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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第四幕 剣王
172/220

第156話 締盟

遅くなり申し訳ありません。

まったりお楽しみください。


※2017/4/2:本文誤植修正しました。

 2017/9/14:本文修正しました。

 2017/11/4:本文段落調整し、加筆修正しました。

 

 「ならば我が魔国スルエスパーダと、ルイ殿、もしくはルイ殿が所属する国と不可侵の契約及び同盟を結んで頂きたい」


 「Oh……」


 頭が痛くなってきた。


 国絡みの問題はエレクタニアの件だけで正直もうお腹いっぱいだ。ミカ王国でも王族に絡んだ事件に巻き込まれたし、ここでも似たような状態になったと言えなくもない。こういう時、優秀な秘書みないな人材が傍に居ると話を丸投げ出来るから助かるだろうな。不可侵って攻めること前提かよ。


 「ルイ殿?」


 「ああ、すみません。急な申し出でこっちも少し思案していました」


 「その事にも申し訳なく思っている。だが、ルイ殿たちも旅の途上と聞く。長々と逗留して思案して貰う訳にもいかぬとフェナから聞き及んでのことなのだ」


 「それで内容はこの羊皮紙に書かれていると?」


 「うむ。良ければ一読願いたいのだが……」


 チラッと女官が持ってきたトレーの上にある羊皮紙に視線を落とす。卒業証書の倍はあるんじゃないかという大きさで、長方形に切り揃えられてる。そこに細かな字でびっしりと文字がつづられてる訳だ。こっちに来た時にもらった自動翻訳のお蔭で内容は把握できる。


 要約するとこういう事だ。


 1:魔王及び魔王に仕えるスルエスパーダの何人も、ルイ・イチジク及びルイ・イチジクの眷属に敵対しない。


 2:ルイ・イチジク及びルイ・イチジクの眷属は、魔国スルエスパーダに侵攻しない。


 3:双方に緊張が生じる事態になった場合、まずは話し合いの場を設ける。


 4:魔国スルエスパーダとルイ・イチジク及びルイ・イチジクの眷属は同盟を結ぶものとする。


 5:同盟を破棄するときは使者を立てることとする。


 6:故意に契約を破った場合、破った側に隷属紋が発現することとする。


 微妙に逃げ道があるけど……良く練られた案だということは理解る。敵対と侵攻のパワーバランスが既に可怪しいし、何より契約といっても現魔王のイケメンと僕の2人だけでする契約だろう?


 「あ〜なんだ、不可侵というから僕たちの方が不利かと思ったけど、結構こっちに有利になる書き方をしてるんだね。それでいいの?」


 不可侵契約とか言うからこちらに不利な条件が列挙されてると思いきや、案外まともだったな。このまま鵜呑うのみにするのは不味いから、確認は必要だ。


 「無論」


 「じゃあ2、3確認を良いかな?」


 「ヘルトラウダ」


 「承りました」


 魔王の呼び掛けに玉座の後からさっきも一緒に居たエルフの綺麗なお姉さんが姿を表してお辞儀をする。気配は感じてたけど、別れてから直ぐに素案作りに動いたってことか。なる程ね。道理で切れのある内容だと思った。じゃあ遠慮なく聞かせてもらうかな。


 「魔王という称号しか書いてないけど、この契約に関係するのは現魔王のみ?」


 「いえ、魔王と称されるのはスルエスパーダにおいて後世に続く王の世襲名でございます。ですから、永続するものとお考えください」


 「でも、血判をするのは僕と魔王さんの2人でしょ? 世襲されても適用されるのは僕だけじゃない?」


 「代が変わる度に、魔王が血判を押すことにします」


 「強制力は?」


 「ーー」


 不備を突っ込んだらグッと何かをこらえるような表情になるが、それも一瞬ですぐさま平然とした表情に戻る。だけど、答えは貰えなかった。強制力がないことを理解してるからだ。


 「後世の魔王が任意で拒否したら僕には継続がどうなったかわからない。不利益が僕にだけ発生するよね?」


 「では、代が変わる際に改めて血判を押す立会人をルイ様の方で立て頂くのはどうでしょうか?」


 「うん、それが妥当な線だろうね。立会人の眼の前で血判を押さないと無効になるくらいの拘束力が欲しいな。その為には崩御の知らせも迅速に伝えてもらわないとね?」


 「勿論でございます」


 「それと、世襲名が永続するということだけど、将来僕以外の手によってこの国が侵攻され国の名前が変わり、世襲名が剥奪された場合はどうするの?」


 「そ、その場合は不可抗力ですので、国自体が消滅もしくは滅亡してしまった場合は失効するものと考えます」


 可能性の芽は初めから潰しておくのが定石だ。イケメン魔王は息子を抱いたまま耳を傾けている。表情を変えない辺り、交渉には慣れているということかな?


 「同盟を結ぶとだけになってるけど、お互いに何処まで手を貸せるのか曖昧だね? 物理的に僕の領地からは随分離れてるから急な申し出を受けてもすぐには来れないんだけど?」


 「ご指摘の通りでございます。確かに火急の際には手をお借りしたいのですが、出来る範囲で降りかかる火の粉は自ら払いたいと考えております」


 「要請があれば友軍を出す、という理解で良い?」


 「はい」


 「じゃあ、そこまでの内容を付け足して書き込んで貰えるかな?」


 「畏まりました。聞いていましたね? 直ちに取り掛かりなさい」


 「は」


 ヘルトラウダさんが後に控えている文官に命じると、簡易な机に筆記用具一式を置き羊皮紙を広げている初老の男が羽ペンを忙しく動かし始める。


 「侵攻ってどの程度の攻撃が侵攻っていう理解なのかな? 敵対行動と侵略行動がどう違うのか理解しておきたいんだけど?」


 「敵対行動は、敵と認めた存在に対する加害行為と言えます。一般には戦闘行為の事ですが、その準備行為、威嚇・脅迫行為なども含まれると考えます」


 「なる程」


 「侵略行動は、一国が他国の支配権を侵害したり、領土を保護して安全を守ることを妨げたりしようとして武力を行使することだと言えます。具体的には、領内に攻め入って土地や住民、財物を奪い取ることだと考えます」


 ふむふむ。分り易い説明だな。それが侵攻というのなら、不可侵契約を結んでもいいと思えるけど。一応確認。もう2、3は超えちゃったな。ははは……。


 「こちらに降り掛かる火の粉を領内で払うことは侵略や敵対行為に当たるのかな?」


 「いえ、その程度であればこちらは感知いたしません」


 意図的に何かをするとすれば条項に抵触するからな。ふむ。確認したいのはそんなもんかな。後は1点お願いだ。


 「内容は良く理解わかりました。1点を除き問題はないと思います」


 「1点とは?」


 ヘルトラウダさんが疑うような眼で僕の顔を見詰めてる。こういう交渉は契約前にしっかりしておくのが肝心だ。美人に嫌な顔をされるのは僕としても嫌な気分になるけど、これで皆に不利益が来たらそれこそ眼も当てられないもんな。


 「この文面が欲しいんです。“黒墨(・・・・)で契約書に明文化されていない条項が適用されることはないが、契約条項に関係があると疑われる場合は、その都度対応を協議し明文化する”」


 「分かった」「陛下っ!?」「良い。其方そなたの言いたいことは判る。が、こういう場合お互いが信頼に足るかどうかと見極めることも大事だ。その為に労は惜しまん」


 ヘルトラウダさんが答える前にイケメン魔王が口を挟んで来た。驚いて振り返るも空いている左手を上げて発言を制すると言葉を続ける。信頼関係を築きたいという気持は僕にもある。可能ならばそういう状態で契約を結びたいところだけど……色々とやらかしてくれてるからな。


 「賢い選択だと思いますよ。僕はここに来るつもりは最初からなかったけど、ミスラーロフのお蔭で回り道をすることになった経緯がある。なので、正直この国には興味はないんですよね。だからこれから先ちょっかいを掛けてこなければお互い平和に過ごせるって話なんだけど?」


 最後は砕けた口調になったけど、そうなったのもナハトア(眷属)に手を出しやがったのはコイツだったと改めて思い出したからだ。


 フェナやドーラはペット的な位置だったから好意を示されていたとしても手を出すまでには至らない。けどナハトアは別だ。謝ってもらったけど、モヤモヤが消えるわけじゃない。あ〜考えれば考えるほど苛々《いらいら》してきたぞ。


 「友誼を結ぶにはいささ不仕付ぶしつけな事を重ねてしまった手前、時間が掛かることも承知だ。それでも、手を取って貰えるとありがたい」


 耳が痛いことだろうけど、なかなか男らしい振る舞いだなと感じたせいか、好感が持てた。グチグチというつもりはないからこれでこの話は終わりだ。時間が惜しい。


 為政者いせいしゃであればもっと打算的に、それこそ汚い手を使ってでももっと有利に事を進めようとするだろうけど、どうやら僕には青い血は流れてないらしい。綺麗事を言うつもりはないけど、まだ向こうの世界の感覚が残ってるんだろうな。清濁併せいだくあわむよりも、小さくても澄んだ流れを好む、様はヘタレだ。まあ今に始まったことじゃないけど……。


 「分かった上で図々しく言えるというのも見ていて、ある意味気持の良いものですね。嫌いじゃないですよ、そういうの。まあ努力はしてみます。その前にするべき事をしてからですが?」


 「ヘルトラウダ」


 「はい。それではルイ様、これが契約書となります。サインと血判をお願い致します」


 エルフのお姉さんが羊皮紙を2枚持ってくる。先にイケメン魔王から署名と血判を押した上でだ。まあ生霊(レイス)のままだとサインはギリギリ魔力を纏って出来たとしても、血判までは無理だからな。久し振りに使うことにする。使ったらさっさとナハトアの部屋へ直行だ。


 「了解。じゃあ、少し離れてくれるかな? 【実体化サブスタンティション】」


 「生霊(レイス)が生身の体を……」「嘘ーー」


 まあありえない現象なのはここ2年位でなんとなく理解できたから、今更回りの反応を見ても驚かない。逆にザワツク瞬間が楽しかったりするんだよな。イケメン魔王とヘルトラウダさんの驚いた顔もご馳走様、って感じだ。


 覚えた字で2枚の羊皮紙へ自分の名前を書き、備え付けの針で右手の人差し指を差す。ぷっくりと指の腹に現れた小さな珠玉がもう少し大きくなるのを待ってから、ゆっくりと血判を2箇所へ押すと羊皮紙が光を放ち始めるのだった。10秒も光っただろうか、光が消えた羊皮紙の1枚をヘルトラウダさんから手渡される。


 「双方で1枚ずつ保管いたしますのでお持ちください」


 正副を作るのは契約の基本だけど、そういう考え方は浸透してるみたいだね。いや、してない所もあったか。に角、これで同盟と不可侵の契約は締結できた。短く締盟と言っても良いかもな。そんなことを考えながら受け取った羊皮紙をアイテムボックスへ収め、もう1つ残っていた案件をここで済ませることにした。イケメン魔王に聞いてみることにする。


 「あ〜ついでにと言っては申し訳ないけど、その子の心臓を預かってるんだ。戻していいかな?」


 「何っ!?」


 眼の前の王座らしき豪華な椅子に背中を預け、その膝の上に子どもを抱えた若い男に僕はそう声を掛けた。さっきミスラーロフの持つ【技量の血晶石(スキルハート)】を分解した時に残った小さな心臓をアイテムボックスから取り出してみせる。


 腕に抱いた男の子を起こさないように気を配りながらも身を乗り出してくるイケメン魔王。獣化しなければ体格も僕と然程変わったようには見えない。厚みは魔王の方があるな。父親の動きに動じること無く子どもは眠っているようだ。うん、殺気を立てなきゃ起こすこともないだろう。


 「害意はないから、そこに行って治療してもいいかな?」


 「無論。むしろこちらからお願いしたい」


 許可をもらって魔王の前に進み出る。普通なら槍でブスブス刺されてるだろうけど、それだけ買ってくれてるということかな? 久し振りに絨毯じゅうたんの上を歩くという行為が心地良い。勿体振るつもりはないからそそくさと作業をこなすことにした。


 「じゃあ、戻すよ。【融合フュージョン】」


 胸を(はだ)けさせてもらい、そこに結晶化している小さな心臓を押し当て【融合】すると、すんなりと体の中に融け込んでいった。またピカーってなるだろうから、距離を取ることにする。


 というのは建前で、本当は【実体化】すると24時間のカウントダウンが始まる。どこぞの海外ドラマじゃないけど、したいことに限界を無理矢理作られるわけだからソワソワし始めてしまうんだ。


 眼の前のイケメン魔王に付けられたかもしれない(・・・・・・)【扇情】スキル(マーキング)をナハトアから消すためには、ナハトアとにゃんにゃんしなければならない。【鑑定】で確認したわけでも、本人が告白したわけでもないんだけど、することはする。なので、久し振りの風呂で生身の感触を味わい、後はーー。


 「ーー? ーー殿? ルイ殿!?」


 「ん!? ああ、すみません。少し考え事をしていました」


 イケメン魔王の呼び掛けにうわの空だったらしい。何度か呼び掛けられていることに気が付いて慌てて頭を下げる。


 「先程の心臓が戻ったことでこの子に何か影響があるのだろうか?」


 いや、それを先に聞いておこうよ。思わず突っ込みそうになるのをグッとこらえて説明することにした。早くこの場から出たいんだけど?


 「先程まで魔道具に浸かっていた事もあり、体内に残った魔道具の残滓ざんしと今戻した心臓の結晶が反応してより大きな力を得ることがあるようです。場合によっては種の格が上がるほどに」


 「何っ!?」「真ですか!?」


 「場合によっては、と言いました。全ての者がそうなるとは限りません。ですから変な期待を抱かないように願います」


 危険回避は必要だね。ああは言ったけど「格が上がらなかったではないか!?」なんて言い掛かりは御免だからな。まあ、普通では置きないことが立て続けに起きてるから不安ではあるだろうけど、それはそれこれはこれだ。僕には僕の心配事がある。悪いけど他人の子より、自分の恋人だ。愛人か? おほん、まあいい。その辺りは皆が来てから相談すれば良いことだよな。


 「時間を取らせた。ルイ殿、この度は色々とすまなかった。改めてこれから良しなに」


 「いえ。これからの時間を邪魔されず有意義に過ごさせてもらえれば、今のところ(・・・・・・)僕としても蒸し返すつもりはありません。どうぞ宜しくお願いします」


 一言釘を差しておく。


 「風呂も、部屋も自由に使ってもらって構わない。皆もそのつもりで粗相のないように頼む」


 イケメン魔王の宣言に謁見の間にいる文官、武官は黙ったまま頭を垂れていた。まあ実力社会のようだし、ミスラーロフみたいなものが紛れ込んでなければ暴走することもないか。はい、終わり。小難しい政治の話は(しばら)く考えないぞ。


 「ではこれで。ああ、お風呂までの案内を頼めるかな?」


 「畏まりました。こちらでございます」


 僕をここへ案内してくれた女官が、そのまま僕の左斜め後ろに控えていたのは知ってたから振り返って頼むことにした。問題なし。ゆっくりをお辞儀をして、再び先頭に立って案内してくれる女官。恐らく視線を感じてるであろうことは承知で、はちきれそうに広がって歩く度に揺れる桃を眼で追いながら僕は湯殿へ案内されたーー。




             ◇




 ルイが謁見の間を後にし、天井まで届く二枚扉が重厚な音を響かせて閉じられたのを視認してガウディーノ(魔王)は大きく息を吐くのだった。


 「ふぅ〜〜〜〜、行ったか」


 「はい、陛下」


 彼の溜息と同時に周囲の張り詰めた空気も(ゆる)む。主人が緊張から解かれた時に見せた幼さを感じさせる表情に微笑みながら、ヘルトラウダは小さく頭を垂れるのだった。彼女は側室であるゆえに、他の家臣団のように深くお辞儀する必要がないのだ。


 「どうだった?」


 「恐れ多くて【鑑定】は使えませんでした」


 抽象的な問い掛けに、淀みなく答えるヘルトラウダ。ガウディーノとしてはルイ個人に対する感想を聞いたつもりだったのだが、意図せぬ答えが返って来たことで少し表情に焦りの色を浮かべる。


 「肝を冷やすような事は止めてくれ。お前を失いたくはない」


 「ありがとうございます、陛下」


 「それで?」


 「正直底が知れない御方かと」


 今度は求めていた答えがヘルトラウダの口から届けられた。


 「やはり、それほどなのか」


 「生霊レイスとしては出鱈目でたらめ過ぎます。“けがれ”がない、聖属性魔法が使える、生身をまとえる。何より魔力の多さがーー」


 予想通りではあったものの、自分が感じていたこととは違っていたようで、ガウディーノは小さく眉を(ひそ)める。


 「魔力か。魔法使い(スペルキャスター)のお前はそう感じたのかもかもしれんな」


 「陛下?」


 「ーー闘気も桁外れだったな。レイスに闘気が必要なのかどうかも分からぬが、生身を纏ったルイ殿を見た瞬間、背筋がこおったぞ」


 そのしばたく程の間に見せた反応と続く言葉に、ヘルトラウダは首をかしげるのだった。


 「わたしには感じ取れませんでしたが?」


 「無意識に外に出さぬようにしていたのだろう。体の内に秘められた闘気の質が明らかに可怪しかった」


 「可怪しい、とは?」


 「闘気自体、俺が身に着けているモノとは全く違うモノだ」


 「然様さようにございますか。契約の方も最後にカラクリに気付かれてしまいましたし……」


 ヘルトラウダはあらかじめ隠し文字の文を使う時に用いる、炙り出し用の明礬水みょうばんすいで条項を書いたモノを別途用意していたのだ。それを使えなくされたのである。


 「気に病むことはない。姑息な手を使ったのはこちらだ。双方が納得できたのだからこれに勝る利はないだろう。これ以上は分不相応というものだ」


 ガウディーノは闘気を、ヘルトラウダは魔力をそれぞれ感じ取っていたということになる。妻を失わずに済んだことも含め、改めて信頼を置く妻からもたらされた情報に、ガウディーノは自分の下した決定に心の中で喝采を送るのであった。


 「はい」


 ガウディーノは我が子を片腕に抱いたまま席を立つと、自分の失敗に気を落とす妻の肩に左腕を回し優しく促す。


 「さて、フェナの友も紹介してもらおう。もしかすると残ってくれるかもしれん。女神の加護を受けた者だ、1人でも残せるなら上出来だろうよ」


 「然様でございますね。それにしてもアロンソ様はきっと大物になられるでしょう。こんな緊迫した場で目覚めること無くお休みになられてるなんて……」


 「そうだな」


 安らかな寝顔でゆったりとした呼吸を繰り返す我が子を見ながら、ガウディーノは肩を小さく震わせる。優しく見守るヘルトラウダに歓びの色が戻ってきたことを確認して、彼は静かに唇を重ねるのだった。今ある歓びを味わうようにーー。




             ◇




 「あ゛ぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜」


 大浴場の湯船に浸かりながら僕は大きく息を吐いていた。風呂はこうでなきゃ。少し塩分を感じることから推察するに、塩泉なんだろう。新潟で入っていた温泉も硫酸塩泉で、軽い火傷や傷に効いていた記憶がある。この湯もそんな感じで肌がつるっとするんだ。


 肩まで湯に浸かりながら、ここ風呂に来るまでの間で女官に聞いた情報を振り返っていた。


 この魔国スルエスパーダには王都と呼ばれるような巨大な都は存在しないらしい。勿論、都市と呼ばれる大きな単位の街もないんだとか。聚落しゅらくといえる数十人単位の村が点在していて、それを一定の数でまとめた地区あるいは地方というくくりで管轄していると聞いた。


 これはこの地域の気候も関係しているんだと思う。


 “ありーぜ”と言う風が吹く所為でこの国に雨は余り降らないと女官入っていた。確かに飛んでくる時に眼に入ってきた土地はどれも背の低い草で覆われており、成長が悪い気がする。“ありーぜ”が何なのか、よく分からなかった僕は女官に説明をもとめた処、“決まった経路を吹く風”のことだと言われたんだ。


 それでピンときたね。ああ、貿易風かって。


 その貿易風の関係でこの地域は雨が極端に少ないんだとか。逆にシムレムは雨に恵まれ深い森があるという。そのために雨が降る雨期になると、階段井戸という特殊な井戸の中に雨水が流れ込み、乾期の間の蓄えを作るんだとか。水の有り無しは死活問題だ。必死にならざるを得ないよな。裏を返せばこの階段井戸がこの国の至る所に存在しているということになる。


 で、僕が今居る王宮は魔国の南端なんだと。


 ここからシムレムに行くには、近くにある港から海路で向かうか、魔国の領土を北北東に縦断してその港町から海路で向かうかのどちらしかないらしい。近くの港からであれば貿易風に乗って14日から20日でたどり着けると教えてくれた。ふむ。


 かたや陸路を選んだ場合、2ヶ月は優に超えると笑われてしまった。海路を選ぶのが常識ということなんだろうか? 僕にはよく分からないない話だ。


 でも、砂漠の国の王都を出る時点で“聖樹祭”まで4ヶ月程という話だった。ここまで2ヶ月以上使って旅をしてる。ヴィルに乗せてもらって移動すれば、という話を道中何度かしたんだけど、ナハトアとカリナに(ことごと)く却下されたんだよな。で、この状態で陸路で行けば間に合わない。選択肢はないじゃないか。


 「海か〜〜〜〜。そう言えば港町で海賊を倒した時以来だな。あの時はゆっくり海を眺めてる暇なんかなかったけど、船旅なら問題ないか」


 そこでふと気が付く。エレクタニアにもエルフが居なかったか、と。


 「あ、そういえばリューディアもシムレムの出身かもしれないから、誰かに確認してもらって“聖樹祭”に連れて来るように手配するか?」


 エレクタニアからあの山脈を超えるには骨が折れるよな。あの雪山を超えるリューディアの姿を思い浮かべて苦笑が漏れた。線の細いお婆ちゃんに山越えは虐待だな。姥捨山(うばすてやま)に自主的に行ってるようにしか見えないぞ。ハイ・エルフとはいっても歳も歳だし。シンシアに頼んで連れて来てもらったら良いか。これだけ離れてるとアピスにも繋がらないし、またラクに頼むかな。


 『ラク来れるかい?』


 湯に使ったまま湯船の縁に首を載せて空中に呼びかけてみる。何時も唐突に喚び出すからな。少し後ろめたさを感じながらも反応を待つ。


 『ーー。ーーーー』


 しばらくすると大人の腕ぐらいのサイズに縮んだ眷属精霊のシロナガスクジラ(ラク)が姿を現したんだけど、何時もと様子が違う。何だ?


 『急に喚び出してごめん、ラク。何時もならラクの言葉が分かるんだけど、今日は何も聞こえない。何かあった?』


 『ーー。ーーーー』


 『ダメだ聞こえない。僕の声は聞こえてる?』


 『ーー、ーーーー』


 聞こえてるらしい。一方的にだけど言伝(ことづて)は頼めるな。負担を掛けたくないから、シンシアだけにするか。


 『じゃあ、シンシアだけでいいから言伝を頼める?』


 『ーー』


 うなずいてくれた。


 『エレクタニアに戻ってリューディアにシムレムへ行きたいか確認を取って欲しい。行きたいといえば連れて来てもらえないかな? シンシアたちも来たい人は一緒に来ればいい。僕は海路でシムレムに向かってるからシムレムの西側にある港で30日後落ち合おう。これで頼める?』


 『ーー!』


 大丈夫なのか? 声は聞こえないけど、僕の声は届いているようだ。力強く肯いてくれたから言伝は問題ないだろう。気になる。


 『僕からそっちに行けないけど、助けが要る時は何かしらの方法で伝えて欲しい。どうにかするから』


 そう言いながら手を伸ばすとラクに触れた。同時に魔力が吸われる感じがするから僕との繋がりはあるみたいだ。そう思った瞬間、ラクを除くの姿を現していなかった眷属精霊たちが突然頭上に円陣を組んで現れたーー。


 『え? 皆どうした!?』







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