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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第五幕 妖精郷
174/220

第158話 海原へ

大変お待たせして申し訳ありません。

まったりお楽しみください。

第五幕 妖精郷、開幕です。


※2017/11/5:本文段落調整し、加筆修正しました。

 

 朝――。


 メニュー画面で時間を確認したら8:16を示していた。


 意外に良く寝たな……。


 廃墟の時のように小鳥たちの歌声が聞こえてくる事もない。代わりに遠くに潮騒のざわめきが聞こえる。本来だったら潮の香りも漂ってくるんだろうけど、今は蒸せ返るような情事の薫りが部屋を占拠中だ。


 はははは……。


 渇いた笑いしかでないな。【実体化】のリミットはまだ来てないので、生身の重さを感じながら上半身をベッドの上で起こし状況を確認してみた。


 ナハトアの裸体は言うに及ばず、何故かカリナの裸体とゾフィーさんの蛇体も僕に絡み付いてるんだな、これが。


 蛇の部分はヒンヤリして気持ち良い。魔力纏まりょくてんで触れるようになったけど、生身を着けてない時は触覚が機能してないんだ。生身を着ければ全ての感覚が戻ってくるから堪能でき……いやいやーー。


 そもそもどうしてこうなった?


 何があったかをゆっくり思い出してみることにする。


 確かにナハトアを求めて激しく絡み合った事は……記憶があるぞ。その後気を失ってしまったナハトアを寝かせてあげ、約束通りアビスを喚んだんだけど、求められてそのまま流れに乗ったな。


 そこで隣りの部屋の気配が動いたんだっけ。アビスの体を味わってる最中、僕の体に絡まってる2人が発情状態で参戦して来た。「ナハトアだけなら我慢出来たのに、こんなの無理だ」と泣き付かれたと言った方が良いのかな。


 うん、野獣モードの、あ、これ今思い付いた言葉だけど、しっくり来るよね。もといい、野獣モードの僕が理性の鎖を気持ちで押さえれるはずもなく、入れ替わり立ち替わり求め求められ応え……の繰り返しだった気がする。4人ともあの場で違和感がなかったというか、お互いに気にしてる素振りもなかったよな。


 シンシアたちを纏めて食べた時は、人数もいたから1人に掛かる負担が少なく済んだだろうけど、4人でだからな……今回は起きれないかも知れないぞ。いや〜、結果として皆美味しく頂いてしまった訳なんだけど……まぁなんだ。


 ーー御馳走様でした。


 「アビスは……アピスが来たら紛らわしいな。はは、まあ大丈夫か。かえったみたいだし」


 小さく呟きながら薄暗い部屋の中を見回すが、アビスは居ないみたいだ。どれくらい召喚してから滞在できるのか僕にも分からないけど、結構な時間居た気がするぞ。そこはまた確認するか。確認しなきゃいけないのは、ナハトアだ。


 「【鑑定アプリーズ】」


 僕の腹の上に覆いかぶさっているナハトアの髪を撫でながら【鑑定】を掛けてみた。


 ◆ステータス◆

 【名前】ナハトア

 【種族】ハイダークエルフ / ハイエルフ族 / ルイ・イチジクの眷属

 【性別】女

 【職業】死霊魔術師(ネクロマンサー)

 【レベル】238

 【状態】加護

 【Hp】26,867 / 26,867

 【Mp】53,289 / 53,289

 【Str】……


 【状態】に【扇情】という言葉は何処にも見当たらない。


 結果的には間に合ったってことか。


 というか、ベッドの上でその事実を突き付けられて燃えない訳がない。嫉妬と所有欲がい交ぜになって駆り立てたんだと思う。


 あ〜大分無理はさせた記憶が薄っすらある。おほん。


 「ふ〜。昨日はああは言ったけど、状況が変わったな。ちょっとOHANASHIが必要だ。いや、させる」


 今回のことで流石に性根しょうねが入った。


 どの道、今の僕のスキルでは限界だ。譲渡も出来ない。だから、このじーさんの制限が外れたら皆も底上げして不測の事態に備えないと……って思ったら近づく気配がある。


 部屋の外だな。侍女か?


 そう思って一拍間が空いた処で扉がノックされる。


 「「「ん……」」」「おはようございます、ルイ様。朝食の御用意ができました。こちらにお持ちして宜しいでしょうか?」


 その音に3人の意識が戻りかけるが覚醒するまでには至らなかった。


 そうだな。流石にこのまま食事というとも気が退ける。一風呂浴びてる内に片付けてここに用意してもらうか。


 「ああ、済まないけど体を拭くお湯とガウンを4着用意してくれないか。簡単に身を清めて風呂に浸かりたいんだ。その間に食事の支度をこの部屋に頼むよ。朝食も4人分ね?」


 「畏まりました。すぐに御用意致します」


 「ああ、それと」


 「はい」


 「食事が終わったら話に行くと先触れを頼めるかい」


 えて、誰にとは言わなかったが伝わったはずだ。


 「承知いたしました」


 扉越しに侍女の声が聞こえ、気配が遠ざかっていく。今の内に起こすかな。


 「ほら、ナハトア起きて。カリナも。ぞ」


 ゾフィーさんって言うのも今更だな。


 名前を呼び掛けて気持ち良さそうにむにゃむにゃと口を動かす蛇竜王女ドラゴナーガに視線を落とすと、思わず苦笑が漏れた。だらしない寝顔だな。


 僕のヘタレの部分かとは思うけど、どうやら肌を重ねると情が移りやすいみたいだ。


 「ほら、ゾフィーも朝だよ」「ん〜〜〜」


 3人の寝顔が愛おしくなる。と同時にエレクタニアに残してきた面影が脳裏を過ぎり、少しだけ寂しさを感じた……。一方的に言伝ことずてを頼んでるから、あのたちの声を聞いてないんだよな。


 ぱんっ!


 両のてのひらで頬を挟むように叩き気合を入れて寂しさを紛らわすと、僕は未だに眠りを貪る3人の柔肌に悪戯をすることにしたーー。




             ◇




 同刻。


 サフィーロ王国王都の北区にあるゴールドバーグ候爵家邸の応接室にてジルは静かにティーカップを口に運んでいた。昨日、エトに連れて来てもらったものの目的の人物たちがまだ帰宅していないことを知らされ、そのまま居残ったのだ。


 当然エトとはその時点で別れ、「予定の時間までに戻らなければ出発して欲しい」と言伝ことずてを託して帰宅してもらっている。


 紅茶を入れて飲むのは幾度目であろうか。


 結局ジルは応接室で一睡もせずに朝を迎えたのだ。部屋を、と部屋付きの侍女たちからも勧められたのだが、固辞して今に至る。肩口で切り揃えられた照柿色てりかきいろの髪が、受皿に載せてテーブルにカップを戻す仕草でサラリと頬に掛かる。それを払い身を起こした時、玄関の方からガヤガヤと賑やかな足音が近づいていることに気付くのだった。


 「ふぅ、どうやら間に合ったようね」


 ジルは小さく安堵の息を吐くとゆっくり立ち上がり、今まで自分が腰掛けていたソファーの傍に立つと眼の前の扉が開かれるのを待つ。見詰める橙色だいだいいろの瞳の際に金の環が見える。


 扉が開くまでゆっくり100は数えただろうか、窓の外から聞こえてくる小鳥のさえずりが静まり返った応接室で長閑のどかに響いていた。


 ガチャ


 「あら、ジル。一度帰ったのではなかったの?」


 先頭に立って扉を開き応接室に入ってきたのは年端としはも行いかない少女だった。


 腰まで伸びた癖のある金髪は汚れのためにくすんでいる。身に着けているのもは貴族の令嬢らしいドレスにも見えたが、ところどころ金属板の様なものが見える事から推察すると、ドレスアーマーのようだ。


 幼いながらもはっきりとした物言いは、大人のようであり流石は貴族の令嬢と頷けるところだろう。その幼い少女の言葉にジルは小さくお辞儀をするのだった。少女の後に立つ4人の女性たちも汚れた装備を身に着けており、一様に疲れの色が見える。


 「お帰りなさいませ、アンジェリーゼ様。実は火急に相談したい案件が発生しましたので、急遽戻って参った次第でございます」


 その言葉にアンジェリーゼの双眸そうぼうが細められる。もしジルが顔を上げていたらあおい瞳の奥に少女とは思えない鋭い光が宿ったように感じただろう。だがそれも一瞬で、ゆっくりとジルが頭をもたげた時にはアンジェリーゼの眼からはそれは消えていた。


 「そう、じゃあ教えてもらえるかしら?」


 「はい。先程拠点に帰りましたら、皆が帰り支度を始めておりました」


 「帰り支度? また急じゃないかい」


 ジルの言葉にアンジェリーゼの後ろに立つ金髪の美女が髪を掻き上げながら問い返すのだった。彼女の左右の側頭部から象牙色の羊に似た巻角が生え出ている。自分の頭上から声を聞きながらアンジェリーゼは声の主をチラリと見上げる。


 「アイーダ、アンジェリーゼ様がまだ御話を聞いておられるのですよ? 不遜です」


 「不遜? どうだかね。で、どういった経緯なんだい? って事が聞きたんだろ?」


 「ーー」


 アイーダの問い掛けにアンジェリーゼは小さな肩をすくめるのだった。つまり、そういうことだ。それを見てジルは話を続けることにする。


 「ルイ様から連絡が来たと聞いています。領地に居るエルフを連れてシムレムに来るようにとのことでした」


 「それは皆に求められてることなのかしら?」


 「いえ、そうではないようでございます。シンシアはその役目を果たす必要はあるでしょうが、他の者は任意だと」


 「そう。ではジルは行きなさい」


 「畏まりました」


 「この時期にエルフ絡みでシムレムに行くと言うことは“聖樹祭”ね。お風呂で汚れを落としてくるから、何か摘めるものを準備種てちょうだい。その時にジルを向かわせる理由を伝えるわ」


 「はい。では準備してまいります」


 お辞儀して、ジルが大きくアンジェリーゼたちを迂回するように動く。それを横目にアンジェリーゼは首だけ軽くひねり後に立つ4人の意志を確認するのだった。


 「出発はいつ?」


 「今日の夜と聞いております」


 「……そう。一応聞いてみるけど、お前たちはどうするつもり?」


 「残ります」「同じく」「帰りません」「ーー」


 アーイダの後にいた狐耳の女獣人たちが彼女を押し退けるように前に出てきて、躊躇うこと無く宣言するのだったが、アイーダだけ無言でその様子を見詰めたままだ。その横をジルが眼だけ動かして観察するように通り過ぎ、お辞儀をして退室していく。そこへーー。


 「ああそうだ、ジル悪いけど玄関の近くに迷宮で見付けた土を小瓶に入れて置いてるから、回収しておいてもらえるかい? あんたがエレクタニアに帰るならガルムに渡しておいてもらえると助かるんだけどね?」


 アイーダが擦れ違って背中を向けたジルに声を掛けたのだ。


 「土ですか? 生憎、土属性に親和性がないので詳しくはわかりませんがそういうことでしたら回収しておきます。アンジェリーゼ様?」


 「うん、わたしも見たけど何の変哲もない土のたまね。許可します」


 いぶかしみながらアンジェリーゼに確認を取るジル。得体の知らないものだとアンジェリーゼを煩わせることになると考えたのだろう。


 「承知いたしました」


 再度お辞儀をして去っていく姿を3人の狐耳の女獣人たちも視線で追っていた。


 彼女たちの顔立ちはどことなく似ており、血の繋がった姉妹たちであると容易に推察できる。一番幼い者だけが銀髪で後の二人は向日葵色ひまわりのいろの髪だ。そう、人狐族の3姉妹として北区の(ちまた)で噂に登るシェイラ、レア、サーシャその人である。


 「アイーダ?」


 「あたしかい? ルイには会いたいけど無理だろうね?」


 「どうして?」


 アイーダはそう問い返すアンジェリーゼの眼に自分を疑う色が浮かんだのを見逃さなかった。確かにジルやクベルカ3姉妹に比べれば自分は心酔した素振りは見せず、当初からの態度が変わっていない。それには訳があるのだが、それを言うつもりも、見破られる気もなかった。


 「ジルが向こうに行けば、しばらく帰ってない分色々と聞かれることが目に見えてる。尋問に関して訓練を受けてるわけでもないのに、いつポロッとしてしまわないか分かったもんじゃない。こういう時は適当な理由を付けて帰らない方が良いのさ」


 アンジェリーゼの目を見ながら内心の不安はおくびにも出すこと無く、アイーダはサラリと言ってのける。視線を逸らすこと無くその言葉を受けた少女は興味をなくしたように肩をすくめると、きびすを返して部屋を出て行くのだった。幼い童顔に似つかわしくない笑みを口元に薄く浮かべて……。


 「そう。それなら良いのよ。それにお前たちが居るなら階位を上げるのにまた迷宮に潜れるわね。その前に」


 それに続こうとした3姉妹にアイーダが声を掛ける。


 「あんたたちもルイや他の者に言伝ことづてたい物があればジルに頼んでおくんだよ?」


 「ルイ様に……」「「ルイ様……」」


 その言葉に3姉妹の表情が曇る。彼女たちの中で今は(・・・)アンジェリーゼが第一位を占めている。しかしルイは眷属主であり、自分たちが愛情を抱く者であることに変わりはない。それが彼女たちの中で葛藤かっとうを生んでいたのだ。


 「幸い、ジルが帰るまでもう少し時間があるようだしね。急かすつもりも強いるつもりもないよ? その気があるならぐらいの話に聞いておくといいさ」


 「シェイラ、レア、サーシャ、湯浴ゆあみに行きます、伴をしなさい」


 「「「はい、アンジェリーゼ様」」」


 4人の会話を聞き咎めたアンジェリーゼの一言で彼女たちの会話はさえぎられる。ビクッと肩を震わせた3姉妹は小さくお辞儀をしてアンジェリーゼの下へ足早に歩み寄るのだった。


 「10日振りに表に出たんだ。あたしは酒をもらってもいいかい、アンジェリーゼ様?」


 それを尻目にアイーダは平然と今の(・・・)主である少女に不躾な言葉を掛ける。


 「好きになさい」


 特に興味も無いのか、アイーダを一瞥いちべつして踵を返すアンジェリーゼの顔には苛立いらだちの色が浮かんでいた。


 湯浴みに向かう主人たちを見送ったアイーダはニヤリと口角を上げて無言で笑い、部屋付きの侍女に酒を頼むとソファーにドカリと体を沈み込ませる。迷宮探索と、細心の注意を払いつつ同行した行程が思いの外精神的な疲れをもたらしていた事を実感した瞬間だ。


 侍女から受け取った酒瓶の栓を開け、グラスに注ぐこと無くそのまま口元に運ぶと一気に喉へ流し込むのだった。


 口から胃にかけてが途端に焼けるような熱さを感じ取り、酒気が鼻に抜ける。口の端から飲みきれなかった酒がこぼれて服と革鎧を濡らすが気にしたようにない。3分の1を飲んだ処で酒瓶を口から話してテーブルを見上げるアイーダは、誰に聞かれることもなくボソリと独り言をこぼしていたのだったーー。


 「さて、どうしたもんかね……」




             ◇




 「――――」


 「さて、O H A N A S H I しようじゃないか」


 この宮殿の更に地下深く、巨大な空間が僕らの眼の前に広がっていた。僕らの前に向かい立つ猿魔王。


 猿化しないが明らかに顔色が悪い。冷や汗なのか脂汗なのかわからないけど、頬から顎に滴り落ちているな。


 こういう状況になったのは、風呂でさっぱりし朝飯を食べた後で謁見の間におもむき、和やかな話し合いの結果だ。


 【扇情】状態になって(マーキングされて)るとは思ってなかった僕は、斬られた鬱憤うっぷんを拳骨一発で済ませたんだ。けど、これはないよな。人の眷属を寝取ろうとは。


 例の不可侵条約を結んだ手前、殺す事が侵略と捉えかねないから殺しは無しだ。


 お互い武器も持たず組手の訓練という建前を、何と猿の奥さんエルフ(ヘルトラウダさん)が用意してくれた。


 あれ? 怒ってる? 自分の旦那に?


 まあ、いい。裏を返せば、殺さない限りは許してくれるということだろう。


 「よろしくお願いします」


 「お手柔らかに頼む」


 小さくお辞儀をして、段取り状態に突入する。お手柔らかに?


 する訳無いだろ。


 いっぱい投げて足腰立たなくなるようにしてやる。


 「おおっ!」


 雄叫びを上げながら、目一杯踏み込んで殴り掛かってくるイケメンの拳を軽く受け止め、そのまま拳を握って腕を下へ引くようにひねる。


 空いた手は浮いた体を添えるように差し込めばあっという間に、イケメンの巨体が宙を舞い、地響きを起こす。


 ――――呼吸投げ。


 「ぐはっ」「「「「えっ!?」」」」


 受け身もできてない。随分堪こたえるだろうね。


 「もう終わり?」


 「ぐっ、訳の判らん技を!」


 再び殴り掛かってくる手首を取り、同じように斜め下に引き下ろす。


 「うおっ!? なんで止められん!?」


 崩しが直ぐに持ち直せるんじゃ、崩しと言えないだろ。


 そのまま奥襟おくえりつかんで、今度は後ろに引き回し、頃合いを見て懐に呼び込んで袈裟斬りのように腕を上から下に振り下ろして投げる。


 ずぅん――


 ――――入り身投げ。


 「がはっ」「陛下っ!?」「凄いっ」「ほわ〜」「妖術!? ねぇ、ナハトアあれ、あた――っ」


 受け身が取れないせいで、空気を吐き出し悶絶するイケメン魔王。おまけに足下は岩地だ。見物人のヘルトラウダさん、ナハトア、ゾフィー、カリナは見ることのない合気道の技に驚いてるようだ。はしゃぎ過ぎてカリナはナハトアの拳骨を喰らってた。


 「黙ってみてなさい!」「ううっ、何も殴ること無いじゃない」


 「ふうん。魔王という肩書も大したこと無いじゃないか。こんなものかい? まだ初めたばかりだよ?」


 あおる。


 「ぐっ」


 2回も投げられれば性根が入るだろう。眼つきが鋭くなってきた。良いじゃないか。


 これで心置きなく投げ飛ばせる。


 「おおおおっ!!」


 ずぅぅん


 莫迦ばかの一つ覚えのように殴り掛かってくるイケメン()の腕を取って、肘を折り曲げて極めるように引き倒す。


 その後は一方的だった。


 煽って、投げ、煽って、投げ、まさに組手の稽古だ。


 結局、僕が納得するまで、約2時間投げ続けた。後半殆ほとんど意識が飛びかけていたようだったけど、猿魔王、気絶せずに乗り越えたのは賞賛に値するよ。ほんと頑丈だな。


 ナハトアも一応これで溜飲を下げてくれたし、僕も納得できたので、ヘルトラウダさんに今回の件はこれで水に流すと言伝ことづてて、汗を流すためにもう一度風呂に入ることにした。ヘルトラウダさんが青褪あおざめて、コクコクと首を縦に振るのを見て、やり過ぎたかと思ったけどこれはこれ、落とし前だと納得することにしたよ。


 「ああ、久し振りに気持よく体を動かせたな」「「「……」」」


 思わず漏れ出た僕の一言に3人が押し黙る。


 あれ?


 「お風呂で背中を流してあげますね、ルイ様♪」


 「あ、あたしが言おうと思ったのに、先言われた!」「あんたたち、眷属のわたしが先にするに決まってるでしょ!」


 腕を絡めてくるゾフィーと、場所を取り合うカリナとナハトアを見ながら、この後の事を想像する。十中八九そうなるだろう。「あ〜【実体化】いつまでだっけ?」と気の抜けたことを考えながら、僕は大浴場に連れ込まれていった――。




             ◇




 同刻。


 同じ王都の南区、孤児院奥の一軒家で老いた男とうら若き乙女、そして3歳にも満たないような幼女が食卓を囲んでいた。


 幼い女の子は大人が座るような椅子ではなく、自分用の小さな椅子に腰掛けている。既に食事は終わったようで、若い女性が皿を重ね始め片付けを始めようとするのを、少し思い詰めたような表情を浮かべている男が優しく制するのだった。


 「サラもシルヴィアも聴いて欲しい事があります。一先ひとまず座ってください」


 「はい、旦那様」「ん」


 エト・スベストル。それがこの老いた男の名前だ。ルイの眷属の1人でもあり、彼に仕えるようになるまでは隣りに立つ丸田長屋ログハウスで生活するエリザベス(リーゼ)に仕えていた男である。よわい60を思わせるような風貌ふうぼうだが、実のところ桁が1つ違う。


 彼は本来人とは相容れない長命種なのだ。それを今まで何も告げず時間を共に過ごして来た愛すべき妻と養女むすめに告げようしていた。


 「これから2人にお話しすることは決して他の人に漏らしてはいけません」


 「はい」「ん」


 いつもとは違うエトの真剣な眼差まなざしに、2人は表情を引き締めて短く同意する。その様子を見て緊張を解す様に優しく微笑むとゆっくり話始めるのだった。


 「サラもシルヴィアも最近わたしの体に起きた変化に気が付いていると思いますね?」


 その一言にサラ()シルヴィア(養女)の視線が自分の眼に向けられたのを確認してうなずく。


 真剣な眼で自分を見詰める幼い娘の顔に頬が緩みそうになるのをこらえながら、エトは言葉を続けるのだった。


 「この瞳の回りに出来た金環(きんかん)というそうです。文字通り金の環ですね。どうして出来たかというと、それはわたしがルイ・イチジク様の眷属だからです」


 「ん?」「眷属……」


 エト()の言葉にサラの形の良い眉がしかめられる。その言葉の意味をある程度理解できたのだ。伊達にギルドの受付嬢をしてるわけではない。通常“眷属”と言う言葉は人には使わず、特定の魔物に管領して使われることが多いのだ。その筆頭は吸血鬼ヴァンパイア……。


 「シルヴィアには難し話かもしれませんね。サラは何か気付いたようですね?」


 「旦那様……?」「ん?」


 「まずこれは申し上げておきますが、ルイ様は吸血鬼ヴァンパイアではありません」


 その一言に胸を撫で下ろすサラ。だがそれに続く言葉は看過できるものではなかった。


 「生霊レイスです」


 「っ!?」「あぅ?」


 「落ち着いてください。レイスとは言いましたが、ルイ様は稀有けうな存在です。女神様の加護を受けておられる御方ですから」


 「――加護」「ゔぁ〜?」


 サラの思考は止まりそうになっていた。


 レイスといえば討伐対象に指定されている不死族の魔物(アンデッド)だ。魔法使い(スペルキャスター)同伴、もしくは魔力を帯びた武器を持たなければ討伐できないことで知られており、DからBクラス指定案件であるとサラは受付嬢としての知識を手繰たぐり寄せていた。


 そんなレイスが眷属主で女神の加護が云々《うんぬん》という情報はサラを錯乱させるには十分な内容だろう。


 思考を整理するために視線をテーブルに落として考え始める妻の肩に自分の手を載せて、エトは優しく微笑む。ぴくっとサラの体が反応するがそれは恐怖のためではなく、単に思考で彷徨さまよっていた意識が戻った事を示すものであった。


 「サラ、わたしが幾度貴女に触れたと思ってるのですか? レイスであるはずがありません。それにルイ様ならいざ知らず、レイスが陽の日向を動けるはずもないではなりませんか」


 「あ……」


 アンデッドに関して一番大事な事を指摘されサラは思い出す。アンデッドは基本夜行性だということ。そして日光は彼らにとって致命的なモノになり得るということを。それをエトに不安を看破されてサラは頬を赤らめるのだった。


 「ふふふ。そういう処も好ましく思ってるのですよ?」


 「……旦那様」「ん」


 「ただしーー」


 とエトは言葉短く2人の反応を確かめる。それまでの温かい雰囲気がガラリと変わり、背筋が寒くなるような感覚を2人は感じ取り身震いするのだった。ゾワリと肌が粟立つ。


 「これから話すことを聞いてわたしとの関係を終わらせたいと願ったとしてもわたしは受け入れます。あなたたちに危害を加えることも無いと誓います」


 「旦那様?」「ん?」


 「ステータス。これが本当のわたしです」


 ◆エト◆

 【種族】高位(ハイ)なる()日の下を歩くもの(デイライトウォーカー) / 不死族 / ルイ・イチジクの眷属

 【性別】♂

 【職業】黒騎士

 【レベル】250

 【状態】加護

 【Hp】147,420 / 147,420

 【Mp】1,474,200 / 1,474,200

 【Str】……

 ……

 【ユニークスキル】吸血、金環眼……


 そう言って己のステータスを開示するエトは、何も言わずに瞑目するのだった。夫の意図を汲んで彼のステータスをのぞき込むサラ。だが、余りに衝撃的な文字がそこに並んでいた。


 「は、ハイ・デイライトウォーカー? 不死族……。き、吸血!? 」「うあゔ〜」


 驚愕に彩られたサラの眼は大きく見開かれ、慌ててエトの横顔を凝視する。シルヴィアはまだ良く判ってないようだ。だがサラの視線を受けてエトは眼を開き静かに言葉を(つむ)ぎ出す。


 サラが一番聞きたくないであろう言葉をーー。


 「そうです。わたしは吸血鬼ヴァンパイアです」




             ◇




 「うわ〜こりゃ凄いな」


 風呂でさっぱりした僕たち4人は、魔王たちに案内されて巨大な入江に悠然とたたずむ帆船を見上げていた。フェナやドーラの姿はない。その代わり甲板で水夫らしき男たちが動いているのが見える。


 確かに近くから船が出るとは聞いてたけど、実はお膝元にもあったとは。


 回りを見るとうねる大波が少し離れた岸壁にぶつかって盛大な水飛沫を上げている。あんな中に船を乗り出したら一発で転覆して粉々になることが簡単に想像できた。まさかね……。


 「この船は魔道具だ」


 「え?」


 隣りに立つ僕より拳1つ高い大柄のイケメン魔王が船を見上げながら自慢気に教えてくれた。


 聞き間違いか?


 魔道具って聞こえたけど。“ケルベロス”が持っていた3隻の大型帆船に引けを取らない大きさのこの船が魔道船!? 嘘だろ?


 というか、お前まだ膝が笑ってるぞ。強がってるんだろうがバレバレだ。


 「まあ、そう思うのも無理はない。我が国の国宝とも言うべきものだからな」


 そうだろう。まさか貸してくれるってことは……無いよな?


 「さっきから凄いしか言ってないけど、改めて凄いな……」


 「これでルイ殿たちをシムレムまで送ろう」


 「は?」


 思わず聞き返してしまった。それは貸してくれるってことなのか?


 「ルイ殿と共に居るナハトア殿やカリナ殿以外にも、俺の妻にエルフが居るのでな。このヘルトラウダは留守番だが他の者を“聖樹祭”に連れて行くつもりではあったのだ」


 正気か?


 お前が素手で触ったら強制ハーレムもいいとこなの解ってるのか?


 初夜税どころの話じゃなく悲惨なことになるんだぞ?


 「は、はぁ」


 「ははは。ルイ殿の言わんとすることは解る。現にこうやって魔道具の手袋をめておるだろう? これはヘルトラウダの許可なしには外せぬのだ」


 その言葉にチラッと魔王の後に立つエルフの女性に目を向けるとニコリとされた。いいのか?


 「貞操管理はお任せください」


 「む、さ、ルイ殿! 皆も乗ってくれ! 支度は整ってるのだ。後は其方(そなた)たちが乗るだけだ」


 冷たい微笑みを向けられた魔王が僕たちを急かし船へと急かす。というか、さっさと船の中で横になりたんだろう。あれだけ投げて動けるのも感心するが、ダメージは溜まってるだろうからな。【静穏ペインレス】は掛けてやるつもりはない。


 その痛みで、反省しろ。


 まあ、魔王自身もシムレムに行くというなら便乗ということだろう。流石に貸すわけはないか。国宝だって言ってるんだから。それに、今の魔王の様子を見る限り例の加護スキルも問題なさそうだな。


 渡り板のようなものではなく、船の甲板までの高さから橋を3分の1程伸ばしたような乗降場所へ葛折(つづらお)り階段を上がって僕たちは船に乗り込んだ。ゾフィーが上がり辛いかと思ったけど、案外蛇の体は便利らしい。


 ゾフィーは囚われていたため荷物はなく、僕らはアイテムボックスなりアイテムバッグがあるから手荷物らしい手荷物はないんだよな。だから、魔王の後を手ぶらで付いて行くだけだ。


 「「「「「いってらっしゃいませ」」」」」


 「うむ。留守を頼む」


 無風の入江の中で帆を張り、風を受けて(・・・・・・)ゆっくりと進んでゆく奇妙な感覚に気持ち悪さを感じたよ。流石は魔道船。更には、無責任な言動が目立つ魔王に「そんなに自由に国を空けても良いのか魔王!?」と心で突っ込みながら、桟橋で見送る文官武官たちになんとなく流れで手を振っている自分も居た。


 勢いで乗せられた感が否めないんだけど……な。誰が言い出したのやら。


 既に船に乗った以上どうすることも出来ないんだけど、こっちに来て初めての船旅だ。楽しまないとな。そう思うことにした。潮風や波飛沫、何より潮の香りが僕の心を沸き立たせ口元を綻ばせる。そんな僕を見ながら3人が嬉しそうに抱き着いて来た。ゾフィー、全体重をかけると重……い。カリナ、喉に腕が……。


 「ちょ、苦しいーー」


 波濤はとうが生き物のように帆船へ白い牙を向けるのをするりと躱すのを尻目に、魔道船に乗り込んだ僕たちは妖精郷に向け海原へ出帆するのだったーー。






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