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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第四幕 剣王
155/220

SS 【戦乙女たちの行進】 凶報

説明文が多くなるのは本編の足らずを補おうとするからなのでしょうね……。

まったりお楽しみ下さい。


2017/1/8:本文誤植修正しました。

 

 サフィーロ王国王都カエルレウスには北と南にそれぞれ冒険者ギルドが存在する。簡単に説明すると、貴族と庶民の冒険者双方が軋轢(あつれき)を生まないための措置だ。勿論何方(どちら)でも等しく対応して貰えるものの、面倒を避けようと立場によって使い分けている。貴族に難癖を付けられたくない、それが庶民出の冒険者たちの願いだ。一部の貴族の蛮行であるとは言え、いつそこに居合わせることになるのか予測がつかないのなら安全な場所でーーと考えるのは当然の流れだろう。


 南区の冒険者ギルド会館にあるギルドマスターの執務室で、少女と(おぼ)しき女の子が両肘造りの重厚な机の上に置かれた報告書に身を乗り出すように裁可(さいか)のサインを書き込んでいる姿があった。腕の動きに合わせてポニーテールに束ねられた紺藍色(こんあいいろ)の少し癖のある長髪の端が、ふりんふりんと規則正しく跳ねている。なんとも子どもが勉学に励む姿と重ねてしまいつい微笑ましくなるのは、扉の隙間から少女を(のぞ)くギルド職員たちの(ほう)けた表情からも(うかが)い知ることが出来た。彼女たちの癒やしの時間も直に終わるーー。


 「むっ! また貴方たちサボってますね!」


 「見付かった!」「不味(まず)いっ!」「きゃぁーーっ!!」


 少女の鬱金色うこんいろの瞳に見咎(みとが)められた女性たちが、我先にと階下の持ち場に慌ただしく戻っていく。午前中のいつもの光景だ。受付業務に疲れてくると癒やしを求めてここに来るのがギルド職員の中で習慣になっているのだという。


 コンコン


 「どうぞ」


 視線を書類に戻し、サイン作業に戻っていた少女が扉をノックする音で顔を上げる。促されて部屋に入ってきたのは、2m近い背丈で体格の良い中年の男だった。短く刈った群青色(ぐんじょういろ)の髪、この場合ざんばら頭といえば良いのか、無造作に伸ばしている髪の中に右手を入れてぼりぼりと頭を()きながら入室してきたのだ。青い瞳に呆れたような色が浮かんでいることに少女は気付く。


 「どうしたのですか、ギュンター?」


 「どうもこうもねぇぜ、ギルマス。実力も実績も問題ねぇから形だけのつもりで昇級試験したがよ……」

 

 男の言いたいことを察した少女が左手で左の(こめ)かみを抑え、溜息交(ためいきま)じりに問い(ただ)す。


 「はぁ〜〜。エトさんと比べてどうですか?」


 「シンシア、ギゼラ、ディード、エリザベス、コレットは間違いなく上だな。カティナ、リン、ジルは同じくらいだろう。アスクレピオス、シェイラ、レア、サーシャはそれに劣るがこいつらは魔法職だ。前提から可怪しい。レアが伸び悩みしてる気もするが、こういう所で悩んでいる奴は切っ掛けがありゃ化けるもんさ」


 「…………そうですか。ギャラリーも多かったのでしょう?」


 短い沈黙を置いて少女は男に尋ねた。問われた男の方も知ってるだろうにという雰囲気を(かも)し出しながら肩を(すく)めたのだった。


 「まぁな。C級(・・・・)試験なのにオレがA級に上がる時みたいに居やがったぜ」


 「Bランクに上がるのもそう遠くなさそうですね」


 「…………」


 「どうしました?」


 「ココだけの話だがよ、ギルマス」


 「どうぞ」


 「さっさとBランクに上げちまった方が良い気がするぜ?」


 「それ程ですか?」


 「1ヶ月そこらでCランクに昇級だぜ? 見た目に騙されるがよ、あいつらと一緒に居ると間違いなく新人の芽を()む。心が折れんだよ。エトの旦那の時も驚いたがよ、驚き具合からしたらこっちが上だ。新人じゃ持たねえよ」


 「獣人族や人竜族の方もいらっしゃいましたねよ?」


 「まあな。確かにカティナとクベルカ三姉妹は獣人だ。本来なら人より力があるんだからまぁ獣人だからと納得も出来る。シンシアに至っては人竜族っていうじゃねえか。角が出てねぇ(・・・・)のによ」


 「…………」


 「そこまでは納得できたとしてもだ。アイーダの婆さん(・・・・)を含めた8人、オレの勘が間違ってなけりゃま」「そこまでです。それ以上はここで発言すべきではないでしょう」


 「ちっ」


 男の言葉を少女が遮る。


 「ギュンター、貴男の心配していることも分かります。幸いこの国は人族至上主義ではありませんから、多様な種が生活していても多少は眼を(つむ)ってくれるでしょう。(ただ)し、それ(・・)を口にするのは時期尚早でしょう。アイーダ様が居られるとは言え今の姿を見れば王家も動かざるを得ないでしょうし……」


 「そうか?」


 苛立(いらだ)ちを隠さずに眉を(ひそ)めた男は青い瞳に力を込める。その圧力に動じることもなく、少女は小さな背中を椅子の背凭(せもた)れに預けるのだった。それから小さな右手の掌を差し出すような仕草で持ち上げて持論を展開する。


 「エレクタニアとの関係を大事にする方針ならば話は変わってくるでしょうけどね。ただ、どの種族であれ、腐った者は居ます。特定の種族だけを警戒して色眼鏡で見る必要はないとわたしは思います」


 「あんだがドワーフだからかい、ギルマス?」


 「それは否定しません。お蔭でギルド職員の役に立っているという自覚もありますよ? ふふふ」


 「は、違いねぇ!」


 男の言葉に(とげ)を感じたものの人種の話をすることには危険が伴う。昨日まで笑い合っていた友を失うことさえあるのだ。ドワーフの少女はそのことをよく理解しており、己を(さげす)むような言葉を並べて話を切り上げのだった。


 いや、ドワーフの少女(・・・・・)というのは語弊(ごへい)がある。ドワーフという種族について知らない者がドワーフの女性を見た時、必ずと言ってよいほど誤認するのだ。少女や幼女と見紛(みまが)うのである。仕方のない事といえばそうなのだが、ドワーフの女性は可愛いのだ。保護欲を暴走させかねない可愛らしさを種族特性として備えていると言えば良いだろう。


 逆にドワーフの男はむさ苦しさ満点だ。トレードマークと言って良い顎から口の周りの豊かに蓄えられた(ひげ)は彼らを見分ける一番の特徴だだろう。男女とも同じような背丈ではあるが、ドワーフの男性は子どものような背丈であっても横幅は大人顔負けの体格をしている。女性は幼いのだが一部分だけ大人になる部分があるのだ。それは年齢と共に膨らむ双丘(そうきゅう)。幼さと大人の色香を兼ね備えたドワーフの女性は、何処にいても人目を引く存在ということだ。


 ドワーフ族もエルフ族と同じように長寿で知られている。寿命はドワーフ族が平均500歳。エルフ族が平均1000歳といわれる。更に稀少種(きしょうしゅ)の寿命は1.5倍、あるいは2倍と伝え聞くものの、表舞台に現れることが滅多に無いことなので正しく伝わってないのが実状だ。


 「お待ちください!」「ギルドルールとか言ってる場合じゃねんだよ!」


 そんな(なご)み始めた空気を追い散らすかのように、喧騒と慌ただしい足音が複数執務室に向かって近づいて来たことを2人は気付く。


 バンッ!!


 「すまない! “北”からの緊急連絡だ! “氾濫(スタンピード)”が起きたっ!」


 「「「「なっ!!!?」」」」


 慌ただしく執務室の扉を蹴破らんばかりに開いて飛び込んできた冒険者風の装いをした若い男が、入室早々に室内を震撼(しんかん)させる。


 “氾濫(スタンピード)”。川や湖の氾濫(はんらん)ではない。都の人々が一箇所に殺到しているのでもない。冒険者ギルド、特にギルドマスターがいる前でこの言葉が発せられるということは、“魔物の氾濫”を指す。災害だ。1つの都市で対応できるものから国を(また)いで対応が迫られるものまである。今回はどれほどの規模なのかーー。


 「緊急事態を発令しますっ! 直ちに職員は都市に在籍する冒険者を集めなさい。“北”からの連絡であれば王城にも連絡が言ってるはず。こちらの状況が整い次第、繋ぎを付けれるように1人選出して派遣しなさい。南門への連絡も抜かりなく!」


 「「はいっ!!」」


 飛び込んできた男を止めようとしていたギルド職員の男女が顔色を青くして部屋を飛び出していく。“北”と呼ばれるのは北区の冒険者ギルドの略号だ。北区の冒険者ギルドから派遣された男は黙って事の成行きを見守っている。自分の役目を理解しているからこその伝令なのだろう。先程までで上がった息を整えながら腰のマジックポーチから薬液(ポーション)らしき液体が入った小瓶を取り出し(あお)っている。


 「ギュンターは冒険者たちの指揮をお願いします」


 「エレクタニアの嬢ちゃんたちは? エトの旦那は今外だぜ?」


 「――外。彼女たちは幸いここに居ます。規模に応じて遊撃隊として回ってもらいましょう。実力差がありすぎて下手に連携を取ろうとするとこちらが危険になります」


 一瞬言葉に詰まるが、ギルドマスターである彼女は処理すべき事を優先させることにした。Bクラス(・・・・)に昇級したエトであれば少々のことに遅れは取らないだろうと言う、確信めいたものが彼女の中にあったのだ。


 「分かった」


 「それで“氾濫(スタンピード)”の規模は?」


 ギュンターが(うなず)くのを見届けたギルドマスターの視線が伝令の男に刺さる。


 「3箇所湧き(・・・・・・)だ」


 苦々しげに言葉を発する伝令の男。


 「なんだとっ!?」「そんなーー」


 事態は思った以上に深刻だった。伝令の男の言葉に2人は言葉を失う。1箇所でも戦略級の対応が必要なのに、3箇所。文字通り災害級だ。事実を突き付けられた2人の顔色がサアっと青くなる。伝令の男もそれには何も触れない。自分もこの情報を耳にした時に同じ反応だったのだから。


 「王城の魔法師団に協力してもらって確認したので間違いない。北、南、東の同時(・・・)()きだ」


 「……きな(くせ)ぇな」


 「……明らかに人為的な操作を感じますね」


 「やはり同じ(・・・)結論ですか」


 「ということはマキシムも?」


 「ええ、北区(ウチ)のギルドマスターもそう言ってました。出来過ぎだと」


 「確かにな。1箇所で大量に湧けなら手付かずの迷宮(ダンジョン)から(あふ)れたって説明がつくが、そんなに都合よく王都の周りに迷宮はねぇ。あるのは北だけだ」


 ギュンターはそう答えておいて、「深い森は何個かあるがな」と内心(つぶや)く。湧く可能性はゼロではない、とそう思うのだったが、出来過ぎているという違和感を(ぬぐ)えるほどの材料にはならなかった。


 「しかし現実問題“氾濫(スタンピード)”は起きてます。南区の対応をお聞き次第戻りますので教えて頂きたい」


 伝令の男はそう真剣な面持(おもも)ちで南区のギルドマスターを見据える。自分の仕事はまだ終わっていない、そう言いたいのだ。


 「ふぅ。わたしたち南区冒険者ギルドから遊撃隊を3方向に派遣します。いずれもエレクタニア出身者・・・・・・・・・・・・・の強者です。下手に連携を強要しないように周知して下さい。見た目は麗しいですが彼らは暴れ馬ですからね。手綱が引けるのは彼らが認めた主だけ(・・・・・)です」


 「くくっ、違いねぇ」


 「エレクタニア出身者ですか? 最近北区(こちら)でも噂になってますよ。暴れ馬……。自分なら乗りこなせると考える(やから)も居そうですね」


 「居るでしょうね。蹴られて命を落とさないことを願うばかりです」


 「(ちな)みにその(あるじ)は?」


 「東テイルヘナ大陸に居るそうですよ」


 「は?」


 「つまり暴れられても止める奴が居ないってこった」


 「ーーしゅ、周知徹底させます。ではこれにて」


 一瞬「何を言ってるのか?」という表情になった伝令の男は、事の重大さを認識すると慌てて一礼して部屋を後にするのだった。今聞いた話を自らが所属する北区の冒険者ギルドへ持ち帰る為に。


 「ええ、お願いします。ギュンターも頼みました。南区の冒険者の数にもよるでしょうけど、南門を死守する事を優先して下さい。東は騎士団か傭兵ギルドが動くはずです」


 「分かった。オレから嬢ちゃんたちに説明して良いのか?」


 「現場の指揮権限を委ねました。任せます」


 「そういうとこは好きだぜ」


 ギュンターは歯を出してニッと笑い(きびす)を返す。思いはこれからの編成に向かっていた。時間はない。恐らくだが手駒も大した者は居ないだろう。一番頼りになりそうな面々はこの国の者ではなく、自分たちが当てには出来ない。居る戦力でどうするか、そんなことを考えながら男は階下へ降りて行くのだった。


 どさっ


 「ふぅ〜。わたしがギルマスで居る時に“氾濫(スタンピード)”が起こるなんて……。勘弁して欲しいわ」


 ソファーに身を投げ出して大きな溜息を()く女ドワーフ。だが、次の瞬間海老(エビ)のように身を跳ね上がらせて驚くことになる。


 「あんたにしちゃあ上出来な対応だったと思うよ、フランカ」


 「っ!!? アイーダ様っ!?」


 「シーッ。騒ぐんじゃないよ。あたしがここに居ることがバレちまうだろ?」


 背中に掛かる金髪を払いながら羊のような角を生やした美女が、壁に(もた)れ掛かるような姿で現れたのだ。驚かぬほうが可笑しかろう。前髪が左目側に大きく垂れているため左半分の顔がはっきり見えないものの、切れ長な大きな右目の奥で光る滅紫色(けしむらさきいろ)の瞳が、未だに驚きで鼓動が踊っているドワーフを見下ろしていた。


 「ど、どうやってこの部屋に!? い、いえ、そもそもいつからこの部屋に!?」

 

 何とか冷静さを取り(つくろ)おうとする質問するが、緊張の所為か裏返ってしまう。どうやら2人は知己の仲のようだ。


 「慌てて北区の使いが上がり込んだ時からさ。試験は見る必要もないからね。受付前でブラブラしてたら面白そうなことが起きたと思って付いて上がったのさ」


 「最初からじゃないですか……」


 「説明する手間が省けるだろ?」


 「それはそうですが……」


 「ま、話は聞いたよ。あの()たちが手っ取り早くランクを上げるに持って来いの案件だね」


 「っ!? まさかとは思いますが、“氾濫(スタンピード)”を起こしたのはーー。あたっ」


 「莫迦(ばか)言うんじゃないよ。何だってルイに迷惑かけることをあたしがしなきゃならないんだい? それにあまりに綺麗過ぎるんだよ、この“氾濫(スタンピード)”は」


 アイーダは自分を疑うドワーフの女(フランカ)の頭を平手で(はた)くと、物凄く個人的な理由でその疑いを否定したのだった。思わずフランカがジト眼になるほどの惚気(のろけ)である。そこを突っ込もうと思うが、聞き捨てならない言葉が耳朶(じだ)を打ったのだ。


 「綺麗? アイーダ様、今綺麗過ぎると言われたのですか!?」


 「ああ、そうだよ。南側だけどね。丁度エトがそっち側に出てるからねシルヴィアを連れて帰る前に様子だけ見てきてもらったのさ」


 初動の速さにフランカは舌を巻く。冒険者としてのイロハを教えてもらって以来、頭が上がらない存在だが本来であればギルドマスターの椅子はアイーダのモノだとフランカは思っていた。だがそれは難しいということも知っている。魔族、それも悪魔族(・・・・・)であることがそれを難しくさせているのだ。その素性を王城の者たちに勘付かれないために、証拠となるものは切り取られたと聞いていたのだがーー。アイーダの頭からは(かつ)てのように羊に似た象牙色の巻角が生え出ている。


 「種族が行儀よく(まと)まり過ぎてるのさ。南に出たのはオークらしんだけどね。どいつもこいっつも繁殖行動は取ってないんってんだよ。一糸乱れぬ行進で眼の前に現れたものは女だろうが雌だろうが殺してる」


 「……確かにそれは可怪しいですね」


 アイーダの言葉にフランカも思考を巡らせる。オークといえば極端に繁殖本能が強く、多種族の雌を(さら)っては子孫を増やすことで知られている種だ。例え“氾濫(スタンピード)”で人の住む方に(あふ)れたとしても、いずれかの個体はそうした本能に逆らえないはず。しかしそうではない、とアイーダは言うのだ。ならば考えられることはーー。


 「そうさ、そういう結論しか無い」


 「何のために?」


 「さぁてね、あたしは神様じゃないから分からないよ。何かしらの意図は感じられるね。ただ、このまま(ほう)って置けば王都は蹂躙(じゅうりん)されるだろうさ」


 そう言って言葉を切るアイーダ。「これでお終いならお粗末な策だけどね」そう内心で(つぶや)きながら教え子に目を向ける。どう考えているのかと見極めるように。


 「……そうですか。何か違和感を感じますが。……一先(ひとま)ずアイーダ様たちの力を御借りできますか?」


 何か感じてはいるものの答えが出ていない様子に嬉しそうな微笑(ほほえ)みを向けたアイーダはさっと(きびす)を返し、手首を回すよな感じにヒラヒラと手を振って出て行くのだった。


 「ま、あの()たちの為でもあるしね、あんたの迷惑にならないようにするさ。けど、自由にはさせてもらうよ?」


 「ふぅ……。相変わらずですね、アイーダ様は」


 パタンと執務室の扉が閉まる音が耳朶(じだ)を打つ。時間との戦いであるがこれから起きることを考えてフランカは身震いするのだった。一箇所でも城門が破られればそれは大惨事になる。それは王都を守護する騎士団も望まないだろう。王都に居る冒険者もたかが知れている数だ。“氾濫(スタンピード)”が起きているということは、その1つに100は優に越える魔物の塊のはず。ならば騎士団が先頭に立って対応する……だろうと考えてしまったのだ。


 事実、戦時ではない王都に駐在する騎士は3500人程度。内1500人は各貴族が率いる直臣の騎士団や兵だ。これは自治領から連れて来れる騎士団員を含む兵士の上限が100以下と定められているという理由もある。爵位によって許容される兵の数は変わるが(おおむ)ねそういう事だ。その全てが打って出る訳ではない。手薄になったとこで寝首を()かれる愚を冒すわけにはいかないのだ。ならばよく集められて1500。3方向に500人ずつ展開して冒険者や傭兵がでれば十分に対応出来る数だろう。それでも胸の違和感が更に大きくなり始めていた。


 「雨雲かしら……」


 ふと執務室の窓から望むエレボス山脈から王都に向かって流れてくる雲に気が付く。眼下で集められた冒険者たちがギュンターからの指示を受けて準備を始めていた。皆表情が硬い。自分も似たようなものだろうとフランカは自嘲するのだった。冒険者として経験を積み、請われてギルドマスターの席に付いたものの“氾濫(スタンピード)”に出会(でくわ)すことがなかったのだから。


 無事に済んでくれればと現実を逃避しそうになる願望が脳裏を()ぎるだったが、(かぶり)を振り自分も久し振りの出陣に備えるためにアイテムバックを机の引き出しから取り出す。そこから現役時代に身に着けていた魔術師専用の装備を広げ、身に着け始めるのだった。


 「雨が降ると状況次第ではこちらが不利になるわね……」


 東から流れてくる生暖かい風が執務室の窓を少しだけ揺らす。都の喧騒もそのその屋根の青色が表すような清々しさから、暗く沈んだものに変わり始めている。人々は足早に帰途に着き、ある者は必要なものを買うために足を早めていように見えた。それもそのはずだ。先程王城からの早馬が都市全体に送り出され、“氾濫(スタンピード)”について告知されたのだから。


 戦いに(おもむ)く者たちの身に着けた金属が()れ、駆ける足音が重々しく響き渡る。強張(こわば)る声が飛び交い、馬が(いなな)く。その声に赤子(あかご)が泣き始め、人々は不安げに外を一瞥(いちべつ)して雨戸を閉じ始めた。不安や恐怖が知らないうちに人々に重く伸し掛かっているようだ。それを振り払うように戦いの気勢が高く登り始めている合間を、砂塵が舞っていたーー。







後まで読んで下さりありがとうございました!


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