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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第五幕 妖精郷
184/220

第168話 予兆

珍しく、少しだけ早くに書き上がりました。

まったりお楽しみ下さい。

 

 「おいおいおい、冗談だろーー」


 出て眼を疑ったのは、球状の結界に張り付くダイオウイカを思わせる生物。その生物の頭から10mはあろうかと伸びる直角貝ちょかくがいの細く尖った殻。そして、弾幕のようにこちらに魚雷のように向かって来る幾十もの直角貝の弾幕だったーー。


 キチキチキチキチ


 ーー エサイタ。マリョクウマソウ。クウ ーー


 結界に張り付くダイオウイカの様な貝生物から意思が伝わってくる。


 完全に僕を餌扱いだな。それに、あの直角貝の先端。魔力を纏ってるぞ。自走型の突撃槍ランスみたいじゃないか。あれが全部この結界に突き刺さってもつのか?


 ーー無理だな。


 近づく弾幕を見ながら、烏賊イカのような動きと知能があるせいで群体行動が取れたんだろうと気付く。推進力は自前で水を吐き出し続ければ加速可能だからな。あんな群れで襲いかかられたらどんだけでっかい体でも一溜まりもないだろう。


 生態系を壊すつもりはないが、自衛はする。悪く思わないでくれよ。


 キチキチキチキチ


 結界に張り付くなんていったっけ。あれだ、え……エンドセラスに手を触れて一気に吸い上げる。威嚇なのか興奮している所為か、不快な音が僕の耳を打つ。


 「【汝の力倆を我に賜えよ(スキルドレイン)】! 【汝の研鑽を我に賜えよエクスペリエンスドレイン】! 【汝の露命を我に賜えよ(エナジードレイン)】!」


 《スキルを除く各プールが使用不可であることを確認。体外魔石精製を起動します。どうされますか? 中断する / 精製する / 再開する》


 「は? え、あ……あれか」


 予想外のスキル自動発動のアナウンスが頭に響く。それで思い出したのがアイテムボックスに収めた拳大こぶしだいの魔石だ。似たような物が僕の胸に収まっている。アビスはこれを見て【虹ノ泪(にじのなみだ)】だと言った。綺麗な物だとは分かるがそれだけだ。


 アイテムボックスから収めた魔石を取り出す。何故か【虹の泪】と表示ストレージに記載されてたんだよな。取り出してから、《再開する》を選ぶ。


 《体外魔石精製を再開します》


 「う〜ん、ネーミング的にどうなんだろうな。精製という英語でデフィケイトで呼んでも良い気がする。何となく格好良いし」


 《命名されました。ユニークスキル【体外魔石精製】を以降、デフィケイトと称します》


 「おえっ!? そんなリアクション返ってくるの!?」


 驚いた。独言を拾われるとは思ってもなかったからな。完全に吸い尽くして干乾びたエンドセラスをアイテムボックスに突っ込む。今はどうでも良い事に意識を向けてる暇はない。この間にも弾幕の距離が急速に縮まっているんだ。


 直接被弾させて結界の耐久性を試す必要はない。どうせ鮟鱇アンコウ提灯ちょうちんみたくこの浮かんでる魔石目掛けてやってくるはず。


 「だったら眼の前でぶら下げてやれば良いって話だ。【舞い喰らう闇の盾ダークフラクシュエイション】」


 水の中で出した事はないけど、自然に存在するものには反応しないはず。反応するのは敵意を持って来るモノだけだ。通常の20倍の魔力を込めて結界の外へ高さ5m幅の帯状に魔法を展開する。壁の長さは10mくらいだろうと思う。その間にも水棲馬ケルピーかれる双胴船が水中を走って行くが、魔法の壁も等間隔で付いて来ているみたいだ。


 術者と一定間隔は保つということかな。


 2、3分後、ドドドドドッと海水を震わせて【ダークフラクシュエイション】に突き刺さる直角貝の群体がいた。見事なまでに愚直だ。仲間が闇の壁に捕食されている事に気付いた後続が、進路を変えて船をかすめるように過ぎ去って行く。あれだけ速度が出てたら直ぐには止まれんだろう、というくらいの速さだ。


 シュルルルルルルーーーー


 只、直角貝の群体が刺さっていたら無事では済まなかっただろうということは解る。水切り音を立てながら遠くへ消えていく直角貝の群体は流れ星のように見えた。そこに更に巨大な気配が真下から上がってくる。


 「なんだ!?」


 ゆらりと巨体を揺らしながら上昇してくる影は何とも言えない圧力があった。


 答えは直ぐに提示される。鯨だ。しかも巨大な。


 「マッコウクジラ?」


 思わずそう見えてしまうほど外見はよく似ていた。一部を除いてはーー。


 そう、牙だ。いや、牙のように見える歯と言ったほうが良いだろう。僕の眼には、鮫の歯のように並んだ歯で【ダークフラクシュエイション】に突き刺さったまま、ゆっくりと捕食されている直角貝たちを噛み砕き粗食する姿が映し出されていた。


 マッコウクジラならダイオウイカは好物だ。似たような嗜好しこうなのかも。


 とにかくデカイ。10mを超えそうな直角貝よりもデカイ。倍以上はある。


 ゾクリ


 鯨と眼が合った。知性を感じさせる視線に海中にむ生態系の深さを垣間見た気になる。


 どうする? このまま鯨ごとるか?


 『ルイ様! 危機は去りました! 鯨王種げいおうしゅはポセイドン様の眷属と言われております。どうぞ、手出しなさりませんように』


 と、テティスさんから先に釘を刺された。あら、いつの間に。


 『げいおうしゅ、ね。まだ大きいのが居そうだね』


 多分、鯨の王といわれる種類と言う意味だろう。だったらまだまだ成長しそうだな。


 『はい。およですが、あの倍の大きさには成長するそうです』


 『倍!? そりゃ凄いな。鯨の王と言われるのもうなずける。テティスさんたちはあの鯨王種をなんて呼んでるの?』


 まさに王様というに相応しい大きさだな。


 『レビアタン、とわたくし共は呼んでおります』


 『レビアタン、ね。ちなみさっきの貝はどういう種類なの?』


 『直角王貝種ちょっかくおうがいしゅと呼んでおります』


 『ちょっかくおうがい、かあ』


 古代海棲生物にそういう名前の鯨や貝が居たな。というか、この世界はジュラ紀や白亜紀の地球に似てるんじゃないのか? そんなことを考えてしまう。流石に魔物や竜は居なかったと思いたいが、海棲生物が酷似してるのは気のせいだろうか。


 『ルイ様?』


 『ああ、いえ何でもないよ。じゃあ、魔法は解除しておくよ。危害を加えては申し訳ないからね』


 『ありがとうございます』


 頭を下げるテティスさんを横目に【舞い喰らう闇の盾ダークフラクシュエイション】を解除する。レビアタンに喰われなかった直角王貝エンドセラスも自由になるものの、外骨格を失った貝が以前のうように動ける訳もなく、レビアタンの胃へ順次収められていくのだった。


 船室に戻りながら思う。


 あの貝がこの船に向かって来た理由は明らかに僕の魔力狙いだった。餌として飛切りの上物なんだろう、と。僕としては抑えているものの、野生の嗅覚には隠し切れてないということだ。魔力感知を使うと隠せないだろうけど、将来的には眼に見えない細い糸のような網に出来ればいい。


 そのためには僕自信が魔力をさらに表に出さないようにしないとな。


 幸いまだ合流するまでに時間がありそうだ。部屋にもって押さえ込めるようにしてみるか。嬉しそうに甲板で出迎える3人の姿に頬を緩めながら、僕は課題に取り組もうと決意を新たにしたーー。




             ◇




 時をほんの少しだけさかのぼる。


 風を受けて3本マストの帆を張り、陽の光を反射し金色や銀色に美しく耀いている波を掻き分けて進む大型帆船の姿が海上にあった。ルイの居た世界の木造帆船に造詣が深い者が居れば、ガレオン船と見紛う美しい船体に息を呑んだことだろう。


 穏やかな風と降り注ぐ陽気に当てられて、緊張感が緩みかけていた時だった。


 「海底から急速に近づく魔力感知!」


 「その数、10、20、なんだっ!? まだ増える!?」


 「総員衝撃に備えよ! 竜骨周辺の結界の強度は最大に!」


 「繰り返す! 総員衝撃に備えよ!」


 船内から甲板へ緊迫した声が響き渡る。その声にのんびりと自分たちの時間を過ごしていた者たちが飛び起き、慌てて持ち場へ走り去って行く。経験を積んだ水夫たちだ、その動きに無駄はない。


 船員たちの動きを眼で追いながら、船首で大きなソファーに足を伸ばして身を投げる美丈夫が、すがり付く6人のエルフ美女たちを抱き止めながら溜息を吐くのだった。彼の後ろに経つ猫系の獣人と犬系の獣人の美少女たちが、ピクピクと獣耳をせわしなく動かして周囲を警戒している姿も見える。


 「へ、陛下!」「やれやれ、ルイ殿が居られないからと羽根を伸ばしていたらこれか」「「ーー」」


 「個体の識別が出来ました! 直角王貝エンドセラスと思われます!」


 責任者の1人であろうか、美丈夫に報告して直ぐさま船内へ駆け戻って行く。その間にも甲板へ緊迫した声が警告を知らせていた。


 「着弾まであとわずかです!」


 「総員衝撃に備えよ!」


 「お前たちも、俺にしがみつけ。海に落ちたら大事おおごとだ。だが、エンドセラスだとーー?」


 「「はい、旦那様」」


 上半身を起こしてエルフの美女たちを抱き締める美丈夫の言葉に、獣人の2人も背中側から男の首に腕を回して抱き着くのだった。その瞬間ーー。


 ドドドドドド


 「「「「「「「「キャアアッ!!」」」」」」」」「むうっ」


 何かが船の結界に当たり、結界のふちこすりながら幾十もの直角王貝エンドセラスが大空に舞い上がったのだ。


 空高く打ち上がったエンドセラスの群体は水飛沫を燦然さんぜんきらめかせ、大きく弧を描きながら再び海水へと戻って行く。幻想的な光景に危機感をつのらせていた面々はそのことを忘れ、ただただ呆然ぼうぜんとした表情で、幾重にも弧を描いては水柱を立てて消えて行く海底の魔物たちが繰り広げる演舞を見詰めていたーー。




             ◇




 同刻。


 カコーン、と小気味よい木桶の跳ねる音が響く湯殿ゆどのに、一糸纏いっしまとわぬ姿でくつろぐ11人の麗人たちが居た。


 ある者は肩まで湯に浸かり、ある者は下半身だけ浸かり、ある者は足だけ湯に浸けている。彼女たちが体を揺らすとそれに合わせて柔らかで張りのある双丘そうきゅうがたゆんとゆれていた。その中で1人だけ肌の色が大きく異なる美女に眼が留まる。青い肌だ。額から2本の角が生え出ている姿は彼女が妖魔族、中でも無類の膂力りょりょくを誇る鬼族オーガであることを証している。


 覚えているだろうか。ルイとは異なるタイミングでこの世界に転生してきた日本人の1人、“ケルベロス”の海賊船団の船倉でルイに助けだされたすめらぎごうもこの鬼族に転生を果たしていたことを。彼の肌は青くなく、赤銅色しゃくどういろであったが……。彼はルイとはたもとを分かち自分の進む航路を選んだ。彼と再び航路が交錯することがあるのかどうかは、神のみぞ知ることだろう。


 天井から注ぐ、明るさを調整してある柔らかな魔法光のお蔭で湯殿が暗くなることはなく、互いの顔を見ながら自己紹介と雑談を楽しんでいた。食卓では腹の探りあいだが、心身ともに寛げるこの場で交渉の駆け引きは無力になるようだ。それぞれの表情に緊張の色は見られず笑い声も飛び交う中、彼女たちは親交を深めていた。


 そう、彼女たちの正体は、サフィーロ王国が王都カエルレウスより帰還した10人と、食客としてこの地に逗留してルイの帰りを待つ“北の君”の使者、青鬼のセシリア・ド・ベイレフェルトその人だ。


 「そうか、セシリア殿は2ヶ月もここに居られたのだな。我らと入れ違いか」


 シンシアが長い金髪を頭の上に結上げてかんざしで留めている。この簪、長い髪を濡らしたくないと言う眷属たちに対してルイが急遽打ったものだ。少し多めに同じ型のものを打って、脱衣場に無造作に置いている。個人で使うために持ち歩くものは別に打ってもらったものの、この湯殿専用にと置いてあるものを皆が使っているのだ。


 「はい。皆様がとても良くして下さいますので、居心地が良く長逗留しております」


 シンシアの言葉にセシリアが小さくうなずく。表情を見る限り、偽りはないのだろう。肩まで浸かった湯の中で恥ずかしそうに身動みじろぐ。


 「あら、畑も狩りも色々と手伝ってくれてるとエレンも言ってるわよ?」


 その言葉にアピスがパシャリと湯面から出る肩に湯を掛けながら微笑むのだった。それにエレンも加わる。


 「その通りでございます。薬の造詣ぞうけいにも深くリューディア様の手伝いもしてくださって、わたくしとしても大いに助かっております」


 「へえ、あのリューディアの手伝いが出来るって凄いわね、コレット」


 「はい、リーゼ様。尊敬いたします」


 湯船の縁に腰掛けるリーゼとコレットが驚きの視線でセシリアを見るが、彼女はそういった視線に慣れていないらしく、慌ててバシャバシャと顔の前で両手を振り照れを隠そうとするのだった。


 「いえいえいえ、わたしなど、薬草を積んで磨り潰すだけですから!」


 「その目利きが大切なのよ。カティナみたいに感覚で見つけちゃう娘もたまにいるけどね?」


 その仕草に微笑みながら、少し離れた所でリンと話していたカティナに話を振るアピス。


 「え〜、感覚じゃないよ、アピス姉! ちゃんと匂いで嗅ぎ分けてるんだからね!」


 兎の獣人で耳が良いということもあり、すぐさま抗議の声が届く。


 「はいはい、それが出来るのがカティナくらいだって褒めてるのよ」


 「匂いで……、嗅ぎ分ける……?」


 セシリアにとっては驚異的な事で、思わずカティナの顔をまじまじと見詰めるのであった。そのセシリアにチラと視線を向けたものの、すぐにアピスへ視線を戻したカティナがピクピクと兎の耳を揺らしながら更に抗議する。


 「お姉ちゃんたちだったら問題ないと思うけど?」


 「ヘルマやクラムはカティナ程食いしん坊じゃないから全部は判らないって言ってましてよ?」


 「えーーっ!? 何それ!? ひっどーーいっ! わたしは食いしん坊じゃないもん! ね、リンちゃん!」


 長い緋色の髪を結上げながらディーが悪戯っぽい笑みを浮かべて指摘すると、バシャッと飛沫を立ててカティナが仁王立ちになるのだった。褐色の瑞々しい肌が湯を弾き、小振りな双丘がふるんと揺れる。


 「……か、カティナは美味しいものに眼がない、よね?」


 その横でリンがモジモジしながら裏切るのだった。


 「リンちゃんまで!? ギゼラ姉ーーっ!」


 驚いて振り向いたカティナだったが、味方は居ないとばかりに少し離れて湯に浸かっていたギゼラの胸に飛び込むのだった。


 「はいはい。お風呂から上がった甘いものでも食べましょうね」


 「うん! はえっ!?」


 ぽふぽふと頭を撫でられながら慰められた一言に思わず反応してしまったことにカティナは驚いて顔を上げる。


 「「「「「「「「「「あはははははははは!」」」」」」」」」」


 どっと湯殿ゆどの


 笑われた事に不貞腐ふてくされていたカティナだったが、和やかな雰囲気に巻かれたのかすぐに機嫌を直してニコニコし始めていた。そんな中、セシリアが立ち上があり脱衣場に向かう。


 「湯に当たりそうなので、お先に上がらせてもらいます」


 「セシリア殿」


 「はい」


 「明日は早い。共に行かれるつもりなら早めに休まれると良い。食事も部屋で良いのだぞ?」


 「御心遣いに感謝いたします。ですが、夜はご一緒させて下さい」


 「分かった。では後でな」


 湯船から上がり脱衣場に向かうセシリアの背を見送るシンシアだったが、一瞬だけチラリと照柿色てりかきいろの髪を布で巻いて濡れないようにしているジルの姿を見、短く溜息をく。


 元々ジルは自分から他者と絡む事が得意ではなかったが、ここに来て更にその傾向が強くなってきたのでは、とシンシアは感じたのだ。もう少し様子を見るか、そう自分に言い聞かせてシンシアは眼をつむり、掛け流し状態になっている湯の揺らぎに身を委ねるのだった。




             ◇




 パタン


 扉の閉まる乾いた音が部屋に響く。


 「ん、ん、ぷはっ。セシリア、落ち着くのです」


 足早に風呂を上がり、わたしに充てがわれている客間へ戻ると水差しからコップに注ぎ、一気に飲み干します。まだ心の臓がバクバクと跳ねている。浮ついた心を落ち着かせようと、自分の胸に手を当ててゆっくり呼吸を繰り返します。


 「それにしても……」


 ルイ様の眷属は何と恐ろしい方々ばかりなのでしょうか。


 こちらに初めて赴いた時に話を聞いてくださったリューディア殿やエレオノーラ殿も、わたしからすれば格上の存在でしたのに、昨日戻られたあの方々は更に化け物じみて居られました。


 膂力りょりょくで誇る鬼族が、エルフや獣人まで遅れを取ろうとは誰が思うでしょう。残って正解でした。


 ここは危険です。ルイ・イチジク様が覇権を狙われる方であるならば、この大陸はあっという間に戦禍に呑まれるでしょう。我が君にお伝えするためにもこの眼でルイ様を間近で見なければなりません。


 魔王クラスに足を掛けて居られる方が3人も居るのですよ!? 異常過ぎます。そんな方と間近でお話するなど、寿命が縮む思いです。でもこれも、我が君のため。わたしに与えられた務めなのですから、逃げる訳には参りません。


 幸い、明日からルイ様と合流するために再び出られるという。僥倖ぎょうこうでした。


 「それにしても、何故我が君はルイ様に親書をしたためられたのでしょう……」


 その疑問もルイ様に御逢いすれば、解決するはず。


 「ふぅ……。本当長く湯に浸かりすぎたのかもしれませんね。食事までまだ時間もあるようですし、少し休みましょう」


 ぽふっとわたしはベッドに身を投げて意識を手放すことにした。ようやく、我が君に命じられた職務を果たせるという期待を胸に、湯上がりの心地良さに包まれたわたしは意識を手放したーー。




             ◇




 同刻。


南半球に位置するテイルヘナ大陸と南極に位置するクサンテ大陸に挟まれる形で浮かぶ、南洋の巨島シムレム。上空から全貌を見ることの出来ない者たちにとって、シムレムはその大きさゆえに大陸と思っている者が居たとしても不思議はない。現にシムレム大陸と称す者たちも存在する。


 テチス大海の南に浮かぶその島は、複雑な海流と海霧に守られ長きに渡り外界から隔絶されて来た。それ故に独自の文化が開花し成長する。“決まった経路を吹く風(アリーゼ)”によってもたらされる暖かく湿った風によって森が育ち、島の大部分を覆い隠していた。大きな島であるにもかかわらず、湖という水源が極端に少ない環境において、海からもたらされる湿気を含んだ風と霧は島で暮らす者たちに生命いのち甘露かんろとなっているに違いない。


 シムレムに住む者たちは人族から陰で亜人種と揶揄やゆされるエルフやホビットたち、更には妖精たちだ。人族が居を定めることは許可されていない。長期滞在は可能だが、一定期間が過ぎると退去が求められるという。ごく少数だがドワーフ族も島で生活しているももの、ドワーフ族のさとはクサンテ大陸の何処かにあると言われているが定かではない。蛇女ラミアたちの隠れ里があるという情報も記憶に新しいが、ごく少数の者たちしかし得ない情報だ。


 人口の割合からしてもエルフ族が圧倒的に多い。ゆえに、このシムレムがエルフ族の郷と言われているのももっともなことだろう。


 加えて、エルフ族の多くが住まう妖精郷(エルフェイム)で、100年に1度の祭り、“聖樹祭(せいじゅさい)”が執り行われることもあり各地に散っていたエルフたちが帰郷しているのだという。


 そうした賑わいの中、島を覆う森の中に点在する聚落しゅらくの1つで異変が起きていた。


 エルフたちには苗字がない。


 正確には氏族の名前が苗字代わりになる。普段は名乗ることはないものの、シムレムの中においては同じ名前も存在するために、島内では氏族名と名を連ならせて名乗るのが通例だ。氏族名はその聚落を興した者の名が受け継がれることが慣例となっているという。


 聚落を絶やさなかった。繁栄させた。それは人族より遥かに長い時を生きる者たちならではの評価の仕方と言えるだろう。つまり、古くからある大きな聚落ほど影響力のある氏族になり得るという訳だ。


 その大きな聚落が今危機に瀕していた。


 「村長むらおさ! アグソルのとこもダメだ!」


 「村長! エツドレのとこもダメだ!」


 「何と言うことじゃ……」


 ダークエルフの男たちが長い口髭を蓄えた老人に駆け寄って口々に報告する。男たちの年齢は人間と比較してみれば、50代あたりの壮年期に差し掛かったさまに見えた。男たちの報告に老人は肩を落とす。


 「どうする、村長? このままではらちが明かんだろう?」


 「そうだ。様子を見たヴェミーレの婆さんも病にやられちまってる。ウチだけじゃ手に余る」


 「広がる前に手を打たねば!」


 「皆の言いたいことは分かった! 村に居る薬師も皆病に倒れたと聞く。これは見舞った者に感染うつったということじゃ。良いな、先ずは聚落全体にれを出す。この病に掛かった者に触れてはならん。できるだけ早く村外むらはずれのヴェミーレの家に自力で行かせるのじゃ」


 「俺らは!? 俺らはどうすればいい!? このままだと聚落が危ないだろ!?」


 「そうだ! 狩人かりゅうどたちが居ない今、食料がとぼしくなるのは目に見えてる」


 「すまぬが、動けるもので手分けをして調達して欲しい。カミロ、シリアコ、フィト!」


 「「「はいっ!」」」


 村長むらおさに呼ばれて、20代の女性と見紛うような好青年たちが3人、老人の前に進み出る。皆ダークエルフだ。周りを見回してもダークエルフしか居ない。つまりはそういうことだろう。


 「お主たち、体調はどうじゃ」


 「「「問題ありませんっ!」」」


 「もし、体調が思わしくなくなったらその時点で、誰にも遭わぬように帰ってくるのじゃ。良いな?」


 即答する3人に睨みを利かせながら村長は、ゆっくりと言い聞かせる。若者たちはゴクリとつばみ込みながら大きく肯くのだった。


 「「「ーーーー」」」


 「カミロはヴィレの聚落へ。シリアコはカンドムの聚落へ、ここの状況と対処法を伝えのじゃ」


 「「はいっ」」


 3人の内、左右に立つ若者が返事を返し、その足で駆け出す。


 「フィトは“巫女聚みこしゅう”へ相談せよ。良いか、体調には細心の注意を払うのじゃぞ? この札がわし名代みょうだいであることの証じゃ」


 残った1人に、村長は己の首から下げている紐を通した薄い金属製の札を外して手渡すのだった。


 「……これは」


 「失くすなよ? 大事な物じゃからな」


 おずおずと札を手にするフィトは、札から眼を離せずに居たのだが、村長の一言に慌てて顔を上げ、首に紐を掛けるのであった。


 「は、はいっ!」


 「フィト、お前は何を為すべきか理解しておるのじゃろうの?」


 「はいっ! 村の現状と対策を伝え、早急に解決するための知恵と手段を手に入れてきます!」


 任された責任の大きさが彼に良い意味で力を与えたのか、フィトは村長の問い掛けに胸を張って武張ぶばる。その初々しさに老人は相好そうごうを崩すのだったが、表情を直ぐ引き締め青年を送り出す。


 「任せたぞ。疾く行け」


 「では、行って参ります! 【加速アクセラレイト】」


 風をまとい駆け出す青年の姿は直ぐに森に呑まれる。


 それを見送った村人たちは、それぞれができることを行おうとその場を後にし始めた。今までにない種類の病の発生。それはこの聚落しゅうらく開村かいそんして初めてと言っても良い事案だ。言い知れぬ不安と恐怖と内心闘いながら、早くこの問題が収束してくれないものかと誰もが願わずにはいられなかった。


 だが着実に死神の大鎌は大きく振り上げられている。村に掛かる不穏な空気を可視化出来る者が居たとすれば、その様に息を呑んだことだろう。明日は自分や家族もどうなっているか分からない、そんな秋色しゅそくを顔に浮かべて持ち上げる足取りは、いつもより重く感じられた。


 「頼んだぞ……」


 村長は《むらおさ》フィトが消えた森を見詰めながら願いを吐露する。


 だが村長たちの願いもむなしく、やがてこの聚落しゅうらくは、近隣のダークエルフたちの聚落を巻き込んで病に没する事になる。


 ーールイたちがシムレムに上陸するほんの数日前の出来事だ。


 これが後に“ダークエルフの呪い”と称される病が大流行する予兆であったーー。







最後まで読んで下さりありがとうございました!


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引き続きご意見やご感想を頂けると嬉しいです!


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