第166話 覚醒
お待たせして大変申し訳ありません。
まったりお楽しみ下さい。
※残虐なシーンがあります。
「安心はまだ出来ませんが、一先ず落とし前を付けさせてもらいましょうか。ヨーゼフ」
わたしの中で怒りが静かに息巻いているのが分かります。
サラとシルヴィアを床に寝かせ、腕から2人の体重が離れたのを確認して腰を上げたわたしの視線の先には――。
ギリッ
思わず歯を噛み締めすぎて砕きそうになってしみました。落ち着きましょう。感情に駆られるのではなく、冷たく、深く、殺意を研ぎ澄ませるのです。
2人の横に翠色に発光する人型の何かにが居ますが……害意はなさそうですし、わたしのことを「旦那様」と呼んでいたことは……まあ、そういうことなのでしょう。
2色の杭に撃ちぬかれたまま藻掻いている男の顔をわたしはよく知っています。
あれは400年以上前の話でしょうか、あの男の角を1本圧し折ってやった記憶があります。風の噂で同族に残った1本も折られたと聞きました。進歩のない男ですね。
「――良い様ですね、ヨーゼフ」
「エト! 何故だ! 何故、貴様がここに居る!?」
「その問いに答える理由は何処にもありません。ここにあるのはどうしようもないほど湧き上がる貴方への殺意です。前回のように角1本で見逃してもらえるなどと思わないことです」
〈ヒッ〉
わたしの殺気が漏れたせいでしょうか、わたしの後で跪いている赤く発光する人型の何かから引き攣った声が漏れ出ました。人と同じような感覚がるということでしょうか? 後で話を聞いてみましょう。その前にーー。
「クソォッ! こ、この杭が!! この杭さえなければッ!!」
この羽虫をどうしてくれましょう。む!?
暗闇の中から殺気を纏ってグルグルと低く唸る白い獣が浮かび上がりました。ここまでわたしに気配を感じさせないということは、上位種なのでしょう。ここを抜けられるわけにはいきませんね。それにーー。
今このタイミングで姿を現したということは、ヨーゼフを連れ戻しに来たと考えた方が腑に落ちます。まあ、この男を餌に奥の2人を歯牙に掛ける可能性も捨てられませんからし……。
「そこの赤い貴女」
〈はい、旦那様。初めて御意を得ます〉
「お名前は?」
〈ロッサと申します〉
「2人を助けてくれたことに礼を言います」
〈い、いえ、当然のことです〉
白い獣から視線を外すわけにはいきません。警戒しつつ赤く発光する人に話しかけてみますと、思いの外好印象ですね。やはり、守護者的な魔法生物、と考えるべきでしょうか。それにしては人間臭過ぎます。
ルイ様が使って折られた闇魔法の最上位召喚魔法で喚ばれる者たちに通じるものがありますね。ここは信頼しますか。2人の安全が最優先です。
「貴女と奥の翠の方が引き続き助けてくださるなら、サラとシルヴィアのことを頼めますか?」
〈は、この身に代えましても!〉
「詳しいことは分かりませんが、近づいてくる白い獣はわたしたちよりも格上の種です。家の中で防衛線を張ってください。わたしがここを受け持ちます」
〈お任せください! 御武運を!〉
視界から赤い人が消えたということは家に入ったということですね。ふむ。気配がないとは珍妙な……。
グルルルル「ヨーゼフ、何をしている。主の命を違えたのか?」
「違えてはおらん! 果たしたが、思わぬ客に遅れを取っただけだ」
グルルルル「物も良いようだな。無様な姿で強がっても失笑しか出ぬぞ? む……この匂い。貴様、ルイ・イチジクに列なる者か?」
「獣からその御名前を聞こうとは……驚きです。家の中の者は違いますが、わたしは正しくあの御方の眷属です」
威嚇するように鼻の上に皺を寄せて白い獣が言葉を発します。久しく見る機会はありませんでしたが、どうやら大雪豹のようですね。何処でルイ様と接点が合ったのか……。まったくあの方には驚かされてばかりですな。
グルルルル「そうか。ならは山の雪辱を少しでも払うとするか」
「む。【黒剣】。【黒套】」
やはり上位種。動きが早いですね。普通ならば姿が消えたと思うでしょうが。
ガアッ!!「何!?」
これくらいの速さであれば、眼で追えます。
【黒套】。この剣術と言って良いのか分からないこの技は大変物騒な技です。わたしの背後へ風ではためく袖なし外套のように、放射状に広がる細身の黒い剣身が結界となりますから、実質背後に回ることは不可能でしょう。防御用剣術、といった処でしょうか。
案の定、その身に傷を負った大雪豹が元の位置に戻り右手の甲を舐めています。ふむ。傷が塞がりますか……。異常な回復ですね。鮮血の匂いがピタリと止みんだところをみると、間違いではないでしょう。さて――。
「様子見はここまでにさせていただきましょう。無様な男と共にわたしの怒りを味わってもらいましょう」
グルルルル
「嘗めるなぁっ!!」
ヨーゼフが巨体を揺すって【影杭】から体を引き抜きます。流石は腐っても竜族。あの膂力から繰り出される攻撃が当たればそれなりにダメージを受けるでしょうな。まあ、当たれば、ですが。
グルルルル「目的を果たしたのなら、退くぞ」
「何故だ! ぐあっ!」
大雪豹がヨーゼフの奥襟を噛んで引くのとわたしが剣を振るうのがほぼ同時だったようです。首を狙ったのですが、右腕を切り落としただけでした。獣の感覚はこれだから侮れませんね。
「それは簡単です。2人掛かりでもわたしに敵わないということでしょう。如何にレベル差があるとはいえ、闇夜にわたしと対峙した愚かさを知りなさい」
今まで2人が居た場所に静かに立つわたしを睨みつけてくるヨーゼフ。襲う者が何故襲い返される事を失念するのでしょうか。愚かなことです。まずは獣の足を止めるべきですね。
「腕を……ぐぅっ」
「逃しません。わたしの大切なものに手を出したのです。二度と手を出したいと思わないほど痛みを味わってもらいましょう。【苦痛】」
「はん、そんな初級魔法など効くわけぐあああああああっ!」
通常の10倍の魔力を込めて【苦痛】を掛けます。受けた傷の感覚が何倍にもなるという副作用がこの間をにあることを知るものは少ない。痛みを加えるだけの魔法だと思っていたら大間違いですよ。さて――。
「逃がすつもりはないと、そう言いましたよ? 【苦痛】。【漆黒】。【影縛り】。【槍影】」
大雪豹にも【苦痛】を貼り付け、闇を深めます。その闇の中から自由を奪い、串刺す。
ゴウッ「小賢しい! 魔力を何倍も込めておるのか!」
「闇魔法とはここまでのものか? 【闇の外套】」
大雪豹もヨーゼフも何とか避けている程度ですか。魔法の気配を察知できなければ、闇夜と闇に紛れたこの攻撃は避けれませんよ。ふふふ、鮮血の匂いがまたし始めましたね。植物の蔦を切ったような臭いも混ざっていますが……。
「【苦痛】。【漆黒】。【黒嘴弾】。闇の何たるかを知らぬ者が幾ら強力な闇魔法を使ったとて恐るるにたりませんな。【黒嘴の弾幕】。【黒珠】」
ヨーゼフ、【闇の外套】を付け焼刃的に纏ったとしても無駄です。その障壁を胡麻化す方法など幾らでもありますからね。
「ああ、そっちは」
【黒嘴弾】で逃げ道を絞らせ、追尾する【黒嘴の弾幕】で罠に追い込めば完了です。特大【黒珠】を仕込みましたからね。
ギャン!!「ギャアアアアアアッ!!」
2匹の絶叫が耳に心地良いですね。【黒珠】に弾かれて激痛に襲われるのを冷静に見ながら、己の内にある怒りを量りますがまだ治まらないようです。サラとシルヴィアにあそこまでの事をしてくれたのです。これでは微温いくらいでしょう。
ふむ。事前に院長さんに夜中外が騒がしくなったら絶対に出ないようにと言い含めておいて正解でしたね。それに、孤児院は兎も角、周辺から騎士団へ通報が届いても良さそうな時間ですかな。あまり時間を掛けて甚振れないのは残念ですが、仕方ありません。
――2人も気になりますしね。
「失礼。忠告が間に合いませんでしたな」
ガルルルル「退くぞ、相性が悪過ぎる」
「――――ギリッ」
どうやら獣は記憶力も悪いようですな。
「言った筈です。逃さぬと。む!?」「【氷嵐】! 今だ!」「――ッ!」
周辺の気温が急激に下がり周辺の空気がキラキラと月光を反射し始めたではありませんか、冷気に絡んだ魔法が来そうですな。そう思った矢先、強烈な氷飛礫を含んだ小規模な嵐が起きました。
慌てて剣を振りますが、小さな手応えしか伝わってきませんでした。何らかの方法で逃げたということでしょう。忌々しいことですが、今はサラとシルヴィアです。氷飛礫で多少は肉が削ぎ飛ばされましたが、剣で落ち落とせましたし……これくらいは些細なものでしょう。
孤児院の方からも誰かが出向いてくる気配はないようですね。
「ふ〜〜。勢いでしたとは言え、言い訳は出来ません。先ずは最初の試練を乗り切らないといけませんね」
溜息と共にこれから起こることを想像し、わたしは気を引き締めました。これを乗り切らねば2人に未来はないのですから。そう言い聞かせながら、壊された玄関を潜り愛する妻と娘の下に足を向けました――。
◇
同刻。
月夜の光も差し込まない漆黒に塗りつぶされた森の中を、農耕馬のような巨躯を揺らす2頭の巨馬が、通常のものよりも胴長な幌馬車を牽いていた。轍のない林道を3対の車輪が滑らかに回転している。
時折窪みに車輪が沈むが大きく馬車が弾む事もなく、小刻みなリズムを取りながら滑らかに進んでいた。馬車の構造をよく知る者が見れば、その異常さに眼を見張ったことだろう。揺れが極端に少ないのだ。
2頭の馬の頭上に油灯が1つ灯され周囲を優しく照らしているが、馬たちの足元や前方をはっきりと照らし出している訳ではない。
にも拘わらず、馬たちは軽快に大地を蹴って馬車を引いていたのだった。
「ジル、依頼主の御令嬢はどのような方でしたか?」
「……? 質問の意味が分かりませんが?」
御者席に座る2人の美女たちが、馬に手綱を預ける形で雑談をしている。訊ねられた方の美女の方が胸の膨らみが豊かなようで、振動に合わせて柔らかく弾んでいた。それに視線を落としながら、ジルに問い返された美女は口を開く。
「いえ、偶々とは言えゴールドバーク候爵家と縁を結べた上に、図らずも依頼を受ける側になったわけです。貴女たちがあの方の依頼を熟される時や、あの方の事を話される時は随分と心酔した表情になってますからね。興味が湧いただけです。それにその話を振れる方は今ジルしかいませんし」
「――――コレットさん」
「ああ、明かりが見えてきましたよ。リーゼ様、皆様、長旅お疲れ様でございます」
コレットの言葉にジルが口を開き掛けたタイミングで、彼女はするりと会話を終わらせるのだった。覗き窓をノックして引き、中に向かって声を掛ける。
コレットの言う通り、森の奥が薄っすらと月明かりに照らしだされた空間がある。建物の輪郭はまだはっきりとは認識できないが、所々に灯された火が手招きするように揺らぎ、彼女たちの到着を迎えているように見えた――。
◇
同刻。
コツコツとエトの足音が床に律動を刻む。
彼の視線の先に居るのは未だ床に伏したサラとシルヴィアだ。そして彼女たちの奥で跪く、赤と翠にそれぞれ淡く発光する女性形の人外。
「サラ、シルヴィア……」
「――だんな、さ、ま?」
「気付きましたか? 体ぐ具合はどうですか?」
エトに抱き上げられ、徐々に焦点があったサラが夫を見詰める。だが、次の瞬間甘く食欲を唆る鉄錆の匂いがサラの鼻孔を刺激した。
「……喉が渇きます。ああ、旦那様、お怪我を!? ――――」
「飲んでみたいですか?」
「――」
夫の問いには答えたものの、自分の欲求に驚いていた。エトの眼には双眸を充血させて、自分の傷口を凝視するサラの姿が写っていたのだ。予想していた通り、次の段階へと進む。
「それが吸血鬼として生涯ついてまわる血の渇きというものです」
「ちのかわき……」
「この衝動が抑えきれなくなり、理性が失くなると後はバケモノと恐れられる存在に成り下がってしまうでしょう」
「バケモノ……」
「そうはならないためにわたしが居るのですよ。ヴァンパイアは家族で血を分け合います。他者へ不必要な恐れを与えないために。サラ。先ほど貴女は大変な傷を負って血を沢山失ってしまいました。飲んでください」
「……」
「怖いですか? でも、それが正しい心の在り方です。いつも冷静に自分を見て自らを律する事ができれば長く共に居ることが出来ます」
「出来なければ?」
「貴女を殺してわたしも死にます」
腕に抱いたまま、サラにゆっくり諭すように話しかけるエト。
「っ!?」
妻の問いに即答するその言葉を聞いて、サラは眼を潤ませるのだった。それだけ自分は愛されているのだと実感することが出来たのだ。今までもそう感じていたが、更にその思いを詰めることが出来た。それが彼女の背を押すことになる。
「それだけの決意がなければ、血を分けるなどしません。貴女も、シルヴィアもわたしにとってかけがえのないものなのです」
「旦那様。……宜しいですか?」
「ええ。頃合いを見て声を掛けます。そこで止められるかどうか、最初の試練ですよ?」
「――はい」
「では、こちらを使ってください。反対側はシルヴィア用ですから」
「んふ」
右の襟ぐりを開き、白い肌を顕にするエト。年齢の割に瑞々しく老いを感じさせないその肌は、人のものとは違っていた。そこに牙を立てて血を飲み始めるサラ。
「――――サラ。止めれますか? 無理なら一度引き離しますよ?」
ゆっくり10を数えるほど血を吸わせた時点で、エトはサラの背中を軽く叩いて確認を取る。
「――――この味を知ってしまうと、どれだけ危険なことなのか良く理解りました。もう大丈夫です。では、旦那様。わたしのも吸って下さいますか?」
そこでゆっくりと口を離しサラは恥ずかしそうに頬を染めるのだった。それから徐ろに自分の襟ぐりを開いて夫に首筋を晒す。
「良いのですか?」
己が眼が久し振りに血を飲めるという期待から充血していることに戸惑うものの、恥ずかしそうに話しているサラの首筋にエトは牙を立てるのだった。
「はい。旦那様も今言われてたではありませんか。ヴァンパイアは家族で血を分け合うと。わたしも本当の意味で家族になりたいのです。ああっ!」
「――――家族の血がこれ程とは……。いえ、わたしもまだまだということですね。シルヴィアを起こします。もしかすると、貴女にもシルヴィアの血を吸って貰わなければならいかも知れません」
恍惚とした表情になるサラだったが、エトが彼女の血を吸ったのは短い時間だった。すぐに口を離し、懸念を妻と共有する。
「どういうことですか?」
「血を分けた時にかなりの力を持って行かれました。暴走しそうになったら一緒に止めてください」
「わ、分かりました」
「シルヴィア。起きてください」
サラを立たせてから、エトはシルヴィアの体を抱え上げるのだった。そしてゆっくりと耳元で囁く。その声に気がついたのか、気配を感じ取ったのかシルヴィアはゆっくりと眼を開くのだた。
…… とうさま ……
「もう大丈夫ですよ」
眼を覚ましたシルヴィアに、エトは妻と同じように理解の速さに合わせてゆっくりと話しかけてゆく。
…… のどが、かわき、ます ……
「そうです。それが吸血鬼ですよ。一生、その血の渇きと共に生きていかなければなりません」
…… はい ……
「血の渇きを癒やしたいがために、遊びで血を吸う事は、シルヴィア、貴女の本当のご両親を殺した者と同じになってしまいます」
…… それは、いや、です ……
「ですから、血の渇きに気付いても我慢しなければなりません」
…… はい ……
「もしシルヴィアが我慢できずに血を求めるようになったら、わたしが貴女とサラを殺して死にます」
…… いや。とうさまと、かあさ、まと、ずっといっしょ ……
「ですから、貴女は4歳になったとは言えまだ幼い。我慢を覚えなければなりません。できますか?」
…… はい ……
「では、こちらからわたしの首筋に牙を当ててください。ゆっくりと吸うのです」
何処まで理解できているのかエトもサラも不安はあったが、実際の反応を見なければ対処の仕様がないと割り切ることにした。そして左の襟ぐりを開いたエトはシルヴィアを首筋まで抱き上げるのだった。そのままシルヴィアは小さな腕を父の首に回し、小さな口を首筋に当てる。
「あむ」…… おいしい ……
「ぐっ、これは、シルヴィア止めなさい。終わりです。――――かっ」
飲み始めるとエトの体が見る間に萎み、皺だらけの体になったのを見てサラが慌てて娘を止めに入る。夫の言う通り娘の力は看過できなものらしい。血を飲み続けるシルヴィアの体をサラが無理やり引き離して諭すのだった。
…… もっと。ほしい ……
「シルヴィア! 止めなさい! お父様と一緒に居れなくなった良いのですか!?」
「――あ」…… いや。ごめんな、さい ……
その間にエトの体からゆっくり皺が消えてゆく。
「これは……危ないですね。シルヴィア、貴女はわたしの血を吸い過ぎました。少し返してもらいますよ?」
…… はい ……「あっ」…… きも、ち、いい。これ、す、き ……
妻の好判断で事なきを得たエトは娘から血を補充する。実際、後少しサラの行動が遅かったら全ての血を吸い取られていたのだ。内心驚きを隠しながらも、娘の血の質にエトは眼を瞠る。サラ以上の力が血にあることが感じれたのだ。
自分はとんでもないものを目覚めさせたのかも知れない。確信めいた不安がエトの胸中を過るが、今は自分の安全を優先すると言い聞かせるのであった。
逆に恍惚とした表情を幼い娘が晒すのを見て、サラは夫に外出先で吸わせることは避けようと心に決める。自分も似たような表情をしていたのでは、と思い至って気恥ずかしくなったのだ。
「ふ――っ。危ないところでした」
「旦那様、大丈夫ですか?」
「ええ。問題ありません。大丈夫です。ところで」
一通り儀式が終わったのを見計らって、エトは跪く人外へ声を掛ける。
〈〈我らは古に創られた“守護者ノ装飾”です〉〉
〈奥方様の砂金石英の指輪に封じられておりましたヴェルデと申します、旦那様〉
〈御姫様の紅玉の首飾りに封じられておりましたロッサと申します、旦那様〉
「あぁ、あの一風変わった宝飾店で買ったアクセサリーでしたか。また数奇な縁ですね」
彼女たちの答えに、エトは相好を崩す。サラに指輪を、シルヴィアにペンダントを買った時の記憶が浮かんできたのだ。
その様子を見ながらも、人外の者は時間がないとばかりに更に頭を垂れる。
〈我らは長い間封じられておりましたが、御二方の血で封印が解け“守護契約”に至りました〉
〈それが先程の一見で、解約されかかったいるのです。このままではまた宝石に封じられてしまいます。何卒、我らに御慈悲を――〉
「ふむ。再契約ですか。どうすれば良いのですか?」
〈奥方様と〉
〈御姫様の血を頂きたく〉
「なる程。貴女方には2人を守ってもらった恩がありますから、その願いを無碍にはしたくありません」
〈〈では!?〉〉
何もない顔に喜色が浮かんでいるような声が2人から出されるが、エトは片手を挙げてそれを制す。
「ですが、血を与えるのは2人です。2人が肯かない限り、諦めてもらうしかありません。宜しいですか?」
〈〈是非もございません〉〉
「2人は如何ですか?」
「問題ありません」「あう」
「良かったですね。さあ2人も、どちらが自分の守護者なのか間違わないようにするんですよ?」
「んっ。シルヴィア、指を少しだけ傷つけるから、吸ってもらいなさい」「ん」
台所からキッチンナイフを手に戻ってきたサラが自分の指を傷つけけてから、サラの指に小さな傷を作る。それぞれの指を口であろう場所に運んだ人外の2人から閃光が迸った――。
〈〈こ、これは!?〉〉「きゃっ!?」「あぐっ」「おおっ!?」
〈か、体が!」
〈生身が戻った!?」
くぐもったような声だったものが明瞭に、そして明らかに女声だと判る声に変わり身長差のある2人の麗しい女性がメイド服に身を包んで立っている。本人たちはもとより周りも事の進展について行けず、一時放心状態であったが、サラが口を開く。その一声で一同は冷静さを取り戻すのであった。
「瞳の色がそれぞれの宝石の色合いにそっくりです」
「ん」
「これは奇妙な事になったものです。お嬢さん方、その姿は封じられる前の姿だったのですかな?」
「旦那様、どうぞわたくしどもの事は呼び捨てになさってくださいませ」
「口調も以前のものに戻すことをお許しください」
「それは構いません。あなたたちの今の姿であの口調ですと、シンシア様と被ってしまいますからね。好きな口調で構いません」
「髪の色は奥方様と御姫様の色を頂いたようです」
「瞳の色は、旦那様の仰られる通りだと思います。それ以外は同じです。顔色は優れませんが……」
「ふむ。これは……飽くまで推測ですが、わたしの眷属主の影響で色々とおかしな事になっているのかも知れませんね。普通では起き得ないことを起こして居られる方ですから」
顎に指を当てて思案するエト。
「旦那様の眷属主でいらっしゃいますか?」
「ルイ・イチジク様です。今は遠方に居られますので戻られ次第貴方たちも含めて御前に出て頂きます」
「「承知いたしました。旦那様」」
滑らかな動きで同時にお辞儀する2人。その仕草に修練を積んだ者の動きを感じ取ったエトは眼を細める。それも一瞬で、パンと1回柏手を打ち皆の注目を集めてからエトは家族を紹介し、莞爾として微笑うのだった。
「では自己紹介をしておきましょう。わたしはエト。エト・スベストル。妻のサラ、娘のシルヴィアです。改めて宜しくお願いしますね」
「「末永く御傍に。我らのことは御身を守る肉の盾とお思い下さい」」
「それはダメです」「ん!」
「「え――」」
「そうです。貴女たちも結果としてわたしの血を受けた者、いわば家族です。ただ、仕え護るという立場が貴女たちの矜持であるならば、侍女としてそれぞれに付いてもらいましょう。但し、我が家に居る場合は家族として接します。宜しいですね?」
「「――畏まりました」」
エトの語気に気圧されながらも、2人は込み上げる感情を制してお辞儀する。だが、その足元に水滴がぽたぽたと滴る様子を3人は肩を抱き合って見守るのだった。そこでエトは大切なことを確認し忘れていたことに気付く――。
「ところで、皆に確認して置かなければならないことがありました――」
いつしか周囲に張り詰めていた殺気は霧散し、月光のが何事もなかったかのように降り注ぐ。その優しく柔らかな光が、破壊された家屋や畑が訴える凄惨さを和めているかのようであった――。
◇
「――――ここは」
体に滲み込むナニかの所為で激痛に見舞われたことは薄っすら覚えている。今僕が居るのは何処かの小さな部屋にあるベッドの上だ。
気を失ってたようだな。そうぼんやり考えを巡らせようと思っていると――。
「気が付かれましたか?」
見知らぬ美人が僕の顔を覗き込んで来た――。
最後まで読んで下さりありがとうございました!
書きたかったシーンではあるのですが、自分の中の映像と文章がマッチせずに時間ばかり過ぎてしまいました。少しでも伝われば嬉しいです。
ブックマークやユニークをありがとうございます!
誤字脱字をご指摘ください。
ご意見ご感想を頂けると嬉しいです!
これからもよろしくお願いします♪