第140話 誘い
遅くなり申し訳ありません。
まったりお楽しみ下さい。
招かねざる3名の旅人はマントに付いたフードを深々と被り、雷鳴轟く中雨に打たれつつその場に立つ尽くしていたーー。
「今の一歩で勘付かれただろう」
それは女声だった。女性にしては低い方だと思うが異性を感じさせる響きはない。
「これほどの土地が眷属地だと言われるのですか?」
「まさか!? これだけの土地を眷属化するには途方もない魔力が必要ですよ!?」
どうやら付き添いの2人は男のようだ。背丈も彼女の後ろに控えていた2人の方が高く肩幅もある。
「いや、間違いない。あの一瞬で感じたのは我が君の聖域に入った時と同じ感覚だった。貴様等も気を引き締めろ。くれぐれも機嫌を損なわぬようにな。さもなくば我らの命はない」
「そ、それほどまで!? セシリア様の口からそのような言葉を聞きたくはありませんでしたぞ」
「勘違いするな。我らは宣戦布告の使者として来たのではないのだぞ? 礼を逸するな」
雨が3人のフードとマントを激しく打ち据える。雨音とフードの所為でお互いの声が聞き辛いのか頭を寄せあって話す姿は妖しくもあり、滑稽だった。セシリアとい小柄な女性から諭されて一番背の高い男が項垂れる。もう1人の男は口を出さないまでも頭を垂れて恭順の意を示すのであった。
「も、申し訳ありませぬ」
「それに我らが可笑しな真似をせぬ限りは友好的であるようだぞ?」
セシリアの言葉と視線に促されて2人が見た先に、2頭立ての馬車がこちらに向かって雨の中を石畳を踏みしめている姿があった。普通の馬車とは異なり、御者席には前後に大きく伸びた庇が取り付けられ左右からもできるだけ雨を防げるように雨よけの飾り板が取り付けられている。まさに今のような状態で使いたい馬車そのものだ。
「か、変わった馬車ですな」
「うむ。わたしも初めて眼にするが機能的だな」
「御者のために設計する必要があるのでしょうか?」
「普通は考えまい。だが、この領主はそうではないということだ。自分の常識に拘って偏頗な見方をするなよ?」
「「は」」
3人は近づく馬車を見ながら頷く。問題は領主に直に逢うことが出来るかどうかだ。その思いをセシリアは胸の内で呟きつつ唇をぎゅっと固く結ぶのだった。その瞬間稲光が曇天を駈け抜け数拍開けて雷鳴が轟く。
◇
待つこと四半刻。いや、雨の中ゆっくりと近づく馬車の歩みをあまりに遅く感じた所為で、本来ならばそこまでかかってないものに思い込んでるのかも知れない。そんな思いを振り払いながらセシリアは頭を左右に振る。
ブルルルル。停車した途端、馬車を牽く馬が鼻を鳴らし、首を振って鬣に付いた雨水を首を降って飛ばす。気休めだが、彼らにとってはそうではないのだろう。
「御待たせ致しました。エレクタニアへようこそお越しくださいました。御用の趣を御訊ねしてもよろしゅうございますか?」
3人の目の前に馬車を横付けして、少女のような背丈の御者がぴょこんと飛び降り小さくお辞儀する。フードを深々と被っているので表情を覗えないものの、フードの奥に光る瞳と佇まいが単なる少女ではない事を物語っていた。セシリアの背後に立つ2人の男が外見にそぐわない雰囲気に身動ぎしそうになるのを、セシリアが手で制する。今迂闊に動けば交渉の場にすら上がれないと今までの経験が警鐘を鳴らしているのだ。
「部下が失礼いたした」
「とんでもございません」
セシリアは表情に出さないまでも驚いていた。使用人であろう目の前の少女がただならぬ使い手であるという事に。その強さを隠せるということに嫌な汗が背筋をつぅっと流れたのが分かる。マントのお蔭で内衣は濡れていない。予想していてた以上に困難な仕事になりそうだ、そう思いつつゆっくりと口を開く。
「わたしはセシリア・ド・ベイレフェルトと申します。我が君“守護者"リーゼロッテ・ド・シュヴァルツシルトの名代として御当主に親書をお持ちした次第です。先触れなく、突然の訪問で失礼は承知の上申し上げます。御目通りは叶いませぬか?」
「……」
セシリアの淀みのない口上を受けた少女は何も言わずただ瞑目した。己の鼓動が雨音よりも大きいのではないだろうか? と思えるほど脈が大きく早い。少女が沈黙していた時間はほんの僅かだったが、セシリアと2人の従者にとって長く感じる間だった。
「ーー」
後ろの2人が何かを口走りたくなっているのを察してセシリアは無言のまま制す。この沈黙が屋敷との確認作業である事くらい承知の上だ。主の命を果たすためならば今更ここで何時間待たされようが構わない。そんな意気込みで返事を待っていたのだが、返って来たのは拍子抜けするようなものだった。
「申し訳ございません。主はただ今不在でございます。出直して頂くか、主が帰るまでの間逗留して頂くか、選んで頂けますか?」
「「「え?」」」
門前払い、という可能性もあると腹を括っていたのが逗留という選択肢を提示されるとは思ってもみなかったのだ。
「と、逗留ですか?」
一体どれほどの期間留まれば良いのか目処も経たない状態でそのような提案は到底受け入れ難いものだった。それでもセシリアには己が主から委ねられた使命がある。一呼吸二呼吸する間に色々な要素を瞬時に考えなくてはならないものの、セシリアは辛うじて沈黙を破ることが出来た。
「はい。逗留と申しましても、正しくは食客扱いとなりますが」
「食客……。御当主はどのくらいで御帰りになられるのでしょうか?」
食客扱いとなればかなり優遇される立場だ。その家にとって価値が在る者とみなされていることであり、有事の際には食客としての扱いに報いる働きが期待される。望まない限り主従関係に発展しないものの、実質その家の戦力とみなされるということだ。それでも良ければと問われているのである。返答する前に確認したことがある。
「申し訳ございません。わたくしはそれを申し上げる立場にありません。詳しいことは眼代に顔合わせして頂いた後、御尋ねください」
「がんだいとは?」
「主より留守を任された者の役職で御座います」
どうやらこの当主は相当の切れ者のようだ。侍女にまで徹底して不必要な情報を漏らさぬように教育が行き届いている。それが目の前の侍女に対するセシリアの印象だった。ここまで来て何も情報を得ずに目的も果たせずに帰ることは出来ない。セシリアの答えは決まっていた。
「では、眼代殿に御目通りを願いたい」
「畏まりました。では、馬車に御乗り下さい。出来ましたらマントは足元に脱いで置いて頂ければ、こちらで乾かしておきます」
「忝ない。行くぞ」
「「は」」
少女に促されるまま、雨に濡れたマントを脱いで馬車に乗り込む3人。足元にマントを置くものの立ち込める湿気と汗の臭いが馬車の中に充満するのだった。セシリア1人臭いを気にする素振りを見せるが、少女は気にした様子もなく静かに馬車の扉を締め、御者席に乗り込むと馬に鞭を当てる。車窓からゆっくりと流れ始める領地の景色を、セシリアは顔に張り付いた鉄紺色の髪を払いつつ黙したまま眺めていた。
彼女の横顔は美しいながらも違った意味で眼を引くに値するものだった。青色の肌に金色の瞳、そして額の左右にある頭角の辺りから握り拳ほどに伸びた角が生え出ていたのである。青鬼。そう言える風貌であった。男たちの方は赤い肌に金色の瞳。同じくらいの角がやはり2本生え出ていた。
◇
四半刻後。
3人の姿は応接室にあった。セシリアがソファーに腰を預け、従者の2人が彼女の後ろに立ち向き合っている形だ。ソファーの前にある背の低い長方形の応接テーブルにはセシリアから手渡された羊皮紙の巻物が置かれている。テーブルの天板に接している部分に蝋で施された封印が見える事からすると、まだ中身を見えていないようだ。
「確かに親書を御受け取りしました。ですが、先程から申します通り主が不在です。こちらからも連絡が取れない状況ですのでいつ御帰りになられるのか判らないのですよ。如何がなさいますか?」
自嘲気味に微笑みを湛えてセシリアに向い合って座っているのはエルフの老婦人であった。その背後にエレオノーラが立ち様子を窺っている。この布陣も予め2人で話し合った結果だった。代理となる者が居ない場合エレオノーラが全権を有するとルイから命じられていたものの、飽く迄自分は使用人であることに拘ったエレオノーラがリューディアに泣き付いたのだ。最終決定においてエレオノーラが問題と判断しない限り、リューディアの裁断で対応する事に決まっていたのある。
「出直すか、食客として御世話になるか、でしたね?」
「ええ。主からは賓客を無碍に扱わぬように言われております。こちらと致しましても主の予定を把握しかねておりますので、その御詫びも兼ねての御提案です」
「過分なる気遣いをしていただいたものと認識しております」
「それで、如何がなさいますか?」
「……わたくし1人が残ります」
「「セシリア様!?」」
少しの沈黙の間瞑目していたセシリアは、静かに二重瞼を持ち上げつつそうはっきりと言い切るのだった。当然背後に立つ従者たちが身を乗り出さんばかりに動揺する。
「良いのだ。どのみち返事を聞かねばわたしは帰れぬ。ならば我が君に現状をお伝えする者が要ることは明白。エレボスを越えるのは1人では危険だ。ならばお主等を返すのが道理であろう?」
「「……ぐっ」」
「案ずるな。幸い、我らの姿を見ても嫌悪の情を載せた視線は無かった。リューディア殿の言われるように無碍に扱われることもあるまい。もしそうなったとしても、それはそれだ。もとより腹を括って命を帯びたのだからな」
「「は。畏まりました」」
それも想定済みだったのだろう。セシリアは淡々と説き勧め渋々であるものの、部下の了解を取り付けたのだった。肌は違うが同族である事、嫌々ではなく真に彼女の身を案じているという事などを鑑みるに、このセシリアという女性は高貴な身分なのだろう。そうリューディアやエレオノーラは分析を済ませるのであった。
「済まぬ、リューディア殿。御見苦しいものを見せてしまった」
「付き添いが主たる者を気遣うのは当然の事、微笑ましくあるものの気分を害するものではありませんよ。それに旅の疲れもあることでしょう。エレオノーラに案内させますので、まずは汗を流し旅の疲れを御取りください。それから食事を準備させましょう。エレオノーラ後は任せます」
「承知致しました」
ソファーを立つリューディアとすれ違いざまに視線を合わせたエレオノーラは、小さくお辞儀して見送る。リューディアが応接室から出て行くのを見送ってから、エレオノーラは賓客を案内し始めるのだった。逗留用の客間に案内し、荷物を置かせてからお風呂に誘導する。その作りに終始驚き惑う3人であったが、湯船に浸かった頃には気持ち良さに骨を抜かれ、只々頬を緩ませているのであった。
◇
ここはミカ王国の王宮。それも謁見の間だ。気軽に入れる場所ではないんだけど、巨人を倒した僕たちはここに戻って来ていた。何でも王様から直々にありがたい言葉を賜るそうだよ? 面倒だな。
確かにサフィーロ王国の時に極秘謁見なんかしたよ? でもあれはエレクタニア絡みで必要に迫られてなんだ。だから無理に王に逢いたいとは思わない。それにさっき逢って話もしたし、クリス姫を無事に届けたんだから御役御免でしょ。褒美とか要らないから解放されたい。
「ルイ・イチジクよ。此度は我が娘クリスティアーネを賊から救い出してくれるばかりか、砂漠の危機から守り、この王宮の危機にも尽力してくれたことに礼を申す」
そう王様が頭を下げたよ。いや、文官武官がずらりと並んだ正規の謁見じゃなくて助かった。
「ちょ、王様顔を上げて下さい。無闇に頭を下げちゃダメですって」
「構わぬ。どうせ親しい者しか居らぬのだ。それに我らだけではあの男に太刀打ち出来なんだろう。本当に助かった。どうだ宮廷仕えとまでは求めぬが、食客として暫く留まらぬか? 娘も喜ぶ」
王様はそう言ってクリス姫の方にチラッと視線を向ける。僕も釣られてみたけど満面の笑顔だった。気が重くなる。皆に良い顔してあげたいけど無理だよな……。下手に希望を持たせるよりかはスパっと切った方がお互いのためかも知れないね。
「身に余るお誘いですが……」
その言葉にクリス姫の表情が曇る。うん、ごめんね。あれ? お姉さん顔が赤いけど大丈夫か? 謁見の場所に居合わせた3姉妹の一番上の王女の様子が気になる。熱が出てる症状だ。
「それも叶わぬか?」
「はい……。姫様を御救けできたのは僥倖でしたが、こちらまで足を運べたのはシムレムにある“妖精郷”へ向かう旅路のついでなのです。なので、長逗留は出来ません。ここに留まれるのも精々砂漠を渡るための準備の間くらいでしょう」
「なんと“妖精郷”へか。砂漠を経由するということは魔王領を抜けるということだぞ?」
「承知の上です。姫様を護衛する依頼を受けて最適なルートを考えた時に、このルートしか残ってなかったんです。まぁ本当は海路は海賊と殺り合った後でしたので、危険を避けて陸路ルートしか無かったんですけどね」
どさっ
「「エル姉様!?」」「エル!?」「姫様!」「「っ!?」」
そう答えた瞬間だった。顔の赤かった王女様がまるで糸が切れた操り人形のようにカクンと膝を折り、力なくその場に崩れ落ちたんだ。えっと、皆エルって言ってるけど、正直名前を覚えきれてない。クリス姫とアレンカさんの名前は辛うじてだけどね。
僕の後ろに控えていたナハトア、カリナ、ドーラ、フェナに腕を伸ばして前に出ないように制しておく。クリス姫付きの2人、ジルケとゲルルフは動揺してるが手を出せずに居るようだ。王族が介抱している中に臣下の者が割り込むわけにはいかないだろうね。ラドバウトとイエッタも動いていない。どちらかといえば周囲を警戒している方だな。
「ルイ様?」「ルイさんどうするんですか?」「「ご主人様?」」
「皆は動かないで。誰かの仕業とかじゃなく多分体調不良が原因だと思う。ちょっと診てくるよ。王様! わたしは医術の心得が少しあります。御傍に行っても構いませんか?」
誰が聞いてるか分からないから無難な対応を心掛けるぞ。これなら問題ないだろ?
「真か!? 頼む! 娘をエルを診てやってくれ! 今は宮中が混乱しているせいで近習が誰も居らぬのだ」
いや、それもどうかと思うぞ? 王様を1人にするなんて普通に考えても可怪しいだろ? それだけ巨人に惑わされていたということか。だとしたら本当に危なかったな。裸の王様もいいところだ。
「失礼します」
人が少ないのは安全を確保する上でありがたい。僕のためのスペースを開けてくれたので姫様の下に駆け寄り額に左手を当てる。生身を着けている時でよかったな。早々に解除していたら細かい診断が出来なかったぞ。掌から伝わってくる熱がかなり上がっている事を告げている。この場では対応できないな。
「どうなのだ?」「ルイ様、エル姉様は大丈夫なのですか!?」「早く教えて」
「何かが原因で高熱が出ています。まずは寝室に運んで身体を冷やしましょう。姫様付きの侍女にこれまでの御様子を聞きたいのですが、寝室に運ぶのと合わせて呼んで頂けますか?」
「分かった。誰かある!!」
王様の一声にバタバタと足音が近づいてくる。近習たちか?
「陛下! クリスティアーネ様!」
「「ロミルダ!?」」「ロミルダさん!?」「っ!?」「あ」
思わず「あ」しか出なかったけど、呼ばれて集まってきた近習たちの中にロミルダさんの姿が在ったんだ。侍従3名、侍女5名の中に紛れ込んでいたと言ったほうが良いか? 王様とクリス姫は驚いた表情だったけどジルケとゲルルフの表情は違った。明らかに不審感と嫌悪感が浮かんでる。当然ウチの4人はそれに気付いたようで目配せをすると頷いてくれた。止めてくれるはず。
「この度は無事に王都までお連れすること叶わず、その身を案じておりました。クリスティアーネ様、よくぞ御無事で!」
「ロミルダよ。息災であったか?」「ロミルダ! え? ルイ様?」
飛び出そうとするクリス姫の手首を掴んでニッコリと笑う。ロミルダさんのお相手は陛下にして頂こう。
「姫様、今は姉上の移動が先です。ロミルダさんとは落ち着いた時にゆっくり話せますよ?」
「そ、そうであった! 皆の者手を貸すのだ。エル姉様を寝所に運ぶ!」
クリス姫の言葉にロミルダ意外の近習が傍に寄ってくる。殺気を放っているものは居ないな。王様も横目で何となくそれを確認しながらロミルダに視線を戻していた。何も出来ない王様ではないらしい。まぁ魔王領と隣合わせの国の王様がモヤシだったら国民は付いて来ないよな。
「陛下、わたくしめもクリス姫の御傍に寄ってよろしいでしょうか?」
「マテウスは処刑したぞ」
「ーーっ!?」
頭を垂れたまま王様からの言葉を待っているロミルダの肩がビクッと揺れる。
「わしが知らぬとでも思っていたか? 宮廷魔術師の任に就かせる者の素性を調べぬ為政者が何処に居ろう?」
おや? あの巨人と元々繋がりが有るってことか? 雲行きが怪しくなってきたな。近習と侍女たちが倒れた王女様を運ぶために何やら道具を準備しに去っていった。お姫様抱っこじゃまずいのか? 王様の言葉に謁見の間の雰囲気が張り詰めいてくのが分かる。緊張感に耐えれないのか、ロミルダさんの肩が震え始めた。王様の言うことは至極当然だ。けど、ロミルダさんの反応はそれだけじゃない気がする。根っこに何かがあるということか?
「ーーーー」
沈黙を守るロミルダさんに向けて王様が更に言葉を添える。重々しい威圧を載せてーー。
「沈黙は許さぬ。疾く答えよ。ロミルダ、お前はいつから息子が先祖返りであることを知っていた?」
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