SS 【戦乙女たちの行進】 同族
遅くなり申し訳ありません。
※残酷な描写があります。
まったりお楽しみ下さい。
2016/12/1:本文修正しました。
2017/1/8:本文誤植修正しました。
2017/1/13:本文誤植修正しました。
「【乱気流】!!」
暴風が男を中心に吹き荒れたーー。
「なっ!?」「そんなっ!?」「逃げの一手とはな」「ほえ〜」「ほほう」「あらあら」「「「「ーーーー」」」」
暴風は男の身体に巻き付いていた見えざる糸を断ち切り、周囲のものを巻き込みつつ男の体を遥か後方に吹き飛ばしたのだ。ディーとジルがその状況に驚愕し、アイーダ、カティナ、シンシア、アピスが瞠目するのだった。ギゼラと三姉妹は状況がよく飲み込めてないせいで呆然とその様子を見守っている。
「ぐはっ! 上級魔法の自爆ってするもんじゃねぇなっ!」
錐揉み状態で飛んでいくのを感じながら自嘲する男の背中が盛り上がったかと思うと、服が裂け昆虫に似た翅が飛び出す。よく見ると二対の翅だ。同じ大きさのものではなく、大小が重なって一対の翅に見えているのは、蜂の翅を思わせた。
「……やっぱり蟲魔族だったのね」
ディーはそう呟くと足元に転がる男の長槍を持ち上げる。先程の暴風で糸が吹き飛ばされたこともあり、今は地上に降りてるのだ。ディーの手にずしりと長槍の重さが載る。しかしその重さを苦にすることもなく、ディーは何度か投擲の動作を確認した後に、男に向けて投げ付けたのだ。
ぶんっとディーの腕が霞み、長槍が山なりではなく一直線に飛んで行く。
「拠点には帰れないな。間違いなくあの女に、がっ!?」
男は突然背中に焼けるような衝撃を感じる。訝しく思ったのも束の間で、激痛に襲われ先程まであった空中制御を失った事に気付くのだった。
「くっそがあああぁぁぁぁーーーーーーっ!!!」
「ちっ。外してしまいましたわ。わたくしもまだまだですわね」
右腕、左足、右の大翅を失った男は血を撒き散らしながら森の中に呑み込まれて行く。興味を失ったように小さくなっていく男から視線を外し、槍を外したことに落胆の色を隠さず溜め息を吐くとディーは皆が待つ幌馬車に向かって歩き出した。幌馬車の周りにリーゼとコレット、リンの姿はない。それに気付いたのか、きっと結んだままの唇に微かな笑みを浮かべるディー。肩に掛かった真紅の髪をさらりと払うと、彼女自身が持つ甘い匂いがふわりと風に溶け込んでいくのであった。
◇
「【乱気流】!!」
暴風が男を中心に吹き荒れた様にわたしの眼に映ったーー。
「なっ!?」「そんなっ!?」「逃げの一手とはな」「ほえ〜」「ほほう」「あらあら」「「「「ーーーー」」」」
その暴風で恐らくあいつは自分の身体に巻き付いていたディーさんの見えない糸を断ち切り、周囲のものを巻き込みつつ自分の体を遥か後方に吹き飛ばしたんだ。それを見たディーさんが驚いてたけど、わたしも驚いたわ。その隣りでアイーダさん、カティナ、シンシアさん、アピスさんが感心するような声を上げてる。それはそうね、上位魔法を逃げるためにダメージ覚悟で自分に打ち込むんだもの。ギゼラさんとサーシャたちは状況がよく飲み込めてないせいか呆然とその様子を見守っている。わたしにディーさん程の力がればーー。
……そう思わずにはいられなかった。
今でも十二分にルイ様から力を頂いているのは承知しているし、身侭な願いであるというのも理解してる。それでも、あいつの息の根を止めるためならーーと考えてしまう。
わたしたちの居る場所で行われる一方的な戦いを凝視しながら、あいつの姿を眼で追っている自分に気付く。あいつは母さんを毒で壊して出ていった。自分がして来たことを知っている母さんが口を滑らさないためにーー。毒に体を蝕まれ思考を纏めれなくなった母さんを世話するために幼かったわたしは何でもした。あいつさえ居なければと何度も呪った。今でもあの時を思い出すと憎しみで頭が焼き切れそうになる。
「あ」
ディーさんがあいつの長槍を取り上げて投げるのが見えた。
外れてーー。
思わずそう願わずにはいられなかった。あいつを殺すのはわたしだから。……だから誰にも渡したくない。皆を危険に晒す気はないけど、あいつを逃せばその危険は増す。そのことが理解っていてもそう願ってしまった自分が恥ずかしい。
でもその願いが届いたのか、槍があいつの翅を根元から削ぎ取っただけで済んだのを遠目に見て胸をな撫で下ろしたのは確かだ。その様子をアイーダさんにジッと見られていた事に気が付いた。
「っ!?」
「ジル。説明してくれるんだろうね?」
「は、はい。ディーさんが戻ってこられたらお話します。わたしとあいつの関係を」
アイーダさんに見詰められてドキッとしたけど、アイーダさんはわたしを責めることもなく「そうかい」と優しく微笑んで幌馬車の中に入って行くのだった。その笑顔になんだか少し救われたような気がして、「ふぅ」と小さく息を吐いて空を見上げる。
自分の生い立ちはあまり話してこなかったし、実際ルイ様にも詳しく話してない。ルイ様は言いたくなるまで待つと言ってくださったから甘えてたんだと思う。でも、今が正念場だと自分でも分かる。皆に今話が出来るかどうかでこれから先の信頼度が大きく変わってくるということを。天秤にかけるまでもない。わたしは家族を得たのだから、家族を裏切ることはしない。
そう覚悟を決めている最中に腰へどんっと衝撃が入ったので視線を落とすと、サーシャが心配そうに眉を寄せて見上げていた。
「ふふふ。大丈夫ですよ、サーシャ」
優しくサーシャの頭を撫でながら幼い妹に微笑みを向ける。嬉しそうに眼を細め狐耳をピクピクと動かす仕草にささくれた心が癒やされていくのが判かった。
……何も怖がることはない。わたしには今、家族が居るのだからーー。
気が付くと、ディーさんが肩に掛かった真紅の髪をさらりと払い、こちらに向かって歩き出している姿が在ったーー。
◇
ザザザザッ バキンッ ドサッ
「がっ!」
野盗団の頭は森の天井を突き破って大地に接吻し、意識を手放す。翅をもがれ、右腕、左足を切り落とされた男の命が辛うじて繋がったのは、森の木々が密集している場所に墜ちたという事と、地面に危険な突起が無かったということだろう。墜落の衝撃を太い枝が受け止め男の代わりに折れたお蔭で、本来男が受けるべき衝撃を緩めることが出来たのだ。偶然の所産とは言え、男にとっては幸運だった。
だが、他の種族より強靭な躰を持つ魔族とはいえ、意識が無い状態で傷口から大量の血液が失われて行くことを止める術はない。風前の灯だ。そう時を置かない内に事切れる事だろう。
パキッ
乾いた枝を踏み折る音が木陰に響く。
「空から何が降って来たかと思えば、とんだ拾い物だな。御嬢様への良い土産が出来た」
木陰からぬっと姿を現したのは、2m近い背丈で体格が良い筋肉質の老人だった。身に着けているのは執事服なのだが、胸の厚みではち切れんばかりになっているのだ。無駄な脂肪が付いていればはち切れそうになるのは胸ではなく腹だろう。故に年齢に似合わぬ筋肉という鎧で身を包んでいると判る。顔に刻み込まれた深い皺が、彼を歴戦の老兵であると静かに物語っていた。
老人は両手に嵌めている白い手袋を外すと、腰ベルトに着けている小さなポーチに手を伸ばして手袋を入れ、代わりにガラスの小瓶を取り出す。しかし、明らかにサイズが可怪しい。ポーチのサイズよりもガラスの小瓶の方が大きいのだ。つまり、老人が身に着けているのはマジックポーチだろう。小瓶とは別に小指の爪ほどの大きさをした小さな丸薬のようなものを取り出す。
「……」
「蟲魔族、か」
老人は片膝を付いてガシッと気絶した男の髪を掴んで顔を挙げさせると、片手で器用に男の口へ丸薬を捩じ込み、小瓶の木栓を口で開けて中身を半分程注ぎこむのだった。幾らかは口の端から零れ落ちるものの、老人は器用に男の頭を縦に揺らして飲み込ませている。
どさっと手を離して地に落とすものの男が意識を戻す気配はない。その反応に興味が無いようで、老人は男の右腕、左足と背中の傷口に小瓶の残りを振り掛け、空になった小瓶を再びマジックポーチに収めるのだった。木栓を回収するのも忘れない。
「……」
男の傷口が徐々に塞がっていき出血が止まる。老人が振り掛けたのはポーションのようだ。
「ふん、都合よく腕と足がないか。あれの実験にうってつけだな。……しかしこの魔力、あまり長居するのも不味い。御嬢様を御助けにと思ったが、その必要もなさそうだ。城門で待つことにするか」
体格の良い老人は男が落ちてきた方向とは全く違う方を向いて独り呟くと、ひょいと肩に担ぐのだった。確かに身長の割に痩せている男だが、軽々と持ち上げれるほど軽い体重ではない。いかにの個老人の膂力が凄いかが分かる。
血の匂いが立ち込める中、老人は確かな足取りで森の奥に進んでいくがいつしかその姿は森の闇に溶け込んでいくのであったーー。
◇
同刻。
ディーと別れたリーゼ、コレット、それにリンは馬を駆って森の中を逃げる野盗団の残党を追っていた。
馬に追いつくのか? という素朴な疑問が生まれるが、普通の身体能力であれば馬に敵うはずもないと答えられる。しかし、追いかけている彼女たちは人外だ。リーゼとコレットは不死族、リンは魔族。能力値が常識の枠を超えている。
「コレット、ルイ様との約束覚えていますか?」
腰まである透き通るような白髪を靡かせながらリーゼが後ろに控えるように追走するコレットに問い掛ける。
「勿論でございます。斯様な者たちの血など飲むに値しません」
コレットの肩口で切り揃えられている銀髪も靡いているが、リーゼの問い掛けに逡巡することなく答えて微笑むのだった。
「宜しい。リン」
その答えに満足したのかリーゼが並走するリンに声を掛ける。
「は、はい」
背中まで伸びた巻癖のある灰褐色の髪を靡かせながら、可愛らし少女が返事を返す。いつも通り緊張した感じに思わず頬が緩むリーゼだったが、これからの打ち合わせも必要だと思い直し、走りながら役割分担を告げる事にした。
「このまま行けばあいつらの拠点に辿り着くでしょう。わたしとコレットが突入します。貴女は外で戻ってくる者たちの殲滅と退路の確保をお願いします」
「分かりました!」
リンの返事に眼を細めて満足気に肯くリーゼたちの先に洞窟らしきものが小さく見えて来た。先を走る男たちの雰囲気が切羽詰まったものから、安堵に似た感じに変化したのを感じたリーゼは視線で2人に促す。何も言わずに2人が頷くと同時に3人の姿がその場から消え去るのだった。地面に大きく穿った蹴り跡を残してーー。
「がっ」「ひっ」「やめっ」「あっ」「ひゅっ」「ごっ」「なんっ」
野盗の首が7つ、血飛沫を上げる間もなく刎ね飛ぶ。乗り手の異変に気づかずに馬たちは己が住処である隠れ家に向かうが、それを出迎える者たちの顔は恐怖のあまり引き攣ってた。それはそうだろ。仲間たちが数を減らして駆け戻ってくる、頭も居ない、戻って来たと思った仲間たちの首が既になく眼の前でドサドサと落馬して行くのだから。
「な、何があったんだよぉっ!?」「お、お頭はっ!?」「敵は何処に居やがるっ!?」
首なしの遺体を出迎えたのは3人。どうやら野盗団の殆どがこの襲撃に出て来ていたということだ。普通の人間である彼らに人外の動きが捉えられるはずもなく、武器を身構えたまま腰砕けのような姿勢で周囲に忙しく視線を向けることしかできないでいた。そこにゆらりとリーゼとコレットが姿を表す。
リーゼの左手には刀身が炎の揺らぎを思わせる痩身の片手剣が握られており、コレットの右手には刀身がスラっと伸びた痩身の片手剣を握っている。コレットのサーベルには黒い炎のようなものが纏わり付いているのが見えた。どちらの刀身にも血糊は見られず、抜いたばかりのような美しさだ。刀身の冷たさに周囲の水気が集まり、切先からぽとりと滴を垂らす。
「流石はガルムとベルント。いい仕事をするわね」
「はい。刃毀れすらありません」
男たちの素振りに気を留めることなく2人はそれぞれ自分の手に持つ剣を持ち上げ、刀身を眺めつつ褒めるのだった。そう、彼女たちが手にしているのは、エレクタニアに住むドワーフ族の鍛冶師たちが鍛えた業物だったのだ。どういう技法を用いたのかは秘匿されたのだが、通常の倍の金属量で鍛造された武器たちは微かに魔力を帯びていた。世に出せば魔剣と言っていいだろう。それぞれが持ち主専用になるように特別な加工も施されているらしい。
「な、何だお前らぁっ!」
状況が飲み込めない男が喚くが、2人は気にすることもなく静かに距離を詰める。コレットの願いを承諾した途端、男たちは何が起きたかを悟る間もなく永久の眠りにつくのだった。
「露払いはお任せを」
「行きなさい」
「き、消えたっ!?」「あ」「かひゅっ」
特にその結果を評することもなく、遺体を避けて2人は洞窟の中へ入って行く。ただ単に靴が血で汚れることを嫌ったのだろう。2人が洞窟内に消えていくのを見送って、木陰からリンは姿を表すのだった。周囲に気を配りながらも、馬たちを集めていく。誰か囚われた者がいれば運ぶこともあり得るだろうという考えからだ。
ぞくっ
「っ!?」
リンは急に全身が粟立つ程の悪寒を感じ、背後を振り向く。何かに見られた気がしたのだ。それも一瞬で視線はふわっと消える。それ以降は周囲の雰囲気が張り詰めたものに変わるわけでなく、これまでと同じ静けさで森を優しく覆い包んでいるのだったーー。
◇
リンの視線の遙か先に居たのは斑毛に巨躯を包んだ雪豹であった。そう、雪豹だ。こんな平地の森の中に居る魔獣でない。遥か東に聳え立つエレボス山脈の雪深い山に住む魔獣がここに居たのだ。リンとの距離は500mは離れている。
……ここからの視線にリンは気付いたということか?
頭のない馬の首根っこを噛んでいる雪豹の眼が一瞬だけ大きく見開かれる。その視線は森の闇の中に留められたままだ。ふと見ると、雪豹の周りには2頭の馬であったであろう骨が転がっているではないか。明らかに食事の後であると証拠が雄弁に語っている。咥えている馬は移動先での食事ということだろうか。
グルルルルル
雪豹の喉の奥から嬉しそうな喉鳴りの音が聞こえてきた。合わせてその血濡れた口元がまるで嬉しそうに引き上がったような気がしたが、気の所為だろうか。
だがそれも瞬く程の時間であった。巨大な雪豹はぷいっと視線を外し、馬を咥えたままズルズルとその半身を引き摺りながら森の中へと溶け込んでいく。後に残ったのは何かを牽いたような跡と咽返るような血の匂いであったーー。
◇
同刻。
幌馬車の中に10人の美しい女たちが思い思いの場所に腰を下ろしていた。
「さて、皆揃ったね。リーゼたちには後から話せば良いから、まずはあの男とあんたのことを聞かせてもらおうか、ジル」
御者席の背凭れに反対側から背中を預けたアイーダがそう口火を切る。彼女の視線はジルに向けられたままだ。薄々は関係性に気が付いているだろうが、直接ジルから話を聞きたいと思うのは自然なことだろう。家族のような感覚が芽生え始めてるのはジルだけではないのだから。
「まずあいつは、……あの男はわたしの父親です」
「「「「「「「「「ッ!!?」」」」」」」」」
幾らか予想はしていた答えではあったが、その事実を突付けられ9人は言葉を失うのだった。その反応も仕方ないと思いながらジルは更に言葉を続ける。
「あの男は生粋の蟲魔族、確か蜂魔のはずです。母は人族です。あの男に攫われたのですが、高い魔力を惜しいと思ったのか奴隷商人に売らずに自分の元に置き、孕ませたのがわたしです。ですから、わたしが皆さんにお会いした当初は半人半魔でした」
「それは辺脅伯へ共に御仕えしていた時に聞いている。あの時点では奴との関係は切れていたのではないのか?」
レアが身を乗り出してジルに問い質して来た。そう、1年以上前にルイと出逢った頃、ジルとレアはアッカーソン辺境伯爵という人物に仕えていたのだ。レアは別の目的を持って仮初めに、だったが。付き合いはこの中で一番長いと言える。
「勿論です。あいつはわたしが5つの時に母を廃人同然にして出て行きました。自分に不利益なことを語らせないためでしょう」
「……廃人?」
ギゼラが水色の瞳をジルに向ける。ギゼラの右隣りにはカティナが座っており、ジルの様子を心配そう覗っていた。
「蜂魔は特有の毒を持っています。心を蝕ませ体を壊せるものです。一度に大量に体に撃ちこまれれば死に至ることもあるものですが、あいつは母に少しずつ撃ち込みゆっくり壊れていく様を楽しんでいたんです」
その言葉にギゼラは眉を寄せて小さく頭を振るのだった。蜂の毒とは種類が異なるもののギゼラもユニークスキルとして毒を持っている。その意味が良く分かるのだ。それ故にその苦しみを察することが出来たと言えよう。ギゼラはカティナが心配そうに自分を見上げていることに気付き、小さく頷いて彼女の太腿を軽く擦ったのであった。
「蜂魔族が全てとは言いませんが、女王の素質のないわたしには見向きもしませんでした」
「女王?」
脈絡のない単語が出たのをシェイラが聞き咎める。
「蜂や蟻は基本女王種を中心に集合体を造るのよね。これはわたしの想像だけど、蜂魔族や蟻魔族という種はそれに類する本能があるんじゃないかしら? ジルにその資質があればコロニーを支配できると考えたのでしょうね」
それを受けてジルの代わりに、ギゼラの左隣りに腰を下ろしているアピスが右の掌を差し出すような仕草を交えて説明するのだった。それから「どうかしら?」と言う視線をジルに送る。
「そうだと思います。わたしはハーフでしたし、幼いこともあり良く解らなかったのですが、蜂魔の本能に動かされてはなかった……と思います。でもよく暴力を振るわれました。わたしを助けようとした母にもーー」
歯ぎしりまではいかなかったものの、ぎゅっと両拳が握り締められ小きざみに震える。余程の怒りが湧き上がっているのだろう。
「ジル」
見かねたサーシャがジルの腕に抱きつく。その心配そうに見上げる双眸に泪が溜まっている事にハッと気付いたジルは、握った拳を開いて優しく頭を撫でるのだった。そしてキッと何かを決意した面持ちになったジルはきつく結んだ口を開く。
「確かにあの男とわたしには血の繋がりがありますが、それだけです。その上でわたしが皆さんにお願いしたいのは、あの男の首をわたしに譲って欲しいと言うことです」
「「「「「「「「「ーーーー」」」」」」」」」
父親の命乞いをしているようにも聞こえるが、ジルの気持ちを考えた時にそうではないということが9人に理解った。思いはもっと単純明快であると。沈黙がその答えだ。そして皆「言いなさい」と案に促していたのである。それを察したのかジルも幾分緊張が緩んだような雰囲気を醸し出すものの、佇まいを直しはっきりと己の気持ちを言葉にして家族に頭を下げたのであったーー。
「あの男を殺すのはわたしです。その為に力を貸して下さい」
◇
同刻。
リーゼとコレットは野盗団の拠点であった洞窟の中を進んでいた。松明が所々で灯されているのもあって比較的明るい。野盗たちは先程の3人で留守番をしていたようで陰から襲いかかってくるような輩は居ないようだ。ただ2人はヴァンパイアという種族の特性で暗闇に視界が遮られることはない。暗がりからであろうと後手を取ることはないだろう。
血の匂いはしない。するのはきつい体臭と糞尿臭だ。劣悪な環境であることを否が応でも痛感させられる。2人は鼻を抓み眉を寄せて奥に進んでいた。
一言も声を発していないのは臭いに辟易しているからだ。
5分も歩かない内に奥まった場所に広がる空間に2人は辿り着く。
「誰?」
2人の気配を感じたのか、それともその姿に気付いたのか、広間に一歩踏み入れた瞬間に幼さを感じさせる少女の声がリーゼとコレットの耳朶を打つのだった。
「助けに来ました。ここから出る気があるのなら王都まで運びます。どうしますか?」
「え……? 野盗は? あの男はどうしたのですか?」
警戒を解くことなく一定の距離を保ったままリーゼが少女に話しかける。コレットは殺気を抑えてはいるもののいつでも飛び出すつもりでいるようだ。リーゼは気にせず少女の問いに答えることにした。
「野盗は全滅と言っていいでしょう。あの男がどの男なのかは分かりませんが、野盗の頭の姿は確認していません。恐らく形勢が悪いと思って逃げたのでしょう」
「……逃げた? あの男が?」
少女の形の良い眉が大きく持ち上げられる。信じられないと言った様子だ。驚きで身動いだ拍子に鎖がチャラリと鳴る。
「他に捕らわれた者は居ますか?」
「この奥に居るはず。わたしは出たいわ。奥の女子どもは分からないけど……」
「そうですか。鎖?」
リーゼの問いに答える少女。その言葉を受けてリーゼはコレットに小さく顎で合図を送るのだった。それに合わせてコレットが右手の奥に見える通路に消えて行く。その後ろ姿を見送ってからリーゼは足元の鎖に視線を落とす。鎖の両端は地面に撃ちこまれた杭と、少女だ。物理的に逃げれないようにしてある。
「これは魔道具です。野盗の頭が死んでいれば解除されるはずですが、そうでないのなら、貴女が言うように逃げたのでしょう……。忌々しいことです」
幼い容姿にしては思考や語り方が大人びている。助けるにしても深入りはしない方が良い。そう言い聞かせてからリーゼは彼女を解放することにしたのだった。
ジャラリ
「無駄よ。その杭を抜け……えっ!?」
少女が頭を振りながら溜息を吐こうとするのだったが、次の瞬間その眼を大きく見開くことになる。口ともどもだ。リーゼの膂力にかかれば人間が打ち込んだ杭など意味をなさない。柔らかい粘土に刺した木の枝を抜くようにスポッと抜いてしまったのだ。目を疑う気持ちも理解できる。
「行きましょう。外にわたしの仲間が居ます。そちらはどう?」
「2人手の施しようの無い状態でしたので、ご本人の希望通りに致しました。他の方々は王都までの同伴を希望されています」
「……そう。今は時間も惜しいわ。行きましょう」
奥からコレットが引き連れて行きたのは15人の女性と3人の男児だった。15人の女性陣の中にも幼い子が何人か見受けられる。彼らを一瞥したリーゼは鎖を片手に先頭に立って歩き始めるた。その仕草になにか言いたそうな表情だった少女は結局何も言わずにその後に付いて行く。彼女たちもこんな場所に長居はしたくないのだ。「お風呂に入らせてあげたいわね」などと思いながらリーゼも足早に外へ向かうのであった。
鼻の曲がるような臭いが纏わり付いてくる空気を押し退けるように、20人の男女は黙々と歩く。ザッザッという足音と弱々しい息遣いの音が彼らを追い越し、一足先に外の光の中へ飛び込んでいたーー。
◇
四半刻後、彼女たちはリンが見付けていた荷馬車の上に乗せられて森の中を移動していたリーゼとコレットは御者席に、リンは荷台の後ろにぶらりと足を下ろして腰掛けている。後方への警戒だ。
眼の前の森が開け街道が視界に飛び込んで来ると、捕われていた者たちは一様に歓声を上げ喜びを分かち合っていた。1人を除いて……。
そう、鎖とそれが繋がった首輪を首に嵌められた貴族の娘であろう少女が独りぶすっとしていたのだ。解放されて嬉しい反面、鎖を付けられるという社会的な恥辱に不貞腐れているのだろう。ルイがここに居れば或いは……とリーゼやコレットは経験上考えてしまうのだが、たらればの話をしても仕方がないとお互いに顔を見合わせて寂しげに微笑むのだった。
「ねぇ、あれ!」「うわぁー、おっきい馬車!」「凄いわね!」「綺麗な人がいっぱい!」
2人の背後で女性陣の声が上がる。近づいて来た幌馬車に気が付いたのだ。2頭の巨大な農耕馬が牽く幌馬車とその御者席に座るシンシアとアピスに助け出された面々は眼を奪われていた。仕方あるまい、男性だけでなく同性とて眼を放せぬ美貌の持ち主がそこに座っていたのだから。
眼の前で止まった幌馬車から、次々に女性陣が姿を表す。アイーダだけは思う処があるようで面に出てない。
ジャラリ
貴族の娘が急に抱えていた鎖を手放して立ち上がる。
「「?」」
リーゼとコレットもそれに気付き振り向くと、頬を紅潮させキラキラとした視線を幌馬車の方に向けた少女の姿がそこにあった。彼女の視線の先にあるのは今幌馬車の陰から姿を現したクベルカ三姉妹。
「え、あ、ちょっと!」
ジャラララ
リーゼの静止も間に合わず、少女は鎖を荷馬車の下に垂らして自身も飛び降りるかのように着地したかと思うと、鎖を抱えてよたよたと走りだしたのだ。周囲が何事かと見守るも、取り立てて騒ぐ程の雰囲気を振り撒いている訳でもない所為か誰も武器に手を掛ける者は居ない。何方かといえば微笑んでいる方だろう。
「はぁ、はぁ、あ、あの!」
息も切れぎれにクベルカ三姉妹の前に辿り着いた少女は綺麗な金髪を肩から払い、何事かと訝しんでいる3人に声を掛けるのだった。その一言は3人の驚愕によって迎えられることになる。木々のざわめきさえ止まってしまったかのような錯覚を覚えるような衝撃をもたらした言葉は、ゆっくりと少女の口から自由を得て大空へ羽撃いて行くのだったーー。
「人狐族の方ですよね!? わたくし金狐のアンネリーゼと申します!」
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