SS 【戦乙女たちの行進】 望まぬ再会
遅くなり申し訳ありません。
少し説明文が混ざっています。
※残虐な描写もあります。
まったりお楽しみ下さい。
2016/11/18:本文加筆修正しました。
2017/1/8:本文誤植修正しました。
ブルルルル
「出る時ちょっと大変かも知れなけど、頼むね」
街道からそれた草原の上で鼻を鳴らす2頭の輓曵馬の首筋を撫でながらリンが微笑む。その周りに背を伸ばしながら幌馬車から降りてくる美女たちの姿もある。
アイーダの一声で、他の往来もある街道でウチの馬車が邪魔をして逃げれないということがないように街道から外そうと言うことになったのだ。もともと輓曵馬は農耕馬で重い農耕具を牽きながら畑を耕すので自力がある。それが2頭も居るのだ。少々の場所であれば苦ともせず、街道に戻ることだろう。
それで戦乙女たちを載せた幌馬車が森から少し距離のある開けた場所で停車する事になり今に至る。時折吹き抜ける風には血の匂いも獣臭も混ざっていない。アイーダとリンが見た男たちが襲撃者であればそろそろだろうと予測して迎え撃ちやすい所を選んだのだ。
「見通しが良いところですわね」
腰辺りまで伸びた巻癖のある真紅の髪を微風に靡かせながらディーが辺りを見回す。肌理の柔らかいピンク系の白肌が陽に照らされて眩しく見える。切れ長の大きな双眸を細めながら辺りを見回してクスリと微笑うのだった。
「ディー、迂闊に森に近づくな」
「分かってますわ。でも、少し面白いことを思いついたの。シンシア、耳を貸して頂けまして?」
「いいぞ」
ディーの小悪魔的な笑顔に、シンシアも何かに気が付いたような笑みを浮かべるのだった。他の者が訝しる中、ディーの姿がふっと消える。いや、正確には消えたように見えたと言うことだ。レベルアップに伴い、各ステータスの数値が爆発的に上がっている。常人の域を超えているのだが、幌馬車の面々には彼女の動きは別段変わったものではないようで、普通に視界に捉えていた。
戦術的に考えれば、遮蔽物があれば遠距離からの攻撃の盾を手に入れやすいものだが、彼女たちにはその必要がない。飛来物を叩き落とし無力化する術があるのだ。それならば標的が見えるように視界を確保した方が良いだろうという結論になるのも肯けるだろう。
誰に言われでもなく、当初の予定通り美女たちが幌馬車の周辺の位置取りを始める。リーゼ、コレット、ディー、リンの4人は幌馬車の20m先の方で固まって談笑しているようだ。駆け寄れる距離ではあるが、そのつもりは彼女たちにない。
街道側に、シェイラ、レア、サーシャ、ジルが立っているが、森の方からは幌馬車が影になって見ることが出来ない。アイーダだけ御者席で寛いでいた。
シンシアはというと、アピス、ギゼラ、カティナを呼んでこれまた談笑している。彼女たちの笑顔を観ていたアイーダは、独りにやりと口角を上げるのだった。意志の疎通が出来るのは良いことだ。これから先の集団行動には欠かせない。その様子を見ながら、片手に持ったジョッキを口に当てるのだったーー。
「来たぞ」
シンシアの低い声にその場の空気が変わる。
皆が眼を凝らすと森の奥の方から馬の走る音が近づいてくるのが分かる。矢面に立つシンシアたちもそれぞれが距離を取って相対するが、まだ剣は抜いていない。野盗たちは往々にして集団で商隊を襲い、金品や婦女子を攫う。この時、馬のあるなしで警戒度が違ってくる。馬があるということは襲撃し慣れているということであり、騎士団のように組織的に襲い掛かってくる危険性を示していた。
「ヒャッハーッ! 見ろっ! 上玉だらけだぜ!」
「オメーら、殺すんじゃねぇぞぉ!!」「「おおおっ!!」」
森から男たちの粗野な声が下品な笑い声と共を引き連れて近づいてくる。馬たちが蹴る地響きが微かにシンシアたちの足元にも伝わり始めてた。が、シンシアたちは動こうとしない。寧ろ楽しそうに待ち構えていると言った方が良いだろう。視線をリーゼたちに移すと、そこに彼女たちの姿はなかったーー。
ヒュン ヒュン ヒュン
風切音と共に10数本の矢が飛んで来るも幌馬車には届かず、シンシアたちの手で払われて地に落ちてゆく。風は丁度向かい風だ。風を考慮に入れるだけの余裕が彼らになかったのか、実力がなかっただろう。眼の前に人参をブラ下げられて走る馬のように、美女たちを己がものにしようと言う欲望に勝てなかったのだ。
弓の攻撃は脅し程度のつもりのようで第二波が来る事もなく、先頭の機影が森の端に出ようとした時にそれは起こったーー。
「ほう」「あらあら」「わたしたちの出番はないかもしれないわね」「うわぁ〜。ディー、容赦無いなぁ〜」
森から突出してきた野盗たちが走りながら2つに切れて絶命していくのだ。馬は首から上と体が別れ、男たちは胸から上下に別れーー。
「な、何だ!?」「と、止まれぇっ!!」「罠だっ!!」「糞ぉっ!!」
後続の男たちがその異変に気付き隊を止めにかかるが、我先にと勇んだ者達の末路は切断死という締まらない形で終わっている。尤も気が付いた時には既に切断されているので、自分が死ぬという感覚がないだけ幸福であろう。
気が付いた時にはたらりと血を滴らせる糸が眼の前に伸びていたーー。
「いつの間に!?」「罠を張って待ち構えてたってことかよ!?」「こんな糸!」「おい、待て!」
野盗の1人が剣を振りかぶって糸を断ち切ろうと試みるもーー。
「はっ!? あ、うわっ! うわーーーーっ!」「な!?」「おいおい、マジかよ……」
剣の方が断ち切られてしまった。それだけでなく力を入れすぎて剣ごと前のめりになってしまい、無残な死を迎えてしまう。彼が乗っていた馬だけ辛うじて犠牲にならず、その場で草を食んでいる。誰もが不味い相手に手を出してしまったのでは? と思った矢先ーー。
ぼん どかっ!
「あ?」
「ひっ!?」「なああぁぁぁぁぁーーーーっ!?」
という奇妙な破裂音に似た音共に眼の前の男の首が消える。離れた所で何かが木に刺さる音がしたのでそちらに目を向けると、側頭部から矢を生やした生首が矢と共に木に刺さっていたのだった。
ぼっ ぼっ ぼっ
と風切り音がしたと思えば5人の男たちの首から上が消え、血飛沫を上げながら落馬する。男たちは慄きながら矢が飛んで来た方向に視線を向ける事が出来た。しかし現実を受け止めきれずに目を疑う。彼らの眼に映ったのは美しい少女が自分の背丈はあろうかという大弓を鳴らしている信じ難い姿だったのだ。糸も弓もディーの仕業である。自分一人で問題ないと豪語していたのは、自信過剰から出た言葉ではなかったのだ。
「に、逃げろぉっ!!」「ちっくしょうっ!!」「バケモノだ!!」
「そう簡単に逃がすわけ無いでしょう?」「問答無用です」「ーー」
馬首を巡らせ、一様に逃げの姿勢にはいろうとする男たちの眼前に見惚れるような美少女と美女がふわっと現れる。それが彼らの最後となった。声を上げる前に首と胴が分かれていたのだ。リーゼとコレットは元々人間に対して特別な感情を抱いていない。殺す事に呵責を覚えることはないのだ。それはヴァンパイアという種の気質と言えだろう。時として、自分たちの家畜とする事があり得るのだから当然と言えば当然だ。
ただ、リンに対しえ言えば事情が異なる。エレクタニアで訓練や獣狩りをしていたものの嘗ての同族である鳥人や人間に殺意を込めて刃を振るう機会がなかったのだ。アイーダから口酸っぱく注意されるものの遣り切れない気持ちが心の奥で燻っていた。今回、リーゼたちの班にリンを加えたのもその気持ちを克服する助けになればというアイーダの意図も隠されていたのだ。無言で野盗の首を刎ねるリン。その眉間には険しい皺が刻まれていた。
「下がります!」「はい、お嬢様」「あ、はい!」
一定の成果を上げたのを確認したリーゼの一声で3人の姿が霞む。彼女たちが飛び回っている間、ディーからの射撃は無かった。同士討ちを避ける意図もあったのだろう。30名以上居た野盗たちの数は数人にまで減っている。弓から手を放して成行きを見守っていたディーの口元に妖しい笑みが浮かんでいたーー。
「ふむ。何とも歯ごたえのない敵だな」
「あらあらわたしたちは出番なしですね」
「対人の経験も積みたかったけど仕方ないわね」
「む〜〜ディーもリーゼもやり過ぎ。わたしが全然活躍できないじゃん」
「これから色んな機会があるから、この状況を覚えて次に活かせばいいのよ」
馬車の全面で様子を見守っていたシンシアたちは出番がなかった事に嘆息する。ぷくっと褐色の頬を膨らませて拗ねるカティナを、ギゼラが微笑みながら頭を撫でて労うのだった。
「もう、ギゼラは直ぐそうやって子ども扱いする!」
「ふふふ」
カティナは自分より年上の女性たちを姉という敬称を付けて呼ぶ様になったのだが、ギゼラに限ってはそれはない。他の者達よりも長い付き合いというのがあるのかも知れないが、血を分けた姉妹のように仲が良い2人良いのだ。リーゼやディーは遥かに年上であるものの見た目同じくらいの年齢であることも相まって、タメ口である。リーゼ、ディー、リン、サーシャ、カティナの5人は何となく横一列で妹の位置に置かれて居た。
「はぁ、結局何も来ないみたいね」
「……シェイラ姉様。わたしたちが暇なのは良いことですよ」
「あ〜あ〜。カティナたちも動いてないから、本当にディーだけで事足りちゃったのかも〜」
「……」
幌馬車の街道側で談笑する4人。正確には3人で、ジルは1人物思いに耽っていた。その様子にサーシャがジルの前に立って心配そうに見上げる。
「ジル?」
「あ、ああ、すみません。ちょっと馬車の後ろを見てきます」
サーシャの呼び掛けに我を取り戻したジルは馬車の後方に回りこむように歩き始めるのだった。その後ろ姿を眼で追いながら3姉妹がジルの胸の内を察しようとするものの、徒労に終わってしまう。
「姉様たちどう思う?」
「ジル? 少し前からあんな調子よね。月のものかしら?」
「昔辺境伯が領地に帰る際にも何かを感じる感覚があったから、今回もジルにしか分からない感覚があるのかも知れない……」
その時だった! 甲高いような重々しいような金属と金属がぶつかり合う剣戟音が馬車の後方から周囲に飛び散ったのだ!
◆
刻はほんの少しだけ遡る。
「何だこれは……」
絶句ーー。
辛うじて激しく動揺する気持ちを抑えながら口に出来たのはその言葉だけだった。眼下で行われていたのは蹂躙。狩る者だった自分たちが狩られる者になっている姿であった。
あるものは切断され、あるものは首を刎ねられ、あるものは恐怖に憑かれて背を向けている。あり得ない。自分たちは訓練を積み、装備を整えた無敗の集団だったはずだ。しかしどうだ。年端もいかぬ少女や華奢な女たちの攻撃で紙のようにあっけなく切り伏せられているではないか。野盗団の頭は己の足が震えている事に気付く。
「糞がっ!」
手にした長槍の柄をぎりっと握り締め、石突でどんと地を穿つ。その一突きで30㎝以上柄がめり込んだのを見ると、この男の膂力も尋常ではない。個として部下の何十倍の力を持っているとしても、あの面々の中で独り獅子奮迅の立ち回りをする事が自殺行為に等しいと男には理解っていた。外見に惑わされれば、待っているのが死であることを。
その時だったーー。
ぞわっ
男の中で何かが湧き上がる感じが生まれ、全身が粟立つ。
「あれはーー」
同時に男の双眸は驚愕のあまり大きく見開かれる。幌馬車の後ろに現れ周囲を警戒している人物に気が付いたのだ。その橙色の瞳に映しだされていたのは、自分と同じ照柿色の髪をした年若い女。嘗て攫って来たついでに手元に置き、孕ませた女に酷似していたのだ。
「まさか、ベロニカが生きて……いや、そんなはずはない」
ーー完全に壊したはずだ。己に言い聞かせながら男は頭を振る。であればーー。
「あの時の餓鬼か。……面白ぇ」
両眼を細めつつ獰猛な笑みを浮かべる男。徐ろに右手に持っている長槍を持ち上げると、助走も付けずにぶんっと幌馬車へ向けて投げたのだ。腕が霞んでしまうほどの速さで投擲された長槍が男の手から消えると同時に、どんっという地響きを纏って男の姿も消えたのであったーー。
◇
「あ、ああ、すみません。ちょっと馬車の後ろを見てきます」
ジルは己の中に湧き上がってくる不快な感覚を抑えるために幌馬車の後ろへ姿を隠すことにした。サーシャが気遣ってくれる事は嬉しいが、逆に心配を掛けたくはないという気持ちが優先されたのだ。
それにしてもーーと考えてしまう。このような感覚に襲われることは今までなかったはずなのだ。微かにレアの声が聞こえて来たが。確かに辺境伯と共にフロタニアへ帰還の最中、ルイに関して似たような感覚を覚えた記憶はある。だが、今回のこれは明らかに異質なのだ。それも過去何処かで似たような感覚になった記憶が、うっすらではあるものの自分の中に残っていることに狼狽えていたのである。
今までなかったと言いたいのに、そう言えないもどかしさで気持ちがモヤモヤしていたのだ。
その時だったーー。
ぞわっ
ジルの全身に叩きつけられるような殺気がぶつかって来、全身が粟立つ。眼の前に鋭利な金属の刃が届こうとしていてる!?
グワァァァン!!
掴む!? 無傷では済まない。穂先を合わせて止める!? 止め損ねれば被害が出る。ならばーー。
瞬くまでの刹那に体と思考があり得ない速さで駆け巡り、気が付けば手にした短槍で飛来物を森側に払い落としていた。
「長槍!? 何処から!? くっ!」
「ほぉっ。これを躱すかよ」
払った飛来物が意外にも重量があったことを確認するためにちらっと視線を動かした矢先、視界の左端で何者かが回し蹴りを放とうとしている姿に気が付き、慌てて短槍を起こして蹴りを受け止める。そして蹴りを放った人物の声を聞いて瞠若するのだった。
「き、貴様はっ!!」
「よおぉ、ジル。でかくなったなぁ。何でお前がここに居るんだ?」
長身痩躯の男は自然体で|橙色の短髪を掻き上げながらその場に佇んでいた。男の表情は笑っているが、その細められた双眸には冷たさが宿っている。
「それはこっちの台詞だ!! どの面下げてのこのこと現れたぁっ!」
ギリッと音が聞こえるほど奥歯を噛み締めたジルが短槍を薙ぐ。それを男は上手く仰け反って躱しながら長槍の所まで移動し、ぽんと足で拾い上げたのだった。その顔には笑みはなく、険悪な形相を帯びている。理由は1つ。男の首筋から一筋の血が流れていることだろう。
「はっ。母娘揃ってオレの邪魔をしやがって。まぁいい手を貸せ。良い儲け話がある」
あれだけ顔を真っ赤にして憤然と食って掛かるジルに向かって、男は平然と手を差し出したのだ。明らかに挑発もある。血の繋がりという立場を利用しようとする魂胆もあるのだろうが、今のジルにとっては逆効果だろう。前提から言えば取り付く島はないはずだ。にもかかわらずそのような事を口走ったのは、複数の気配と足音が近づいてきてる事にあった。
「巫山戯るなっ! 良い儲け話があるとしたら、それは貴様の首だっ!」「「「「ジルッ!?」」」」
「ちっ! まだ死ぬ訳にはいかねんだよ。【疾風】!」
飛び掛かって来たジルの槍をの連突きを払いながら無詠唱で風魔法の突風を生み出した男は、それを自分の足元に撃ち込んで後方に一気に飛び退くのだった。ジル、シェイラ、レア、サーシャは噴き上げられた土埃に視界の確保が遅れしまう。それでも追いかけようとするジルの左腕を取ったアイーダが諌める。
「しまった!」「そんな使い方をするなんて!」「逃げたっ!」「きゃっ!」「ジル待て!」
「お前らの顔は覚えた。精々寝首を掻かれないように気を張り続けるんだな!【加速】。ーーっ!?」
くるりと身を翻し逃げの一手を打とうとした瞬間、男は呼吸を忘れた。この場になかった威圧感が柔らかい声を導くかのように降り掛かってきたのだ。
「そんなに急いで御帰りにならなくても宜しくてよ?」
「なっ!?」
頭上から聞こえる声に、何とか声を出し視線を上げると、腰辺りまで伸びた巻癖のある真紅の髪を風に靡かせながら腕組みをする美しい少女がそこに居た。切れ長の大きな目の奥に光る深紅色の瞳が冷たく男を見下ろしていた。
魔王ーー。
男は本能的に直感した。この少女の傍に居る時間が長くなればなるほど自分の命はないと。ジルと並ぶ女たちは力の差はあれそこまで畏怖すべき存在ではない。単独であれば対処できる自信がある。だが、これはダメだ。警鐘を鳴らし続ける本能に従うべく隙を探すがーー。
ーーない。
「どうやら貴男、そこで転がってる野盗の頭のようですわね」
「ーーっ!」
肌の粟立ちが治まらない。それはそうだろう、ディーがルイのハーレムの中で一番力を秘めていると言っていいのだから。力を持つ者を上から列挙するならば、ディー、ギゼラ、シンシア、アピス、リーゼ、アイーダと続く。リーゼとアイーダは同列だ。何故ディーが竜族を差し置いてトップに立つのかといえば、元の種から2度変化を遂げているからだ。ギゼラは1.5。シンシア以下は皆1度変化している。魔王と呼ばれるものに限りなく近いのがディーだと言えよう。
「アイーダさん、手を放して下さい! 今この瞬間に一撃を!」
「無駄だ。ディーに補足された時点で逃げ場はあるまい」
「そんなーー」
「あの男とお前に浅からぬ縁があるのは見ていて分かる。だが、今はダメだ。冷静になれんお前をみすみす死なせにいかせてはルイに向ける顔がない」
「なっーー」
腕をアイーダに掴まれたままのジルが身動ぐものの、その手はジルの柔らかい腕に食い込んだまま微動だにしなかった。ルイの名を出されたことと実力差を指摘されたことでジルはアイーダを睨みつける。
「ちっ、厄介な奴が混ざってるとはな。やるしかないってか」
そんな様子を視界に納めていた男は湧き出る冷や汗を拭いながら腹を括るのだった。
「ふふふ。それを蛮勇と言うのではありませんの? そんな状態では自慢の槍も届かなくてよ?」
「な、に……!? がああぁぁぁぁぁーーっ!!」
音もなく切れ落ちる槍を持つ肘から先の右腕と膝から下の左足。その瞬間痛みはなく、ただ悪い夢を見ているかのような感覚に男は襲われる。だかそれが夢ではないと己の体を疾駆する激痛に身を捩じるのだった。
その様子を見ていたジルも幾らか溜飲を下げることが出来たようで、呼吸を整えるとアイーダの手に自分の手を添える。アイーダも飛び出すことはないだろうと判断して掴んでいた腕を放すのだった。
「ぐうっ! バ、バケモノめっ!」
「あら、存外な御言葉ですわね? 同じ魔族なのですから力で身を立てるのは身に沁みてるでしょうに」
「っ! ならば力の差を感じた者がどうするか身をもって知るがいい!」
男は魔族だった。元来魔族と称されるものの中に様々な種族が居ると確認されている。悪魔族、人魔族、妖魔族、獣魔族、蟲魔族が代表的なものだろう。悪魔族は頭部に角が、妖魔族は肌の色が青や紫であると言った特徴があるものの、その他の魔族は人族や獣人族に似た容姿の為に見分けがつかないでいる。少し付け加えるならば、蟲魔族は今の説明では含みきれない。身体の何処かに虫の特徴を有しているからだ。なので、蟲魔族は自分たちの里からほとんど外界に出ることはないと言われている。物珍しさで玩具奴隷もしくは戦闘奴隷として飼われる種族として見られているからだ。種の保全と保身という理由ならば彼らの営みも理解できるだろう。
野党の頭であるこの男が魔族であるということもぱっと見ただけでは解らない【鑑定】を使われた訳でもないが、ディーには何か感じるものがったのだろう。結果として男の正体は見破られたのだ。それは隠し通すことも油断を誘うことも出来ないことを意味していた。男としては生き延びるためにどうにかして虚を突く必要がある。ならばと、ディーの挑発に乗るのだった。
「見せてもらおうかしら」
「次はない。お前には絶対に近づくつもりはないからな」
「?」
苦痛に顔を歪めながらも口角を上げる男の言葉に、ディーは眉を寄せるのだった。言っている意味が理解できなかったのだ。ふと気付くと、ディーの視界の端にシンシアたちも合流している姿が見えた。男から魔力の高まりを感じるから何かしら魔法を撃つことは想定済みだ。ならばと出血しながらも上体を起こす男から視線を離さずに糸を繰ろうとしたその矢先。
「【乱気流】!!」
暴風が男を中心に吹き荒れたーー。
後まで読んで下さりありがとうございました!
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