第145話 冥加に尽きる
※2017/5/10:本文誤植修正しました。
2017/11/4:本文誤字修正、段落調整しました。
「妾の家に土足で入ってくるとはーー。そなたらは何者ぞ?」
え? 入って来れる空間なのか!? 家? ここアビスの家なの!?
どうでもいい事に意識が囚われそうになったけど、視線を動かしてアビスが睨みつけている2人の女性を辛うじて見ることが出来た。あの服装、何処かで見た気がーー。
トクン
2人も金髪だ。顔立ちは整っており美人と言ってもいい。いや、上から目線じゃなくともかなりの美人だ。シンシアには負けるけどね。
2人とも昔のギリシャ人女性のような服装だ。2つの布を合わせて鎖骨の下辺りでピンで止めてる。独りは金髪を三つ編みして束ねた、翡翠色の瞳をした美人。もう1人は編んだ金髪を左右の側頭部でお団子にしている黄金色の瞳の美人だ。こっちの方が少し幼い気がする。背も低いしね。だけど僕が眼を奪われたのは、彼女たちの前で浮かぶ【注射器】だった。
「そ、それが何であっちに?」
「主様、ご注意ください。この空間はそもそも妾しか入れませぬ。ダークのやつめも無理でございます。それなのにズケズケと入ってくるということはーー」
「厄介な存在ということ?」
「ーー」
僕の確認にアビスは黙って肯く。
何だよ、魔猿といい、この人たちといい、何で僕の邪魔をするーー。
「まず断っておきますが、姉様たちの加護を受けている貴方に害を加える気は毛頭ありません」
「エレ姉様があれだけ入れ込んでるのに、あたしらが手出したらどれだネチネチ言われるか。考えただけでもゾッとする」
その一言で察することが出来た。
ーーああ、そういうことか。
「アビス大丈夫だよ。女神様さ。だからこんな所にも入って来れるんだ」
「め、女神でございますか?」
アビスが戸惑うのも無理はない。恐れ多くも畏まりたくなる神威は抑えられていて感じ難くなってるんだから。それにしてもウチの女神様の事を的確にいい当てれるんだから、間違いない。御ニ人ともウンウンと頷いている処を見ると、そういう事だ。でもーー。
「その注射器を返しては頂けませんか?」
「申し訳ありませんが、無理です」
トクン
膠も無く断られた。三つ編みをした方の女神様だ。御ニ人共目鼻はクッキリしてるけどキツイ顔つきではない。何方かといえば優し目だ。だからこっちも少し気持ちに余裕が出来るのかも知れないな。
「それは何故ですか?」
「そのために此方に来たのですから」
「そうだよ。面倒臭い物作ってくれやがって。これが出回ったらもっと面倒になるんだよ。だからそうなる前にあたしらが回収に来たんだ」
三つ編みした女神に代わってダブルお団子の女神が答えてくれた。何となくざっくばらんな性格なのか? こっちはその方が遣りやすいけどーー。そう思ったらダブルお団子の女神が三つ編みをした女神を見ながらニヤッと笑うのだった。
「だろ? エレ姉様言った通りだったろ?」
「はぁ。タユゲテ姉様もそのような事を仰っていましたね」
片や溜息を吐き、片や得意げに笑みを浮かべる女神様たち。消去法で名前が浮かんでは来るものの、当てずっぽうに言う訳にもいかないから直接訊くことにした。
「あの、女神様たちの御名前を教えていただいても宜しいでしょうか?」
「あら、ごめんなさい。先にこれを確保しなきゃとと思って忘れてましたね。わたくしはアルキュオネ。タユゲテ姉様の直ぐ下の妹です」
「あたしはアステロペー。下から2番目さ」
三つ編みの女神様がアルキュオネで、ダブルお団子の女神様がアステロペーね。
正直心の何処かでナハトアたちを追い駆けたいという気持ちが急き立てているので、落ち着いた様子は上辺だけなんだ。だから、2人と話しながらも内心苛立っても居る。
「その注射器が要件だと言われましたけど、僕にとっても眷属を取り戻しに行く為に必要なものなんですが?」
「そのようね。でも渡せません。そもそもルイくんはこれがどんなものか知ってるのですか?」
「いえ、知りません。騒ぎの時に危険なものだろうからとアイテムボックスに回収して今の今まで忘れてたんですから。ただ、この注射器を使おうとした人が何かしらの作用があることを知ってて使ったんだろうう、という程度です」
「だろうな」
とアルキュオネ様に答える僕の言葉にアステロペー様が頷く。どういうこと?
「この血は神族のものです。どういった経緯で地上に紛れ込んでしまったのかはお話できませんが、人がその身に宿して良い代物ではありません」
……え〜あ〜、多分だけど【実体化】した際に少し体に流れ込んだ記憶があるんだけど? その後は変化なかったし、忘れてたんですがーー?
トクン
「おいおい。アル姉様聞いてた?」
「……いえ。ですが、あの魂喰らいで斬られたにも拘らず、切り口が綺麗なのはそういうことなのでしょう」
勝手に心を読まないで欲しいけど、どうしようもないんでしょうね、これ?
――ん?
切り口が綺麗?
消滅が始まってないってこと!?
「諦めな、ルイ。エル姉様とターユ姉様の加護を受けてる時点であたしらには筒抜けなのさ」
「はぁ」
なんてこった。思わず生返事で返してしまったけど、そうなる気持ちも察して欲しいよ。
「そこは馴れていただかなくてはいけませんね。本題に入ります。ルイくんの気付いた通り、貴方の体は性質が変わりつつあります。その変化は緩やかなので最終的に何処で落ち着くのかわたしたちも静観するしかありません」
「結構無責任な話ですね?」
「そりゃそうだ。叩き落として割ってしまえば良かったモノをご丁寧に受け止めるんだからよ。自業自得だろ?」
「反論できないのが悔しいですけどね。兎も角、僕は1秒でも早く助けに行きたいんですよ!」
「落ち着きなさい。このまま向かっても同じ結果になることくらい想像できているのでしょう?」
「ぐっ」
「焦るな、ルイ。持って来た話は悪いもんじゃないんだからよ」
「えっ!?」
どういうことだ。
眼の前で攫われるという自尊心を完全に打ち砕かれる様子を目の当たりにしているだけに、今の僕は情緒不安定だ。それくらいの自己診断は出来る。ただ、抑えが効かないということもーー。
「この注射器と貴方が持っている忌まわしい魔導装置を譲ってもらえるなら、貴方とこの空間の女主人の傷を癒やしてあげましょう」
「随分勝手な交渉ですね? いや脅迫にも近い」
「でも悪い話じゃないだろ? お前もそいつも五体満足になる。流石に首輪はどうにも出来ないけどな」
確かに。
けど忌まわしい魔導装置って?
「ルイくんが辺境伯爵のお屋敷の地下で見つけたものがあるでしょ?」
「あれか!?」
正確には辺境伯の屋敷ではなく、辺境伯の敷地に立つ家令の家の地下にあったものだけどね。
「こほん。恥ずかしい話だけど、あれはわたしが上げた加護をヒントに作ってしまったものなのよ。今はもう加護を取り上げたけど、知識はあるから装置が作れてしまうの」
まさか、加護を与えたっていうのはーー。
「ミスラーロフ?」
「ご名答。あの子の作った装置を回収して欲しいの」
「ーー報酬は?」
その依頼を受けるのは吝かではない。どうせぶん殴ってやろうと思ってる相手だ。
そもそもこの首輪を取り外す為にはあいつに解除させるか、息の根を止めるしか無い。
でも、「喜んで!」と言うには僕にメリットがなさ過ぎる。
「お前も結構がめついな」
「そりゃあ、傷も治ってもない状態だとそう言いたくもなるでしょ?」
「ふふふ。タユゲテ姉様の言う通りね」
何を聞いてきたんだかーー。
そう思った途端、僕たちは黄金色の閃光に包まれた。
何方かが神力を使ったみたいだ。もともと痛みが無い体だけど、体の感覚は理解る。あの一瞬で僕の五体は完全に癒やされたみたい。凄いな。チラッと視線を動かすとアビスの傷も塞がっているのが確認できた。
えっと、膝立ちしてる僕の顔がアビスの胸の谷間に挟まれていると言う、幸せな体勢で復活だ。ありがとうございます、女神様。
トクン
「え、いや、そういうつもりはないんだけど?」
アステロペー様が若干引き気味に引き攣った笑みを浮かべてる。うん、ご利益と思おう。
「「違いますからね!」違うからな!」
そんなに嫌そうな顔で即断しないでください。悲しくなります。
「「だったら考えないようにしてください!」だったら考えるなよな!」
2度もハモるとは息もぴったりだ。う、あ、す、すみません。ジロリと2人から睨まれてしまったので立ち上がって頭を下げておく。アビス自身も己の身に何が起きたのか気が付いたようだ。まずは良かった良かった。
「主様? あ、傷がーー」
アビスの表情は分からないが、僕の傷が癒えたことの方を喜んでくれてるみたいだ。
何となくだけど涙を堪えているような雰囲気が可憐しい。う〜ん……苛々《いらいら》してる気持ちが少し落ち着いてきたのかな? だったらそれはアビスのお陰だ。
「ああ、いやこっちの話だから大丈夫」
2人の女神に突っ込まれながらも、状況が良く理解ってないアビスに簡単な説明をしながらしっかり抱き締めとく。こんな機会ないから、今のうちにいっぱい感謝しておこう。
「アル姉様、エル姉様の言う通りだよ」
「そ、そうですね。タユゲテ姉様もそれらしいこと言われてのを思い出しました。さっさと済ませてしまいましょう」
何だか扱いが雑になってきた気がする。ま、いいか。
抱き締め直して感謝を言葉にする事にした。本当、異世界に来てから向こうでは思いにも登らなかった言葉がスラスラ出るようになったな。成長したもんだ。
「アビス、今回は助かったよ。それにいつも支えてくれてありがとう」
「ぬ、主様ーー」
パンパンと柏手が打たれて、良い雰囲気が吹き飛ばされた。抱き合ったままだけどね。全身黒ずくめの柔らかなマネキン人形だけど、スタイルが抜群なアビス。抱き心地が良いんだ。僕の感覚は何処かずれてるんだろうか? 自覚はあるような無いようなーー。
パンパンとアステロペー様の気合の入った柏手に思考が途切れる。大したことを考えてたわけじゃないから良いんだけど、少しビクッとなった。
「あ~はいはい、甘ったるいったらありゃしない。アル姉様お願い」
「こほん! ルイくんにお願いするのはミスラーロフが所有する全ての魔導装置の回収です」
「分かりました。どうせ向かい合わなければいけない問題がありますからね。最大限頑張ります」
アステロペー様に促されて、依頼内容を改めて上げてくれたアルキュオネ様の言葉に素直に肯く。全てというのが気になるけど、研究室にあるもの全部という認識でいいんだろうか。あとは隠し部屋とかあっても分からないしーー。
「それで構いません。必要な場合にはこちらから改めて依頼しますから」
「首輪もですが、僕が関わるよりも御二人が直接関与されたほうが手っ取り早いのではありませんか?」
「まあ、そうだな。だけど天界の掟で、あたしらは直接この世界に関わってはいけないのさ。出来るのは精々自分に親和性のある者へ加護を着けるくらいだよ」
僕の疑問にアステロペー様が答えてくれた。
なる程ね。そういうことか。今までもやもやしてた部分が少しすっきりした。思い出せばエレクトラ様もそうだし、あのじいさんも、タユゲテ様も直接影響が出そうな事に手を出してない。つまりそれだけ天界のルール見たいなものを違反すると厳しい罰が待ってるってことか。
首輪も元使徒相手に直手を下せば、他の神々に干渉の口実を与えることになる。だったら触らず任せた方が上では無難に処理できる、という辺りが着地点か?
「……驚くような洞察力ですね。流石はエル姉様の使徒です」
褒められたな。
でもお蔭でやることは決まったし、思いの外スッキリした。
後は依頼を熟せばいいんだろうけど、何処に行けば良いのか分からない。ミスラーロフもナハトアたちも何処に居るのかーー。魔王領を探すにしても一苦労だぞ?
それにそんなに悠長な時間は残ってない気がする。聞いてみるか?
「それで僕はど」「ここから真っ直ぐ行った南の端にさっきの奴らの城があるぞ。城と行っても地下宮殿みたいな感じで面白い作りだけどな」
トクン
聞こうと思って口を開いた途端にアステロペー様に被せられた。まあ、行けば分かるか。それよりもーー。
「どれくらいの距離があるんでしょうか?」
これが問題だ。大まかな地形の地図は覚えたからどの辺りというのは想像がつくけど、距離までは分からない。転移陣を使ったと言うことはきっと遠方だろう。
「そうですね。時間がないというのは正しいでしょう」
「どういうことですか?」
「この魔王領を納める獣魔族の雄には、アフロディーテ様の加護が付与されています」
「アフロディーテ?」
ギリシャ神話で出てくるオリュンポス十二神の女神の名前と同じじゃない?
確か……生殖と豊穣の神ーー。まさか!?
「そのまさかさ。南の魔王は【扇情】の加護を持ってる。同性には効果はないが、異性は言うまでもないね。まあ神族のあたしらには効果ないんだけどーー」
「お待ちなさい!」
すぐにでもここから出ようと踵を返しかけた僕にアルキュオネ様の凛とした静止の声が飛んできた。
今までの口調では考えられないような鋭さだったから、ビクッと立ち止まってしまった。くそーー。
「アル姉様の説明をちゃんと聞きな。それからでも遅くはない。時間はまだある」
まだある? どういう事?
「あの、説明して頂けますか?」
「いくら上級神の加護でも、神《本人》と同じ力を人族や魔族が発揮できるわけではありません。【扇情】の加護が人の中で最大級の能力を発するのは共に居る時間が10日を数えてからです。それまでの間に己の弱さに打ち勝てれば心が囚われることはないでしょう」
「心が囚われる?」
「10日を掛けて徐々に心と体を蝕んでゆくのです。そうですね。…………【扇情】の加護を持つ者に惹かれると言った方が良いかも知れませんね」
言いたいことは伝わって来たけど、何だよそれ、強制的な魅了より質が悪いじゃないか。
【扇情】なんて加護があることを聞いただけで胸の中がざわめく。いや、これ嫉妬だろうな。魔猿だけど悪いやつじゃないという直感めいたモノを感じたけど、それとこれとは話は別だ。ナハトアはやらん!
「でも、あのダークエルフの娘はエル姉様の加護を持ってるから、持ってない者より影響は出難いはずさ。それにあたしらが見た時にはまだ【扇情】状態じゃなかったぞ」
心の呟きが聞こえてるからだろうけど、アステロペー様がニヤニヤしながらフォローしてくれた。
「そこは出ないと言い切ってもらいたいですね」
「無理言うなよ。あたしらは下級神だぞ? 上級神の加護に敵うわけ無いだろうが」
「うぐっ」
真正面から叩き落とされた。そりゃそうだけど、自分の眷属の心配したくなるのはしょうがないだろ。それこそ寝取られでもしたらそいつをぶち殺せる自信がある。
ドクン
「「いやいや、落ち着きましょう」落ち着け」
「あ、すみません。それだけ大事なんですよ」
「はぁ、お前の眷属たちは幸せ者だな。そこまで眷属や従者に入れ込む奴は今日日見たことねえよ」
「ふふふ。本当ね。エル姉様たちが気にするのも分かる気がするわ」
「う、上で何をどんな風に話されてるのか非常に気になりますが、穏便にお願いします」
話の内容を聞いても教えてもらえないだろうから、自重をお願いしておくだけで精一杯だ。
住む世界も力も違うんだからな。そもそもこうやって会えること自体可怪しいんだから。アビスなんかさっきからフリーズしたままだ。女神なんか見る機会ないだろうからな。まあ、僕としては抱けてるだけで役得なんだけど。やはりこれはご利ーー。
「「違いますからね!」違うからな!」
「はは……」
どうやらそういう加護ではないらしい。いえ、はい、すみません。凄い視線で睨んでくるのに怯んでしまった。うん、注意しよう。
「はぁ。エル姉様に報告ですね」
「そうだね」
「いやいや、そこは御二人の間で処理してくださると」「「するわけないでしょ」するわけないだろ!」
最後まで言わせてもらえない状態になってしまった。
「申し訳ありません」
「ふふふ。でも安心しましたよ。初めはすぐにでも突っ走りそうでどうしようかと思ってましたから」
「だな。エル姉様に聞いてて良かったよ。これなら時間も有効に使えるだろうし」
「どういうことですか?」
「このままダークエルフの娘の所に行っても、魔法やスキルを封じられているルイくんに待っている結果は今度こそ消滅です」
「うっ」
「ノープランでどうにでもなるって思ってるのかも知れないけど、相手もそれなりに守りの備えを張り巡らせてる場所で住んでるんだぞ?」
「うぐっ」
「それで強制的にここから出れない結界を張っておきます」
「えっ!?」
「魔法も加護もスキルも使えない、でもルイに残ったものを総動員すれば破れる程度の結界だぞ?」
「つまり今のままでは破れない……と?」
「そういうことね。それくらいはしないとエル姉様にわたしたちがネチネチ怒られてしまうわ」
「だけど10日ものんびりやってたらどうなるか、言わなくても分かるよな?」
「死ぬ気でやります」
「ふふふ。そうこなくては」「へへ、良い眼つきになったじゃないか」
何も存在しない空間にひんやりと爽やかな風が吹き僕の体に纏わり付く。
あ、風だと思った途端、僕の体は黄金色の光を放っていた。アビスには何も起きてない。僕だけに起きたってことか?
「……これは?」
「それはわたしたちの加護です。今は説明している時間が残っていませんのでこれで戻ります。エル姉様に何か伝える言葉がありますか?」
うえっ!?
タユゲテ様に次いで2人からも!?
確かに加護は上限何個までですって言われてないから付けれるんだろうけど。いいの!? それで!?
え、あ、伝言!?
「加護ーー。あ、えっと、そうですね。偶には顔が見たい」
ドクン
何を伝えてもらったら良いのか分からず、内心あたふたして口から出たのがそれだった。その言葉にアルキュオネ様の隣りに立っているアステロペー様が顔を背けて吹き出したよ。
「ぷーーっ!」
「ステル」
「ごめんなさい、アル姉様。本当に裏表がないんだと思って」
あれ? 口調が変わった。それに可愛らしい笑顔がアステロペー様の顔に浮かんでいる。短い時間だけど今日一番の笑顔だと思う。それはつまりーー。
「褒められてると受け取っても?」
「うん、そうだよ。笑わせてくれた御礼にこれを上げる」
口調が変わったアステロペー様が僕に向かって黄金の林檎を放って来た。
慌てて受け止める。
あれ? 受け止めれる?
待てまて待て。僕は今霊体だよ?
え? この林檎もしかして普通のリンゴじゃないのか!?
「約束。結界が破れるまでは食べないこと」
眼でどういうこと? と問い掛ける僕の質問には答えてもらえず、釘を刺された。でも言う通りにしないと危ないものかもーーと何となく感じたので肯き、アイテムボックスに仕舞っておく。
「ステル!? あなたーー」「良いの、じじぃだって何時ももいで愛人に持ってってるくらいだからね。1個くらい分からないよ。それにわたしも気に入っちゃったし」
何やら大事なのか? いや、聞かなかったことにしよう。うん、そうしよう。
「わ、分かりました。約束します」
「「もぅーー、仕方ないわね。じゃ、またねルイくん♪」またね!」
そう2人が優しく笑いながら手を振った瞬間、現れた時と同じように唐突に消えてしまった。
ドクン
何処かで感じていた鼓動を僕は確かに自分の胸で感じている。アビスとほぼ同時に胸に視線を落とすと、心臓の辺りに七色に輝く拳大の水晶玉のような物がゆっくりと拍動しているのが見えた。あの時死霊から奪い取ったやつか。
「主様、この【虹ノ泪】はーー」
「アビス」
アビスの体を抱いたままだった僕は拍動に合わせて湧き上がってくるものを感じていた。
生霊の体ではまず無いだろうと思っていた現象だ。空いた左手でアビスの顎を優しく持ち上げて言葉を遮る。
「は、はい、主様」
「しばらく女性の体に触っていなかったのもあるんだけど、どうやら胸のこれが鼓動を撃つと滾るみたいだ」
「ーー」
「契約を逆手に取ってすまない。どうにも抑えが効きそうにないんだ。アビスがどんな存在なのか分からない。詳しく話を聴く暇もなかったからね。それにこうやってアビスに触れれる事はこの後も早々無いかも知れない」
ドクン
この姿で僕はまだ経験が無いんだけど、でも今なら出来そうな気がするんだ。抑えてた欲求の蓋が空いた気がする。気がつかないうちに授かっている神様からの加護や恩恵って言ったら上で4人が盛大に突っ込んでそうだな。それりも、思いがけない幸せっていう意味で、なんて言うんだった?
……あぁそうだ、『冥加に尽きる』だね。ゆっくりと思い出してからアビスに顔を近づけていく。黒い肌と顔の輪郭があるだけで眼はない。口が開くと人と同じ構造の歯や舌が見えた。うん、問題ない。
「こ、このような薄汚れた体で睦事などんぅ!?」
「ううん、確かに個性的な体ではあるけど、それは僕も同じさ。アビスが欲しい」
ゆっくりと唇を重ねて塞いでから堪能し、殺し文句を耳元で囁く。口付けを交わした時点で体の力が抜けているのは分っていた。後は勢いだ。というか今の僕に余裕はない。
ドクン
どうせ上から覗かれてるんだろうけど構うものか。
「ぬ、ぬしさまぁん……」
思考の方に一瞬だけ意識が向いた瞬間にアビスから唇に仕返しを受けた。
止めなく溢れる劣情の流れには抗がえる訳もなく……。
押し流され……。
深みに足を取られ……。
引きずり込まれ……。
朝が来た――。
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