SS 【戦乙女たちの行進】 クラン
遅くなり申し訳ありません。
説明文が多い回です。
まったりお楽しみ下さい。
エレクタニアを旅立ち、遠路サフィーロ王国が王都カエルレウスへ戦乙女たちが入都して早7日が過ぎていた。
森と言うには小さな林に囲まれた孤児院の裏手にある丸太長屋の棟に小鳥たちが列を造り、気持ちよさそうに歌を囀っている。この長屋が建てられてから毎朝見られる光景だ。丸太で組み上げられた、無骨ながらも頑丈な長屋の屋根に取り付けられた煙突から煙が緩やかに上がっていた。
奇しくもルイたちが魔王領へと旅立つ朝、彼女たちは王都でいつもの朝を迎えていた。13人はエトの計らいで建てられていた長屋に入り、新婚の家庭に配慮しているようだ。本人たちは恐縮していたが嬉しそうでもあった。ワイワイと朝食の準備を始めている様子は見ていて飽きない。
共に孤児院へやって来た野盗に囚われていた18人の面々は孤児院で共同生活をすることに落ち着いた。村ごと皆殺しの目に遭っており帰ったとしてもいつ襲われる知れない恐れを感じて生活するよりは、とある者は留まることを決める。幼すぎて住んでいた村が分からないという幼子たちも同様だ。養ってくれる両親が居らず、食べるものなければ自力で行きていけるはずもない。孤児院の方も院長である老婦人だけでは限界を感じていた時だったようで、助け手が増えたことはありがたかったようだ。
結果、院長を含めた大人が6人、10代の少女が5人、10歳に達していない女児が8人、男児が5人の計24人を数えるまでに膨らむ。大世帯になった孤児院の朝は言わずもなが賑やかになり、近所の微笑ましい名物になりつつあった。
こうなることを見越していた訳ではないが、エトが事前に仕入れていた家畜や鶏の飼育も彼らが担当することになる。それは施しの善意で生活を繋ぐだけでなく、自分たちで金銭を獲得する術を手に入るきっかけを彼らに与えるものとなったようだ。嬉しい誤算であるが、やがて孤児院は自立を促す施設へとゆっくり姿を変えていく事になるのは別の話。今は朗らかな笑い声とそれを窘める大人たちの声が雲間を抜けて蒼天に吸い込まれていたーー。
◇
同刻。
王城の西に広がる湖と湿地帯を臨む小高い森の中にある丸太小屋に2人の男が居合わせてた。樵小屋のような人が1人か2人がどうにか寛げるくらいの広さだ。
1人の男は寝台に横になって規則正しく胸を上下させている。深い眠りなのだろう、眼を閉じたままだ。歳は50を超えた辺りだろうか。皮膚の老け具合、皺の深さ、頭髪に交じる白いもの。それらがそれなりの年齢であることを静かに証明していた。ただ、橙色の頭髪が周辺では見られない稀有な人種だと暗黙の主張をしている。
その男を見下ろすのは2m近い背丈の体格が良い老人だ。確か野盗団に囚われていた公爵家令嬢に仕える執事だったはず。名をヨーゼフと言ったか。
ーーと言うことは、目の前に横たわるこの男はあの時肩に担いで連れ帰った野盗の頭ということになる。隠れ家のような場所に男を匿ってヨーゼフは何をしようというのだろう。
「そろそろか」
ヨーゼフは小さく呟くと、徐に窓へ近付くと内窓を引き開き外窓を押し上げるのだった。さっと柔らかい陽射しが室内を照らし、爽やかな風が吹き込んで来て男の顔を撫で、埃を隅に掃き寄せる。その窓から用心深く周囲を覗うと木窓を支えるつっかえ棒を立ててベッドの足側に戻るのであった。
「うっ…………」
ベッドの男が身動ぎ呻き声を漏らす。意識が覚醒したのだろう。
「気が付いたようだな」
「……ここは? それにあんたは誰だ?」
まだ身を起こせないのか横になったまま男は照柿色の瞳で巨躯の老人を見据えるのだった。明らかに警戒の色が双眸に光っている。
「ふん。それが空から降って来てきた貴様を疲れ帰ってやった上に、手当までして一命を留めた者に対する物言いか?」
「…………ああ、そうだった。恐ろしく強ぇ嬢ちゃんに殺られるとこだったな。ん?」
ヨーゼフの言葉に暫く沈黙すると、記憶を手繰り寄せたのか自嘲気味にここへ横たわる原因を口にするのだった。だが、あの時切られた右腕と左足に重さを感じ体に掛けられていたシーツを剥ぐ。
「……」
ヨーゼフは何も言わずにその反応に注目しているようだ。
「これはーー。切られた腕と足に感覚がある」
シーツの下から現れた自分の右腕、左足には歪な籠手や具足が嵌められており、何故か意のままに動かせると言う確信があった。ゆくり左手に力を入れていみると、開いていた手がゆっくりと拳を作る。爪先も5本指を広げる様に意識を向けると、意のままに足の指も動くのだった。
「それは実験用の魔道具だ。不具になった者に着けた時にちゃんと機能するか検証が必要だったのでな、勝手に着けさせてもらったが問題ないようだな」
「……ああ、ないな。オレの右腕と左足は切られたのを見た。どうにもならないのは分かってはいたが、不自由なく使えるというのは驚きだな」
ヨーゼフの言葉にぴくりと眉が動くものの証拠を突き付けられた手前、ぐうの根も出ないまま右腕を持ち上げて眼の前にある義手のような籠手をまじまじと見詰めるのであった。
ごとり
男が音のする方に視線を移すと、丸テーブルの上に左腕と右足に装備できる同じ意匠の籠手と具足をヨーゼフが置いていた。そして上半身を覆う為の革鎧を腰のマジックポーチから取り出し床へごとりと置き、マジックバックらしき鞄も丸テーブルの上へバサリと投げ置く。
「助けた恩を返してもらおう」
「へっ。良いぜ。何でも言ってみな」
「その前に1つ言っておく。その魔道具は外せない」
「なっ!? て、てめぇっ!」
「もうお前の一部になりつつあるのだ、外れる訳があるまい。そして呪われた品でもある」
「ーーーーっ!?」
「ワシとワシの主の命に背けぬ。余計な事は考えぬことだ」
「ーー何をさせよってんだ?」
「何、簡単な仕事だ。3匹の魔物の調教を頼みたい」
「討伐じゃなく調教だと?」
ヨーゼフの言葉に身を起こし感情を顕にするものの、老人から吹き出す威圧感に気圧されて言葉に詰まる。そして自分の耳を疑った。魔物を調教するとはどういうことだ、と。ヨーゼフは思惑通りの男の反応に小さく口角を上げて薄い笑みを浮かべるのだったが、マジックポーチからガラス製の小瓶を取り出し男に放り投げるのだった。
「これは?」
からからん
放物線を描いて男の胸元に届いた小瓶を受け取ると、中に入った3つの丸薬が乾いた音を立てて瓶の内側を跳ねるのであった。
「説明する」
ヨーゼフは短く答えて表情を正すと男のするべき仕事について説明を始める。ヨーゼフの威圧が解かれたお蔭で、静かになっていた森もいつしか郭公や杜鵑の歌声に包まれ、風に戦ぐ木々の葉が合いの手を打つようにサラサラと葉を鳴らしてていたーー。
◇
同刻。
朝食を摂り終えた13名はのんびりとティータイムを楽しんでいた。紅茶の薫りが湯気と共に立ち上り鼻孔を擽る。冒険者ギルドへ出掛け、依頼を受ける前に必ず皆でこの時間を共にし今日の予定や申し送りなどを行っていたのだ。経験者であるアイーダの提案で。
カチャリ
「ふむ。ジル、また腕を上げたね」
窓辺で外を眺めながら紅茶を一口含むと、アイーダは手に持った受け皿にカップを戻して皆に紅茶を振る舞うジルを褒める。
「ありがとうございます。ですが、コレットにはなかなか追いつけません」
「ふふ。エト直伝で年季が違うのですから、ジル様に追い越されては立つ瀬がございませんわ」
自分のカップに紅茶を注ぎ終えたジルがアイーダと眼を合わして小さく微笑む。その横でリーゼと共に紅茶を楽しんでいたコレットがジルに声を掛ける。ジルはその言葉に「頑張ります」とだけ短く答えて笑い返すのだった。皆思い思いに席を取るか立ったままでティータイムを楽しんでいるようだ。ここは丸太長屋、貴族屋敷のような気を張り詰め他場所で作法を気にする必要もない。心安らぐ時間をゆっくり味わっているようであった。
王都に来て7日間観光をしていた訳ではない。彼女たちは野盗団に囚われていた18人を孤児院に送り届けた足で折り返し、すぐに冒険者登録を済ませ活動を始めていたのだ。新人冒険者をからかう者たちが起こす騒動もなく、一行は静かにギルドに迎えられていた。いや、正確には13人全てが美人揃いであったために見蕩れて何も出来ずに手続きだけが粛々と済んだと言った方が良いだろう。
問題はそこからだ。彼女たちが、ということではない。その日から、南区冒険者ギルドの受付カウンターの向かいにある待合席はむさ苦しい男たちでごった返すことになったという。受付嬢たちの嘆き節が聞こえてくるというものだ。
「皆、これからの話だけど良いかい?」
アイーダの一言に12人の視線が彼女に集まる。
「南区のギルドマスターに取った確認だけどね。氏族制度がまだ生きてるらしいんだよ」
「はい、アイーダ姉! くらんって何?」
「ふふ、慌てるんじゃないよ、カティナ。ちゃんと説明する」
灰色の短髪に褐色肌の人兎族の美少女が、間髪入れずに兎耳を揺らしながら右手を高々と掲げるのを楽しそうに窘めると、アイーダは氏族制度について説明を始めるのだった。
冒険者がギルドで依頼を受け活動する場合大きく分けて3つの方法が存在する。
1:単独活動。
2:小隊活動。2人以上10人未満。
3:集団活動。10人以上50人未満。
4:傭兵活動。50人以上は傭兵団となり、届け出が冒険者ギルドではなく国扱いになる。よって冒険者扱いではなく傭兵扱いになる故に、冒険者の活動範疇外と言えよう。因みに50人以上の集団で騎士団と呼ばれることもあるが、これは貴族の庇護下に入っている場合に限りそう名乗ることが出来る。正規の騎士団と折り合いが悪くなるのは当然の流れと言えるだろう。無許可で徒党を組むことも可能だが、その場合、国から賊認定され解散勧告に従わねば討伐対象になる。良識有る者はそのような愚は冒すまい。
ソロ活動は特に申請は必要ない。パーティ活動はパーティを組む者たちの名前とパーティ名を申請すれば事足りる。パーティ内の誰かが犯罪行為を犯した場合、連帯責任にすることで実質抑制力として働く事を期待した仕組みと言えるだろう。
氏族の場合性質が異なる。代表者1名、副代表者2名の選出、クランの拠点設置、ギルドルールとは別に罰則事項を記したクランルール写し、クラン名、構成員名簿の提出が求められるのだ。加えて、クラン代表者はAランク以上、副代表者はBランク以上の実力が義務付けられている。それ故、クランのトップクラスに陣取る者たちが羨望の的になるのも頷けるだろう。
多くの場合、氏族というだけあって同一の始祖を持つと信じている者たちばかりが集まったり、同じ種族だけで集まったりするのだが、志を同じくするものの集団だったり、仲の良いパーティが自然と集合して出来上がる集団も出来たりするのだという。現時点では既に出来上がっているクランの募集要項に適えば、入団することが可能だ。裏を返えすと設立のハードルが高いということも見えてくる。
というのも、冒険者AランクやBランクになるためには並大抵の努力では到達できない。拠点を構えるための資金も、クランを運営するための継続的な資金も必要になる。設立後はクランメンバーの給料を支払う必要があるからだ。これは、後でも触れるが個人で依頼を熟すのではなく、クランが代表して受けるという形を取ることに起因する。更に適当な罰則ルールだと許可申請が通らない。ならば既存のーーという流れになるのは設立意志が薄弱な者たちからすると、丁度良い宿り木であり逃げ場なのだろう。
当然の事だが、クランの構成員の性質によってクランが目指す方向も概ね決まってくる。討伐系、採集系、探索系、生産系、なんでも屋系などと分類して見ることも可能だ。それだけ氏族は独自色を出して他と異ならせ生き残ろうとしているのだろう。採集系や生産系などは生産ギルドと連携しているものも珍しくない。自らで高度な加工が出来なければそうならざるを得ないという現実もある。逆に、全てを自クランで賄える大世帯なクランも存在するが、狭き門とだけ言っておこう。
依頼に関して少し触れておく。氏族会館、つまり大きなクランの拠点には冒険者ギルドと同じように依頼の掲示ボードが存在する。そこに貼り出される依頼だが、冒険者ギルドから持ち込まれたものと、クランが独自に受けたもので分けてられているのだ。冒険者ギルドから受けた依頼は完了するとクランの方で依頼達成金を建て替え、後でクラン側から徴収に訪れる形を取る。この件は冒険者ギルドで側で報告の真偽を確かめる機関があるという。よってクラン側からの請求がなされて入金されるまで時差が生じると言うことだ。クランで受けた依頼は達成後その場で支払われる事になるので、ある程度の資金が必要だということが理解できるだろう。
「ーーーーとまぁこんな処だろうね」
「う〜〜〜ん。アイーダ姉の話は難しいよぉ〜」
アイーダの説明にカティナとサーシャは、理解できないと顔を曇らせている。リンは考えることを止めたようだ。1人夢の中に逆戻りしたようである。こくこくと船を漕いでいる時に隣りのシンシアに脇の肉を抓まれて「きゃっ」っと声を上げ、今は赤面して俯いていた。
「ふふふ。まぁ追々慣れていけばいいさ。他の者はリューディアからも少し聞いているようだね?」
アイーダの問に残る9人は肯く。エレクタニアで上位エルフのリューディアから座学で学んだ事以上の情報も含められていたが、概ね理解は出来た。そしてアイーダの言わんとしていることも。
9人の表情から自分の意図を汲んでくれた雰囲気を感じ取ったアイーダの表情も説明していた時のきついものから優しい物に変わる。
「気が付いたようだね? あたしたちはこの王都で氏族を起こす。どうせ王都で依頼を熟してりゃ目立つんだ、さっさとクランを立ち上げて余所から声を掛けられないようにしておくよ」
「掛けられるでしょうか?」
アイーダの宣言に人狐族三姉妹の長女が声を挟む。
「間違いなくね。冒険者、クラン、傭兵団、騎士団、貴族、引く手数多だろうね」
「「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」」
「自覚が無いようだから言っておくよ。あんたたちは皆美人揃いだ。男でも女でも眼で追っちまうくらいにね。男が皆エレクタニアに居る奴みたいだと思ってると怪我するよ? もっと言えばルイは別格だからね。あんな良い男を捨てて他に靡きたいんだったらあたしは止めやしないけどね?」
そうアイーダは勢い良く言い切るとニヤリと笑みを浮かべる。売り言葉のような一方的な言葉に一瞬空気が変わりそうになるものの穏やかなものに戻るのだった。
「腕っ節で勝っていても姦計に絆される事があるということだな」
「かんけいにほだされる? シンシア姉の言葉も難しいよ〜」
「ふふ、すまん。見知らぬ男の悪巧みに気持ちが騙されて、ふらふら〜っとその男について言ってしまうということだ」
「男だけとは限らないでしょうけどね?」
シンシアの説明にシェイラが言葉を足す。
「むーーっ、カティナはそんなことないもんっ!」
「そうだね。だけどね、絶対って言うことは無いんだよ。いいかい。騙されて体を切り刻まれて魔道具を埋め込まれたあたしがいうのも恥ずかしい話だけどね。この家族以外は気を許しちゃダメだよ? だからそれぞれの班に冷静に物事を見れる者を入れてるんだ」
アイーダの諭すような言葉を神妙な面持ちで受け取り、各々が静かに肯く。アイーダの身の上は承知の上だ。共に生活していれば昔話も耳にする機会も増える。ルイに打ち明けていた話をより詳しく聞く機会もあった。そのアイーダが注意を促しているのだ、真剣に耳を傾ける気にもなるだろう。
ぱん
「さ、この話はこれでおしまいだよ。言いたいことは理解るね? 皆あと1ヶ月以内でBランクに上がってもらうよ? さ、今日も油断しないようにね!」
「うん」「はい!」「そうだな」「さ、片付けましょう」「あ、わたしも運ぶわ」
そうアイーダは柏手を打って話を終わらせると、残った紅茶を喉に流し込み皆を促すのだった。それまで静かだった空間がまた朝食の時のように賑やかになり、食器を片付ける音や動きまわる足音、身支度を始める音が室内を飛び交い始める。目標を持って更に一歩を踏み出す。
丁度その頃、ルイたちが砂の国の王都アレーナの城門を背にして砂の海に一歩を踏み出していた。
天高く雲は流れ、蒼穹より降り注ぐ陽の光に誘われて小鳥たちが朗らかに歌う朝、事態は人知れず動き出そうとしていたーー。
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