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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第五幕 妖精郷
178/220

第162話 罹患

長くお待たせして申し訳ありません。

まったりお楽しみください。


 『セイ、ここを出た所にナハトアが居る。行って、皆を呼んでくるんだ!』『分かった!』


 僕の言葉に水に融けこむように消えるセイ。完全に意識を失っている宮殿の主を腕に抱いた僕は、思わず天井を仰いでいたーー。


 ーーこれをどうしろと?


 「取り敢えず、バイタルの確認だな。【鑑定アプリーズ】」


 【種族】ネイレデス / 海皇の娘 / 水精霊に寵愛されし者

 【名前】テティス

 【性別】♀

 【職業】南海の君(魔王)

 【レベル】2605

 【状態】加護 / 罹患

 【Hp】208,600 / 208,600

 【Mp】8,519,664 / 8,519,664

 【Str】ー

 【Vit】ー

 【Agi】ー

 【Dex】ー

 【Mnd】ー

 【Chr】ー

 【Luk】ー

 【ユニークスキル】ー

 【アクティブスキル】ー

 【パッシブスキル】ー


 「2605……僕よりもレベルは上か。ステの半分は見れないということは【隠蔽】スキル持ちだな。レベル差があってもこれだけ見れれば御の字だよね。って言うか、僕はレベル1000以上にならないのに遥か上って……いかんいかん、それは後だ。【状態】がやっぱり罹患。“罹患”を【鑑定アプリーズ】」


 思わず好奇心に誘われそうになったけど、慌てて意識を倒れたテティスさんに戻す。【鑑定】結果が出たようだ。


 ◆罹患◆

 【分類】状態異常の1つ。世界に蔓延する数多あまたの病に感染したことを表す。世界に細分化された病名が未だに確立されていないため、直接患部に触れない限り部位に関係する詳細は提示されない。大まかな病名のみ表示される。

 【病名】胸部の病。


 ……なる程、そう来たか。


 【鑑定】も世界の法則に組み込まれてるってことか。巨大狗鷲アンジェラの肉腫の時は表に出てたから詳細が出たんだな。まあ、心臓で病変が起きてるというのが判っただけでも良しとするか。問題は、この状態が魔法で治るかどうかなんだけど。他の人が来る前に試しておくかな。


 「【治癒ヒール】」


 ネイレデスって種族って魔族なのか? よく分からないけど、魔族なら【治癒ヒール】が効かないはずだから意識は戻らないだろう。その時は【静穏ペインレス】をかければいいさ。


 聖魔法を掛けてみるとテティスさんのからだが淡白い光に包まれる。発動したということは魔族じゃない、な。と言うことは、エルフみたいな妖精族の1種ということか?


 『ルイ様、呼んできたよ!』


 「我ガ君! オノレ、アンデッドメ何ヲシタ!?」


 おっと、片言!? 僕らと同じ言葉を喋ったということか? セイがチャイナドレスの裾をはだけさせながら僕の頭に飛び付いて来た。それに続いて案内してくれた例の騎士、ナハトアたちと広間に飛び込んでくる。騎士にいたっては槍を振りかざしてた。


 『待てまて待て! そのまま振り下ろせばこの女性ひとにもそのまま刃が刺さるぞ? それでも良いのか?』


 『うぐっ。言え! 何をしたっ!!』


 『何をしたも何も、お互いに自己紹介してさあこれからという時に倒れたんだよ。信頼できなければこのセイに確認取ってみればいい。あんたたちにとってセイは馴染みの精霊なんだろう?』


 そうだ。それが僕の中で導き出した答だった。いくら眷属精霊とはいえ、命のない置物ではない。主に喚ばれてない時は、自分たちの好きな場所や仲の良い者の所へ遊びに行くことくらいするだろう。セイの様子を見てそう思った。仲の良い者同士じゃなければ、髪の中に隠れようとも、隠そうともしないはずなんだ。


 三叉の槍を上段に振り被ったまま騎士が言葉に詰まる。意外に短気なのか?


 『セイ様、この者の言うことは真でしょうか?』


 『そうだよ! ルイ様はあたいの主様あるじさまなんだから、粗相は許さないよ?』


 僕の後頭部に張り付いたセイが体をひねりながら騎士を指差して宣言してくれた。やれやれ。これで落ち着いてくれるといいんだけどな。ん? 意識が戻ったか? 小さくだけど腕の中でテティスさんが身動みじろいだのが判った。


 『なっ!? えっ……主……?』


 言葉の意味を図りかねて、呆然としそうになってるな。無理もないか。精霊って眷属化できるとは僕も思ってなかったし。


 『コリオス、槍を納めなさい』


 薄っすらと両目が開いたテティスさんの言葉で騎士たちの体がビクッと震えた。


 『我が君! ご無事でございましたか!?』


 ガランと石畳の床へ三叉槍を叩きつけるかのように置き、騎士がひざまずいた。あんた変わり身速いねーー。思わず呆れ顔になったけど、慌てて平静を装う。僕の腕の中から騎士の顔を見詰めると、テティスさんが口を開くのだった。


 『治療師と薬師をわたしの部屋に呼びなさい。ルイ様、申し訳ありませんがこのままお運びいただけますか?』


 『それならばわたしが!』


 『控えなさい、コリオス。わたしの命が聞けぬのですか?』


 『い、いえ。ご無礼を申しました。直ちに呼んでまいります』


 コリオスさん轟沈。主と臣下の間柄で、得体の知れぬ奴に主を運ばせるならと思ったんだろうけど、言葉が足らなかったね。気持ちが先に出過ぎだよ。主にジロリと睨まれたら仕方ないよな。けどーー。


 『え〜っと……このまま僕が運んでも良いのだろうか?』


 『はい。わたくし殿方に運んで頂く事自体始めててございますれば』


 フワリと水中にテティスさんを抱いたまま浮かぶけど、相手は魔王様だ。イケメンの猿魔王であれば放っておく処だったけど、綺麗な女性はね。でも、魔王様のお姫様抱っこをするのが僕でいいのか?流石にーー。


 『い、いや、それは流石に僕じゃ不味いんじゃない? 何でしたらウチの者に運ばせ』『ルイ様が良いのです』『……はい』


 断ろうと思ったんだよ。思ったんだけど、取り付く島もなく上目遣いでハシッと両手の指を組んだ状態でお願いされたら断れないじゃないか。3人の視線が痛い……。


 「女誑し」「節操無し」「見境無し」


 「なぁっ!? ちょっ、そこ、何言ってるの!? 違うから、断じて違うからね!? これは不可抗力だって!」


 ふと彼女たちから視線を外したらとんでもない事をボソリとつぶやいたんだ。慌てて訂正しようとしたらあからさまに視線を外された。くっ、しばらくなかったと思ったらここでか。結構心に来るものがあるぞ……。


 『ッーールイ様、胸が苦しい、です』


 3人の方に気が逸れてたのがテティスさんの一言で我に返る。一先ず安静にしないと。調べるのはそれからだ。


 『ああ、分かりました。案内をお願いします。セイもそのままおいで』


 『え、あたい帰らなくていいの?』


 左の耳元でセイの声がする。彼女の小さな角が僕の耳に当たってくすぐったい。


 『テティスさんが気になるだろ? 遊びに来てるんだったら、大変な時も一緒に居るようにしないとね。必要な魔力は僕から吸えばいいから』


 『ありがとーーっ! やっぱり主様は優しいから大好きだよ!』


 左頬に抱き着かれて、チュッとキスをされた。まあ可愛らしい精霊に好かれるのは役得だね。子どもが出来るとこんな感じにデレるのかな? と言う思いが過ぎったけど、テティスさんの声と咳で引き戻される。


 『ルイ様は精霊にも愛されているのですね。コホッコホッ』


 触れるけど、触覚が今無い状態じゃあ手術はおろか触診も出来ない。問診と症状診断で緊急性がないと言える確証が欲しい処だな。


 『今は部屋に行きましょう。お話はそこでも出来るでしょうし。あ〜と、僕の同伴者なんだけど、何処か1部屋休める場所をお借り出来ませんか? 誰かれ構わず部屋に入れるのもどうかと思うので……』


 『わたしの2つ隣の部屋が空いてましたね。アレンケ、そちらに案内してコホッ』


 『畏まりました』


 テティスさんの言葉にナハトアを乗せてくれてた方の騎士が優雅にお辞儀するのだった。よく見ると水棲人アププカルの背面は皆それぞれ違う。魚の種類ーーいや、水棲っていうくらいだからもしかしたら甲殻類系の背面をした人もいるかもな。何れにしても背中を見てるだけで退屈はしなさそうだ。


 でもその前に、咳と熱っぽさがあるのが気になるな。


 あとはーー。


 ん?


 『テティスさん、失礼ですけど指先を見せていただけますか?』


 先程のお願いポーズで組んだままの両手を腹の上に置いている彼女の指先が気になったんだ。


 『え、あ、……恥ずかしいです。わたしの指綺麗ではないので……』


 『色白でとても瑞々しくて綺麗だと思いますよ?』


 お世辞ではない。実際に水の中で生活しているというのもあるんだろうけど、陸上で生活してる者に比べれば肌質が違うんだ。ウチのたちの何人かは肌質で負けちゃってるけど、それはそれで個性だと思う。おほん。


 『そ、そうでしょうか。最近指先が膨らんで……』


 眼を伏しながら自分の指をさするテティスさんの言葉に知りたかった情報が含まれてた。部屋に着くまでの間に色々と聞けそうだ。


 『最近ですか? 随分前からじゃなく?』


 『はい。と言っても今思えば少しずつ膨らんできたような気がします。あ、そちらを右にそのまま真っすぐです』


 『あ、はい。咳もそれくらいですか?』


 『咳はここ1ヶ月くらい前からだと思います』


 『熱は?』


 『熱ですか?』


 ここが海の中だってこと忘れてたよ。いつもひんやりしてるから熱って言っても解らないか。


 『ええ、体が重怠おもだるくなったり、体重が急に軽くなったり……は?』


 咳は1ヶ月前、熱もきっとある。体重のことを女性にくのはどうかと思うけど、医師として割り切る。この世界で医者って言えない存在なんだけど、まあそこは深く気にしない。


 『……どちらもあります。あの、わたしの体調のことはお話しておりませんのに……何故判るのですか?』


 『ルイ様は体のこと何でも判るんだぞ! テティスも心配しなくていいんだよ!』


 セイが僕の肩から髪の毛を捕まえて覗き込んで笑った。実際は見えないんだけどニコッと笑ったような気がしたんだ。そうか、フロタニアを治めてる辺境伯婦人(エルマー)胆嚢たんのう手術の時とか手伝ってもらったからな。そう思うのも無理ないか。


 『セイ……』


 ふむ。と言うことはセイの前で色々と体調のことで愚痴をこぼすなり、体長が悪くなったりしたってことかな? 熱絡みの問い掛けを否定しなかった処をみると、体重も減ってる、か。ふむ。胸部の病ね……。


 『ははは。こんな体ですがこうなる前に少し医術をかじってましてね。このの前で少し披露したことがあるんですよ』


 知識があることはほのめかした方が後の説明が楽になるだろう。それもここの医療レベル次第だけどな。どの程度かによってまだ一悶着ひともんちゃく、二悶着あると思って方が良さそうだ。


 『ーー医術』


 医術と聞いて表情が曇るテティスさん。


 『あまり良い印象がなさそうですね?』


 『ーー血を抜かれますか?』


 『ははは……いえ、抜きません。抜く必要は全くありません』


 思わず顔が引き攣ってしまった。「ここもか」と言う思いが強い。東テイルヘナ大陸を縦断して来たけど、僕が居た世界の医術が広く活用されている形跡が全くと言っていいほど無いんだ。僕を含めて3人の転生者が出遭ってる確率を考えたら相当数の転生や転移があると考えたほうが良い。勿論、一度に大量にということではなく、時代と共に、だろうが。


 その中で現代医学の知識を持った人が何処かに転生なり転移して来てても可怪しくはない。居るんだろうけど、その人たちが持つ知識や技術が秘匿ひとくされてる可能性がある。あるいは……国絡みで囲い込まれている可能性も……。そして海の底も、地上と同じ医療レベルとはね。


 『血を抜くのか?』とテティスさんが訊いて来たということは、抜かれた経験があるって言ってるのも同じだ。乾いた笑いは出てしまったけど、しっかり否定しておく。


 『え!? 抜かないんですか!?』的な表情で僕を見上げてきたのを見れたのは役得でした。えっと、君たち、テティスさんが見てないからと言って僕の背中をつねるのを止めなさい。痛みはないけど、心が痛いよ。


 移動は泳がないといけないから、ナハトアとカリナは自然に僕のズボンのウエストを掴んでるんだけど、ゾフィーも掴んでたみたいだ。3人から不満の視線が刺さってるのが良く判る。仕方ないだろ。基本的に綺麗な女性には親切にしたいと思うのが男なんだから。


 『あ、その部屋です』


 『分かりました』「じゃ、少し話をしてくるから皆は部屋で待っててくれるかい?」


 「「「ーーーー」」」


 「そんな皺寄せた顔で見ないの。ここの主に粗相をして後々困りたくないから、聞き分けてよね。ちゃんと埋め合わせるから。それに、体の具合が悪いのは本当だから直ぐには部屋に行けない」


 「ーー分かりました」「ちゃんと埋め合わせてくださいよ?」「待ってますから」


 ナハトアはも角、カリナとゾフィーは肌を合わせてから色々と可怪しい。可怪しいというか、たがが外れたと言って良いのか、まあ個人的には嬉しい。健全な男の子ですから、ムラムラするのは正常だ。生霊レイスでいる時は全く3大欲求働かないけど、生身を着けた時にその反動が出るみたい。だから、今は我慢してもらおう。


 騎士の1人に3人は案内してもらい2つ奥の部屋へと姿を消す。僕らは残ったもう1人の騎士さんが開けてくれた内観音開きの扉を抜けて部屋に入るのだった。どうやら騎士は部屋の中に入らないらしい。ベッドの位置は直ぐに判ったからそのままベッドへテティスさんを下ろして横たわらせる。


 『ありがとうございます。お手数をお掛けしました』


 『いえいえ。綺麗な女性を運べるのは役得でしたよ。生身でないのが残念に思うくらいに』


 『まあ、お上手ですね。コホッ』


 テティスさんはそう言って口元を右手で覆いながら微笑むのだったが、やはり咳が消えないようだ。右手も左手もどちらの手の指先が膨らんでる。バチ指であることは間違いない。ドラムを叩くスティック(バチ)の先端のように膨らんでいるんだ。この症状が現れる胸部の病の数はあまり多くない。


 呼吸器疾患か心疾患だ。肝臓や消火器でもこの症状が現れるケースもあるらしいけど、【鑑定】で出た結果は胸部の病。それを信頼して除外する。さて、検査用の医療機器なんてものはない。どっちだ? そこで扉がノックされる。


 『我が君、治療師と薬師を連れてまいりました』


 扉の向こうに4人の気配がある。声から判断するとさっきテティスさんに睨まれた騎士だろう。


 『通しなさい。あなたたちは入り口に居るように』


 『しかしーー』


 『コリオス』


 何とか食い下がろうとしたようだけど、ベッドから静かな威圧が発せられる。ほほぉ……これがレベル2600の威圧か。僕は何とも無いけど、周りは大変だろうな。でも、レベル差があるのにあまり影響がないというのはどうなんだろうか。


 仮説を立てるなら、種族の格によってレベルの上限が違うということだろう。ネイレデスという種族はかなり上位種ということになる。ハイエルフより上なんだろうな、きっと。


 『は。差し出がましいこと申しました。お許しください』


 扉の向こうから恐怖をにじませた声がし、扉が開く。入ってきたのは男女1名ずつの人魚だ。


 おぉ、人魚初めて見た。しかも歳を取ってる人魚って居るんだな。と、失礼なことを考えていたりする。そりゃ居ない方が可怪しいか。綺麗な女性の人魚しか居ないなんて漫画じゃあるまいし。ちょっと偏ってた自分の思考を恥ずかしく思いながら、近寄って来る2人を観察することにした。


 2人もそれなりの年齢に見える。男性の方は60代後半から70歳辺り。女性の方が74,5歳だろうか。どちらも青色に染められた袖なしの外套マントを身に着け、襟元を鎖のようなもので留めいているので、肌がよく見えたんだ。老人の方は上半身裸で、老婆の方は帯のような物を胸に巻き着けていると言う違いもあり性別をより簡単に見分けることが出来たんだと思う。


 老人の方がスタッフを持っているということは、こっちが治療師で老婆の方が薬師か。治療師というかまとっている魔力を見る限りでは魔法使い(スペルキャスター)と紹介されてもうなずけるぞ。どちらも研鑽けんさんを積んで来た一廉ひとかどの人物という認識で良さそうだな。


 『我が君、御呼びにより参上いたしました』


 『姫様、こちらの御方は?』


 老人の人魚は僕たちに見向きもせずにテティスさんにお辞儀をした。逆に老婆の人魚が僕たちを見咎みとがめる。


 『よく来てくれました。こちらはルイ・イチジク様。セイの眷属主であり使徒様であられます。2人とも粗相の無いように』


 『なんと!? セイ様の!?』『使徒様!? 生きている内に御目に掛かることができようとは、何という歓び』


 眼を見開いて驚かれた。2人が慌てて胸の前で腕を交差してお辞儀をしてくれた。ゾフィーたちもしてたな。古くからある挨拶の型なのかもしれないな。僕の肩に乗っているセイがニコニコと2人に手を振ってる。顔見知りなんだな。


 『ルイです。そんなことよりも、テティスさんのことです』


 『『そんなことーー』』


 どうやら彼らにとってはとんでもない内容だったらしいけど、僕にはどうでもいい話だ。ただ、使徒と言う言葉であれだけ反応すると言うことは珍しさはあるんだろうな、とも思う。でも、今は時間が惜しい。


 『テティスさんの症状について知っている範囲で良いので全部教えてください』


 『構いません』


 2人の老人から向けらた無言の視線を受けてテティスさんがうなずく。魔王ともなれば一国の主だ。そう簡単に情報は漏らせないだろう。情報開示する許可の是非を確認したいのも解るけど……と思ってたら結構あっさり許可が出たな。


 『セイ、僕のこと何教えてあげたの?』


 『えっと、ルイ様が人間の腹を切り裂いて病気を直したことや、女神様を叩くくらい仲が良いことや、名前を付けてくれたこととか、あ、あと綺麗な人に眼がないって事かな!』


 Oh……。


 まさに包み隠さず、だな。詳しく訊かれて嬉しくなって色々話してる様子が目に浮かぶようだ……。表現の仕方がどうかと思うけど……これは怒りたいけど怒れない。ダメって言ってなかった僕が悪い。そんな、『ダメだったの?』っていう眼で見ないで。心に来るから。


 『そ、そっか。テティスさんに色々と教えてくれたんだね。ありがとう、お蔭で信頼してもらえたみたいだよ』


 『へへっ。あたいも良い事してるだろ?』


 『そ、そうだね。偉い偉い』


 肩の上でふんすと胸を張るセイの姿があまりに可愛らしくて、思わず彼女の小さな頭を撫でていた。ん?


 『セイ様に触っておられるのか?』『精霊に触れるとは……』『ーー』


 やってしまった。3人の眼が皿のようにみはられている。テティスさんに至ってはぽかんと口を開けたままだ。そう言えばサフィーロの王城へ上がる前、リューディアに「無知のなせる業なのか、規格外(でたらめ)なのか」と呆れられた事があったな。懐かしい。


 『いや、ほら僕生霊レイスだし、同じ』『精霊は聖なる存在です! レイスのような“けがれ”の塊が……』『“穢”が無いですと?』『ルイ様は何者なのですか?』


 『え、あ……ただのレイスでお願いします。それよりも、テティスさんの容体ようだいです』


 話が別の方へ流れていきそうだったから無理矢理話を戻すことにした。色々と気になる発言も混ざってはいたんだけど、好奇心よりも治療の可能性を探る方に意識を向ける。頑張ったよ。「ただのレイス? そんな訳無いだろう」的な視線をね付けるには力が要ったのさ。


 『『『ーーーー』』』


 まずは呼吸器の方から可能性の芽を摘んでいく。がんって言っても解らないだろうな。癌て別の言い方あったかな? 古い言い方……。


 『テティスさんの家系でどなたか体にいわが出来て亡くなられた方が居ますか?』


 そう、いわという字にやまいだれを組み合わせれば癌だ。僕の口から出ている言葉はこの世界の言葉だから、正確に表現出て来てるかどうかは分からない。でも、3年使ってみて問題なく自動翻訳されているようだから大丈夫と信じていわと言ってみたんだ。


 『わたしが聞いている限りでは嵒で亡くなった者は居ないはずです』


 とテティスさん。


 となれば、肺癌はいがんの可能性は低くなる。咳は出ているものの、ヒューヒューといった息苦しい呼吸音は聞こえないし、動作の度に体が重そうな感じも見えない。慢性閉塞性肺疾患《COPD》でも無いだろう。これらから来るバチ指の可能性はかなり低くなった。


 でも実際に見れないのが心残りなんだよな。


 ーーそう言えば、と思い出したことがある。


 『ーーーー』


 『ルイ様?』


 『ああ、すみません。少し考え事をしてました。体が重怠おもだるくなることがあるというのは聞きました。他に、お2人が気になったことがありますか?』


 思考が形になる前にテティスさんに呼ばれて思考の深みから引き揚げられる。もう少しで考えがまとまりそうだったのもあり、時間を作るために2人の老人たちへ観察を聞いてみることにした。案の定、思い出すために黙考してくれる。


 『『ーーーー』』


 その間に僕は加護スキルをチェックすることにした。


 「【加護】を【鑑定アプリース】」


 ◆加護++++◆

 【分類】状態効果の1つ。女神エレクトラの加護が発動中。使徒からの神属性攻撃を中和する。女神タユゲテの加護が発動中。神を除く任意のものを共鳴させることができる。女神アルキュオネの加護が発動中。神からの加護や祝福を除く任意のものを剥離させることが出来る。女神アステロペーの加護が発動中。神を除く任意のものを透過させることが出来る。但し、女性の裸に限り女神により制限が科せられ見ることが出来ない。

 【備考】4人の女神からの加護を身にけたことにより、全属性の耐性が小上昇から中上昇へ、成長促進補正が小程度から中程度かかるようになる。


 これは便利な【加護】がもらえたな。そんな印象だ。迷わず【加護】スキルを利用する。


 「【透過パミエイション】」


 女神(アステロペー)様からもらった加護を発動するように意識を向ける。途端に体から何かが抜けるような虚脱感に襲われた。前回と同じだ。


 スキルを眼に意識させると、予想通り視線が透過・・・し始めた。老人の体を見ても仕方ないのでテティスさんの胸部に焦点を合わせる。ぶっ!?


 思わず吹き出しそうになった。


 服が透けて肌が、という瞬間に一気に皮膚を通り越して筋膜に到達したんだ。人体模型の筋肉姿を思い浮かべて欲しい。女性とは言えこれは勘弁。雑念を振り払って気になる肺へ視線を落とす。


 ーー病変はない。


 PETCT(ペットシーティー)のカラー断面画像をそのまま見てる感じだ。意識すると血液とかも見えなく出来て血管内がクリアに見えから、僕向きのスキルだと言える。でも、虚脱感が半端ない。時間を掛けてたら不味いということだろう。


 2人の老人が口を開きそうになったのが判る。何か思い出したと言うことか。テティスさんは何が起きてるのか解らずに首をかしげてる。謝るのは後で良い、今は病変を見つける事に集中しろ。


 急いで肺からもう1つの可能性がある心臓へ視線を向けた時、異変に気付けたんだ。


 『心臓の4つの弁全部に疣贅ゆうぜいがあるーー』







最後まで読んで下さりありがとうございました!


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