第152話 想い
お待たしせまして申し訳ありません。
まったりお楽しみください。
※2017/10/6:本文ルビ脱字修正しました。
2017/11/4:本文段落調整しました。
「待て、其奴は妾の獲物じゃ。横からしゃしゃり出て邪魔をするでない、小童」
「え!? この声ーー」
三者三様の怒気と殺気が渦巻く戦場の中で、ダークエルフの女は声の主を見ようと紺色の瞳が揺らぐ眼を細める。その行動に合わせてなのか、彼女の左腕に嵌っている黒い金属の腕輪が誰に気付かれること無く、淡黒い光を仄かに纏っていたーー。
「俺が小童だと?」
「陛下、気をお鎮めください! 陛下が手を下すべきはミスラーロフでございましょう!?」
「くっ、すまぬ、ヘルトラウダ。俺としたことが」
「陛下じゃと? ははん、何と小童は南の剣であったか。あまりに貧相な魔力のせいで当代切っての魔剣と謳われた魂喰らいが、見窄らしくなっておるわ」
「な……に……?」
「陛下ッ!」「この魔力はまずいわよ! ヴィルヘルム!」「承知!」
魔力の高まりを感じたヘルトラウダとダークエルフの女が一斉に後方へ逃げる。
「【騎乗嵒槍の雨】」
ゴツゴツした岩でできた巨大な騎乗槍が開けた穴から覗く蒼天を覆い隠す程現れ、間髪入れずにミスラーロフだけでなくそこに居る全ての者へ降り注ぐ。
「舐めるなああぁぁぁぁぁぁっ!!」「おおおおおおおおおおっ!?」
降り注ぐ岩のランスを双剣で切り砕く魔王の姿があの時と同じように巨大な猿に変わっていた。ミスラーロフのの上半身と同じ猿魔族のものだ。ミスラーロフ自身はというと、身に纏っている炎を使って岩のランスを逸らせたり砕いたりしている。
ヘルトラウダとダークエルフの女は彼らより十数歩後ろへ離れたとろこでその様子を見守っていた。いつの間にかダークエルフの女の傍らに漆黒の全身鎧に身を包んだ美丈夫が立っているのに気が付く。身を屈めればすっぽりと隠れることができる大きな五角盾を左手に持った美丈夫の双眸は頭上の人影に向けられていた。
「おおっ! その姿……ヴィリーかえ!? どかぬか、妾の邪魔をするでない!」「ぐうっ」「何と言うバケモノ……」
「うむ。久しいな、イルムヒルデよ」「え?」「は? 知り合い? まさかっ!?」
頭上から差し込む光の所為で影になっていた人影が躊躇うこと無く飛び降りてきた。
その時に声の主の全貌が明らかになる。蛇女だ。それも通常のラミアに比べれば2倍は大きい蛇体が降ってくる。ミスラーロフも魔王であるガウディーノですらその巨体を受け止めることも攻撃を加えることも出来ずに尾撃で吹き飛ばされてしまったのも無理からぬ事だろう。
ダークエルフの女の隣りに立つ黒尽くめ美丈夫がラミアの名前を口にしたのに2人の美女が驚く。ダークエルフの美女の方は先程の違和感が確信に変わったようだ。
「ナハトア、少し離れておくと良い。あれの抱擁は命の危険がある」
「わ、分かった。ヘルトラウダ、来なさい。逃げるわよ!」「え!? ちょ、ナハトア様!?」
ヴェルヘルムはそう言うと左手に持ったタワーシールドの先をズンと石畳の通路に突き刺し、重心を落として迫り来るラミアの麗人に備えたのだった。その間にダークエルフの美女がエルフの美女の手を引いて、有無を言わさずに更に距離を取る。次の瞬間ーー。
ドン!
空気を震わせるほどの衝撃音が彼女たちの背後で起きた。
「「きゃっ!?」」
可愛げのある悲鳴が彼女たちの口から漏れ出るが、状況はとても可愛げがあるものとは言えないようだ。恐る恐る向けた彼女たちの視線の先には、全身を蛇体で締めあげられ、優しく両手で顔を包まれているヴィルヘルムの姿があった。見つめ合う2人の異様な様相は、宛ら捕食前の瞬間が固まったような状況に見えなくもない。
「「ーーーー」」
先程まで殺気と狂気を振りまいていた男たちも毒気を抜かれたように、唖然として目の前で起きている出来事に視線を奪われていた。
「逢いたかったぞえ、妾の黒蜥蜴。大事ないかえ? 息災であったかえ?」
「うむ。大事ない。今が少し窮屈であることを除けば、息災だったぞ」
優しく豊かな胸にヴィルヘルムの頭を抱え込んでいるラミアの姿を見ながら、ヘルトラウダがナハトアに尋ねる。理解が追いつかないのだろうと思いながらも、ナハトアは得た確信を言葉にするのであった。
「ナハトア様、あのラミアは一体……?」
「ああ、あれは多分だけど、ダンジョンマスターだった屍ノ王ね」
「リッチ!?」
「そうよ。こんなに強力な“穢”を放てる不死者は、リッチしか居ない。ルイ様が“穢”を纏っていればこれ以上だったでしょうけどね」
「それほどまで……」
「この薫り、其処なダークエルフの娘。あの時の娘で相違ないな?」
「ええ。わたしも貴女の姿には見覚えがあるわ」
「約束通りヴィリーを愛でに参ったぞえ。早う、ヴィリーを解放するのじゃ」
「嫌よ」「え? ナハトア様?」
イルムヒルデと呼ばれたラミアの言葉をナハトアは躊躇うこと無く断る。
恐れを知らないその行動に、「え、嘘でしょ?」という表情をしたヘルトラウダがナハトアの横顔を瞠目するのだった。同時にイルムヒルデの双眸がスゥッと細められる。
「小娘、本気でそう申しておるのかえ?」「ひっ」
「そうよ。世話を任せると入ったけど、解放するとは言ってないわ。それにヴィルはわたしと契約関係に居あるけど、本当の意味で主従関係にあるのはルイ様だから、わたしにいくら凄んでも無駄よ」
放たれる殺気にヘルトラウダは身を縮こまらせてしまうが、イルムヒルデは我関せずと視線をナハトアから離そうとはしない。それでもナハトアの説明に柳眉がピクリと動く。
「ルイ、とな?」
「あの時に一緒に居た生霊よ」
「ほう、妾の力に匹敵する存在であったあのレイスとな。それは面白い。妾が話をしてる時に動くでない! 【嵒石の巨槍衾】」「ぐはああっ!!」「な、なんですか! その出鱈目な魔法はあぁぁっ!!」
天井が崩落して出来上がっていた瓦礫の山が一瞬にして消え、そこに巨大な岩石の槍が床から天井へ吸い付くように現れ、イルムヒルデに襲いかかろうと身構え始めた魔王とミスラーロフを吹き飛ばしたのだった。幸いにも槍の先端は躱せたようで、激しく背中を壁に打ち付ける程度で済んだようだ。
「な、何なのですかーー」
ガクガクと震えて腰を抜かすヘルトラウダからツンとした尿の臭いが立ち昇っていた。
それはそうだろう、まるで織物のように縦横無尽に突き刺さった岩の槍の数が尋常ではないのだ。
10mの長さに渡って通路が岩の柱で埋め尽くされているのである。想像を超えた魔法の威力に恐怖を覚えるのは仕方のないことだろう。現にその場から更に遠く離れて自体を見守っていた兵士たちの多くが、祈りを捧げるほどの衝撃を心に味わったのは無理からぬことだ。
「ほう、妾の魔法を見ても怯えぬとはな。殊勝なものじゃ」
「この程度、ルイ様の足元にも及ばないわね。それにわたしは死霊魔術師。アンデッドの“穢”ごときで怯えるはずもない」
「言うではないか。だが、肝心のルイとやらはこの場には居らぬ。其方を守る者など居らぬではないのかえ?」
「我が護る」
確かに絶体絶命な状況であったのだが、思わぬ所から助けの手が差し伸べられる。イルムヒルデの豊かな双丘に挟まれていたヴィルヘルムが頭を動かしてそう短く告げたのだ。慌てたのはイルムヒルデだ。
「ヴィリー!? 其方何を言うておるのじゃ!?」
助けに来たつもりが拒まれたのだ。気持ちも穏やかでは居られまい。
「ルイ殿の命を我は是としたのだ。主の命に従うのは当然であろう?」
「眼を覚ますのじゃ、ヴィリー。其方は魔法で縛られて居るのであろう? 其処な小娘の首を刎ねればーー」
子どもを諭すかのように語り掛けるイルムヒルデの視線が再びナハトアへ向けられるが、ヴィルヘルムの右腕がイルムヒルデの腰に巻き付けられたため慌てて視線を戻す。
「違う。【従者契約】で結ばれているのはナハトアとだが、主従関係にあるのはルイ殿だ。魔法契約で縛られて本心が言えぬようになっているのでは断じてない」
「ーーそんな」
嘘を付いている眼ではない。イルムヒルデは愛すべき男の眼を見ながらそう思い、落胆した。彼女の思いを知ってか知らずか、ヴィルヘルムは笑みを浮かべつつ少しだけ締め付けが緩くなった抱擁の中で近況を説明したのであった。
「それにな、してみて改めて思ったが【従者契約】案外良いものだぞ。寝床の心配もいらぬ、好きな時に出入りができる。偶に頼みを聞いておけば良い」
「はぁ……。あんたのズボラさが十ニ分全面に出せて良かったわね」「「「…………」」」
何とも緊張感のない話だが、それを聞いて思い切り溜息を吐いたナハトアを、ヘルトラウダと魔王とミスラーロフは奇妙なものでも見るかのように見詰めていたーー。
いや、魔王ことガウディーノは内心穏やかでは居られなかった。
曲がりなりにも“魔王”の称号を冠している自分が子ども扱いされ、実際に手も足も出ずあしらわれたのだ。ミスラーロフにしてもそうだ。猿魔族の持つ獣毛は特殊な力を帯びており、竜族の鱗と同じ甲冑のような働きをする。つまりそれを有しているミスラーロフの実力も魔王に匹敵すると言っても良いだろう。それが血塗れに程のダメージを受け、あしらわれたということは、魔王を越える存在が眼の前に居ることになる。
そう思いを巡らしながらチラリとミスラーロフへ視線を移すと殺気の籠もった視線で睨み返された。ミスラーロフの体には猿魔族にも蛇女族にもない炎が巻き付いている。
もともと何かを研究しているということは知っていたが、魔王の座を狙っていたという事実を知らされたのは昨夜の話しだ。自分の前から姿を消した幼馴染、また妻でもあったミアの霊魂から事実を知らされ怒りで狂いそうになった事を思い出す。体から怒気と殺気が混ざった魔力が溢れ出始める。
「ミスラーロフ。貴様がしたことは万死に値する」
「気付かぬ貴方が愚かなのですよ。そんなに大事なものであれば他の女に現を抜かさずに手元へ置いておけばよかったのです。それをしなかった落ち度をわたしに求めるのはお門違いですよ」
「抜かせ。詭弁で己の正当を謳うな」
「口で敵わないと見れば腕力に物を言わす。何とも原始的なことです」
「ふん。所詮魔王は力が全てだ。如何に善王たろうとしても、力がなければ何も成せんし何も残せん。この俺に取って代わろうと思ったお前のその姿が力を求めてないとは言わせんぞ?」
「ふふふ。これは1本取られましたね。予想外の邪魔が入りましたが、あちらはあちらで取り込んでいるご様子。場所をかえませんか?」
「良いだろう」
2人の男が同意すると同時に姿が霞む。
岩の柱の隙間を蹴って天井に空いた穴から地上へ飛び出していったのだ。慌ててイルムヒルデが制止しようとするものの、魔法の発動までに至らず虚しく手を翳すだけで止まってしまっていた。
「待て! 其処な猿蛇! 話はまだ終わっておらぬ!」
「あら、こっちは解放しないで同意してもらえたって事でいいのね?」
そこへナハトアが油を差す。2人の姿を追って見上げていた顔を引き戻しナハトアに向ける彼女の眉間に怒りを現す深い皺が現れていた。
「どうしてそうなるのじゃ!?」
「え? こっちの話が終わったからあっちに行くんでしょう? わたしも暇じゃないのよ。さっきの猿蛇に捕まってる娘たちを探さなきゃいけないんだからね」
「小娘、言わせておけば……」「……」「ひぃっ!?」
ナハトアの歯に絹を着せぬ物言いでイルムヒルデの左のこめかみに青筋が浮く。殺気も抑えるつもりは無いようで、未だヴィルヘルムの体を蛇体で締め上げたままナハトアを睨むのだった。ヘルトラウダに至っては失神寸前だ。当のヴィルヘルムはというとイルムヒルデの事をよく知っている事もあり何もしていない。
「ま、あんたの探し人もその中に一緒に居る可能性が高いんだけどね?」
「何じゃと!? それは真かえ!?」「ぐうっ! し、締め過ぎだ」
ナハトアはここには居ない人物の名前をこのリッチ・ラミアが口にしていた事を覚えていたのだ。
案の定喰い付きが良く、その動きに合わせてヴィルヘルムの締め付けがキツくなる。今ヴィルヘルムの体の中では骨が軋むような音が鳴り始めていた。
「あの猿蛇が使った魔道具が近くにあるはず。そこを探せば……だけど。ねえーーっ! ミスラーロフはどっちから来たのーー!?」
「せ、西宮の奥からです!」
そのようなことは露知らず、ナハトアは避難していた兵士たちに向かって声を張り上げる。その声に呼応するように男の声が返って来た。
「ありがとーーっ! じゃあ、この邪魔な岩の柱何とかして」
「妾に言っておるのかえ?」
「わたし土属性の魔法使えないわよ? ヘルトラウダが使えてもこれ消せる程魔力ないだろうし。作った本人に消してもらうのが手間が掛からなくていいと思わない?」
「イルムヒルデよ、我からも頼む」
「そうかえ? 妾に頼ってくれるのかえ? ふふふ、其処なダークエルフの小娘よ、よう言うた。妾の力とくと見るが良い! 【分解】」
ヴィルヘルムの一言で相好を崩すイルムヒルデを見た2人の白黒エルフは、不謹慎にも「あ、ちょろい」と思ってしまったのだった。
先程までの殺気や圧力は何処へ? と言いたくなるくらいに殺伐とした雰囲気が霧散しているのだ。それだけ、このリッチ・ラミアがヴィルヘルムに惚れているということだろう。
魔法の威力も絶大で、岩の柱に埋め尽くされていた通路が大量の砂山へと姿を変えたのだが、この際見なかったことにしようとナハトアとヘルトラウダは頷き合うのであった。隣りで魔法自慢とそれを褒めちぎる甘ったるい状況が生まれてしまった事が原因であろう。
2人の世界に浸かり始めた2人を放置して、ナハトアはヘルトラウダを伴って西宮域へ足を踏み入れる。だがその瞬間ーー。
ゾクリッ
「「「「ッ!!?」」」」
そこに居た誰もが感じる程の寒気が全身を貫いたのだったーー。
◇
ーー可怪しい。
わたしは相対する剣王ガウディーノを前に焦っていた。魂喰らいが予想外のダメージを負って使えない今が好機だと踏んで行動を起こしたはずなのに。眼の前の剣王はソウルイーターを抜かずとも脅威が薄れていないのはどういうことです?
撹乱しますか。
「ご自慢の宝剣が未だに修復できないので好機かと思いましたが、なかなか剣王の二つ名は伊達ではないようですね」
「ーーソウルイーターは代々魔王に受け継がれるもの。それまではこの双剣だけが俺の手だったからな。貴様如きを斬り捨てるには宝剣がもったいない」
なる程。だから双剣使いとしての動きに違和感がないのですね。そして調査通りに魔法が使えない。腕っ節だけで魔王にまで上り詰めたということですか。恐ろしい人も居たものです。
「それにしても口惜しい。折角領内で貴方に対する不満の火種を仕込んでいたのに、火事になる前に事を起こしてしまいました」
「ーーな、に?」
ふふふ。喰い付きましたね。
「貴方の名で領内の有望な素材を集めさせていただいたのですよ。この体を作り出すためにね」
「貴様ーー」
猿魔族特有の4ツ眼で睨まれると迫力がありますね。かく言うわたしも猿魔族の体を手に入れたのですが、慣れるまで時間が必要ということでしょうか。遊んでいる時間はありませんよ。下に残ったダークエルフの女はわたしの体のカラクリを聞いているでしょうからね。アレを探すはず。
「ふふふ。まあ、このまま貴方を倒せば名実ともにわたしが魔王。叛乱も起こる前に鎮まるでしょう。【火炎縛り】」
「そんな遅い拘束魔法などに捕まえられるかよっ!」
炎が蔦のように巻きつこうと地面から手を伸ばしたのに、それよりも速い動きってバケモノですか!?
ですが、莫迦正直に直進というのは貴方らしく好感が持てますよ。
「そうでしょうとも。【火炎球】! 【火炎球】! 【火炎球】!」
当てる必要はないのです。周辺を吹き飛ばして視界を遮れれば成功なんですから。
「小癪な事をっ!」
「なっ!? まだまだです! 【火炎の突撃槍】! 【火炎の突撃槍】! 【火炎の突撃槍】!」
3連続で【火炎球】を打ち出したものの、1発目が着弾して爆ぜる前に切り捨てられてしまった。魔法を斬るって、どういうことですか!
これが魔王。ならば相手にとって不足はありません。乗り越えてみせましょう!
2発目、3発目は予定通りに爆ぜて炎と泥砂礫がカーテンのようにわたしの前に現れる。この瞬間を待っていたのです。眼が良い剣王はダメージを最小限に抑えて突っ切ってくるでしょう。そこを狙います!
「ーーっ!」
土煙も舞う中を大きな気配が近づいてくるのが分かります。想定通り。一瞬の時間が作れればわたしの勝ちです。ふふふ。ケルベロスの“ニの頭”として雌伏の時を耐えてきましたが、漸くです。漸くここまで来ましたよ! 弛む口角を引き締めながら更なる魔法を眼の前に展開します。
「【火炎の壁】! 【陽炎】」
「ガアアアアッ!! ミスラーロフぅぅぅぅーーーーっ!! なっ!?」
案の定、炎の壁をものともせずに突っ切って来た剣王の双剣がわたしの体を切り刻みますが、ふふふ。それは投影したものです。残念でしたね。わたしの持てる最大限の魔力を込めて葬ってあげましょう!
「掛かりましたね」
「しまっ!?」
「【火葬】!!」
剣王を中心にして青炎が弾けます。
【焼却】の上位にあるこの魔法は使い方によっては岩さえも溶かすほどの温度を誇る魔法です。いくら猿魔族の獣毛が斬撃や炎に耐性があるとは言っても抗うことは無理でしょう。
「グアアアァァァァァーーーーッ!!」
「なんと!? あの双剣で耐えてるのですか!?」
青炎に囲まれて足元がグツグツと溶け始めている場所に未だ立ち続ける剣王の姿に目を疑ってしまいました。既に燃え尽きたかと思いましたが、双剣の魔力のお蔭でしょうか。少しずつ炭化し始めているものの、まだ耐えているようです。何と言うしぶとさ。その時ですーー。
ゾクリッ
背中に今まで感じたことのないような寒気が走り、全身が粟立つ感覚に襲われたではありませんか。原因を探そうと視線を泳がせましたがそれらしきものは見当たりません。再度剣王に視線を戻した時にここには居ないはずの声が耳元で聞こえた気がしましたーー。
「見つけたぞ」
◇
ゾクリッ
俺は青炎の業火に身を焦がされながら、それ以上の恐怖を全身で感じていた。
魔法が使えぬ体質とは言え、この剣の腕と魔力で伸し上がって来た人生で総毛立つ程の恐怖を感じたことなど一度もなかったのに、だ。それほど本能的な危険を心の深い場所で感じているということだろう。そんな存在がこの世に居るのか!?
背中のソウルイーターがカタカタと鍔鳴りを始める。
「見つけたぞ」
聞き覚えのある声が炎の向こうから聞こえて来た。
と同時に俺は目を疑う事になる。
きっと両の眼を皿のように大きく見開いている事だろう。
何故なら、俺に止めを刺さないまでも瀕死の状況に追い込める魔法で閉じ込めたミスラーロフの首が、本人さえ何が起きたかわからないであろう速さで宙に舞っていたのだ。
まるでこの瞬間だけ時間の流れが酷く遅くなった様な錯覚を覚える。ゆっくりと宙を舞うミスラーロフの生首。斬られたことを理解していない所為か、切り口からも血が出ていない。
そしてこの出鱈目な事をやってのけた諜報人の姿を見た次の瞬間、俺の意識は衝撃と共に刈り取られていたーー。
◇
僕がミスラーロフを見つけることが出来たのはただの偶然で、幸運の女神が微笑んでくれたからと思うくらいしかないタイミングだったんだ。
王闘術・魔纏秘技:天翔というスキルのような、武技のようなモノを修得出来たお蔭で、魔王領の北側境界線状に居た僕は半刻と掛からずに来ることができたんだよな。
普通に飛んでたら多分、3日は掛かる距離だぞ!?
更に言えば、肉体のある状態でこの速度を出してたら余りの速さに呼吸が出来ずに失神してる。
生霊の体に生身を纏わせてるだけだから死ぬことはないだろうけど。物凄い圧だったに違いない。向こうの世界の最新型戦闘機も真っ青だろう。
それが、ナハトアの気配が強くなって来たと思ってそこそこ高い魔力を持つ魔物同士の闘いを見てたら、真下で猿の魔物が「ミスラーロフ―ッ!」て絶叫してるじゃないか。
猿の魔物じゃなくて、あの時の魔王だって気が付いたら体が動いていたと言っていい。恐らくあの魔道具のカラクリで得たのだろう、歪な組み合わせの体に変化したミスラーロフの首が気が付くと眼の前に合った。
「見つけたぞ」
短くそう告げてミスラーロフの首を刎ねる。
手に何の感触もない。魔力を鎧のように纏った侭ということもあり、実際の手の先より更に無効に魔力の爪が伸びてるんだ。その爪で首を刈ったんだけど、呆気無かったな。
ミスラーロフのこの体なら【技量の血晶石】を胸に埋め込んでいるはず。
読み通り。
胸を穿つと、5つの心臓が一塊になったモノが見えた。
すぐさま取り出す。もうこいつに用はない。殺してしまえば僕の首に付いている首輪の使用者権限がリセットされるはず。後はナハトアを探して外してもらえばいい。
「ナハトアが何処に居るか、聞いた方が手っ取り早いんだろうけど、前の事があるから一発殴ってやる」
切り刻まれた借りは返してやる。
簡単に許せるほど僕は聖人君子じゃない。けど、誰かがあそこで殺された訳じゃないから命を取るつもりはない。そう思って軽めに殴ったんだけど、大猿の魔王は思いっ切り吹き飛んで近くに開いていた穴の中に落ちて行ったーー。
「嘘でしょ。何で魔王がこんなに弱いの?」
最後まで読んで下さりありがとうございました!
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