第163話 透過と剥離、そしてーー
珍しく、少し早く書き上がったので投稿します。
まったりお楽しみください。
『心臓の4つの弁全部に疣贅があるーー』
疣贅、別の呼び方をするとすればイボのことだ。【透過】スキルで心臓を診たら、血液が心臓の中で逆流しないように一方向にしか開かない扉の働きのをしてくれる弁にイボが見えた。しかも、4つある心臓の部屋の弁に満遍なく付着してる。
どういう意味があるのかといえば、正常に扉が開け閉めできなくなっている所為で体に不具合が起きてるってことだ。
この状態で考えられる病名は多くない。弁膜症じゃなく似て別のものだ。所見を確定させるためにも、もう少し症状が見たい。でも虚脱感が半端ないので、一旦【透過】スキルは解除しておく。
『そういえば、悪寒がしたり、節々に痛みを感じて居られることもありましたな』
『月のものでもない時に顔が青白くなることもありましたね。肌にしこりが現れて、いつの間にか無くなってることもありました。その折は痛がっておいででしたが……』
ふむ。悪寒、関節痛、蒼白、痛みを伴う皮下結節、か。
『突然、取り乱したりすることはありませんでしたか?』
『ございました』『頻繁にということではありませんが……』『ーーーー』
錯乱もあり、と。幾らか脳にも炎症が起きてるのかも知れないな。老人と老婆はそう思い出しながら主の症状を教えてくれた。生きた情報はとても役立つ。チラリと視線を動かすとベッドの上で上半身を起こしている様子が眼に入ってくる。眼を伏せてスカートの裾を握り締めてるテティスさんの姿は不謹慎だけどとても可愛らしく見えた。
この世界での医療レベルではとてもテティスさんに説明できないだろうし、彼女自身も理解できない現象というか症状だろうな。不安になるもの無理はない。
『すみません、テティスさん。もう一度指先と、そして御顔を拝見しても宜しいですか?』
『え? あ、はい、構いません』『『姫様!?』』
『良いのです。ルイ様どうぞご覧ください』
『……失礼します』
まあ、そういう反応になるのは仕方ないことだ。この御老人たちは、所謂王家に仕える御典医だろう。それが急にやって来た男に仕事を奪われるのだから面白いはずがない。とはいっても僕も譲る気はないけどね。譲って状況が改善するなら手を出すつもりはないけど、数カ月手を掛けてこれだからね、流石に命の危険がある。
御老人たちの険しい視線を受け流して、テティスさんのベッドの傍に寄る。まずは指先だ。
指先を見るとバチ指であることは疑いようがない。診るべきは爪の下だ。細く赤い線が爪の下に出現している。線状出血あり。次は眼の周りだ。
『御顔を失礼します。左右の下瞼を顎の方に順番に引いて貰えますか?』
顔を持ち上げるとそちらの爺様、婆様が激おこ状態になるだろうから、顔を近づけるだけで留めておく。それだけで十分把握できるしね。そばかすのような小さな赤い斑点が、右の白眼部分と左の下瞼の内側に出現してるな。チラッと肘の内側を見るとそこにもそれらしき斑点がある。点状出血あり。
『あの、ルイ様何かお分かりになられたでしょうか?』
魔王様が僕に向けて敬語を使うというのもどうかと思うけど、セイとの関係がこういう形になってると考えることにしよう。御老人たちもこれで分からないとは言わせないって雰囲気を出してるし……。
『ええ、分かりました。恐らくですが、間違ってないと思います』
『『では!』』『本当ですか!?』
期待した3人が身を乗り出してくる。
『その前に! 御2人はテティスさんの病を何だとお考えですか? 御2人は御典医でしょう? 他所からの者が何かをする前にまずは所見を聞かせてもらいたいですね』
『申し上げなさい』
『は。単独ではなく、幾つかの病が合わさってしまったものと見ております。わたくしめは傷寒』『薬師としてわたしの方は血の道と申し上げました』
『傷寒と血の道……ですか』
割りとまともな病名が出て来たな。僕の脳内で勝手に翻訳されてるから正しくはどう言ってるのか判らないけど、その病名は古い言い方だ。学生時代に趣味で日本の古い病名を調べたことがあるから解る。それに、ウチのお抱え鍛冶師ベルントの奥さんが結核になってた時も、労咳の方が通じた経緯があるし。こっちの世界でその名前が定着してる処を見ると、案外昔の日本人が転移なり転生して広めたのかも知れないな。
傷寒は急性熱疾患の事だ。
血の道は婦人科系の病気全般。
熱もあるし、婦人科系と言われても納得できそうな症状も出てたのは確かだろう。でも僕に診立ては違う。
『その顔を見るにルイ殿は我らと違う診立てのようですな』『興味がありますわね』『ルイ様?』
治療師の老人、薬師の老婆の2人は挑戦的な視線を向けてくる。一方、テティスさんの視線は不安に彩られていた。3人の言葉に首を少し傾けながら肩を竦める。どんな反応が返ってくるかな。そんな思いを過ぎらせながら僕は解答を口にした。
『感染性心内膜症、で間違いないですね』
『かんせんせいしんないまくえん?』『聞いたこともない。姫様、騙されてはなりませぬよ』『ーーーー』
ま、その反応が妥当だろうな。恐らく初めて訊く病名だろうし。どうしたいかは最終的には患者本人次第だ。断られればこれ以上手を出すことはなしない。セイが心配そうに僕を見詰めていることに気が付いたから、ニコリと微笑んで頭を撫でておいた。心配させるつもりはなかったんだけどな。さてーー。
『仰られることは良く理解できます。余り知られていない病名ですからね。この病気は胸、特に心の臓へ病を運ぶ眼に見えない程小さな細菌が入り込んで起きる病気なんです。入り込んだ虫によっては数日で命を落とすこともあり得る病気ですが、幸い力の弱い虫だったので数ヶ月かけて今のような症状になったんだと思います』
『なんとーー』『そのような恐ろしい病など聞いた試しもありません』『ーー続けてください』
そりゃないだろうな。細分化されてないこっちの医療レベルでは無理な話だろう。でも、感染源の確認はいるよな。
『テティスさん、こうなる前に怪我をしたことがありませんか? あるいは何かに噛まれたことは?』
『……御父様の海馬に触っている時に戯れて甘噛みをされたことがあるくらいです』
ひっぽかむぽす……。舌噛みそうだな。ひっぽかむぽす、ねぇ。何だっけ? ああ、馬か。ギリシャ神話に出てくる海馬がそんな名前だったな。あと、細菌をどう説明するか。微生物の概念なんて無いだろうし……。ふむ。
『……断定は出来ませんが、虫が入った径路はそこかも知れませんね。馬の口の中は目に見えない小さな虫が沢山居ますから。そして、この虫が心の臓に入るとその中でイボを造って血の通り道を邪魔をするようになります。それが素で色々な症状が出てしまう』
『例えばどんなものがあるのですかな?』
『例えば体温がいつもより高くなり、疲れやすく感じたり、体が重怠く感じたりするようになります』『ーーーー』
『体重が減ったり、変なタイミングで汗を掻くようになったり、悪寒を感じたり、関節に痛身を感じたりもします』『『ーーーー』』
『さらには、顔が青白くなったり、痛みを伴うしこりが肌の下に出来てみたり、突然取り乱したりするということも起きます』『『『ーーーー』』』
『そばかすのような小さな赤い斑点が肌の其処彼処に出たり、白眼付近に出たりします。他には指先が太鼓を叩くバチの先のように膨らんで、爪が先端に向けて巻き込むようになったり、細く赤い線が爪の下に出たりします』『『『ーーーー』』』
『後はそうですね。稀にではあるんですが、突然、何の拍子もなく気を失ってしまうということもおこりますね。あ、そうでした』『ま、待ってくだされ!』『お待ちください!』『ーーーー』
説明を並べていけばいく程、3人の顔から血の気が引いていくのが判る。ダメ押しに、と情報を加えようと思ったら止められた。テティスさんは黙って眼を伏せたままだ。
『はい?』
『何故そこまで姫様の症状をご存知なのですか!?』『そうです! セイ様は偶にしか来られませんから全てをご存じないはずです』『ーー2人とも静かになさい』
『『姫様!?』』
援軍がベッドの上に居たよ。御老人たちが慌てて主人の方に向き直った。
『これで判ったでしょう? ルイ様に医術、しかも類稀な知識の持ち主であられることを』
『そ、それは……』『ーー偶々言い当てただけかも知れません』
往生際が悪いな。
『ははは……。偶々でも、誰かから教えてもらった訳ではないんですけどね。何れにしても僕はその病気のことを知っているし、幸い治す術もあります。無理強いするつもりはサラサラありませんから、テティスさんにどうしたいのかはお任せします』
でも、テティスさんの反応を見る限り治したそうな気がする。誰だってそうだ。治らないと思っていた病気に希望の手が差し伸べられれば、つい縋りたくなるもんさ。
『『姫様ーー』』
『静かにと言いましたよ? ルイ様、この放っておくとどうなりますか?』
『行き着く先は突然死です』『『『ッ!?』』』
即答した。横で御老人たちが息を呑むのが分かった。テティスさんも言葉を続けられず、眼を瞠ってる。でも、現実問題手を打たなきゃ危ないことに変わりはない。これが急性じゃなかったことがせめてもの救いさ。
『説明しているように、血の通り道にイボが出来てるんです。本来であれば、心の臓の中で血は滞ること無く常に流れてないといけないんですが、イボの所為で澱みが生まれます。それが細い血管に詰まってしまうんです。ん〜、何て言うかな。そうだ、中風の素を自分の中で作ることになるんです』
中風とは向こうの世界で言う脳血管疾患のことだ。細菌が血液に乗って脳に上がれば炎症なり最悪脳梗塞が起きても可怪しくはない。若干その症状があるようにも見える。特に大きなストレスを抱えて生活してるというわけでもなさそうだから、よく似た病気には当てはまらないだろうけど……。
『治療は難しのですか?』『『姫様!?』』
『いえ。上手く行けば胸を切り開かなくても、服を着たまま出来ますよ。多少は血でベッドのシーツが汚れてしまうでしょうが』
『お願いします』『『姫様!?』』
御老人たちを完全に無視して事を運ぼうとするテティスさん。彼女の一言一言で面白いように爺様たちの反応が帰ってくる。完全に僕は不審者扱いだな。このまま治療は出来ないぞ?
『御典医の御2人はそうは思っておられないようですが、宜しいのですか?』
『構いません。そこの2人が寝る間を惜しんで色々と調べてくれたことは知っていますが、現状では芳しくありません。であれば、新たな希望にも縋りたいと思うのも当然ではありませんか?』
『ひ、姫様、陛下に何と申し上げれば!?』『そ、そうでございます。陛下より姫様の身を任されておりますのにーー』
『何も! 何も言わなければ良いのです。ただ一言わたしから良くなりました、と申し上げておきましょう』
強めの一言と威圧が漏れる。それで老人たちは折れた。……確認は必要かな。
『……それで良いんですか? 失礼を承知で申し上げますが、御父上は納得されないでしょう?』
『ルイ様が説明してくださいますか?』
『すみません。言っておいてなんですが、面倒事は御免被りたいです』
Oh、とんだ藪蛇だ。テティスさんですら魔王の称号持ちなのに、その父親って言ったら更に上だろ? とんでもない。
『ふふふふ。ルイ様は正直な御方なのですね』
『そうだよ! だからルイ様は皆から好かれるんだよ!』
僕の代わりに肩に乗ってるセイがふんすと胸を張って答えてくれた。僕の方はというと苦笑いを消そうと大変だったんだ。露骨に嫌がったからな。まずいまずい。
『ふふふ、そうね。セイの言ってたことがよく解るわ』
『へへへっ。あたいは嘘言ってないんだからね』
『ーー分かりました。こういう事態になってしまったのも偏に我らの力量不足が招いたこと』『わたくしどもで姫様の病を取り除いて差し上げたかったのですが、力及ばず申し訳ございません』
御老人たちも腹を括ったようだ。そんなに深刻にならなくても良いんだけどな……。
『良いのです。2人は良くしてくれました。そなたたちでなければ不治の病として離宮に幽閉されたままだったかも知れないのに、こうして療養に離宮へと進言してくれたお蔭で今があるのです。咎めようはずがありません』
『『姫様ーー』』
感動の場面だけど、僕には関係ない。空気は読める方だと思うけど今は無視する。
『話が纏まって良かった。じゃあ、早速してしまいましょうか』
『『『えっ!?』』』
3人の驚いた様子に僕までビクッとなってしまった。びっくりするじゃん。
『えっ? まだ何か?』
『あの、ここでするのですか?』
そりゃそうでしょ。
『他に何処が? 僕はこの部屋意外に入ったこと無いんですけど?』
『そんなに貝を拾いにくような感覚で言われたら、こんなに気を張ってたわたしが莫迦みたいです……』
なる程、巧いこと言うもんだ。陸なら花を摘むって言ってるだろうな。少し拗ねたような表情が可愛らしいな。
『ははは……。それはすみません。本来であれば海蛇竜の主様の挨拶を受けてシムレムに向かうと言う流れでしたからね。長居するつもりはないんですよ』
『こちらこそ、わたしの我侭を聞いて頂いきすみません。事が済みましたら、直ちに御送り致します』
シムレムの祭りに間に合えば問題ないさ。ナハトアたちもそう言ってたしね。
『そんなに畏まらなくても良いですよ。じゃあ、そのままベッドに横になっていただけますか?』
『は、はい』
横になったのを確認して一度、魔力纏を解く。このまま触るとダメージを与えてしまいそうだと感じたんだ。こういう時の勘って意外に役立つんだよな。どの道一度心臓を触る必要があるだろうから、邪魔になりそうなものは外しておく。
セイとの打ち合わせも要るな。
『【透過】。セイ、僕が合図をしたらテティスさんの血の流れをゆっくりに出来るかい?』
もう一度加護スキルを発動させて、テティスさんの心臓に焦点を合わせる。虚脱感が凄いな。
『任せておくれよ!』
セイにこう頼んだのには訳がある。血液を送る上で一番大事な場所は脳だ。脳は筋肉とは違って酸素の備蓄ができないので、血流が途絶えると酸欠になり壊死が始まる。但し、酸欠が始まるまでに20秒前後のタイムラグがあるんだ。
水の精霊のセイだから血液にも影響力があるかと思ったんだけど、問題ないようだ。水棲という環境だからこそ、水の精霊との親和性が高くなった結果かも知れないけどね。でもーー。
その時間で疣贅を加護スキルで【剥離】して、それを【透過】で体の外に落とす。これなら生身がなくても出来る。と言うか、この治療は基本抗生物質がいるし、手術するにしても人工心肺装置が絶対に要るからこの世界では無理なんだ。だから、これが正解と信じてやるしかない!
『セイ、お願い!』
『出来たよ!』『え、ちょ、ルイ様!? ひぃっ!?』『『姫様!?』』
セイの言葉を受けて、ぬっと右手をテティスさんの胸に突き入れる。あ、説明してなかった。気を抜くな。心臓を優しく握るように持って【剥離】スキルを発動させる。
『【剥離】。【透過】。戻して!』『はい、ってもう良いのかい?』
思った通り、綺麗に外れた。のを確認したもの一瞬で流れて行く前に【透過】させ、セイに流れを戻してもらった。恐らく時間としては10秒掛かってないんじゃないか?
『ふぅ〜〜〜っ。うん、良いよ。十分さ。ありがとう、セイが居てくれて助かったよ』
生身を着けてて、近くにソファーでもあればどかっと投げ出すように座ってただろうけど、生憎どちらもない。大きく息を吐きだしてセイに笑いかけると、嬉しそうに笑い返してくれた。
『へへへっ。じゃあ、あたいそろそろ帰るね! あんまりルイ様を独り占めしてると皆が五月蝿いからさ。また喚んでおくれよ。ちゅっ』
頬に可愛らしい唇が当たったみたいだけどその感触は分からない。お別れを言う前にセイはスッと水の中に溶け込んでしまった。気を取り直して、呆然としているテティスさんに仕上げの回復魔法をかけておく。これから起きることが想像できたけど、念の為にしておかないと僕の気がすまない。というか、気になることを残したくないんだな、これは。
脳梗塞が起きてるとは考え辛いけど、壊れたと認知されれば回復魔法の効果も期待できる。感染性心内膜症は頭文字が示しているように外から入ったものだから、回復魔法が効く。原因は除去できた今、掛けない手はないよね?
『【治癒】。【治療】。これで大丈夫でしょう。テティスさん起きれますか?』
自己満足で一方的に回復魔法を掛けてから様子を伺ってみる。
『聖属性魔法じゃと……』『何故生霊が使えるのです!?』『ーー吸収されてない……? “冥府の手”がない、のですか?』
厳密には細分化されたので『そういうものはない』なんだけど、そこまで言うつもりはない。いつもの通り適当に差し障りなく答えておく。
『ちょっと出鱈目な体を女神様から頂いきましたのでね、聖魔法も使えるんです。その代わり、“冥府の手”は使えないんですよ』
『ーー息苦しくない!? 』『『まことですか!?』でございますか!?』
その様子を見て僕は胸を撫で下ろした。急遽立ち会うことになり、なおかつ初めて使うスキルを冒険的に使って期待以上の効果が出たんだ。嬉しいに決まってる。
ーー今は亡き妹の喜ぶ顔は見れなかったけど、誰かが元気になって笑ってくれるという報酬をもらえる仕事として医者を志したんだってふと思い出した。僕にとって、場所は違えどそういう場面に立ち会うことが出来て良かったと思える。医者でありたいと願ってる部分が未だに自分の中にあるんだな、と改めて気付かされた。
反面、この世界は残酷だ。命が軽い。向こうの世界でも命が軽く見られる地域は一部あったけど、全体としてそうじゃなかった。そのギャップが未だに埋まらない。この矛盾を抱えて、非情にならなきゃいけない時があるんだと思うと、もやもやしたものが胸の奥に湧くような感覚が生まれた。それを振り払うように軽く自分の胸を叩いてから、テティスさんに笑顔を向けるのだった。
『うん、どうやら成功だね。あ、背中とベッドのシーツが血で汚れてるので早めに替えてくださいね。じゃあ、僕は皆の居る部屋に行かせてもらいます。お話はまた後ほど』
これから着替えるだろうし、着替えを見たい……おほん。ナハトアたちも待ってるだろうか、1度部屋に移ってから今後のことを話しておこう。そう思ってさっさとテティスさんの部屋を後にすることにした。
『あ、ルイ様を部屋にご案内しなさい』『畏まりました』『さ、姫様、お召し物を変えましょう。奥へ』
僕の唐突な行動に、テティスさんが慌てて治療師の老人に案内をするように指示し、薬師の老婆に促されて部屋の奥へ移動しようとしたその時だったーー。
ーーーーゾクリッ!?
「なっ!?」『この力はッ!?』『『何事ですか!? 姫様!?』』
これまで感じたことのないような寒気が全身を駆け巡り、鳥肌が立った。ブルリと体を震わせ慌てて力の方向へ意識を向ける。何だこれーー。
『身支度は後です! 直ちに参ります!』『『『『『はっ』』』』』
只事ではない。
これまで感じたどの威圧も微風ではなかったかと思えるほど苛烈な威圧が、この宮殿に向けられているのだ。力の無いものはそれだけで意識を失うだろう。取り敢えずやることは合流することだ。
勢い良く両開きの扉を開け放ち飛び出て行くテティスさんたちを尻目に、僕はナハトアたちの居る部屋に扉を開けずに入り込んだ。
「お待たせ。今の、というか今も続いてる威圧大丈夫?」
「わたしとゾフィーは何とか耐えれそうですが、カリナがきつそうです」
ナハトアの視線に誘導されてベッドの上で膝を抱えて震えるカリナに眼を向ける。連れて行こうと思ったけど、無理だな。別々に行動するよりかはと思ったんだけど……、どうするか。
「ルイ様、この威圧は何なのですか?」
「僕にもさっぱりさ。テティスさんが慌てて外に出て行った処を見ると、余程の事だと言うのは判る。けどそれだけさ」
そう言ってゾフィーの問いに肩を竦めて見せた。圧力がどんどん高まっていることを考えればここも安全じゃない。ちっ、瞬時の判断がまだまだ甘いな。
ここで別行動を取ってそれぞれが危険にに遭うんだったら、同じ危険に直面した方が良い。僕が後悔しない選択肢を選ぶ!
「悪いけどカリナも連れて行こう。カリナ、ギリギリまで威圧に耐えるんだ。スキルが生まれるから、頑張れ!」
ベッドにフワリと降りてカリナを優しく抱き締める。魔力纏を発動させてるから触ることは可能だ。抱き着いてくるカリナを少しの時間だけあやしてから、身を離す。ナハトアとゾフィーへも同じように抱擁してから僕たちは部屋を出ることにした。
カリナを背負い、左腕にナハトア、右腕にゾフィーの腕をからませた状態で通ってきた通路を辿り、宮殿の玄関から外に出た。そして圧力が高まっている頭上へ自然と皆の視線が集まるーー。
「おぅあっ!?」「ひぃっ!!」「「ーーーーッ!?」」
頭上に居るテティスさん、騎士たちや治療師、薬師を含めた6名が対峙していたのは、天藍石を連想させる青黒い宝石のような鱗に身を包んだ、巨大な海蛇竜のような龍だった。
いや、あれは対峙しているというよりも跪いているように見えるな。
初めて見るその神々しい姿と、畏怖を覚えるような佇まいに、僕たちは呻きのような、悲鳴のようなものを上げて魅入るしか出来なかったのは仕方のないことだろう。動けば殺される、そんな確信が僕の中で生まれてた。
龍の側頭部から左右の首筋にかけて、逆三角凧を思わせるような襟が広がる。それぞれに支えとなる骨が扇状にあるのが見えた。襟の付け根は緋色のような濃い赤い色が見えたけど、この襟が広がった所為でさらに威圧が増した気がするぞ。角はよく見えないけど後頭部の方へ何本か伸びてるんだろう。
そもそも何でこんな存在が、わざわざ浅いところに来る必要が……?
そう思った瞬間だった。巨大龍の金色の眼と僕の眼が合ってしまったんだ。
ゾワッ!!
鳥肌が治まらない。殺されたくはないが、彼女たちを守るためだ。ゆっくりナハトアたちの腕を解き、背中からカリナを降ろして庇うように彼女たちの前に立つ。
《矮小なる者よ、貴様は何者だ?》
そう魂を揺さぶるような声が海中に響き渡るのだったーー。
最後まで読んで下さりありがとうございました!
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