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レイス・クロニクル  作者: たゆんたゆん
第四幕 剣王
150/220

SS 【戦乙女たちの行進】 賊徒

遅くなり申し訳ありません。

少しだけ説明も交えています。

まったりお楽しみ下さい。


2016/11/14:本文修正しました。

 

 (とき)はルイたちが王宮に潜入する前に踊る砂蜥蜴亭で潜伏していた頃、そしてエトが娘と花嫁を迎え入れた頃に(さかのぼ)る。


 雑木林を横目に農耕馬のような巨躯(きょく)を揺らしながら、2頭の巨馬が通常のものよりも胴長な幌馬車を()いていた。(わだち)のない街道を3対(・・・)の車輪が滑らかに回転している。時折(くぼ)みに車輪が沈むが大きく馬車が弾む事もなく、小刻みなリズムを取りながら滑らかに進んでいる。馬車の構造をよく知る者が見れば、その異常さに眼を見張ったことだろう。揺れが極端に少ないのだ。


 その一風変わった幌馬車の手綱を握るのは、肩甲骨辺りまで伸びた巻癖のある灰褐色の髪を風に(なび)かせている黄色肌の美しい少女と、胸まで伸びた緩やかな癖のある金髪を掻き上げる白肌の麗人であった。麗人の両側頭部から生え出た羊の巻き角に似た角が彼女の妖しい美しさを際立たせているようだ。


 「リン、だいぶ手綱捌(たずなさば)きが上手くなってきたじゃないかい」


 角を生やした麗人に褒められた美しい少女はリンだ。元々は(ふくろう)の頭を持つ鳥人(とりびと)だったのだが、ルイの眷属になる事で魔人へと進化を遂げた少女だ。


 「そ、そうですか? アイーダさんのお蔭ですね!」


 アイーダは元々今彼女たちが馬車を走らせている土地を領土とするサフィーロ王国に仕えていた将軍だったのだが、ちょっとした縁でルイの下に身を寄せた事で眷属となり、種としての格を上げることになる。結果として失っていた角や翼、尾を手にした上級悪魔(グレーターデーモン)としての力を得ることに至った。


 「あたしかい? あたしは口だしてるだけだよ。言われた事を忘れずに(こな)してるあんたが偉いのさ」


 リンの言葉にはん、と鼻で笑いながら右手に持った木製のジョッキを口に運ぶのだった。赤い液体がアイーダの喉に流し込まれ美しい喉元が小さく波打つ。


 「あーっ! アイーダさん、いつの間に!? レアさんにまた怒られますよ!?」


 「ば、莫迦(ばか)! 大きな声を出すんじゃないよ、リン! あんたが黙ってれば平和に済むんだよ」


 「そうでしょうか?」


 「ひっ! 出た!」「あっ!?」


 「人の事を何だと思ってるんですか。まったく」


 アイーダの背後から向日葵色(ひまわりいろ)の長髪をポニーテールに()わえた黄色肌の美女が顔を(のぞ)かせる。気配を感じさせなかったのか、あまりに驚いたアイーダが御者席から落ちそうになるのを現れた彼女が掴んで事なきを得るのだった。赤茶色の瞳がジトリとアイーダを責めるよに見据(みす)える。


 「ふぅ〜〜っ。急に顔を出すからだ」


 落ちそうになってもワインの入ったジョッキはしっかりと握っていた事に、隣りで手綱を預かっているリンは目を疑うのだった。どれだけお酒が好きなんだろう? とふと思いが()ぎったものの、今それを口に出せば矛先が自分に向くと察して思い留まる。


 「貴女はわたしたちの師範でもあるんですから、気が付いて欲しかったです。それにお酒は程々にして下さい。皆、夜に1杯は欲しんですよ?」


 「分かってるよ。だからこっそりやってるだろう?」


 「タイミングの問題ではなく、消費量の問題です!」


 アイーダとレアの掛け合いを見ながらリンは軽く混乱していた。どう抑えればいのか分からないのだ。


 「あわわわわ……ひっ!?」


 口から出るのはよく分からない(おび)えた声だが、不意に右肩にそこには居なかったもう一人の手が乗せられたためにびくっと体を強張(こわば)らせる。


 「リン、放っておけ。毎度毎度よく()きん事だ。(むし)ろこの遣り取りを毎日出来る精神力に感服するぞ」


 「シンシア姉様!」


 レアの隣りに金髪金瞳の絶世の美女が腰を掛けて前髪を掻き上げる。この幌馬車の美人率は非常に高いのだが、その中で群を抜く美貌の持ち主なのだ。彼女を初めて見る者であれば、例えそれが女性であったとしても眼で追わずにはいられないだろう。いつもの漆黒の全身鎧(フルプレートメイル)は身に着けていない。普段着だ。癖のない腰まである髪がサラサラと風に(なび)く。


 「シンシア、あんたね」「シンシアさん……」


 「ん? 事実を言ったまでだが何か間違ったことを言ったか?」


 シンシアの言葉に馬車の奥からもコロコロと転がるような女性たちの笑い声が飛び出してくる。その声に釣られるようにシンシアとリンも微笑むのだった。釈然としないのはアイーダとレアの2人。渋々だがアイーダはぐいっとジョッキを傾けて中の物を全部飲み干してから、レアにジョッキを手渡す。


 「は〜。いい加減にしておかないとルイ様が見られたら悲しい顔をされますよ? アイーダさん」


 「なっ!? レア、あんた!」


 「ぶーっ! あたっ」


 レアはアイーダからジョッキを受け取りながら空いた手で彼女の脇腹を(つま)んだのだ。軽く嫌味を残して噛みつかれる前にさっと馬車の中に身を隠すレア。捕まえてやろうとした手が空を切ったのを見てリンは吹き出したのであった。手の収まりどころが悪かったアイーダはそのままリンの頭を平手で叩いてから、御者席の背凭(せもた)れにだらしなく背中を預ける。そんな様子を頭を(さす)りながら横目で見たリンは微笑みつつも視線を周囲に巡らせ、また手綱(たずな)に集中するのだった。


 微風(そよかぜ)が真向かいから当たるのを心地良く感じつつ幌馬車は進んでいく。雑木林の葉がサラサラと調べを奏で、小鳥たちがそれに合わせるかのように歌う。馬車の中からは(ほが)らかな声が弾んでいたーー。




             ◇




 そう、この幌馬車に乗っているのはエトの後を追ってエレクタニアを出発した13人の女性たちだ。皆、ルイからオリハルコン製の指輪を薬指に嵌めてもらったハーレムの一員(メンバー)であり、気心の知れた仲間でもある。本来であればもう1人、指輪を貰ったエレオノーラという女性も居るのだが、彼女は特殊な生い立ちでエレクタニア(眷属地)からは出れない。何故出れないのか、どうやって存在するようになったのか謎のままだが、エレクタニアから出れない代わりに特別な能力(ちから)を授かっており、ルイの為に役立っている事が彼女にとって慰めとなっていた。


 視点を幌馬車に戻す。見目麗(みめうるわ)しい女性たちばかりだが、彼女たちの力を知れば“戦乙女”かと見紛(みまが)うことだろう。一騎当千。人族から見ればそう(うつ)るに違いない。というのも、人族や獣人族エルフやドワーフと言った妖精族の中で英雄、賢者と(うた)われる平均レベルは100前後だ。スキルレベルも10あれば達人と称される社会で、スキルレベルが100前後であるというだけでも人智を超えると言える。これは()(まで)人族や獣人族エルフやドワーフと言った妖精族での話だ。


 魔物のレベルは更にそれの上を行くことが多い。英雄、賢者と謳われる者であったとしても単騎で討つことが出来ない魔物も多数存在しているのだ。勿論、そのような魔物が里や村、町や都といった傍に巣食う事になれば一大事となる。もはや災害だ。


 それで、一般的に魔獣と称される魔物は次の通りに分類されている。


 個人級:個人で対応できるもの。

 集団級:パーティ―など徒党を組めば対応できるもの。

 都市級:都市の守る騎士団と言った軍を動かさなければ対応できないもの。


 この辺りまでが人族や獣人族エルフやドワーフと言った妖精族の対応できる限界だと言われている。冒険者たちが相対するのは基本上から2つまでだ。それ以上は報告する義務を負う存在となる。上から2つまでと言ってもそれは死に直結する(ゆえ)に容易ならざる存在と言えよう。さらにーー。


 戦略級:一国(いっこく)を上げて対応しなければならないもの。

 災害級:複数の国で連合軍を組み対応するか、指を加えて見ることしかできないもの。

 災厄級:通り過ぎるのを息を殺して祈るしかできないもの。

 禁忌級:世界に影響を与えるもの。


 ーーが存在する。魔王(・・・)と称される者達は戦略級以上とされているが、どれほど力を有しているのか分からない為に正しく判断できないのが現状だ。災厄級と禁忌級には超えられない壁が存在すると伝えられているものの、その真偽を確かめる(すべ)を誰も持たない。まさに神のみぞ知る、であろう。


 説明が長くなったが、彼女たちが何処に位置するか(・・・・・・・・)という話だ。都市級(・・・・・)。獣人族であるカティナ、シェイラ、レア、サーシャを含めた14人(・・・・)がその力を有している。原因はルイだ。何も考えずに良かれと思ってスキルを譲渡していた結果がこれなのだ。ルイ自身も彼女たちも、自分たちの立ち居が今何処にあるのかということを理解していない。ついでに言えば、眷属主のルイと眷属である彼女たちが夜伽を通して身も心も深い所で繋がった事が更なる飛躍を(もたら)していたのは嬉しい誤算だろう。


 (ところ)で【眷属化】の儀式に偶然加わり眷属となったナハトアが当時口走っていた事を思い出してもらいたい。「口伝師がランクアップについて語ってた」と。そう、そもそもの問題として1つの種の中で生まれ育ってきた者が突如として格を上げ(ランクアップし)たり、進化したりすることは余程の事がない限り起きないとされている。それを大量に生み出しているという異常事態をルイはまだ知らないでいたーー。




             ◇




 サフィーロ王国の王都に向かう街道を、2頭の輓曳馬(ばんえいば)()く胴長で3対(・・・)の車輪を持つ幌馬車が軽快に走っている。その幌馬車に揺られるのは13人の美女たち。シンシア、アスクレピオス、ギゼラ、カティナ、エリザベス、コレット、ディード、リン、アイーダ、ジル、シェイラ、レア、サーシャだ。


 彼女たちは、執事のエトが一足早く自分たちが向かう王都に旅立ってから1ヶ月間レベル上に(いそ)しみ、レベル1だった状態から皆レベル100に達していた。しかも、レベル1の段階でMpを使い切り強成長させる方法をルイと共に1年続けてきた所為(せい)で、レベルアップに伴うMpの成長がとんでもない事になっていたのは仕方のないことだろう。


 そして彼女たちがエレクタニアを出発して既に14日が経っていたーー。




             ◇




 見たこともない幌馬車を、小高い丘の上から薄汚れた装備を身に着けて見詰めている男たちが2人居た。彼らから幌馬車まではかなりの距離があり、裸眼で見れば馬と幌馬車の大きさは親指の長さ程度に見える。


 「上玉だ。おい、見てみろ」


 手に左右の先端の径が違う筒を片眼に当てていた男が、筒を外して隣りに立つ男にそれを手渡す。じょりっと頬から顎にかけて伸びた無精髭(ぶしょうひげ)を撫でて男の表情を観察するのだった。


 「へへへ。本当かよ」


 男の言葉を疑いながらも片眼に筒を当てる。どうやらその筒の両先端にガラスの円盤が()めこまれているようだ。そう単眼鏡である。眼鏡(めがね)自体高価で珍しいとされるご時世(じせい)であるにも関わらず、単眼鏡をこの薄汚れた男たちが手にしているという事は驚きだ。高貴な者を(しの)ぶ仮の姿なのか、それとも高価な単眼鏡を手に入れれるだけの資金力があるか、はたまた誰かから奪ったものなのか定かではないが、話し方や風貌から察するに高貴なも者という線は薄いだろう。


 「マジかよ。たっぷり味見して後で飼ってやるか?」


 「頭に知らせに行くぞ。おら、望遠鏡寄越しやがれ。壊したら俺らの首じゃ済まねえんだからよ」


 「ちっ、分かったよ。いてぇ!」


 男は単眼鏡を奪い取るかのように受け取ると、腰につけているポーチの中に収める。明らかに縮約が合わないにも関わらず収まったということは、マジックバッグの一種なのだろう。収めた後、不貞腐(ふてくさ)れている男の側頭部を拳骨(げんこつ)で軽く殴り、丘の反対側へ姿を消すのであった。殴られた方の男も頭を(さす)りながら後を追い姿を消す。(しばら)くして、馬の鼻息と駈け出す複数の馬の足音が更に後方から風に乗って流れてきたのだった。




              ◇




 同刻。


 「リン、見てたかい?」


 「はい、アイーダ姉様」


 御者席に座る2人は明らかに先程まで男たちが立っていた方角を見据えていた。気付いていたという事だろうか? いや、明らかに人から見れる距離ではない。何の助けも借りずに遠方を見たとしても、人と立ち木の区別さえつかないだろう。


 「あんたたち久し振りに体が動かせるよ」


 しかしアイーダは幌馬車の中と御者席を仕切る()緞帳(どんちょう)(めく)って、中に居る11人にそう声を掛ける。つまり、先程の存在に気付いていたのだ。彼女やリンには確認できる(すべ)があったということだろう。いずれにしてもアイーダの一言で幌馬車内の雰囲気がガラリと変わる。和やかな雰囲気から張り詰めた雰囲気に着替えたかのような印象を受け、アイーダは口角を(かす)かに持ち上げるのだった。


 「しかし王都の付近で野盗とはな。1年前も王都を出てすぐに絡まれただろう?」


 「そうなのかい? あたしらは先に帰ってた口だからね」


 シンシアの言葉にアイーダが応じる。正確に言うとあの時はエレクタニアへ付いて来たのであって、帰って来た訳ではないのだが、アイーダを除く12人は敢えてそこに触れずに居た。細かい訂正を嫌う性格であることは1年も付き合えば見えてくる。


 「あの時居たのは、ルイ様とリューディアを除けば、わたしとアピス、それにディー、ギゼラ、エトだったな」


 「あ〜そうでしたわね。“ケルベロスのなんとか”という巫山戯(ふざけ)た野盗だか盗賊だかしらない輩が居ましたわ」


 「ディーはあの時森の中に入ったが、特に変わったものはなかったのか?」


 「ん〜そうですわね。1年前ですから記憶が曖昧(あいまい)ですが……思い出せない程度のものしか無かったはずですわ」


 「そうか」


 シンシアはアイーダの言葉を受けて1年前に王都からエレクタニアへ帰る途上で起きた事を思い出す。死体を処置した後一度王都に戻って事後処理を頼み、その足で帰った日の事だ。ディーに確認するも大して覚えてないという。シンシア自身も覚えている事は少ない。何もしてないからというのもあるが、恐らくアピスもギゼラも同じ反応だろうと思うことにしたのであった。


 「それで、どうするつもり?」


 幌馬車の奥の方からアイーダに向けて質問が飛ぶ。見るとよく顔が似た3人の美女がアイーダを見詰めてる。その中の一番年長の者が問い(ただ)したのだ。レアの実姉(じっし)であるシェイラだシェイラの右隣に次女のレア、左に三女のサーシャが腰を下ろしている。


 「そうだねぇ。これから王都で冒険者として活動する為の組み分けを考えたんだけどね、それで分けてしまうっていうのはどうだい?」


 アイーダの提案に誰もからも意義が上がらなかったので、満足気に(うなず)いたアイーダが口を開く。


 「まず3つにこの人数を分けるよ。シンシア、アスクレピオス(アピス)、ギゼラ、カティナで1つの組み。エリザベス(リーゼ)、コレット、ディード(ディー)、リンで1つの組み。最後にあたし、ジル、シェイラ、レア、サーシャで組みを作る。ここまでは良いかい?」


 皆が(うなず)く。それを見て配置を説明し始めるのだった。

 

 「まずシンシアたちで正面から来る(やっこ)さんたちを殲滅(せんめつ)してくれいるかい」


 「問題ない」「分かったわ」「手加減なしでいいのね」「任せといて! アイーダ姉」


 シンシア、アピス、ギゼラ、カティナがそれぞれやるべき事に理解を示す。


 「次にリーゼたちは遊撃だよ。正面から来ない奴らを移動しながら各個撃破。できるかい?」


 「わたしも問題ないわ」「お任せ下さい」「全部わたし1人で宜しくてよ?」「分かりました、姉様」


 リーゼ、コレット、ディー、リンもやる気だが、ディーの一言にリーゼとコレットが冷たい視線を彼女に浴びせていた。ディーは相変わらず何処吹く風である。この光景も見慣れたもので、またかと幾人かは小さく溜息を漏らすのであった。


 「それと、リンは熊梟(くまふくろう)なる(・・)んじゃないよ。誰が観てるのか分からないんだから、日の日向(ひなた)に手の内を見せる必要わない」


 「はい、姉様」


 リンが真顔で肯くのを見て微笑むと、アイーダは三姉妹の方を向く。


 「あたしとシェイラたちでこの幌馬車を守る。遠距離からの攻撃がこの馬車に当たらないように手前で撃ち落とすか弾く。わたしたち13人以外が馬車に手を掛けようなら問答無用で首を()ねな。あたし以外は風魔法使えるんだ。飛び道具で被害を受けることはないだろうさ」


 「分かったわ」「承知した」「うん!」「……」


 「ジル?」


 「え、あ、すみません。ぼーっとしてました。問題ありません」


 心ここに在らずといった感じで何処かを意識せずに眺め続けていたジルへアイーダが問い掛ける。ふっと現実に引き戻されたように頭を動かし、アイーダの眼を見ながら返事を返すジル。その表情から陰が消える事はなかった。肩口で切り揃えた鮮やかな橙色(だいだいいろ)の髪に指を通すその仕草は、何かを隠しているのでは? という思いを皆に抱かせるには十分なものであった。


 「ジル、無理しちゃダメだよ?」


 ジルの隣りにいたサーシャが彼女のスカートを小さく引き、二重のくりっとした白藍色しらあいいろの瞳を心配そうに向けてきた。その表情を見たジルは優しく微笑みながらサーシャの頭を(なで)でる。ジル自身も自分の中にこんな不安な感覚が湧いてくるとは思っていなかったのだ。懐かしくもあり、吐き気を催すような嫌悪感もある。ただ、そんな心の揺らぎを一番の友であるサーシャに気取られぬよう、照柿色(てりかきいろ)の瞳に優しさを(たた)えてジルは言葉を紡ぐ。


 「大丈夫。王都が近いから、以前お世話になっていた辺境伯のお嬢様のことを考えていたの。心配を掛けてごめんなさい。無理しそうな時はお願いね、サーシャ?」


 「任せて! こう見えてもリンより風魔法使えるんだからね!」


 ぴょんと立ち上がって両手を胸の前でぎゅっと握るサーシャ。それに合わせて銀色のツインテールがふわりと揺れる。


 「ふぇっ!? なんでわたし!?」


 そんな元気に小さな胸を張るサーシャにリンが慌てて御者席から振り向く。自分たちを飛び越えた両端の遣り取りに、幌馬車の中は再びコロコロと転がるような女性たちの朗らかな笑い声で満たされるのであったーー。




             ◇




 同刻。


 鬱蒼(うっそう)とした森の中、街道から離れた洞窟で武装した男たちが慌ただしく動きまわていた。洞窟内の奥まった空間にりっぱな1人掛けのソファーが置いてある。そこに腰掛けた長身痩躯(ちょうしんそうく)の男は両膝の前で指を組み、眼を(つむ)って何かを考えていた。そこにどたどたと足音を響かせて体格の良い男が駆け込んでくる。


 「お頭! 斥候が帰って来ました」


 「そうか。通せ」


 「へいっ!」


 駆け込んで来た男に眼を瞑ったまま短く返事をすると、また体格のいい男はどたどたと去っていくのだった。男の気配が遠くに感じられるようになった時点でソファーに座った男は顔を左に回し、3人掛けのソファーに腰掛ける美しい少女に声を掛ける。


 「(ようや)く騎士団も重い腰を上げたのでしょうかな?」


 「ふん。賊徒(ぞくと)め、精々(せいぜい)(いき)がるがいいわ! 油断さえしなければ……」


 少女が言うように貴族や王族に手を出すことは国と敵とみなされる行為である。その辺で盗みや殺人、強盗などをすることと訳が違う。(ゆえ)に、そういう事を行った者は国に反逆する者として等しく賊徒と呼ばれる。当然捕まれば死罪だ。それも大衆の面前で(むご)たらしく執行される。それ程の罪ということだ。


 「ふふっ。それを今更言っても始まらない。あんたはヘマをした。オレは運が良かった。公爵令嬢を餌にたんまり身代金がふんだくれるんだからな」


 男の照柿色の眼がソファーに座った少女を見据える。少女の嫌悪するような視線を受けても平然と受け流し、自分の足元に伸びる鎖を持ち上げるのだった。チャラリと鎖が鳴く。その鎖の先を眼で追っていくとなんと、少女の首に辿(たど)り着いた。


 「この鎖がなければオレもやばかったかもしれんがな。大枚(たいまい)(はた)いて買っておいて正解だったよ」


 「だ、誰から買ったのです?」


 視線を足元に落としていた少女が金髪を振り乱すように顔を上げ、慌てて問い質す。


 「ん? 物好きな姫さんだな。さあな。オレもよく知らん。物が良いから買った。それだけだ。……そうだな。おい!」


 「へい、御呼びでしょうか?」


 「ああ。あれだ。この鎖の魔道具を売った悪魔野郎はなんて言ったっけな?」


 「……悪魔」


 頭とその部下が話している内容を耳にして少女の顔色が悪くなっていく。それは彼女の中で結論を出せそうなピースが既にあるということだ。部下と話している賊徒の頭はその変化に気付いていない。


 「確か……ミスなんとか?」


 「っ!?」


 その言葉だけで少女は十分だった。狼狽(ろうばい)の色が彼女の顔に動いた。瞬時に戻そうとするものの上手くいかない。


 「おお、そうだ! ミスラーロフと言いやがったな! もう良いぞ」


 「へい」


 頭に手でしっしと払われた部下が一礼して出て行く。その頃には少女の顔色は元に戻っていた。


 「ミスラーロフって言う男だ。悪魔でな。魔道具に詳しい男だったのよ。そいつから買った」


 「そ、そうですか。困りましたわ」


 「ん?」


 「父もその者から何点か買い付けていますわ。わたくしもその有効性を眼で見ております。自力ではどうにもならないのですね……」


 「へぇ。面白え。あいつは見境なく魔道具を(おろ)してるのかよ。ま、そういうこった。諦めて身代金が来るまでのんびりすることだ。鎖は外せねえがそれ以外なら不自由はさせねえよ」


 「お頭!」


 少女にそう語りかけている最中に別の男が駆け込んでくる。先程丘の上で幌馬車を見ていた男だ。少しイラッとした表情で顔を男に向けて話すように促す。


 「上玉の女2人が乗った珍しい幌馬車を見付けやした! ありゃ良い馬車ですぜ」


 斥候の男は勝ち誇ったように眼をキラキラさせて(まく)し立てる。その報告を聞きながら頭は頭の中で算段していた。護衛はない。女2人。良い馬車。護衛の必要はない。女も出来る。売り物になる馬車。人数で押せば行けるか、と。


 「行くぞ。世話様に数人残して全員集合させろっ! 丁度(ちょうど)女に飢えていた処だ。競りに出せるくらいなら殺すんじゃねぇぞ! 男は殺せ!」


 ソファーを立ち(げき)を飛ばす賊徒の頭。その声に洞窟内の緊張が高まり、騒音と怒号が飛び交い始めた。にやりと少女の方を見て笑った頭は、ソファーの後ろに立てかけてあった長槍を手にして少女に突き付ける。


 「っ!!」


 「ーー」


 手入れの行き届いた(さぞ)かし名のある槍であろう事は少女にも分かった。ゴクリと(つば)を飲み込む音が少女自身の中で響く。これで突かれれば一溜まりもない事くらい容易に想像がつくからだ。その表情が見れたのが満足なのか、芳香を嗅ぐように鼻孔を広げて何も言わず槍を肩に担ぎ頭はそこから出て行く。短く刈った鮮やかな橙色の髪が彼の内で燃え上がる欲望を表しているかのようだったーー。







最後まで読んで下さりありがとうございました!

これから少しだけSSを経て本編に戻ります。

本筋ではあるんですが、SSと言うことにしておきました。


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