第14話 女たちの密約
2016/3/29:本文修正しました。
2016/11/9:本文加筆修正しました。
2017/8/26:本文加筆修正しました。
辺境伯の右胸からロングソードの刃が突き出ていたーーーー。
「デューオ様!? ライオ貴様ぁっ!?」
「「「デューオ様!?」」」
起き上がった騎士たちも驚いている。
「ふん。野盗どもを嗾けて殺してやろうと思えば、こうも見事に邪魔されるとはな。カンゼム様が読み違えるとは耄碌したものだ」
「ぐふっ! カンゼム、だと!?」
「いやぁぁぁぁぁぁ! お父様!!」
ばたんっ!
娘の叫び声が響いたがどうやら辺境伯爵が扉を閉めたようだ。娘に危害を負わせぬように何とか取った行動なんだろうね。胸か、腹を刺されたみたいだ。
「ライオォォゥッ!」
女騎士が必死に叫ぶが手が出せない。歯軋りが聞こえてきそうだ。
「動くな!! 動けばこのまま命を奪う。くくくっ。と言っても動かなくても奪うのだがな。これより辺境の領地はカンゼム様のものだ」
「莫迦な! 家令ごときが貴族の位を手に入れれるはずがあるまい!」
ははぁん、家令の乗っ取り計画におっさん騎士が加担してたってことね。
「あるではないか! ここに!?」
はぁ、そういう事か。やれやれ、また胸糞悪い状況だな。馬車の中から娘の泣き叫ぶ声がする。父親に近寄りたいのにそうできないという事か。
さくっと助けてあげたいとこなんだけど、この場合侍女さんが家令側という選択肢も残されてて、はっきりしてないんだよね。
ま、僕も神様じゃないから腕の届く範囲でしか人助けはできないな。いや、お節介と言うべきか。馬車の車輪下半分だけ、特に騎士の膝から下だけが隠れるように集中して。
【漆黒】
ふぅ、少し多めにMpが消えた気もしたけど良い感じに闇を張れたな。では、やってしまいますか。サーシャちゃんのお姉ちゃんには気付かれるだろうけど、それは大丈夫でしょう。
暗闇に紛れて、おっさん騎士の足に触る。辺境伯とは足の装備が違ったから間違えようがない。
「【汝の露命を我に賜えよ】。【汝の研鑽を我に賜えよ】。【汝の力倆を我に賜えよ】」
御馳走様でした。おっさん騎士が気が付いてないだろうけど、スキルもレベルも全部いただきました。Hpだけ違和感がないように残してるのさ。
「【影縛り】」
剣が刺さったままだけど、多分抜けばそのまま癒されるだろうから。
「【手当】」
今度は伯爵の足に触れて【手当】をする。さっきの【漆黒】の時のように多めにNpを消費する感覚で、だ。
「何だ!? 動かん!?」
「デューオ様!?」
ナイス女騎士さん! 咄嗟の判断で女騎士がおっさんから辺境伯を引き離す。剣はおっさんの手に残ったままだから、どうやら上手く抜けたみたい。一安心だね。
「しまった!? なぜだ? 何故動かん!?」
ん? 馬車の扉が開くぞ? あ、これは殺気だ。潜んで逃げたほうがよさそうね。どうやら手練の護衛さんだったみたい。
「貴様ら俺にこんなことしてただで済むとーーーー!?」
おっさんの首が飛んだ。パクパクと何やら叫び続けていたが、発声機関から切り離されてしまっては声も出まい。侮ったね。僕のお節介読まれてたみたい。偽装スキル持ちかな?
首のない胴体は起立したまま暫く血を噴き出していたのだが、やがて静かに草原に倒れ込むのだった。
その頃には【漆黒】も【影縛り】も効果が消えていた。
今はこれで良しとするかな。必要があればまた巡り合う事になるだろうし、焦らない焦らない。森の木陰まで戻って実体化する。
【実体化】
サーシャちゃんは? と居たいた。偉いねぇ~。
「ただいま。何か変わったことあった?」
「あ、貴方は何者なのですか?」
あ~サーシャちゃんにも見えてたのね。なんて答えるかな。
「ただのお節介焼きさ。 抛っておくと寝覚めが悪くなるからって、困ってる人が目の前にいたらつい助けたくなる程のね」
そう言って肩を竦めて見せるのだった。
「ーーーーぷっ」
サーシャちゃんがまじまじと僕の顔を見たあとで噴き出す。
どの道、こう関わってしまったら最後までなんとかしなきゃね。
「あのさ、サーシャちゃんはお姉ちゃんと連絡取れるの?」
「あ、はい。おねぇちゃんとだけなら取れます」
それなら離れてても大丈夫ね。あとは街の場所か。
「すごいね! じゃあ、街の場所は?」
「それも大丈夫です。おねぇちゃんが居る処になら迷わず行けますから」
えっへん♪ と胸を張るサーシャちゃん。可愛いねぇ。へぇ~便利なスキルだ。
「じゃあ、今晩はお兄さんの友だちの処で一緒に休んで明日の朝、おねぇちゃんを追いかけようか」
「どうしてですか?」
「森はここで終わりだから、あまり近くを付いて行ってると誰かに気がつかれちゃうよ? それなら、距離を取って街で落ち合えば良いと思わない? それにこの森の魔物は100レベル以上がゴロゴロしてるからね」
「う~ん、そう言われればそうですね」
腕組みして考えてるサーシャちゃんも可愛いね。見た感じは小学生の1年生くらいな感じだんだけど、しっかりしてる。意外と年齢は僕より上かも。というか、日本でこれをしたら「お巡りさんこいつです!」と言われそうな状況で笑えるんだけど。普通に誘ってたな、僕。エリザベスさんの時と随分違うじゃないか。どういう事?
「それに、僕の目的は盗賊のアジトだから、目的のためにサーシャちゃんとお姉ちゃんを利用しようとしてると見ればいいんじゃない? だったらわたしたちも僕を利用するという感じでどうでしょう?」
「ふむふむ。それは悪くない考え方ですね。おねぇちゃんもそれでいいと言ってます」
ふぉっ、凄いな! 並行回路みたいな感じだ。隣りで聴いてるような錯覚さえ覚えるよ。
「交渉成立だね! じゃあ、案内するよ。 肩に乗るかい?」
「いいんですか? 噛み付くかもしれませんよ?」
「あははは。可愛い女の子に噛まれるなら本望だよ」
そう言えばエリザベスさんも可愛かったな。今頃何してるだろうね。落ち着いたかな? 落ち着けるといいね。今この状況なら保護者まではいかないまでもお茶くらいは出来そうな雰囲気だな。
ぼんっ
可愛い女の子の姿から可愛らしい二尾の仔狐が現れる。モフモフだ! 見てるとぴょんと僕の方に飛び乗って来て頬をペロって舐めてくれた。にやけてしまう♪ 衣服が地面に散らばってない処を見ると、魔法でどうにかなているようだ。便利だな、魔法。
こうして僕は皆の処に二尾の仔狐をお持ち帰りしたのだった。
『な、な、な……なんですかこの状態わぁぁ~~!!』
と仔狐が叫んでいた気がしたけど、気にせずにモフモフベッドの上に昇って行き、僕は意識を手放した。本当は寝なくてもいいんだけど、折角肉体があるんだからといつも寝てるのだ。大蛇の胴体の外からキャンキャンと吠えているサーシャちゃんを尻目に僕は意識を手放すことにした。
朝気がついたら、サーシャちゃんがお腹の上で丸くなって寝ているのに気付く。
あぁ、結局誘惑と好奇心には勝てず上がって来たんだねーー。
◇
時は少しだけ遡る。
ルイとサーシャが森の中を歩いていた時、辺境伯一行は野盗たちを捉え森から1km程離れた場所で野営を張っていた。森側に武器を全て没収した野盗たちをロープで縛って一列に並べている。森から魔物が出た時の為の肉壁としているのだろう。
ロープの持ち合わせが少なかったために数珠繋ぎにはできず、それぞれが後ろ手にされ手首を八の字に結えた形で三重に縛り上げられている。それが53名。連れて歩くだけでも大変そうだ。
野盗たちは森に逃げようと思えば走り出せる状態にあるのだが、自身の体力が激減していることに加え、レベルも下がり、スキルすらもなくなっている状態で危険な森で生き残れる自信などなかった。
完全に心が折れていると言える。自分たちを嗾けた騎士も首を刎ねられているのだ。待っているのは奴隷か斬首刑だが、それでも今は命さえあればという思いが強い。
「デューオ様、胸の御怪我はもう大丈夫なのですか?」
焚き火を囲んでいる辺境伯に先程の女騎士が声を掛けた。
「うむ。不思議なものでな、服はこの通り裂けているのだがな、傷は完全に塞がっているよ」
紳士はそう女騎士に答えると、手にしたマグカップの中身を口の中に流し込む。簡単なスープかなにかだろう。先程の出来事を思えば身が震えるが、無事に乗り切れたことを神に感謝せねば、と辺境伯は思っていた。
がちゃり
と馬車の扉が開き、騎士の首を一刀のもとに刎ねた侍女が静かに降りてくる。毛先が綺麗に切りそろえられたセミロングの髪がさらっと顔に掛かった。内巻きになった髪型だから余計にそうなりやすいのだろう。
「コネリアは寝たか?」
「はい。泣き疲れてお休みになられました」
「然もあらん。よもやカンゼムが斯様な事を企んでいようとは、な。そう考えればライオの首を刎ねたのも惜しい気もするが」
「申し訳ありません。私としたことが冷静さを欠いてしまいました」
侍女が頭を下げる。
「よい。ああしなければならない状況だったのだ。その御蔭でわたしもここに居る事ができる。ジルには感謝しておる」
「勿体無きお言葉でございます」
ジルは考えていた。今までの人生の中で経験がないほど背筋に悪寒が走る得体の知れないモノが足元にいたのだ。首を刎れただけでも僥倖というものだと。
そして気がついた事もあった。それを確かめねば。
「シェリル様、レア様をお借りしても宜しいですか? 調べてみたいことがあるので、護衛をつけて頂きたいのですが」
侍女は女騎士に向き直ると、そう言って一礼する。
「あぁ構わない。レアはそなたほどではないが腕も立つ。護衛としては適任だろう」
「感謝致します。デューオ様、少し行ってまいります」
「うむ。宜しく頼む」
優雅な受け答えをして、ジルは会釈を返すと焚き火から離れて闇の中に紛れるのだった。そして1人の新米騎士の姿を探す。居た。
ふっとジルは微笑む。相変わらず鋭い。自分がまだ20mは離れている状態で気が付かれたのだ。新米騎士とは名ばかりで相当の手練であることは想像に固くない。それを他者に勘付かれないように振る舞えるならば尚更だ。そんな女騎士と話をしなければという思いが今のジルにはあったのである。
「レア様、シェリル様から貴女様を護衛にと推挙していただきました。少し周囲を調べますのでご一緒して頂けますでしょうか?」
「……」
ジルの問いかけにレアと呼ばれた女騎士が無言で頷く。色は分からないが長い髪をポニーテールに纏め毛先がその動きに合わせて踊る。それを確認してジルはレアの横を素通りし、野営している一団から離れ始めるのだった。
ジルの背後で緊張が高まっている気配がある。
5分は無言でお互いに歩を進めただろうか。遠くに焚き火の火が見える。
「レア様、何かしらお察ししてくださっていると思いますが、単刀直入にお尋ねします」
「……」
「レア様はあのモノとどんな繋がりがあるのですか?」
「!?」
その質問はレアにとって予想外のものだった。確かに盗賊たちと刃を交えている最中に横合いから魔法で殴られた記憶はある。気が付くと妹のサーシャと共に居たのがあの男だ。そして、あろう事かどうやったのか馬車の下に現れて魔法を制御してみせたのである。驚きを抑えようとするが、切れ長の大きな目を見開いてしまう。
その男が今は妹と共に居るというもの不思議な話だが、何故か悪感情や疑念を抱けなかったのだ。情けない話だと自分にぼやく。
「では、質問を変えましょう。あの少女と共に居た男は何者ですか?」
◇
「では、質問を変えましょう。あの少女と共に居た男は何者ですか?」
ジルの問い掛けに胸の鼓動が大きく動いたような錯覚に陥った。
「!?」
ーーバレていた?
いや待て、質問の趣旨を考えろ、我々の事ではなくあの男について知りたいのだ。
「ふぅ。それはわたしも同じだ。あの男について知っているのは野盗のアジトを突き止めたいという事だけだ。それ以外のことは知らない」
わたしのの答えにジルの心持ち釣りあがった双眸が細められる。
「それだけで信頼しろと言われるのですか? では何故あの少女と行動を共にしているのでしょう? 初めはお一人だけでしたのに?」
ーー気づかれていた!?
しかも計画の当初からだと。
不味い。ここで対処の仕方を間違うと計画が頓挫してしまう。
どうする!?
何が正解なのだ!?
落ち着け。ここで嘘を語っても後で計画がバレた時には言い訳が出来ん。
ここは本当のことを話して信頼を勝ち得るのが先だ。幸い、辺境伯様がツインテールフォックス狩りをするとは聞いてない。ならば問題ないかーー。
ほんの一瞬だが、わたしの中では長い間を取って口を開く。
「ーーーーふぅ。わたしは辺境の街のどこかに囚われているツインテールフォックを解放するために雇われてここに潜入している。あの少女はわたしの妹だ。だが、あの男のことは本当に知らないのだ。今も言ったように、野盗のアジトを突き止める手助けを我らがする代わりに、我らの手伝いをしてくれる手はずとなった。それだけだ」
「ツインテールフォックス。あの魔獣ですか」
「何か知っているのか!?」
「あなた方の事は抛って置いても害にならないでしょうから良いとして、あの得体の知れない男が街に来るのは留めたい、ですわね」
わたしの話を聞いて、ジルは呻くように言葉を発し下唇を噛むのだった。同時に内心、わたしは胸を撫で下ろす。わたしたちの事ではなかったか、と。
安堵と共に、今度はジル程の者が気に掛ける男に興味が湧いて来たーー。
◇
「あなた方の事は抛って置いても害にならないでしょうから良いとして、あの得体の知れない男が街に来るのは留めたい、ですわね」
「何故それほどに警戒を? お前ほどの力量があれば問題ないのでは?」
「いえ、貴女は馬車から離れていたから気付かなかったでしょうけど、あれは危険です。高位の不死族が纏う“穢”を感じた時もあれ程の悪寒を感じたことはありませんでした」
「死者だというのか?」
「いいえ、残念ながら穢は感じれませんでした。何より聖魔法を使ったのです。気紛れなのか戯れなのか分かりませんが確実に人外だと言い切れます」
「それ程とは」
ジルに対するレアの評価は決して低くない。事実自分と互角ではなかろうか? という気配さえある。それ故に彼女の言葉には重みがあったのだ。
「では、この後のご予定を確認させてください。貴女方は街であの男と合流してツインテールフォックスを救出し、安全を確保して盗賊のアジトに向かうということでしょうか?」
「そうだ」
的確な質問にレアは舌を巻く。
「分かりました。私も手伝いましょう」
「!?」
「正直逢いたくはないという気持ちですが、逢ってみなければ解らないこともあります。私の目的はあの男の正体を見極める事、その存在が毒となるのか薬となりえるのか、その為にお力をお貸ししましょう」
「共に居る為の利害が一致するならそれは喜ばしいことだ。しばらくの間宜しく頼む」
そう言ってレアは右手の籠手を外して、手を差し出すのだった。ジルもふぅっとす小さく息を吐くのだったが、にこりと笑ってその手を握り返す。こうして深夜の密会は幕を下ろすのだった。
二人が戻って来、何も問題がなかった事を聞くと辺境伯はキャンプを払い、夜間行軍することを告げて身支度を始めるのだった。30分後一行は辺境の街へ向けて歩を進めることになる。
三日後の夕方、一行は漸く辺境の街フロタニアに到着したのであったーーーー。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
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