港町に現れたらパニックになるんじゃなかろうか、と要らぬ心配をしたんだけど……。


 「あ、幻術でだますので大丈夫です!」


 ということらしい。


 いや、姿は騙せても、長い尾が伸びてる訳で……。本当に大丈夫か!?


 「やだな〜。今までこの方法でバレたこと無いんですから大丈夫ですって! ルイ様は心配性なんですね!」


 「いや、現実的と言って欲しいな。何処からその自信が来るのか知りたいよ」


 あははは、と陽気に笑うゾフィーに一抹の不安を覚えながら、僕は視線をおかに向けた。ん?


 「何やら港が騒がしいようだな」


 その台詞せりふを言う前に、イケメン猿魔王に持って行かれた。ちぇっ。エルフの奥様たちが少し疲れた表情で魔王の後に控えている。本当、お疲れ様でしたね。


 けど確かに、騒がしい。


 「誰か【遠目】か【鷹の目】で見れないの?」


 水夫が居るんだから誰か1人くらいこういったスキルを持ってても良いはず。リンが居てくれれば面倒なことを頼まなくても済んだんだけどな。


 「聞こえたか? 誰か陸を見て何が起きているか報告しろ」


 「死体を海に投げ捨てているようです! 何だ? 体が黒くなってる? ダークエルフじゃないのか?」


 「っ!?」


 不味い。間違ってなければとんでもない状況に居合わせてしまったぞ!? 寒気はないけど、肌が粟立つ感じがする。明らかに自然死とは真逆の死体だ。海に捨てて問題ないのか?


 「「ルイ様?」さん?」「?」


 僕の雰囲気が変わったのが判ったのか、ナハトアとカリナが不安な表情でのぞき込んできた。ゾフィーは相変わらずマイペースだ。状況がよく理解できていないのだろう。


 「緊急だ。あんたには悪いが指揮を取らせてもらう。勝手に動かないようにしてくれ」


 まあなんだ。名前を未だに覚えてないとも言えず、「あんた」呼ばわりだというのは伏せておいたほうが良さそうだな。ははは……。


 「ーー判った。従おう。良いか、これより我らはルイ殿の指揮下に入る! 勝手な行動をした者は首を刎ねる!」


 「「「「「「「「「「はっ!!!」」」」」」」」」」


 流石に統率が取れてる。見てて気持ちが良い。おっと、そこじゃないな。


 「皆、聞いてくれ。今(おか)で騒ぎがあるのは疫病だ」


 ザワリと甲板上が不穏な空気になる。


 「ーー詳しく聞かせてもらいたい」


 エルフの妻たちの肩を抱きながら、イケメン猿魔王が訊いて来た。気にするなと言う方が可怪しい。情報を与えずに生殺しにするつもりもないしな。けど、確定的な証拠が欲しい。


 「悪い。あんたの奥さんたちの手前、軽々なことはまだ言いたくはない。もう直ぐ、証拠が近づいてくるはずだ。少し待ってくれ」


 「ーーそうか。頼む」


 あれだけ死体を海に投げ込めば潮に流されるモノも何体かはあるはずだろう。ーー来た。


 「あの遺体を引き揚げてもらえーー」「分かりました」「触るなっ!!!」「う、えっ!?」


 水夫の1人に船の傍に流れ着いた死体を引き揚げてもらおうと思った次の瞬間、思考が止まった。慌てて、水夫を止める。


 そんなーー。


 うつ伏せになった状態で浮いていた死体は何も着けていない男の裸だったんだけど……黒い(・・・)死斑しはんが体中に浮き出ていたんだ。こんな疫病は他にない。


 「最悪だ。死体の数が異常に多い。最悪の方向へ病気が悪化してる可能性が高いーー」


 「ルイ殿、どういうことだ!?」「「「「「「ルイ様!?」」」」」」


 口を抑えるように呻く。その声が聞こえたらしい。しまったな。


 このまま「言え」、「言わない」の押し問答だとらちが明かないし、第一時間の無駄だ。一先ず、真実を告げて落ち着かせるしか無い。


 それから後手に回った感が否めないけど、対応だ。


 「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」


 ふう。皆、僕の次の言葉を待ってるんだな。


 パンパンと頬を叩いて気合を入れなおした僕は、皆の顔を見渡して口を開いた。


 「皆、落ち着いて聴いて欲しい。絶対にパニックにならないように。なったら皆の命に関わるる」


 「え、そんなに大変なことなんですか?」


 流石のゾフィーもことの重大さに気が付いたらしい。お蔭で少し気持ちに余裕が出来た。ゾフィーに小さくうなずいてからゆっくりと、そして大きな声で僕は宣告した。


 「これは、ーー黒死病ペストだ」







挿絵(By みてみん)

後まで読んで下さりありがとうございました!


ブックマークやユニークをありがとうございます!


誤字脱字をご指摘ください。


ご意見ご感想もありがとうございます!

“感想が書かれました”って出ると未だにドキッとなってビックリしてしまいますが、力になります!

引き続きご意見やご感想を頂けると嬉しいです!


これからもよろしくお願いします♪

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