第150話 印と変革
遅くなりすみません。
まったりお楽しみください。
※2017/4/8:本文修正しました。(ステータス値の誤りを修正しました)
2017/11/4:本文段落調整し、加筆しました。
《※※を取得しました》
「※※って何だよっ!!」
速攻で突っ込んでしまったよ。
《※※は秘匿スキルのため、現在マスターへの開示条件が適合しません。※※は秘匿されました》
「あ、あ……そ、そうですか」
明後日の方向へ収束してしまったので、怒りの矛先を向けるものが無くなっちゃったよ。兎に角、頭を一旦整理しよう。飛びながらステータスを見、ステータスを見ながら黄金の林檎を食べたらスキルらしい何かを取得したというのが現状だ。食べ終わった時ピカッと体が黄金色に光ったけど、閃光みたいな感じであっというまにきえちゃったな。ん?
飛行中に前方不注意なんて以ての外だけど、ほら僕生霊でしょ? 魔法障壁で結界みたいなものを張ってない限り素通りだから。飛んでいる方向も問題ないし、と思ってたら右手の人差し指に黄金色の光が蛍火のように点った。あれ? 何だこれ?
《※※の取得に伴い、現状に於ける※※の行使にマスターの霊体が耐えれないと判断します》
「へ?」
《これより※※因子組み換えを開始します》
「はぁっ!? 何それ!?」
半透明であることに変わりはない淡青色の光を放つ僕の体が、右手の人差し指から黄金色に変光し始めたじゃないか!? しかもーー。
「ぐっ! 何だ!? 指先から痛みが広がる!! ガアアッ!!」
生霊なのに生身の様な痛みを黄金色に変わっていく部分から随時受け続け始めた。冗談じゃない! この調子で全身痛までいったら発狂してしまうだろっ!? 回復魔法を! と思ったけどそう言えば封印されたままだったと気が付く。何てタイミングの悪いーー。
口から飛び出す絶叫と激痛からの自己防衛で薄れゆく意識の中、無機質なアナウンスが僕の脳裏を過ぎっていったーー。
《エーテルボディーへの再構築が完了しました》
◇
同刻。
西テイルヘナ大陸北部、サフィーロ王国内の辺境にほど近い“黒き森”と称され巨木が生い茂り光を通さない森の中にエレクタニアはある。そこがルイ・イチジクの家がある場所だ。表向きは自治領となっているが、ルイにとっては我が家という認識しかない。
ルイ・イチジクが領地に住まう眷属たちは現在56人。
内、30人が領地管理人の1人であるエレオノーラに召喚されたニンフたちだ。彼女たちは侍女として働きつつも、エレクタニア内に於ける自衛団の働きを兼ねている。一騎当千の力を持つものの、領地管理という特殊な制限環境から出れないが故だとルイは考えていた。ルイに強請って“水色の乙女騎士団”と銘打ってもらえた事で使命感に燃えている事もあり、彼女たちに不服はない。何故水色かといえば、彼女たちの瞳が皆水色であることに起因するといえば解ってもらえるだろう。
更に、眷属となった獣たちが73匹。
翡翠色の羽毛で体を包んだ巨大な狗鷲が1羽。隠密飛行を得意とする彼女は、従来の巨大狗鷲とは一線を画していた。
灰色毛の巨大兎が23羽。内、仔兎が18羽。仔兎と言っても体格が中型犬くらいあるのだから驚きだ。巨躯の割に動きは滅法早い。気配も消せるときたものだから、森の暗殺者と言っても過言でもないだろう。彼らの脚から放たれれる必殺の蹴りは恐るべき威力を誇っているのだとか……。
四尾の狐が49匹。内、仔狐が18匹。彼らは幻影魔法を使い熟す。やはり彼らも暗殺者向きと言えるだろう。狗鷲以外の獣たちは領地外の森にも縄張りを広げているが、どちらも臆病な性格なため滅多に人の目に付くことがない。
そして領地内の湖の中に浮かぶ小島に聳え立つ、巨木へと成長を続けるトレントが1本。その根は領地全体に張り巡らされ、訪れる者が踏みしめた時に生まれる振動で安全を見守っているらしい。
ルイが意識を失ったと同時刻に彼らの頭の中に無機質なアナウンスが鳴り響く。
《眷属主ルイ・イチジクが※※を取得したことに伴い、眷属の証として瞳に金環を顕現させます》
《金環眼を取得しました》
◇
同刻。
西テイルヘナ大陸北部、サフィーロ王国王都カエルレウスでもそれは起きた。
王都に居る眷属は14人。
アイーダ、アスクレピオス、コレット、シンシア、ディード、エリザベス、エト、ジル、ギゼラ、カティナ、レア、リン、サーシャ、シェイラだ。
銘々が思い思い事をしている時にそのアナウンスが頭の中に響き渡った。
アイーダ、ジル、シェイラ、レア、サーシャは未だゴールドバーグ候爵邸に居る内に。
エリザベス、コレット、ディード、リンはエトとそのたち家族と寛いでいる時に。
シンシア、アスクレピオス、ギゼラ、カティナはギルドの依頼を消化している最中に。
《眷属主ルイ・イチジクが※※を取得したことに伴い、眷属の証として瞳に金環を顕現させます》
《金環眼を取得しました》
何のことか要領を得ないままお互いに顔を見合わせ変化に気づく。だが、本当の変化はそこではなかったーー。
◇
《眷属主ルイ・イチジクが※※を取得したことに伴い、眷属の証として瞳に金環を顕現させます》
《金環眼を取得しました》
わたしの耳に無機質な女声が響き渡った。中性的な声に聞こえるけど、エルフの耳は胡麻化せない。それよりも聞き慣れない言葉が並んで居た気がする。ルイ様に関係する事に間違いはないのだけどーー。
「手鏡があるかしら?」
まずは瞳に現れてると言っていた「きんかんがん」というものを見てみようと思ったの。部屋付きの年若い侍女がパタパタとわたしの前に手鏡を持ってくる。
「は、はい、ナハトア様! こちらでございます」
「ありがとう。え? ……何これ?」
わたしは今魔王領の最南端にある南王宮の1室に軟禁状態だ。比較的自由が貰えてるが基本部屋からは出れない。そのわたしに付けられているメイドは2人。人とは違う雰囲気を醸し出しながらも、人と似た容姿をした娘たち。恐らく魔人族だろう。
その内の1人から手鏡を受け取って自分の顔を確認してわたしは驚いた。黒眼と白眼の境目が金色の環を掛けたように光ってるのだ。これが「きんかん眼」。ルイ様に関係したことでこれだけで済むことは経験上ない。迷わず手鏡をベッドの上に投げてステータスを開けてみることにした。
「ステータス」
◆ステータス◆
【名前】ナハトア
【種族】ハイダークエルフ / ハイエルフ族 / ルイ・イチジクの眷属
【性別】女
【職業】死霊魔術師
【レベル】238
【状態】加護 / 扇情
【Hp】26,867 / 26,867
【Mp】53,289 / 53,289
【Str】5,338
【Vit】2,256
【Agi】5,805
【Dex】3,666
【Mnd】8,835
【Chr】3,600
【Luk】2,845
【ユニークスキル】金環眼、隠形Lv107、精霊語、【エレクトラの加護(強奪阻止)】
【アクティブスキル】鑑定Lv189、忍び足Lv292、罠Lv68、潜伏Lv87、追跡Lv61、闇魔法Lv681、死霊魔法Lv199、水魔法Lv174、風魔法Lv183、武術Lv92、弓術Lv84、鞭術Lv69、調教Lv204、剣術Lv293、二刀流Lv297
【パッシブスキル】偽装Lv371、交渉Lv185、乗馬Lv103、警戒Lv98、旅歩きLv123、狩猟Lv76、料理Lv88、野営Lv68、水泳Lv56、潜水Lv108、闇吸収、死霊耐性LvMax、水耐性Lv128、風耐性Lv173、状態異常耐性LvMaX、精神支配無効
「何よこれーー」
きんかん眼を探そうと思った矢先に、わたしは看過できない二文字を見付けてしまった。
「扇情」。何これ?
何時から?
「【鑑定】」
◆扇情◆
【分類】状態異常の1つ。女神アフロディーテ様の加護によって引き起こされる毒。通常の状態異常とは異なり、状態異常耐性を持ていても防ぐことは出来ない。発動条件は、【扇情】の加護スキルを持つ者が異性の肌に直接触れること。発動後、約10日間で【扇情】の加護スキルを持つ者のことしか考えられなくなる。解除法は秘匿されている。(1 / 10日)
「なーー」
思わず口を覆ってしまった。
それだけわたしにとって衝撃的な内容だったのよ。
「発動条件は、【扇情】の加護スキルを持つ者が異性の肌に直接触れること」のとこでピンと来た。風呂で肩を掴まれた、2度も!
「悔しいーー」
このまま10日ルイ様に会えなければわたしはあいつのものになるしかないって事?
嫌、絶対に嫌よ!
無意識にシーツを握り締めていた手を緩めて、震える指先をもう1つの言葉に向ける。
「あ、【鑑定】」
◆金環眼◆
【分類】ユニークスキル。眷属主の※※スキル取得に伴い、眷属たちに現れた身体的特徴という形を取った恩恵。低確率だが魔法消去出来る。コツをつかめば確率は上がるだろう。但し、使用者の基礎レベルより低いレベルの魔法に限る。使用にはMpを大量に消費するために用法用量を守って正しくお使いください。消費Mp量10,000Mp。
「……ふふ。ルイ様らしい恩恵だわ。それに引き換えこの低俗なーー。はぁ、まあ良いわ。あと8日は最低でも意識を保っていられるという保証がもらえたと考えれば。まずはカリナとドーラをなんとかしないと」
そう独り言を呟き、パシっと両手で両頬を軽く叩く。
でも、ミアと意思を通わせたものの、肝心の場所までは聞いてないのよね。
オマケに装備品は気絶している間に剥ぎ取られてしまったし。よく召喚具が外れたものだ。あれは契約した死霊魔術師しか装備できないもの。それを外せたということは何かしら奥手があったということかしら?
「っ!?」
コンコン
大きな気配を扉の向こうに感じた瞬間部屋の扉がノックされた。メイドがわたしの意志を確認してくるので無言で頷き許可する。
「はぁ……」
開いた扉の向こうに立っていたのは猿魔王とエルフの女だった。確かヘルトラウダと言ったかしら。正直顔も見たくなかったので自然と溜息が出る。どの面下げて来た?
「ここはいいから下がりなさい」
「「はい、奥様」」
ヘルトラウダの言葉にメイドたちがお辞儀して部屋を出て行った。ふん、何か言いに来たってことね。良い根性してるじゃない。召喚具がなくても出来ることはあるのよ?
「来たれ、骨に成り果てた骸の兵たちよ。【召喚・骸骨兵】」
「なっ!?」「お待ちください、ナハトア様!」
わたしの足元に幾何学模様の魔法陣が現れ光を発する。ゆっくり3つ数えるほどの時間で魔法陣は消え、石畳みの床からぬるりと骸骨兵が10体ほど姿を現すのだった。2人とも驚いているようだけど、これは飽く迄見せかけの態度。後はあんたたちの出方次第よ。
「その前に言うべきことがあるでしょ? そこの猿魔王さん?」
「ぐっ」「陛下? ーーもしやっ!?」
「しっかり【扇情】のマーキングされたわ。言っておくけど、ルイ様の眷属である以上あんたのものにはならないし、なるつもりはないわ。なるくらいなら死んだほうがマシ」
「す、すまぬ。俺の浅慮であった。無理強いは本意ではないのだ。フェナもゆっくり話をして受け入れてもらった」
「それは御目出度うございます? あの娘の決定をとやかく言う気はないわ。それと同じことをわたしに求めないでくれるかしら? そこのエルフもね」
「申し訳ございません」
「ーー」
猿魔王はぐっと口を噤んだままこちらを見詰めてる。
これくらいじゃ気は済まないわよ?
「それで? 話がそれだけならこの子らに殺されて欲しいんだけど? そうすれば【扇情】も解けるでしょ?」
「そんなっ!?」
真っ先に反応したのはエルフの方だ。まあ、わたしに【鑑定】を使ってくるくらいだからそこそこ重用されてるんでしょうね。駒としても妻としても。だけど、考えが甘い。
「それくらいのことを勝手にしたってことが解らないの? はん、これだから貴族は。人間だろうが魔族だろうが貴族様はどこでも貴族様ね」
「フェナに聞いたのだ。そなたの友が囚われてると」
何とか口を開いたと思ったらこれか。ったく、打たれ弱い。そんな事で同情してもらうつもりはないし、するつもりはないわよ。そもそもそれはすり替え論じゃない。
「ーー勝手に恩を売らないでもらえるかしら? それともあんたの入れ知恵?」
「い、いえ、そのような」
ジロリとエルフを見てやったらたじろいだ。ふん。自分が言いましたと言ってるようなもんじゃない。それにーー。
「囚われてるのはカリナとドーラだけじゃないわ。ミアの仔も居るんでしょ? 何都合良く手を貸してやろうという立場になってるの? あんた莫迦じゃない?」
「へ、陛下に何と言う口のき」「あんたは黙ってなさい! 話してるのはわたしとこの盛ったサルよ」
エルフが口を挟んでこようとしたけど、させる訳がないでしょ。
「ぐっ。そなたの言う通りだ。ミスラーロフに囚われているのは俺の仔だ」
あら、すんなり認めたわね。
「へぇ。そうかな、とは思ってたけど。あんたも辛い立場だね」
「配下の者に謀られるとは」「情けない魔王様だね」
「ーーッ!」
盛ったサルの言葉に被せてやったらエルフがキツイ視線で睨んで来た。あんたそれで睨んでるつもり?
「それで? 何のつもりで来たのか話を聞いてないわ。本当に首を差し出してくれるんだったら喜んで貰うけど?」
「我が仔を救わねばならぬのに首はやれぬ」
「じゃあ何のつもり?」
「手を貸して欲しい」
「あんたもこの盛ったサルも現状を把握してるの?」
「何?」「え?」
何の話? とばかりに聞き返してきたもんだから、毒気を抜かれたというか、呆れちゃったわ。
「わたしもルイ様に聞いた話だから上手く答えられないけど、カリナたちやあんたの子どもが浸けられてるガラスの筒は魔道具よ。ユニークスキルを体から剥いで心の臓に貼り付けて借り上げるね」
「何だと?」「そんな恐ろしいことがーー」
「あんたたちの知らない間にどれだけの人が実験と称して殺されたのか、気の毒になるわね。それで、その液体に使って何日かしたらその工程が終わって心の臓が抜き取られる」
「「っ!?」」
「でもその液体に浸かっている内は抜き取られた体も死ぬことはないんだってさ。連れ出すと死んじゃうからそこからも出せない。何が言いたいか理解る?」
「「ーー」」
そこまで莫迦じゃないのは救いね。ミアには悪いけど、その子よりわたしはカリナとドーラの方が心配なのよ。けど最悪の場合はーー。
「最悪、既に心の臓が抜き出されてるってこと。そうなってたらわたしたちにはお手上げ。心の臓を持っている奴を倒せば取り戻せるだろうけど、元の体に戻すのは不可能用よ」
ルイ様を除いてね。
「陛下ーー」「……元に戻す方法を知ってる口ぶりだな」
「取引のカードを簡単に晒す気はないわよ?」
今度は盛ったサルがジロリと睨んできた。
あの時は迫力云々なんて言ってる場合じゃなかったけど、流石魔王と名乗るだけはあるわね。ビリビリ威圧が来る。
骸骨兵たちがその威圧に当てられてカシャカシャと動き出したけど、その場で「待て」と指示しておく。
「条件を聞こう」
「話が早くて助かるわ」
「今は時間が惜しい」
「同感ね。というかもう言わなくても理解るんじゃないかしら?」
「【解除】ーーか?」
「他に何かあると思う?」
「いや。分かった【解除】の方法を伝えよう」
そう言うと近寄ってこようとするじゃない。
冗談でもやめて!
何?
口頭で伝えるつもりだったの?
莫迦じゃない!?
「来ないで。これ以上近よたら敵対とみなすわ。紙でも羊皮紙でもいいから書いてちょうだい。それをあなた、ヘルトラウダって言ったわね? あなたが持って来てちょうだい」
「陛下?」「構わぬ」
ヘルトラウダが上目遣いで盛ったサルに確認を取ると、こいつは懐から固そうな紙を取り出してスラスラと書いてそれを丸めた。カサカサと繊維が擦れるような音もする。ヘルトラウダから奪うようにそれを取り上げて一歩後ろに飛び退き骸骨兵たちを壁にした。気休めだけど、嫌ってることは伝わるだろう。
「はあっ? あんた巫山戯てんの!?」
パピルス紙に書かれた言葉は簡潔にただ一言、「好いた男の精を身に受ける」とだけしか書いてなかった。もっとまともな解除法かと思っていたわたし自身が莫迦のように思えてきたわ。
「ここで偽りを語って俺に何の特がある?」
そりゃそうよね。
「莫迦げた解除法だけど、それならそれでいいわ。こっちにも考えがあるし」
「それで元に戻す方法は?」
「ルイ様よ」
「何?」
「だからルイ様が唯一の方法を知っておられて別件で同じ状態のものを戻した経験があるのよ。元に戻したというよりかは格が上がったって言っておられたわね」
「格が上がるだと?」
「そ、嘘だと思えばルイ様を害して後悔すればいいわ。ルイ様は敵対しなければ穏やかな方なんだから」
「むぅ」「そのような不確定な情報では困ります」
「困るも何も、わたしが知ってる情報はそれ以上でもいかでもないわ。どれだけの事を考えてるのか知らないけど、ルイ様の事を甘くみないほうが良いわよ? あんたが戦った時より強くなってこちらに向かっておられるんだから」
「な、何を」
「何を莫迦な、って思わったわね? 殺すわよ? あんた眷属が眷属主のことを感じ取れないとでも思ってるの? まぁいいわ。実証できないわたしが何を言っても信じてもらえる証拠が少な過ぎるものね。これは返しておくわ。で、これからどうするつもり?」
スケルトンの1体に巻いたパピルス紙を手渡し運んでもらう。わたしとあいつらの距離を縮める気がサラサラない事を暗に示しておく。カリナたちを助けるには手を組む必要はあるだろうけど、慣れ合うつもりもないわ。
まあ敢えて小さな棘のある言葉を選んでるから、苛々はするでしょうね。言葉に出さなくても表情に出てるわよ、あんたたち。
「手を借りたい」
「回りくどく言わずに素直に最初からそう言えばいいのにね?」
「ぐっ」「くっ」
「まあ、こっちとしても2人人質に取られてるんだから、その申し出は願ったり叶ったりなんだけど。居場所は分かってるの?」
「凡その位置は」
「絶対じゃないのなら話にならないわね。こっちは奇襲でしょ? 正面切って行けばあっという間に頭の良い奴の罠に嵌められて終わりよ? 分かってるの?」
「「ーー」」
「はぁ、何でこう脳筋ばっかりなのよ。良いわ。手を組むんだから場所の特定はわたしがしてあげる。その代わり戦力は当てにするわよ?」
「ありがとうございます! ナハトア様!」「おお、そうか! 恩に着る!」
まずは段取りと作戦の流れね。この盛ったサルも、ルイ様と再開した時に居たデニスみたいな奴だと思えば予測は立てられる。あたしが手綱を引くつもりはないけど、作戦を台無しにするような行動を誰かに抑えてもらわないきゃいけないわね。折角だしーー。
「じゃあ、フェナもここに呼んでくれるかしら? 急いで作戦を立てるわよ?」
わたしは骸骨兵たちを侍らしたまま作戦を練ることにしたーー。
◇
同刻。
魔王領、潮の香る南王宮の隠し地下室にミスラーロフは居た。宮殿自体が地下にあることを考えれば、地下室というよりも隠し部屋と言った方が適切かも知れないが、幾つも点在する彼しか知らない部屋の1つに居ることは確かだ。
油灯のような光源もないのに室内はぼんやり明るい。所狭しと巨大な円柱型の水槽が5つ並んで鎮座しており、その中に満たされた紫色の液体が淡く光を発しているのだ。
右側の2つには上半身しかない女と仔猿がそれぞれ浮かんでる。可怪しい。確かそこに浸かっていたのは蛇女族ではなかっただろうか?
その女の下半身はない。綺麗に切り取られたかのような美しい切断面が見える。それ程の傷口であるにも拘らず出血もない。奇妙な光景だ。真ん中はまだ誰も居ない。ミスラーロフの立っている位置がその真ん中の水槽の前であり、そこに登るための梯子が掛けてある。
左側に視線を移すと、全裸のダークエルフと、犬系の獣人の娘の姿がそこにまだあった。
ここにミスラーロフ以外の誰かが居れば彼女らの状態に瞠目したことだろう。皆、心臓のある辺りの胸が内側から爆ぜたように捲れ、掌大の穴が開いていたのだ。穴の奥にあるべき内臓が見えない。何故?
答えはミスラーロフの手の上にあった。どのような手法を用いたのか不明だが、拍動する4つの心臓が1つに纏められて彼の右の手の上に鎮座していたのである。
「ククククク。いよいよだ。これでわたしも魔王の一席に並び立つことが出来る。む?」
…… そういう事ね。 久し振りね〜。ミスラーロフ〜 ……
ミスラーロフが部屋の片隅で蠢いた光源に気付く。
そこに居たのは、ナハトアの持つ2本の奇形剣に宿る2体の亡霊であった。亡霊特有の淡白い光を発しながら半透明の2人がミスラーロフの前に浮かぶ。彼女たちの背後には水槽がある。無闇に攻撃させないようにしているのだろう。
「ナディア? が2人だと?」
…… 元々1つの体に2人居ただけの話よ。 そうよ〜。細かいことは気にしなくていいわ〜。それより ……
「わたしの邪魔をしに来たということか?」
…… それが無理だってことくらい理解してるわよ? ケルベロスとの契約が煩わしいわ〜 ……
「ふん。自分で望んだ契約をわたしに愚痴らないでもらえますか? というか、よくアンデッドになっても自我を保っていられましたね? 実に興味深い素材だ」
ミスラーロフはそう言って2人を興味深く眺めて、にやりと爬虫類を思わせるような笑みを浮かべるのだった。その笑みに不快感を2人は示して眉を顰める。
「まあ、契約で縛られている以上わたしには手を出せないでしょうから、そのまま見ていてください。新たな魔王の誕生を!」
そう言うと、2人の間を割って梯子を昇りドボンと真ん中の水槽に飛び込むんだではないか。ミスラーロフの行動に合わせて真ん中の水槽だけが強い紫光を発するようになり、彼の手にしていた一塊の心臓が激しく拍動すると辺りはやがて色を失い、白く塗り潰されていったーー。
最後まで読んで下さりありがとうございました!
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