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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第五幕 妖精郷
180/220

第164話 驚愕

大変長くお待たせしまい申し訳ありません。

まったりお楽しみください。

※2017/5/27:本文誤植修正しました。

 

 《矮小わいしょうなる者よ、貴様は何者だ?》


 そう魂を揺さぶるような声が海中に響き渡るのだったーー。


 《貴様がまとう※※は※※※※※※のものであろう。む……。小癪こしゃくな。我にも禁忌を求めるというのか》


 「ーーーー」


 龍の一言一言に恐ろしく力が籠っている。これが言霊ことだまというやつだろう。お蔭で声を出したくても出せないんだ。膝が笑ってるのが判る。いや、膝だけじゃないな。全身だ。それだけの存在を前にどうしろってんだよ。


 天藍石ラズライトを連想させる青黒い宝石のような鱗に身を包んだ、巨大な海蛇竜シーサーペントのような龍に話し掛けられてる僕を頭上から見下ろす眼が12ある。頭上でひざまずいてる訳だから、当然視線は足元に向けられるよな。その下に僕らが居れば必然的にそうなる……。


 それにしても肝心な部分が聞き取れなかった。前に合った禁忌ってやつか? 一体どうなってるんだ。


 《※※※の小童の力を感じて来てみれば、面白い奴が居るではないか。貴様、名乗ることを許してやろう》


 《ふぅ……。ルイ・イチジクと申します。高位なる龍よ》


 大きく息を吐き、辛うじて言葉を発することが出来た。歯がカチカチと鳴るくらい震えているわけではないんだけど、圧力が半端ないのは正直きつい。


 《ほう。我の言葉が解るか。ますます面白い。それに我の威圧の中でよく口を開けたものだな》


 耳から聞こえてくるというよりは、直接頭の中に声が響いているといえばいいんだろうか。金色こんじきの眼が見据える先に居る僕は、さながら蛇ににらまれたカエルのような状態だった。だからいつのも調子でつい、口走ちゃったんだ。


 《それは威圧を緩めてくださったからです。敵対する意思はありませんので、できれば威圧を抑えて頂けると大変助かります》


 そこの言葉に龍の蛇眼へびめが縦に細められるのが見えた。


 《ふはははは。我に威圧するなと? 図に乗るな》


 高らかにわらうと同時に龍からの圧力が途端に増す。


 《グゥッ》


 《なる程な。どうやら貴様はこの世界の者ではないようだな。我の存在を知らぬからこその暴言であろう。異世界から奴らが連れて来る者共に共通する無知ゆえの蛮勇か》


 耐えるだけで精一杯だけど、周囲から僕と同じような苦痛を訴える声は聞こえない。どういうことだ?


 《グウウッ》


 クソッ。思考が纏まらない。どうにかする前に僕が潰されちゃ意味がないだろ!? 魔力纏まりょくてんを凝縮させて竜装為鎧袖(竜を装いて鎧袖と為す)を発動させる。生霊レイスなのに圧力を感じてるということは、物理的な力以外のものが作用してることだ。思った通り、身動みじろげるくらいには降り掛かる圧力を分散させることが出来たんだろう。


 《ほう。この威圧に耐える魔力纏か。面白い。技を昇華させたその姿で何処まで耐えれるか見せてもらう。精々足掻くことだ》


 《グウッ!》


 圧力が弱まったように感じた瞬間、皆の様子を確認すると、何でも無い様子が見て取れた。完全に僕1人に向けた威圧かよ。龍の声が再度聞こえたとお持ったら更に負荷を感じるようになった。威圧というよりも、暴圧だ。無理矢理力で押さえに来てやがる。しかも小出しに、だ! 離宮への強襲ではなく、標的ターゲットは僕だったってことか!?


 《ふはははは。良いではないか。中々楽しませてくれおる。む!?》




 ドクン!




 巫山戯ふざけるな。高位の龍だかなんだか知らないけど、いきなり来て「図に乗るな」なんて横暴すぎるだろう! 力の差は歴然としてるけど、1発横っ面をぶん殴らないと気がすまない! て言うか、殴らせろっ!


 生霊レイスだから心臓が動いているはずもないのに、大きな鼓動を心臓の位置から感じた。同時に力が湧き上がってくる感覚に襲われる。


 《おおおおおおっ!!!》


 《これは……!? 貴様、古の※の※※か!? ふはははは! 矮小な生霊レイス風情が※※を纏っていると思い来てみれば、思わぬ収穫があったではないか!》


 相変わらず聞き取れない言葉が多い。けど慢心してくれてるなら好都合だ。体の奥底から湧き上がる力と感情に背中を押されような形で暴圧を振り払う! それすら抑えこもうとする力にあらがおうとした時、もう1度大きく心臓が鼓動した。


 


 ドクン!




 《知るかよ! 訳も解らず一方的に頭を押さえつけられて! ありがたいって誰が思うかよっ!! 黒蛇、その横っ面ぁぁぁーーーーっ! 殴らせろぉぉぉーーーーっ!!!》


 普段の自分ではない人格が顔を出したのかと思えるほど攻撃的な感情が僕を動かしていた。異世界に飛ばされて徐々に日本で培って来た常識や抑制というものが欠落していってるのでは!? と思えるほどの豹変だ。冷静に分析出来るほど余裕はこれっぽっちもない。


 「「「「「「ッ!!?」」」」」」


 《この力は!? しまっ》《おらぁっ!!》


 更に湧き上がって来た力と感情の波に呑み込まれ流されるかのように、抑えつける力を振り払い、一気に間合いを詰めて握り締めた右拳を振振り抜く。


 ドゴォォォォォ――――――ン!!!


 左頬に拳が減り込み、重々しい轟音が響き渡り、龍の頭が右に流れるのがスローモーションのように見えた。


 《こ、の、海月クラゲめがッ!》《がはあっ!?》


 それも一瞬で激昂した龍の牙が僕の体に突き刺さったかと思うと、左半身が噛み裂かれて消え去り、 激痛に襲われたんだ・・・・・・・・・・・・痛みを感じない体(レイス)なのに痛いだって!?


 「「「嫌ぁぁぁぁーーーーっ!!? ルイ様あぁぁぁーーーーッ!?」」」


 《グッ、忌々しい。奴らの力をその身に宿しているというのか……。ふん、小癪な》


 ーーーーあれ? ナハトアたちの悲鳴が聞こえる。


 《はぁ、はぁ、何だ。死んでない? ダメージが入ってないのか? いや、ダメージはある。ギリギリだけど消滅は免れたのか!?》


 痛みを感じるということは、消滅するかもしれないダメージを受けたってことだ。クソッ、思考がまとまらない。兎に角、まだ生きてるってことだ。消えていた左半身が緩やかに復元され、元の姿に戻る。


 「嘘……」「え、噛み砕かれたんじゃ……」「る……ルイ様?」


 《我を前に余所見とは、良い度胸だな矮小なるクラゲよ》


 またたくくらいの時間だったけど、戦闘中に思考を彷徨さまよわさせるのは自殺行為だと、エレボスの山の中で指摘されたはずなのにーー。気が付いたら眼の前に龍の巨大な頭があり、その額で打ち落ちされていた。


 《ガッ!?》


 ドガァァァァ――――――ン!!!


 「「「ルイ様ぁっ!!?」」」「「「「「「!!?」」」」」」


 衝撃が僕を中心にクレーターを作るけど、その痛みはない。あるのは頭突きの痛みだ。結局1発殴れただけで後は手も足も出ないのかよ。ギリッと奥歯を喰いしばり頭上の龍を睨みつけると、丁度右手を僕の方に伸ばしている瞬間だった。


 細い四肢がある東洋の龍の姿をイメージしてたけど、どうやらそれでは足らなかったみたいだ。その細い四肢が想像より長く、四肢の後側にひれのような物が見える。後ろ足は独特な発育のようで、指が異常に長く伸びており、それぞれの指の間にみずかきがあった。あれではモノは掴めないだろう。機能してるのは前足だけか。


 《ふん。クラゲのくせに我に届き得る力を持つとは分不相応だが、面白い。貴様が何処まで昇れるか見定めてやろうではないか。加護はやらぬ。我の※※を1滴くれてやろう》


 その右前足の人差し指から、1滴の雫が海水に融けこむこと無く僕目掛けて降って来た。ベトッともボトッとも取れる音を出して正体不明の緩いゼリーのようなものが僕の体を包み込んだ。でも流れ落ちること無く、半透明な体の中へドロリと移動を始めたんだよ!?


 《なっ!? 何だこれは!? 染み込んグアアアアアアァァァァ――――ッ!!!》


 「「「ルイ様!!」」」


 僕の体を擦り抜けて落ちるのかと思ったその液状のものが、体の中で霧散し始めた途端痛みが生まれたんだ。結果としてはみ込んでるんだろう。けど、今の僕にはどうでも良いことだった。兎に角痛いんだ。声を出さなきゃやってられないような激痛に襲われるってなかなかないぞ。


 《使いこなしてみせよ。これで※※※※※※の奴らの鼻を明かせるなら良い拾い物よ。ふはっ! ふはははははは!!》


 頭上であの龍の声がするけど痛みでそれどころじゃない。視線で姿を追うどころか、クレーターの中で七転八倒してるんだから。でも、何となく気配が遠のいていくのだけは感じ取れていた。全身に襲い来る激痛にガリガリと精神を削れれた所為なのか、僕の脳が自己防衛を始めたようだ。


 薄れゆく意識の中で脳裏に無機質な声が流れる。聞き慣れた抑揚のないインフォメーションだ。


 《闘術・魔纏秘技:竜装為鎧袖(竜を装いて鎧袖と為す)が※※の※より※※を譲渡されたため変質します》


 《王闘術・魔纏真技:神竜装(神竜を装いて)為鎧袖(鎧袖と為す)修得可能・・・・・・・・になりました》


 《※※の※より※※を譲渡されたため、竜の系譜に連なる眷属の魔力が微変質し、※※を微量帯びるようになります》


 《※※の※より譲渡された※※は秘匿情報のため、現在マスターへの開示条件が適合しません。※※の※より譲渡された※※は秘匿されました》


 そこで僕の意識は闇に包まれたーー。




             ◇




 同刻。


 ルイが意識を失った瞬間、月光に照らされた夜の帳の下を滑空していた巨大な影がグラリとバランスを崩す。


 「「「きゃあっ!?」」」「「シンシア!?」」「ーーっ!?」「シンシア姉っ!? えっ!? ギゼラ姉っ!?」


 その反動で影の両前足が掴んでいた通常の馬車よりも長く大きな車体が揺れ、その中に乗っている7人がおもわず声を上げるのだった。その中の1人、癖のある白群色(びゃくぐんいろ)の長髪を背中まで伸ばす美女が頭を抑えて崩折れたのだ。灰色毛グレーの兎耳を揺らしながら美少女が慌ててすがり付く。


 そう、本来の姿に戻ったシンシアが夜陰に紛れて自分たちの家があるエレクタニアへ戻っている最中に事変が起きたのだ。高度が急激に下がっている状態を感じながらもリーゼ、コレット、ディー、リン、カティナ、アピス、ジルの7人が事態を乗り切ろうと動き出す。


 カティナだけギゼラに寄り添って、彼女を支えているという状態だ。


 「……落ちてるわね」「あわわわ」


 アピスが腕組みしながら左手を頬に当てて冷静にポツリとつぶやく。組んだ腕に乗る柔らかな膨らみと生来の優しげな顔立ちのせいで緊迫感は伝わりにくい。


 「リン、落ち着きなさい。いざとなれば【疾風ガスト】で墜落は防げるから、慌てる必要はありませんわ」


 「わたしも風魔法は使えますし」


 それでも、その呟きを聞いたリンが軽いパニック状態になるのだったが、真紅の髪を払いながらしっかりとした口調でディーに諭されて落ち着きを取り戻していた。ジルもリンの背中に手を添えながら微笑む。


 「何故急にシンシアととギゼラが今状態になったか、ね」


 「はい。恐らくではの時のようにルイ様に何か起きたと考えた方が良いかも知れません」


 「……ルイ様だものね」


 「……ルイ様ですものね」


 冷静にうなずき合うリーゼとコレット。そのささやきが聞こえたかのようにギゼラが起き上がるのだった。その姿に馬車の中に居る面々が近寄り具合を尋ねる。


 「あ、ギゼラ姉! 大丈夫!?」「ギゼラ姉様!」「「ギゼラ、大丈夫なの?」ですの?」


 「う……。ええ、大丈夫。シンシアも多分元に戻ったはずよ」


 「何があったの?」「本当だ、下降が止まった」


 ギゼラの説明にリンが馬車の窓から外を見てポツリと呟く。アピスが優しく尋ねるものの、ギゼラはゆっくりとかぶりを振るのであった。一瞬ではあったものの気を失ったと言う自覚があるのだ。


 「それが良く解らないの。分かるのはルイ様がまた何かを得たということね」


 「「「やっぱり……」」」


 その言葉に幾人かが顔を見合わせて溜め息混じりに頷くのだった。


 「ギゼラ、それで何がったのか覚えてる範囲で教えてもらえるかしら?」


 「そうね。いつもの声が頭の中で流れたんだけど、聞き取れない箇所があったわ。聞こえたのはこんな内容よ」


 そう言って、ギゼラはアピスの問にゆっくりと思い出すように答えていく。


 《※※の※より※※を譲渡されたため、竜の系譜に連なる眷属の魔力が微変質し、※※を微量帯びるようになります》


 《※※の※より譲渡された※※は秘匿情報のため、現在マスターへの開示条件が適合しません。って※※の※より譲渡された※※はマスター及び眷属に秘匿されました》


 「ーーという内容ね。だから、竜の系譜に連なるシンシアとわたしが影響を受けたんだけど、余り変わった感じがないの。何か分かる? ぷっ」


 ギゼラの問い掛けに思わず頭を振るを振る一同。それを眼にしたギゼラは堪え切れずに吹き出すのだった。自分たちの瞳に起きた変化もさることながら、最近は不可解な事が多いのだ。それもルイが居ない時に限ってである。


 身近に【鑑定】スキルを持つものが居ないということもあり、自分たちに起きた変化に戸惑うものの、結果として日常生活に異常がないので彼女たちはある程度のことは楽観視出来るようになって来ていた。その延長線で今夜の出来事だ。彼女たちの立ち直りが早いもの頷けることだろう。


 ギゼラの笑いに釣られて馬車の中は花が咲いたような笑い声で満たされていた。


 そこの声が外に漏れ、意識を取り戻したシンシアが大きな竜の眼を自身が抱える馬車に向ける。だがそれもまばたきする程度で直ぐに視線を戻し、高度を取るために漆黒の翼を再度羽撃はばたかせたのであった。


 月光に照らされた漆黒の竜鱗りゅうりんが、鱗粉りんぷんのような虹色に光る粉状のもので微かに尾を引きながら神秘的な姿を浮き上がらせているーー。


 少し待って欲しい。ルイたちが居た海底ではまだ昼だった。彼らの正確な位置を特定できないが、魔猿族の魔王が治める南王領とエレクタニアがあるサフィーロ王国との時差はおよそ1刻《2時間》。であればまだ昼のはず。何故夜なのかーー。


 それがルイたちの居る場所の知る手掛かりとなる。


 つまり、時間軸が異なる場所に居るということだ。ルイたちがそれに気付くのはもう暫く先の話。自分たちの主が今何処に居るのかということを知るすべのない彼女たちは、コロコロと転がるような笑い声を誰も居ない夜空に振り撒いていたーー。




             ◇




 同刻。


 そこは陽の光が届かない地下空間。


 時折、水滴が天井から滴って小さな水溜まりの上で跳ねる。


 物陰で様子を見るネズミたちが秘密の暗号をささやき合っていると、ふと会話を止めて暗闇に目を凝らした。ゆっくり3つ数える前に彼らは何かに追い立てられるように暗闇へ紛れて行く。チチチッと無く声だけが闇の中で近づく足音に警戒を促していた。


 密閉された空間のためか、湿気が籠もり独特の黴臭かびくさい臭いが充満する地下通路を冒険者の一段が進んで来るのが見えた。地下通路と言っても幅が広く、街の裏路地と大して差はない広さだ。およそ10尺《3m》程度だろうと目測できる。


 輪郭が彼ら自身の手にある油灯カンテラに照らされて浮かび上がってきた。奇妙な構成だな、と経験ある冒険者たちであれば思うかも知れない1団だ。少女が2人、成人女性が3人、そして老紳士が1人という構成である。中でも1人の少女は10歳に満たないような幼さを感じさせる姿だけに、余計物珍しく映るのだろう。


 とは言うものの、彼らの周りには他の冒険者たちの姿はない。誰もが地下空間に合わせた装備を身に着けてはいる。場違いな感じが少女たちと老人という外見からかもし出されているだけの話だ。


 ここはサフィーロ王国が所有する地下迷宮ダンジョン


 ダンジョンを“所有する”というのは、単に領土内に存在していると言うことを国側で公にしているというだけの話だ。そもそもダンジョンが地下何階まであるのか誰も把握しておらず、ダンジョンのぬしが誰なのかも判っていないのだから、便宜上そう宣言してるに過ぎない。100階層あるとも、“冥界”につながっているとも、様々な噂がまことしやかに語られているのが現状だ。


 ルイがナハトアを助けにおもむいたダンジョンは、比較的若いダンジョンであったようで野良ダンジョンとも言うべき国の管理下にない存在であることを付け加えておく。管理下に置くかどうかの線引きも曖昧で、全てのダンジョンが管理されている訳ではない。


 しかしながら、ダンジョンは国に大きな利得をもたらすものとして認知されているゆえに、国としても利権を声高に明言するのも無理からぬことだろう。それだけダンジョン内に住む魔物から取れる素材やアイテムが、人々の生活を潤しているということの裏付けでもある。


 そしてそのダンジョンから素材やアイテムを回収・・・・・して来ることを生業なりわいにしている者たちのことを冒険者と呼んでいるのだ。未知に挑む者、という意味合いを込めていつしかそう呼ばれるようになったのだとか。


 それを束ねて組織化したものが冒険者ギルドと呼ばれるようになるのだが、時折、組織化されたルールを秘密裏に破るやからも居る。貴族だ。金と権力ちからに物を言わせ、ギルドを通さずにダンジョンへ幼さの残る跡取りを潜らせるのだ。戦わせず、取り巻きの者たちがギリギリまで弱らせた魔物にとどめを刺させ、格上げを行うという。


 ダンジョンを進んでいる彼らも、そう見えなくもない。


 「……アイーダ様、あの方は何時まで潜られるおつもりなのでしょうか?」


 少女2人成人女性2人が先頭を歩き、甲斐甲斐しく一番幼い少女に仕える様子を訝しげに見ながら老紳士が溜め息混じりに小さく言葉を漏らす。彼の前を歩く羊のような巻角を側頭部から生やした妖艶な女性が壁となって声が届きにくくする徹底ぶりだ。


 先頭の4人は皆狐耳が生え出ている。つまり狐の獣人だ。狐の獣人は聴覚が優れていることで知られている。つまり、知らずに話していることは筒抜けになっていると言って良いだろう。だからこそ迂闊うかつなことを口に出来ないのだ。


 「ーーーー」


 「……アイーダ様?」


 老紳士の問い掛けに沈黙で答えたものの、再度名前を呼ばれると短く謝罪を口にして頭を傾けたのだった。


 「すまん」


 「ーー何のつもりですかな?」


 その言葉と自分に刺さってくる視線に老紳士の声に棘が生まれる。


 「流石はシェイラが推薦するだけはあるわね」


 「ありがとうございます、アンネリーゼ様」


 最も幼い少女が褒めると、長い髪を束ねずに傍に立つ美女がうやうやしく頭を下げる。頭をもたげて老紳士を見詰める赤茶色の瞳は、何処かよどんでいるように見えた。


 「エト、わたしたちに協力しなさい」


 「レア様、言っておられることが理解できませんが?」


 その横に立つよく似た顔立ちの美女がポニーテールに結い上げた髪を揺らしながら、一歩前に進み出て右手を差し出す。手を取れ、と暗に言っているのが良く分かる所作だ。彼女たちとアンネリーゼを挟むように立つツインテールに髪を結った美少女がそれに追従するように老紳士に乞う。


 「アンネリーゼ様の力になって欲しいの」


 「サーシャ様。それはルイ様を裏切れと?」


 「ううん。ルイ様のお蔭でわたしたちには力があるの。その力をアンネリーゼ様に貸して欲しいの」


 「……サーシャ様、それは無理なお話です。浅からぬ縁があるというお話は耳にしておりますが、御令嬢に手を貸すこと自体ルイ様と敵対することになるのですよ?」


 だが、どの言葉も老紳士エトの心には響かなかった。エトの言葉にアイーダ以外の4人に緊張した雰囲気が立ち昇る。彼女たちは意識していないのだろうが、歴戦の猛者である2人には手に取るように判るのは仕方のないことだろう。踏んできた場数が違うのだから。


 「ーーーー」「どういうこと?」


 「色々と調べさせていただきました。どのような経緯で公爵家の養女となられたのか」


 「ーーーー」


 「出自から謎に包まれておりましたが、低俗な輩を使ったことがあだになりましたな」


 「じゃあ、判っていて指名依頼に乗ったということかしら?」


 黙ってエトの言葉に耳を傾けていたアンネリーゼが口を開く。侮られたと感じた怒りを宿す視線をエトに向けて。


 「半分と言ったところでしょうか」


 「半分?」


 エトから必要な情報を引き出そうと短い言葉で問い掛けるが、その小さな両拳が自然に握り締められていた。


 「ええ。確証を得るためには自分の目で確かめる事も必要ですからね」


 「それで?」


 アンネリーゼにとって聞かせたくない言葉が出た瞬間にレアを動かす。


 「報告通り、“ケルベロス”」「レア!」「はっ!」


 ギンッ


 レアが予備動作無しで投げた暗器を左腕の籠手こてに着いたナタのようなもので弾くエト。その瞬間に間合いを詰めてきたレアの右腕を擦れ違う寸前にアイーダが掴む。掴まれたと言う驚きと、掴んだ人物をゆっくり見上げながらレアはアイーダに問い掛けるのだった。


 「何のつもりだ? アイーダ?」


 「エト、どうにかして気付かれずに逃がそうかと思ったがわたしの力不足だ。すまない」「いえ、御気になさらず」


 アイーダの言葉に短く応じるエト。彼の右手は既に腰にある剣の柄へ置かれていたのだ。その意味をアイーダは正しく理解していた。掴まなければ、斬られていたのはレアだ、と。


 「アイーダ、手を放せ」


 「サラとシルヴィアが狙われている、急いで戻れ。地下20階からでもお前なら問題ないだろう」


 レアの声には応じずにエトを促すアイーダ。その言葉にエトが一瞬息を呑む気配が伝わってきた。


 「ーーーーネタをバラしてもらっては困りますわ。ヨーゼフに命じて多少強引に引き入れさせようとしたのですけど、無駄になりましたわね?」


 「ヨーゼフですか。なる程、道理でこの場に居ないはずです。それにしても、アイーダ様この状況は……?」


 「3人、いや、ジルも含めれば4人か。寄生・・・されている。表面上は上手く繕ってはいるが、所詮はまがい物の人格だ、すぐにボロが出る」


 アンネリーゼの言葉に双眸そうぼうを細めるエト。だが気になることがあった。


 「……寄生。アイーダ様は?」


 「危なかったがな、ヘクセの婆さんに持たされた薬で何とかなったよ」


 「……従っているふりだったのね? 見事に騙されたわ」


 「見る眼がなかったということだ。お前も含め、仕える者皆がな。ここはわたしに任せてもらおう」


 「しかしーー」


 そう、「アイーダもそうなのでは?」という思いが払拭できなかったのだ。それもエレクタニアにいるエルフの老婆の敬称を耳にして安堵するエト。それでも一人残していくというのは心苦しい。


 「寄生されてはいるが可愛い妹たちであることに変わりない。穏便に済ませたい。なに、手は打ってある。お前はお前のことを優先させろ」


 その思いを察したのか、アイーダはそう言ってにやりと微笑むのだった。


 「ーー申し訳ありません、アイーダ様。御言葉に甘えます」


 「2人に宜しくな」


 「ではーー」


 「行かせると思う? くっ」「うっ」「ひっ」「ちっ」


 「それはこっちのセリフだよ。あたしを舐めてもらっちゃ困るんだけどね?」


 アイーダに背中を預けてエトを返すエトに4人が攻撃を加えようと身動みじろいだ瞬間、アイーダから周囲の気温が下がったと錯覚するような冷たい殺気が放たれたのだ。咄嗟とっさに体を守ろうと身を強張こわばらせた間に、エトの体は闇に溶け込む。それをチラリと見送ったアイーダは殺気をおさめ、レアの腕から手を離すと自らの両手を上に上げるのだった。


 「上手くやるんだよ、エト」


 そんなつぶやきが聞こえるはずもない距離を走っていたエトは何かに気が付いたように背後に視線を向ける。それも一瞬の事で、暗闇の中とは思えない程の速さで疾走していたのだ。周りに冒険者が居ようが彼の姿を捉えることは出来ないだろう。吸血鬼ヴァンパイアとしての身体能力を抑制することなく、全力で走っているのだから。


 だがエト自身の心臓が大きく脈打ったのではないかと思えるほどの驚きが彼を打つ。シルヴィア(愛娘)からの声が脳裏に届いたのだーー。


 …… とうさま。かあさまが。かあさまがーー ……







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