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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第四幕 剣王
164/220

第148話 血煙

お待たせして申し訳ありません。

まったりお楽しみください。


※胸の悪くなるような描写があります。


※2017/11/4:本文段落調整し、加筆しました。

 

 《闘術・魔纏秘技:竜装為鎧袖(竜を装いて鎧袖と為す)を修得しました》


 「へ?」


 秘技とか聞こえたよ? というか、色々技を覚えてるみたいだけどどう使うんだこれ?


 体を触ってみるけど、変わった感じはない。自分の魔力を触るんだから違和感なんかある訳ないんだけど、アナウンス通り何かを着てる感覚はあるんだよな。それと僕には今までなかったものを感じる。


 ーー側頭部から左右に伸びる一対の竜角りゅうかく


 ーー肩甲骨から左右に広がる一対の竜翼りゅうよく


 ーー仙骨から垂れ下がる竜尾りゅうび


 何の部位かと考えるまでもなく、僕の中で答えは出ていた。こんな感覚なのか、という新鮮な驚きで満たされていたりもする。ほとんど無色と言っても良いこの魔力の鎧がもし目に見える形で現れたら、さぞかし驚かれるだろうな……と思ったりもして、自然とにやけてるのに気付いた。


 所謂いわゆる、痛い格好なんだろうけどロマン溢れる姿は男心をくすぐるものがあるよな。


 ラノベ風に言えば、中二病?


 良く分からんけど、きっとそうなんだろうと思う。


 「はは……この鎧に色つけたら僕は魔王みたいな格好だろうな」


 ま、角も翼も尾も鎧もぼんやりとしか見えないんだから僕が気にしなければ問題ない。問題はーー。


 「この状態で殴った場合、相手にダメージが入るかどうか、だよな」


 さっきまでの状態だったら魔力の指向性を強制的に変えれるだけだった。今はどうだ?


 この爪があればーー。そう思いながら巨大化した手甲を見る。最初に変化した状態から形が変わっているようだ。籠手と盾が一緒になったような感じにも見える。指先からは鋭い鈎爪(かぎつめ)が生えてた。これで張り手受けたら死ぬな。


 「どの道この結界を破る為には今のままじゃ無理なんだから、僕が強くならなきゃいけない。だったらやることは決まってる!」


 早くこの力を試したい!


 吸われた分を取り戻したい!


 何より早くナハトアの元に行きたい!


 その欲求が僕を駆り立てていた。上空から一気に地表に向けて降下し、魔物モンスターたちの肉体を魔力の爪でぐべく腕を振る。


 「おおっ!?」


 まさに凶器だった。熱したバターナイフでバターを切るように、何の抵抗もなく肉体を引き裂けたじゃないか!?


 思わず驚きと嬉しさが入り混じった声を漏らしてしまう。さっきまで何も変わらなかったのに何で急に物理まで影響が及ぶようになったんだ?


 嬉しくなって手当たり次第に襲い掛かりながらも、何処かで冷静に考えている自分が居た。


 ーーーー赤手空拳(せきしゅくうけん)


 月のない闇夜に、ぼんやりと発光する生霊()が残光の尾を引きながらモンスターをほふる。


 何色か分からない吹き上がる体液を体に浴びながら、その肉を引き千切り、切り裂き、穿うがち、吹き飛ばし、踏みつぶす。


 血煙の中を滑空する僕は、彼らにとって最早餌ではなく災厄に変わっているだろう。スキルの習熟度やレベルが上がったことを伝えるアナウンスが脳内で鳴り止まないまま、僕は殺戮行為に身を委ねた。


 眼下のモンスターたちの影がピクリとも動かなくなった頃、探していた答えが降ってくる。


 そうか!


 魔力をまとう事で、僕自身を(・・・・・・)魔法に変えてた(・・・・・・・・)のかーーと。


 カチッと何かが噛みあった気がした。それならば足元に広がるこの結果も理解できる。魔法であれば、物質の体(マテリアルボディー)であろうが霊の体(アストラルボディー)であろうが等しくダメージを与えることが出来るんだから。


 腰に吊るした砂寄せの(ベル)が静かに()く。


 まるで鎮魂を願う祈りのように気持ちを落ち着かせてくれる。けどそれは更なるモンスターを呼び寄せる為の甘い(ささや)きだ。現に足元で砂が少しずつ沈み始め、モンスターの死骸を飲み込み始めてる。


 「話には聞いてた蟻地獄か。確か……アントライオンとか言う名前の魔物だったな」


 砂漠の最初の街で聞いてた情報を思い出す。宙に居る限りはこっちに実害はない。こっちは掃除もしてもらえる、あいつらは食事が出来るからウインウインの関係だな。そう思いながら眼下を見回していると、僕が発する光と同じように発光する魔物たちが砂の中からスゥっと音もなく現れ始めた。


 骸骨スケルトン悪霊ワイト生霊レイスも居るな。ワイトとレイスの見分け方は簡単さ。ワイトが淡黄色の光、レイスが淡青色の光だから間違うはずはない。ちなみに亡霊レヴナントは淡白光で、死霊スペクターは淡黒色だ。差し詰めこの周辺であった古い戦争の犠牲者だろう。


 色分けを何で知ってるのかって?


 そこは教えてもらわなくても「こうだ!」という確信があるのさ。僕がレイス(こんな体)というのも関係してるんだろうけどーー。


 「へぇ、不死族(どうぞく)か。のこのこ出て来たんだったら、僕の役に立ってもらおうじゃないか!」


 好戦的になってる気がする。でも、ナハトアたちを迎えに行く為に眼の前の魔物たちを生け贄にするのを躊躇(ためら)うはずがない! 僕は猛然と獲物を狩る獣のように鈴の音を響かせながら、一時(いっとき)の狂気に身を委ねた。


 何も考えず、ただ眼の前の魔物を屠り続けるーー。


 無心でかわし、腕を、脚を、角を、尾を、振るーー。


 いつしか僕の思考は真っ白になっていたーー。




             ◇




 同刻。


 東テイルヘナ大陸の北部で異変は起きた。


 エレボス山脈で仕切られた北部は赤道付近ということもあり、広大な森林地帯と肥沃な草原が広がっている。人はその森を開墾して道を敷設し、国を開いてきた。


 現在東テイルヘナ大陸北部には4つの国がある。北部と南部を分断するエレボス山脈沿いにある、アルマドュラ王国、グラナード王国、ラティゴ王国という3つ並びの国と、その3国を合わせたよりも更に広い領土を3国の境界より以北に持つ魔国ノーゼンシルトだ。


 その中のグラナード王国にある森で異変が起きていた。


 森の上空で暗雲が渦巻き、雷鳴を轟かせていたのだ。渦の中心部が更に渦巻き、上昇気流を生む。そうちょうど竜巻が起きる瞬間のような光景だ。ただ、竜巻と異なる所があるといえばある一点から移動してないということだろう。木々を巻き上げているわけでもない。


 雲も上昇気流もーーだ。


 自然の摂理を問えば、それらは遥か上空を流れる風に(あお)られて流れて行かなければ(・・・・・・・・・・)ならない。それがその場に留まり続けているのだ。明らかに超自然的な現象が起きている。頭上に厚く垂れ込める暗雲のせいで陽が遮られ辺りは薄暗くなっていた。


 ゴーン ゴーン ゴーン


 何処かで鳴らされた重厚な鐘の音が3度森に響き渡る。鐘の音に驚いて鳥たちが木陰から飛び立つ。


 その鐘の音が鳴り止むと森一部が光を放ち始めるではないか。森の木々ではない。大地だ。


 その大地は光を放つ幾何学模様が複雑に描かれた、巨大な魔法陣が存在していた。


 最近ここに描かれたのか、あるいは遺物としてここにあったのかは定かではないが、いずれにしても上空の暗雲と呼応しているのは間違いない。


 暗雲から伸びて降りてくる竜巻のような黒い舌がその光を放つ大地に接した瞬間、驚くべきことに上空の暗雲がその巨大な魔法陣に吸い込まれてしまったのだ。訪れたのは静寂と蒼天、キラキラと降り注ぐ陽光が何処にでもある風景を神秘的に飾り付けているように見えた。


 ザアッと何の前触れもなく森の木々から青々とした歯が枯れ落ちる。


 その中心にたたずんでいたのは、青白いおのが肌を愛でる黒髪の妖艶な蛇女ラミアであった。長い尾の先がゆらゆらと揺れているのは機嫌良さの表れだろう。衣類は一切身に着けておらず、豊満な乳房に垂れ掛かった長い黒髪のせいで淫靡いんび様相ようそうていしていた。


 「ふむ、思うたより“反魂はんこんの儀”も悪うはないの。面倒事はあやつらに任せた。くふふふ。待っておれ、わらわ黒蜥蜴くろとかげよ。来やれ、黄泉(よみ)の闇よ。【滲み出る闇イグジュードダークネス】」


 美女の唇からゾクリとするようなつやのある言葉が紡ぎだされる。


 それも余韻を楽しむ間もなく、彼女の足元へ湧き出るように生まれた黒雲が彼女を持ち上げると、上空へと彼女を持ち去ったではないか。遥か上空に見えるその黒雲は、やがて黒い尾を引きながら南にそびえ立つエレボスの銀嶺へ向かって小さくなっていったーー。




             ◇




 同刻。


 何度訪れても王都は美しい。青き貴婦人と讃えられる青い屋根で着飾った街並みを、城壁から眺めるのが今でもわたしの憩いだ。アッカーソン辺境伯爵にお仕えする前からの習慣だった記憶がある。幼いわたしが母様と一緒に見た景色が今でも忘れられないのだと思う。


 今日も折角の休日を利用してのんびりと城壁で過ごそうと思っていたところへ、あの方の執事がわたしたちを呼びに来た。この体格の良い老執事、確か名前をヨーゼフと聞いた記憶があります。


 “氾濫(スタンピード)”を鎮圧して御茶会に招待して頂いたあと、一度指名依頼で護衛をした以来のお呼び出しです。最初の切っ掛けはあの方が野盗団(バンディッツ)に囚われていたのを偶然助け出しただけなのですが、あの方はそれ以来ご執心のようです。


 特にクベルカ三姉妹を見詰める眼は同性のわたしから見ても恋心を抱いているように見えてなりません。貴族の中には百合(・・)薔薇(・・)の性癖を持つ方がいらっしゃると噂程度の知識は持っていたけど、そうなのかしら?


 わたしたちは今ゴールドバーグ候爵家の一室に通されて、わたしたちを呼び出した人の到着を待っている。正直落ちつかない。


 それにしてもーーと同席者を見回す。


 言わずもなが、呼び出されたのはわたしたちの(パーティ)だけだ。クベルカ三姉妹とわたし、そしてお目付け役なのかしら?


 アイーダも居る。


 同じ魔族ではあるものの、アイーダには何処か心を許していない自分が居ることを知ってる。それが同じ男性を愛するがゆえの嫉妬なのか、劣等感なのかまだ答えは出ない。


 ーー劣等感。


 自分で言ってみて思い当たってしまった。そう、劣等感だ。彼女の持つ気質はわたしにはない。ルイ様に上手く甘えれない自分が嫌になることも多々ある。だけど、アイーダ(彼女)は違う。自分の気持に正直だ。そして直ぐ言葉や行動に表せる。無いもの強請(ねだ)りだってこともわかるけど……。


 「つぅっ」


 右隣りに座っているシェイラの呻きに彷徨(さまよ)っていた思いが引き戻される。


 「シェイラ?」


 「ごめんなさい、もう大丈夫よ」


 左のこめかみに指を当ててグリグリと回し押しをしながらシェイラが苦笑した。


 それを見てわたしも不安になる。そうなの、シェイラたちクベルカ三姉妹だけでなく、わたしも少し前から頭痛に襲われることが多くなったのよね。アピスに【聖魔法】を掛けてもらうんだけど、あまり効果がない。


 それでも、四六時中頭痛に襲われている訳じゃないから今のように少しの間過ぎ去るのを辛抱しておけば治まっている。気にはなるけど、どうしようもないものーー。


 ガチャ


 そこへ扉を開いてわたしたちを呼び出した人物が部屋に入ってきた。腰まで延びた癖のある金髪が少女の動きに合わせて小気味良く揺れている。


 彼女の名前はアンネリーゼ・フェン・ゴールドバーグ。この屋敷の所有者であるゴールドバーグ候爵家の御令嬢です。(よわい)7才とはとても思えないほど利発で弁が立つ。大人顔負けで、アイーダもアンネリーゼ様の相手をするのは苦手だと愚痴を零している。


 「っ!?」「おい、ジル!?」


 いえ、そんな話をしている場合ではなくなりました。わたしの眼の前にあの男(・・・・・)が姿を現したのです。アイーダが肩を押さえ、腕を(つか)まなかったら、わたしは襲いかかっていたことでしょう。


 「ふふふ。どうやらこの男の言うように貴女は強い憎しみを宿しているようですね」


 わたしの様子を見ながら、アンネリーゼ様は楽しそうに微笑(ほほえ)まれます。何故?


 「はい。その男の胸に刃を突き立てることを思い見て研鑽してきましたから」


 「ふふふ。そう。その本懐を遂げたらどうするのかしら? 旅に出るの?」


 「いえ、これは過去を精算する為のものです。それが叶ったなら残りの生涯はルイ様に捧げます」


 わたしの答えはアンネリーゼ様の意に添わないものだったようです。その一言で綺麗な眉が眉間に寄せられ、不機嫌な表情に塗り替えられてしまいました。


 「ーーまたルイ様。……一度聞いてみたいと思ってたのですが、何故貴女たちはそのルイという男に固執するのかしら?」


 「それはあの方を、ルイ様を愛しているからです。ルイ様の微笑む御顔を間近で見たい、出会い方は色々ですが今はその理由が全てです。それに、わたしたちが得ているこの力はルイ様の眷属だからこそ手にし得たもの。自由にして良いと言われてもそのような恥知らずな事が出来るはずありません。ルイ様はーー」「そこまでだよ。どうしたんだいジル、聞かれてもないことを話し過ぎだよ?」


 「「「……」」」


 わたしが思いの丈を話している最中にアイーダが遮ってきました。何をするのですか? シェイラたちは黙って聞いてくれているのに、どうして邪魔をするの?


 「落ち着きな。今日のあんたは可怪しいよ。(かたき)が眼の前に居る所為でまともな判断ができなくなってるんだ」


 「アイーダ。わたしは冷静です」


 「あたしに殺気をぶつけてきて冷静だとどの口が言ってるんだい?」


 「くっ!? す、すみません。」


 確かにそうです。どうしてわたしはアイーダに殺気をぶつけてるのでしょうか? 自分の意志で動いたのではない、そんな感覚でした。


 「ジル。聞いてくださるかしら?」


 「あ、はい、アンネリーゼ様」


 アンネリーゼ様はそう言うと首元のスカーフを外される。そこにあったのは野盗団(バンディッツ)にとらわれていた時に作られていた“隷属の首輪”だった。奴隷商を呼べばこれも簡単に外せたものだろうに、それだと候爵家が弱みを握られることになると仰られそれ以外の選択肢を選ばれたのよね。


 【聖魔法】での解呪。でも高レベルの聖属性の魔法を使える者がいない。それならば、と首輪を着けた者を探し出す事にされたはずだけど。……まさか!?


 「ふふふ。流石に気付いたようね。そう、わたしはこの男に“隷属の首輪”を嵌められたの。この首輪を外すためには主人であるこの男の命を奪う必要があるわ」


 「莫迦(ばか)なのかい? あんたにとっちゃその男はご主人様(・・・・・・・)だ。あんたが手を出すのは当然、誰かがそいつに手を出そうものなら、あんた自信が身を(てい)して止めることになるんだよ? それが“隷属の首輪”の恐ろしさだっていうのにーー」


 「アイーダ。アンネリーゼ様がまだ話しておられます。お控えください」


 「なっ!?」


 どうしてアイーダはこうも落ち着きがないのかしら。今はアンネリーゼ様の話を聞く時だというのに。わたしの顔に何かついていますか? 何をそんなに驚いた顔をするんです?


 「ふふふ。ジル、この男が首輪の主人であることは間違いありませんが、わたしが首輪如(くびわごと)きに遅れを取るなど在り得ません。そうでしょ? マグヌス?」


 アンネリーゼ様はそうあいつに声を掛けられた。あいつの名前なんか忘れていたけど、そういう名前だったと言う思いが()ぎる。あいつは部屋に入ってからずっとただ無言でわたしから視線を離さない。あの顔を見てるだけでどうにかなってしまいそうだ。


 「ジルよ。オレも年貢の納め時だ。どうせ助からねぇ。だったらお前に一思いに殺された方がマシだ。姫さん。オレを助けるな。そこから動くな」


 「なっ!?」「そういうこと。後はジルの気持ち次第よ?」


 「では死になさい」「ジル!?」


 アンネリーゼ様の一言で吹っ切れた。頭の中で中がパキンと割れたような音がしたけど、何だか気持ちいい。さっきまでの頭痛が嘘のようだわ。アイーダを静止を振り切り、腰のアイテムポーチから取り出した槍であいつの胸を一突きした。


 トスンっと槍の穂先が肉を貫く感触を手に伝えてくる。もやもやした気持ちが晴れていく。これで(ようや)く母様の無念を果たせた。


 「グックックックック。親子揃って手駒とは、ガフッ笑えねえ冗談だ。おい。聞こえてるんだろう!グフッお前は乗っ取られた。オレのように死ぬまで犬扱いだ。精々足掻くんだな。大事なものを奪われねえうちによぉっ!!」


 あいつが血を吹き出しながらわたしに話しかけてきた。嘘を言ってる状況でもないし、何より両眼に宿る光が雄弁に物語っている。


 最後の力を振り絞って教えてくれたの?


 わたしに?


 どうして?


 アンネリーゼ様の舌打ちが聞こえた。どういう事?


 「チッ余計なことを。ジル、首を刎ねなさい!」


 確かに致命傷を与えた手応えはあった。なのにまだ死なない。何故?


 乗っ取られた?


 何の話を?


 あぐっ誰?


 わたしに話しかけるのは誰?


 止めて!


 「はい、アンネリーゼ様」


 え? わたしは自分の口から意志とは違う言葉が出たことに驚いた。身体の自由が利かない!? 自分の意図しない動きで槍が振るわれ、あいつの頭が宙に舞った。直立不動の侭だった首の切り口から大量の血が吹き出し、血煙を上げる様子を呆然と見ている自分が居るのが分かる。


 コトンとアンネリーゼ様の首から“隷属の首輪”が外れて床に転がるのが見えた。鎖はついていない。


 「ジル、何があったんだい!? チィッやっぱり厄介事に巻き込まれてるんじゃないかい! 【看破(ペネトレイト)】!」


 「魔眼持ち!? その女を取り押さえなさい。殺してはダメ」


 アイーダの額が開眼して3つ目が現れた。わたしの今の状態を見破ってくれるだろう。でもーー。


 「「「はい、アンネリーゼ様」」」


 「なぁっ!? あんたたち何をガッ」


 シェイラたちクベルカ三姉妹も同じようにアンネリーゼ様の声に従っていた。予想できることはわたしと同じ状態に陥っているということ。いつ? どうやって? 嫌だ、ルイ様から離れたくない!


 シェイラたちに腕や脚を抱え込まれるような姿勢で動きを封じられたアイーダが、あの老紳士の当身で意識を刈り取られていた。シェイラ、レア、サーシャの眼からは泪が溢れている。表情はないのに泪だけ頬を伝って流れ落ちている姿はとても不自然です。わたしと同じ気持ちなのだと理解(わか)ってしまった。


 「ふふふふ。最後に良い仕事をしてくれましたね、マグヌス。お蔭で良い手駒が増えそうですわ。これであれが手元に来れば更なる高みにーー。ふふふふ、あははははははは!!」


 ああ、わたしたちは(はか)られたんだーーと沈んでいく意識の中で気が付いてしまった。彼女は最初からそうするために用意周到に準備を進めてきたのよ。あそこで出遭った時から。わたしは、わたしたちは無防備過ぎたんだ。過信もあったのかも知れない。


 ゾッとするような笑みを浮かべで哄笑するアンネリーゼ様の前で、ゆっくりと(ひざまず)く自分の姿を遠くで見詰めるしかなかったわたしの意識は、何かに引き()り込まれ、縛り上げられ、深い何もない闇の中に沈んでいくのだったーー。


 ルイ様ーーーー。




             ◇




 「アイーダ。アンネリーゼ様がまだ話しておられます。お控えください」


 「なっ!?」


 あたしは驚いた。言動が明らかに可怪しい。どうしてジルはこの貴族の娘にへつらう?


 前から違和感があったけどここまで酷くはなかった。


 何か仕込まれた?


 だったら不味い。完全に後手だ。


 「ふふふ。ジル、この男が首輪の主人であることは間違いありませんが、わたしが首輪如(くびわごと)きに遅れを取るなど在り得ません。そうでしょ? マグヌス?」


 マグヌスというのはジルの父親で仇った言ってた男だね。あの時取り逃がした野盗団(バンディッツ)の頭目。だけど待な。様子が可怪しい。あの男の眼。あれは操られてる眼だ。


 「ジルよ。オレも年貢の納め時だ。どうせ助からねぇ。だったらお前に一思いに殺された方がマシだ。姫さん。オレを助けるな。そこから動くな」


 「なっ!?」「そういうこと。後はジルの気持ち次第よ?」


 「では死になさい」「ジル!?」


 止める間もなくジルの動きは素早かった。元々槍の扱い方はピカイチだっただけあって簡単には止めれない。気が付いたらジルの槍があいつを突き通してた。恐ろしい腕前だよ。


 「グックックックック。親子揃って手駒とは、ガフッ笑えねえ冗談だ。おい。聞こえてるんだろう!グフッお前は乗っ取られた。オレのように死ぬまで犬扱いだ。精々足掻くんだな。大事なものを奪われねえうちによぉっ!!」


 でも、そのお蔭で眼に力が戻ったね。死に掛けだけど今言ってることは信じられる。厄介な。操作系の何かを持ってるってことかい。それにしても【状態異常耐性】が上限だっていうのに操れるってどういうカラクリなんだい!? このままじゃルイに顔向け出来ないだろ!


 ふっとエレクタニアを出る時にリューディア(クソババア)から受け取った小さな巾着袋の事を思い出した。この瞬間に中身を口に含ませることは出来ないかも知れないけど、隙を見てなら。そう思い素早く腰のマジックポーチから取り出して腰骨辺りにある下着の紐に素早く挟む。幸い、上着が影になって死角だ。


 「チッ余計なことを。ジル、首を刎ねなさい!」


 「はい、アンネリーゼ様」


 だけど、感化できない状況だっていうのはよく理解わかったよ。


 言動が客じゃない、あれは主従だ。


 「ジル、何があったんだい!? チィッやっぱり厄介事に巻き込まれてるんじゃないかい! 【看破(ペネトレイト)】!」


 「魔眼持ち!? その女を取り押さえなさい。殺してはダメ」


 あたしの額に3つ目が現れる。普段は閉じて隠してるんだけど、今はそんな余裕はない。あのの状態を見極めないと何も始まらないんだよ。手はある! でもーー。


 「「「はい、アンネリーゼ様」」」


 「なぁっ!? あんたたち何をガッ」


 シェイラとレアに左右の腕を捕まれ、サーシャに両足を抱かれた所為で身動きが取れなくなってしまった。


 まさか、あんたたちもなのかい!? と狼狽ろうばいした瞬間、後頭部に激しい衝撃と痛みを感じ意識が途切れていく。薄れゆく意識の中で4人の状態だけはっきり脳裏に浮かんでいた。


 【状態】寄生 とーーーー。




             ◇




 ーーーーーーーーーーーー


 《基礎レベルが上限に達しました。これ以上レベルは上昇しません》


 ーーーーーーーーーー


 《基礎レベルが上限に達したため、使用されなかった経験値はエクスぺリエンスドレインプールにプールされます》


 ーーーーーーーー


 《エクスぺリエンスドレインプール使用制限を確認しました》


 ーーーーーー


 《エクスぺリエンスドレインプールが使用制限中に伴い、(あふ)れた経験値は任意のスキルに振り分けられます》


 ーーーー


 《マスターより任意指定なし。ランダムに経験値を振り分けます》


 ーー 


 《ランダムに選定した全てのスキルレベルが上限に達しました》


 《プール不能、再利用不能を確認しました。これより経験値の結晶化を開始します》


 《体外魔石精製を修得しました》


 感情のないアナウンスが僕の頭の中でこだまする。


 何を言ってるのか理解わからない。


 わかるのは何か音が流れているということだけだ。


 どれ程の時間が過ぎたのかさえ分からない。


 ただただ眼の前の魔物を屠り続けるーー。


 無心で(かわ)し、腕を、脚を、角を、尾を、振るーー。


 「オオオオォォォォォォーーーーッ!!!!」


 いつしか口を()いて出ていた雄叫びが僕を獣に変えていたーー。






最後まで読んで下さりありがとうございました!


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