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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第四幕 剣王
159/220

第143話 ソウルイーター

本編再開です。

まったりお楽しみください。

※2017/3/15:本文誤植修正しました。

 2017/11/4:本文誤字修正、段落調整しました。

 

 僕たちが砂の国の王都アレーナを出て早いもので2ヶ月が経った。


 2ヶ月も砂漠を旅してれば季節も移ろう。砂漠で夏ってどうなんだ?


 普通自殺行為だよな。


 シルクロードを旅行したことなんて無いけど、「こんな感じでマルコ・ポーロが絹の道を旅してたんじゃない?」と思うと感慨深かんがいぶかいものがある。まぁ、ここは異世界だから全然違うんだけどな。


 とは言うものの僕は見ての通り生霊(レイス)だ。


 ちょっと特別な体で不死族アンデッドなんだけど陽の下で活動しても平気なんだよね。魔力が篭った物でなければ物理的なダメージを負うこともないから、僕自身は至って快調だ。ただしーー。


 旅のともである4人の女性陣はそうはいかない。


 彼女たちは生身だ。


 陽が高い内に炎天下で旅程を刻むのは危険極まりない。今は簡易のテントを張って日陰を作って休息中だ。残念ながら僕は闇属性と聖属性の魔法しか仕えないけど、一緒に旅をしてるダークエルフ(眷属)のナハトアは水魔法が使える。彼女のお蔭でテントの周りは気化熱でずいぶん涼しくなっているんだよね。散水できるから。正確には上位(ハイ)ダークエルフだ。


 貴重な飲水も確保出来てるし、足りなければナハトアに出してもらえばいい。食料は道中のオアシスで仕入れることもできるし、砂漠に出る魔物を狩って食料にすることも出来る事がこの2ヶ月で分かったことかな。意外に砂蠍(すなさそり)は毒針だけ気を付ければ食べれるんだぞ? 蟹のような、海老のような味わいだった。うん、【実体化】した時に食べてみたよ。僕だけ仲間外れみたいでさ、嫌だったんだ。


 砂漠の横断手段である砂蜥蜴すなとかげも怪我を負うこと無く健在だ。ラドバウトのおっさんもいい子を持たせてくれたと思う。乗り捨てOKって何処のレンタカー会社だ? と突っ込みたくもなったけど、通じないのが分かってるから心の中でやっておいた。思っている以上にこの子たちは賢いらしい。朝が弱いのが欠点だけど。


 「ルイ様、何を独りで講釈を垂れてるんですか?」


 「ぶっ」


 思わずナハトアの突っ込みに吹き出してしまった。寝てると思ってたんだよ。


 「ああ、ごめん。起こしちゃった? まだ陽が高いからもう少し休んでおくといいよ」


 「ーー」


 「ナハトア?」


 「……ルイ様は3ヶ月以上一緒に居るのに手を出されませんね?」


 「えっ!? な、何を藪から棒にーー」


 「わたしのことがお嫌いですか?」


 え? 何? なんで急にこんな展開? これ夢見てるんじゃない? てか生霊レイスって夢見るのか? いや現実逃避するのは後でも出来るぞ。ここで対応を間違っちゃダメだ。今までの経験が僕の中で警報アラームを鳴らしてる。


 「ちょ、ちょっと落ち着こう。なんでまた急にそんな事を?」


 「……カリナたちとも話すんです。ルイ様って枯れて」「枯れてない。枯れてないからね?」


 思わず言い切る前に被せてしまった。何だよそれ。僕は健全な男の子だって! 揺れる桃やマシュマロが大好物です! ……ただね。


 「じゃあどうしてですか?」


 「えっと、そもそもの話をしておかなきゃいけないよね」


 大前提として僕は不死族アンデッドだ。随分、規格外でたらめなという但し書きが付くね。そこから説明しとかないと誤解が解けなさそうだぞ? 上目遣いで(たず)ねてくるナハトアの視線にぽりぽりと頬を掻きながら視線を逸らせてしまう。うん、可愛い。


 「……」


 「【実体化】できるとはいえ、僕はアンデッドだ。アンデッドは基本、睡眠欲や食欲、性欲も感じないんだよ」


 「枯れ」「うん、話は最後まで聞こうか」


 「はい」


 「だから生身じゃない時は好物が目の前に在っても何も感じれないんだけど、【実体化】したら逆にその感覚が鋭くなるみたいなんだ。だから【実体化】すれば」


 「襲って下さいますか?」「いや、そのお願い可怪しいでしょ」


 肉食だね。草食の中で培養された身としては、慣れて来たとは言ってもまだまだ戸惑うことが多いんだよな。


 「やっぱり枯れ」「待てまて待て。だからどうしてそうなるの?」


 「わたしたちはいつでも良いのに来て下さらないからです」


 うん、だからその恨めしそうに上目遣いをするのはやめようか。意図的なのか無意識なのか分からないけどダメージが大きいんだ。


 「はぁ。……その気持ちは嬉しいよ。特にナハトアは経緯はどうあれ僕の眷属だからね。その気持ちに応えてあげたいと思ってる」


 「本当ですか!?」


 喰い気味に顔を近づけてくるナハトア。そのキラキラした視線が僕の理性をガンガン削りに来る。


 「う、うん。けどその場の成り行きで適当に食べちゃいましたというのは、僕として嫌なんだよね。もっとも始めの頃はナハトアもそんな素振り見せてなかったでしょ?」


 「……い、いえ。始めからその気はありました」


 「えーー。それ本当!?」


 「……」


 思わず確認したらこくってうなずかれた。おいおいマジかよ。え、じゃ何? 機嫌悪いと思っていた素振りは全部照れ隠しってこと!?


 「うわーー。それは本当にごめん! 鈍いにも程があるな。逆に嫌われてるかと思ってたくらいだし……」


 「そんなこと在り得ません!」


 「まぁ、なんだ。誤解も解けたことだし、ナハトアの気持ちも分かった。ちゃんと機会を作るからそれで今までのことは許してもらえませんか?」


 思わず敬語になってしまう。謝るんだから丁寧にと思ったらついね。


 「ゆ、許すも何も、わ、わたしが勘違いさせるような素振りをしてたのがいけないんです。ルイ様は悪くありません!」


 あたふたと胸の前で開いた左右のてのひらをこちらに向けて振っている姿に、僕の頬もゆるんでしまう。おほん。


 「そっか。じゃあお相子だな」


 「おあいこ……ですか?」


 「ああ、お互い様ってことさ。お互い悪かったって思ってるのが判ったんだから水に流そうって意味かな」


 「おあいこ。……はい、お相子ですね! それでルイ様いつ」「あ〜今直ぐは無しね」


 「えーー」


 「そんな泣きそうな顔しないで。僕の心が折れそうになるから。今も言ったようにこんな流れに任せて雰囲気の欠片のない砂漠でだなんて僕は嫌だよ。シムレムに行くまでにちゃんと用意するから、ね?」


 「本当ですか?」


 「うん、これでもナハトアの眷属主だからね、良いところは見せるさ」


 結構声は抑えては居たけど、テントの大きさは限られてる。いくら端に寄ってこそこそ話してたとしても獣人であるドーラとフェナにはバレバレだろう。というか、エルフも耳が良い。横になってる3人の耳がピクピク動いているということは完全に寝た振りだ。自分たちはどうなんだろ? なんて思ってるに違いない。


 「ーー」


 ナハトアは僕に背中を向けて両手の拳をぐっと握って小さくガッツポーズしてる。嬉しさが顔ににじみ出てるよ。クールなナハトアの表情がにへらって感じの笑顔になってるもん。


 まぁ、喜んでもらえるなら良いか。ハーレムに入れるかどうかは僕だけじゃ決めれないしね。そこは棚上げで。あとはーー。


 「あ〜そこで寝た振りのお嬢さん方。今はナハトアで手一杯だからごめんね?」


 と、を振ってみたら。


 「何でですか!?」「えーーナハトアさんだけ狡いです!」「何でじゃじゃ馬のあいつが良くってわたしがダメなのですか、ルイさんっ!? あたーーっ!?」


 ガバッと3人が砂を蹴って起き上がりたかって来たよ。生憎【実体化】してないから僕の体にすがろうとしてもすかっとすり抜けちゃうんだけど。カリナは余分な一言の所為せいでナハトアから拳骨げんこつを落とされてた。やれやれ。ん?


 ちり〜ん ちり〜ん


 とナハトアの腰に掛けの字で差している2本の異形剣クノペシュ柄頭えがしらに付いた鈴が透き通った音で鳴る。その鈴の音が余韻を残しているうちに半透明の美女が2人姿を現し、僕に纏わり付いてきた。


 …… じゃあその後でわたしたちかしら。 悪いわねぇ~ ……


 「そうね、あななたちは霊体アストラルボディーだから、わたしみたいにルイ様の【実体化】を待たなくて良いものね。だけど、わたしを出し抜いたら成仏させ《殺》るわよ?」


 …… も、勿論よ! や、やぁねぇ~。ナハトア、眼が怖いわぁ~ ……


 僕と同じような半透明の体をもつ瓜二つの美女たちが、ナハトアの視線を受けてカクカクと首を上下に振っている。た、確かに怖いな。いや、こっちに眼で助けを求めないで。


 彼女たちの名前はホノカとナディア。僕個人としては、語尾が延びる方がナディアという感じに見分けている。同じ顔、体格、服装だから他に見分けがつかないんだよね。そして亡霊(レヴナント)という不死族(アンデッド)だ。


 幽霊ゴースト亡霊レヴナントって何が違うの? って思うだろうけど、正直僕も良く分からない。


 ただどっちも生きていた場所(この世)に未練が在るんだと思う。亡霊レヴナントは全身がはっきり見えるけど、幽霊ゴーストはね、実はまだ見たことがないんだ。適当なことを言えば足がないんじゃないかな? 違ってたらごめん。


 今彼女たちはナハトアの【従者スクワィア】として魔法契約してるんだけど、自由過ぎていつもこんな感じだ。もう一人ヴィルヘルムという黒竜の不死族アンデッドも【従者】が居るけど、さらに自由なやつで今は彼女の腕輪の中で寝てやがる。


 「カリナは相手を選ばなきゃいけないだろうけど、ドーラとフェナは僕にこだわらなくても良いんだよ?」


 エルフとダークエルフ。RPG上での良くある設定は、エルフが魔神なり魔王にくみしたことで暗黒面に堕ち、白肌の色の代わりに黒肌とより高い魔力を得たーーという感じだけど。


 異世界ここではそもそもよく分からない。それに海賊船でカリナたちを助けた時、一緒に居たエルフたちもナハトアやカリナに嫌悪感のある態度を示してなかったからね。肌はどうあれエルフ同士であれば問題なのかな?


 「どうしてそんなこと言われるんですか、ご主人様!?」「酷いです!」


 耳と尾を倒して不満を表現するドーラとフェナの仕草。愛玩動物ペットにしか見えないんだよな。それを直接言うと不味いのは理解わかる。


 「あ〜なんだ。2人は綺麗というか可愛いからね。恋愛対象外というか……妹みたいな感じだからそういう気にはならないんだよ」


 どうだ? これなら良いだろ?


 「「い……妹?」」


 「だからその、なんだ僕は諦めてもらえると……」


 「「おにぃちゃん?」」


 「ぐはっ!」


 しまった。妹属性に耐性がないぞ。みのりは確かに可愛かったけどこういうコスプレはしてなかったからな。コテンと図らずも同じ側に首を倒した2人の仕草と言葉にアニメみたく吐血しそうになった。それは冗談だけど。……いや、リアル猫耳、犬耳とかで妹扱いするとこんなにダメージ受けるとは。上目遣いより格段にダメージがでかいじゃないか。


 「ルイ様?」「ルイさん?」…… ルイくん? ……


 「な、なんでもありません。死に別れた妹と重なる部分があったみたいで、一瞬だけ思い出が吹き出したみたい。でももう大丈夫だから。あ、あとお兄ちゃんとは呼ばないでね?」


 僕のお願いにドーラとフェナがコクリとうなずいてくれた。


 毎回悶もだえてたら大変だ。取り敢えずこれでこの局面は乗り切ろう。4人の視線が冷たい気がするけど、気にしちゃ負けだ。ここは知らぬ存ぜぬを貫く。でもまあ、考え方によってはこれで旅がまた違った色合いで楽しめるかな。ナハトアの機嫌を損ねないように気をつければ。


 「何か変なこと考えませんでしたか、ルイ様?」


 「え、いや、3ヶ月以上勘違いしてただなんてもったいなかったな〜ってね」


 変に鋭いのは、ウチのたちの特徴かな? それとも僕が分かりやすいのか。……前者であって欲しい。


 「こ、これから、ちゃんと見てください」


 「あ、うん、こちらこそよろしくね。あと一刻くらいしたら日も傾くだろうから出発しようか。この先に遺跡があるんだっけ?」


 な、なんだこの甘酸っぱさはーー。シンシアたちの時とはまた感覚が違う。本当、異世界こっちに来て僕も随分女の子たちに慣れたと思う。彼女たちのお蔭なんだけどね。エレクタニアにいるであろうたちの顔が浮かんでくる。どうしてるかな?


 アイーダも勧めてたし、案外冒険者とかになってたりしてね。


 「ルイさん、そうなんです! 最後に寄ったオアシスで魔王領の境に昔あった街の廃墟があるって言ってました」


 「廃墟? 遺跡じゃなくて廃墟なの?」


 そんな思いを吹き飛ばすような元気さでカリナが話題に喰い付く。ああ、そうか。このネタを仕入れてきてくれたのはカリナだったな。


 「う〜ん。大規模な発掘調査もされた後みたいだから遺跡というより廃墟って言った方が良いかも知れませんよ?」


 「そっか。お宝ザックザクみたいな事はないか」


 「あははは。面白いこと言いますよね、ルイさんて。そんなにお宝ばかり出てたらここらへんも人ばっかりで大変なことになってますって」


 「ははは。それもそうだな」


 ホノカとナディアを抱き着かせたまま僕も笑う。重さを感じないから問題ないんだ。


 「そこは砂除すなよけの鈴は効果あるんでしょうか?」


 隣りで山猫の獣人であるフェナが、耳をぴくぴくと動かしながら腰に下げた大きめのベルを揺らす。り〜んと音域の高い音が砂に吸い込まれていく。


 音が違うのは形の所為だ。


 異形剣クノペシュ柄頭えがしらに付いている鈴は日本で普通に見ていた球形の豆のような切れ込みが入った鈴で、僕には馴染みがある。フェナの身に着けているベル、他の3人や4匹の砂蜥蜴も着けているベル、はハンドベルの先の様な、かねの様な形をしているんだ。嫌な音じゃないよ? そうだな。南部鉄器製の風鈴の様なそんな綺麗な音っていえばいいかな。


 「どうだろう。廃墟なら砂嵐に何度も襲われて砂に埋まってる可能性もあるよね? だったら効果はあるんじゃない?」


 「あ、そうですね!」


 「街があったということはオアシスの可能性もあるし。まあ行ってからのお楽しみだね」


 くぅ〜


 可愛いくお腹が鳴る音が聞こえた。ドーラが顔を真っ赤にしている処をみるとそういうことだろう。夜は夜でしっかり準備して食べるつもりだから、軽めに用意するかな。


 「まだ陽が高いし出掛けるには早いから、軽くお茶でも飲もうか」


 ドーラににこりと微笑ほほえんでおいてアイテムボックスからテーブルや食器などを出して並べていく。始めは僕の非常識さに呆れてた面々だったけど、今では誰も突っ込まない。慣れたもんだ。ま、お蔭で快適な旅を送れてるのはありがたい話さ。女神様に感謝だよ。


 本当は黒屍竜(ヴィルヘルム)の背中に乗って一飛ひとっとびという選択肢もあったんだけど、そんなに急いで帰りたくないとナハトアとカリナから猛反対を受けてこの形に落ち着いたんだ。故郷について何か思うことがあるんだろうな。こちらから根掘り葉掘り聞く気はないけど、時期が来たらそれとなく聞いてみようと思ってる。


 取り敢えず、僕たちは砂漠の()只中(ただなか)でティータイムを楽しむことにしたーー。




             ◇




 一刻半《3時間》後。


 季節が夏ということもあり、陽はまだ完全に落ちてはいない。あれから僕たちはテントをたたんで廃墟を目指したんだ。僕独りであれば炎天下だろうが極寒だろうが全く問題ないんだけど、旅の(とも)は生身の女性だからね。そうはいかないのさ。


 「ご主人様〜。やっぱり屋根のある家はなさそうです〜!」


 遠くからフェナの声が聞こえる。休息を取る場所に頑丈な屋根があると良いよね、と言ったのが始まりでフェナとドーラが走り回ってくれたんだけど無かったみたい。僕も上空から見たんだけそれらしいものはなかった。ま、だから廃墟なんだけどな。2人に声を掛けてからゆっくり降下した。


 「ありがとう、フェナ! ドーラも呼んで夕食にしよう!」


 陽が完全に落ちきる前に火を起こし、食事の準備を始めた。ナハトアとカリナがテーブルの準備を始めてくれている。今夜は焼き砂蠍だ。塩もあるから味付けは問題ないはず。今まで失敗してないからまあ大丈夫だろう。


 屋根の残ってる建物を探してみたもののこれといったものが無かったので、カリナが聞いていた神殿跡地らしい場所で野営(キャンプ)をすることにしたよ。何の神殿だったのか分からない。まあ向こうに居た時も宗教に興味を持つことなんて無かったからな。今更だ。そんな僕が神様の加護を貰ってるなんて何と笑い話かって思うよ、本当。


 他にも理由はある。異世界こっちに来てもこんな体だから避けてたし。そりゃあ、浄化されたくなじゃないか。今なら耐えれると思うけど。当時は死活問題だったからね。皆が忙しく焼き砂蠍の足を割って食べて、スープを飲んでというのを眺めながらふと思い出に浸ってしまった。


 「ーーま! ルイ様!」


 「え、ああ、ごめん。ぼーっとしてた」


 「もう、呼んでるに」


 「ごめんごめん。で、何?」


 色々と考えてたらナハトアの呼び掛けに気付けなかった。はは。既に陽が完全に落ちた満天の星空の下で焚き火を囲んでいる。ぱちぱちとまきの燃える音が耳に心地良い。落ち着くな。おっと、ちゃんと聴かなきゃ。


 「魔王領の目と鼻の先ですが、この先のルートをどうしようかと思ったのです」


 「というと?」


 「魔王領は砂漠が侵食しているのですぐに地形が変わることはないんですが、砂漠を避けて港に向かおうと思ったら少し魔王領の中に入らなければいけないんです」


 「魔王にちょっかい出されるってこと?」


 「いえ、“剣王”は義に厚い方と聞いていますので傍若無人な振る舞いをされることはないかと」


 初めて聞いたぞ? 魔王が義に厚い? 欲望に凝り固まったようなやつをイメージしてたけど完全に肩透かたすかしだな。ラノベとかRPGで魔王とか言ったら諸悪の権化ごんげってなってることが多かったからな。良い魔王も居るには居たけど、僕の中では魔王=悪いやつだったし。


 「そ、そっか義に厚いのか。で、魔王領とルートはどういう繋がりが?」


 「はい。砂漠を避けるルートを取ると少し大回りになるんです。それで砂漠を国境に沿って砂蜥蜴で移動するか、ここで砂蜥蜴を解放して大回りするルートを取るのかルイ様に決めて頂きたいのです」


 ……なる程ね。好みか。


 「砂除けもあることだし、行ける所まで砂蜥蜴で行くのはどうかな? 魔王領に入るとなれば移動手段は徒歩だよね? 僕は浮かんでいればいいから問題ないけど、ナハトアたちが大変だよ。それに砂除けは効果ないだろうしね」


 「ルイ様」「ルイさん」「「ご主人様」」


 何だろ、キラキラした視線にさらされるとむず痒くなるな。安全を担保できる世界じゃないから臆病なくらいが丁度いいのさ。実際王都アレーナで巨人モドキと戦って遅れを取るくらいだからな。生身で何でもやるという考え方が霊体アストラルボディーの可能性を阻んでるのかも。意識改革……だな。


 そんな事をふと思った時だった。


 カラッ


 小石が欠けて落ちる音が聞こえてきたんだ。風は、ない。崩れやすい場所に背中を預けている訳でも、ない。誰もその場から動いて、ない。


 「気を引き締めて。油断しないように」


 僕の一言に空気がぴりっと張り詰める。それぞれ武器を片手にゆっくりと腰を上げていつでも動きやすい体勢で身構えた。僕は高度を上げると標的になりやすい。地面すれすれまで位置を下げる事にした。


 「わたしが見てきます」


 「待って、ドーラ。フェナと一緒に行くんだ。何かあれば何方どちらかが知らせに戻ること。いいね?」


 「「はい。いってまいります」」


 斥候を1人で行かせるという選択肢は僕にはない。瞬殺されなければどっちかが逃げれる。致命傷でない限り2人とも助ける(すべ)が僕にあるからだ。ん?


 背後でカリナが小さく体を揺らすのに合わせてチャララと鎖のれる音がした。


 ドオオォォォォ――ン!!


 その音を掻き消すかのように爆炎と轟音が静寂を切り裂いたんだ。敵襲!?


 「何だっ!?」「何」


 僕たちの意識が否応なく爆発に引っ張られる。火属性の魔法が使える存在となれば砂漠の魔物ではない。小競り合いに巻き込まれたか、野盗のアジトにでも踏み込んだか、こちらを襲いに来たかーーだな。対応を見誤らないようにーー。


 「カリナ、何してるの!?」


 「えっ!?」


 カチャリ ゾクリッ


 ナハトアの鋭い声と同時に首元に円形の輪がめられた。霊体アストラルボディーに触れれる魔道具アイテム!? 殺気がカリナから放たれていたわけでも害意の籠もった視線を向けられていたわけでもないから完全に無防備だったんだ。そんな事を考えている暇など与えないかのような強烈な威圧と殺気が背後から叩きつけられ、白刃がきらめく。


 「クッ! 吸われた!?」「ひっ!」


 なんとかかわしたけど、右眼の視界に右腕が肩から綺麗に切り落とされ宙を待っている様子がスローモーションで見えた。【ドレインガード】があるにもかかわらず何か吸われた感じがする!? 白刃から視線を切った為、闇に紛れて見失ってしまった。不味まずい。ナハトアが恐怖で動けてないぞ。カリナは!?


 「カリーー。チィッ【鑑定アプリーズ】! なあっ!? 封じられたのか!?」


 僕の視界に入ったのは呆然(ぼうぜん)と立ち尽くすカリナの姿と、腰を抜かしたまま僕ではなく何もないはずの闇を眼を大きく見開いて凝視するナハトアの姿だった。その視線の先にーー。


 「猿ッ!?」


 魔法が使えないと言うことに焦る前に、僕は闇に浮かんだ巨大な猿の赤顔に驚いた。顔の大きさが僕の胴くらいあるんだ! 眼も4つある!? まともな猿じゃないのは一目瞭然だ! オマケにこの首輪のせいで魔法も封じられてる。何でカリナが!? 操られてるのか!? いつ!?


 「ちぃっ!! 何だよその剣!!」


 僕の疑問に誰かが答えてくる訳でもなく、逆に僕の眼は暗紅色(あんこうしょく)の光を(まと)って闇に浮かんでいる巨大な鎌のように湾曲した刀身に奪われていた。いや、思考が止まったとも言っていい。武術家としては致命的なミスだ。


 「フハハハハハ! 良いざまですね、ルイ・イチジク」


 「その声はミスラーロフ!」


 「おや? あの時に名乗った覚えはありませんが? まあ良いでしょう」


 「ーー」


 「何故貴男あなたの名前を知っているのか、と思われましたか?」


 パチン


 指が鳴らされてドーラとフェナの姿が闇に浮かぶ。カリナと同じように眼に力がなくうつろだ。まさかーー。


 「暗示か!?」


 「御明察。いやはや頭の回転の早い方と話が出来るのは良いですね。あの時【魅了】したついでに仕込んでおいたのですよ。暗示は発現するまでは状態異常に入りませんからね。布石を打っておいて正解です。そちらのお嬢さんには効かなかったようですが。彼女たちは嬉々として教えてくださいましたよ」


 くそ、落ち着け。魔法は封じられて使えない。多分スキル系は全滅だ。なら加護スキルならーー。


 「ーー」


 「加護スキルで何とかしようと思っておられたら無駄な足掻きです。その首輪はルイ・イチジク。貴男専用で作ったものです。魔法も加護もスキルも意味をなさない。あとは魔王様に哀れな女性たちを救って頂く《・・・・・・・・》だけです」


 「何を言ってーー」


 金色に見える毛並みで焚き火の光を反射させる巨大な猿が闇の中からぬっと姿を現す。あまりに滑らかに出てきたことに僕は驚いた。この魔猿まえんは恐ろしく強い。立振舞たいふるまいが師匠を思い出させたんだ。生霊レイスなのに肌が粟立あわだつような感覚に襲われる。不味まずいーー。


 「ああ、そうです。魔王様の鎌剣ハルパーは魔剣でしてね、幾ら貴男でも」「ミスラーロフおしゃべりが過ぎるぞ」


 「申し訳ありません。陛下」


 「俺の初太刀で命があった者はお主が初めてだ。ゆえに戦士としてお主に敬意を払おう。我が名は“南領が剣”ガウディーノ・ド・リーラシュヴェーアト。義によって汝に囚われし美姫たちを解き放つ」


 「は!? 囚われ? 何を言ってーー」


 「喰らい尽くせ! 魂喰らい《ソウルイーター》!!」


 気圧されて何も出来ない僕に向けて、5mはあろうかという背丈の魔猿の右手に握られた鎌剣ハルパー暗紅色あんこうしょく残光ざんこうで弧を描く。次の瞬間、僕の体は右袈裟みぎけさに切り断たれていたーー。


 「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」







後まで読んで下さりありがとうございました!


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ご意見ご感想を頂けると嬉しいです!


これからもよろしくお願いします♪

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