第136話 砂の国の王
大変長らくおまたせして申し訳ありません。
疲労は思考力を奪うものだと痛感しました。
それではまったりお楽しみ下さい。
「さあ、稽古の続きだ」
「「「「うおおぉぉぉっ!!」」」」
間髪入れずに背後から6つ突の槍が突き出される。偶然のなせる技だったが、同時に凶刃が陽の光で煌めいた。ラドバウトは稽古のつもりだが、操られている兵士たちにとっては実際の戦闘だ。手加減するはずもない。
「ちぃっ!」
真っ直ぐではない突きが放射状に広がってラドバウトの退路を経つ。というのも、正面で騎士たちの剣撃を打ち返している最中だったのだ。4本は柄を断ち切ることで無力化し、体を捻りながら槍の柄を掴む。その間に騎士たちの剣を払い胴を蹴り飛ばしていたのだが、最後の槍の穂先を躱すと騎士の1人に刺さる事にラドバウトは気付く。その軌道では致命傷になりかねない。
「ったく、これで避けてこいつが死んだら目覚めが悪いだろうがよっ! ぐうっ!」
向き合っていた騎士を蹴飛ばして突き出された槍を腹の正面で受けるラドバウト。勿論突き抜かれないために腹筋を締めて最速で突き刺さった槍の柄を切り離すが、それでも30㎝はある槍の穂先の半分は腹部に吸い込まれるように刺さっていた。見る間に傷口から血が滴り始める。
「やれやれ損な役回りだったか? ま、足止めには十分だったろうがな。オレも焼きが回ったかよ」
穂先が刺さったままだと出血がある。抜いてしまいたくなるのが普通だが、ラドバウトはそれを抜けば更に出血があることは経験で理解っていた。かといって傷口を攻められれば致命傷になる。
「さて、半分はぶちのめしてやったが、残りはどうしてくれよう」
「【黒珠】!」
「何っ!? っう!」
兵士たちを見回している横から大人の握り拳程の黒い珠が視界を覆い隠す流れとなって兵士たちを襲う。ラドバウトが慌てて飛んできた側に顔を向けるとダークエルフの女が左手を突き出して立っていた。確か、ナハトアといったな。そんな事を考えている内に、ナハトアの繰り出す【黒珠】で静かになるのだった。
「イエッタたちは?」
「先に行かせたわ。ロミルダっていう人を見かけて追いかけて行くまでは一緒だったけど、わたしが残って時間稼ぎして追いかけたら居なかったのよ。ま、お蔭で手遅れにならずに済んだみたいだけど……」
「面目ない。少しヘマをしてな」
「これはーー」
既にラドバウトの右足は真っ赤に染まっていた。言葉に詰まったが、すぐさまナハトアは自分のマジックバッグを弄り傷薬液を取り出し傷口に振り掛ける。すぐさま液体が体に吸収されていくのを確認してもう1本を取り出しラドバウトに手渡すのだった。
「済まない。だが助かった」
「これでも応急処置です。傷が深いからルイ様に診てもらわないと。槍を抜くのでそれに合わせて飲んでくださいね?」
「分かった。ぐっ!」
「こんなに奥まで……」
槍の半分まで血塗れているのを見てナハトアは言葉を失った。実はナハトア自身も傷薬液の在庫がなかったのだ。ルイが居るからという理由で補充しなかったのである。つまり今の2本で打ち止めということ。
傷薬液は魔力液と並んで旅行する者たちにとっては必需品とも言える消耗品だ。作り出せる職業が限られているということと、回復魔法があることで大量に市場に出回ることがない。限られた場所で取り扱っているが魔力液に限っては需要が高いのは仕方ないことだろう。魔法を使う者たちにとってMpの枯渇は死活問題だ。飲み過ぎると水腹になるが、背に腹は代えられないと言ったところだろう。そもそも傷薬液は回復量も魔法に比べて悪い。いや、製品の質にばらつきがあると言ったほうが良いか。作り手の熟練度次第なのだ。ナハトはの持っていた物は良い方の部類だったと付け加えておく。
「ヴィル!」
「応っ!」
「ラドバウトさんを背負ってくれる? ルイ様と合流しないと危ないわ。ホノカ、ナディア」
ヴィルヘルムがナハトアの呼び掛けに応じて腕輪から姿を現す。漆黒の全身鎧に身を包んだ姿だ。そのままラドバウトの前に腰を落とし背中を向けるのだった。その間にも喚ばれた2人が姿を現す。半透明の姿だが肉感的なボディラインにラドバウトが思わず見惚れている。
「承知。鎧を脱ぐわけにはいかぬが、我の背に乗るが良い」
…… 何? なぁにぃ〜? ……
「ルイ様を探して。フェナたちの方も気になるけどラドバウトさんを優先せないと手遅れになる」
…… 分かった。 ふふふ。そういう事ならお安い御用よぉ〜 ……
彼女たちも霊体だがルイとは違う種で亡霊というアンデッドだ。元来アンデッドには腐った臭いや死の臭いと呼ばれる“穢"というものが纏わり付いているのだが、ルイは別にして、黒屍竜にもナディアとホノカにもそれがないのだ。ないという表現は誤りか。最初は“穢"を纏ってはいたものの、召喚具の中に入った後それが綺麗になくなったのだ。その謎はまだ解明されていない。
短く承諾の言葉を残して2人の姿は空に昇って行くのだった。そう、陽に当たってもダメージを負わない体になっていたのだ。アンデッドの性質を知る者がこの場に居たなら目を剥いたことだろう。その間にラドバウトが照れながらヴィルヘルムの背に負われて何とも言えない表情をしていた。
「わたしたちは謁見の間までのルートが分からないから、案内だけでも頼めるかしら?」
「任せろ。ここから別のルートがある。普通に行くより早いだろうからな。今来た道とは反対だ。左のあの路地に入ってくれ」
「ヴィル、行きましょう」
「承知」
「なぁ、こいつを一緒に喚んでくれてればもっと早くに片付いたんじゃないのか?」
ヴィルヘルムの背中で揺られながらふと浮かんできた疑問を口にするのだった。そうすればオレも傷を負うというヘマをしでかさずに済んだかも、と続く言葉は留め置くことに成功する。
「それは無理ね」「無理だな」
ほぼ同時にナハトアとヴィルヘルムから同じ答えが返ってくる。
「この莫迦じゃ手加減できないわ」
「自慢ではないが斬るか喰らうかなら任せておけ」
喰らう? 聞き慣れない言葉に首を傾げるラドバウト。砂漠の地下でヴィルとは顔を合わせているから初対面ではないが、竜族というものを今ひとつ理解していないようであった。古来より、高位の竜族は人の姿をとって人に相対する。竜の姿を想像できないのも無理のないことだ。付け加えるなら、初めから竜の姿をしているものを称してドラゴンと呼ぶこともあまり知られていない。グラナード王国にある迷宮の外でヴェルヘルムが人化したが、あのような現場を目撃することは殆ど無いのだ。なので、竜族とドラゴンというのを結びつけにくいのも頷ける。竜族のことを竜人族とも呼ぶくらいなのだから。
ナハトアのヴィルヘルムの言葉を聞きながら、どの道不殺を貫くには1人で正解だったという訳かと胸の内で呟く。カラッとした性格に頬が緩みそうになるが、ズキンと時折来る腹傷の痛みに眉を顰めヴィルヘルムの肩から指差して迷わないよう注意を促すのだった。
◇
同刻。
「王族には慣れたかしら? リンダ?」
「ーーっ!!」
エルネスティーネに抱き締められているクリスティアーネには逃げ場はなかった。その一言でビクッと体が痙攣するかのように震える。正体がバレている。それだけでも彼女の頭の中は混乱を極めていた。どう逃げる? どう胡麻化す? そんな事さえ考えられる余裕もなかったのだ。
「ふふふ。緊張しなくても大丈夫よ、リンダ。少しお話したくてアレンカに頼んだの」
「え? アレンカ?」
「そう、もともと彼女はわたしの侍女なのよ?」
その言葉に顔だけベッドの横に佇む侍女に向けることが出来た。アレンカに表情はない。いつも通りだ。
「……申し訳ありません」
「何を謝るの? 貴女が正体を偽っていたこと? 王を騙していたこと? 平民の貴女が王族の生活を楽しんでしまったこと?」
「ーー」
どの問掛けも思い当たる。と同時に思い悩んでいた事だ。それ故返答に窮してしまう。だが自ら望んで身代わりになったわけではない。そう言おうと口を開きかけたときーー。
「家族の事は大変だったわね。クリスの侍女となって生活が楽になったと思えば拘束されてしまうなんて……」
「ど、どうして」「どうしてそれを知ってるか不思議なのでしょう?」
オーケシュトレーム子爵から脅され長くクリス姫付の侍女になっていた自分が今の姿になった理由を言い当てらてられたのだ。驚かない訳がない。問い質そうとしたところで言葉を被せられ、思わず口をつぐみ頷くのだった。
「リンダ。貴女は王族の一部の王子や姫たちの名に母方の姓が含まれてないのを不思議に思ったことないかしら?」
エルネスティーネの言葉にリンダは一拍間を置いてぎこちなく首を上下に動かす。そうなのだ。ミカ王国の王族は名前、母方の姓、家の爵位の有無を表す言葉、そして家名と続く。クリス姫を例にとって見ると、クリスティアーネ・ラピスラスリ・フェン・ヴァルタースハウゼンとなる。エルネスティーネが言ってるのはこの2番目だ。そしてリンダもその違和感を燻り続けていた1人であった。現に当事者のクリス姫だけでなく目の前に居るエルネスティーネにも母方の姓がないのだ。
「それはわたしたちが特別な産まれ方をしたからよ。それ故にその子達には不思議な力が宿ってるの。そのお蔭で王宮に蔓延る不可解な力に支配されることもなく、貴女を見分けることができたの。貴女についての情報くらいはわたしの手の者でも容易に手に入れることが出来るわ」
「そ、そうなのですね」
それはどういう事かと力の件に疑問をぶつけそうになってリンダは言葉を濁すのだった。エルネスティーネの瞳に吸い込まれそうになる感覚に怯えてしまったのである。
「それも必要ならその内知ることになるわ。下手な詮索より体を動かしてもらおうかしら」
「か、体でございますか?」
「アレンカ」
エルネスティーネの呼びかけに素早くお辞儀をしてアレンカがリンダの後ろに回りこみ、ベッドから引き摺り下ろすかのような勢いでエルネスティーネから引き離す。リンダも何をされているのか理解できないまま、気がつくとベッドの側に立たされて左腕をがしっとアレンカに掴まれていた。一連の動きを満足して見届けると、エルネスティーネ自身も部屋付きの侍女の手を借りてベッドを出、ゆっくりと床に立つ。
「さあ、リンダ。御父様に説明しに参りましょう」
「え!?」
「ありのままを御父様に申し上げるのです。クリスもこちらに向かっていることですし正面突破で参りますわよ」
「クリスティアーネ姫がでございますか!? ま、参ります! この姿はどうしても解けませんがわたしで御役に立てるものでしたら如何様にも御使い下さい!」
その名前を耳にした瞬間、リンダがベッドに乗り出して聞き返す。腕を掴んでいるアレンカが思わずよろけて蹈鞴を踏むほどの勢いでだ。今までクリスを演じていた自分がクリスの役に立てるかも知れないということが彼女を動かしたのだろう。その訴えと真剣な眼差しをしかりと受け止めたエルネスティーネはゆっくりと頷き、短く促したのであった。
「ええ、期待してるわ」
腹部の中央辺りでさり気なく掌を重ねるように組むと、エルネスティーネは踵を返し部屋の外へ向かうべく歩き始めたのだった。その後を慌ててリンダが追うがアレンカに窘められている声が背中に響く。ちらりと視線を向け予想通りの姿に口元を緩めるエルネスティーネだったが、一瞬だけ眉を顰めて右脇を締める。その仕草は小さいものだったために誰も気付くことはなかった。エルネスティーネ自身も特に気にした様子もなく、ゆっくりと絨毯を踏みしめながら謁見の間に向う。騒がしい侍女を連れてーー。
◇
「転移のトラップだぞ!」
同時に閃光が塔の1階を包み込むのだったーー。
「皆居るか!?」
閃光で一瞬視野が遮られてしまったけど取り急ぎメンバーの安否確認だ。
「大丈夫」
カリン良し。
「あちしも問題ない」
クリス姫もオッケー。背中に姫の重さを感じ取れる。
「問題ありません」
ゲルルフも居る。ドーラは?
「ご主人様、わたしも大丈夫です」
良し。じゃあ次は現状把握だ。
「ここが何処だか分かる? カリナが出した光は転移には耐えれなかったみたいだね」
「出しますか?」
「いや、まだ良い。下手に出して狙われたくない」
「そうですよね。見る限りは妖しいものはありませんけど?」
カリナの提案を断ってみたけど、カリナには周囲が見えているようだ。エルフの眼は特殊なのか? 昔何かでそんな設定を読んだ記憶があるけどあやふやだからな。それで安全が確認できるんだから結果オーライだ。
「わたしの鼻にも特に臭いは感じません」
ドーラの嗅覚でも知らない臭いはない。僕以上に鼻が良いから疑いようはないけど、臭いがないのかな?
「カリナ、明りをお願い。ドーラ他に気になる臭いはない? 水源がありそうな感じとか?」
「はい。光り在れ。【発光】」
すんすん
「特に湿っぽい臭いはしません。どちらかといえば乾燥してる感じがします」
周囲をカリナの出した光で照らしてもらった。奥行きがある構造だな。ドーラが言うように足元の土も湿った感じはない。埃は立たないまでもさらさらしてる感じがするから、ドーラの見立ても正しいね。じゃあ進んでみるかな。
大きな空洞を奥に進むこと5分。何かに遭遇することもなく衣服が擦れる音と土を踏みしめる音が僕たちの呼吸音に混ざる。何もない。空洞は人工的に掘られたような跡が見受けられるけど、ダンジョンかどうかも分からないんだよな。特に会話もないまま進んでたけど、先頭を歩いてくれているカリナが立ち止まるのが見えた。
「どうした?」
「ルイさん、奥に扉が見えます」
「扉?」
出口か?
「期待させて悪いんですが、あれは開かないと思う」
「どういう事?」
カリナの横に並び彼女が掲げてくれた光に照らしだされた構造物を見上げてみた。デカイな。
「大きい……」「こ、これは」「ーー」
「確かに横に人が通れるような小さな扉があるわけでもないし。人の力じゃどうしようもないだろうね」
そうしか言いようがない巨大な二枚扉が目の前に聳え立ってたよ。ステータス補正があるとは言え、これは無理だ。動くわけがない。チラリと他の大人たちを見るが口が開いてる。その気持ちは分かる。どうしようもないもんな。あれ? クリス姫の反応がない?
「クリス姫? どうかしました?」
「下りる」
「あ、はいはい、どうぞ」
目の前の巨大扉を見て思うことがあったのか、クリス姫が背中で身動いだので膝をかがめて彼女の好きなようにさせた。僕の背中から下り、たたたたと扉まで駆け寄ると呆気にとられるような表情ではなく、きゅっと唇を引き締め眉をハの字に寄せながら見上げていたんだ。見覚えがあるってことかな?
「クリスちゃん何か知ってそうですね」
カリナはいつの間にか仲良くなっていたらしく、ちゃん付けで呼び合う仲になっていた。いやいや相手はこの国のお姫様だよ? という感覚はカリナに無いようだ。公の場で可怪しな事になりそうならその時注意すればいいか。そんな事を考えていると、クリス姫が徐ろに両手を扉に当てて押し始めたよ!?
「は?」「「え?」」「姫様?」
「この奥に母様が居るの!」
「はい?」
驚きの言葉がそれを見守る大人たちの口から漏れ出たんだけど、さらに耳を疑うような言葉に言葉を失ってしまった。え? 母親? こんな地下洞窟の中に? その前に扉が6歳やそこらの女の子の細腕で動くわけーー。
「おいおいおい、動いてるよ」
「嘘でしょ……」「在り得ない……」「こ、これはーー」
「ルイさま、手伝って!」
「え、あ、任せて!」
あまりの事に呆然と見守るしか無かった僕にクリス姫の声が届く。慌ててクリス姫の上に両手を当てて彼女と同じように扉を押すと、一度動き始めた扉はゆっくりと速度を上げ始めた。それを見た他の3人も扉に手を当てて押し始める。
この扉、魔法が掛かっていたんだろうか? クリス姫が触るまでは何の変哲もない重厚な鉱質の扉だったんだけど、彼女が触ると薄明るく発光し始めたんだ。それに合わせて軽くなった様な印象がある。最初に試し押ししてないからどれくらい重くて頑丈なのか分からないけど、開いていく扉の厚みをみると兎に角分厚い。1mはあるんじゃないか? それが幼女の力で開くというのは発動条件があったってことだな。
「ご主人様、何かが居ます」
分厚い扉が開き隙間のような幅から奥の空気がこちらに流れ出てくる。その空気に含まれる臭いにドーラが反応したんだ。風が生まれるってことは奥とこっちじゃ空気圧が違うってこと? ゆっくりと開いていく扉と僕たちが居る空洞のように吹き出す風で衣服や髪が揺らぐ。風は冷たくないな。寧ろ生暖かいって感じか。
「皆、クリス姫が手を放したら僕らでは支えられなくなりそうだから、隙間が空いたら順番に入ってね! 僕が最後」
「分かった」「承知しました」「了解です」「あちしは?」
「クリス姫は中へすぐ駆けて行きたいだろうけど、皆が入るまで少し我慢してもらってもいいですか?」
「分かった!」
一生懸命僕の顔の下で扉を押すクリス姫から元気の良い声が届けられる。リスクは回避できるに越したことはない。この分厚く重い扉がクリス姫との接触で開閉可能になったのだとしたら、姫が手を放した時点で重さが戻り僕らは跳ね飛ばされるか、最悪挟まれて圧死だ。僕ならそうなったとしても問題はないけど、他の人はそうはいかない。
扉を押し始めてから5分は過ぎただろうか。漸く大人が通れそうな隙間が開いたので順番に入ってもらうことにした。皆が入った時点で僕がクリス姫を抱えて中に飛び込む。すると扉が纏っていた薄明るい光が消えて勢い良く戻っていき地響きを行き渡らせたのであった。
ずうううん
という音共に頭上から小石と埃がパラパラと降ってくる。
「母様!」
天井の作りなどを確認しようと視線を天井に向けた瞬間にクリス姫が駈け出した。思わず伸ばした右手が空を掴む。クリス姫の向かう先に自ずと視線が向いたけど、そのに見えたのはタユゲテ様が身に着けていたような2枚の布を合わせて左右の鎖骨辺りで止めている着衣を身に着けた妙齢な女性だった。クリス姫の母親だ。それなりの若さであっても不思議じゃないだろう。それにしても何故地下?
「ゲルルフさん、あの女性が何者かご存知ですか?」
「……知りません。初めて見る御方です」
少し間があった返事だったけど、どっちだ? 本当に知らないのか、それとも知ってはいるけど口外出来ないのか……。それにしても何だ? 僕の眼はクリス姫の母と思われる人物の首と両足首に注目していた。黒い何かが巻きつけられているのだ。近づくにつれてその正体が視認できるようになってくる。
「鎖……」
「母様!」
「ラピ!? ラピなのですか!? まぁこんなに大きくなって!」
沈んでゆく僕の気持ちを他所に、クリス姫が母親の胸に飛び込んでいくのが見えた。視界に写っていたと言った方が良いだろうか。僕の眼の焦点は足元に見えている3本の黒い鎖だ。首、両足首に着けられているのだろう。飼い殺しか? 尊厳も何もあったものじゃない。
「【解」「お待ちください!」
有無を言わさずに【解呪】しようとした所でクリス姫を胸に抱いた女性に止められてしまうのだった。何故? という思いしか僕の中にはない。
「この鎖はわたしが望んで着けてもらったものです。決して飼われているとか、奴隷契約で強制されているという意味ではありません」
「ーー」
先に問い質そうとした言葉を紡ぎだされて言葉を失ってしまう。他の面々も様子を見る姿勢のままだ。敵対する意志はお互いないから今はそれでいい。でも、どういうこと? 理由がわからない。
「まずは我が娘ラピスラスリをお救け頂いたことに感謝を」
「ラピスラスリ? クリスティアーネではなく?」
「そちらは人の名です」
「え?」
今、人といった? つまり人外ですと言ってるってことだよ?
「わたしと居る時はラピスラスリと古の名で呼ぶのです」
古ね。竜か、それ以外。それ以外と言っても他に種族名が浮かんでくるわけじゃない。リューディアの座学でもそこまではまだ教えてもらってないもんな。というか調べるものがなかったと言ったほうが良いか。
「ふふふ。鎖が気にないますか? この鎖はわたしが自らを戒めるもの。遥か昔、あの人と共に交わした約束の証……」
「何となく大事なものだということは伝わってきます。鎖に関してはあまり良い印象を持っていないので……。それで本当にクリス姫の母上でいらっしゃるのですか?」
「ええ、そうよ」「そうなの!」
だけど、今聞いてる話だとかなりの年齢になるぞ?
「それ以上の質問はわしが答えたほうが良いだろう」
「父様!」「「「「っ!!!!」」」」
何時現れたのか感じることが出来なかった。転移魔法か何かが働いたのだろうか? 少し離れた陰から体格の良い白髪交じりの男性が声を掛けてきたのだ。身に着けているものは豪奢で品がある。贅肉がたるんだような姿ではなく、鍛錬を欠かさずに作り上げた体に権威を纏っていると感じさせる佇まいだ。クリス姫の言葉から察するに、この人がミカ王国、砂の国の王様なのだろう。
「謁見の間で待って居ったのだが、どうやらこちらが面白いことになっていたのでな。先に来させてもらったよ。娘を救けてくれたこと礼を申す。ありがとう」
「止めて下さい。王が頭を下げては!?」
思わず止めてしまった。僕らだけなら良いけど、ゲルルフさんは王国の人でしょうに。
「はっはっはっは。何そやつが黙っておれば良いことよ。それに王冠は置いてきた。ここに居るのはクリスティアーネを心配していた単なる父親だ」
「ははは……」
乾いた笑いしか出ない。サフィーロ王国の王様といい、ミカ王国の王様といいまともな王様が多いのは良いことだけど、出来れば絡みたくないのが本音だ。でも状況とタイミングが嵌り込んでしまったら仕方ないよね。まぁ、一連の騒動が終わるまでの辛抱だ。そう言い聞かせてクリス姫の父上の眼を見ることにした。僕の表情を見て王様の表情が緩む。つられて僕の表情も緩んだみたい。それでも次の瞬間には表情を引き締め、堂々とした佇まいで腹から出る力の篭った名乗りが僕たちの耳朶を打つのだったーー。
「それでも名乗らなくてはなるまい。わしがミカ王国が第31代国王ヒエロニムス・ギガス・フェン・ヴァルタースハウゼンだ」
最後まで読んで下さりありがとうございました!
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