第153話 再会
お待たせして申し訳ありません。
まったりお楽しみください。
※2017/11/4:本文段落調整しました。
「嘘でしょ。何で魔王がこんなに弱いの?」
あの時は完全に攻撃の手段がなかったということもあって手も足も出なかったけど、ここまで一方的な状況になるとは思ってもみなかったよ。いや、待てまて。ミスラーロフの魔法でそこそこダメージを受けてて反応が遅れだけだ。うん、そうに違いない。
猿の魔王の姿は地下へ消えたけど、青い炎はまだ燃えてる。魔法で起こした炎だからなかなか消えないんだろうな。何かに使えないか、これ? 思った僕の視線の先には、胸に大穴の空いたミスラーロフの体と離れ離れになった頭がある。
「復活ーっ! とか面倒極まりないから燃やすか」
足元に転がるミスラーロフの蛇の尾を引いて炎の中へ放り投げ、頭は炎の上で握り潰してから振り捨てる。魔力を纏って居るから実際に感触は伝わってこない。触れるのはありがたいけどね。手の中で拍動している歪な心臓の塊をアイテムボックス入れてみた。一応入るみたいだ。生物というよりアイテム扱いなんだろうな。
それでも――と思う。
異形の体とは言え、死体を無碍に扱っても心が何とも感じないのはこの世界に慣れて来たからなのか、それとも不死族という種だからこそ死に対する感情というものが欠落してくるのか、不安になる。
できれば普通の感覚というものは持っておきたい、というのが正直な気持ちだ。ぼ〜っと熱硬直で生きているように跳ねまわる蛇の尾を見詰めながらそんな事を考えていた。
「はぁ……。そりゃ魔物を2000匹以上鏖にしたんだから何かが変わってても可怪しくないんだよな……」
思わず溜息を吐いてしまう。
――ん?
【魔力感知結界】の網に2体掛かったぞ。この魔力知ってるやつだな。
…… 何があったの、ルイくん? 完全に別人よ〜。海賊船で出会った頃には勝機があったけど〜。勝てる気が全くしないわぁ〜 ……
こちらに向かっている事は分っていたので、暫く待つことにした。
そうすると見知った顔だったというオチさ。ホノカとナディアがとんでもない気配が地上に現れたから様子を見に来たらしい。丁度いいとこに来てくれた。
「色々あってね。砂漠に籠もって修行してたらこうなったんだ」
…… はぁ。元から規格外だけど、輪をかけて酷くなったわね。 あ〜こんなに強くなるなんて卑怯よ〜。抱いてもらいたくなるじゃない〜 ……
い、いや、そこはまだ我慢。我慢なのか?
おほん。ナハトアが先だ。纏わり付いてくる2人を魔力の爪や角で傷つけないように引き剥がしながら気になっている案件を先に済ますことにした。相変わらず破壊力満天のマシュマロに眼が行ってしまうのは愛嬌だろう。ちょっと箍が外れかけてる気がするから、自制が利く内は抑えたい。
「そういうのはいいから、ナハトアが何処に居るか知らないかな?」
…… ふふふ。知ってるわよ。 ふふふ。この穴の下に居るわ〜 ……
いや、だから分かってるわ的な視線で見ないで。僕だって男だ。若干拗れてる気もするけど女の人に対する関心は人並みにある。本当に人並みか? と言いたくもなるけど、人並みだと主張したい。
「そ、そっか。じゃあ丁度良いな。ん〜大きな魔力が3つ。中ぐらいが1つ。小さいのが1つ。あとは大し敵になるの居ない、な」
…… え? 分かるの? 【魔力感知】ねぇ〜。話には聞いたことあるけど、身に着けた人を見るのは初めてよ〜 ……
「ははは……。残念だけど人じゃない自覚はあるよ」
…… ふふふ。そうね。 ルイくんだしね〜 ……
何だそりゃ。何かにつけて「僕だからね」的な躱し方が増えそうな言い方じゃないか。しかし、レアスキルなのか、習得するのが難しいスキルなんだろうな。手に入れれたのは女神様のお蔭でもある、か。感謝しておこう。そよりもーー。
「じゃあ、下に降りようか」
…… は〜い! ……
「何で首に抱き着いたままなの?」
魔力纏で歪な不可視の鎧のようなものを纏っている僕の首にホノカとナディアが腕を回してきた。お互いに霊体なんだから浮かんで入れるのに、必要以上に接触しなくても……。うん、まあ男としては嬉しいけど。
…… 何だか落ち着くのよね。 わたしたちの体とはちょっと違うような気がするのよね〜 ……
何だそれ? 違う?
確かに、生霊特有の発光の仕方じゃないのはわかる。レイスは淡青色のぼんやりした光なんだ。ホノカやナディアのような亡霊は淡白色の光なんだけど、それに近いような、金色のような光を放ってるんだよな。あの黄金の林檎を食べてからだ。
ゆっくりと大きく空いた穴から居りてゆくと、砂の絨毯に大の字になって気絶している魔王と彼を取り巻くように見上げるナハトア、ヴィル、ヴィルの傍に立つ蛇女、それに魔王に縋り付く見知らぬエルフの女性が見えて来た。
ナハトアの顔を見ると少しホッとする。怪我はしてないようだ。良かった。でも、カリナやドーラ、フェナの姿が見えないな。
「ルイ様ーーっ!!」
僕の顔を見て飛び上がらんばかりに笑顔で手を振るナハトアの顔を見て、ホノカとナディアが「仕方ないわね」というような表情で僕の体から離れていった。殊勝にも主に気を遣ったらしい。
「おおお……。ルイ殿その魔力はーー」
「まさか!? あの時のレイスなのかえ!? ありぬ。あれは、あれはーー」
「ーーーー」
ナハトア以外はバケモノを見るかのような恐怖と尊敬が混ざったような眼差しを向けてくるのが判る。あ、エルフの人が気絶したな。そんなに威圧感が出てるか? 威圧はしてないんだけど……。
「やあ、ヴィル。それにその雰囲気、あの時のダンジョンマスターさんですか?」
空覚えだったけど、記憶の中で引っかかるモノがあったから、ゆっくり降下しながら尋ねてみた。
「ルイ殿、よくぞご無事で。そうだ。改めて紹介したい。イルムヒルデ殿だ」
「御意を得まして光栄に存じます。イルムヒルデと申します」
「「!?」」
ラミアの取った行動にヴィルとナハトアがギョッとしたような表情で見つめるのだった。何があったんだろね?
ラミアは胸の前で指先を伸ばしたまま腕を交差させ、挨拶と同時にゆっくりと上半身を前に倒す。丁度首を晒す感じに。ああ、害意はないと言いたいのか。
でも、あの時の話し方だと、かなり高位の存在だった気がするんだけど?
それが生霊に頭を下げるだなんて可怪しくないか?
「ああ、そんなに畏まらなくて大丈夫だから。その時の約束を果たしに来たってことだよね? 良くこんな所まで来れたね」
「はい。“反魂の儀”で屍ノ王へ転生し、お連れ頂いたラミアの1人に権限を譲渡して参りました」
「リッチ」
思わず顔が引き攣ってしまう。そりゃレイスより遥かに格が上でしょうに。RPGの常識と違うのか?
というか、そこまでしてヴィルの処に来たかったんだね。いや〜愛されてるな、ヴィルも。
「ルイ様」
「ん?」
「わたくしもルイ様の臣にして頂きとうございます」
「「えっ!?」」「へ?」
…… そうなるわよね。 そうよね〜 ……
突然のイルムヒルデさんの申し出に耳を疑う。ヴィルもナハトアもだ。ホノカとナディアは何故か納得という感じだけど、僕が納得できるか!
ナハトアとの再会の歓びも吹き飛ぶぐらいの驚きだ。本当は抱き締めたいところだけど、この状態で抱き締めても眼の前の案件をどうにかしないことには2人の世界には浸れない雰囲気が漂ってる。
「え、え〜と、聞き間違いでなければ、家臣になりたいってこと? ヴィルみたいに?」
「然様でございます。是非ともお許し頂きたく願います」
正直面倒臭いと思っている自分が居る。
明らかに眼の前のラミアは僕が見てきたラミアと一線を画している。体格、魔力も段違いだ。ミスラーロフ程度だったら手も足も出ないんじゃないかと思う。多分だけどラミアの上位種だ。力がある者を家臣にするのは良いんだけど、惚れた男をモノにするまで追いかける蛇の気質は正直引いてしまうな。
ーーヴィルに惚れているんだよね? それなら、良いこと思い付いた。
「分かった」
「ありがとうございます!」「但し、家臣になるのを許す条件として、そこのナハトアの従者になること」
「ルイ様!?」「おお! それは妙案ですな、ルイ殿!」
嬉しそうに顔を上げるイルムヒルデさんに注文を付ける。僕の言葉にナハトアは驚き、ヴィルは顔を綻ばせた。まぁ、あのダンジョンでの生活も束縛されていなければ不満はなかったようだからな。一緒に居れるのは単純に嬉しんだと思う。
「どうします? 別に家臣になって欲しいとも思ってないから、強要はしない。そもそもリッチがレイスの下に付くって可怪しいでしょ?」
「普通に考えればそうでしょう。しかしルイ様は※※を纏っておられますから、上位し」
あれ? 言葉が聞き取れなかったぞ? イルムヒルデさんもそれに気が付いたみたいで途中で話すのを止めちゃった。
「今、聞き取れなかった言葉があった」
「申し訳ありません。これ以上はお話できません。禁忌に触れてしまったようです」
禁忌に触れたことが判るというのは、秘匿された情報を持っている種ということか。今は無理でもそういう情報を持つ者が近くに居るのはありがたいけど。さて、このまま袂を分かつか、一緒に来るか、だな。
「妾を従えるには些か力不足も否めませぬが、ルイ様のお望みとあらば是非もない。妾を従者にして欲しい」
「ーーえ? ルイ様?」
ナハトアに向き直るとイルムヒルデさんがそう頭を下げた。それ程までに僕の下に付きたいのか?
ナハトが助けを求めるような視線を向けてきたので微笑みながら頷いておいた。ヴィルと一緒に居た方が何かと便利だろうし。
「ヴィルが入ってる召喚具に余裕があるなら、そこの方が良いんじゃない?」
「余裕があるかどうかわかりません。既に【従者】が入っている召喚具を再度触媒に使う事はしたことないのでーー」
「そうか。と、その前にただいま。心配かけたね。ナハトアも無事でよかった」
「ルイ様!!」
ふわふわと降りて来て、ナハトア後ろに立つ。魔力を纏ったままならハグも出来るはずだ。僕の声が後ろから聞こえたことに気づいたナハトアは、驚いて振り向くと周りの眼を気にすること無く僕の胸に飛び込んで来た。ナハトアの温かさを感じる。爪で傷つけないように優しく抱き締める。
…… 生身じゃないのに。 どうやったら抱き締めれるの〜? ……
驚きの声が頭の上から聞こえる。
「あーー」
ホノカとナディアの言葉にナハトアもそのことに気付き、胸に埋めていた顔を上げる。どうやら嬉しくて泣いてくれていたようだ。頬に泪の跡がある。潤んだその紺色の瞳を見ていた僕は、気が付くとその唇を奪っていたーー。
「ん……んふ、んーー」
暫くその柔らかい唇とその奥で情熱的に蠢く舌を堪能して口を離すと、ナハトアの体から力が抜けて下に倒れ込みそうになったので慌てて支える。
…… ご馳走様。 あら〜情熱的ね〜。わたしたちにもして欲しわ〜 ……
ホノカとナディアの冷やかしで我に戻る。
え? あれ? 僕は今何を?
「ルイさま……」
――あれ?
ナハトアの呂律が可怪しい。あーー。今まで何をしていたのか浮かんで来た。生暖かな視線に顔が暑くなる気がする。きっと顔が赤くなってるに違いない。それにしても、魔力纏は凄いな。口の中まで薄い膜みたいにして貼っておけばこんな事もーー。
「あ、え、ええと、あのね、ナハトア、お願いがあるんだ」
「ふぁい、いつでも大丈夫れふ」
「いやいや、違うから。そうじゃなくて」
恥ずかしさを紛らわそうと、僕は首に付いている例の輪っかを外そうとナハトアに頼むことにしたーー。
◇
同刻。
南半球に位置するテイルヘナ大陸と南極に位置するクサンテ大陸に挟まれる形で浮かぶ巨大な島シムレムにある唯一の港に、大型の帆船が停泊していた。乗組員や乗客たちが、ゾロゾロと甲板から渡された渡り板を揺らしながらリズムよく荷物を手に下船している様子が見受けられる。
南洋の巨島シムレム。上空から全貌を見ることの出来ない者たちにとって、シムレムはその大きさゆえに大陸と思っている者が居たとしても不思議はない。現にシムレム大陸と称す者たちも存在する。
テチスの大海の南に浮かぶその島は、複雑な海流と海霧に守られ長きに渡り外界から隔絶されて来た。それ故に独自の文化が開花し成長する。“決まった経路を吹く風”によってもたらされる暖かく湿った風によって森が育ち、島の大部分を覆い隠していた。
大きな島であるにも拘らず、湖という水源が極端に少ない環境において、海からもたらされる湿気を含んだ風と霧は島で暮らす者たちに生命の甘露となっているに違いない。
シムレムに住む者たちは人族から陰で亜人種と揶揄されるエルフやホビットたち、更には妖精たちだ。人族が居を定めることは許可されていない。長期滞在は可能だが、一定期間が過ぎると退去が求められるという。ごく少数だがドワーフ族も島で生活しているももの、ドワーフ族の郷はクサンテ大陸の何処かにあると言われているが定かではない。
人口の割合からしてもエルフ族が圧倒的に多い。故に、このシムレムがエルフ族の郷と言われているのも尤もなことだろう。
こうした情報を踏まえてみると、帆船から降りてくる者たちの多くがエルフ族であることが判る。潮騒と共に吹き抜ける港風に髪が靡き、特徴的な長く先の尖った耳を顕にしているのだ。一様に動じないのは、隠す必要も感じないからだろう。
加えて、エルフ族の多くが住まう妖精郷で、100年に1度の祭り、“聖樹祭”が執り行われることもあり各地に散っていたエルフたちが帰郷しているのだという。
「ここがシムレムか」
袖なしの外套の上から背負袋を片掛けにした男が、マントと一体化した頭巾の上端を右手で摘み上げながら港町の様子を眺めていた。フードの所為で顔はよく見えないが、声は野太く男の声であることは確かだ。
「チューチュー」
小動物の声らしき音が、男の左手に握られている蓋付きの編み籠から聞こえてきた。鼠だろうか?
男は渡り板を使って上陸すると、荷物を積み込んでいる馬車が何台か並んでいる場所へ徐ろに近づき人夫たちの様子を窺い始めた。荷馬車に積み込む荷の量でも見ているのだろう。機を見計らって邪魔にならないように声を掛ける。
「やあ、この馬車は何処行きだい?」
「エルフェイムだよ。祭りがあるからね」
汗を袖で拭いながら人夫の男が答える。男もエルフのようだが、線が太い。長くこの仕事をしているのだろう。爽やかな笑顔に男も笑顔になる。
「ああ、聖樹祭か。俺も物見遊山で来たんだ」
「そうかい。あれは良いもんだよ。滅多に見る機会もないんだ。しっかり見ていくと良い」
「ああ、そうさせてもらうよ。ダメ元で聞いて見るんだけど、この馬車は人も《・・・》運ぶのかい?」
「ははは。面白え事言うなあんちゃん。見ての通り荷馬車だぞ。御者と護衛が座ったらお仕舞いさ」
「ハハ、違いない。時間を取らせて悪かったね。良い旅を!」
「あんちゃんもな! エルフェイムで会おう!」
男に手を振って荷を取りに戻った人夫の背中を見送りながら、男は小動物が入っている籠を荷の隙間にサッと入れ込む。何喰わぬ顔をしながら懐から陶器の小瓶を取り出すと中身をその籠に振り掛け、小瓶も荷台の隅へスッと置きその場を去るのだった。周りから見ていれば、荷を積む許可を取り自然に荷を入れたようにしか見えなかったことだろう。
「くくくっ。さてさて、祭りまでもう少し港でのんびり過ごすか。あ、悪いね。この港で飯の美味い宿は何処か知ってるかい?」
男は眼の前を通りかかった小太りで背の低い婦人に声を掛ける。何処かの女将さんなのか、頭に巻いたバンダナから覗く耳が尖っている処を見ると、ホビット族だろう。
「飯の美味い宿かい? それなら、笑う海猫邸だろうね」
前掛けで濡れいていたのであろう手を拭きながら、朗らかに男へ答えると用事を済ませるためだろう路地に消えて行く。
「笑う海猫邸、ね。ありがとよ」
その背中に礼を言うと宿の場所を聞き忘れたな、と頭を掻きながら歩き出す男の姿が雑踏に紛れて行くのであったーー。
◇
「【拘束を解く】」
ナハトアの声に反応して僕の首からカチッと小さく鍵が外れる音がする。
合言葉は、昔に生霊のおっさんがリーゼを200年も囚えるために使っていた【拘束の呪具】と同じものだったよ。それは僕のアイテムボックスの肥やしになってるんだけどね。
「外してくれる?」
「はい」
皆が見守る中、ナハトアがゆっくり僕の首に掛かっていた“封偽神の首輪”と銘打たれた呪具を外してくれた。やれやれこれでやっと自由が利く。
「ん〜〜〜〜〜〜っ! あ、その呪具はナハトアの認可が必要なものになったから、ナハトアが管理してね」
ゆっくり両手を伸ばしながら背伸びすると、くるっと天地が逆になってしまう。そこでナハトアと眼が合ったからお願いしておいた。そそくさと呪具をアイテムバッグに納めるナハトアの姿に口元が緩んでしまうけど、まだ色々と終わってないので気を引き締めるか。
「分かりました。あ、あの、ルイ様。見ていただきたい場所があるんです」
「ん? ああ、ホノカたちが案内してくれるところと同じかな?」
…… そうだと思うわ。 霊から話を聞いたのね〜。良いわよ〜。案内するから〜 ……
「じゃあ、皆で行ってみようか。それにここで寝てる猿も関係があるんだよね?」
「ーー」
「ふむ。それならさっさと起きてもらうかな。【静穏】」
僕の問いにナハトアが渋い表情で肯く。あ、そうだこいつか!
【扇情】の加護を持ってる奴!
――ん?
向こうから覚えのある気配が近づいて来てる。視線を向けるとフェナだ。ああ、無事だったのか。と思ってたら、僕を素通りして猿の魔王に抱き着いたよ。
「旦那様ッ!!」「傷がーー」「どういうことじゃ。闇魔法の回復じゃと?」
あれ?
どういう事?
旦那様って聞こえた気がしたよ?
それにぶつぶつと僕には聞こえないけど、何やら小声で呟きつつ傷が癒え始めた魔王を凝視する面々。
「あ、フェナはここの後宮に入るそうです、ルイ様」
僕の視線に気が付いてさり気なくナハトアがフォローを入れてくれた。君は秘書か?
秘書が似合いそうなのは他にもジルが居るけど、まあここには居ないからな。うん、悔しくないぞ?
元々いい人が居ればいいね、って話をしてたんだからむしろこの状況を喜ばないとな。
「う……フェナ、か?」
猿の魔王の体が眩しく輝くと萎み始め、イケメンが現れた。ああ、顔が良いなこいつ。好青年と言った感じで以下にも若い娘受けしそうな背丈でありルックスだ。無いもの強請りだとは解っているけど、何処か釈然としない自分が居る。まあいい。
一先ず皆で現状を把握して、ミスラーロフの研究室とやらに向かうことにした。女神様との約束で例の魔道具系は要回収だからな。イルムヒルデさんのことはそこが終わってからだ。
◇
10分後。僕たちは大きな二枚扉の前に立っていた。
腕力に物を言わせれば何とでもなるんだけど、大人しく【魔力検知】を使ってもらったら【施錠】の魔法が掛かっている事が分かったよ。【魔力感知結界】で魔法が掛かってることはとっくに分かってたんだけど、種類までは分からないからね。
【魔力検知】はレベルが上がれば魔法が掛かってるという単純な判別から、どんな魔法なのかまで検知できるようになるみたいだ。この魔法は全属性共通魔法で、魔法が使える者あれば誰でも覚えられる初級魔法なんだよね。
確かLv2で覚えるんだっけ?
でも、熟練度が上げれるという所までは知らなかったは。このエルフのお姉さん凄いな。
何が掛かってるかが判っても、解除できなきゃ意味がない。【施錠】、【解錠】も共通魔法だ。なかなか覚えてる人が居ないんだよな。現にここに居る者は誰も使えない。僕も含めてね。
あ〜ナハトア、そんなキラキラ期待した眼で見ないでくれる?
ナハトアの「ルイ様の出番です!」みたいな雰囲気で魔法を使うのは気が退けるというか、目立ちたい訳じゃないんだけど、壁を壊すのも悪目立ちだろうから素直に魔法を使うことにした。
「あ〜ちょっと下がってくれる? 【解呪】」
「「「生霊が聖属性魔法!?」」」
カチンと鍵が開く音がしたんだけど、魔王とエルフのお姉さん、イルムヒルデさんの3人の視線が痛い。こういう視線を受けると、やっぱり規格外なんだな〜と思ってしまうよ。
「ドーラ!」「カリナ!」
フェナとナハトアの声に彷徨い始めた意識が引き戻される。扉が開いたらさっさと中に入ったみたいだ。
「ゾフィー!」「おおおっ!」「陛下、落ち着いてください!」
イルムヒルデさんと魔王の声も聞こえる。
まあガラスの水槽に浸け込まれている姿は見慣れないよな。僕もあの時の様子が思い出されるから余り見たくない。でも、このまま放っておいても事態は変わらないし、悲壮な叫びは上がったままだろう。現実逃避しようと中の人を殺す前に手を打つかな。
先に飛び込んだ4人が消えた部屋から漏れ出る淡紫色の光に眼を落として、僕も部屋に入ることにした。ホノカとナディアも何も言うこなく静かに僕の後から付いて来ている。
ん〜……何だか部屋の中の雰囲気が急に殺伐とした感じに変わってないか?
入って行ってからの驚き以上のものが急に現れた感じがする。
進む速度を少し早め部屋に入る。組んでいた胡座も、自然と解ける。
何となく昔見た水槽に浮かぶ二尾の狐たちの姿を思い出しながら後を追って部屋に入った僕の眼に映ったのは、液体に浸かりながらも乾涸びミイラの様に変わり果てた4人の姿だったーー。
「何だよ、これーー」
最後まで読んで下さりありがとうございました!
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