SS 【戦乙女たちの行進】 悪食
遅くなり申し訳ありません。
やはり説明文が多くなりますね。
読み辛いかも知れませんが、まったりお楽ください。
ガァァァァァァァァッ!! ギャオォオォォォォッ!!
羽撃き、響き渡る吼え声、肉体が、魔法がぶつかる音、それら全てはこの戦いに人が軽い気持ちで水を差して良いなどと一欠片も思わせない迫力がある。ある者は草原から、ある者は木々の隙間から、ある者は城壁を背にして巨獣の戦いを呆然と見上げていた。頭上で繰り広げられている光景に言葉がない、理解が追いつかない、恐怖のために動けないなど理由はまちまちだ。
時折、黒竜から魔法らしきものが放たれるが、王都や眼下に居る人間たちを思ってか至近距離の魔法しか放っていないようだ。何も考えずに竜の息吹を放てれば一撃で事足りるのかも知れない。そうさせないように浅緑色の皮膚に覆われた飛竜の変亜種が、上手く空中で位置取りしているのである。
「あの変亜種、ワイバーンより知能がありそうだね」
腕組みして2頭を見上げるアイーダがぽつりと呟く。
幸いなことに巨獣たちの咆哮は聞こえるものの城壁の内側は、人狐族のクベルカ三姉妹が施した幻術のお蔭で声の主たちの姿を見ずに済んでいた。咆哮に慄くものの恐慌状態に陥らずに済んだのだ、王都防衛という目的を基盤に見れば十分すぎる功績であると言えよう。
西に傾き始めた太陽の煌めきが黒竜の視界を一瞬遮り隙を作る。
暴食がそれを逃すはずもなく黒竜の顎からずるりと首を引き抜くと、己の牙を黒竜の首に突き立てたのだった。耳を覆いたくなる咆哮が空気を揺らす。
暴食という二つ名で呼ばれるだけあり、飛竜の変亜種の口は食べることに特化して大きい。鴺のような口に凶悪な牙がずらりと並んでいると想像してもらえるだろうか。その眉間からは一角獣を思わせる角が生え出ており、眼は無い。一説には眉間から生え出た一角によって周囲の状況を感知しているのだという。
どすっ
鈍い音と共に暴食の尾の先が黒竜の下腹部に突き刺さる。
「シンシア姉っ!!」「大丈夫」「落ち着きなさい」「「「あっ!」」」「「「「「「っ!!?」」」」」」「焦るんじゃないよ! 毒は効かないから黙ってみてな!」
カティナが悲鳴に似た声を上げるが、左右からアピスとギゼラに体を支えられて落ち着きを取り戻す。城壁の方に居たクベルカ三姉妹も声を上げるが大きな動揺はない。他の面々も飛竜の変亜種と言うことは尾に猛毒があると理解っていたので慌てたものの、アイーダの一言で冷静さを取り戻すのだった。「そうだ、自分たちにはルイ様の恩恵がある」と。
黒竜の方が体躯は一回り大きい。力も上のはず。それなのに圧倒しきれていないのは暴食のユニークスキルにあった。
眉間から突き出る一角による見えない攻撃によって感覚器官を狂わされていたのだ。それは蝙蝠などが持つ音波に似ている。それを利用して動くものの位置や障害物の位置を特定しているのだろう。いずれにしても黒竜にとって初めて味わう種類の攻撃だった。
だがそのまま相手の思い通りに負けてやるつもりはサラサラ無い。暴食と違って自由な両腕を使って首と角に手を掛ける黒竜。
ガァァァァァァァァッ! ゴキン
次の瞬間、咆哮と共に黒竜の右手が暴食の一角を根元から折る。
ギシャァァァァァァッ!!
そして負った角をそのまま暴食の頭部に突き刺すと、両腕で首を固定しその間を喰い千切ったのだ。痛みで咆える暴食の背中に体を預けた黒竜は、両足で力一杯蹴り暴食を大地に向けて落とすのだった。首を喰い千切られた所為か暴食は激しく抗うことも出来ず、そのまま地表に吸い付けられるかのように落ちていく。
ずうんと地響きを立てて浅緑色の巨躯が大地にめり込んでいた。翼は落下の際にその皮膜が樹木に引っ掛ったのだろうか大きく裂けているようだ。
「やったのか……?」「勝ったっ!?」「あの黒竜って金髪の姉ちゃんだろ?」「人が竜になれるのかよ……?」「人竜族だって聞いた記憶がある」「お前さっき声掛けてただろ」「い、いや、人間だと思ってたからさ……む、無理だって」「「「「ーーーー」」」」
飛竜を解体している騎士たちや冒険者たち、更には傭兵たちの腰は完全に引けていた。眼の前で起きた戦いの所為で端から心が折れているのだ。言葉もなくただ呆然と立ち尽くす者たちも数多く居る。そんな雰囲気を切り裂くように小気味よい柏手が叩かれた。間髪入れずアイーダが檄を飛ばす。
「ほら、ぼさっとしてるんじゃないよ! こいつはまだ息がある! 階位を上げたい奴は気合入れなっ!」
階位。つまりレベルの事だ。人族は元々持ち合わせている身体的な能力値が低い。それ故、高レベルの魔物と対峙する力に乏しくなる。そうなると自分より力の弱い魔物を討つしか成長の術は望めない。レベルが低ければ当然魔物を倒した時に得られる魔素が低くなり成長が遅くなるという循環に嵌り込んでしまう。これが人族のレベルが低い大きな理由だ。
魔素。ルイはRPG感覚で経験値だと思い込んでいるが、この世界においては経験値という概念は存在しない。よってルイのスキル名は彼のイメージが形になったものと言って良いだろう。
では、魔素とは何か?
それは魔物たちの体を変質させている根源的な力と言い換えることが出来るだろう。多くの魔素を体内に蓄えた生物が魔物であり、その量が増すほどより高位な存在へと変質していく。そして変質しきった生物から子が生まれ、その性質を引き継いでゆくという遺伝の循環が始まるのだ。それがレベルとどう関係があるかという点だが、魔物を倒した際に彼らの体内にある魔素を少しずつ分捕り物として自分の体に蓄え、緩やかに変質させているとしたら驚くだろうか? それがステータスとして表示された時に階位として表されているのだ。
ならば一度に大量の魔素を取り込めばと考え、森の深い場所や迷宮の奥に自然発生する魔素溜りと呼ばれる魔素の濃い場所に、長時間その身を晒した輩も存在する。結果は、取り込める。但し、自我を失い、骨格を歪に変異させ、人間を辞める事になるがーーという但し書きが付く。空中に自然発生する魔素を取り入れ続けることは危険で、打ち倒した魔物から得る魔素は無害という不思議な現象があるのだ。検証されている訳ではないものの、打ち倒した時に魔物の魂と魔素が混ざって無害になるのでは? と考えられているが、憶測の域を出ていない。
その魔素溜りも時経つ内に濃度を薄め霧散してしまうので、その場に留まり続けるという企ては功を奏さないだろう。旨い話はないのだ。
いずれにしても、ステータスや魔素を体に取り込むという作用が何故存在するのかという真理を探求する者たちは後を絶たないが、誰1人たどり着けていないのが現状だ。その多くの探求者が「神の御業だ」と讃えることで問題を棚上げしている事を考えても、如何に深遠な論題か理解してもらえるだろう。
「「「「「「「「「「ッ!!?」」」」」」」」」」
戦乙女たち13人を除く、その場に居合わせた多くの眼の色がアイーダの一言で変わる。容易に階位を上げられるという欲望に浮かされているかのように、その顔は紅潮していた。誰ともなく上げた雄叫びに呼応するかのように白刃が幾重にも煌めき、幾張もの弓弦が鳴り、至近距離で放たれた幾発もの魔法が肉を穿つ。
怒涛の勢いに深手を追った飛竜の変亜種に抗う力はなく、弱々しく身動ぐ事で逃れようとするものの、やがて断末魔の叫びと共に生を終えるのであった。
その様子を上空から眺めていた黒竜の巨躯が再び光りに包まれる。暴食に止めを刺した者たちは嬉々として魔物たちの解体作業に移っており、空を見上げる暇もない。シンシアたちにとってはその方が好都合であった。閃光が収まると、人化したシンシアが背中から生え出させた翼で風を受け止めながら降下し、ゆっくりと地表に降り立つ。
「シンシア姉っ!?」「「シンシアっ!?」」
嬉しそうにシンシアを迎えに出たカティナとアピス、ギゼラが眼の前で膝から崩れそうになったシンシアに慌てて駆け寄る。カティナに至っては抱き着いて支えている程の早業だ。
「ふふっ。すまない、カティナ。暴食の目に見えぬ攻撃で思っている以上にダメージを溜めてしまったようだ」
ぎゅっと抱き着いたまま放そうとしないカティナの頭を撫でながら、シンシアは苦笑する。自分の見立ての甘さに遣る瀬無さが湧き上がってきたのだ。空いている左拳を無意識の内に握り締めていた。
「やっぱり見た目以上に危険な存在だったってことね」
肩に掛かる黒髪を払いながら、少し目尻が垂れた優しい双眸を細めながらアピスが溜息を吐く。右手を左脇に差しこむように片腕組みをして左手を頬に当てているその姿は、近くに居る男たちの視線を奪うには十分すぎる造形美を作り出していた。実り豊かな双丘が押し上げられているのだ。
「あの変異種は初めて見ました。シンシアにここまでダメージを与えるなんて……」
「まだ単体で良かったが、群れに出食わすと危険極まりない。里でもそういう時は多くの戦士たちが駆り出されたものだ」
ギゼラの言葉にシンシアが続く。
「里?」
「ああ、わたしの故郷だ。“竜の里”と人族は呼ぶようだが、我らかすればただの里だな。すまない、カティナそのまま肩を貸してくれるか? まだ耳鳴りが取れないのだ。眼も霞んでいる」
「うん、任せて!」
カティナが首を傾げると、シンシアは微笑みを浮かべてゆっくりカティナに説明するのだった。そのまま身を預ける。カティナも要領を得たもので器用にそのまま体をシンシアの脇の下に滑りこませて歩き出すのだった。その間にもシェイラたち3人も城壁から離れて皆がアイーダの周りに集まる。
「よし揃ったね。見た処あとは残務処理だ。あたしらは特に必要とするものはないし、どうせ一旦全部集められて論功行賞で下賜されるだろうからね。骨折り損の草臥れ儲けさ。あたしらは帰るよ。コレット馬車と馬を頼めるかい?」
「畏まりました。ーーーー」
クラシカルなメイド服に身を包んだコレットが、ロングスカートの両側を摘み優雅にお辞儀する。頭が下がった瞬間コレットの口元が動いた気がしたのだが、彼女が頭を擡げた時には2頭の輓曵馬が姿を表していた。エトの喚び出す黒色の青毛とは違い、2頭とも赤褐色の鹿毛だ。
そしてコレットは何処からとも無くあの6輪馬車を取り出して、慣れた手付きで馬と馬車を連結してゆく。あまりの非常識さに、近くで解体作業に加わっていた者たちが手を止めて呆然と見守っている程だ。連結作業も滞ること無く四半刻よりも更に短い時間で終えてしまった。
アイーダとコレットを除く11人が馬車に乗り込みアイーダが御者席に座ったのを確認したコレットは、先程と同じように優雅な御辞儀を視線を向けている者たちにすると御者席に飛び乗る。コレットが手綱を取ると同時に2頭の輓曵馬が鞭打たれること無く主人の意を汲んで動き始めたではないか。
本来であればこの場で一番権威を持つゴールドバーグ候爵か、ライラック候爵が勝手を諌めるのだが、どちらもアイーダに頭が上がらないために彼女の好きなようにさせているのが現状だ。それを良いことに彼女たちは自由気儘な行動を取っていたのである。ただ、誰1人それに触れない処を見ると、敢えて炭火を懐に抱えようとは思わないのだろう。
血腥さが漂う戦場を後にした戦乙女たちを讃えるように、雲間から幾条もの陽射しが静けさを取り戻した王都にキラキラと降り注いでいたーー。
◇
ニ刻後。
陽が西に大きく沈み赤く色付き始めた頃、謁見の間に数刻前に居た王と6人の武官、5人の文官に加え5人の男と1人の少女が跪いていた。
先の防衛戦に参加したゴールドバーグ候爵、ライラック候爵、アッカーソン辺境伯の二候一伯、傭兵ギルドのギルドマスター、南北区の冒険者ギルドを統括する2人のギルドマスターだ。フェレーゴ子爵はゴールドバーグ候爵の寄子であるためこの場に列席していない。
「皆大儀であった」
王の口から労いの言葉が掛けられ一堂は一段と頭を下げる。
「時に、あの緑色の飛竜のような生き物はどうであった?」
「恐れながら申し上げます」
「許す」
ゴールドバーグ候爵の言葉に王が続きを促す。
「は。彼の変亜種はとても危険な生き物であると感じました。眼はそもそも退化したのか存在しておりませぬが、まるで蝙蝠のようにワイバーン以上の動きをしておりました。ワイバーンよりも体が大きいにも拘らずです」
「ほう。……それ程か。で、誰が討ち取った?」
「正確に命を断った者を上げるとすれば我らですが、致命傷を与えたのはアイーダ殿と共に居たシンシアという人竜族の女でしょう」
「……シンシアとな。余の記憶が定かであれば1年前に逢うた女子だな? デューオ」
「は。然様でございます、陛下」
ゴールドバーグ候爵の答えに何かを思い出すように顎に手を当てて眼を瞑る王だったが、何かを思い出してアッカーソン辺境伯に問い質す。その問いに辺境伯は7:3に分けた灰青色の髪を揺らして肯定する。視線は床に落としたままだ。
「地表から撃ち落とすとは剛毅な女子ではないか」
「恐れながら申し上げます」
「申せ」
「は。彼の女生は巨大な黒竜となって討ち倒した良にございます」
「「「「「「「「「「「「ッ!!?」」」」」」」」」」」」
発言が許されたライラック候爵の一言に謁見の間がざわつく。城から見る限りでは黒竜の姿など影も形もなかったのだ。その反応に跪く6人は違和感を覚えるのだった。それも次の王の一言で納得することになる。
「可怪しいではないか。城からの【遠目】ではワイバーンの変亜種しか見えなかったのだぞ? であれば地表から魔法で撃ち落としたと考えるのが道理であろう?」
「発言を御許し頂けますか、陛下?」
「おお、マクシミリアンか。許す」
一列に並んで跪く6人の内、玉座に向かって右から2番目に膝を吐く痩身の美男子が王に問い掛けるのだった。首元で束ねている光沢のある癖のない金髪の先が床の上で小さく踊る。髪から覗く人族よりも尖って長く伸びた耳は彼がエルフ族であることを物語っていた。彼の右隣に居る女ドワーフよりも耳が長いのだ。間違いはないだろう。
「感謝致します。わたしが見た時には大規模な幻術の壁が城壁の上に張り出されていました。王都内にいらぬ混乱を巻き起こさないためだと思いますが、その所為で謀られていたのだと愚考致します」
「それを行ったのは誰だ?」
エルフの美男子の言葉に王の双眸がすぅっと細められる。
「恐らくはエレクタニアから来た人狐族の女たちでしょう。彼女たちは1年前に王都へ来ていませんでしたから面識はありませんが、彼女たちのユニークスキルを考えれば間違いないかと」
「ふむ。では質問を変えよう。人竜族は竜化できるのか?」
アッカーソン辺境伯がその問いに答えるものの王は食い気味に質問を続ける。
「いえ、聞いた事はありません。出来るとすれば竜族が人化することでしょう」
頭を振りながらマクシミリオンが答える。その答えに謁見の間に緊張が走るのだった。このエルフの言葉が真実であれば懐に炭火を抱えているどころの話ではない。油壺に油がなみなみと入った状態で小さなうき船を浮かべ、その上で蝋燭の火を灯しているようなものだ。少しの刺激で大惨事になる危険があることになる。
「フランカ。エレクタニアの者たちはどうして居る?」
「は。戦闘終了後、解体作業は手伝わずに南門から入都して冒険者ギルドに一報を届けてから帰宅しおります。アイーダ殿に言わせれば、義理は果たしたからゆっくりするのだそうです」
王の問い掛けに少女体型の女ドワーフはそう答えるのだった。ポニーテールに束ねた少し癖のある紺藍色の長髪が彼女の言葉に合わせて揺れる。
「ぷっ、ふははははははははははっ! アイーダめ、暇を出したらこれか。元気にして居るなら言うことはない」
王は楽しげに笑い声を謁見の間に響かせると、笑みを零さぬように堪えながら誰に言うこともなく語り掛けるのだった。
それから参列者にエレクタニアの者たちに対する注意事項が告げられ、貴族の身にある者たちは文官の作った書類を読み直筆のサインを記していく。解体して得たものの論功行賞は5日後に行うことになりこの日は解散となる。またこの戦いの実績を反映して、エトを含むエレクタニア出身の者たちの冒険者ランクが試験もなく上げられることが決定事項とされた。
エト・スベストル/ランクB→ランクA
アイーダ/ランクA
シンシア/ランクC→ランクA
ディード/ランクC→ランクA
エリザベス・ド・ブラッドベリ/ランクC→ランクA
アスクレピオス/ランクC→ランクB
ギゼラ/ランクC→ランクB
カティナ/ランクC→ランクB
コレット・リヴィエ/ランクC→ランクB
シェイラ・クベルカ/ランクC→ランクB
レア・クベルカ/ランクC→ランクB
サーシャ・クベルカ/ランクC→ランクB
ジル/ランクC→ランクB
リン/ランクC→ランクB
これで漸くクランが設立できる運びとなり、シンシアを代表に据えエリザベスとシェイラを副代表にしたクラン【白磁の戦乙女】が結成される。純白の袖なし外套を素に取られた名前なのだが、後に名前が独り歩きして女性しか入れないクランと勘違いされるようになるのは笑い話の1つであろう。
因みにエトや彼の妻サラも所属することになる。アイーダは表に出たくないという理由でエトと並んでクランの裏方を担当することで落ち着いた。アイーダが相談役。エトが諜報役といった処だろうか。論功行賞が行われるまでの5日間で粗方の事を済ませ、一堂は孤児院の裏に経つ丸太長屋や傍にある森で思い思いの時間を過ごすのであったーー。
◇
5日後。
王城にてこの度の“氾濫”から王都を守った褒美が渡されることになる。防衛戦の参加者全てがその場に居合わせると途方もない時間が必要になるため、主だった代表者たちが列席し王からの言葉と恩賜の品々を受け取るのが通例だ。だが、その中にアイーダたち13人の顔ぶれはなかった。目立ちたくないという理由で欠席したものの、結果として悪目立ちしてしまったのは皮肉としか言いようがない。
合わせて浅緑色の皮膚に覆われた飛竜の変亜種には“眼無し”と名付けられたことが報告された。別々に伝えるよりも効果的に伝播出来ると考えたのだろう。
欠席者に対して王からの勅命が背後で眼を光らせているために表立って不満を口にする貴族は居なかった。逆に人族ではない代表者、この度は南北区の冒険者ギルドのギルドマスター、及び傭兵ギルドのギルドマスターの3名が混ざっていることに鼻を抓む者たちが居た事を付け加えておく。サフィーロ王国は人族至上主義ではないものの、人族以外は奴隷で使役すべきだと考える輩が居ないわけではない。いずれにしても根の深いもんだがそこかしこで燻ぶっているのだ。
余談だが、このテイルヘナ大陸がある南半球の南極部にはクサンテ大陸が存在する。そこには人族至上主義を声高に掲げる魔導帝国もあるという話だ。考え方が一方向へ頑なになるのは何かしら原因があるのだろうが、それはまた別の話。参列者には退屈な時間がゆっくりと過ぎてゆき、やがって論功行賞も幕を閉じるのであったーー。
◇
論功行賞から更に7日後。ルイたちが魔王領に辿り着く20日程前の話だ。
シェイラ、レア、サーシャのクベルカ三姉妹とジル、そしてアイーダを加えた5人は王都北区にあるゴールドバーグ候爵の公邸に招かれていた。ゴールドバーグ候爵令嬢アンネリーゼ・フェン・ゴールドバーグの茶会に招かれたのが表向きの理由だが、本当は彼女を野盗団から助け出した事に対する御礼の意味が濃い。
実の処、13人全員が招待するつもりでいたのだが王の勅命が出ている事もあり、アンネリーゼ側でシェイラたちを選んだのだった。「防衛戦の武勇伝をお聞きしたいのですわ」と父親に強請った処、娘には滅法甘いボニファーツは二つ返事で許可したのだ。その事を後で聞いたアイーダが眉を顰めたのは言うまでもない。
カチャカチャとカップとソーサーがお茶がテーブル上に用意され行く中、アイーダだけは麻紐で編み上げた網のようなものに入れたずんぐりと丸みを帯びたボトルを手にして窓際のソファーに腰を下ろしていた。
「アイーダ様、こちらにおいで下さいませ。近隣の魚卵を使ったデザートでございます。お酒に合うかと存じますが」
「ああ、悪いね。今日はそんな気じゃないのさ。保護者のつもりで来てるからあたしを気にせず食べたら良いよ」
「ふふふ。流石お父様が頭が上がらないと言う意味が良く分かりましたわ。気が向かかれましたら作法は気にしませんので自由に御取り下さいませ」
「そうさせてもらうよ。すまないね」
アンネリーゼがアイーダの前に立ってテーブルに促すも、彼女の方はチラッと少女の顔を見ただけで直ぐに視線を外に向けるのだった。後ろに控えるお付の者たちの雰囲気が険しくなリそうなのを感じて、アンネリーゼは手を上げて制する。そのまま可憐なお辞儀をして席に戻るのだった。他の4人は既に席に着いている。
アンネリーゼがカテーシーで顔を伏せた時に浮かんだ笑顔は誰の眼にも映らなかった。眼が三日月のように弧を描いて細くなり、口が裂けるような笑顔を浮かべていたのだ。誰かが一瞬でも見ていれば恐怖のあまりに声を出したことだろう。しかし、幸か不幸か誰も気づかなかったーー。
鎖を隠すために身に着けている純白の袖なし外套の奥でチャラリと鎖が鳴る。
テーブルの前に並ぶのは3色の魚卵。黒キャビア、赤キャビア、白キャビアだ。添えられているのは酵母を入れずに焼き上げたビスケットのようなパンのような白いお菓子。庶民の食卓ではお目にかかれない物ばかりだろう。実際、そういうものを見る機会のなかったシェイラたち4人の眼は釘付けになっている。
エレクタニアでの食事はルイが庶民的なものを好むので、高価で少量しかないものは基本出てこないのだ。魚よりも肉を好む者が多いという理由もある。それ故、目移りしても仕方なの無いことだろう。アイーダもその事を理解っているのか何も言わない。時折室内に視線を戻しながら、静かにボトルワインを直呑みしている。
和やかに進む茶会。無邪気に弾ける女たちの笑い声。テーブルの上に伸ばされる好奇心。口に運ばれる菓子。香る紅茶。訝しむ視線。隠された思惑。苛立ち。そこにある全てを喰い尽くし呑み込んで糧にする悪食のように、候爵令嬢はその全てを静かに紅茶と共に喉に流しこむのであったーー。
後まで読んで下さりありがとうございました!
なんとか本編に戻せそうです。
ブックマークやユニークをありがとうございます! 励みになります♪
当初から活動拠点の大陸を「テイルヘナ」としていたのですが、いつの間にか「ティアーナ」に勘違いで誤植していました。
確認できる範囲で訂正したのですが、戻せていない場合がありますのでその際には教えていただけると助かります。
誤字脱字をご指摘ください。
ご意見ご感想を頂けると嬉しいです!
これからもよろしくお願いします♪